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J.ウェスレーにおける霊性の形成過程についての一考察 : 今日の宣教論との関連で

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Academic year: 2021

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(1)20H年 度. 博 士論 文. 研 究演習担 当者 :神 田健次 教授. J.ウ ェスレー にお ける霊性 の形成過程 についての一 考察 ― 今 日の 宣教 論 との 関連 で 一. 関西 学院 大学大学院神 学研 究科 博 士課程後期課 程 趙 永 哲 提出 日. :2011年. 11月 30日.

(2) 【目 次 】. <序 論 >・ ・ ・・・ 第 1章. :. 。・ ・・・・・・・・ ・ 0・ ・ ・・ ・・・ ・・・・・ 0・ ・・・. 9. ウェス レー にお ける霊性形成 の源 泉. : 初代教会 にお ける霊性 (1)聖 書 (2)東 方教 会 (3)西 方 教 会 宗教 改革 にお け る霊性 第 2節 : (1)宗 教 改革者 (2)英 国国教会 (3)ピ ュー リタ ニ ズ ム 敬 虔 主 義 にお け る霊性 第 3節 : (1)ド イ ツ敬虔 主 義 (2)モ ラ ビア ニ ズ ム. 第 1節. 要約 的考 察 ・・ 0・ 。・・ ・・ ・. 2章. :. 第 1節. 000・. 10. 20. 33. 。・ ・ ・ ・・・. 000000。. ・・. 037. 初期 (1725-38年 )に お けるウェス レー の霊性・・・・・・・・・・・. :. 第 一 の 回心 (1725年 ) (1)聖 職 につ く決 心 と両親 の影響. 8   8 3   3. 第. 1. (2)古 典的 な神秘主義著作 との 出会 い (3)霊 的な友人 との 出会 い 第 2節. :. 50. サ クラメ ン ト(主 の晩餐) (1)幼 少年 の時代 (2)ホ ー リー クラブ の ニ ックネ ー ム :聖 礼典 主義者. ﹂Rn■腱■■EFF. (3)ジ ョー ジア州 の 宣教時代 第 3節 :ホ ー リー クラブ に現れ た霊性 と社会的な活動 (1)小 グル ー プ組織 の歴 史的な経緯 (2)霊 性 訓練 の た め の組 織 と具 体 的 な活 動 (3)ホ ー リー ク ラブ の歴 史 的意 味 とウェス レー の 霊性 形 成 に与 えた影 響 ・・ ・・ 000000・ ・・・ ・ ・ 000・ 要約 的考察 ・ 。・ 0000000。 第. 3章 :. 56. 66. 中期 (1738-65年 )に お け る ウ ェス レー の 霊性 ・ ・ ・・ ・・ ・・ ・ ・ 67 067 第 二 の 回 心 (1738年 )00。 ・ 0000・ ・ 。・ ・・ ・・ ・ ・ ・. : (1)ジ ョー ジア 宣教 の 体 験 とそ の意 味 (2)霊 的教 師 ペ ー ター ・ ベ ー ラー との 出会 い. 第 1節. (3)ア ル ダ ス ゲイ 第. ト街 にお け る福 音 的 回 心 サ ク ラ メ ン ト(主 の 晩餐 ) 0・ 。・ ◆。 0000000。. : (1)恵 み の 手段 と して の 主 の 晩 餐 (2)主 の 晩餐 の 特 色. 2節. ・. 000076.

(3) (3)回 心 を与 え る主 の 晩餐 野外説 教 に よる リバ イ バ ル 的 な霊性 ・・ ・・ ・ 00。 第 3節 : (1)野 外説 教 の動機 と宣教 宣言 (2)小 グル ー プ にお け る組 織 的 な霊性 (3)社 会 的霊性 のプ ロ グラ ム 要約 的考 察 ・・ 0000。 ・・ ・・ 00000000000000。. :. 第 4章. ・・. 00・ 83. ・・ 。・. 後期 (1765-91年 )に お ける ウェス レー の霊性・・・・・・・・・・ 96. :. 第 三の回心 一瞬間と漸進 の統合 としての回心 ・・・・・・・・ (1)第 二の回 心の可能性 について (2)霊 性 の核 心としての完 全な聖 化 へ の道. 第 1節. 095. 0096. (3)完 全な聖 化 に向かう瞬間と漸進 の統合 としての回 心. :. 第 2節. 107. サ クラメ ン ト(主 の晩餐) (1)後 期 における主 の晩餐. (2)主 の晩餐 についての説教 (3)宣 教 の わ ざの 手段 と しての主 の 晩餐. :. 第 3節. (1)日. 116. 社会的霊性 のプ ログラム 曜学校運動. (2)奴 隷解放運動 奴隷制度 へ の諸考察」 (3)労 働組合運動 :産 業革命 との関係 :「. 要約的考察 ・・・・・・ 。・ 。・・・・・・ ・・・・・ 。・・ 。・・・・・ 第 5章. :. 127. 現代 にお けるウェス レー の社会的 霊性 と宣教的課題. : ウ ェス レー にお け る霊性 体 験 (1)正 統 的霊性 体験 と して の 聖 霊体 験 (2)正 統 的霊性 体験 を確認 す る しる し (3)聖 霊 に よる霊性 体験 と普遍 的 宣教 エ キ ュ メ ニ カル な観 点 か らの サ ク ラメ ン ト(主 の 晩餐 )。 第 2節 :. 126. 127. 第 1節. ・・. 00138. (1)「 外 的なしるしと内的な恵 み 」としての 主 の 晩餐 (2)「 私 は キ リス トを差 し出 した 」. (3)エ キ ュ メ ニ カル な観 点 か らの主 の 晩餐 社 会 的霊性 の 現代 的意 味 と宣教 的課題 第 3節 : (1)貧 困 と貧者 た めの福 音 (2)人 権 と権 利 の 問題 (3)ウ ェス レー と宗 教 的寛容. ・・ ・ ・ ・・ ・・ ・ ・. 0144. 。 要約 的考 察 ・・ ・・ ・ ・ ・・・ ・ ・・ 。・ ・・ ・・ ・・ ・・ ・・・ ・ ・・. 0155. ・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ ・. 156. <. 結論. >・ 表. 160. 参 考文 献. 167. 年.

(4) <序. 論. >. 【 問題設定 】 「21世 紀 は霊性 の 時代 」と言 われる。ここで 言 う 「霊性 」とは 、キリスト教 に限定 された用語 ではなく、諸 宗教 を統括 して捉 えた意 味で の「霊性 」である。キリスト教 でもこれ まで教 会や神 学 にお いて数 多く取 り 上 げられ て来たテ ー マ の一つ であった. 1。. この「霊性 」というテ ー マ は、現代 にお いて新 しくあらわれた. テ ー マではなく、初代 のキリスト教 から、キリスト教会 の歴 史 にお いて 、中 心的な位 置 を占めてきたテ 「敬 虔 」(piety)、 あるい は「献 ー マ であり、しばしば信 仰 の源 泉 を再確認 す るため用 い られた。時 には 、 身 」(devotion)、 さらには「信 仰 」とい う表 現 で用 い られた場合もあつた。21世 紀 になって再 び 脚 光 を浴 びたこの用語 が 、18世 紀 を生きた 」.ウ ェスレー にとつて、どのように理 解 され 、用 い られた のか 。 これ まで 、霊性 とはキリスト教 史 の 中で 多く用 い られてきた。例 えば 、中世 の神 秘 主 義運 動や 修 道 院 運 動 の ように、既 存 の制 度 的な教 会 を否 定 し、清 貧や禁 欲 などを掲 げイエス・キリストに見習 おうとす る ことを指す 場 合 に用 い られ た。つ まり、これ まで「霊性 」が 強調 され るところには 、個 人 主 義 的 、社 会逃 避 的な傾 向 があり、それ ため「社 会 」と「霊性 」は相 対 立 し合 うもの として理 解 され て来 た ので ある。特 に、 中世 にお ける「霊性 」とは 、一 般 の 人 々 や 社 会 か ら次 第 に孤 立 して行 き、修 道 院 の 外 なる世 界 に何 ら. 2(以 下、 かの 社 会 的な影 響 を及 ぼ す ことに限界 があった。そ のようなキリスト教 の 状況 で 、英 国 国教 会 「 国教 会 )の 中で ウェスレー は、この「霊性 」をどのように捉 えてい た のだろうか 。ウェスレー の 時代も 霊 性 Jに つい ての考 え方 は、中世 や 国教 会 の それ と全 くか け離 れ て捉 えられたとは言 えないであろう。し か し、ウェスレー の 特 異 なところは 、国教 会 とは異 なる「霊性 」を持 ちあわせ ていたことである。彼 が 国 教 会 の 中 に属 しながらも、そ の「霊性 」とは、産 業 革命 によつてもたらされ た厳 しい 社 会 的 な状 況 の 下 で 、疎外 され ていた人 々 に 目を向けていた「霊性 」のことであろう。 ところが 、これ まで の ウェスレー 研 究 はそ の「社 会 的 」な側 面 に焦 点 を置 いていたにもかかわ らず 、 研 究 はあまり多 くはない。21世 紀 を生 きる今 日、多 くの 宣教 社 会 的な面 に即 した ウェスレー の「霊性 」 の課 題 を担 つてい る現 代 の 状 況 の 中で 、18世 紀 にお いて既 に社 会 に開かれ た「霊性 」に 関 心 を持 ち、 目を向 けていた ウェスレー を通 して 、とりわ け福 音 宣教 との 関連 で 社 会 的霊性 に関す る研 究 は必 要 と なつているし、それ は今 日の 宣教 論 にお い て 、一 つ の示唆 を与 えられるので はないだ ろうか 。 一 般 的なキリスト教 の 霊性 につ いて は 、次 のような著 作 を参 照。Bernard McGinn,」 ohn MeyendoJ;and Jean Leclercq (eds.),Chris″ b″ Spiritυ ″ む±7S irb l%θ z脳 劇蜆力 3enォ υった,vol.I,New York:Crossroad,1989;Jill Raitt, =:/-6猛 ∂こOntt vol.Ⅱ ,New ″ノ ん確力 Middle Иβ ∂ Bernard McGinn,」 ohn MeyendorffKeds.),Chris″ b″ Spiritυ a〃ヶ ― ・ … 5L圧 ノ bSオ など∂ ″ケ ー ん York:Crossroad,1989;Louis Dupro,Don Eo Saliers,and John Meyendor卸 (eds.),Christian 」 物b■erntt vol.Ⅲ ,New York:Crossroad,1996. Лθ 」 β 0""∂ ″θ "ご 国教 会 に関す る教 会 的な霊性 につ いて は 、Wmiam Jo w。 lt ed.,И nttic"卵 山ha″幌 MOrehouse― BaHow Co,1982. (W.J.ウ. ルフ編 0西 原廉太訳 『 聖公会 の 中心』聖公 会 出版 、1995年 )、 そして H.R.McAD00,ス nghca″ Heriage:. Theology and Spirituality,Canterbury press, 1997.,John N.や Vall,Anglican Spirituality,in Robin Maas and Gabriel rch,Abingdon Press/Nashv1lle,1990,pp.269-286ノ 蟄 ″s ttr ttθ Contempθra4/6乃 餞 O'Donnell eds.,3piritυ 〃 radlヴ ♭. どを参照 。. 「.

