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(1)

投資家に対する格付機関の契約責任 : ドイツにお ける「第三者のための保護効を伴う契約」法理を基 礎として

著者 久保 寛展

雑誌名 同志社法學

巻 62

号 6

ページ 2115‑2153

発行年 2011‑03‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013571

(2)

投資家に対する格付機関の契約責任 四七七同志社法学六二巻

投資家に対する格付機関の契約責任

ドイツにおける﹁第三者のための保護効を伴う契約﹂法理を基礎として

久 保 寛 展

︵二一一五︶ 第一章 はじめに︱本稿の問題意識︱

第二章 格付機関による格付の意義および方法 第一節 格付の意義 第二節 格付の方法︱依頼格付と勝手格付︱

第三章 投資家による格付機関に対する契約責任追及の可能性 第一節 ドイツ法上の問題点 第二節 いわゆる﹁第三者のための保護効を伴う契約﹂法理 第三節 連邦通常裁判所の二つの判例 第四節 格付機関に対する﹁第三者のための保護効を伴う契約﹂法理の適用 第五節 免責条項︵Haftungsfreizeichnungen; Disclaimer︶の効果

(3)

投資家に対する格付機関の契約責任 四七八同志社法学六二巻六号

第四章 わが国における格付機関の契約責任論 第一節判例・裁判例の動向︱﹁第三者のための保護効を伴う契約﹂法理の萌芽︱

第二節 名古屋高裁平成一七年六月二九日判決 第三節 格付機関の契約責任追及の可能性 第五章 結びに代えて

第一章  はじめに︱本稿の問題意識︱

  サブプライムローンをきっかけに世界的に波及した金融危機は︑いまだその回復の先行きがみえず︑世界経済は最も

困難な時期に直面している︒この危機を引き起こした一つの要因がアメリカに端を発した二〇〇一年のエンロンの不正

会計事件や︑二〇〇七年七月下旬以降のサブプライムローン問題であるとされるが︑これらの事件および問題の背景に

は格付機関も関与していたことが知られている︒すなわち︑格付機関がエンロンの不正会計にいわば警鐘を鳴らすこと

ができなかっただけでなく

︑サブプライムローン問題でも︑当該ローンを束ねた金融商品に高格付を与えて急増を助け 1︶

る一方︑ローンの不履行が増えると急速に大幅な格下げを行ったために市場が混乱したことから︑金融危機が拡大した

というものである

︒さらに︑金融危機は︑二〇〇八年九月のアメリカの投資銀行であるリーマン・ブラザーズの破綻に 2︶

よっても強化されたが︑この場合においても格付機関は︑破綻直前までリーマンを投資適格としていたとされる

︒とり 3︶

わけサブプライムローン問題において︑﹁急激な格下げがサブプライム問題を発生させた﹂︑﹁格付の手法に問題がある﹂︑

﹁格付会社に対する監督規制が甘い﹂などの問題提起がなされたことは

︑格付機関の格付そのものへの信頼を大きく崩 4︶

壊させる事実であったといえよう︒他方︑格付機関は金融市場のいわば﹁ゲートキーパー﹂的役割を果たすにもかかわ ︵二一一六︶

(4)

投資家に対する格付機関の契約責任 四七九同志社法学六二巻 らず

︑これまで格付機関は︑投資判断に関する情報を提供するが︑金融商品の売買には関与しないために︑法的規制の 5︶

対象さえならない

Quis

という認識があった︒そのために︑格付機関に対する信頼の崩壊は︑﹁誰が見張りを見張るのか︵ 6

custodiet ipsos custodies?

という問題を生じさせ︑その結果として格付機関に対する法的規制が要求される契機にな︶﹂ 7︶

ると同時に︑上述のような認識がもはや世界的にも通用しなくなったと理解することができよう︒

  法的規制について︑実際︑アメリカでは

︑エンロンやワールドコムの事件が二〇〇二年のサーベンス・オクスレー法 8︶

を制定する契機になるとともに︑二〇〇六年の信用格付機関改革法︵

Credit Rating Agency Reform Act 2006

︶の成立 9

を受けて︑二〇〇七年六月に格付機関規制が導入された︒本法は︑いわゆる公認格付機関

を対象に︑投資家の保護およ 10

び公共の利益のために︑信用格付産業の説明責任・透明性・競争を促進することによって︑格付の質を改善することが

目的とされる

︒本法によって︑公認格付機関の登録制の導入︑情報開示義務︑利益相反の取扱いに関する手続の整備︑ 11

証券取引委員会︵SEC︶に対する規則制定権の付与など重要な改正が行われたが︑さらに︑二〇一〇年七月二一日に

成立した金融規制改革法によっても︑一段と格付機関の規制が強化されることになる

12

  これに対して︑EUでは︑二〇〇三年のイタリアのパルマラット社の不正会計事件ならびにサブプライムローン問題

の表面化によって︑格付機関の規制の必要性が認識されたことから︑EUでも国家が格付機関に介入する必要はないと

いう認識が維持できなくなった︒そこで︑格付機関に対する規制の導入が検討されたが︑一度は二〇〇六年九月に規制

の導入が見送られたという経緯がある︒しかし︑欧州閣僚理事会が二〇〇八年七月に格付機関に関する規制方針を提示

したことから︑その後に欧州委員会によって格付機関に関する規則案

が公表され︑さらにこの規則案は︑二〇〇九年九 13

月一六日の格付機関に関する規則

として結実した︒これによって︑格付プロセスの独立性や利益相反の回避︑格付の品 14

質︑開示および透明性報告書の作成など︑さまざまな最低限の規制が格付機関に設けられた︒また︑その間に証券監督

︵二一一七︶

(5)

投資家に対する格付機関の契約責任 四八〇同志社法学六二巻六号

者国際機構︵

International Organization of Securities

Commissions;

