九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
絵画における自然光利用の有用性に関する研究 : 自 然光を採光した作品展示の実践的考察
岩﨑, 可奈子
http://hdl.handle.net/2324/4110517
出版情報:九州大学, 2020, 博士(芸術工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
絵画における自然光利用の有用性に関する研究
-自然光を採光した作品展示の実践的考察-
A Study on the Use of Natural Light for Painting
-Considering the Practical Applications of Illuminating Exhibitions with Natural Light -
岩﨑可奈子 Kanako Iwasaki
2020 年 9月
目次
目次
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
第1章 生命と光・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1-1 視点の移動と体験の提供 ・・・・・・・・・・・・ 7
1-2 生命を通して観測する光 ・・・・・・・・・・・・15 1-3 制作を通じて得た問題意識 ・・・・・・・・・・・19 1-4 透過光の見え・・・・・・・・・・・・・・・・・20 1-4-1 実験準備
1-4-2 実験結果と考察
1-5 透過光の測定・・・・・・・・・・・・・・・・・24 1-5-1 確認実験1
1-5-2 測定結果1 1-5-3 確認実験2 1-5-4 測定結果2 1-5-5 確認実験3 1-5-6 測定結果3 1-5-7 考察
1-6 ゆらぎと生命感・・・・・・・・・・・・・・・・37 1-7 光を作品に取り入れる・・・・・・・・・・・・・39
1-7-1 作品に光を取り入れる実験とその目的
1-7-2 実験準備 1-7-3 実験結果 1-7-4 考察
1-8 いのちに対する意識調査 ・・・・・・・・・・・・44
1-9 小括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45
第2章 印象と光・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2-1 視覚に関わる光・・・・・・・・・・・・・・・・50 2-1-1 光の特徴
2-1-2 光の状態によって変化する見え方
2-1-3 鑑賞の場における光の扱われ方
2-1-4 照明の設定と展示形式
6
49
2-1-5 光と印象
2-2 表現の光・・・・・・・・・・・・・・・・・・・57 2-2-1 体験の光
2-2-2 描かれる印象の光
2-2-3 モネの光
2-2-4 瞬間性 印象の鮮度
2-2-5 瞬間性 意味と表現の変遷 2-2-6 光の包み
2-2-7 連続性 時間を捉える連作様式
2-2-8 光と時間
2-3 小括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・72
第3章 光を採光する展示実験・・・・・・・・・・・・
3-1 実験準備・・・・・・・・・・・・・・・・・・・76 3-2 分光分析の結果・・・・・・・・・・・・・・・・79 3-3 印象評価の結果・・・・・・・・・・・・・・・・82
3-3-1 時間ごとの印象評価結果(14時)
3-3-2 時間ごとの印象評価結果(15時)
3-3-3 時間ごとの印象評価結果(16時)
3-3-4 時間ごとの印象評価結果の総評
3-3-5 時間経過による変化
3-3-6 時間経過による変化の推移についての考察
3-4 主成分分析・・・・・・・・・・・・・・・・・ 104 3-5 小括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 109
おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
図版出典・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
75
114 121 126 133
はじめに
2 はじめに
現 在の 絵 画 作 品の 多 く は、 美 術 館 な ど の人 工 光 照 明 が 設 置 され た 展 示 空 間 で 鑑 賞さ れ て いる 。 こ れは 作 品 の保 護 と 天候 や 時 間経 過 に よる 変 化 に影 響 を 受け ない鑑賞空間の確保を目的としているためである。しかしながら、絵画史では必 ず しも 絵 画 作品 の 制 作や 鑑 賞 は人 工 光 の下 で 行 われ て い たと は 限 らな い 。 例え ば、芸術運動の一つである印象主義の作家は戸外で制作を行っている。香川県直 島 の地 中 美 術館 で は 自然 光 を 取り 入 れ た空 間 づ くり が な され て い る。 絵 画 作品 において、自然光はどのような影響を与え、また鑑賞者にどのような効果をもた らすのであろうか。
本論 文 は 表象 と し ての 自 然 光の 特 徴 に着 目 し 、採 光 し た光 を 絵 画作 品 の 一部 と して 取 り 入れ る と いっ た 実 践的 な 手 法を 用 い なが ら 、 自然 光 利 用の 有 用 性を 明 らか に す るこ と と 、光 の 表 現に お け る 特 徴 に つい て も 実験 や 外 部評 価 な どの 手段を用いて検証することを目的としている。
筆者が光の絵画作品への利用とその有用性に着目した契機は2014年から行っ てきた「生命感」に関する作品制作を通じてである。この制作の中で、筆者は絵 画 作品 の 中 に光 の 効 果を 取 り 入れ る 手 法に 可 能 性を 感 じ 、こ の 有 用性 を さ らに 考察したいと考えた。
光の刺激が人に与える様々な影響のなかに「印象」というものがある。その中 には「生命感」という人の感性に関わるものもある 。この光のもたらす知覚であ る「印象」というものを芸術表現として昇華したのが19世紀の後半にあらわれ た 印象 主 義 とい う 芸 術運 動 で ある 。 印 象派 の 中 で特 に 自 然光 と い う変 化 し 続け る光の特徴を重視したのがクロード・モネ(Claude Monet,1840-1926)である。
モ ネや そ の 他 の印 象 派 が描 い た 光 に つ いて 、 そ の 光体 験 に 関す る 特 質 は 多 く 言及されてい る。フラン ス近代絵 画 史を研究して いるジェームズ・H・ルービン は、印象派の追求した要素について「主観的」なものであったと指摘しており1、カ ーラ・ラックマンはモネが追求したのは光の「包み込むもの」としての特質であり、
それは特定の時間における体感的な特質であったと言及している2。この光の包みに 関する表現については、 西洋近代美術史を研究している六人部昭典も著書の中で、
モネの光の表現の追求は「包み」という特質への追求であったと述べている3。印象 派絵画で描かれる光は特定の時間の体験を提示する表現描写であった。
1 ジ ェ ー ム ズ・H・ル ー ビン 著 、太 田 泰 人 訳『 岩 波 世 界 の 美 術 印 象 派』、株 式 会 社 岩 波 書 店 、2002年 、p.22
2 カ ー ラ ・ ラ ッ ク マ ン 著 、 高 階 絵 里 香 訳 『 岩 波 世 界 の 美 術 モ ネ 』 株 式 会 社 岩 波 書 店 、2003年 、p.84