(5) 【研究史 】 それでは、ウェスレーの霊性 に関する研 究史的な状況 はいかなるものであろうか。」.ウ ェスレーの霊 性 に関する研 究は、意外と数多くはない。さらに、ウェスレーの思想あるいは神学 について研 究者たち は初期 (前 期 )。 中期・後期 に分 けて研 究 はするものの 、それ らを段階的 に分析 しながら霊性形成 の過 程 について考察 した研 究は殆 んど見られない状況 である。 したがって、ウェスレーの霊性及 び時 代 区分 に対する研 究史を探るの は、極 めて難 しいことである。 それゆえ、ここで はウェスレーの生涯や思 想 を時代的 に区分 したものを中心 にいくつ か批半J的 に扱 っ てみ たい。 3の. まず 、現代 のウェスレー 神 学 の研 究 に大きな影響 を与えただ けでなく、新 しい 『 ウェスレー 全 集 』. 説教 四巻を編纂 した A.ア ウトラー4は 、これまで出版 されなかつた初期 の原稿説教 を含 めて、ウェスレ ーの説教を分析 し、彼 の生涯を三 つ に区分 した。つ まり、初期 のウェスレー を 1725-38年 まで、また中 期 のウェスレー を 1739-65年 まで 、そして後期 のウェスレー を 1765-91年 までの三期 に分 ける それ 5。. によると、ウェスレーの初期 時代 は、オックスフォー ド時代 からアルダスゲイトの体験 に至るまでの霊的、 あるい は神 学的な期 間であつた。これまでの研 究では、あまりにもウェスレーのアルダスゲイトの体験 が 強調 され、初期 のウェスレーの 姿 はアル ダスゲイト回 心前 の未熟な神学 であると理 解 され、おろそかに されてきた傾 向がある。しかし、アウトラー は初期 のウェスレーの重要性を強調 し、特 に、若 い 時期 にウ ェスレー が 出会 った神 秘 主義者 と彼 らの著作 は、ウェスレーの「第 一の 回 心 」と呼ばれるほどその生涯 にお いて大切な役割 を果たした。勿論 、このようなウェスレーの 時代 区分 に対 して別 の分 け方もあり、 例 えば 、ウェスレーの生涯の三期を 1733-38年 、1738-65年 、1765-91年 に分 ける方法 があれ ば ラ 6、. ングフォー ドは 1725年 、1738年 、1760年 以後 の三 段階 に分 ける また、ビリングトンはウェスレーの三 7。. 段 階 を回心前 (1725-38)、 回心後 (1740年 代. 彼 の 人生 の晩年期 (1780年 代 )に 分 ける 本論 文では、 8。. )、. これまでおろそかにされてきた初期 のことが強調 され 、多くの研 究者たちに受 け入れ られているアウト ラーの時代 区分 に従 いたい. 9。. 研 究史にお いて次 に言及 したいのは、英 国 を代表する現代 のウェスレー神 学者 の 中で H.D.ラ ックに 3 ヽ veSley, John(by), eds., by Albert C. Outler and Frank Baker etc.,. 乃θ レ ,猟 s〆 カ カ″l夕υSん ‰ Bicentennial. Nttsと 略記 す る),vol。 ,1,2,3,4,7,9,10,11,18,19,20,21,22,23,24,25,26.,Oxford(1975-),Abingdon Press(1984-).全 体 35巻 の 中で 現在 半 分 ほど出 版 され ている。 Edition(以 下 、3」. 455И /勧 ±5,vol.1-4 Sermons. 5肋 d,v。 1,p.42,pp.62-66.こ こでアウトラー は 、初 期 の ウェスレーか ら中期 の ウェスレー の転 換 を 1738年. 5月 に起 ったアル ダスゲイトの 体 験 として考 えるが、中期 の ウェスレー か ら後期 の 転 換 である 1765年 はさほど明確 で はな いこと を認 めてい る。 1。. 6 MaddOx,Randy L.,Rewθ. ′sible Craσ θ:ノ b力 β lルb力. ηθ″b∂ ノ動 θθ此26レ ЪNashville,Tennessee:Kingswood bノ η. Books,. 1994,p。 20.. 7 Thomas A.Langford,Praθ ″σ カ,Nash宙 1le:Abingdon Press,1983,p.20。 〃 動 θθわダ「 7助 θθわg/力 励θVeslyaβ ■η´7θ ゴ 8 Raymond J.Billington, 7乃 ノハ 〃 ィ θιルEttθ ∂ bJttθ ″ra″ ごハ b滅 :θ dism,London:Epworth Press,1969,p.111. 9こ の ウェスレー の生 涯 の 時代 区分 に 関 しては 、日本 の研 究者 の 中 で 、藤 本満 (Fujimoto,Mitsuru Samuel)が 1986年 Drew Universityに 提 出した博 士 論 文 ,ヵ 加 〃来 年 's∂ θ 物 θ〆 働 θノ″蹴 がある。特 に、彼 は博 士 論 文 の 中 で “ に分 けて、ウェスレー の「良 い わざ」の 理 解 と発 展 の 問題 アウトラー に従 い 、ウェスレー 生 涯 を初期 と中期 、そして後 期. を論じている。また、同じ著者 による 『 ウェスレーの神学』、福音文書刊行会、1990年 、この中でも初期あるいは後期 ェ スレー つい のウ て言及 している(12-19頁 、78-87頁 を参照 に )。.

(6) 10で よつて 1989年 出版 された 『 理性 的な熱狂 主義者 :ジ ョン・ウェスレー とメソジストの復興』 ある。この. 著作 は、ラックの力作としてウェスレーの生涯 と初期 メソジストの歴史 について百科事典 のような役割を 果 たしている。この研 究 は、ウェスレー とメソジズムに対す る批判的な研 究として、これまで の伝統的 な ウェスレー についての理 解 (ウ ェスレー を教理 史あるい は組織神学的な側 面 から解釈す る)と は異なる 観 点 からウェスレー について描 いたもので 、ウェスレー を徹底的 に歴 史的な立場 から記述 したものであ る。つ まり、この著作 の大きな貢献 は、ウェスレー とメソジストを英 国 の歴 史的な背景 と教会史的 な状況 から研 究した点であり、このような意 味で、ラックはウェスレー を聖人伝 と感傷主義 から解放 させたと評 価することができる。特に、この著作 の 中でラックは 、ウェスレーの私的な生活 と女性 関係 に対して詳 し く生 々 しく描 くことによつてH、 ウェスレーの実際 の 姿 とウェスレー とメソジストの歴 史 に対する正 確 な理 解 を得させるだ けでなく、初期ウェスレーの姿 をより歴 史的 に解 明 しようとしたものとして評価 される。本 論文 の 関係 から言 えば、この著作 は、ウェスレーの伝記 として初期 のウェスレーの姿 についてかなり詳 細 に叙述 し、メソジストの復興 に関 しては歴 史的に詳述 しているものの 、ウェスレー 個人 の霊性形成 、 またはその宣教活動 については乏しい記述 に終始 していると言 える。 近年 、ウェスレー とメソジズムの歴 史研 究者 として最も活発 な活動をしている学者 の一 人として、英 国 では H.D.ラ ックを挙 げるのであれ ば、アメリカでは R.ハ イツェンレーター を挙 げることができる。彼 はウ ェスレーの三段階 の 中で初期 から中期 、そして後期 へ の変遷 におけるウェスレー 思想 の成長 、発 展を 強調 しつつ 、従来 アルダスゲイトの回心を中心 に考えられた以上 に初期 と中期 との 間 には、思想 の連 続性 が、中期 と後期 との 間 には相違 がより明確 に見られるとする。つ まり、ハ イツェンレー ター は 、初期 の ウェスレー は「後期 の彼 の思想 、活動 の基盤 となる枠組 みを備 える精神 と霊性 と示 し」、初期 と中期 「一 般 に認 められてきた以上 の連続性 があり」、中期 と後期 との間 には「一 般 に気付かれて の 間 には、 きた以上 の相違性 がある」と主張する2。 このような考え方 は、ウェスレーの時代 区分 にお いて、以前 の 伝統的 な理 解 を修 正 す べ き根拠 を提供するものである。また、彼 の最近 の著書 『 ウェスレー とメソジスト 呼 ばれる人 々』13は 、ゥェスレー と初期 メソジズムの復興運動 の歴 史を年代 ごとに分 けて研 究 したもの である。さらに、この著作 は初期 アメリカのメソジストの歴 史を含 む研 究書 である。彼 はウェスレーの原 資料や 貴重な歴 史資料 による最 高 レベ ルの歴 史研 究を通 して初期 メソジストの歴 史と伝統 を分 かりや すく、正 確 に解 説 している。その意 味で、この書物 はウェスレー と初期 のメソジストたちを理 解す るため には格 好 の文献 と言 える。しかしながら、本論 文 の 関 わりから言 えば 、ウェスレー とメソジスト運動 を歴 史的 に、また時代的 に分 けて説 明することには役 立つが 、ウェスレーの霊性形成 と宣教 の観 点から見 ると、十分な叙述 とは言 い難 いのである。 さらに、そもそもウェスレーの専 門的研 究者ではないが 、現代 のアメリカ・メソジスト教会 が取り組 んで きた諸 問題 に対 してウェスレーの視点 に立ち帰 って研 究 しているのが 、テオドール 0ラ ンヨンである。彼 は 、ウェスレーの若き時代 の神 学的 関 心がアルダスゲイト体験を媒介 して後期 に至 ってますます深 め 10 Henry Do Rack,ル ′s"∂ bん. ■ s武以 下 、ル ∂s"∂ bん 励υs′asι と略 記 粥 θ〆 彪品物 ■ 励θ」 励 s′ rヵ力″ 既 割 ″ "ノ "励 “ す る),Nashville:Abingdon Press, 1992(Second Edition). H乃 五 ,pp.43二 ppe257五 12 Richard P.Heitzenrater, 動 θ3usi昭 ノ レ螢,И /b3■ey、 2 vols.,Nashville:Abingdon Press,1984,vol.1,pp。 301. 13 Richard P.Heitzenrater,Vedev∂ ″ゴ励θЛθ こ フん. (乃 //aゴ. ル名励θttbよ 5,Nash宙 lle:Abingdon Press,1995..

