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早稲田大学大学院 基幹理工学研究科
博士論文審査報告書
論 文 題 目
Influence of Alloying Elements and Melting Conditions on Graphite Morphology and
Matrix in Fe-C and Ni-C Alloys
Fe-C 及び Ni-C 合金の黒鉛形態と基地組織
に対する合金元素と溶解条件の影響
申 請 者
鄒 瑩
Ying Zou
機械科学専攻 凝固工学研究
2 0 1 2 年 6 月
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球状黒鉛鋳鉄は 1947年にイギリスで Ce添加により、1948年にアメリカでMg 添加 により発明された。球状黒鉛鋳鉄は鋼に匹敵する強度と、片状黒鉛鋳鉄の鋳造性を兼 ね備えた極めて優れた鋳造材料と言える。そして、その生産量は先進国では鋳鉄鋳物 の 50%近くになっている。片状黒鉛鋳鉄の歴史が 2000 年あることを考えると、鋳造 界に於ける画期的な新材料ということができる。
しかし、何故に黒鉛が球状化するのかについては未だに定説がない。一方では、球 状黒鉛鋳鉄で大型鋳物を生産すると黒鉛形状が球状から芋虫状(これをチャンキー黒 鉛と称している)に変化することが知られているが、この原因も明らかにはされていな い。チャンキー黒鉛の生成で鋳物の機械的性質が著しく劣化することは知られている が、この防止法も不明のままである。一方で、球状黒鉛鋳鉄の機械的性質は基地組織 に依存することが知られているが、近年、高張力鋼板スクラップを製造現場で使用す ると、基地組織がフェライト化する現象が多発し、高強度球状黒鉛鋳鉄鋳物の生産に 支障をきたしている。
この様な状況を踏まえて、本研究では黒鉛形状を制御する因子は何か、また、基地 組織を決めている因子は何か、を明らかにすることを目的にFe-C合金とNi-C合金を 用いて研究を行っている。
本論文は全 7章により構成されている。第 1章は緒言であり、本論文の背景と目的 を明らかにするとともに、その概要について示している。
第 2 章は、球状黒鉛鋳鉄に関するこれまでの研究・開発結果の調査をまとめたもの である。これらの結果、従来の研究では黒鉛球状化に関する数多くの説が唱えられて いるが、未だに統一見解は示されていないことが明らかにされている。また、黒鉛球 状化の研究を鋳鉄組成(Fe-C合金)で行うと、凝固後にγ相からα相への相変態があり、
室温での組織観察からは凝固時のマトリックスと黒鉛の関連を明らかにできないこと 示した。そこで、球状黒鉛鋳鉄鋳物の製造における諸現象解明を困難にしている問題 点がここに存在することを明確に示している。これに対して、Ni-C 合金を用いると、
凝固後に相変態がなく、凝固時の黒鉛と基地の関連を室温で研究するのに適している ことを明らかにした。
第 3 章は 70g の Mgと Ce、Caを含有させた Ni-C合金と Fe-C合金を用いて、黒鉛 形状に対するこれら球状化合金元素と溶解・保持・冷却速度の影響を論じている。そ の結果、Fe-C合金では球状黒鉛に引き続いて、凝固時の過冷によりチャンキー黒鉛が 生成するのに対し、Ni-C合金ではチャンキー黒鉛の後で球状黒鉛が生成することを明 らかにしている。その原因は解き明かされてはいないが、チャンキー黒鉛の生成に関 する重要な情報を提供しており、高く評価できる。
第 4 章では、硫黄添加有無の Ni-C 合金を用いて、先ずはじめに、黒鉛形状に及ぼ す冷却速度と合金元素の影響を論じている。次に、溶解雰囲気(酸素の影響)や保持時 間の影響をも論じ、最後に黒鉛形状と基地組織の関連をエッチピットとEBSDにより 検討している。実験はPID温度制御を備えた光集光炉を用い、0.5gの試料を溶解・凝 固させている。
これらの結果、実験-1では Ar雰囲気下で硫黄添加無しの試料を用い、 15分保持試
料を毎分 1000Kで冷却しても完全な球状黒鉛は得られず、擬塊状黒鉛が得られる。こ
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れを毎分 20Kで冷却した試料では全てがチャンキー黒鉛化することを認めた。これら の結果は試料が 0.5gと極めて少ないため、雰囲気ガス中の酸素の影響をあるのではと 推測している。
そこで、実験-2 では雰囲気ガス中の酸素分圧を下げる目的で Ar+3%H2ガスを用い、
保持時間を10 分に短縮して実験を行っている。硫黄添加有無の2つの Ni-C合金を用 いている。その結果、両試料共に、毎分1000K で冷却させた試料ではほぼ完全な球状 黒鉛得られている。しかし、これらの試料を毎分20Kで冷却させると、硫黄無しの試 料(0.0002%S)ではチャンキー黒鉛が得られ、硫黄有りの試料(0.005%S)では片状黒鉛が 得られることを示した。極僅かの硫黄量(0.005%S)でも、比較的ゆっくり冷却させた試 料では、硫黄が黒鉛形態に大きく影響することが明らかにされた。しかし、実験-2 で は、実験-1 と比較してガス雰囲気と保持時間の両者を変化させたため、両者の影響を 別個に識別することはできていない。