以下︑IOSCOとする︶によっても︑二〇〇四 年に格付機関に対する基本行動規範︵

Code of Conduct Fundamentals for Credit Rating Agencies

︶が提示された

︒この 15

行動規範は︑格付プロセスの品質と誠実性︑信用格付機関の独立性と利益相反の回避などから構成され︑合計五二の具

体的な行動規範を定めている︒もともとこの行動規範自体には法的拘束力がなく︑自主的な遵守にゆだねられていたが︑

EUの監督規制の強化のために︑一部の格付機関に限り︑当該行動規範の遵守に自主的に対応したのが実際のところで

ある

︒前述のようにEUが一度規制を見送ったのも︑EU加盟国の証券監督当局によって構成される欧州証券規制当局 16

委員会︵

Committee of European Securities Regulators; CESR

︶が︑毎年︑格付機関によるIOSCOの行動規範の遵 守状況を見守るためであったとされる

17

  このような格付機関に対する世界的な規制の動向は︑わが国も例外ではなく︑平成二一年六月二四日に﹁金融商品取

引法等の一部を改正する法律︵以下︑改正金商法とする︶﹂︵平成二一年法律第五八号︶が成立し︑改正金商法によって

格付会社︵なお︑ここでは格付機関と格付会社をとくに区別しない︶に対する規制が導入された︒格付会社が金融およ

び資本市場において担う役割・影響の大きさ︑前述のような国際的な公的規制の導入・強化の動向などにかんがみ︑格

付会社が金融・資本市場において求められる機能を適切に発揮し︑他方で︑格付会社による格付が投資者の投資判断を

歪めることのないように必要な規制・監督を行っていくことが重要であることが認識されたからである

︒もともと指定 18

格付機関制度や適格格付機関制度が存在していたが︑いずれも格付会社を規制・監督する制度ではなかったことから︑

改正金商法では︑上述のようなIOSCOの基本行動規範や欧米の規制の動向を踏まえた対応が行われ︑格付会社に対

する規制として︑①誠実義務︵改正金商法六六条の三二︶︑②利益相反防止︑格付プロセスの公正性確保等の体制整備

義務︵改正金商法六六条の三三︶︑③格付対象の金融商品を保有している場合等の格付の提供の禁止︵改正金商法六六 ︵二一一八︶

(6)

投資家に対する格付機関の契約責任 四八一同志社法学六二巻 条の三五︶︑④格付方針等の公表︑説明書類の公衆縦覧等の情報開示義務︵改正金商法六六条の三六第一項︑六六条の

三九︶︑また監督規定として︑⑤格付会社に対する業務改善命令や監督上の処分︵業務停止命令︑登録取消など︒改正

金商法六六条の四一︑六六条の四二︶等が整備された︒

  金融商品が国境を越えて取引され︑格付機関の格付もグローバルに利用される状況においては︑必然的に国際協調を 図りながら国際的に整合的な枠組みにおいて格付機関の規制の実効性を確保することが要求される

︒そのために︑前述 19

のような格付機関に対するわが国の規制の動向も不可避であって︑このことは︑格付機関がますます世界的にも﹁ゲー

トキーパー﹂としての性格づけを余儀なくされることを意味しよう︒しかしながら︑翻ってわが国の改正金商法を考察

した場合︑わが国の改正金商法に残された課題も少なくない︒すなわち︑すでに指摘されているように

︑たとえば登録 20

が︑格付機関が信用格付業を行うための必要条件とされないために︑必ずしも完全な参入規制となっていないという登

録制度上の不備が存在することや︑信用格付業者またはその役員もしくは従業員が規制に違反した結果として︑信用格

付業者の直接の契約の相手方またはその他の第三者が損害を被った場合について︑これらの者に対する信用格付業者等

の損害賠償規定が設けられていないという損害賠償上の問題が存在するからである︒

  とくに後者の損害賠償規定については︑﹁証券化に対する市場の信認を回復するという目的に照らし︑明文による損 害賠償規定を置くことが望ましいとも考えられる

﹂︒もちろん︑格付による格付機関の言論の自由に配慮することなく︑ 21

格付機関に過大な規制を設けかつ責任を厳格にすれば

︑格付機関が登録を回避する可能性が高くなることも予想さ

れる

︒しかし︑たとえ格付が投資助言や証券の売買等の推奨を意味しなくても︑格付が実際上投資決定の重要な根拠の 22

一つであることは︑格付が事実上しばしば格付機関の優良な格付付与のために市場において﹁勧誘的機能﹂を果たすか

らであり︑その結果として投資決定のためのインセンティブが投資家に付与される側面があるからである︒そうであれ

︵二一一九︶

(7)

投資家に対する格付機関の契約責任 四八二同志社法学六二巻六号

ば︑このような性質を有する格付が︑発行体と格付機関との間の格付契約によって作成され︑投資家が投資決定の一要

素として格付に社会的接触を有する限りにおいては︑損害賠償規定を設ける意義が存在し︑ここに第三者である投資家

の利益を侵害しない契約当事者の一定の配慮および保護すべき義務︵保護義務︶が観念できるのではないかという疑問

が生じるのである︒たしかに︑この場合︑投資家は必ずしも発行体と格付機関との格付契約の当事者ではないことから︑

格付機関が恣意的ないし不公正な格付を行った場合や︑格付の評価の前提となる事実に重大な誤認がある場合など︑結

果としての格付︵判断︶が合理的な意味を有するものとは認められないような場合︵以下︑不合理な格付とする場合が

ある︶には︑投資家の格付機関に対する責任は︑格付機関の誠実義務違反︵改正金商法六六条の三二参照︶として不法

行為責任を構成することもできよう

︒改正金商法では格付自体の実質的内容は規制の対象とされていないが︑しかしな 23

がら︑このような不法行為責任以外にも︑上述のような保護義務に基づき︑さらに契約責任についても構成できるので

あれば

︑一般論および判例によれば両責任の要件および効果の相違が存在することから適合的な解決を図ることが可能 24

な場合も存在するのではなかろうか

︒少なくとも被害者としての投資家が救済される範囲を拡大する可能性 25

があるかも 26

しれない︒もし考察の結果︑そのような可能性が存在するのであれば︑本稿のような問題意識に基づく検討にも︑一定

の意義が見出されうると思われる︒

  このような問題意識から︑本稿では︑格付機関の投資家に対する契約責任構成のための根拠として︑現在︑ドイツで も議論される﹁第三者のための保護効を伴う契約︵

V ertrag mit Schutzwirkung zu Gunsten Dritter

︶﹂法理︵以下︑単に 法理とする場合がある︶を取り上げて

︑契約に基づく格付機関の第三者責任論を扱うことにしたい 27

︒検討の順序として 28

は︑まず︑格付に対する一般的な認識を得る目的から︑格付機関による格付の意義および方法を論じ︵第二章︶︑その

上で︑わが国の民法学の成果に依拠しながら︑ドイツにおける投資家の格付機関に対する契約責任の核心部分に入りた ︵二一二〇︶

(8)

投資家に対する格付機関の契約責任 四八三同志社法学六二巻 い︵第三章︶︒そして︑その成果に基づき︑主としてわが国の判例および裁判例を検討することで︑わが国おける第三

者の格付機関に対する契約責任の可能性を論じ︵第四章︶︑最後に全体的考察を行って結びに代えたい︵第五章︶︒

第二章  格付機関による格付の意義および方法 第一節  格付の意義   経済が複雑になればなるほど︑ますます予見できないさまざまな投資の選択肢も発生する︒選択に際して︑たとえ営 業としての投資または私的な投資であったとしても︑あらかじめ専門家の分析や意見の表明

