ノルテは,1939年9月に「ユダヤ人世界会議」が,ヒトラーによって進 められていたユダヤ人排斥に対して「敵対宣言」を出したということを述 べ,ヒトラーにおいての,そのことに刺激された上でのそのことへの「一 つの反作用」として行なわれたことが「ユダヤ人大虐殺(ホロコースト)」 であったと述べることによって「ユダヤ人世界会議」への「責任の転嫁」 を行なおうとする。そして,ノルテは,さらに,世界史上においての数々 の虐殺の事例をあげる。とりわけソ連におけるスターリン時代における数 多くの「粛清」を含む大虐殺について述べ,さらにはカンボジアのポルポ ト政権による大虐殺をとりわけ際立ったこととした上での数々の大虐殺の 事例について述べ,「ユダヤ人大虐殺(ホロコースト)」について,世界史 上においての大虐殺の「似た例」の一つであり「オリジナルなこと」では ないと述べることによって,視線をそらせ「相対化」しようとする。そし て,さらには,虐殺の方法をめぐって,「ガス室での殺戮」について多く のことが言われるがソ連における政治犯の収容所における残虐行為はどう なのか,といった言い方で,やはり視線をそらせ「相対化」しようとする。 そして,さらに,戦後の世界における「東側」陣営との「冷戦」を引き合 いに出し,「ユダヤ人大虐殺(ホロコースト)」は当時においてソ連との敵 対関係を背景として起きたことであると述べそのことに「責任の転嫁」を 行なおうとする。 こうしたことを一定の典型とする「歴史修正主義」に対して,ハーバー マスは次のことを述べる。 「過ぎ去りようがない過去(「過ぎ去ろうとしない過去,Vergangenheit, die nicht vergehen will)」についての ‘ごまかし’は,「ドイツ人」とし ての「アイデンティティー」をつくり出しはしない。しかし「過ぎ去りよ うがない過去(「過ぎ去ろうとしない過去)」を単に「断罪」するというこ とでも済まない。「日常性」という「正常性」のはずのことの中で27
註 1 Intersubjektivität という用語は,「間主観性」とする邦訳が通例であるが,ここで はハーバーマスをも射程に入れた在り方で意味する含みを明確化するために「相互主 観性」(さらには「相互主体性」)と邦訳することにしたい。 2 この場合の“不用意な”ということの含みは,次のことである。ヘーゲルの「相互 性(共同性)」ということの立場は,踏まえざるを得ない卓越した在り方を持つ一方 において,カント的な「個人」の立場からの‘一挙的な飛躍’も伴ない,「個人」の 立場が「未完結」なまま「個人」の「相互性(共同性)」への‘依存’の立場をはた らかせ,「個人」の「責任」の立場が‘後衛化’してしまっている。 3 特に1891年の『算術の哲学』において明らかにされた。 4 特に1900,1901年の『論理学研究』において明らかにされた。 5 特に1913年の『純粋現象学と現象学的哲学のための諸構想(通称,イデーン)』第 1巻において明らかにされた。 6 特に1936年の『ヨーロッパ諸学問の危機と超越論的現象学』において明らかにされ た。 7 原題は『討議倫理の解明』である。参考文献表を参照のこと。 8 DE34.ハーバーマスは,「自己実現(Selbst-verwirklichung)」という言い換えをし ている。 9 DE20.ハーバーマスは,次のように述べる。「討議倫理は,カント的思考に比べて, 正義の義務論的概念をはるかに広く押し広げる。」それは,「討議倫理」が「コミュニ ケーション行為に基づく社会化」ということの立場に立ち「特殊な生の形式(beson-dere Lebensform)の具体的全体性をはっきりと浮き彫りにする善き生」を扱い得て いるからである。
議論にとどまらず,「実定法」としての「法」をめぐる議論が求められるということ を言わんとする。そして,次のように述べている(DE199)。「道徳,法,政治の規範 的関係が,(討議倫理を拡張させた)討議理論(Diskurstheorie)によって段階的に(現 実対応的に schrittweise)明らかにされる(必要がある)。」そして,そうしたこと においての「法」の整備においては,(「手続き」がまさに)「民主主義的手続き」と して問われる。さらには,「法」の「適用」においての「司法」の在り方が問われる。 そして,次のことが言える。「法治国家では,道徳的観点は(ともすると),各人の行 為様式に直接適用されるのではなく,制度化された法と政治に基づいて適用される。」 〔この場合の「法」ということには,「司法」による対応(「裁判」など)という含み もはたらく(DE75f.)。〕 20 Begründungsprobleme. 21 Anwendungsprobleme. 22 巻末の参考文献一覧を参照のこと。 23 Michael Stürmer,(1938∼ ),最終職歴は,エルランゲン大学教授。 24 Andreas Hillgruber(1925∼1989),最終職歴は,ケルン大学教授。 25 Ernst Nolte(1923∼2016),最終職歴は,マールブルク大学教授。 26 Klaus Hildebrand(1941∼ ),最終職歴は,ボン大学教授。 27 ハーバーマスは,さらに次のように述べている(UC208)。「冷静に計算された大量 殺人のための複雑な準備と念入りな組織化は,間接的には全国民を巻き込み,正常な 雰囲気の中で実行された。それは,高度に文明化された社会においての内的交流の正 常な状態に,そのまま依存していた。極悪非道なこと(the monstrous)が日常生活 の円滑な営みを中断させることなく行なわれた。それ以来,『意識的に』生きること は,それ自体が疑いがないものであると主張したり,疑いがないとして妥当であると みなすといったことに対して不信を持たずには,もはや可能ではなくなった。」 28 ハーバーマスは,このことを「憲法パトリオティズム(Verfassungspatriotisums)」 と呼ぶ。 参考文献(掲載は第一次参考文献に絞った。引用に際しては,略号の後に引用ページを 記した。)
Jürgen Habermas: Erläuterungen zur Diskursethik, Suhrkamp, Frankfurt a.M.,1991. 略号 を DE とした。邦訳『討議倫理』,清水多吉,朝倉輝一訳,法政大学出版局,2005年。 なお,原題は『討議倫理の解明』であるが,市販されている邦訳の題名を使用し『討 議倫理』とした。
77.三島憲一編訳,岩波書店(岩波現代文庫),2000年。
George H.Mead, Mind, Self, and Society, from the standpoint of a social behaviorist, The University of Chicago Press, Chicago, 1934. 略号を MSS とした。邦訳『デュ−イ・ ミード著作集』第6巻所収『精神・自我・社会』,河村望訳,人間の科学社,1995年。 Jürgen Habermas: Ethics, Politics and History: An interview with Jürgen Habermas,