イモーダル児の言語使用
著者
平 英司
雑誌名
関西学院大学先端社会研究所紀要 = Annual review
of the institute for advanced social research
号
11
ページ
99-109
発行年
2014-03-31
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 研究ノート
1
.日本手話−日本語バイリンガル家庭の出現の背景
1. 1 日本手話とは 日本手話は日本語とは異なる言語体系をもつ言語である(市田 2005 ほか)。1960 年にストーキ ーが「手話の構造」という論文の中で手話の音韻構造について論じて以降、手話の言語学的分析が 進められるようになってきた。たとえば、手話には NMM(非手指マーカー)という手指以外の表 情などが文法的機能を持つことが明らかとなってきた(市田 2005,岡&赤堀 2011)。この NMM にはうなずき、口型、視線などが含まれ、助詞や副詞、接続詞と同様の機能を担う。日本語では品 詞として表れるものが、日本手話では表情により動詞や名詞と同時に表れる点で、日本手話は日本 語とは言語体系が異なる。一方、日本語の文法体系に従い手話単語を並べていく「日本語対応手 話」と呼ばれるものも存在する。日本では「日本手話」も「日本語対応手話」も「手話」として呼 ばれているが、両者では文法体系が異なる(次頁参照)。「日本語対応手話」が手指で表現された日日本手話と日本語の
バイリンガル・バイモーダル児の言語使用
平
英 司
(関西学院大学大学院言語コミュニケーション文化研究科研究員) 要 旨 近年、関東を中心にろう児をもつ聞こえる親の中には、ろう児の最も理 解できる言語は日本手話であるという認識のもと、ろう児を日本手話で育てる家庭が出現 しはじめた。このような家庭は、日本手話と日本語のバイリンガル家庭であり、ろう児に 聞こえる兄弟姉妹がいる場合には、日本手話と日本語という 2 言語環境で育つバイリンガ ル児となる。日本手話と日本語のバイリンガル児の場合、手指(身体)と音声という異な るモダリティー(=言語表出様式)を用いて言語使用を行っている。そのため、2 つの言 語を有するバイリンガル児であるとともに 2 つのモダリティーを有するバイリンガル・バ イモーダル児(以下、バイモーダル児)であると言える。本稿は、バイモーダル児の言語 使用の特徴について先行研究を概観し、今後のバイモーダル児研究の可能性を示唆するも のである。具体的には、1 章で日本手話と日本語のバイリンガル家庭の出現の背景につい て述べる。その上で 2 章から 5 章にかけてバイモーダル児の特徴であるモダリティーの同 時併用システムであるシムコムやモダリティーの切り替えについて先行研究を概観する。 そして 6 章で今後のバイモーダル児研究の可能性を示唆する。 キーワード バイモーダル児、日本手話−日本語家庭、バイリンガル/もし/ /大/ /雨/ /場合・なら/ /行き ません/ /大雨/
NMM
:程度副詞 (うなずく) 仮定条件を表すうなずき/行く/+同時に首振り 否定 本語であることから「手指日本語」と呼ぶことを提唱する動きもみられている(木村 2011)。そし て、この日本語対応手話には助詞や自動詞と他動詞の区別等が存在せず(日本手話では NMM で 表わされる)、ろう者が容易に理解できるものではない(木村 2011)。ろう者のコミュニティーで は通常日本手話が使用されている。 しかしながら、複数の辞典や国語の教科書において手話の解説が「日本語対応手話」に終始し、 日本手話についての解説は皆無であるという報告もある(市田 1996,細谷 2005)。市田(1996)が 「言語や心理領域の学者、聴覚障害児教育や福祉にたずさわる専門家、手話学習者、ろう者自身ま で手話に関する何らかの誤解を持っていることが多い(P 233)」と述べているように、日本手話は 社会の中で誤解をされ、ろう教育においても否定をされてきた。 【日本語対応手話と日本手話の表現の違い】(平 2013 p 244 より) 「もし大雨の場合は行きません」という意味の表現(手話モデル:馬場博史氏) */ /は手話単語を表記するのに伴い便宜上つけた日本語のラベルを表します。 〈日本語対応手話の場合〉 〈日本手話の場合〉