を求めること自体は︑決定 29

された投資に対する予防的なリスク回避措置であって︑むしろ︑そうすることが一般的な傾向である

︒この場合に︑グ 30

ローバルな金融市場や常に複雑な投資商品の分野において確固たる地位を獲得したのが︑いわゆる格付機関による格付

である︒格付機関は︑デフォルト︵

Ausfall

︶の蓋然性に係る信用度︵

Bonität

︶の格付を行うが︑その結果は︑通常は 証券の発行の成否や発行体の資本調達コストにも重要な影響を及ぼす︒特定の債券︵

Anleihen

︶の相対的な安全性︑も

しくは証券の発行体の相対的な信用度が︑格付を通じて一定の符号︵文字や数字の組み合わせ︶によって説明されるこ

とは

︑たとえば企業の取引相手方がこの一定の信用度の格付を︑取引関係を維持継続するための前提にする場合には︑ 31

当該企業にとって極めて重要な意義を有しうることになろう

︒さらに︑発行体が国際的な格付機関の一もしくは複数の 32

格付を有する場合には︑当該発行体は自己の金融商品を世界中の金融市場に効果的に提供できるという事情

も︑格付が 33

重要な意義を有する一つの証拠でもある︒

  格付機関は民間の利益指向型企業であり︑多数の格付機関が世界中に存在するが︑主として三社の大規模な格付機関

︵二一二一︶

(9)

投資家に対する格付機関の契約責任 四八四同志社法学六二巻六号

が国際格付市場の全体を区分している

︒その格付機関とは

︑ニューヨークに本社を置くアメリカの格付機関である

Standard & Poor ’s Corporation

︵以下︑S&Pとする︶と

Moody ’s Investor Service

︵以下︑

Moody ’s

とする︶であり︑ ロンドンに本社を置く

Fitch Ratings

︵以下︑

Fitch

とする︶である︒これら三つの格付機関が合計して格付市場の九〇

%以上の市場占有率を有しており︑これによって格付市場は寡占構造化している状況であるといわれている

︒いずれに 34

しても︑これらの格付機関によって付与される格付符号は︑最高の信用度を示す﹁AAA﹂から支払不能を示す﹁

D

にまで及び︑その際︑﹁+﹂もしくは﹁

﹂あるいは﹁︱

1

︵ 上

位 ︶ ﹂

︑ ﹁

2

︵中位︶﹂および﹁

3

︵下位︶﹂のような付加文 字もしくは数字によっても区別される

︒格付機関は︑さらに自己が使用した各段階の符号を定義することになるが︑た 35

とえばS&Pでは﹁

A

﹂の格付段階について次のように定義している

︒すなわち︑﹁債務を履行する能力は高いが︑上 36

位二つの格付︵AAAおよびAA括弧内は筆者注︶に比べ︑事業環境や経済状況の悪化からやや影響を受けやすい﹂

とする︒また︑S&Pでは格付が﹁AAA﹂と﹁BBB﹂との間で行われる場合に︑また

Moody ’s

では格付が﹁Aaa﹂

と﹁Baa

investment grade 3

﹂との間で行われる場合において︑いわゆる﹁投資適格︵︶﹂として認定し︑それ以下 の場合をいわゆる﹁投機的階級︵

speculative grade

︶﹂として認定する︒これらのいわば﹁称号﹂は︑たとえばファン

ドのような機関投資家が︑自己の規約においてしばしば﹁投資適格﹂と判定された証券に限り投資できると定める場合

もあり

︑また多数の投資家は︑通常は国際的な格付機関の格付を参照し︑当該格付機関によって付与された﹁投資適格﹂ 37

の金融商品に限り︑自己のポートフォリオに加える

という状況からすれば︑これらの称号を獲得できるかどうかは︑発 38

行体にとって極めて重要なものとなる︒したがって︑発行体は︑優良な格付の評価なしに︑自己の金融商品を資本市場

に売り出すことはほとんど不可能であるので︑格付は︑企業の資金調達において︑典型的な銀行の信用貸付けの方法で

あっても︑資本市場での資本調達の方法であっても︑重大な役割を果たすことになろう

︒発行体自身にとっても︑格付 39 ︵二一二二︶

(10)

投資家に対する格付機関の契約責任 四八五同志社法学六二巻 は︑事実上市場参入のための条件にもなる︒したがって︑発行体は︑通常︑発行体自身であれ︑金融商品であれ︑格付機関に対して︑必然的に依頼格付︵

solicited rating

︶によって信用度調査を依頼することになる

40

  反対に︑投資家の側からみれば︑信用度の格付は︑投資商品の判断に際して発行体と投資家との間における情報の非 対称性を減少させるのに寄与する

︒そもそも格付は︑金融市場にとって国民経済上重要な資本配分のための重要なコミ 41

ュニケーション手段であって︑投資家が投資する場合における取引コストの低下にも寄与する

︒投資家にとっても︑発 42

行体に他人資本を提供する場合には︑発行体もしくは発行証券の価値に関して信頼できる情報が決定的に重要になるこ

とから︑信用度格付の結果としての情報が︑格付機関自体によって︑もしくは一般的なメディアを通じて公表されるこ

とは︑投資家にとっても有意義である︒その意味において︑格付機関は︑発展した資本市場の最も重要な情報仲介者と

しての役割を果たすことになる

︒このような発行体もしくは投資家に対する格付機関の役割に直面して︑格付機関がし 43

ばしば金融市場の﹁ゲートキーパー

﹂と呼称されることは知られている︒ 44

  信用度の格付自体は︑特定の証券の売買もしくは保有に係る推奨ではなく︑単に︑信用度とともに︑利回りや通貨リ スクなどの別の基準を考慮に入れる投資家の︑複雑な投資決定の要素の一つにすぎない

︒そのために︑たとえばS&P 45

は︑インターネットのホームページ上で︑行動規範における免責条項︵

disclaimer

︶として︑﹁格付は︑投資や財務など

に関する助言ではない︒また︑特定の証券の購入︑保有︑売却︑あるいは投資に関するその他の意思決定を推奨するも

のではない︒格付やその他の意見は︑特定の投資家に対する特定の証券の適合性について言及するものではなく︑投資

に関する決定を下す際に依存すべきものではない︒S&P︵本文中では︑レーティングズ・サービシズ︶は発行体や投

資家などいかなる者に対しても︑投資や財務などのアドバイザーとしての役割を負うことはなく︑またそれらに対して

受託者責任を負うこともない﹂ことを明示している

︒しかしながら︑安全指向型の大衆投資家の場合︑もっぱら公表さ 46

︵二一二三︶

(11)