(7) られると、特 に後期 の説教 に固有な意義を最初 に指摘 したのである。ランヨンによれ ば 、ウェスレーの 後期 の説教 は、初期 の説教 の 中心 的なテー マであった創 造・堕落・新創造 という神 の像 理 解 を更に展 開 し、単なる原初的創 造 の 回復 で終らず 、終末的完成 といった宇宙的変容 を内に含 み つつ 、神 の創 造全体 のダイナミックなドラマを展 開 し、この文脈 の 中でアルダスゲイトの体験や「救 いの順序」を理 解 しなけれ ばならないと言うM。 ここで 、神 の像 としての人 間 というテー マ は、ウェスレーの初期 、中期 、後 期 に一 貫 して流れ ていたが 、ただ相違 点は後期 の著作 に見られる神 の像 の宇宙的・終末論 次元 が初 期 、中期 の著作 で充分 に展 開されなかった点 にある。このウェスレーの後期 の著作 から「解放 の神 学」 との対話 15を 可能 にしたの はランヨンの貢献 であると言 えるが、ウェスレーの後期 の思想 に集 中するあ 「社会 の諸 まり、根拠 が希薄 になる弱点も窺 える。ランヨンが一 貫 してウェスレー に寄せてきた関心は 、 問題 」と「体験 の神 学」であり、特 に、この 中で社会 の諸 問題を通 して現代社会 における宣教的な課題 を示 し、宗教体験としての霊性体験は、ランヨンか ら示唆を受 けるものである。 『ジ アメリカにお いて本論文 の研 究史として挙 げたいもう一 冊 の著作 は 、呉光石 (オ クァンソク)に よる 16で ョン 。 ウェスレーの教会論』 ぁる。これ は主にウェスレーの教会論 の根源 を探 りながら、アウトラー が. 提案 した三 つの時期 (初 期 、中期 、後期 )に 分 けて教会論 の年代的 な発展過程を明らかにすることであ る。それ らの 内容 としては 、主 にウェスレーの教会 理 解 、ミニストリー 、そしてサクラメントを中心 に考察 することである. 17。. ここで呉 と筆者 の共通点は、アウトラー に従 い 、ウェスレーの思想 を三 つの時期 に分. けて展 開 し、考察することであり、その 内容 にお いても教会論 におけるサクラメント(主 の晩餐 )を 取 り扱 うことである。しかし、呉と異なる点 は 、彼 がウェスレー における全般 的な教会論 の発展過程 について 考察 したの に対 して、筆者 はウェスレーの霊性形成 の過程 について三 つ テー マ (回 心 体験 、主 の晩餐、 小グループ組織 の霊性を中心 に)を 考察する点 である。また、呉は主 の晩餐 の発展過程 について語 り つつ 、実際 に初期 から後期 に至るまで 、特 に後期 にお いてもあまり変化 はなか つたことを主張するB。 しかし、実際 にウェスレー は主 の 晩餐を司式する聖職者 のことや 主 の晩餐 にあずかる側 に対しても変 化 があつたことは事実である。特 に、ウェスレーの霊性形成 の過程 の 中で主 の晩餐 がウェスレーの生 涯 にお いてどのように変化 して行 つたのかを明らかにするのが本論文 の 目的 の一つである。 最後 に、本論 文 の研 究史として挙 げたいの は、日本 における主 の晩餐 についての研 究である。特 に、 Ю 筆者 の論 文と直接 関わりがある著書 として最近 出版 された坂本 誠 の 『 ウェスレーの聖餐論 』 である。 彼 は主にウェスレー による主 の晩餐 (聖 餐 )に ついての内容 に絞 つて、ウェスレーの思想 をアウトラーの 時代 区分 に従 い 、前期 (初 期 )0中 期・後期 に分 けて説 明する。彼 の貢献はその副題 に付 けられている ようにウェスレーの 主 の晩餐を「宣教 のわざ」として用 いた点である。ところが 、ここで彼 の 時代 の分 け 方 の展 開は、筆者 と同じように、アウトラーの時代 区分 に従うものの 、主 の晩餐を中心とするウェスレー 14 TheOdore Runyon,ed., Ves■ wan 7乃 θοl■ ⊆/7b′ レス Nashville:Kingswood,1985,pp。 7-13. 15 TheOdore Runyon,ed.,5ン zttffc∂ ″θβ∂″ノLiberation f ιノ 0こ ん θs力 滅7θ Ligh′ θノ″7θ Ves■eyan ttθ θ」 beFatiOnコ %θ θ」 0多′ Nashville:Abingdon Press,1981. 16 Gwang Seok,Oh.,.カ カβ И/bJソ ′ s fb6カ」bわ. ″ ′TИ. S′ ど め/カ. ルS、力〃θθs∂ ″ご∂θFdopm"よ 弓 Lanham:Scarecrow. Press,2008。 17. 乃ノ d,ci lntroduction.. 18. 乃ノ d,p.235.. Ю坂本誠 ウェスレーの聖餐論 :宣 教のわざとしての聖餐』、教文館、2009年 。 『.

(8) の生涯 について序 論 的に簡 単 に説 明することだけであり、三つの時期 に即 して分析 したものではない。 20が. さらに、彼 は初期 と中期 にお いて、ウェスレーの思想 が個人 主義的な解釈であると語 つている. 、し. かし、ウェスレーの思想 は、国教会 の影響 により初期 から既 に社会的な性格 を持 つていたのである。こ の点に関しても、筆者 は批判的であるが、詳 しくは本論文にお いて述 べ ることにする。. 【研究方法 】 通 常、ウェスレー あるい はメソジストの霊性 21に つい て論 じる場合 、次 の三つの観 点から論 じられて いる。第 一 に、ウェスレー 自身 が属 していた国教会 の立場 から高教会 におけるリタージ中心の教会的 「救 いの確 証」を重んじ、聖霊 の働 きや 救 いの確信 などを強調するリバ イバ な霊性 である22。 第 二 に、 ル 的な霊性である23。 そして第 二 に、ウェスレーの霊性 に見られる独 自の「体系的 な小グループ 」にお ける組織 的な霊性 24で ぁる。本論 文では、これ らの三つの観 点を踏 まえつつ 、ウェスレーの霊性形 成 の過程を主 に宣教論 との 関連 で考察 して行くことにしたい。また、本論 文を展 開 していく時、J.ウ ェスレ ーの生 涯あるい は思想 における霊性 の形成過程を主 に初期 、中期 、後期 という三期 に分 け、さらにそ の時代 ごとに三 つのテーマ 、すなわち「回 心の体験」、サクラメントとしての「主 の晩餐」、そしてウェスレ ーの組織的な霊性 としての「社会的霊性 」について考察 していきたい。特 に、組織 的な霊性 は初期 の 小グループであるホー リークラブから中期 の様 々な組織が作られ 、後期 にお いては社会的 な広 がりを 持 つ 社 会 的霊性 に広 がったことを論 じ、エ キュメニカル な時代 にお ける宣教 的な課題 を取 り上 げた い。 これまでウェスレー に関する研 究は、神 学者 25と してのウェスレー を歴 史神 学や組織神 学 の立場 か ら「救 いの順序」(ordo sdutis)と いう枠組 み の 中で 、主に個人的 な救済論あるい は個人的 な霊性 を中 心 に角牢釈 してきた傾 向がある。また、ウェスレーの思想あるいは神 学 は理論的なもの に留まり、宣教 に 関わる実践的なアプ ロー チは少ない傾 向がある。本論文 はウェスレーの霊性 に関するこれまでの研 究 を踏 まえて、最近 の研 究と批判的 に対話 しつつ 、主 に歴 史的研 究 に基 づいて宣 教論的 なアプ ロー チ. 20同 上 、24-32頁 を参 照。. 21ゥ ェスレー あるい はメソジ ス トの 霊 性 に つ い ての 基 本 的 な 文 献 は 、John. Wesley,42山 スθθθ ′〆 Christian “ Perおθtion, London: Epworth press, 1952(1987printing);Robin lMaas,Wesleyan Spirituality,in Robin Maas and ons far ″F Conι empθ″ / Chν 励 , Abingdon Press/Nashville, 1990, Gabriel C)'Donnell eds., Spiri九 閣ノ ra漁■ pp.303-319;Frank Whaling ed。 ,The「Classics of VVestern Spirituality,ノ ♭力″a″ ノCha」es〃esle/:Selected Writings ″力g ノ θ and Hymns,New York:Paulist,1981;David Lowes Watson,Methodist Spirituality,Kenneth J.Collins ed.,Eフ. a″軌 Baker BOOks,2000な どがある。 Christtβ 3p吾■ν 22こ れ につ いては 、注 2を 参 照。. 23ゥ ェスレー の. 確 証 の 教 理 や 聖 霊 の 証 しに 関 しては 、中村 謙 一「ジョン・ウェスレー の確 証 の 教 理 につ いての一 考 察 」. 研究』7、 教文館、2006年 、97-121頁 を参照。 『 ウェスレー・メソジスト 24こ の 体系的な小グル ープにおける組織的な霊性については、拙稿「ウェスレーの小グループにおけるメソジストの霊 メソジスト研究』、日本ウェスレー・メソジスト学会、教文館、2007年 、81-101頁 を参照。 性 について『 」ウェスレー 。 25代 表的なウェスレー神学者であつたアウトラーは、ウェスレーを「文化神学者」(a thedogian of culture)あ るいは「民衆 ネ申羊者 」(a folk theologian)と して 呼 ん で い る。Albert C。 Outler ed.,cわ 力″ 〃esleス New York:Oxford University Press,1964,p.119;Albert C.Outler,動 θθゎ リ カ 励θ Nes■e″″ 3pir■,Nashville:Tidings,1975。 p.3等 を参 照 。.