1. 2 ろう学校における日本手話の位置づけ ろう児の通うろう学校(=聴覚特別支援学校)では、1920 年代から台頭してきたろう児に発音 を身につけさせる「口話主義」のもと、手話の使用が禁止されてきた。その背景には「手話は文法 機能を持たない身振りである」といった誤解や「ろう児が手話を身につけると音声を話さなくな る」といった考えが挙げられる。近年、ろう学校において視覚的な活用がうたわれる中で、「手話」 を導入するろう学校も出てはきたが、授業を日本手話で行える教員はごくわずかである。千葉県聴 覚障害者協会(2011)は、全国のろう学校に教職員の手話力についてアンケート調査を行った。結 果、70 校から返答を得て、手話ができるとされる教職員は 55% でありその中で 91% は日常会話 レベルであることを明らかにした(千葉県聴覚障害者協会 2011)。また、教員の使用する手話は 「日本語対応手話」がほとんどであり音声日本語を話しながら使用されることも多く、一概に手話 の使用と言っても日本手話だとは限らない(我妻 2008)。学校の方針として日本手話を教育言語に 据えているのは東京にある私立明晴学園のみである。 1. 3 日本手話−日本語バイリンガル家庭の出現 ろう児は 1000 人に 1 人の割合で生まれ、ろう児の 10 人に 9 人が聞こえる親をもつと言われてい る。つまり、ろう児をもつ親のほとんどは、ろう児を授かるまで手話に対する知識もろう者と出会 った経験もない。ろう児の教育の専門家として、ろう学校の方針が家庭での養育にも大きく影響を 与えてきた。そのため、家庭においても発話を身につけるための訓練が奨励され、手話は禁止され てきた(小野 2003,中村 2003,加藤 2007)。 そのような中、2003 年に「ろう児の人権救済申立」がろう児とその親たち 107 名によって日本 弁護士連合会になされた。この申立はろう学校の教育言語として日本手話を選択肢に含めることを 希望し、そのための整備を求めたものである。このような動きに見られるように、ろう児が十分に 理解できる言語は日本手話であると認識し、日本手話での養育を行い始めた親たちが出現し始め た。こうした家庭では、日本語に加え日本手話がもう一つの家庭の言語となり、ここに日本手話と 日本語のバイリンガル家庭の出現をみる事ができる。 1. 4 バイモーダル児の誕生 家庭内に聞こえる子ども(ろう児の兄弟姉妹)がいる場合、その子どもは、日本手話と日本語の バイリンガル環境に育つバイリンガル児となる。2 言語環境が子どもの言語使用にどのような影響 を及ぼすかについて、以前は言語使用の混乱を生じるものであるとされてきた。しかし、近年では 混乱の例として挙げられていた 2 つの言語を用いて発話を行うコードスイッチについて、対話者や 内容など状況に合わせた豊かな言語方略であることが研究者の間で語られるようになるなど(Lanza 1992 Comeauほか 2003 など)、2 言語環境に対する懸念は払拭されつつある。ただし、これらの研 究対象は音声言語同士のバイリンガル児が主である。主たるモダリティーの異なる 2 つの言語を有 するバイモーダル児について、家庭の言語環境がどのような影響を及ぼすのかについて研究が進ん でいないのが現状である。親たちはろう児にとって必要であると判断し、日本語に加え日本手話を 家庭の言語に据えたわけだが、日本手話と日本語の言語環境が聞こえる子どもにとってどのような
影響を及ぼすのかは、必ずしも確信がもてていない。たとえば、親からは以下のような発言なされ ている。 「***(バイモーダル児の名前)が,まだ小さかった時,ある時は声で話したかと思うと, ある時は声を出さずに手話で,,とか声つけながら(手話)とか,,.そんな様子を見て,う ちの母がこのままで大丈夫かって心配してました.」(2011.5 筆者インタビューメモより) バイモーダル児の言語使用をみていくことは、今後ろう児をもつ家庭が家庭の言語のあり方を検 討する際に参考になるであろう。バイモーダル児の言語使用を対象とした研究は、ろう児をもつ家 庭が今後の言語方針を検討するうえでも重要な試みである。
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.データ及び家庭のプロフィール