3 六 人 部 昭 典 、 『 モ ネ 《 睡 蓮 へ の 歩 み 》 』 、 株 式 会 社 六 曜 社 、2010年 、pp.61-67
3 芸 術に 関 わ る 光と そ れ がも た ら す 印 象 や効 果 に 関 して も 、 様々 な 研 究 が 行 わ れている。
絵画作品と光の関係については、西川、北岡(2019)らが照明と絵画の印象に関 する研究で、照度と色温度による絵画の印象の変化を検討する実験を行 った。美 しさや快さ、暖かさといった評価は照度が高いほうが評価が高くなり、動的な、
安心するといった評価に関しては、色 温度が6500Kより 3000Kと低い方が高ま ることを明らかにした。恐ろしさ、不気味さ、寂しさといった印象を与えたい場 合に暗い、もしくは青白 い照明が適し ているとされている4。中島、淵田(2015) らは、光源や照度 を変化させた 照明に よる有彩色物体へ の印象の評価 の研究5や 色相を変化させた鑑賞対象物を用いた実験から「色質」を評価できる美術館照明 に用いられる演色 性評価方法を 開発す る研究6などを行っている。田 中、望月 、 宮下、村田、鈴木(2015)らは、分光情報を用いた展示システムに関する研究によ って、博物館や美術館で実用できる文化財の展示システムを開発している7。
こ のよ う な 場 で用 い ら れる の は 人 工 光 が多 い が 、 人工 の 光 と自 然 の 光 で は 見 え方に差があるとされている。園田、溝上(2018)らの研究では、自然昼光下と人 工 光源 下 で の物 体 の 色の 見 え 方に つ い て、 自 然 昼光 の 照 度と 色 温 度の 変 動 があ る場合、自然昼光の照度が高くなると、緑色と赤色の対応色の鮮やかさは減少す るとある8。自然光の利用に関 しても研 究がなされている 。鑑賞の場に おける 自 然 光の 利 用 に関 し て は、 登 石(1999)に よる と 電 気照 明 な どの 人 工 光が 普 及 する 以 前の 初 期 の博 物 館 照明 で は 、自 然 光 を室 内 に 取り 入 れ るこ と を 中心 に 設 計さ れていたが、20 世紀中ごろの「保存運動」などから自然光を排除した鑑賞の場 が設定 され るよ うにな った と言 及さ れてい る9。ま た、沖,中村(1990)らの研究で は、昼光照明と人工照明を併用する美術館において連続測定からその展示照度の 把握や検討などが行われている10。自然光を芸術の場や鑑賞の場で取り扱 う際 に は、対象への見やすさなどの問題が含まれることが多く、制御のしやすい人工光
4 西 川 恵 、 北 岡 明 佳 「 照 明 が 演 出 す る 絵 画 の 印 象 」 日 本 色 彩 学 会 誌 第43巻 第3号 、2019年 、pp.30-33
5 中 島 由 貴 、 淵 田 隆 義 「 美 術 館 ・ 博 物 館 に お け る 最 適 な 照 明 ・ 色 彩 環 境 の 研 究(2)― 低 照 度 下 に お け る 色 彩 印 象 に 対 す る 赤 色 の 影 響 ―」 照 明 学 会 誌 第99巻 第2号 、2015年 、pp.74-82
6 中 島 由 貴 、 淵 田 隆 義 「 美 術 館 ・ 博 物 館 に お け る 最 適 な 照 明 ・ 色 彩 環 境 の 研 究(3)― 美 術 館 ・ 博 物 館 展 示 照 明 に お け る 色 質 評 価 数 の 開発 」 照 明 学 会 誌 第99巻 第5号 、2015年 、pp.263-269
7 田 中 法 博 、 望 月 宏 裕 、 宮 下 朋 也 、 村 田 良 二 、 鈴 木 卓 治 「 分 光 情 報 に 基 づ い た 文 化 財 展 示 シ ス テ ム の 開 発 」 国 立 歴 史 民 俗 博 物 館 研究 報 告 第189集 、2015年 、pp.143-177
8 園 田 倖 太 、 溝 上 陽 子 「 自 然 昼 光 下 と 人 工 光 源 下 に お け る 実 物 体 の 色 の 見 え 」 日 本 色 彩 学 会 誌 第42巻 第3 号 、2018年 、pp.12-14
9 登 石 久 美 子 「 博 物 館 ・ 美 術 館 の 昼 光 照 明 計 画 」、 照 明 学 会 誌 第83巻 第12号 1999年 、pp.895-900
10 沖 允 人,中 村 洋 「 昼 光と 絵 画 の 展 示 照 明 」 照 明 学 会 誌 第 74巻 第4号 、1990年 、pp.37-41
4 が用いられることが多い。
こ のよ う に 芸 術に 関 わ る光 に 関 し て は 多く の 側 面 から 研 究 され て き た 。 こ れ らの先行研究を踏まえたうえで、光を さらに直接的に取り入れる手法について、
実 践と 考 察 を行 う こ とで 、 芸 術に お け る光 の 利 用の 価 値 を高 め る 手が か り を得 ることができるのではないだろうか。
そこで、筆者は、印象派の思想に着目して、光、特に 自然光の特徴がもたらす 鑑賞者の「印象」への影響は、絵画作品における芸術表現の可能性を内包してい ると考えた。本研究は絵画作品における自然光の 特徴を明らかにすることで、人 工 光で は な し得 な い 表現 へ の 手掛 か り の ひ と つ とし 、 芸 術的 な 側 面と 工 学 的な 側面から、これを検証するものである。
研 究手 法 と し ては 、 絵 画作 品 の 制 作 や 人工 光 の 透 過と い う 展示 形 式 へ の 主 観 評価、意識調査などを通じて生命感の要因を模索し、その中で着目した「透過」
と いう 光 の 採光 手 段 がも た ら す表 現 効 果の 可 能 性に つ い て考 察 を 行う 。 ま た自 然 光の 経 過 によ る 変 化と い う 要因 に 対 して 実 験 や展 示 を 用い て 確 認す る 。 次に 自然光の表現への利用のため、文献調 査と実際の作品制作とその展示を通じて、
光 のも た ら す視 覚 効 果と 芸 術 にお け る 光の 表 現 要素 を 考 察す る 。 最後 に 実 際の 展示会場にて、自然光を取り入れる作品を展示する。この作品に対する分光分析 と印象評価、主成分分析などを行い、絵画作品への自然光利用の有用性を確認す るとした。ちなみに分光分析とは、発光または吸収するする光の波長と強度を測 定して行う化学分析のことである。
第一 章 で は、 作 品 制作 に お ける 生 命 感と い う 表現 の 模 索の 中 で 見出 し た 表象 としての光について取り上げる。筆者 は2014 年より出生前診断などのいのちに 関 する 問 題 提起 の 手 法と し て 作品 の 制 作を 行 っ てい た 。 制作 の 過 程に お い て、
「いのちの内側から見る光」や「境界を通して観測する光」といった表現の形式 に 可能 性 を 見出 し た 。こ の 形 式の 追 求 の模 索 と して 制 作 や実 験 な どを 重 ね た後 に、光の効果について着目した。生命感の獲得の追求を経たうえで、表象として の 光の 有 用 性と 自 然 光の 効 果 につ い て 着目 し た 流れ を 、 その 過 程 で得 た 知 見や 考察などを踏まえながら述べる。
第二章では、自然光の 特徴について考察するために、芸術において自然光が作 品に取り入れられるとき、そこにどのような意図や意識があり、どのような技法 や 様式 が 選 定さ れ 用 いら れ て きた の か につ い て 取り 上 げ る。 光 を 芸術 の 中 に取 り 込む 模 索 の中 で 見 出し た 表 象と し て の光 の う ち、 筆 者 は自 然 光 の持 つ 特 徴を 芸術として描いた印象派に着目した。