投資家に対する格付機関の契約責任 四八六同志社法学六二巻六号

れた信用度リスクの格付を信頼することからすれば︑格付は︑実務においては︑事実上︑あたかも投資の推奨であるか

ような性質を有するという側面も否定できない

︒投資助言業務に際して︑投資顧問会社が自己の顧客に対して︑説明義 47

務の履行の一環として︑場合によっては発行体もしくは特定の証券の格付を提示することもあるが︑この場合において︑

ドイツでは︑投資意思を有する顧客に対する投資助言に際して︑投機的段階にある外国の発行体の債券の格付を開示し

なかった銀行は︑当該顧客に対して︑助言が不完全であるとして損害賠償義務を負うとする裁判例がある

︒この裁判例 48

は︑格付機関ではなく︑銀行に責任があるとされた裁判例であるが︑格付判定が部分的に投資助言を構成する要素の一

つとして判断されたものである︒

第二節  格付の方法︱依頼格付と勝手格付︱

  発行体に対する格付は︑原則として︑いわゆる﹁依頼格付﹂と﹁勝手格付︵

unsolicited Ratings

︶﹂に分類することが

できる︒依頼格付の場合には︑格付機関は︑格付される企業との契約に基づき格付を行い︑通常の場合︑発行体が自ら

格付を依頼し︑発行体自身は格付に基づく優良な信用度評価によって自己の資金調達コストの引下げを期待して︑格付

に対する対価を支払う

︒依頼格付では︑格付機関によって複数の専門家から構成されるアナリストチームが編成され︑ 49

発行体から提供されたデータに基づき最初の基本分析を行うとされる

︒もっとも︑格付機関と依頼者との間の協力関係 50

が必要となるので︑発行体の経営者︵

Management

︶との会合が発行体において定期的に開催される︒アナリストチー

ムは入手した情報を基礎に評価を行い︑この結果を格付機関の内部に設置された格付委員会に提示して︑最終的に格付

に関する意見が調整される︒格付機関は︑格付結果を公表する前に発行体と接触し︑かつ発行体に対して︑格付の結果

ならびに決定の根拠を知らせる︒これによって︑発行体に対して︑意見表明に係る機会が付与されるのである

︒もし追 51 ︵二一二四︶

(12)

投資家に対する格付機関の契約責任 四八七同志社法学六二巻 加情報の提供によって事後的に格付の結果に有利な影響を及ぼす事情があれば︑その事情を考慮する必要もあるからである︒格付の結果は︑たいていの場合︑格付機関のホームページで公表される︒対価を支払って︑格付情報を取得する定期購読者の場合については︑より詳細な情報が当該講読者に提供される︒  これに対して︑勝手格付の場合には︑格付が︑格付機関の自主的なインセンティブに基づき︑もしくは監督当局などの発行体以外の第三者の依頼によって行われる

︒格付機関と︑格付される企業との間には契約上の合意は存在しない︒ 52

格付された発行体は︑格付機関自身もしくは報道機関等からはじめて格付の対象であったことを知ることができるので

ある︒発行体との協力関係が存在しないことから︑格付機関は︑通常は一般的にアクセス可能な企業の公開データを参

考にするにすぎず︑情報基盤は依頼格付の場合よりも比較的小さい

︒したがって︑勝手格付の場合には︑情報の非対称 53

性を完全に解消することは困難であると指摘されている

︒また︑勝手格付については︑次のような指摘もある︒つまり︑ 54

発行体が優良な格付を希望している場合において︑格付機関が勝手格付を通じて当該発行体に不利な格付を付与するこ

とによって︑これに反感を持つ発行体に格付依頼を強制的に誘因できることである

︒つまり︑格付機関が︑報酬を受け 55

るために︑不相当に低い格付によって発行体をいわば威嚇できる可能性があるのである︒さらに︑格付機関がたとえば

他の格付機関よりも相当に低く評価された金融商品に係る勝手格付を市場に提供することによって︑表面的に価格形成

のメカニズムをゆがめることもできる

︒なぜなら︑この場合︑勝手格付自体が︑限定された情報基盤のために︑あまり 56

精確でないからである︒このことから︑勝手格付の場合には︑依然として濫用のリスクが存在することが指摘されてい

るのである

57

  いずれにしても︑格付機関による格付には二つの方法があることを確認できるが︑実際上は︑対価の支払を伴う依頼

格付が一般的であるとされる︒したがって︑以下の検討においても︑依頼格付を前提とする︒

︵二一二五︶

(13)

投資家に対する格付機関の契約責任 四八八同志社法学六二巻六号

第三章  投資家による格付機関に対する契約責任追及の可能性 第一節  ドイツ法上の問題点   前述のように︑通常︑格付は金融商品や発行体自身の信用度を包括的に分析する目的を有し︑この目的に直面するな

らば︑格付そのものが発行体にも投資家にも重要であることは明白である︒反対に︑発行体にも投資家にも信頼されな

い格付は︑格付そのものの品質に問題があるといえる︒たしかに格付は︑それ自体﹁特定の証券の売買もしくは保有に

係る推奨﹂を意味するものではないが︑格付が投資家のための資本市場に及ぼす影響は極めて大きい︒実際︑ドイツで

は︑S&Pが

Thyssen Krupp

社の年金債務︵

Pensionsverpflichtungen

︶の処理に関して︑年金債務の年金基金による財 産の保証がなかったことから︑格付手法を変更して年金債務を他人資本として扱い︑これによって

Thyssen Krupp

社の

社債の評価を二段階引き下げた結果︑当該社債がいわゆるジャンク債になり︑一日のうちに社債相場が六%の減少をみ

たという事実もあるからである

︒このような資本市場に及ぼす影響にもかかわらず︑虚偽もしくは正確でない不合理な 58

格付に基づき格付を不適切に引き下げる︵

Downgrade

︶か︑もしくは引上げ︵

Upgrade

︶を拒否するような場合であっ

ても︑それでも格付機関はこのような不合理な格付に基づき発行体や投資家に責任を負わないのであろうか︒民事責任

の発生原因は︑一般的に契約責任と不法行為責任であるが︑格付機関と格付を依頼した発行体との間の責任については︑

通常︑その基礎にある契約関係︵依頼格付契約︶から生じるであろう︒これに対して︑格付機関と投資家との間には契

約関係にないことから︑直接に格付機関に対する契約責任は生じない︒もっとも︑投資家が格付機関と格付情報に関し

て定期購読契約︵

Abonnementvertrag

︶を締結したような場合については︑契約責任が生じる余地が存在することも考

えられる︒しかし︑このような不合理な格付を信頼して投資家が自己の財産を処分した結果として損害を被った場合に ︵二一二六︶

(14)

投資家に対する格付機関の契約責任 四八九同志社法学六二巻 おいて︑そもそも格付機関の特別法上の対第三者責任が存在しないことから︑契約外の投資家は格付機関自体に対して︑

