50 2.印象と光
この章では、芸術の場における光の 特徴について、先行作品の 分析と実践を踏 まえながら考察していく。光の取り扱われ方と鑑賞者の印象への関わりを、鑑賞 の場での照明、芸術表現の中の描写、光による印象への影響などの例を取り上げ ながら、考察していく。そして、芸術において光、特に自然光が作品に取り入れ られるとき、どのような意識と、どのような技法や様式が用いられてきたのかに ついて述べる。
まずは、光による見え方への影響について述べる。人がものを見るときに必要 な要素である光は、その種類や状態によって見え方に影響を及ぼす。この影響に 関して、鑑賞の場や制作の場での取り扱われ方、作品との関わり方を、先行研究 などの事例を上げながら述べる。
次に芸術の場での光の取り扱われ方については、先行作品として印象派の作 品を上げながら、その描写や意識の働き方を考察し、表象としての光の 特徴につ いて述べる。
2-1.視覚に関わる光 2-1-1.光の特徴
光は 人 間 が物 を 見 ると き に 欠か せ な い要 素 で ある 。 光 源か ら 放 出さ れ た 光に よ って 物 体 から 反 射 もし く は 透過 し た 光が 目 に 入り 、 水 晶体 を 通 じて 網 膜 を刺 激することで信号が大脳に伝達されて、人は物を知覚する。
人が目で見ている物体の色とは、対象物の表面で反射された波長、吸収された 波長によって異なる。光源がどのような波長を含んでいるのか、対象物がどの よ うな波長を反射し、吸収するのかといった様々な要素が、人が見る物の色に影響 を与える。物の色はその表面がどの波長を反射し、吸収するのかという性質を示 すのである18。
光は 電 磁 波の 一 種 であ る と いわ れ て いる 。 人 が見 る こ との で き る光 は 可 視光 線と呼ばれ、380nm~780nm の波長の範囲にある電磁波であり、その光に含まれ て いる 波 長 とそ の 量 の相 対 値 をグ ラ フ 化し た も のが 分 光 分布 図 で ある 。 可 視光 線は短い方から青紫、青、青緑、緑、黄緑、黄、橙、赤となっており、可視光線 よりも短い波長の方に紫外線、長い波長の方に赤外線が存在する(図 94)。可視 光 線よ り も 短い 紫 外 線は 有 機 物を 破 壊 する た め 、美 術 品 など に 用 いら れ て いる 絵具に損傷を与える。また、人体に対しても肌の日焼けや、目に入ると障害を引
18 藤 原 工 、 前 掲 書 、 pp.2-6
51 き 起こ す 原 因に も な って い る 。可 視 光 線よ り も 長い 赤 外 線は 物 体 を温 め る 作用 を持っている。物質は温められると膨張し、その後冷えると収縮する。この膨張 と収縮が繰り返されることで、展示品の損傷が引き起こされる。また、複数の素 材 を用 い て いる 展 示 品で は 、 膨張 率 の 異な る 素 材の 間 で 剥離 が 起 こる 可 能 性が ある。さらに、温度の上昇と下降による湿度の変化により、紙を用いた美術品で は よ れ や 皺 が 入 る 原 因 に も な る19。 ま た 、 分 光 さ れ た 光 は 光 の ス ペ ク ト ル (spectrum)と呼ばれ、単位波長あるいは極めて狭い波長範囲で分光した光は単色 光と呼ばれる20。スペクトルとは可視光線やその他の電磁波を分光器によって波 長順に分解したものを指す。
(図94)色 の 波 長
藤 原 工 『 学 芸 員 の ため の 展 示 照 明 ハ ン ド ブ ッ ク 』 、 株 式 会 社 講 談 社、2015年 、p.4を 参 考 に 筆 者 が 作 成 し た 図
2-1-2.光の状態によって変化する見え方
物を見る際に欠かせない光であるが、その光の状態によって物の見え方、例 えば見える色や印象などはその影響を受けることが多い。屋内で人工光照明の 下で見た場合と、屋外で自然光の下で見た場合とで は物の印象が異なって見え る。それはそれぞれの光に含まれている波長が異なることがその理由の一つに 挙げられる。自然光にはすべての色の波長が含まれているのに対して、人工光 には欠けている波長があり、すなわち人工光下では見えづらい色が存在する。