19 世紀の後半に登場した印象派はそれまでのアカデミックな絵画表現とは異
5 な り、 作 家 自身 が 体 験し た 光 の印 象 を 色彩 分 割 法や 筆 触 とい っ た 技法 を 用 いて 画面上に描いた。ここでは印象派画家のひとりであるクロード・モネ の作品を中 心に、描かれた自然光の 特徴を探り、その表象としての自然光の特徴について考 察を行う。この考察を踏まえて、次章での実践と考察の導入とする。
第三章では、前章までで得られた知見をもとに、実際に自然光を採光し 、作品 の 一部 と し て取 り 入 れる 表 現 形式 の 提 案を 行 う 。自 然 光 には 人 工 光 で は な し得 ない特有の表現が可能であるという仮定を立て、作品と展示方法を提案し、実際 の 展示 会 場 にお い て 時間 ご と の印 象 評 価と 分 光 分析 を 行 う。 評 価 と分 析 の 結果 か ら、 鑑 賞 者に 与 え る印 象 と 光源 の 変 化に よ る 作品 画 面 上に 現 れ る影 響 の 関係 を探る。また、主成分分析も行い、自然光を採光する表現形式の有用性を検証し、
明らかにしたいと考える。
6
第 1 章 生命と光
7 1.生命と光
この章では「生命感」の獲得のための表現追求のための作品制作や実験の中で、
光の持つ効果と特徴について着目した経緯を述べる。2016 年より筆者は生命倫 理に関する問題提起の場として作品の制作を行って きた。その背景として、出生 前診断を巡って「いのちの選別が起こるのではないか」と危惧される社会問題が ある。この問題に対して、想像力を促すことで 提起する手法の提案を試みる。作 品に「生命の内側」という場を設定し、生命の内部に入り鑑賞を行うという展示 形 式や 胎 児 が母 親 か ら受 け 取 る光 を テ ーマ に し た作 品 の 制作 を 行 った 。 こ の実 験の目的として、客観から主観に鑑賞者の視点を移動 させ、変換を行い、問題意 識 の喚 起 や 想像 力 の 促進 に よ って 問 題 意識 の 喚 起を 促 す こと で あ る。 鑑 賞 者の 視点への干渉、体験の提示による意識付けの強化、そして光という要素の 特徴と
「透過」する展示形式への着目について実験を通して考察する。
1-1.視点の移動と体験の提供
鑑賞 者 の 視点 を 移 動さ せ る とい う 手 法は 、 単 に鑑 賞 者 の身 体 的 な移 動 に よる 作 品へ の 印 象の 変 化 だけ で は なく 、 体 験に よ り 鑑賞 者 の 考え に 変 化を も た らす ことができるのではないだろうか。それを提示することで、鑑賞者への印象の変 化や意識付けなどの効果があるのではないだろうか。このような目的意識の下、
作品制作と展示形式の提示を提案した。
出生前診断とは出生前の胎児の状態や医学的な問題の有無を調べる検査であ り、これにより出生前に胎児が障害を持っている可能性を知ることができる。
出生前に受けることが可能な検査には複数の種類がある。例えば妊娠15~16週 以降に羊水を採取し、羊水中に含まれる胎児の細胞を検査する羊水検査は、染 色体異常があるかどうかを調べる。妊娠15週から受けることのできる母体血清 マーカー検査は妊婦の血液中の成分を測定し、胎児がダウン症候群や18トリソ ミーなどである確率を調べることができる。2013年に臨床研究として開始され た無侵襲的出生前遺伝的検査は妊婦の血液中に含まれる胎児のDNAから胎児が ダウン症候群(21トリソミー)、18トリソミー、13トリソミーであるかを推測す ることができる(表1)11。ダウン症候群(21トリソミー)は21番染色体、18トリソ ミーは18番染色体、13トリソミーは13番染色体が3本あることを指す12。
11 西 村 深 雪 『 出 生 前 診 断 』 株 式 会 社 筑 摩 書 房 、2015年 、pp.7-15
12 西 村 深 雪 、 前 掲 書 、pp.46-53
8 (表1)診断の種類
15~16週以降に羊水を採取し、その羊水中に含まれる 胎児の細胞を検査し、染色体異常があるかどうかを調 べる検査。
15週から受け ることができる 。妊婦の血液中に含まれ る成分を測定し、胎児がダウン症候群や18トリソミー などである確率を調べる 検査 。
超音波 によって、胎児の首の後ろのむくみや鼻骨低形 成・無形成などの有無を調べる。通常の妊婦診断での 超音波検査とは異なる もの。
2013年に臨床研究として開始された 検査 。妊婦の血 液 中に含まれている胎児のDNAから、胎児がダウン症 候 群 や18ト リ ソ ミ ー 、13ト リ ソ ミ ー で あ る か ど う か を 推測する 。
(西 村 深 雪 『 出 生 前 診断 』 株 式 会 社 筑 摩 書 房 、2015年 、pp7-15を 参 考 に 筆 者 が 作 成 し た 表)
出生前診断により、胎児の状態を知ることで、医療を行う側は胎児に適切な 処置を行うことが出来る。その一方で、胎児が障害を持っていることが診断で わかると、それを理由として胎児を中絶することを選択する人が増加するとい う可能性がある。このことから、「いのちの選別が起こるのではないか」と危 惧されている。出生前診断の目的が胎児の早期治療のための情報の採取ではな く、障害の有無の診断に焦点が当てられ、妊娠の継続か中絶かの選択をするた めに用いられているという社会問題が表出したのである。
出生前診断を巡る問題点に関して、水谷、今野、星野(2000)らが人工妊娠中絶 の 適用 の 前 提に 関 す る 点 や 第 三者 へ の 診断 情 報 漏洩 に よ る不 利 益 とい う 点 など を指摘している13。
障害の有無により、出生前に胎児の生死を決められてしまう恐れがあり、自 らの生死にかかわる問題に関して当事者たる胎児は意見を述べることが不可能 な立場にあり、また第三者が代弁することも難しい。この問題に対して、芸術 という手法を持って当事者の立場に注目し考えることは可能なのではないかと 制作したのが《うちがわ》(2014)という作品である(図1,2,3)。
13 水 谷 徹 、 今 野 義 孝 、 星 野 常 夫 「 障 害 児 の 出 生 前 診 断 の 現 状 と 問 題 点 」『 教 育 学 部 紀 要 』 文 教 大 学 教 育 学 部 第34集 、2000年 、pp.25-36
羊水検査
母体血清マーカー検査
超音波検査
無侵襲的出生前遺伝的検査
9 (図1)岩 﨑可 奈 子 《 う ち が わ 》(内 部 か ら 見 た 様 子) 2014年 キ ャ ン パ ス 地 に ア ク リ ル 、 ペ ン 、 1940×5212mm、 第88回 国 展絵 画 部 入 選(2014)、 国 展 絵 画 部企 画 展 推 薦(部 分)(2014)
(図2)作 品を 外 か ら み た 様 子 (図3)鑑 賞 者 が 内 部 に い る 様 子
10 この《うちがわ》制作 の際に作品に対して、「生命の内側」という場の設定を行 った。問題を他人のものとして考えるのではなく、自身にも起こりえた、また今 後 起こ り う る可 能 性 とし て 捉 える こ と 、そ れ を 想起 す る こと が 問 題意 識 の 喚起 や 理解 を 促 すこ と に つな が る とし 、 生 物の 内 部 を主 な イ メー ジ と して 作 品 に描 いた。制作プロセスとしては、生物の内部を想起させるために細胞や内臓、組織 といった生物の構成物を描き、また中心には心臓をイメージした、花が開いてい るような組織 の集合体 を配置す るよ うにした。 キ ャンバスは F130 号(1940×