筆者は今までに 1 件の関西在住の日本手話と日本語のバイリンガル家庭に訪問し、2 人のバイモ ーダル児(ろう児 G の姉 N,ろう児 G の妹 K)の言語使用についてデータ収集、分析を行ってき た。対象としたバイリンガル家庭は、母親(聴者)、父親(聴者)、N(聴者女児 1999. 5 生)G (ろう者男児 2002. 8 生)K(聴者女児 2007. 10 生)の 5 人からなる。母親が 2004 年から日本手話 の学習を始めて以来、日本語に加え日本手話が家庭の言語なった。 データ①は、2006. 1∼2007. 6 にかけて、母親、父親、N(6 歳 6 か月∼8 歳 1 か月)、ろう児 G (3 歳 3 か月∼4 歳 10 か月)さらに筆者 P(家族からぺーと呼ばれている)を中心に収録された。 ただし、父親はふだん仕事の都合で収録に参加できないことも多かった。家庭にろう児が誕生し、 家庭において日本手話を家庭のもう一つの言語として導入した時、N は 4 歳 4 か月であり、それ までは日本語のみの環境で育っている(K は生まれていない)。 データ②は 2010. 1∼2012. 3 にかけて、母親、G(7 歳 3 か月∼9 歳 5 か月)、K(2 歳 3 か月∼4 歳 5 か月)さらに筆者 P を中心に収録された。ろう児がろう学校の小学部に進学するのを機に母 親と G、K の 3 人が県外に転居した後のデータである。転居の理由は、以前の居住地のままでは、 Gは日本手話に否定的なろう学校に進学せざるを得ないため、家庭が日本手話に寛容なろう学校 への入学を決断したことによる。ろう学校の休みの日などは父親や N の住む実家で過ごす事も多 い。K は生まれた時から家庭内に日本手話と日本語が存在している。しかし、K が日本手話に触 れるのは、G が学校から帰宅し G と一緒に時間を過ごす時が中心であり、時間的には日本語の環 境が圧倒的に多い。 データ①、②いずれの場合も、食事をとりながら全員で会話をしている場面を中心に定点カメラ で撮影を行っている。3
.バイモーダル児の言語使用の特徴∼モダリティーの同時併用:シムコム∼
3. 1 バイモーダル児の特徴としてのシムコム 音声言語同士のバイリンガルでは、両言語とも音声モダリティーを中心としているため音声モダ リティーと手指モダリティーとの同時併用スタイルであるシムコム(図表 1 太枠)のような言語使 用の状況は考えられない。それゆえ、シムコムはバイモーダル児の特徴と言える。 以下にバイモーダル児 N の発話例を挙げた。1 つの発話(発話番号)内に音声モダリティーと 手指モダリティーが重なっている箇所がシムコムである。 図表 1 バイモーダル児(話者)の言語使用 音声 手指 基盤言語 (文法体系) 言語使用 + − 日本語 ①音声日本語 日本手話 ②日本手話を基盤とした音声 − + 日本語 ③日本語対応手話(手指日本語) 日本手話 ④日本手話 + + 日本語 ⑤音声日本語+日本語対応手話(手指日本語) 日本手話 ⑥日本手話+日本手話を基盤とした音声 発話例 1 バイリンガル児 N(6 歳 8 か月) 2006. 1. 24 〈状況〉家族及び筆者が食卓を囲んでおでんを食べている場面。お皿におでんが残っているにも関 わらず、おかわりをしようとするろう児である弟 G(3 歳 5 ヵ月)に対し、N が「ぺー(筆者のあ だ名)は、お皿のおでんを食べたからおかわりをしている。G もお皿の中の物を食べてからおか わりをするように」と注意をしている。その後、G にごはんを食べた後は棚にある薬を飲むこと、 さらに自分も一緒に薬を飲むことを述べている。 発話 番号 モダリ ティー 発話内容:上段に音声/下段に手指での発話を表示。同じ発話番号内で上下段に 示されている場合は、音声と手指の同時併用。(手話は日本語のラベルで表示) 1 音声 ぺーも食べパ から これ してる からな。 手指 ぺー 食べた から 指さしおでん よそう する 。 2 音声 まだ 食べて ないやろ 。だから あかんの。 手指 まだ 食べる ない 指さしおでん。だから あかん 。 3 音声 ごはん 食べパ つ∼ぎ 薬 飲んで 。 手指 ごはん 食べた 次 薬 飲む 指さし棚。 4 音声 手指 私 薬一緒 指さし棚。 (平 2008 より作成)3. 2 シムコムにおける日本手話と日本語の同時併用の困難性 音声言語同士のバイリンガル児の場合、2 つの言語を同時に発することは難しい。一方、手指モ ダリティーで表される日本手話と音声モダリティーで表される日本語とであれば、モダリティーが 異なるため同時に発せられると考えられるかもしれない。しかしながら、シムコムの場合、音声日 本語に手指モダリティーを付加しようとすると、手指モダリティーは日本語の文法体系に従った 「日本語対応手話」となる。前述したように日本手話は日本語とは異なる文法体系を有している。 そのため、日本語を話しながら同時に同じ内容を英語で書記するのと同じように至難の業である。 また、日本手話では口型等 NMM を用いるため、日本語を話しながら日本手話の文法機能をもつ 口型を併用することが困難である。 たとえば、発話例 1−発話番号 1 において、手指モダリティーで/よそう/という表現をしてい る際に音声が伴っていない。この時、バイリンガル児は口を閉じ一文字にしている。