(9) を試 みることにする。 まず 、ウェスレーの霊性 について歴 史に基 づいて考察 していく時、主な資料 は次 の通りである。一 次資料としてウェスレーの説教 、日誌 、手紙、神 学論 文などがあるが 、原則的 にアメリカ・メソジスト教会 の200周 年を記念 した 『 ウェスレー 全集』(BE Works)を 用 いる。ただし、これはまだ半分 しか発刊 されて いないため、それ以外 のもの は、これまでウェスレーの全 集 としてよく知られている 『 ウェスレー 全集』 (ジ ャクソン版 )26を 用 いる。また、 『. 27を. 日誌 』に関 しては、ネヘ マイア・カーノックが編集 したもの. 中心に、. 手紙 の場合 、ジョン・テルフォー ドが編集 したもの28を 中心 に用 いる。 また、ウェスレーの霊性 を宣教 論的 にアプ ローチしていく際、本論文 の 中で「宣教」あるい は「伝道」 という言葉を用 いる場合 、その定義 は次 のように世界教会協議会世界 宣教・伝道委員会 が編纂 したも 「福音 の 良き知らせ の宣言と分 かち合 いを、言葉 (ケ リュグマ)と 行為 のに従う。まず 宣教 (Missbn)と は、 者 の 日常 の生活での証 し(マ ル トゥリア)を 通して行う (デ ィアコニア)、 祈 りと礼拝 (レ イトゥルギア)と キリスト ことである。そして、人 々が神 との 関係 、また相互 の 関係 を創 り上げることができるよう教 え励ます ことで あり、全 体的な癒 しにあず かり、神 との交わり、人 々 との交わり、す べ ての被造物 との交 わりのす べ てに 「宣教 の多 お いて和解 を受けていくことなのである」と定義される。これ に対して、伝道 (Evangehsm)は 、 様な次元を排 除はしないが、福音 の 明確で意 図的な呼 びかけに焦点を置き、キリストにおける新たな いのちと弟子となることへ の人格的な回心 へ の招きを含 んでいる」と規定されている29。. 【論文の構成 】 序論 第 1章. ウェスレー にお ける霊性 形成 の源 泉. :. 第. 2章. :. 第. 3章. :. 第. 4章. :. 第. 5章. 初期. (1725-38年 )に お けるウェスレー の霊性. 中期 (1738-65年 )に お けるウェスレーの 霊性 後 期 (1765-91年 )に お けるウェスレー の霊性 現代 にお けるウェスレー の社 会 的霊性 と宣教 的課題. :. 結論. まず 、序論 では 、問題 の設 定を通して本論 文を取り扱 う目的 とウェスレー 霊性 の先行研 究を概観 し、 θⅣoAs〆 力 加 ゞQ輛 、 (以 下 、動 θⅣoAsと 略記 す る)3rd 14 vols, London:Wesleyan lmethodist Book Room,1872.Reprint Baker Book House,1979-1984。 27 weSley,John(by),Nehemiah Curnock(ed.),動 θ zJraノ 〆 励θカ カ″ VeSley,4.Z(以 下 、〃 〃と略記 す る),8 volsり 力 26 weSley,John(by),Thomas JackSon(ed.)動. London:The Epworth Press,1960.. 28 weSley,John(by),Telford.John(ed.),動 θんオ ι こ バ 〆 励θ ttvカ カ″ ヽQ熱 、ス.ル 4(以 下 、〃 ″ と略記 す る),8. vols。. ,. London:The Epworth Press,1960.. 29世. 界教会協議会世界宣教・伝道委員会(編 神田健次(監 修 加藤誠(訳 )『 和解と癒し:21世 紀における世界の伝 道・宣教論』、キリスト教新聞社、2010年 、143頁 、112頁 参照。Ci CWME会 議準備文書 No.1(『 今 日の一致おける宣 教と伝道』 )・. )。. )・.

(10) その成果と課題を確認 した上で 、本研 究 の方法 について述 べ る。 第. 1章 では、ウェスレーの霊性形成 における様 々な源 泉 について考察す る。彼 は一つの霊性 の伝. 統 からではなく、エキュメニカルな背景 を持 つ 多様 な霊性 の伝統 から影響 を受 けている。まず 、第 1節 は 、初代教会 の霊性 の伝統 としてなぜ 彼 が「一 書 の人」と呼 ばれる者 となつたのかについて述 べ る。ま た、東方教会と西方教会がそれぞれウェスレーの霊性 にどのような影 響 を与えたのかを論述 していく。 その 中で 、ウェスレーの霊性 の核 心である「キリスト者 の完 全 」思想 がどのようなものであり、その 内容 は 何 であつたのかについて叙述 したい。第. 2節 では、宗教改革 における霊性 の伝統 の 中で宗教改革者. M.ル ター と 」.カ ル ヴァンの影響 とウェスレー 自身 が属 していた国教会 の影響 について、そしてウェスレ ーの家庭的 な背景としてピュー リタニズムの影響 について考察する。そして第. 3節 では、ウェスレーの. 霊性 にお いて教会論あるい は宣教論 にお いて多大な影響を与えたと言 えるドイツ敬虔主義とモラビア ニズムについて論述する。 第 2章 では、初期 におけるウェスレーの霊性 はどのように形 成 されたのかを探るために、まず第 1節 にお いて、ウェスレー 自身 が聖職 につ くためにどのような決 心をし、その時に両親 の影響 はどれほどあ ったのかを考察する。また、彼 にとって「第 一の回 心 」と呼ばれるまでに至った古典的な神 秘 主義著作 は何であり、それらを通して何を得たのか 、そしてウェスレーの霊性形成 にめぐる霊的な友人との 出会 い について叙 述する。第. 2節 では、初期 におけるサクラメントとしての主 の晩餐 について、それが幼少. 年 の時代 からホーリー クラブの時代、そしてアメリカのジョージア州 宣教時代 に至るまでどのように変わ ったのか について論述する。第 3節 にお いては、ウェスレー 自身 が携 わつていた最初 の小グループで あるホー リー クラブに至るまで の小グル ープ組 織 の歴 史的な経緯 とホーリー クラブを通 して得 られた 様 々な側面、そして社会的な関心と活動 について、それからそのホーリークラブの歴 史的な意 味とウェ スレーの霊性 に与えた影響 について述 べ ていくことにする。 第. 3章 では、中期 におけるウェスレーの霊性形成 について考察する。そのため、まず第 1節 では、. 霊的な試練 としてのジョージア宣教 のことを回顧 し、英 国 に戻 つたウェスレー にとつて霊的な教 師と言 「第 二の 回 心 」と呼ばれるアルダスゲイト街 の 回 心 につい て考察 えるペ ー ター・ベ ー ラー との 出会 い 、 する。第. 2節 では、中期 におけるウェスレーの主の晩餐は初期 とは違 って静寂 主義 に反対 し、主 の晩. 餐 を恵み の 手段 として捉 えること、またウェスレー にとつて主の晩 餐 の特色は何 であったのかについて 考察する。また、中期 から野外説教を始 めることによつて主 の晩餐を「回 心を与える手段」として用 いる ことについて論述 していく。さらに第. 3節 には、本格 的な野外説教 によるリバイバル 霊性 として野外説. 教 の動機や ウェスレーの宣教 の宣言 について、また、メソジストの霊性 訓練や 宣教 の手段 として用 いら れる小グループの組織や 中期 に行われた具 体的な社会的 霊性 のプ ログラムについて叙述 していく。 第 4章 では、後期 におけるウェスレーの霊性形成 について考察する。まず 、第 1節 では、これまで一 般 的 に言われなかった「第 二の 回心」の可能性 について述 べ た後 、その可能性 を第 一 と第 二の 回 心 「聖化 の道 」にお いて模 索す る。そ とは異なるウェスレー 霊性 の核 心である「キリスト者 の完 全 」に向かう れ は、ウェスレー 自身 が一生 涯 か けて追求 していたキリストの完全思想 が瞬 間的 にも、漸進 的 にも現 「瞬 間と漸進 の統合 としての回心 Jに ついて述 べ る。第 2節 は、 れることによつて、完全な聖化 に向かう 後期 における主 の晩餐 のあり方 について、また、初期 の 主 の晩餐 についての説 教「頻繁 に主 の晩餐.