1303mm)四枚を蝶番で連結させた(図4)。アクリル絵の具で細胞などの形を描
き、細部はペンで描き込み、密集した細胞や組織を描いた(図5,6,7,8,9)。
(図4)蝶 番 で 連 結 さ せた キ ャ ン バ ス
11
(図5)作 品 《 う ち が わ》 制 作 過 程 ( 心 臓 を イ メ ー ジ し な がら 形 を 作 る )
(図6)作 品 《 う ち が わ》 制 作 過 程 ( 形 を 作 っ た ら 上 か ら 白色 を 重 ね る )
12 ( 図7) 作 品 《 う ち が わ 》 制 作 過 程 ( ペ ン で 細 部 を 描 き 込ん で い く )
(図8)《 う ち が わ 》 中心 部 の 拡 大 図
13
(図9)《 うち が わ 》 中 心 部 の 拡 大 図
14 また作品単体だけにとどまらず、展示形式についても作品の意図を込めるこ とを意識した。そこで、展示形式を提案する際に着目したのがモネの「≪睡蓮
≫の大装飾画」の展示形態である「囲む展示」である。展示室の壁面に鑑賞者 を囲むように設置される作品の見せ方は、制作する作品のテーマの、鑑賞者へ の意識付けが可能だと仮定した。作品世界に包まれるという体験だけでなく、
鑑賞するために内部に入る、また鑑賞が終わると外部に出るという行為が付随 することから、作品の意図に沿うものであり、意識付けが強固になると考え た。鑑賞者の視点を問題の当事者の立場を想起させる場に変換する、「客観」
から「主観」という視点の変換を行うことを意識したのである(図10)。
(図10)視 点 の 変 換(筆 者 作 成)
作品に対しての主観評価では「母親の羊水に包まれるような気持ち」といっ た意見が得られ、「生命の内側」という場の設定や視点の移動という体験と展 示手法による作品意図の意識付けが達成されたと考える。
この「生命の内側」という場や視点の移動、体験の鑑賞という要素を引き継 ぎながら、光のもたらす効果を付与したのが次作品の《まゆのめ》である。こ の制作を通じて、ここで付け加えた光という要素の 特徴に着目することとな っ た。
外側からの視点
出生前のいのち
同じ立場からの視点
問題 点
環境 出生前のいのち
15 1-2.生命を通して観測する光
前作に引き続き出生前診断という社会問題を意識し、「生命の内側」という 視点から観測した光を描いた作品が《まゆのめ》(2015)である(図11,12,13)。
(図11)岩 﨑 可 奈 子 《 ま ゆ の め 》 2015年
キ ャ ン バ ス 地 に ア ク リ ル 、ペ ン 、1620mm×1300mm
第89回 国 展 絵画 部 入 選(2015)、 第3回 九 州 国 展 絵 画 部 奨 励 賞(2015)
16 (図12)《 ま ゆ の め 》 拡 大 図 ( 中 心 部 ) (図13)《 ま ゆ の め 》 拡 大 図 ( 右 上 )
前作の《うちがわ》で提示した「囲む」という表現形式と鑑賞者の視点の移 動という体験から、原初の「包み込まれる体験」である母体と通じるものがあ ると着想し、主題として生物が感じる原初の光として体内で感じる光を設定し た。
胎児が母親を通して光を感じるという報告がある。母親の目から入ってきた 光の情報から母親の脳が反応し、夜間にメラトニンというホルモンが母体血に 分泌される。この分泌されたメラトニンが胎児の脳にある視交叉上核に伝わる と、胎児の脳は夜を知覚するという14。人は出生前から光を感じ取っているの である。この最初の光体験を想起させるような構図を考案した。胎児が胎内で も母親の感じた光情報を受け取れることから、明確で強い視覚的効果をもつ光 ではなく、柔らかでぼんやりとした感覚を受ける光 の表現を目的とし、外界に 出る前の胎児が存在する胎内を、いのちを包むまゆとして、そこで感じ取る外 界の光のイメージである。作品《まゆのめ》は画面に円を重ねる工程と画面全 体に白色を塗る工程を繰り返し、白の線を入れて制作した(図14,15,16,17)。
14 太 田 英 伸 『 お な か の 赤 ち ゃ ん は 光 を 感 じ る か 生 物 時 計 と メ ラ ノ プ シ ン 』 岩 波 書 店 2014年 pp.29-31
17 (図14)作 品 制 作 過 程 (図15)作 品 制 作 過 程
(暖 色 な ど の 円 を 重 ねて い く 様 子) (画 面 全 体 に 白 色を 塗 っ た 後 円 を 重 ね た 様 子)
(図16)作 品 制 作 過 程 (図17)作 品 制 作 過 程 (光 の 表 現 の た め 円 と点 の 色 に 変 化 を つ け る) (全 体 に 白 を か け て線 を 加 え る)
18 光の要素を表すにあたり、グラデーションによる色の配置ではなく非連続の 色の配置を選択した。色同士の境界線はぼかすのではなく、色同士をそのまま 円や点のまま配置した。画面の中心に向かって段々と色の明度と鮮やかさを上 げるような点と円の配置をすることで、画面中心に光が強く当たっている状態 を表した。反対に画面の縁に向かうほど明度と鮮やかさを下げ、色彩の配置も 補色同士にならないようにし、中心部分付近には自然光昼光の温度を視覚でも 感じるように、橙や赤といった暖色を取り入れた。
制 作し た 作 品 ≪ま ゆ の め≫ は 展 示 会 で 展示 を 行 い 、鑑 賞 者 から の 主 観 評 価 を 得た。2016 年1 月に作品を展示し、鑑賞者にアンケートを実施し、作品から主 題が感じ取れるかどうか、またその理由の回答を得た。アンケートの回答者は 両 作品ともに 10~30 代の男女であった。回答者数は 52 人であった。作品に対し て、主題を感じ取れるかという質問に「はい」と答えた人が37人で全体の約71%、
「いいえ」と答えた人が 11人で全体の約 21%であった。無回答は 4 人で全体の 8%であった(図18)。
(図18)主 題 を 感 じ 取 れ る か と い う 質 問 に 対 す る 回 答
作 品の 主 題 を 感じ 取 れ ると 回 答 し た 理 由で 多 か っ たの が 、 作品 の 色 や 明 る さ に関するものであった。色合いから光を感じるという意見もあった。これは中心 部に向かって白や黄色といった光を連想させる色15や、明度や鮮やかさの高い色 の配置を用いたからではないかと考える。
また具体的な理由として「生まれる前の命にはこんな風にみえるのかな」と
15 仁 科 恭 徳 、「 若 者 世 代 の 色彩 感 覚 に 関 す る 実 態 調 査」『 明 治 学 院 大 学 教 養 教 育 セ ン タ ー 紀 要 : カ ル チ ュ ー ル』、9(1)、2015年pp.55-62
71%
21%
8%
「はい」 「いいえ」 無回答
19 いうような意見が多かった。作品の画面の構成に関しては、「線がランダムな 曲線で明るい色使い、グラデーションから焦点の定まらない感じ」という意見 もあった。「生まれる前の意識が薄い状態の世界」を連想する意見もあり、白 や黄色の多用や、画面全体に白を薄くかけた効果などから、出生前のいのちが 見ている光景を観賞者が感じ取ったのではないかと考えられる。色彩から受け る印象だけでなく、ランダムさ、焦点の定まらなさという、ゆらぎといった動 きが画面上に現れることが鑑賞者の印象に影響を与えると推測された。
主 題を 感 じ 取 れな か っ た理 由 で は テ ー マの 難 し さ を上 げ る 意見 が あ る 中 で 、