以 下の 二 つ の 図は 同 じ 人工 光 下 の 屋 内 にお い て 、 自然 光 を 透過 さ せ た 作 品 と させてない作品に対して光の測定を行ったものである。測定の結果、以下のよう な結果になった。これを見ると、自然光はどの波長も含まれているのがわかるの に対し、人工光だと欠けている波長があることが分かる(図95,96)。使用した機 器はLED メーターMK350PLUS である。左側の数値は照度(lx)や色温度(K)など が示されている。右には測定した光に、どのような色の波長がどの程度含まれて いるかが示されている。
19 藤 原 工 、 前 掲 書 、pp.4-11
20 山 中 俊 夫 、『 色 彩 学 の 基 礎』、 文 化 書 房 博 文 社 、1999年 、pp.20-21
380 500 600 700 780
青 紫 青 青 緑 緑 黄 緑 黄 橙 赤
52 光 源に 含 ま れ てい る 波 長の 違 い は 物 の 色の 見 え や 印象 に 影 響を 与 え る が 、 同 じ光源であっても条件が異なる場合、色の見えは変化する。園田、溝上(2018)が 行った研究によると、自然昼光下と人工光源下での物体の色の見えは、自然昼光 の照度と色温度が変動する場合、その影響を受けて、自然昼光の照度が高くなる と、緑色と赤色の対応色の鮮やかさは減少すると報告されている21。
(図95)自 然 光 透 過 さ せ た 場 合の 測 定 結 果
(図96)人 工 光 下 で の 場 合 の 測定 結 果
光の変化による見え方の違いに関しては、芸術の分野でも取り扱われており、
鑑 賞時 の 光 につ い て は登 石(1999)が 博 物館 や 美 術館 な ど の鑑 賞 の 場に お け る昼 光照明の取り扱いに関して述べている22。沖、中村(1990)は昼光照明と人工照明 を 併用 す る 美術 館 に おい て の 連続 測 定 から そ の 展示 照 度 の把 握 ・ 検討 も 行 われ ている23。
この よ う なこ と か ら、 光 源 の違 い に より 鑑 賞 され る 対 象へ の 印 象 に も 大 きく 影響を与えると考えられる。
21 園 田 倖 太 、 溝 上 陽 子 、2018年 、 前 掲 、pp.12-14
22 登 石 久 美 子 、1999年 、 前 掲 、pp.895-900
23 沖 允 人,中 村 洋 、1990年 、 前 掲 、pp37-41
53 2-1-3.鑑賞の場における光の扱われ方
物を見る、鑑賞するという行為において光の取り扱いは特に慎重に行われ、そ の配置や使用は綿密な計画を持って行われる。美術館や博物館などの「鑑賞」す る場において、見せるための光は特に配慮が必要とされている。このような場所 に おい て は コン ト ロ ール し や すい 人 工 光が 主 に 用い ら れ てお り 、 自然 光 は あま り光源として用いられていないことが多い。登石(1999)によると、電気照明など の 人工 光 が 普及 す る 以前 の 、 初期 の 博 物館 照 明 は自 然 光 を室 内 に 取り 入 れ るこ とを中心に設計されていた。その後、見学者の増加に伴う埃や湿気などによる展 示品の損害に対して、保護のためのガラスを被せるなどの措置が取られた時、ガ ラ スに 反 射 した 光 が 鑑賞 の 妨 げに な る ため 、 自 然光 を 取 り入 れ る ため の 窓 の高 さや向きが考慮されていった。20 世紀中ごろに起こった「保存運動」から、展 示 品の 劣 化 を防 ぐ た めの 照 明 制御 の 重 要性 が 立 証さ れ 、 美術 品 へ の光 に よ る損 傷に注意が向けられた。紫外線放射が有機物の劣化の原因となることや、美術品 の耐光性によって照度レベルが定められるようになった。この「保存運動」以降 に建てられたものは、自然光を排除した光環境が多いとある24。
ま た自 然 光 は 時間 や 天 候に よ っ て の 変 化も 大 き い 。照 度 や 色温 度 が 変 化 す る ため、展示品への見え方も制御が難しいと考えられる。しかし自然光の鑑賞時の 効果から自然光照明の導入が行われている美術館も存在する。