(11) にあずかることの義務」の 中で「頻繁 に」けequent)が「絶 えず」(constant)に 変 わった説教 の 内容 につ いて、それからその主 の晩餐 は宣教 のわざのための手段であつたことについて論述す る。その後 、第. 3節 には、ウェスレーの社会的な霊性 が 中期 より広がり、具体的な社会的プログラムとして一 般社会 に おける日曜学校運動や奴隷解放運動 、そしてウェスレー 当時起 こつていた産 業革命 運動 との 関係 に お いて労働組合運動 などについて叙述する。 第 5章 では、これまで述 べ て来た初期・中期・後期 にお いて形成 されてきたウェスレーの霊性 が現代 にお いてどのような意 味があり、どのような社会 的宣教課題を持 つのかを中心に考察する。そのために は、まず 第. 1節 に、これまで述 べ てきたウェスレーの回 心体験 が現代 にどのような形で現れるのか 、ウ. ェスレーの正 統 的霊性 体験 としての聖霊 体験 、またそれが正 しい霊 性 体験 であることを表す じるしに ついて、それからその聖霊 による霊性 体験 が今 日の普遍 的な宣教 とどのような関わりがあるのか など について述 べ る。第. 2節 は、エキュメニカルな観 点から主 の晩餐について捉 えている二つの著作『 外. 31を 30、 的なしるしと内的な恵み』 『 私 はキリストを差し出した』 取 り上 げ、それらが今 日どのような内容 的 貢献をしているのかについて論述する。また、ウェスレーの主 の晩餐 についての思想 が今 日のエキュ. メニカル時 代 に宣教 論 的 にどのような意 味 があるのか 、エキュメニカルな観 点から主 の晩餐 について 論及する。第 3節 には、社会的霊性 の現代的な意 味と宣教的課題 として、ウェスレー と関わりがある貧 困と貧者 のための福音 、また人 間 の基本 的な権利 である人 権 の 問題や女性 の権利 について、最後 は 今 日世界的 にも、宣教論 的 にも最も重要な課題 の一つである宗教 間 の対話 の 問題 をウェスレーの確 信 と寛容という二つの観 点から考察する。 そして最後 の結論 にお いては 、本研 究 が一 貫 して考察 してきたウェスレー 霊性 にお ける初期 0中 期・後期 の 内容 を要約 し、今 日にお けるウェスレーの社 会的霊性 、並 び に宣教 的な課題 について展 望する。. 30 Rob Lo Staples,θ νよ ″ノカ聞rd 6拷 σθr冗々 ダ助 cram"お 力 Ves■eyan,五 ″ ∂ 聞 rd Si騨 ∂ θttbθ θく タス Kansas City: =ど. Beacon Hill Press,1991.こ の 著者 ステープル スはナザ レン・セ ミナ リー の神 学者 である。 31 Franz Hildebrandt,ノ 0詭reグ 3hrisr r J ttra賀 フ′ォ5た /dy θ fttθ ル ss,London:Epworth Press,1967。 `●.

(12) 第 1章. :ウ ェスレー にお ける霊性 形成 の源 泉. ジョン・ウェスレー はキリスト教 の豊かな霊的、神 学的な遺産 を受 け継 いだ人物であり、18世 紀 の歴 史的な人物 の 中で最もエキュメニカルな人物 であったと評価 されている 彼 は一 つの教会 、一 つの伝 1。. 統 からでなく、国教会 、ピュー リタニズム、モラビアニズム、ローマ 0カ トリック教会 、東方教会 、そしてア ル ミニアニズムなど、少なくとも五つ 以 上の異なる伝 統を持 つ 教会や 思想 の影響を受 けた。言 い換 え れ ば 、彼 はピュー リタン的な雰 囲気 の家庭環境 で育 ち、国教会 の伝 統 の 中で 、初代教父 の文献も学 び 、神学的 には高教会 に見られるアル ミニアン神 学 の影響 を受 け、モラビアンの生ける信 仰 からも大き な影 響 を受 けた。このように多様 なキリスト教 の歴史的伝 統 との 出会 い を通して形成 されたウェスレー の神学や霊性がエキュメニカルな性格をもつていることを忘れてはならないであろう。 新 しい 『 ウェスレー 全 集 』の編集者 の一 人であつたアウトラー は 、ウェスレーの神 学 の源 泉を次 のよう に挙 げてい る。それ いままず 、聖書 、古典書 、初代教 父 、教父時代 から英 国宗教改革 まで、国教会 と ピュー リタン伝統 、そして最後 にウェスレー 同時代 の文化などである また、日本では梅 田昇 が ウェス 2。. レーの神学 に関して次 のように 10の 源泉を挙 げている。a.聖 書 b.古 典書 c.初 代教父. d。. 東方教会. e.. カトリック神秘主義 iル ターやカル ヴァン、アルミニウスを含 む宗教改革者 g.モ ラビアン h.ピ ュー リタニ ズム i.国 教会. j.ウ ェスレー 同時代 の思想などである3。. 勿論 、この他 にもウェスレー に影響を与 えたの は、. ドイツの敬虔 主義や アナバ プテストとクェーカー派などを含 むラディカル・グループも考 えられる。 アウトラー はウェスレーの神 学 の源泉 について語 りながら、ウェスレーが受 けた神 学的な背景 につい て次 のように語る。つ まり、信仰義認 は 16世 紀 の宗教改革者 (ア ングリカン)力 も であり、信仰 の確証 に つい ての強調 はモラビアンのような敬虔主 義 からである。また、神 人協力説 の倫 理的な観念 は古代東 方教会 の教父 たちからであり、ディヴォーションとしてのキリスト者 の生活 については、ジェレミーテイラ ー・ウィリアム・ロー(そ してスクー ガル)か ら、それから完 全理 解 については、マカリオスを通 してニュッサ のグレゴリオスから学 んだ さらに、彼 はこのようにウェスレーの多様 な神 学 の源 泉を述 べ た後 、ウェス 4。. lC.ウ. ィリアムズ は エ キュメニ カル な出会 い にお いて教 会 が今 日の神 学 的な課 題 を遂 行 す べ きである立場 を持 ちながら、 ウェスレー を今 日の エ キュメニカル な対話 の 中心 に位 置 づ け、彼 の 貢 献 の 重 要性 を強調 した。Colin w.Williams, ′ ク bs″ s7乃 θθ及襲⊆/7bab/,Nashville:Abingdon Press,1962,pp.201-206;See also Paul Minus,Jr.,ed., ノb力 ″ レ ∂ ノ 壼θ ″Э N/1ethodism's Destiny in an Ecumenical Age,Nashville :Abingdon Press,1969;John A.Newton, 7bθ 』ヒν θVes■eytt σν∂drilare“ f, Иを3■ey,The Ecumenical Re宙 ew 24(April 1972),pp.160-175;Donald A.De Thorsen,動 申を Cath01ic Spirit, Grand Rapids,Mich.:ZondeⅣ an Pub.House,1990(特 に、78-81頁 に著者 はウェスレー の 精ネ Theological Liberality/Toleration,Ecumenical Characterな どと表 現 している。);Theodore Runyon,動 θ巌ソ Cre∂ tion:JOhn Vvesley` s theology today,Nashville:New York:Abingdon Press,1998,pp。 207-215(Wesley'S Ecumenisim);ま た、ウェスレー が 1749年 書 い た公 開書 簡「ローマ 。 カトリック教 徒 たちに」は真 にエ キュメニカル な対. 話 のための 基 本 指 針 となつてい る(Michael Hurley,ed.,John Wesley's Letter to a Roman Cttholic,Dublin,Geottey. Chapman,1968,特 に、序論を見ること それから、清水光雄 『 ウェスレーの救済論 :西 方と東方キリスト教思想 の統合』、 )。. 教文館、2002年 、第 5章 (エ キュメニカルな神学者ウェスレー、161-206頁 )な どを参照。. 2 BE Vorks,vol.1,pp.66-96.. 3梅 田昇「初期ウェスレー説教におけるトマス・ア・ケンピスの影響」 『 ウェスレー 0メ ソジスト研究』4、 日本ウェスレー・メソ ジスト学会、教文館、2003年 、84頁 。 4 Albert C。. Outler(ed.),カ カ″ ″b均 ,New York:Oxford University Press,1964,p.119..