「差し込んでくる陽光によって(画面の)中心部分が黄色や橙になっていると感 じるが、まゆが割れる瞬間を外部から見ている絵に見え、生命エネルギーの輝き に見える」といった意見があった。生命感に陽光というキーワードが使われてい るのを見ると、自然光の光源である太陽光には生命感に通じるものがあり、それ を連想させるのだと考える。
うちがわに対して、外部からみた状態に見えたということから、これまでの作 品は社会問題の意識から「生命の内側」の場の設定を行っていたが、その要素が 伝わりづらかったということと、「生命の外側」から感じる生命感もあり、太陽 光 とい っ た 自然 光 の 要素 は 生 命感 の 表 象に も な りえ る と いう 側 面 があ る と いう 知見を得た。
《まゆのめ》の主観調査から、出生前のいのちの世界観を表現する要素として 光 の表 現 と ぼん や り とし た 輪 郭、 色 彩 の明 度 や 彩度 と い った 視 覚 的な 表 現 が強 く 影響 し て いる と 考 えら れ る 。ま た ゆ らぎ の 要 素と 自 然 光へ の 連 想も 印 象 に影 響を与えると推測できた。
1-3.制作を通じて得た問題意識
《うちがわ》と《まゆのめ》の制作 を通して、視点の変換という表現手法の 有 用 性、 生 命 感獲 得 の 追求 を 行 って き た 中で 筆 者 の 絵 画 作 品の 制 作 と展 示 に 関す る考えが変化してきた。
一 つは 展 示 形 式に 関 し てで あ る 。 壁 面 に 設 置 さ れ る絵 画 作 品に お け る 画 面 上 の変化はその構図や配色などによるものが多い。この展示形式に対して、鑑賞者 の 体験 と い う個 人 的 な経 験 に 呼び か け るこ と で 、さ ら に 作品 の 印 象 に 影 響 がも たらされるのではないだろうかという点である。
もう一つが表象としての光の存在である。生命感の獲得の追求において、光の 体 験や そ こ から 想 起 する い の ちの 感 触 など と い う知 見 か ら、 光 と いう 要 素 をさ らに作品の表現として取り入れることができないだろうか、という点である。
20 こ の二 つ の 点 から 着 目 した の が 光 を 作 品の 表 現 と して 取 り 入れ る と い う こ と である。光は鑑賞の場において、照明として関わることが多い。その際には人工 光 光源 の 照 明に よ る 作品 へ の 照射 と い う場 も 多 い。 コ ン トロ ー ル する こ と が可 能な人工光照射は作品の保護や見やすさという側面からみても、有用性がある。
しかし、作品に関わる照明は見やすさや保護という点だけでなく、もっと作品の 表 現に 関 わ るこ と は でき な い だろ う か 。展 示 会 場と い う 環境 の 設 定や 作 品 への 照 射だ け で はな く 表 現の 要 素 の一 つ と して 、 鑑 賞者 に も たら す 光 の 体 験 も 考慮 して影響を及ぼすことができないだろうかと仮定した。
そこで、《まゆのめ》の制作でも表現として取り入れた「透過する光」を表現 と して 取 り 入れ る 試 みを 行 っ た。 光 を 透過 す る とい う 手 法を 選 定 した 理 由 とし て、作品《まゆのめ》の制作を通して 、なにかを通して観測する光、境界を超え る 光と い う もの に 対 して 筆 者 が生 命 感 を覚 え た から で あ る。 作 品 で描 い た いの ちの姿やそれが存在する場所は、母体などの生物の内側であり、他者には認識し づらい場所である。その場所に現れる光はいずれ生まれてくるもの、もしくは来 ら れな か っ たも の と 外部 を つ なぎ 、 そ の存 在 へ の意 識 を 促す も の であ る と 考え る。この光に対して、生を意識させる存在であると考えたため、透過光という手 法を用いることにした。
次節からはこの「透過する光」を作品に取り入れる ための試みと、その結果や そこで得られた知見などについて、述べていく。
1-4.透過光の見え
《まゆのめ》では母親を通して見た光を表現した。これをもとに、物質を通した 光の見え方を把握する予備実験を行った。
1-4-1. 実験準備
有 機物 と 無 機 物の 試 料 と自 然 光 と 人 工 光光 源 を 用 いた 透 過 実験 を 行 っ た 。 光 が 物質 を 透 過し た 際 の見 え 方 や前 作 ま でで 得 ら れた 知 見 から 、 光 表現 の 要 素で ある「ゆらぎ」や「生命感」を感じさせるための色彩や質感を探るためである。
光 を透 過 さ せる と い う手 法 を 用い た 場 合、 作 品 上に ど の よう な 視 覚的 な 効 果が あるのかを調べるために、様々な試料を用いて確認した。光がもたらす「ゆらぎ」
の表現や、根源的な命の営みの「生命感」の表現に用いる色彩の着想を得るため に、有機物・無機物の試料を用いた透過実験を行い、光と色彩の見えを確認した。
有 機物 の 試 料に は 植 物や 動 物 の皮 な ど 、無 機 物 の試 料 に はポ リ エ ステ ル や パル プなどを含んだ人工物を用いた(表 2)。
21
《うちがわ》や《まゆのめ》の作品制作を通して、包むものを通して観測する光 には生命を感じさせる要素があると考え、有機物の試料とし て、種子や果肉を包む 果実の皮や生物の皮、組織が透けてみえる葉などを選定し、その様子を確認した。
また、無機物の試料では実際の作品制作で使用できる素材を選定し、有機物の透過 の様子と比べながら透過光の様子を確認し、作品制作の参考とした。
(表 2)実験試料
有機物試料(植物) 有機物試料(動物) 無機物試料
・竹の皮
・笹の葉
・天然杉
・桜の葉
・睡蓮の葉
・玉葱の皮
・キャベツの葉
・大根の皮
・伊予かんの皮
(外側、内側)
・パプリカの皮(外側、内側)
・甘夏の皮(外側、内側)
・アイビーの葉
・グレープフルーツの皮
(外側、内側)
・ヤギの皮
・ブタの皮
・ウシの皮
・ニワトリの皮
・ニワトリの卵の殻
・障子紙(機械すき)
・消臭調湿シート
(ポリエステル、シリカゲル)
・ペーパープレート (パルプ)
・アク取りシート
(ポリプロピレン、ポリエチレン )
・人工杉皮 (天然コイヤ繊維)
・段ボール(4mm)
・段ボール(3mm)
実験にあたって暗室箱(図 19)を制作し、2種類の光源を使用した。この光源は 自然光である太陽光と人工光(白熱灯、明るさが約 20ルーメン、照度が約 2200lx のもの)を使用した。人工光源は試料を設置した暗室箱から約 75cm 離れたとこ ろから照射した。実験を行った日の天候は曇天で外気温 8℃、室内温度 18℃で あった。
22 (図19)実 験 に 使 用 し た 暗 室 箱
1-4-2. 実験結果と考察
実 験を 行 っ て 光を 透 過 させ た 試 料 の 見 えを 確 認 し た結 果 が 次に 示 す 通 り で あ る(図 20)。
有 機物 で あ る 果実 の 皮 や葉 は 光 を 透 過 させ る こ と で繊 維 の 一部 が 透 け て 見 え た。また、表面や内部に凹凸の多い果実の皮では光が強く当たる箇所は光が薄く、
当 たり づ ら い箇 所 や 皮の 厚 い 部分 は 陰 にな っ た り、 光 が 透過 し に くく な っ たり し たた め 色 が濃 く 見 え、 全 体 の色 彩 の 見え に ば らつ き が 見ら れ る よう に 感 じら れた。
表面に凹凸の少ない植物の葉でも、人工光を透過させた場合は、光の当たる箇 所 と当 た ら ない 箇 所 では 見 え にば ら つ きが 感 じ られ た 。 また 試 料 の見 え の 全 体 の 鮮や か さ は人 工 光 を透 過 さ せた 方 が より 強 く 見ら れ 、 光の 当 た り方 が 強 い 箇 所と弱い箇所での色のばらつきのコントラストも強いと観察した。