照明に用いる種類に関しても検討がなされており、LED 照明の使用もその一 つ であ る 。 従来 の 照 明と は 異 なる 照 明 下に お け る色 の 見 えや 印 象 の違 い な ども 注目されている。LEDランプの展示照明への利用に関して、佐野(2016)は、LED ランプは省エネルギーや長寿命という利点があると評価している。その反面、直 進性の強い配光であるため空間が暗くなりやすい点やまぶ しさ、移り込み(グレ ア)といった点に問題があり、展示照明としての利用には考慮が必要であると評 価している25。
この よ う に、 鑑 賞 する と い う行 為 に おけ る 光 であ る 照 明に 関 し ては 鑑 賞 物へ の見え方やそれに与える影響について研究が行われている。
24 登 石 久 美 子 、1999年 、 前 掲 、pp.895-900
25 佐 野 千 絵 「 博 物 館 、 美 術 館 に お け る 照 明 とLED照 明 の 導 入 に つ い て 」 文 化 財 の 虫 菌 害72号 、2016 年 、pp.2-9
54 2-1-4.照明の設定と展示形式
照明 と い う側 面 だ けで は な い光 の 作 品へ の 関 わり 方 を 提案 す る ため に 、 照明 と して の 光 と展 示 方 法の 現 状 につ い て 取り 上 げ る。 ま ず は展 示 方 法に つ い て述 べる。
芸術作品を鑑賞する際、作品と光源となる照明、展示方法の関係は重要である。
作 品を 鑑 賞 する 場 に おい て は 、鑑 賞 者 によ り 良 い鑑 賞 環 境を 提 供 する た め に、
様 々な 注 意 が払 わ れ てい る 。 展示 空 間 の光 源 と なる 照 明 に関 し て は展 示 品 の保 存 のた め に 展示 品 の 特徴 ご と に細 か く 照明 制 限 が決 め ら れ、 展 示 品に あ っ た光 源や照明方法が用いられている。
藤原工の『学芸員のための展示照明ハンドブック』によると、美術館や博物館 の 展示 方 法 には 、 展 示品 の 特 徴や 鑑 賞 者の 鑑 賞 しや す さ に対 応 し て様 々 な 種類 があるとされる。そして、展示方法の種類については、美術館や博物館における 展示方法は、展示する状態によって次の二つの方式に大きく分類される。
① 展示 物 を 空間 内 に 露出 さ せ るオ ー プ ン展 示 方 式 、 ② 展 示室 に 設 けら れ た 展示 ケースに入れるケース展示方式である。
このうち、閉鎖空間に展示するケース展示方式は、日本美術などの高い保存機 能 が求 め ら れる 展 示 物に 用 い られ る 方 式で あ る とさ れ る 。特 に 温 度や 湿 度 の管 理 が必 要 と され る 展 示物 は 、 エア タ イ トケ ー ス と呼 ば れ る空 気 の 流出 入 を 抑え たケースが選ばれるとある。また、オープン展示方式とケース展示方式は、展示 物の大きさ、素材、状態、表現手法など によって、さらにいくつかの手法に分類 されて、オープン展示の中では、油彩画や日本画などの絵画、写真はオープン壁 面展示、彫刻といった立体物はオープン床面展示と分類される。ケース展示の中 では、屏風や掛け軸などは壁面ケース展示、陶磁器やガラス工芸、漆器などはハ イ ケー ス 展 示、 巻 物 や資 料 類 とい っ た 展示 物 が 覗き ケ ー ス展 示 な どに 分 類 され る26。
作品 の 形 式に よ っ て最 適 な 展示 手 法 が選 ば れ てお り 、 展示 手 法 は作 品 の 魅力 を 引き 出 す ため の 重 要な 手 段 であ る と とも に 、 その 取 り 扱い 方 に よっ て は 鑑賞 者と作品をより密接につなぐことができると考える。
次に 照 明 とし て の 光の 設 定 とそ の 種 類に つ い て述 べ る 。展 示 照 明に 関 し ても 展示物の種類や状態、展示会場の形態によって細かく分類がされ、使い分けがな されている。展示照明の種類については、前項に引き続き藤原工の『学芸員のた めの展示照明ハンドブック』によると、展示物を照らす照明手法は次の 3 つに
26 藤 原 工 、 前 掲 書 、pp.36-37