(13) レーの神学 がトマス0ク ランマー5(Thomas Cranmer,1489-1556)に 代表される国教会 の神 学6に 基 づい ていることを明らかにしている このように、ウェスレー は 18世 紀 に生きた人物でありながら、初代教会 7。. の時代 からウェスレー 自身 の時代まで幅広 い思想 的な背景を持 つていることが分 かる。 本 章 では、何 が ウェスレーの霊性形成 に影響を与 えたかという源 泉を三 つの段 階、すなわち、初代 教会 における霊性 の伝統 、宗教 改革 における霊性 の伝統 、そしてウェスレー 以前 の敬虔 主 義 におけ る霊性 の伝統などに分 けて考察 していくことにする。. 第 1節. :初 代 教会 にお ける霊性. ウェスレー は著作 の 中で 、彼 が初代教会 の教父 たちの書物を読 んだことやそれらの 内容 を引用 した ことについて言及 している これ は、ウェスレーの思想や霊性 生活 に与えた初代教会 の影響 を無視す 8。. ることができない 、ということを示 している。ところが、ウェスレーが初代教会 の霊性 の伝統 から影響を受 けたことを具体的 に証 明することはそんなに簡 単なもので はない。T.キ ャンベ ルが指摘 しているように、 千年を超える時間を乗 り越 え、初代教会 の教 理 と実践 がどのようにウェスレー に伝 えられ、影響 を与え たことを明らかにするの は 、方法論的 にも問題 がある また、ウェスレー にとつて初代教会 が何 を意味 9。. しているのかについても明らかではない10。 さらに、ウェスレー は時を経るにつ れて、初代教会 につい ての定 義を変 えていつた。彼 はオックスフォー ドの時代 、最初 の5世 紀 または6世 紀 までを初代教会と して考 えたが 、後 にコンスタンティヌス皇帝 によつてローマ帝 国 のキリスト教 が 国教 として公 認 される時 点までに調整 した. 11。. それゆえ、ウェスレー研 究者 の 間 にお いて、ウェスレーが言う初代教会 は新約. の時代 からコンスタンティヌス以前 の教会 までであることが定説 となっている. 12。. 既 に述 べ たように、ウェスレー に対する初代教会 の影響 の 内容を明らかにするためには相 当の研 究 が必 要 であるが 、初代教会 の伝 統 がウェスレーの生 涯全般 にかけて持続的な影響を与 え、彼 に聖 書 的な真 の教会 は何であり、理想 的な教会 のモデ ルが何 であるかを提示 したことは否 定できない。特 に、 幼年期 にウェスレー は父親から初代 キリスト教を学 ぶように教 わり、実際 にチャーター・ハ ウスで古典を 学 んだ。また 、当時教父学 の研 究 について好意的 であつたオックスフォー ド大学 にお いてウェスレー. 5ト マス・クランマー については 塚 田理 イングランドの 宗教』:ア ングリカニズムの歴史とその特質、教文館、2004年 、 、 『. 35-37頁 を参照。. 6具 体的に言えば、国教会の 『 祈祷書』(the ies)な. (Ardcles)、 そして説 教集 (Homil― Common Prayer)と 39箇 条の 『 宗教条項』. どである。. 7 Albert C.Outler(ed。. ),ヵ 力″ Ves■ey,p.119。. 8 BEИ /tytts,vol。 3,p.586. 9 Ted A.Campbell,劫 ″ ″υヵ Press,1991,p。. ∂″ご Christian/″ 的 ピfけ「 鳥 妙. iOna″ ご己武 uraI Cttanr,Nashville:Abingdon υS√■. 3.. 10例 えば ウェスレー 自身も初 代 教 会 (Prim■ ive church)以 外 に初 代 キリス ト教 、使 徒 の 時代 、教 会 の最 初 の 時代 、初 、 期 キリスト者 、聖 書 的キリスト教 、古 いキリスト教 、古代 キリスト教 などを用 い る。これ に関しては、Gwang Seok,Oh., opec■ 。 ,p。 13を 参 照。. 11ウ ェスレー. は ロー マ 帝 国 にお いてコンスタンティヌス皇 帝 によるキリスト教 の 国教 化 が教 会 の 世 俗 化 を招 き、それ によ って教 会 の 純 粋 さが失 つたとい う。これ につ いては 圧 アVoAs、 vol.2,pp.462-463を 参 照 。. 12 Ted A.CaIIlpbell,op.cit.,p.46-53;Albert C.Outler,“. 乃 θレ %♭ sleyan Z々 θ θ磁. John WeSley's lnterest in the Early Fathers ofthe Church",. 』 プdertage r EssaysゞAん びォ(l θν激鶏 1991,p.102.. 10.

(14) は初 代教 父たちの 書物 を数 多く読 んでいた。大学 の 時代 、ウェスレー は友達 の 中で「初 代教 会 氏 」 (Mr.Primitive Christianity)13と M。. ぃぅぁだ名 を付 けられるほどであつた。. シュミットは 、ウェスレーの霊的な発展 を理解する鍵 は、初代教会 との生 けるかかわりの 中 にある. 「ジョン・ウェスレーが どうしてこの決 定的な点 に至るまで発展し、どうしてこのような進 と主張している。 歩を遂 げたかをいか に説 明 したらよいのであろうか。・……ウェスレーの霊的な発展を理解する鍵 は、初 代 キリスト教会 との生けるかかわりの 中 に見 出される」. 14。. っ まり、ウェスレーの霊的な発展過程を解 明. するために鍵 となるのは、初代教会 の霊性である。 ここでは初代教会 の霊性 の基本である聖書 、そして東方 の教会 としてギリシャ正 教会 、西方 の教会 で は主 にカトリック教会 の神 秘 主 義 が ウェスレーの霊性形成 にどのような影響 を与えたのか につい て考 察 していく。. (1)聖 書 :「 一 書 の人」 ウェスレーの神 学あるい は思想 を理 解す るためには、基本 的 に四つの柱 があるが 、それ は聖書 、理 性 、伝 統、体験 である. 15。. その 中で聖 書 は 、ウェスレーの霊性形成 にお いて、最も基本的な柱 であり、. 大切な背景である。 ウェスレー は幼少期 から聖書 こそ最大 の書物 であることを体得 した。言葉 を用 いて話 せるようになると、 すぐ両親 から「主 の祈 り」を教 えられ 、朝 に夕にこれを唱え、またすでに文字 が読 める以前 に聖書 暗誦 が奨励された。ことに母親 スザ ンナから強 い影響を受 けている。ウェスレーが 5歳 になると、母 がアルフ ァベ ットを教え、創 世記を教材 にして読 み方 の練習を始 めた。こうして聖 書 がウェスレーの幼児期 の基 本 テキストとなり、毎朝詩編を一 編 、そして旧約 の他 の箇所 から一 章、夜 は同じく詩編 と新約 から一 章 を選んで必ず読む ことを習慣 づ けられ 、それが 日課 になった“。その後も、ウェスレーが親 から離れ 、 チャー タイ・ハ ウスやオックスフォー ドに至るまで聖書 に対する姿勢 は生涯を通して変 わらなかつた。 このように、ウェスレー は 自ら自分を「一 書 の人」17と 語るほど聖 書 を大切 に考えていた。ウェスレーの 霊性 の核 心であり、1725年 から 1777年 の間、ウェスレーが生涯をかけて信 じ、伝 えて来た「キリスト者 Bの の完 全 」につい ての要約 である 『 キリスト者 の完 全 に関する平易 な解説』 中で ウェスレー 自身 は聖 13 BE,4/筏 咸s,vol.25(Letter),p.246,note2. 「. 14 schmidt,Martin.,υ わ力″ Ves■ey、 Bando I,Frankhrt:Gotthel卜 Verlag,1953(Eng.Trans by Norman P.Goldhawk,. ∂ ん勢わ 降」の″ θ わノθ カ カ″レ 碑η力4V01。 1,From 17th June 1703 unti1 24th May 1738,London:The Epworth Press, ≦ 「/4コ 動θ 1962,p.222.)こ の書物 は 日本語でも翻訳 された(M.シ ュミット著・高松義数訳 、 『 ジヨン・ウェスレー伝 』:回 心 へ の 内 の しながら、 1985年 英語 の翻訳を用 いる。 日本語 文では、 基本 的に 翻訳を参照 的発展 、新教 出版社 、 )。 本論 15こ れ はウェスレーの 四辺形 (Wesleyan Quadrilateral)と 呼ばれる。これ に関しては、Donald A.D.Thorsen,動 θ ノ″7θ θ √ ange■iθ ∂ s∂ ″θ ■ e■ 6√ θ 刀θθ∂ ′ sθ ″′ eXpα ウ ヒ ∂drilareralr s(zψ ι η′″η漁■ on′ ´ θ υ51eya″ σν れ94 Zondervan Pub “ The Wesleyan Quadrilateralin John Wesley",17'θ ダ だ θ Иをs■eyan 7動 θ House,1990;Albert C.Outler,“ わノθ 月勧壼attF r Essaysゞ Aル ″ごσ:θ νむ ler,opecit.,pp.21-37;Maddox,Randy L.,沢 bだ フθ カ″ ヾentt s βsible Graθ θ:ヱ フ ∂ ノ hθ θ Praθ ″ θ わ脇 Nashville,Tennessee:Kingswood Books,1994,pp.36-46;W.Stephen Gunter,Scott J.Jones etc. 「 ソ∂ ∂drilaι 囲 1,Nashville:Abingdon Press,1997な どを参照。 edS.J/b議 ″ご励θθν ソ ジズムの 一 メ 山内 郎 源 流』、キリスト新 聞社 、2005年 、59頁 を参照。 『 “ ,/レ. 17 HomO unius libri(a man Ofone book).. 18動 θ voAs、. vol.11,pp.366-446(Plain Account of the Christian Perfection,以. 下 Z2カ Иθθθ″ ′と略 記 す る。).