実験-3では、ガス雰囲気と保持時間をそれぞれ単独で変え、その影響を検討してい る。その結果、10 分保持・毎分 1000K で冷却させた試料では硫黄の影響はほとんど なく、全てに球状黒鉛が得られた。そして、黒鉛球状化の程度はAr+3%H2ガス雰囲気 の方が Ar 雰囲気よりも良好なことを示した。しかし、これらの試料の保持時間を 10 分と20分に変化させると、硫黄を添加した試料では殆どがチャンキー黒鉛化すること も明らかにした。
これらの結果は、黒鉛球状化元素を含有させなくとも Ni-C 合金では球状黒鉛が得 られることを明確に示している。そして、Ni-C試料では保持時間の黒鉛形状に対する 影響はないが、Ni-C-Mg試料、Ni-C-S試料と Ni-C-Mg-S試料では保持により黒鉛形状 がチャンキー化することを確認している。この事実は保持により球状黒鉛が崩れる現 象(これをフェーデイングという)には球状化元素や硫黄が関与していることを明確に 示しており、新しい知見として高く評価できる。
黒鉛形状を 3次元で立体観察するため、基地を腐食で除去してSEM 観察した結果、
球状黒鉛の周囲の基地は六角形のエッチピットを形成し、擬塊状黒鉛の場合には不規 則な形のエッチピットを形成することを認めている。これらの現象を基地組織の結晶 方位をEBSDで解析すると、前者は主に1つの結晶で球状黒鉛が取り囲まれ、後者は 多くの結晶で取り囲まれていることを明らかにしている。この様な新しい現象の発見 は Ni-C合金を用いたことで、初めて明らかにできたもので、この発見は高く評価され るべきである、と考える。
第 5 章は基地組織に対する銅の影響を検討したものである。従来から、銅は片状黒 鉛鋳鉄及び球状黒鉛鋳鉄の基地組織をパーライト化し、強度を高める元素として報告 されている。しかし、片状黒鉛鋳鉄に対する銅の影響に関する最近の報告はなく、本 研究者は疑問を抱いた。そこで、球状黒鉛鋳鉄では硫黄含有量(正確には硫黄の活量) が著しく低いが、通常の片状黒鉛鋳鉄では硫黄の含有量が多く、硫黄のパーライト化 作用が銅に比べて大きく、銅の影響が検出できないのではないかと考えた。
そこで、硫黄含有量の極少ない片状黒鉛鋳鉄(0.0022%S)を用いて銅の影響を検討し た結果、銅はフェライト安定化元素であることを突き止めた。この発見は従来のパー ライト安定化説を否定するものであり、高く評価できる。
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それでは、何ゆえに球状黒鉛鋳鉄では銅がパーライト安定化に作用するのかとの、
疑問が残った。これに関しては、球状黒鉛の周囲を銅膜が覆い、これがフェライト化 を妨げる、すなわちパーライト化に作用するとの推測はなされてきたが、実証された ことはない。そこで本研究者は、特殊な腐食法により、鉄だけを酸で溶解除去する手 法を考案し、黒鉛周辺に薄い銅膜を発見している。従来より、銅メッキは浸炭防止に 有効なことが知られており、まさにこの銅膜が球状黒鉛上への炭素原子の拡散を妨げ た結果、基地がパーライト化したことを突き止めた。したがって、本来はフェライト 化促進元素である銅が、球状黒鉛の上に膜を形成することでパーライト化に働く現象 を確認した。この発見は鋳鉄への銅添加による基地組織の変化を明らかにしたもので、
高く評価される。
第 6 章では銅添加で得られる高強度球状黒鉛鋳鉄の製造に高張力鋼板屑を用いると、
基地がフェライト化してしまい、強度低下を招くことが大きな問題になっている現象 の解明を行っている。本章ではこのフェライト化の機構とその防止策を検討した結果 を取りまとめている。この現象は高張力鋼板に含まれる銅添球状黒鉛鋳鉄へのホウ素 の影響であることが報告されており、先ずはその確認を行い、ホウ素によるフェライ ト化の特異現象を確認した。また、マンガンによる基地組織のパーライト化に関して は、ホウ素はフェライト化現象を示さず、銅添加剤にのみ現れる特異現象であること を明確にしている。この現象はホウ素の添加により前述の銅膜が破壊される結果とし てフェライト化が進行することを突き止めている。
次いで、このフェライト化防止に窒素とチタンを用い、BNや TiB2としてホウ素を 固定する検討を行っている。その結果、これら元素によるフェライト化の防止には成 功しているが、その効果は十分ではなく、さらなる検討が必要である、と結んでいる。
第 7章は、本論文における知見をまとめ、結論及び今後の展望を示している.
以上要するに,本論文は鋳鉄の黒鉛形状の制御法を、Fe-C 合金と Ni-C 合金を用い て検討したものである。球状黒鉛の生成に対する球状化元素と溶解・保持・冷却条件 の影響を明らかにしている。さらに、黒鉛が完全に球状化していると、その強度は基 地組織で決まることから、基地組織に対する銅の影響を、片状黒鉛鋳鉄と球状黒鉛鋳 鉄では異なること、その原因は銅の析出形態にあることを明確にした。
これらの結果は球状黒鉛鋳鉄鋳物の高信頼化につながるものであり、球状黒鉛鋳鉄 鋳物の今後のさらなる発展を可能にしたと判断する.よって本論文は、博士(工学)の 学位論文として価値あるものと認める.
2012年 5月
審査員(主査) 早稲田大学教授 工学博士(早稲田大学) 中江 秀雄 早稲田大学教授 工学博士(東京大学) 酒井 潤一 早稲田大学教授 工学博士(早稲田大学) 浅川 基男 早稲田大学准教授 博士(工学)(早稲田大学) 鈴木 進補