この口型は、 日本手話の NMM で「きちんと∼する」という副詞的役割を果たしている。「筆者がおかずをきち んとよそっている」という内容を日本手話で表そうとすると、同時に日本語を話すための口型を伴 うことができず、結果手指モダリティーのみの表現となったのであろう。 また、日本手話では文末や節末に指さしを伴うことがある。日本語の主語のように絶対につけな いといけないというものではないが、日本語にはない特徴と言える。上記の発話例では、文末の指 さしが表れているが、それに伴う日本語はないために音声を伴わない手指表現になっている。逆 に、日本語の終助詞に対応する日本手話の品詞が存在しないことから、日本語の終助詞には手指で の表現が伴っていない。 3. 3 シムコムにおける日本手話の影響 では、シムコムにおいて日本手話を基盤として日本手話に音声が付加される場合、理論上、音声 は日本手話の文法体系に即したものとなると考えられる(図表 1−⑥)。発話例 1 や 3 を見てみる と、「食べパ」という音声モダリティーでの表現と同時に手指モダリティーで/食べた/という意 味の手話がなされている。/食べた/という表現は/食べる/という手話単語と/終わる/という 手話単語で構成されているが、この/終わる/という手話単語と同時に日本手話では完了や過去を 表す口型が付く。この口型が「パ」の口型なのである。つまり、発話例 1 や 3 で見られる表現は、 手指モダリティーで表された日本手話と同時に日本手話の文法体系(動詞の過去形を示す表現)に 準じた音声が付加されたものであることが示唆される。
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.モダリティーの選択
4. 1 対話者によるモダリティーの選択 3章ではバイモーダル児の言語使用の特徴としてシムコムについて述べた。4 章ではシムコムを 含む 3 つのモダリティー(音声、手指、シムコム)をバイモーダル児はどのような要因で選択して いるのかについて述べる。音声言語同士のバイリンガル児は、対話者の言語使用(Comeau 他 2003)、や話題等の状況により言語選択の割合を変化させると言われている。バイモーダル児がモ65 24 48 14 14 38 57 5 1 60 21 25 23 6 4 80 4 4 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 母親 →K ろう児 →K 筆者P →K K →母親 K →ろう児 K →筆者P 音声 シムコム 手指 ダリティーを選択する際も、対話者のモダリティー使用の状況に応じてモダリティーの選択を変え るのであろうか。今回データを収集した母親と筆者 P とは、モダリティーの使用の状況が異なっ ている。母親は、シムコムを用いて音声日本語と日本語対応手話を同時併用することもあるが、P はシムコムを用いることはほとんどない。対話者が母親なのか P なのかで、バイモーダル児のモ ダリティーの使用も変化するのであろうか。データ②より K に対する母親、P、それに G を加え た 3 者のモダリティーの頻度(インターバル記録法により 10 秒ごとに出現したモダリティーを計 上)と K が 3 者に対するモダリティーの頻度とを比較した。 結果、K に対し母親、G、P の話しかける手指モダリティーの頻度と K が母親、G、P に対する 手指モダリティーの頻度とが比例していることが見てとれる(図表 2)。手指モダリティーで表さ れるものが日本手話、音声モダリティーやシムコムで表されるものが日本語と考えれば、バイモー ダル児の場合も音声言語のバイリンガル児同様、対話者の言語使用に合わせて言語が選択されてい ることが示唆される。また、ろう児である G に対しても音声を使用する(音声モダリティー、シ ムコム)割合が母親や P に対してと同様に比例している。これは、対話者がろう者かどうかが、 音声の有無に影響しているわけではなく、対話者の言語使用(音声の有無)の割合が影響している ことを示唆している。さらに、G に対しては音声モダリティーのみでの話しかけが少ないことか ら手指の有無については、対話者がろう者かどうかが影響していると考えられる。 4. 2 対話者による切り替えのパターン 音声、シムコム、手指という 3 つのモダリティーの切り替えには、①音声⇒シムコム②手指⇒シ ムコム③シムコム⇒手指④手指⇒シムコム⑤音声⇒手指⑥手指⇒音声という 6 つのパターンが考え られる。 4. 1で見たようにモダリティーの選択が対話者によって異なるのであれば、切り替えのパターン も対話者によって異なるのであろうか。データ①より N の発話の中で切り替えが起きている発話 を抽出し、対話者(母親もしくは P)によって切り替えのパターンが異なるのかを見てみると以下 のようになる。 図表 2 対話者のモダリティー使用と K のモダリティー使用の割合