契約責任ではなく︑不法行為責任として追及できるにすぎないとすると︑ドイツでは投資家の保護が期待されない︒な

ぜなら︑ドイツの不法行為法によれば︑格付機関の格付は︑絶対権の侵害行為︵ドイツ民法八二三条一項︒以下︑ドイ

ツ民法をド民と略す︶あるいは刑法に反する行為のような保護法規違反︵ド民八二三条二項︶︑または故意の良俗違反

行為︵ド民八二六条︶に該当するものでもなく︑またドイツが不法行為の一般規定を有しないことからも︑不法行為責

任が成立する余地が極めて狭いからである︒そのために︑実際上︑不法行為責任によって格付機関の責任を根拠づける

ことは困難であると指摘されており

︑実際に発行体ならびに投資家に対する格付機関の責任を認めた判例が存在しない 59

のが現状である

︒このことから︑契約責任を追及する必要性が存在し︑それを基礎づけるための理論構成が構築されな 60

ければならなかったのである︒

第二節  いわゆる﹁第三者のための保護効を伴う契約﹂法理   そうであれば︑格付機関に対する責任の根拠は︑完全な契約責任構成でも不法行為責任構成でもない特別な中間領域 において考慮されなければならないとされる

︒そのための根拠が︑ドイツの判例によって︑主として信義誠実︵ド民二 61

四二条︶に基づき展開された﹁第三者のための保護効を伴う契約﹂法理

である︒契約の効力は︑法律の規定や特別の合 62

意がない限り︑契約当事者間でしか生じないが︵契約の効力の相対性︶︑この法理は︑契約当事者だけでなく︑保護に

値する契約外の第三者についても︑契約から発生する危険に接触する場合に当該第三者を保護するものであり︑契約責

任の体系に生じうる間隙を埋めるのに有益な制度であるといわれている

︒もちろん︑第三者を当事者とする独立の契約 63

関係を構成するものではない︒典型的には︑たとえば売買契約の売主が買主に対して負っている買主の生命︑身体︑財

︵二一二七︶

(15)

投資家に対する格付機関の契約責任 四九〇同志社法学六二巻六号

産上の法益を害しないように配慮すべき注意義務は︑単に買主だけでなく︑信義則上その目的物の使用︑消費が合理的

に予想される買主の家族や同居者に対しても負うとする場合が考えられ

︑これによって契約責任の人的拡張が企図され 64

ているのである︒このように︑この法理はもともと契約締結後の第三者の生命および身体に対する積極的損害を把握し

ていたにすぎなかったが︑その後︑母親に買い物に付き添われ︑スーパーマーケットで野菜の葉で滑って転び怪我をし

た子供に対しても︑売買契約が母親と売主であるスーパーマーケットとの間において締結されていなかったにもかかわ

らず︑契約締結前の領域において適用されるものとみなされた

︒本来ならば契約締結上の過失︵ド民三一一条二項 65

︶に 66

基づく責任が肯定されうる場面ではあるが︑この法理が契約締結の準備段階において適用が肯定されたことによって︑

学説では﹁契約法の肥大︵

Hypertrophie des V ertragsrechts

︶﹂として非難されたところである︒ 67

  いずれにしても︑この法理が適用されることによって︑契約外の第三者が契約の保護領域に取り込まれるには︑主と して次の法律要件を充足していなければならない

︒すなわち︑ 68

⑴  給付との近接性︵

Leistungsnähne

︶  まず︑第三者が︑契約関係に基づく債権者と同様に︑契約関係から生じる

同一の危険にさらされていなければならない︒たとえば︑この場合の第三者としては︑瑕疵ある食品を購入した者の

家族や同居人︑瑕疵ある建物を賃借した場合の賃借人の家族などが典型的である︒反対に︑危険が生じるおそれのな

い第三者に対して︑責任を拡大することに意味はない︒すなわち︑いわば契約から遠く離れた者を︑当該契約の保護

領域に取り込むことは︑当事者の意思に合致しないし︑第三者が契約に基づく給付に接触しない場合には︑特別な危

険の状況も存在しないからである︒

⑵  債権者との近接性︵

Gläubigernähe

︶  次に︑第三者が契約関係の保護領域に取り込まれることに対して︑契約の

債権者が正当な利益を有している場合である︒この利益については︑﹁禍福︵

W ohl und W ehe

︶﹂の定式に基づき︑債 ︵二一二八︶

(16)

投資家に対する格付機関の契約責任 四九一同志社法学六二巻 権者が第三者の﹁禍福﹂に対して利害を有していなければならない場合に存在するとされた︒もともと︑たとえば家族法上の関係︵両親と子供など︶や使用者と被用者の関係などから想定されたものであるが︑しかし現在では︑この利益を拡大して︑契約当事者が第三者を契約に取り込める意思を有していたかどうかという一般的な解釈上の原則に従って︑その存否が決定されている︒たとえば国家資格を有する専門家が︑依頼を受けて鑑定意見を述べるか︑または鑑定書を交付する場合には︑それが第三者に対して使用されることを認識している限り︑第三者への保護効を与える意思があったことが認められるとする︒このように︑当初は債権者が第三者の﹁禍福﹂に責任を負う他の家族構成員や同居者︑被用者等を︑保護される﹁第三者﹂と判断してきたが︑現在ではこの定式を放棄し︑一般的な解釈上の原則に従っているのが現状である︒⑶  認識可能性︵

Erkennbarkeit

︶  上述した給付の近接性と債権者の近接性︵保護の利益︶は︑契約の締結に際して︑

契約の相手方︵債務者︶にとって認識できるものでなければならない︒つまり︑たとえば契約の相手方である売主が︑

誰に対して責任を負うのかを知りうるものでなければならないのである︵人的範囲の画定︶︒もしそうでなければ︑

契約の相手方は︑債権者と密接な関係にある多数の者がどのように給付に接触するのかを予見できないことから︑必

然的に予見できない責任リスクを負うことになり︑契約の相手方にとっての法的安定性は無に等しいものとなるから

である︒

⑷  第三者の保護の必要性   最後に︑第三者に対して保護の必要性がなければならない︒債権者と債務者との間にお

いて契約に基づき第三者に対する責任がすでに合意された場合には︑保護の必要性を観念する必要はないが︑合意さ

れなかった場合については︑第三者が保護の利益を有するかどうか︑個別事案における検討が必要となる︒

  主としてこのような要件を基礎に︑従来︑ドイツでは︑契約外の第三者に対する契約上の保護義務が判例上拡大され

︵二一二九︶

(17)