(15) 書 につ い て次 の ように語 る。 「これ こそ私 が 1725年 以来 、もつと明確 な言 い方 では. 1730年 以来 、常 に 目指 して来 たものである。. そして 1730年 に聖 書 以外 の 書物 を、比 較 的 に 、読もうとしない 、いわ ゆる homO unhs lbri(一 書 の 人 ) たることを私 は始 めたのであった 」19。. また、ウェスレー は 自分 の 『 説教集』の序文(1746年 )に も「一 書 の人」であることを熱望して、次 のよう 「私 が知 りたいことは一つである。それ は天 へ の道だ。…… 神 自身はそれを一 冊 の書 に叫んでいる。 物 の 中で書き記 してくださった。おお 、その書物を私 に与え給 え !い かなる金 額を払 つてもよいか ら、 20。 神 の書物を私 に与え給 え !私 はそれを持 っている。……私をして一 書 の人たらしめよ」 勿論 、ウェスレー 自身 が 自分 を「一 書 の人」と表現 したことは、彼 が聖 書以外 に何 の本を読 まなかつ. 「一 書 たとい う意 味ではない。上の 引用 の「比 較 的 に」(comparatively)と い う表現 が示 してい るように、 の人」とは優先順 位 を意 味する比喩的な表現である。山内はこれ について次 のように語る。「これ はウ ェスレーー 流 のユーモラスなレトリックであり、彼 が生 涯を通 して聖 書 一 巻 しか読まなかつたということで 2t はない。むしろウェスレー は稀 に見る読 書家、速読 の名人 でもあつた」. 現代 のウェスレー伝記作家 としてウェスレーの少年期 と青年期 、そしてオックスフォー ドの生 活を比較 22の. 的 に詳しく描 いたと評価 されているグリーンの 『 若きウェスレー 氏 』. 付録 23を 見ると、ウェスレーがオッ. クスフォー ドの時代 に読 んだ膨 大な読書リストが掲載 されている。それ によると、初代教 父たちの著作 や神 学などを始 めとしてキリスト教 関係 の書物 のみならず 、宗教全般 、歴 史、哲学 (形 而上学. )、. 論 理 学、. 倫理 学 、音楽 関係 に加 えて、医学や天文学などの 自然科学 の方面 、ギリシャ・ローマの古典 からシェ ー クスピア、推理小説 に至るまで 、その 関 心領域 は実 に広 範 囲 に及んでいたことが分 かる。それ にも 「一 書 の人」であると言われるの は、 「ウェスレー にとつて万巻 の書 が結局 は聖書 一 巻を理 かかわらず 、 24か らであろう。さらに、C。 ウ 巴やしとなり、す べ てが天 へ の道を知るために役 立てられた」 解す るための月 「一 書 の人」は、聖書 の 中 に現れ る救 いの道 に依存す ることであり、宗教 ィリアムズ はウェスレーの言う. に関する諸 問題 にお いて最高 の権威 は聖書である、ということにポイントがあると述 べ ている. 25。. それでは、自らを「一 書 の人」と呼んだウェスレー は、実際 に 自分 の著作 の 中で聖 書をどのように引 用 していたのであろうか。既 に紹介 したウェスレーの霊性 の核 心である 『 キリスト者 の完 全 に関する平 易な概説』は 、彼 の思想 がいかに聖 書 に基 づいて展 開されているかを示す よいモ デルである。サ ンス ター はウェスレーがこの論文 の 中で「キリスト者 の完 全」を説 明するために、195回 聖書を引用 している 26。 と指摘 しながら、旧約聖書からは 23回 、新約聖書 からは 172回 引用 していることを明らかにした 特. に、彼 の分析 によれ ば、ウェスレーが聖書を引用しながら、時 には同じ聖書 の 引用を 19. 2回 、もしくは. 3. 乃″ ,p.373.. 20型 デⅣ。藪s,vol.1,pp。 104-106,特 に、p.105を 参 照。 21山 内 一 郎 、前 掲 書 、57頁 。. 22v.H.H.Green,乃 θンOmζ ルタ。ゞQ熱 、London:Edward Arnold,1961。 23. 乃ノ d,pp.305-319.. 24山 内 一 郎 、前 掲 書 、58頁 。 25 cttlin Wo Williams,opecit.,p.25.. 26w.E.Sangster,動 θ乃 励 よ θ Pe湊. ,London:Epworth Press,1957,p。 36。 彼 によれ ば 、新 約 聖 書 の 引用 172回 "勧 の 中 で 、共観 福 音 書 の 引用 が 29回 、使 徒 パ ウロによる手 紙 の 引用 が 74回 、ヨハ ネ によるものが 34回 (そ の 中 で 、第 一 ヨハ ネ の 手 紙 が 20カ 所 )、 そ の 次 にマ タイによる福 音 書 や ローマの信 徒 へ の 手 紙 の 順 番 に引用 され ている。. 12.

(16) 回繰 り返しているという。そのように繰 り返されることを含 めて数 えれ ば 、旧約聖書は. 24回 、新約聖書. は 224回 にも及ぶ 、ということである27。 べ これまで、ウェスレーの聖書 引用 につい て 『 キリスト者 の完 全 に関す る平易な概説』を中心 に述 て 来たが 、実際 にこのように聖 書 中心 に考 えるウェスレーの霊性 は 、これだけでなく、彼 の説教 、手紙 、 そして 日誌などにもあらゆる面 にお いて聖書を引用 し、聖書 に基 づいて 自分 の思想や神学、生活を実 践 していつたのである。それ故 、本 来ドイツのルター 教会 の神 学者 として英 国 に渡 り、メソジストになっ 「ウェスレーの諸説教 、手紙 、そして 日誌などは、文節 ごとに聖書的用語を語 た F.ヒ ルダーブラントは、 28と り、聖書的な方式で主張し、聖書的な範 囲 の 中で考える人 であることを示 してくれる」 語 つている。 アウトラー によれ ば 、ウェスレー 自身 は 自分を聖書神 学者 (biblical theologian)と して理 解 していたと 29。 解釈 しており、彼 は聖書をほとんど暗記 していたので 、ウェスレーが語る言葉 は聖書的であつたと言う. さらに、驚 くべ きことにアウトラー はウェスレーの説教 を分析 し、説教 に引用 した聖書 の箇所 を具体的 に紹介 している。例 えば 、ウェスレーが説教する時 に一番よく用 いた聖書 の箇所 はマタイによる福音書 (1362回 その次 はヘ ブライ人 へ の手紙 (965回 )、 ヨハ ネによる福音書 (870回 ルカによる福音書 )、. )、. そしてコリントの信徒 へ の手紙 一 (779回 )で ある 実際 に、ウェスレー は聖書 の人として「一 書 の人」であり、聖書を一 番大切 に考えただけでなく、聖書. (853回. 30。. )、. の世界 の 中で生きていた人であつた。ウェスレーの霊性 に影響 を与えたもの は 、数多くあるものの 、そ の 中で初代 の教会 から伝 えられて来た聖書 は、ウェスレーの霊性形成 のために一 番基本 的なもので あったことは確かであろう。. (2)東 方教会. 1970年 代 の終 わり頃 までほとんど注 目されなかつたウェスレー と東方教会 との 関連 を、初 めて結 び つ け、言及 したのはアウトラー である。彼 はこの 関係 を自分 が編集 した 『 ジョン・ウェスレー 』で 次 のよう に指摘 した。 「若 い 時 、彼 (ウ ェスレー )は ビザ ンティンの伝統 の霊性 に深 く影響 を受 けたが 、それ は方法 としての 献身 の概念 、そしてキリスト者 の生 活 の 目標 としての完 全を理 解 したことである」. 31。. そ の 具 体 的 な例 としてア ウトラー は 、マ カリオ ス32(MaCarios)や ニ ュッサ の グ レゴリオ ス(Gregorios Nyssa)、. 27乃 ガ. シリアのエフライム(Ephrem Syrus)な どを挙 げている33。 このようなアウトラーの考 え方 は、その. ,nOte5を 参 照 。. 28 Franz Hillderbrandt,fh勿. ν励ダ ォ θ〃esle‰ London:Lutterworth Press,1951,p.26. "ん 特 に、nOte 6を 見ると、ウェスレー は 1738年 か ら Alexander Crudenの 聖 句 辞 典 (Concordance)を 持 つて お り、中年 (middle life)に な つてか らは、ウェスレー 自身 が 歩 く聖 書 辞 典 (walking COncordance) であつたとい う。. 29劇 デⅣorks,vd.1,p.69。. 30. 乃丘ェ,p.69. 31 0utler Ce Albert,ed。. ,ュ油″ VeS■w、 p.9,nOte 26。. 32こ こでのマカリオスとは ウェスレーなど当時の人 々が考えていた 4世 紀エジプトの修道 士マカリオス(大 マカリオスと 、. 呼ばれる)で はなく、5世 紀のシリアの修道 士マカリオス(偽 マカリオスと呼ばれる)で あつた。清水光雄 『 ウェスレーの救 済論』、34頁 、221頁 の注 54を参 照。 33,3〃。rks,vol.1,p。 75.;Outler C.Albert,ed。 ヵ力″,4/a■等、。p.Cit.,pp.9-15。 特に、9頁 にアウトラーはマカリオス ,こ. 13.