データ数が少なく一般化することはできないが、N は母親に対しては音声モダリティー⇔シム コム間の切り替えが多く、P に対しては手指モダリティー⇔シムコム間や手指モダリティー→音声 モダリティーにおいて切り替えが多い傾向がみられる。
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.モダリティーと基盤言語の関係
これまで、バイモーダル児の言語使用についてモダリティーの側面からみてきたが、モダリティ ーと基盤言語にはどのような関係がみられるのだろうか。シムコムのほとんどが音声日本語に準 じ、日本語の文法体系に従っている。一方、音声を伴わない手指モダリティーでは、日本手話の文 法体系に従っているのだろうか。本章では、音声の有無と語順構造についての相関をみていくこと とする。日本手話と日本語の基本語順は両者とも SOV である。しかし、形容詞(A)と名詞(N) の語順については、日本語が A−N を基本としているのに対し、日本手話では N−A も存在するこ とが手話研究者の間で指摘されている(市田 1998 ほか)。音声を伴う場合には A−N の出現頻度 が、音声を伴わない場合には N−A の出現頻度が高くなると考えられる。そこで、K のカードゲー ムでの出題における発話を分析した(発話例 2〈状況〉を参照)。このデータは K のモダリティー を実験的に操作したものではなく、ゲームを進める中で行われたものである。カードゲームの出題 を分析対象としたのは、形容詞と名詞についての発話が多く見られ、話題など他の要因の影響が少 ない中で語順の比較ができるからである。バイリンガル児 K と P の会話データから K の形容詞と 名詞の語順について、手指表現に音声が伴っている場合と伴っていない場合、さらに小声が伴う場 合も見られたためそれらも含めた 3 者で出現頻度の比較を行った。 以下は、カードゲームのデータの一部である。 図表 3 モダリティーの切り替えのタイプと対話者 対話者 切り替え 母親 筆者 P その他 合計 ①音声⇒シムコム 10(47.6%) 0 2(父、P&父親) 12(31.6%) ②シムコム⇒音声 4(19.0%) 1(7.7%) 1(不明) 6(15.8%) ③シムコム⇒手指 1(4.8%) 4(30.8%) 1(母親&P) 6(15.8%) ④手指⇒シムコム 4(19.0%) 4(30.8%) 0 8(21.1%) ⑤手指⇒音声 2(9.5%) 4(30.8%) 0 6(15.8%) ⑥音声⇒手指 0 0 0 0 計 21 13 4 38(100%) (平 2008 より作成)12 1 3 12 7 16 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 手指+音声=シムコム 手指+小声 手指モダリティー AN(形容詞−名詞) NA(名詞−形容詞) 発話例 2 バイリンガル児 K 2012. 2. 21 〈状況〉バイリンガル児 K が筆者 P とスリーヒントゲーム(メーカー:学研)をしている場面(他 には周囲に誰もいない)。スリーヒントゲームは、カルタ遊びの一種で,読み手が読み札にある 3 つ のヒントを言い(出題し)それに合った絵札を取り合うというゲームで、いつもは母親が声を出さず 日本手話で札を読み、ろう児(K の兄)も含めカードを取り合って遊んでいる。当初は P が読み手 (出題者)となり日本手話でヒントを出していたが途中で K が読み手をしたいと希望し交替した。し かし,K はまだ字をスムーズに読めず,結局,広げてある絵札を見て,自分でヒントを出すことと した.ヒントを出す際 K はシムコムで進めていた。その後,声があると K が出題している途中でも Pは聞きながら探し始めることができるため、P が声を消すことを提案し、K は声を消して手指モダ リティーで出題を始める。しかし、結局、手指モダリティーだけではなく,声を加えたシムコムや手 指に(無意識であろうが)漏れるような小声が伴ったもの(「手指+小声」と表記する)で出題を行 っている。 発話番号 (発話者) モダリ ティー 発話内容:上段に音声/下段に手指での発話を表示。同じ発話番号内で上下段に 示されている場合は、音声と手指の同時併用。