投資家に対する格付機関の契約責任 四九二同志社法学六二巻六号

てきたが︑その大半が生命身体に対する狭義の保護義務の拡張事例であるといわれている︒しかしながら︑その後の判

例において保護義務の範囲が財産的損害︵純粋経済損害︶にまで広げられることになった︒本稿の関心からすれば︑こ

れを基礎に﹁第三者のための保護効を伴う契約﹂法理に基づく格付機関の責任の可能性について検討した判例を扱いた

いが︑上述のように︑ドイツでは格付機関の責任を扱った判例および裁判例が存在しないことから︑以下では︑当該責

任を検討するのに有益な類似の判例を参考として扱うことにしたい︒

第三節  連邦通常裁判所の二つの判例   格付機関の責任の問題を検討するのに有益な判例が︑主として①経済監査法人ならびに②不動産鑑定士に対して︑﹁第

三者のための保護効を伴う契約﹂法理に基づき責任を肯定した次の二件である︒まず︑①経済監査法人の責任に関する

連邦通常裁判所二〇〇四年六月八日判決

は︑要約すると次の事実関係に依拠していた︒すなわち︑原告は︑一九九四年 69

一二月一日に投資ファンド法人に資本参加したが︑この原告による資本参加の意思表示の前提は︑当該ファンドの創設

者によって発行された勧誘目論見書にあった︒被告は︑当該ファンドに対する資本参加のための勧誘目論見書を監査し

た経済監査法人である︒この目論見書によって所得の高い投資家に資本参加が勧誘される一方︑目論見書には当該ファ

ンドが︑複数の地方自治体に対する廃水処理システムへの融資モデルとして紹介されており︑また廃水処理施設の建設

のために地方自治体によって構成された廃水処理連盟と当該ファンドとの間の契約では︑二五年間にわたる固定の配当

が保証されていた︒目論見書では︑﹁目論見書の監査﹂の見出しのもとに︑次のことが掲載されていた︒すなわち︑﹁経

済監査法人に対して目論見書の監査を依頼したが︑この監査に係る報告書が完成した場合には直ちに︑照会に応じて重

要な利害関係人に当該報告書を提供する用意がある﹂と︒また︑一九九三年一一月二三日の被告の監査報告書には︑次 ︵二一三〇︶

(18)

投資家に対する格付機関の契約責任 四九三同志社法学六二巻 のような記載があった︒すなわち︑﹁監査の結果︑目論見書の記載は︑提出された契約書および契約書案︑および提供

された情報によれば︑完全かつ正確であることを確認することができる︒事実および仮定された事項は適切に説明され

ており︑また納得かつ信用できるものである⁝﹂と︒

  ところで︑廃水処理施設の建設は一九九三年一二月に開始されたが︑施設の建設費用の一部については廃水処理連盟

によっても融資された︒当該施設の規模および融資そのものは︑当初︑ブランデンブルク州における一六の地方自治体

のために構想されたものであったが︑実際には廃水処理連盟には︑このうち七つの地方自治体しか加盟しておらず︑も

ともと想定されていた地方自治体による出捐および公的援助も行われなかったとされる︒一九九六年以降は︑建設費用

の支払いや当該ファンドに対する固定の配当なども︑廃水処理連盟によって行われることがなかった︒これに対して︑

原告は︑被告が発表された公的援助を調査する必要があり︑かつ九つの地方自治体が加盟しなかったこと︑および廃水

処理システムの構想全体に不経済性があったことを認識しなければならなかったと主張し︑従前に受領した配当金を控

除した出資総額について︑被告である経済監査法人に対して損害賠償を求めた︒

  これに対して︑連邦通常裁判所は︑﹁第三者のための保護効を伴う契約﹂に依拠して︑被告である経済監査法人の責

任を肯定した︒すなわち︑その判旨によれば︑﹁公的に任命されかつ宣誓した専門家︑あるいは経済監査士もしくは税

理士のように︑国家に承認された特別の専門知識を有しかつこの資格において鑑定書もしくは鑑定意見を表明する者

は︑当該鑑定書もしくは鑑定意見を利用した第三者に対しても責任を負う︒この前提は︑経済監査法人が投資ファンド

法人の依頼によって投資に係る勧誘目論見書を監査し︑かつその完全性︵

V ollständigkeit

︶ ︑

正 確

性 ︵

Richtigkeit

︶ ︑ 信 用度︵

Plausibilität

︶および信頼性︵

Glaubhaftigkeit

︶を当該目論見書に掲載した本判決においても存在する︒なぜなら︑

この場合︑経済監査法人は︑監査報告書が投資ファンド法人に出資させる材料として利害関係人に提示されることを知

︵二一三一︶

(19)

投資家に対する格付機関の契約責任 四九四同志社法学六二巻六号

っていたからである︒ところで︑本判決の場合には︑投資家の目論見書責任に基づく固有の損害賠償請求権も考慮され

るが︑この請求権は︑第三者のための保護効を伴う契約に基づく請求権と同等ではない︒目論見書責任は︑投資家の保

護のために︑出資から生じるリスクについて真実に基づく完全な説明が指向されなければならないこと︑またこの目的

のために︑発行目論見書は︑通常︑投資の利害関係人にとって唯一の情報源であることから︑目論見書に対して責任を

負う者が責任を負わされなければならないことに基づく︒したがって︑目論見書責任は︑勧誘の完全性および正確性に

対する責任である︒これに対して︑第三者のための保護効を伴う契約に基づく不完全な鑑定書もしくは監査報告書によ

る責任は︑期待された職業上の専門知識および個人的な信頼を専門家に要求する︑特別な信頼関係に基づく第三者に対

する専門家の職業上の責任である︒もっとも︑その場合︑両者の請求権は︑異なる目的を有し︑かつ異なる根拠に基づ

くので︑相互に排斥される根拠は認められない﹂︒

  次に︑不動産鑑定士の責任に関する連邦通常裁判所二〇〇四年四月二〇日判決

であるが︑この判決は︑要約すると次 70

の事実関係に依拠していた︒すなわち︑被告は︑E有限会社︵以下︑Eとする︶の依頼に応じて︑N登記協同組合︵以

下︑Nとする︶が所有する不動産の取引価値を︑約一一七〇万マルクと評価し︑一九九四年四月二日付で鑑定書を作成

した不動産鑑定士である︒鑑定の結果︑被告は︑このうち約二七五〇〇㎡の広大な土地について約八一七万マルクと評

価し︑またその土地上に建設された建物について三五六万マルクと評価した︒当該鑑定書には︑﹁一般的記載﹂の表題

のもとに︑﹁目的不動産価値の鑑定は︑計画の策定︵居住用兼営業用施設の建築筆者注︶および資金調達の目的の

ために必要とされる﹂と付記されている︒さらに︑当該鑑定書には︑鑑定書は︑依頼人および鑑定書記載の目的のため

にのみ作成されたことが記載され︑かつ土地の価値は推定に基づく収益価値によって算定された︵鑑定書の五・一︶と

の記載がある︒なお︑比較価値に基づく価値の算定は︑直接に比較可能な土地の不存在のために不可能であったとされ ︵二一三二︶

(20)