自然光を透過させた場合は、鮮やかさは人工光に比べると少し弱いが、色のば らつきのコントラストは緩やかであると観察した。
同じ有機物でも、動物の皮ではあまり光の透過が見られなかった。これは皮が 厚いため、光が透過しにくかったためであると考える。
23 人工光を透過させた場合では、ぼんやりと中心に透過光が感じられた箇所で、
果実の皮や植物の葉と同じように、色が薄く、また鮮やかさが増してい たように 見 られ た 。 自然 光 を 透過 さ せ た場 合 で は光 の 透 過に よ る 色の 変 化 はあ ま り 見ら れなかった。
(図20)透 過 実 験 の 結 果
無 機物 の 透 過 実験 で は 、障 子 紙 や ペ ー パー プ レ ー トな ど で 人工 光 を 透 過 さ せ た場合、有機物と同じように光が強く当たっている箇所に色の変化が見られた。
こ こで も 光 の当 た り 方の 強 弱 によ る 色 彩の む ら など が 確 認で き る が、 自 然 光に 比べるとむらの変化が急激であるようにみられた。無機物での結果をみると、障 子紙、ペーパープレートなどでは透過する光の強弱の差は見られたが、段ボール ではほとんど光は透過されなかった。
有 機物 で は 光 の強 弱 や 透過 に よ る 色 の 明度 や 彩 度 の差 に よ るむ ら と い っ た 要 素が認識できた。この実験で確認した見え方は、自然界にみられる木漏れ日など の自然光特有の色彩や光の強弱、光のゆらぎといったものを感じさせた。
自然 光 下 と人 工 光 下の そ れ ぞれ の 色 彩を 見 る と、 人 工 光を 照 射 した 方 が 色彩 が 濃く 見 え る傾 向 に ある と 確 認で き た 。照 射 さ れる 光 が 強い ほ ど 透過 し て 確認
実験(1)の結果
自 然 光 / 人 工 光
竹 の 皮 天 然 杉
笹 の 葉 桜 の 葉
水 連 の 葉 玉 葱 の 皮
キ ャ ベ ツ の 皮 大 根 の 皮
伊 予 か ん の 皮(外 側) 伊 予 か ん の 皮(内 側) アイビ ーの葉
自 然 光 / 人 工 光
パ プ リ カ の 皮(外 側) パ プ リ カ の 皮(内 側)
甘 夏 の 皮(外 側) 甘 夏 の 皮(内 側)
ヤ ギ の 皮
ウ シ の 皮 ブ タ の 皮 ニ ワ ト リ の 皮 卵 の 殻(ニ ワ ト リ)
自 然 光 / 人 工 光
障 子 紙 (機 械 す き) 消 臭 調 湿 シ ー ト
ア ク 取 り シ ー ト
段 ボ ー ル(4mm) 段 ボ ー ル(3mm)
24 される素材の色彩は濃くなるという傾向にあると考えられる。
この実験を通して、何かを通して超えてくる光の見え方としては、透過する光 が 自然 光 で ある 場 合 では 、 透 過す る 素 材の 性 質 や光 の 当 たり 方 の 強 弱 に よ る色 の 濃さ の ば らつ き の コン ト ラ スト は 緩 やか で あ るこ と 、 人工 光 で はコ ン ト ラス ト が強 く 出 るこ と 、 照射 す る 光が 強 い 箇所 は 透 過す る 素 材の 色 彩 が濃 く 出 る傾 向があることなどが分かった。
光の当たり方について、自然光での見え方では、全体的に光の当たり方が均一 であり、透過する素材の面全体に均等に光が当たっているとみられる。均一なが らも色彩のむらや変化は見て取れた。均一な光の照射により、色彩などの画面上 の 変化 が 平 面的 に み られ る 素 材も あ っ た。 ま た 時間 の 経 過に よ る 光量 の 変 化か ら、色彩の濃淡が変化するということも 分かった。一方、人工光での見え方では、
中心に近いほど光が強く当たり、光の強弱が強くみられることが分かった。
確 認で き た 特 徴と し て の色 彩 の む ら と いう 部 分 に 着目 し た 。こ の 光 量 の 変 化 による色彩の変化、特に濃淡の変化、むらが「ゆらぎ」をもたらす要因の一つに な りう る の では な い かと 推 測 した 。 画 面の 色 彩 や濃 淡 が 絶え 間 な く動 く 様 子を 表 現す る こ とで 、 光 量が 変 化 する 自 然 光の 特 徴 を固 定 さ れた キ ャ ンバ ス 上 に表 現できるのではないだろうかと考えた。
この予備実験の結果を踏まえて、作品制作では色彩の配置や濃紺に注視し、自 然光を透過させたときの光の表現要素を作品に取り入れたいと考えた。
また 実 際 の作 品 の 制作 の 際 には 、 着 色し た 素 材同 士 を 重ね 合 わ せて 厚 さ の違 う箇所を作り、透過させる光の量や強さを変えることで、この要素を表現できる のではないかと推測した。作品制作の際の色彩配置に関しても、色彩の重ね合わ せの際に下層の色彩が見えるようにして、むらの表現に努めた。
1-5.透過光の測定 1-5-1.確認実験 1
試料 を 透 過す る 光 の特 徴 を 確認 す る ため の 分 光分 析 を 用い た 確 認実 験 を 行 っ た。前回の確認実験と同様に暗室箱を用いた。光源としては LED の懐中電灯(光
源 1)と蛍光灯の屋外用のランプ(光源 2)を用意した。光源のそれぞれの 分光分
布は次の図のとおりである(図 21,22)。
また 、 用 いた 試 料 は果 実 の 皮や 葉 な どの 有 機 物と 障 子 紙な ど の 無機 物 で ある (表 3)。
25 (図21)光 源1の 分 光 分 布 図 (図22)光 源2の 分 光 分 布 図
(表 3)
有機物試料 無機物試料
・グレープフルーツの皮
・タブノキの葉
・アジサイの葉
・障子紙(機械すき)
・半紙(機械すき)
分光分布図を見ると、光源 1 の方は約 430~450nm の波長が特に際立ち、約
480~500nm の波長が欠けていることが分かる。また、光源 2 の方は約 400nm、
約430nmなどところどころ突出している波長があることが分かる。
1-5-2.測定結果 1
実験 を 行 って 試 料 を透 過 し た光 の 見 えを 確 認 した 結 果 が次 に 示 すと お り であ る(図 23,24,25,26,27,28,29,30,31,32,33,34,35,36,37,38,39,40,41,42)。
(図23)光源1を透 過 させ た グレ ー プフ ル ーツ の皮(左) (図24)光源1を 透 過さ せた グ レー プ フル ー ツの 皮 の分 光分 布 図(右)
26
(図25)光源2を透 過 させ た グレ ー プフ ル ーツ の皮(左) (図26)光 源2を 透過 さ せた グ レー プ フル ー ツの 皮の 分 光分 布 図(右)
結果を見ると、それぞれの光源の分光分布図で突出していた波長のうち、光源
1では約430~450nm の波長が、光源 2では約400nm、約 550nm、約 730~780nm
の波長の突出が、透過した際も同じように確認できる。また、どちらの光源でも
約580~630nm の波長に特徴がみられる。
(図27)光 源1を 透 過 さ せ た タ ブ ノ キ の 葉(左) (図28)光 源1を 透 過 さ せ た タ ブ ノ キ の 葉 の 分 光 分 布図(右)
(図29)光 源2を 透 過 さ せ た タ ブ ノ キ の 葉(左) (図30)光 源2を 透 過 さ せ た タ ブ ノ キ の 葉 の 分 光 分 布図(右)