(手話は日本語のラベルで表示) ( )は小声、=は発話の継続、hhh は笑い声、[ は発話の重なり、 1 (K) 音声 ネコ ネコ[が ネコが hhh ネコが 手指 ネコ ネコ[ ネコ ネコ 2 (P) 音声 [1 回声なしでやってみて パ、ぺ∼が当てるわ 手指 3 (P) 音声 これ。 ネコって分かるもん。声が聞こえたから。 手指 4 (K) 音声 ペンギン = 手指 ペンギン ペンギン、ブランコ 青い、服 赤い 服、青い 帽子= 5 (K) 音声 =(ブランコが 青です)。 手指 = ブランコ 青い 。 6 (P) 音声 はい。 ペンギン 手指 7 (K) 音声 (おサルがスケートをして、 スケートが青です 。) 手指 サル スケート する、青い、、スケート 青い 。 8 (K) 音声 服、、(服が、、帽子が、帽子が 赤 です。) 手指 指さし絵 服、、 服 帽子 帽子 赤い です。 図表 4 K のモダリティー(音声の有無)と語順(A−N/N−A)
シムコムでは、N−A と A−N の出現頻度は同じであった。しかし、全体の発話における A−N に 注目すると、A−N の語順が見られた 16 発話中、12 発話がシムコムの際に見られている。この事 は日本語の語順構造が音声を伴うシムコムでも起こりやすいことを意味している。また、手指モダ リティーでは日本手話の語順構造の特徴である N−A が出現しやすいと言える。これらの結果か ら、音声を伴う音声モダリティーやシムコムでは、日本語を基盤言語とし、音声を伴わない手指モ ダリティーでは日本手話を基盤言語としていると考えられる。さらに、音声を伴うといっても小声 を伴う場合には語順構造が N−A と日本手話の文法体系に従う傾向にあることも興味深い。
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.まとめ
本稿では、今までの研究の中からバイモーダル児の言語使用の特徴について論じ、バイモーダル 児の言語使用がシムコムという「特異性」を持ちつつも、音声言語のバイリンガル児のコードスイ ッチ同様のモダリティーの切り替えが行われることなど「共通性」があることを示唆した。しかし ながら、1 件の家庭の 2 人のバイモーダル児のデータに過ぎない。統計処理を行い、一般化した結 論として論じることは困難である。1 章で記したように日本手話と日本語のバイリンガル家庭は最 近出現し始めたバイリンガル家庭であり、聞こえる兄弟姉妹がいるとなると、さらに件数は少なく なる。しかしながら、日本手話がろう児にとって最も理解しやすい言語であることからすれば、今 後日本手話での養育を検討する聞こえる親の家庭も増加すると考えられ、バイモーダル児の言語使 用を明らかにしていくことは社会が解決すべき早急な課題の一つと言える。現在、先端社会研究所 の支援により、新たに日本語対応手話をあまり使用しない 3 件のバイリンガル家庭におけるバイモ ーダル幼児の言語使用のデータを収集中である。今後、バイモーダル児の研究が発展し、ろう児を もつ家庭の言語方針を検討する際の一助となれば幸いである。 参考文献 我妻敏博(2008)「ろう学校における手話の使用と障がい認識」『聴覚障害児の障害認識と社会参加に関する研 究−多用な連携と評価を中心に−』国立特殊教育総合研究所聴覚言語障害教育研究部編 pp 43−47. 千葉県聴覚障害者協会活動運営委員会(2011)『全国のろう学校,情報提供施設,聴覚障害者協会』千葉県聴 覚障害者協会活動運営委員会.Comeau, L., Genesee, F., Lapaquette, L(2003)The modeling hypothesis and Child bilingual codemixing. International journal of bilingualism, 7(2),pp 113−126. 細谷美代子(2006)「ろう者と聴者の共生を目指す言語政策−教科書の手話記述調査から−」『言語政策 2』(言 語政策学会)pp 109−129. 市田泰弘(1996)「誤解される言語・手話」『現代思想』第 24 巻第 5 号,青土社,pp.233−247. 市田泰弘(1998)「日本手話の名詞句内の語順について」『日本手話学会第 24 回大会予稿集』pp 50−53. 市田泰弘(2005)「手話の言語学(1)∼(12)」『月刊言語』第 34 巻第 1 号∼12 号,大修館書店.*連載記事 加藤美保子(2007)「聴覚障害児の母語教育」『異文化間教育 26』アカデミア出版会,pp 40−pp 53. 木村晴美(2011)『日本手話と日本語対応手話(手指日本語)』生活書院.
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