投資家に対する格付機関の契約責任 四九五同志社法学六二巻 る︒  鑑定書の作成の後︑Eのために︑N所有の不動産に一〇〇〇万マルクの土地債務︵

Grundschuld

︶が登記された︒そ 71

の登記後︑Eは︑債務証書︵

Obligationsscheinen

︶の形式によって総券面額で一〇〇〇万マルクの債券を販売した︒Eは︑

発行目論見書をもって︑債券自体は公証人に供託される不動産担保権︵総計約一一七〇万マルク筆者注︶によって保

証されているものとして勧誘を行った︒これに対して︑総額三万マルクの券面額をもって当該債券を取得したのが原告

である︒しかしながら︑Eは銀行業の認可を有しなかったので︑当時の連邦信用制度監督庁がその後に当該債券の販売

を禁止したことから︑Eの計画自体が頓挫することになった︒このことから︑Eは︑原告に対して︑合意された九%の

利息とともに︑払い込まれた資本を返還する義務を負った︒一九九六年一月に︑Eは和解申立てを行ったが拒否され︑

破産手続が開始されたので︑原告は︑専門家として土地の評価に従事する被告に対して︑土地に対する不正確な価値の

記載に基づく損害賠償を要求した︒

  ブランデンブルク上級地方裁判所は︑原告は鑑定書作成契約の保護範囲に含まれないので︑被告である不動産鑑定士

に対する損害賠償請求を否定したが︑これに対して︑連邦通常裁判所は︑控訴裁判所の見解と異なり︑﹁原告がEの被

告に対する鑑定依頼の保護効に含まれないとの理由をもって︑原告に対する被告の責任が否定されるものではない﹂と

し︑控訴裁判所に差し戻した︒連邦通常裁判所は︑﹁第三者が契約関係に含まれるための法律行為に基づく意思が契約

当事者に存在するかどうかについては︑事実審の裁判所が一般的な解釈上の原則に従い探求しなければならない﹂とす

る︒しかし︑従来︑連邦通常裁判所においても︑依頼に基づき国家に承認された特別の専門知識を有する者によって作

成された鑑定書もしくは証明書が︑当事者の通常の意思によれば︑契約外の第三者によって利用されることが明らかで

ある場合において︑当該専門家が相応の証明力を備えた鑑定書もしくは証明書を交付したときは︑そのような第三者を

︵二一三三︶

(21)

投資家に対する格付機関の契約責任 四九六同志社法学六二巻六号

契約関係に取り込む意思が推定されるとしていた︒このことから︑﹁国家に承認された特別な専門知識を有し︑かつこ

の資格において鑑定人として意見を表明する者は︑第三者のための保護効を伴う契約の原則に従い︑鑑定結果を利用す

る者に対して責任を負うものと判断する︒この場合における決定的な問題は︑当該専門家が︑契約の内容によれば︑鑑

定書が第三者にも利用され︑かつ当該第三者によって財産の処分に係る決定の基礎にされることを予測しなければなら

ないのかどうかである﹂︒

  さらに︑﹁国家の承認なしに鑑定人として活動する専門家についても︑第三者のための保護効を伴う契約に基づき︑

契約当事者の意思によれば︑鑑定書の作成に係る契約に第三者の保護も含める場合には︑当該専門家は契約相手方だけ

でなく︑第三者に対しても鑑定書の正確性に対して責任を負わなければならないことが認められる︒とくに鑑定書作成

の依頼人と関係を有する第三者によって︑財産の処分のための基礎として提示され︑かつ財産の処分のために使用され

る鑑定書は︑原則として︑第三者の保護についても含まれる﹂とし︑控訴裁判所の結論を支持しなかった︒

第四節  格付機関に対する﹁第三者のための保護効を伴う契約﹂法理の適用   このような経済監査法人や不動産鑑定士に関する二件の連邦通常裁判所の判例は︑格付機関に対する責任の場合に

も︑同様に理解されるのではなかろうか︒すなわち︑専門家によって作成された勧誘目論見書や不動産鑑定書の内容は︑

格付機関の格付と同様であり︑格付機関もまたその格付の内容を信頼した契約外の第三者︵投資家︶に対して︑﹁第三

者のための保護効を伴う契約﹂に基づき責任を負う根拠が認められるのである

︒格付機関は︑前述の経済監査法人や不 72

動産鑑定士と同様に︑常法に従って︵

lege artis

︶自己の商品︵格付意見︶を提供する︑特別の専門知識を具備した専 門家として市場において行動する

︒そうであれば︑格付機関による格付は︑少なくとも投資家に対する信頼の基礎と︑ 73 ︵二一三四︶

(22)

投資家に対する格付機関の契約責任 四九七同志社法学六二巻 その投資決定に対する決定の根拠を作出することから︑格付機関は︑格付が市場における証券発行の目的のために投資家である第三者に開示されることによって︑これを信頼した投資家が財産の処分を行うことを意図しているといえる

74

むしろ︑格付の目的は︑格付が市場において投資家に公表され︑かつ重要な財産処分に係る決定の根拠を投資家に付与

することでもある︒したがって︑前述の二件の判決の結論は︑格付機関の場合にも妥当する余地があることが認められ

よう︒  次に第三者のための保護効を伴う契約の本質的な要件は︑①給付との近接性︑②債権者との近接性︑③認識可能性︑

および④第三者の保護の必要性であるが︑格付機関の格付の場合にも︑これらの要件が妥当するかについて検討する必

要がある

︒まず︑①の要件として︑第三者が︑契約関係に基づく債権者と同様に︑契約関係から生じる同一の危険にさ 75

らされていなければならないが︑格付は市場において公表されかつ事実上投資決定の根拠として投資家に使用され︑信

用リスクの不完全な評価は投資家にも向けられることから︑格付契約に基づき行われた格付と︑第三者である投資家と

の近接性は存在する

︒次に②の要件として︑第三者が契約関係の保護領域に含まれることに対して︑契約の債権者が正 76

当な利益を有している必要がある︒現在ではすでに判例によって放棄されているが︑この利益について︑当初︑第三者

の﹁禍福︵

W ohl und W ehe

︶﹂が債権者自身にも関係することが要求されていた︒したがって︑これによれば︑債権者

である発行体は︑契約の保護効に第三者である投資家を含めることに利益を有しなければならないか︑もしくは信義誠

実の原則︵ド民二四二条︶に基づきこのような利益が存在したのと同様な状況に置かれなければならない

︒格付契約の 77

場合には︑格付機関は信用リスクを適切に評価する義務を負うが︑この格付契約の目的は︑発行体にも︑格付を信頼す

る投資家にも重要であり︑さらに債券の発行条件によっても︑発行体と投資家は拘束される︒そうであれば︑その内容

に応じて各当事者に対して相手方の権利︑財産および利益に配慮すること義務づける規定︵ド民二四一条二項︶によっ

︵二一三五︶

(23)