(図31)光 源1を 透 過 さ せ た ア ジ サ イ の 葉(左) (図32)光 源1を 透 過 さ せ た ア ジ サ イ の 葉 の 分 光 分 布図(右)
27
(図33)光 源2を 透 過 さ せ た ア ジ サ イ の 葉(左) (図34)光 源2を 透 過 さ せ た ア ジ サ イ の 葉 の 分 光 分 布図(右)
タ ブ ノ キ と ア ジ サ イ の 葉は 同 様 の 分 光 分 布 図 に な っ た 。光 源 1 の 透 過 で は 約680~780nmの 波 長 の 増 加 が 確 認 で き る 。 また 、 光 源 2 の 透 過 で は 約550nmの 波 長 の 突 出 が 確認 で き る 。
(図35)光 源1を 透 過 さ せ た 障 子 紙(左) (図36)光 源1を 透 過 さ せ た 障 子 紙 の 分 光 分 布 図(右)
(図37)光 源2を 透 過 さ せ た 障 子 紙(左) (図38)光 源2を 透 過 さ せ た 障 子 紙 の 分 光 分 布 図(右)
(図39)光 源1を 透 過 さ せ た 半 紙(左) (図40)光 源1を 透 過 さ せ た 半 紙 の 分 光 分 布 図(右)
28
(図41)光 源2を 透 過 さ せ た 半 紙(左) (図42)光 源2を 透 過 さ せ た 半 紙 の 分 光 分 布 図(右)
障子 紙 と 半紙 で は 、透 過 さ せる 光 源 の波 長 の 特徴 が ほ とん ど そ のま ま 表 れる ことが確認できる。光源 1 の透過では強く光が当たる箇所と当たっていない箇 所の差が確認できる。予備実験でも確認できたように、光が強く照射される箇所 は色彩が濃く見えることが分かった。光源 2 での確認においては、果実の皮の よ うな 厚 さ によ っ て 光が 透 過 しな い 箇 所も 確 認 でき た が 、葉 や 障 子紙 な ど では 色 彩や 明 る さが 均 一 で、 試 料 にほ と ん ど均 一 に 光が 照 射 され て い るよ う に 感じ られる。光源 1 のように色彩や明るさの差は画面上は、果実の皮以外ではあま り見られない。この光の透過の見え方の差は、光源 1 が懐中電灯のような指向 性のある光源であること、光源 2 がランプといった拡散性のある光であること が関わっていると考えられる。
1-5-3.確認実験 2
自然光を光源として、試料を透過する光の特徴を確認するため、分光分析を用 いた確認実験を行った。この確認実験でも暗室箱を用いた。自然光を試料に透過 させた光の測定は 14 時、15 時、16 時の三回に分けて測定を行った。測定日の 天気は晴れ、温度は 29℃であった。各時間での自然光を測定した分光分布図は 次の図の通りである(図 43,44,45)。
用いた試料は果実の皮や葉などの有 機物と障子紙などの無機物である(表 4)。
(図43) 自 然 光14時 の 分 光 分 布 図 (図44) 自 然 光15時 の 分 光 分 布 図
29 (図45) 自 然 光16時 の 分 光 分 布 図
(表4)
有機物試料 無機物試料
・グレープフルーツの皮
・アオキの葉
・アジサイの葉
・障子紙(機械すき)
・半紙(機械すき)
自然 光 の 分光 分 布 図を 見 る とど の 時 間帯 で も 同じ よ う な分 布 に なる こ と が確 認できる。
1-5-4.測定結果 2
14 時における光を透過させた試料の見えを確認した結果が次に示すとおりで ある(図 46,47,48,49,50,51,52,53,54,55)。
(図46)14時 の 自然 光 を透 過 した グ レー プフ ル ーツ の 皮(左) (図47)14時の 自 然光 を 透過 し たグ レ ープ フ ルー ツの 皮 の分 光 分布 図(右)
30 (図48)14時 の 自 然 光 を 透 過 し た ア オ キ の 葉(左) (図49)14時 の 自 然 光 を 透 過 し た ア オ キの 葉 の 分 光 分 布 図(右)
(図50)14時 の 自 然 光 を 透 過 し た ア ジ サ イ の 葉(左) (図51)14時 の 自 然 光 を 透 過 し た ア ジ サ イ の 葉 の分 光 分 布 図(右)
(図52)14時 で の 自 然 光 を 透 過 し た 障 子 紙(左) (図53)14時 で の 自 然 光 を 透 過 し た 障 子 紙の 分 光 分 布 図(右)
(図54)14時 で の 自 然 光 を 透 過 し た 半 紙(左) (図55)14時 で の 自 然 光 を 透 過し た 半 紙 の 分 光 分 布 図(右)
31 15 時 に おけ る 光を 透 過さ せ た試 料 の 見え を 確認 し た結 果 が次 に 示す と お り で ある(図 56,57,58,59,60,61,62,63,64,65)。
(図56)15時 で の自 然 光を 透 過し た グレ ープ フ ルー ツ の皮(左) (図57)15時で の 自然 光 を透 過 した グ レー プ フル ーツ の 皮の 分 光分 布 図(右)
(図58)15時 で の 自 然 光 を 透 過 し た ア オ キ の 葉(左) (図59)15時 で の 自 然 光 を 透 過 し た ア オキ の 葉 の 分 光 分 布 図(右)
(図60)15時 で の 自 然 光 を 透 過 し た ア ジ サ イ の 葉(左) (図61)15時 で の 自 然 光 を 透 過 し た ア ジ サ イ の 葉 の 分 光 分 布 図(右)
(図62)15時 で の 自 然 光 を 透 過 し た 障 子 紙(左) (図63)15時 で の 自 然 光 を 透 過 し た 障 子 紙の 分 光 分 布 図(右)
32 (図64)15時 で の 自 然 光 を 透 過 し た 半 紙(左) (図65)15時 で の 自 然 光 を 透 過し た 半 紙 の 分 光 分 布 図(右)
16 時 に おけ る 光を 透 過さ せ た試 料 の 見え を 確認 し た結 果 が次 に 示す と お り で ある(図 66,67,68,69,70,71,72,73,74,75)。
(図 66)16 時で の 自然 光 を透 過し た グレー プフ ル ーツ の 皮(左 ) (図 67)16 時 で の自 然 光を 透 過し た グレ ープフ ルー ツ の皮 の 分光 分 布図 (右 )
(図68)16時 で の 自 然 光 を 透 過 し た ア オ キ の 葉(左) (図69)16時 で の 自 然 光 を 透 過 し た ア オ キ の 葉 の分 光 分 布 図(右)
(図70)16時 で の 自 然 光 を 透 過 し た ア ジ サ イ の 葉(左) (図71)16時 で の 自 然 光 を 透 過 し た ア ジ サ イ の 葉 の 分 光 分 布 図(右)
33
(図72)16時 で の 自 然 光 を 透 過 し た 障 子 紙(左) (図73)16時 で の 自 然 光 を 透 過 し た 障 子 紙の 分 光 分 布 図(右)
(図74)16時 で の 自 然 光 を 透 過 し た 半 紙(左) (図75)16時 で の 自 然 光 を 透 過し た 半 紙 の 分 光 分 布 図(右)
有 機物 の 試 料 の透 過 で はど の 時 間 帯 も 同じ よ う な 分光 分 布 図に な る こ と が 確 認できた。特に約680nm以上の赤い光の割合が多いことが見られる。無機 物の 試料では、障子紙の透過において約630~780nm の波長が15時の測定以降に減 少する一方で 580nm 以下の波長の割合が増加している。半紙での透過では 15 時では障子紙と同じように約 630~780nm の波長が減少するが、16 時になると 少し増加する。