(17) 後多くのウェスレー研 究家34の 心をとらえ、ウェスレー と東方 の教会 について語る時、しばしば 引用 され るようになった。その 中で韓 国 の李厚 政 はウェスレーの思想 の 中で 、特 にウェスレーの思想 の 中心で ある聖化 の考 えはニュッサ のグレゴリオスよりもマカリオス、エフライムから多くの影響 を受 け、また人 間 に留まらず に、全被 造物 の回復 、万物 の完成 というウェスレーの神 の像 理 解 は、マカリオスよりもエフラ イムに多く負 っていたウェスレーの神 学と東方教会 の神 学 との 関係 を強調 している35。 また 、日本では 清水光雄 がウェスレーの救済論 を西方 と東方 キリスト教会 の統合 として理 解 しながら、とりわけウェスレ ーの聖化 、完 全理 解 は主 に東方 の教父 たちに根拠 を持 つことを認 めている36。 勿論 、このようなウェス レーと東方教会 の影響 関係 について批判 的な立場もないわけではない。例 えば 、T.キ ャンベ ル はウェ スレーの教父資料 の用 い方 に問題があると指摘 し37、 ハ ィッェンレー ターもこれまでのアウトラー を中心 とする初代東方教会 による強い影響説 に対 して、ウェスレーが 直接 読み、参照 した書物を詳 しく調 ベ つつ 、その影響 関係 について疑 間を持 つ 38。 しかし、キャンベ ル や ハイツェンレー ターの指摘 にもかか わらず 、ウェスレーの思想 には古代東方教会 の教父 からの影響 があることは39認 めざるを得ないであろ う。 最近 、具体的なウェスレー と東方教会との 関係 にお いて、最も注 目されているのは、ウェスレー とマカ リオ ス、ニュッサ のグレゴリオス、そしてエフライムの 関連 である40。 ァゥトラー によれ ば 、マカリオスや エ フライムにウェスレー が心 引きつ けられた理 由は、この世 にお けるキリスト者 のゴール として描 かれる 『 完 全 』の記述方法 にある。完 全を状態 としてよりもプ ロセスとして描 く彼 らの完 全理 解 はウェスレー に 完 全 を静的 に描 く完 全主 義者 たちとは全く異なった霊的なビジョンを与えたからである. 41。. それゆえ、. アウトラー はキリスト者 の生 活 の 中で 、霊的な発展あるい は変 化 にお けるウェスレーの強調 点は、特 に 聖化あるい は完 全 の教理 にお いて一 番 目立つが 、このようなウェスレーの聖化・完 全 の教 理 は東方 の 教父 たちの影響 であると主張した。つ まり、アウトラー は、ウェスレーが初代教 父 の思想を発 見 してから 彼 の 完 全 理 解 は 、ラテ ン的 なキリスト教 の 伝 統 である状 態 として の「完 成 され た 完 全 」(perね cted perた ctbn)一 完 壁 に成 長 した 完 了され た 状 態 (ne plus uhra)一 (tettios麓. で はなく、東 方 的 な動 的 プ ロセス. (perね cting perね ction)で あると理 解 した )で あり、霊的な進歩 としての「完全 に向かう完 全 」. 42。. すなわち、ウェスレー は「完 全 」の概念を、西方カトリック的な霊性 に基 づ く、完成 させた地位 、停 止 状 態 としての完全 ではなく、東方教会 の聖化 の神 学的伝統 に従 つた「過程 」として理 解 していると言 える。 「聖化 の過程 」を神 の働 きに含まれるもの として定 ウェスレー に与えた東方 教会 の最も重要 な影 響 は、 をエジプトのマカリオス(Macarius the Egyptian)と 表現するが、これは後にシリアのマカリオスに修正される。 、清水光雄 『 ウェスレーの救済論』、33-40頁 (ギ リシャ教父・東方の霊性からの視点)を 参照。 11。 _Jung Lee, 7乃 ″"●Jγ ;Hoo一 Jung Lee,Experiencing the θ」 Dθ θ し rinθ 〆Aむ ″6ン θ ationノ b ttθ 7乃 θ aた ば 。 カカ /θ √ Sp静 it in Wesley and Macrius,op.cit.;李 厚政『 聖化 の道 :今 日のためのウェスレーの霊性』 。. 34こ れに関しては 35. 清水光雄 『 ウェスレーの救済論』、197-206頁 。. Ted A.Campbell,op.cit.,p.20.. resley's Reading of and References to the Early Church Fathers,ST Kimbrough,Jr. Richard Po Heitzenrater,Johnヽ 力. ed., Эtthθ ヽx aη ノ │ル ●slep″. υality、 5ン 劇 ′. Baker Books,2000,pp.25-32.. Gwang Seok,Oh.,opecit., pp.121阻. それぞれの研究については、清水光雄 『 ウェスレーの救済論』、36頁 を参照。 Outler Co Albert,ed。. ,υ. わ力″ ″υ3■w、 p.9五. Albert C.Outler,Evangelismこ BE Vo董s、 vol.1,pp.74-76.. 1確 7θ. θわg/力 ″7θ Ves■eya″ Spir■,Nashville:Discipleship Resources,2000,p.122;ci. 14.

(18) 義 したマカリオスの思想 によるものである。特 に、ウェスレー はその実践的・霊性 的観 点で書 かれたマ カリオスの霊 的な説教43と 、シリア教会 の偉 大な賛美 歌作家 だったシリア人 エ フライムの文章を通 して 初代教会 の禁欲 主 義的修道院 の霊性 に魅 了され 、彼 の聖化 と完 全 の思想 に大きな影 響 を受 けたの である。東方教会 の伝 統 に従 い 、キリスト教 的な生活 を「キリスト者 の完 全 」という聖化 の 目標 に向かう 44。 過程 として理 解す るウェスレーの神学や霊性 に、独特 の次元を形成 したのである. さらに、ウェスレー 時代 の 国教会 の 中 には初代教会 の伝 統 に関 心を持 つていた高教会派 の人 々が 多くいた。特 に、東方 の教父 たちを再 発 見 しようとする運動 があり、このような運動 の影響 のため 、また 自分 の読書 のためにウェスレー は東 方教父たちの伝統 に親 しんでいた。ウェスレー は司祭補 の試 験 45、 準備 をしていた 1725年 以降 の暫くの 間、東方 の教父研 究 へ の 関 心を一時 中断するのであるが. 1729年 再びオックスフォー ドに戻 り、ホーリークラブの指導者 となったウェスレー は初代教会 に興味を 持ち始める。そして、その実践と習慣 に貝Jし てホー リークラブを形成 し、指導 して行 つたのである。特 に、 ウェスレー はオックスフォー ドにいる間 、初代教会 の霊性を実践することに邁進 した。例 えば 、その時ウ ェスレー は定 期 的 に断食 を実践 したが 、これ は初代教会 の習慣 に従 ったことである。また、オックスフ ォー ド時代 の後半期 に、教父研 究 の専門家 クレイトン(John Clayton)が 1732年 に、またクレイトンの指 導者 であり、初代教会 に強 い 関心を寄せていた集 団 のノンジュラー46(Nonjurors、 臣従拒誓者 )の 指導 的人物ディーコン(Thomas Deacon)が 1733年 にホーリー クラブに加入することで 、ウェスレー は教父研 究 へ の 関 心を深 めることになった47。 彼 らは 国教会 の 中で 高教会 主義的 な非 国教会教徒 であったが、 ウェスレー は彼 らとの 出会 い によつて初代教会伝統 の礼拝儀 式や 主 の晩餐 が持 つている特徴 に関心 を持 つ ようになった48。 ウェスレー はジョージアヘ 宣教師としていった時も初代教会 を再現 しようとするビジョンはあつた。しか 49(Bishop し、それ が 思 う通 りには行 か なか った 。ただ 、そ の 際 、ウェスレー は ベ ヴァリッジ主 教. 43ゥ ェスレーがマカリ オスに深く. (The Homi― 第一巻(1749年 )に『 マカリオスの説教』 影響されたことは『 、 キリスト教文庫』 粋が納められている点にも窺われる。 44韓 国ウェスレー神学会 (編 )『 ウェスレーとメソジストネ 申学』、ソウル :メ ソジスト神学大学校出版部、1999年 、9頁 。 情 キャンベルはこの時期に読んだ教父の著作をアウグスティヌスの 『 告白論』に限定し(Ted A.Campbell,opocit., lies of Macarius)抜. p.26。 )、 マコー ミックはクリ ュソストモスの著作も読 んでいたという(K.Steve McCormick,“ Theosis in Chrysostom and ttη ∂ ∂ ノυ θ θ Wesley:An Eastern Paradigm on Faith and Love",κesleya″ 刀り わν わノθ 426,1991,p.50)。 46名 誉革命 が起つた 1689年 、ウィリアム三 世 とメアリー女 王 に忠誠 を誓う際、ジェイムスニ 世 へ の以前 の宣誓破 棄を拒 絶 したアングリカンの主教 と教職者 またその後継者― また後 の支持者。最後 の主教 は 1805年 死 亡。少数 ではあった が 、臣従拒誓者 たちは国教会から多くの学 問と敬虔さとを運び去 ったので 、国教会 にとつて大きな損失 であつた。彼 らの初期 の神権 に対する強調 は、主教 に政治的罷免 を認 めることを最初 に拒否 したことから成長 した教会 の精神 的 な 自由に対する強調 によつて置き換 えられた。18世 紀 の初期 、特 にスコットランド(そ こでは 、1789年 まで国教会 の信 徒 は一般 に臣従拒誓者 であった)に お いて彼 らは典礼復興 に多くのことをなした。ウィリアム・ロー lWiⅢ am Law)は 、幾 分その 中でも孤立していたが 、論争家 であり神秘主義者 であり、偉 大なる人物であつた。臣従拒誓者 はアングロ、カト En」a″ σ リックの信 徒 の 間 では今も尊敬をもつて記憶されている。これ については、Gordon Rupp,逮感. "力. ゴ δ ゴ″ノ 『 イギリス教会 ,Oxbrd:Chrendon Press,1986,pp.5-28(The Non―JurOrs).ま た、日本語 の場合、小嶋潤 "一 史』 (人 間科学叢書 13)、 刀水書房、1995年 、168-169頁 を参照。 47ゥ ェスレーと 初代教会の影響関係 については、Gwang Seok Oh,op.cit pp.5-20に おいて比較的に詳しく書いてあ る。 48. 乃ノ d,pp。 128-129。 人 物 に つ い て は 、2デ VoAs、 vol.18,p.171,note 36を 参 照 。. 49こ の. 15.

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