投資家に対する格付機関の契約責任 四九八同志社法学六二巻六号

て︑契約関係から投資家の財産を侵害しない投資家に対する注意義務が発行体に発生することになろう

︒そうであれば︑ 78

投資家と債権者である発行体との近接性が存在することに疑義は生じない︒また︑③の要件については︑債務者が︑①

と②の要件が明らかな事情を認識できる場合に存在する︒格付機関にとって︑投資家が発行体と同様に︑不合理な格付

評価の危険を負うことは明白であるだけでなく︑投資家が格付を信頼することも認識できるが︑さらに格付機関が負う

責任の人的範囲についても客観的に画定されるものでなければならない

︒しかしこの場合には︑人的範囲の画定につい 79

て︑たしかに格付機関は発行体以外にも潜在的投資家まで知る必要はないが

︑格付機関の観点からみた場合︑格付機関 80

が︑投資家が格付に基づいて発行体の信用リスクに投資した者の範囲に含まれ︑当該投資家に対して不合理な格付評価

によって損害が生じる可能性があることを︑最初から認識していれば足りるとされる︒④の要件についても︑投資家の

保護の必要性は︑そもそも投資家自身が不合理な格付リスクにさらされている事情から明らかである︒

  このことから︑格付契約は︑以上の四つの要件を充足する︑第三者のための保護効を伴う契約の典型的な事案であっ て︑その結果︑格付機関に対して損害賠償請求権を行使する根拠が付与されることになる

81

第五節  免責条項︵

Haftungsfreizeichnungen; Disclaimer

︶の効果   一般的に格付機関は︑格付の性質について﹁格付は純粋な意見であり︑格付の正確性について保証を表明するもので

はなく︑また投資家に対して︑特定の証券の売買もしくは保有について推奨するものではないために︑格付機関が投資

家の財産の処分から生じる損害に対して責任を負うものではない﹂として︑免責条項を明示する

︒これによれば︑投資 82

家は︑本来︑自己責任によって金融商品を調査し︑その結果に基づき自己の財産の処分を行わなければならないことに

なる

︒しかしながら︑このような一般的に定められる格付機関の包括的な免責条項が実際にどのような効果を有するの 83 ︵二一三六︶

(24)

投資家に対する格付機関の契約責任 四九九同志社法学六二巻 かについて︑格付機関の責任との関連で検討すべき問題として生じてこよう︒  投資家に対する格付機関の責任の根拠は︑上述のように信義誠実の原則︵ド民二四二条︶に基づき判例によって展開された﹁第三者のための保護効を伴う契約﹂法理によって基礎づけられた︒投資家にとっては︑実際には格付機関から対外的に提供される格付自体に事実上の信頼が生じており︑投資家はこの信頼を基礎に投資決定を行うだけでなく︑格付機関自身にとっても︑格付の品質が市場において信頼を受ける基礎になる︒そうであれば︑この信頼にもかかわらず︑

投資家は自己責任によって調査し︑その結果に基づき投資決定を行うとする主張は︑少なくとも現実を無視したもので

あることは否定できない

︒一般的に︑投資家は必ずしも包括的な信用度分析のために必要とされる十分な情報を有せず︑ 84

その結果︑個々の投資家による調査は事実上不可能であるので︑格付が投資決定の根拠として重要であればあるほど︑

ますます資本市場における情報の非対称性が大きくなる︒また︑格付が実際上投資決定の重要な根拠であることは︑格

付が事実上格付機関による優良な格付に基づき市場での﹁勧誘的機能﹂を果たすからであり︑その結果として投資決定

のためのインセンティブが投資家に付与されるからである

︒そうであれば︑格付は︑投資家にとって投資決定のための 85

根拠であると同時に︑少なくとも事実上︑投資決定のための推奨的性質を有することは否定できず︑免責条項において

格付機関が︑特定の証券の売買等の推奨を表明するものではないとする単なる形式的な保護の主張は︑少なくとも包括

的免責条項としての効果を発生させるのに十分な根拠を有しえないのではなかろうか

︒第三者の利用の意図を認識でき 86

るにもかかわらず︑自己の責任を不相当に引き下げることは︑すべての関係者に良俗違反を基礎づけるという見解すら

主張されるところでもある

87

  このことから︑格付契約に基づく第三者のための保護効は︑判例によれば信義誠実の原則︵ド民二四二条︶に基づく とされるが︑この保護効が格付機関の免責条項によって破棄されうることは不合理であると評価できよう

88

︵二一三七︶

(25)

投資家に対する格付機関の契約責任 五〇〇同志社法学六二巻六号

第四章  わが国における格付機関の契約責任論 第一節  判例・裁判例の動向︱﹁第三者のための保護効を伴う契約﹂法理の萌芽︱

  本来︑契約は契約当事者に対してのみ効力を有し︑契約外の第三者は法的には契約の効力の外におかれている︵契約

の相対効

︶︒しかし︑周知のように︑契約関係の効力が時間的にも︵契約締結上の過失︶質的にも︵積極的債権侵害︶ 89

拡張され︑さらに人的範囲も拡張する制度として︑ドイツの判例によって当事者間で締結された契約に基づく保護義務

を契約外の第三者にも拡張する﹁第三者のための保護効を伴う契約﹂法理が展開されてきた︒もっとも︑わが国では︑

この法理

における第三者は︑契約上の接点がなく︑かつ不法行為法上の法律要件の柔軟性から︑その必要性に疑義を主 90

張する見解も存在するが

︑その反面︑わが国にこの法理を導入する実益を説く見解 91

も少なくなく︑他方︑下級審や最高 92

裁判所では︑すでにこの法理を肯定したものと思われる裁判例ならびに判例が散在している状況である︒このような状

況に基づけば︑少なくとも裁判実務では︑この法理が徐々に浸透しつつあると評価され

︑この傾向は格付機関の対第三 93

者責任を検討する上でも︑重要な要素になろう︒わが国の判例および裁判例については︑主として売主が買主に瑕疵あ

る商品を給付し︑その瑕疵によって買主以外の第三者にも損害が生じた場合において︑この法理との接点を見出すこと

ができる

︒その例として︑たとえば比較的古くから①小売業者の販売した卵豆腐がサルモネラ菌に汚染されていたため 94

にその買主と家族らが食中毒にかかった事案

や︑②買主から贈与されたラケットを用いて遊戯中に︑ラケットの柄が抜 95

けたためにその受贈者が負傷した事案

が存在していたところである︒そこで︑以下では︑判例および裁判例からの示唆 96

を得ることとする︒

  まず︑裁判所は︑①および②の事案に対して︑①について﹁売買契約の売主は︑買主に対し︑単に︑売買の目的を交 ︵二一三八︶

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 TABLE I~Iv, Fig.2,3に今回検討した試料についての

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父母は70歳代である。b氏も2010年まで結婚して

 中国では漢方の流布とは別に,古くから各地域でそれぞれ固有の生薬を開発し利用してきた.なかでも現在の四川

16)a)最内コルク層の径と根の径は各横切面で最大径とそれに直交する径の平均値を示す.また最内コルク層輪の

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部を観察したところ,3.5〜13.4% に咽頭癌を指摘 し得たという報告もある 5‒7)