グレープフルーツの皮の透過光では約 580nm~780nm の波長の光が多く含ま れていることが分かり、葉の透過光では約 500~580nm、約 680~780nm の波長 が 突出 し て いる こ と が分 か っ た。 障 子 紙や 半 紙 の透 過 光 は自 然 光 と同 じ 形 には なるが、約 430nm 以下の波長が欠けていることが分かる。
1-5-5.確認実験 3
LED の人工光(光源 3)を光源として、試料を透過した光の特徴を確認するた
め、分光分析を用いた確認実験を行った。この確認実験でも暗室箱を用いた。光 源の分光分布図は次の図の通りである(図76)。使用した人工光は、Slimac TM-
21(4200K)である。透過させる試料から約 15cm程度離して設置した。また、用
いた試料は確認実験 3と同様の物である。
34
(図76)光 源3の 分 光 分 布 図
確認実験 2で測定した14時での自然光の分光分布図(図43)と比べると、同じ ような形ではあるが、自然光に比べて約 400nm 以下と約 700nm 以上の波長が 欠けていることが確認できる。
(図43) 自 然 光14時 の 分 光 分 布 図
1-5-6.測定結果 3
光 を 透 過 さ せ た 試 料 の 見 え を 確 認 し た 結 果 が 次 に 示 す と お り で あ る(図 77,78,79,80,81,82,83,84,85,86)。
(図77)光 源3を 透 過 し た グ レ ー プ フ ル ー ツ の 皮(左) (図78)光 源3を 透 過 し た グ レ ー プ フ ル ー ツ の 皮 の 分 光 分 布 図(右)
35
(図79)光 源3を 透 過 し た ア オ キ の 葉(左) (図80)光 源3を 透 過 し た ア オ キ の 葉 の 分 光 分 布 図(右)
(図81)光 源3を 透 過 し た ア ジ サ イ の 葉(左) (図82)光 源3を 透 過 し た ア ジ サ イ の 葉 の 分 光 分 布 図(右)
(図83)光 源3を 透 過 し た 障 子 紙(左) (図84)光 源3を 透 過 し た 障 子 紙 の 分 光 分 布 図(右)
(図85)光 源3を 透 過 し た 半 紙(左) (図86)光 源3を 透 過 し た 半 紙 の 分 光 分 布 図(右)
有機物の試料において、グレープフルーツの皮の分光分布図を見ると、自然光 に比べて約 680nm 以上の波長が欠けていることが確認できる。葉の分光分布図 では自然光の透過よりも約530~580nmの波長の突出が大きいように見られる。
36 無機物の試料においては、自然光の透過に比べると、光源での分光分布図でも 見られたように、約 400nm 以下と約 700nm 以上での波長が欠けていることが 確認できる。また、障子紙と半紙では半紙の方が画面の明るさが増しているよう に見られる。
自然光透過と比べると、光源 3 の透過の方が全体の画面の明るさが増してい るように見られる。
1-5-7.考察
確認実験を通じて、人工光と自然光の透過光の見えと光の特徴を確認した。
色彩 な ど の画 面 上 の変 化 に 関し て は 、人 工 光 では 光 を 強く 当 て る箇 所 は 色彩 の 濃さ も 強 く明 る さ も増 加 し 、光 が 当 たら な い 箇所 は 暗 く目 立 た ない と 感 じら れ た。 こ の こと か ら 人工 光 を 用い る 際 は光 源 の 設置 し た 場所 に よ る光 の 当 たり 方によって、画面に変化が生まれることが分かる。人工光でも拡散性のある光だ と 均一 に 光 が照 射 さ れた よ う に見 ら れ るが 、 自 然光 の 透 過と 比 べ ると 画 面 の明 るさや色彩に関しては自然光の方がより強く表れやすいと考える。また、自然光 は 時間 の 経 過や 天 候 によ っ て 、そ の 都 度に 微 妙 に異 な る 明る さ や 色彩 の 濃 さの 変化が見られ、時間の経過を画面上の変化から感じることができた。
こ のよ う な 予 備実 験 で も確 認 で き た よ うに 、 人 工 光で は 光 の強 く 当 た る 箇 所 と 当た ら な い箇 所 の 光の 強 弱 の差 に よ る画 面 の 変化 の 他 に、 人 工 光で は 欠 けて いる光の波長があることが見られた。そして、自然光の透過では、特に約680nm 以 上の 赤 い 光の 割 合 が多 く 、 これ は 赤 外線 な ど の光 を 自 然光 が 含 んで い る から だと考える。
赤外線は熱を感じる効果があるため、自然光を作品に取り入れた際に、視覚的 な効果だけではなく「暖かさ」という体感も鑑賞者に提示できるのではないかと 考える。
予備 実 験 にお い て 確認 し た 特徴 と し て色 彩 の むら に 着 目し た が 、こ の む らに よる「ゆらぎ」のもたらす生命感は、画面上の動きや定まらなさに由来するもの だと感じた。そして光のゆらぎの表現効果としては、長時間観察した際の光の変 化 によ る 効 果と 短 時 間で 観 察 した 際 の 光の 均 一 性が 含 ま れる 。 こ の一 連 の 確認 実 験で 用 い た人 工 光 での 透 過 によ り 生 まれ る む らは 強 弱 の差 が よ り明 確 だ と感 じられ、その一方で、ゆらぎの感覚は薄いのではないかと考えた。強く光そのも のを感じさせ、活発とした生命観を表現したい展示には適していると考える。
37 1-6.ゆらぎと生命感
光を、照明とは別の 側面から芸術への関わりを模索するのと並行して、表象と しての光の存在についての考察を作品の制作を通じて行った。ここでは、光のゆ らぎについての考察と作品制作などを述べる。
逆光 で 対 象物 を 観 測し た 時 に光 に 包 まれ て 輪 郭が ぼ や け た り 、 光が 大 気 中の 粒 子に 反 射 して ち ら つく よ う な光 が 見 え た り 、 水面 な ど に光 が 差 し込 ん だ 時そ の 動き に 合 わせ て 光 も動 き を 見せ る と いっ た 現 象を 筆 者 は光 の ゆ らぎ と し て捉 えた。
(図87)岩 﨑 可 奈 子 《 は じ ま る》 2016年 、 板 に 着 色 し た 障 子 紙 、 和 紙 など 、 1620×1300mm 第90回 国 展 絵 画 部 入 選(2016)
38 前 節で の 透 過 する 光 の 実験 で も 見 ら れ たよ う な 色 彩や 光 の 強弱 な ど に よ っ て 画 面上 に 現 れる 視 覚 的な 効 果 もこ れ に 当て は ま ると し た 。 こ の 光 のゆ ら ぎ の効 果に「生命感」の表象を感じ取 った。常に変化し、捉えがたい光のゆらぎといっ た効果と、形を変えながら輝きを持つ生命の営みには通じるものがある。流動的 に 変化 す る 光の 効 果 がは じ け るよ う に 輝く 様 子 から 生 命 の若 さ や エネ ル ギ ーが 溢れるように感じる反面、その効果がすぐに変化し、消えたり現れたりする様子 から、生命の快活さと儚さの二つの側面を感じた。そこから、こまかな面をいく つも張り合わせ、輝きながら流動する表現を試みたいと考えた。その表現をつか む た め の 作 品 制 作 を 行 っ た 。 そ の 作 品 が 《 は じ ま る 》(2016)で あ る(図 87,88,89,90)。
(図88)作 品 中 央 の 拡 大 (図89)作 品 右 下 の 拡 大
(図90)作 品 右 下 の 拡 大