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不安の研究(1) −殺人犯の心理的分析−

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(1)

Title

不安の研究(1) −殺人犯の心理的分析−

Author(s)

棚原, 健次

Citation

沖大論叢 = OKIDAI RONSO, 10(1): 161-216

Issue Date

1970-09-28

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/11029

Rights

沖縄大学

(2)

一 殺 人 犯 の 心 理 的 分 析 ー

棚 原 健 次

目 次

I 目 的 ...162

E 方 法 . …...1622  1 . 被 験 者 ・ …...162  2.  調査日時 ....・H ・....・H ・‑…...・H ・...・H ・...・H ・...・H ・..…162 3.  調査場所 ...16

 

E 結 果 ...164  1.  生活史 ...・H ・‑…...・H ・...・H ・'"・H ・....・H ・...・H ・...・H ・.164 2.  犯行一週間前の行動 …...・H ・....・H ・...・H ・...・H ・...・H.175 3.  自 由 陳 述 そ の1. ...・HHH ・..……HH ・...・H ・...・H ・..183 4.  自 由 陳 述 そ の2. .・.H・‑…・HH ・...・H ・...・HHH ・..186 5.  諸 検 査 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・206 (1)  W A  1 S知能検査 …...・H・‑…....・H ・....・H ・...・H・206 (2)  ロールシャツハ検査・HHHH ・...・H ・...・H ・..…208

(3)  M M P  1 

(4)  T A T  ...・H ・‑・……

(5) 文章完成テスト ・HHHH ・..… (6)  クレペリン精神作業検査

(7) パーソナリティ インペントリィ (的診断性向性検査

(9)  精神健康度検査 (10)親子関係テスト …‑

H 考 察

1.  対人関係の要因...・H ・.. 

‑161

(3)

不安の研究

2.  破壊的要因 3.  性格的要因 4.  知能的側面 5.  意志的側面 6.  性格の構造 V 要 約・…‑

(4)

I 目 的

本研究の目的は被験者が殺人に至った過程、特に被験者の発達過程に おける対人関係、進路選択、意志、思考、判断や犯行当時の行動につい て分析を試みながら、それらにかかわる被験者のもっている不安の質的 要因、不安の強さ、不安の持続性、不安の拡がりの要因について考察す る。

E 方 法

(1) 被験者 Y 男犯行当時、 203ヶ月、殺人 (2)  調査日時

196994日 午 前10時 午後3時 面 接 生 活 歴 に つ い て

196996日 午 前11時 午後5時 面接生活歴について

検査 ロールシャツハ検査

196997日 午 前10時 午後5時 面接犯行一週間前の行動

196998日 午前10時四午後2時 検査 TAT 

196999日 午 前10時 午後5時 検査 WAIS 知能検査

検査 MM:P (ミネソタ人格多面性テスト〉

‑163

(5)

不安の研究

197037日 午 前11時 午後3 面 接 生 活 歴 に つ い て

197039日 午 前11時 午後5 検 査fF ‑ソナリティ インベントリィ 検 査 診 断 性 向 性 検 査

検 査 親 子 関 係 診 断 テ ス ト

19703月10日 午 前11時 午後5 検 査 M M P  1 

検 査 精 神 健 康 度 検 査

19703月11日 午 前11時 午後5 面接 自由陳述

19703月12日 午 前11時 午後6 検 査 文 章 完 成 テ ス ト

検 査 クレペリン精神作業検査 面 接 自 由 陳 述

197042日 午前日時四午後3 面 接 自 由 陳 述

3.  調査場所

刑務所保安第二課

E 調 査 結 果

1 . 生 活 史

1‑3才。被験者Yは母親が駐留軍のメイドlとして勤務中、当時運転手 をしていたT氏と結婚して間もなく生れた子供である。被験者Yは一見外

(6)

国人に酷似している。戸籍上の父親T氏は子供が好きで、 Yをよく可愛が っていたが、被験者 Y が満ー才頃、母親はT 氏と離婚したため、 y~土母方 の祖父の家で生活した。被験者Yが三才頃、母親は東京で洋裁を勉強する ために上京した。そのためYは戸籍上の父親T氏に引取られて生活してい た。

4才。父は優しい人であった。継母も優しい人で、よく遊園地に連れて 行ったり、あちこち連れて遊んでくれた。父の弟の家で半年ほど生活した が、従兄弟守が多く楽しい生活であった。丁度:その頃、実母が東京から帰 省、実母の妹が連れに来て、母方の祖父の家に引取られて生活した。当時 実母との生活は、実母が洋裁学校の休暇を利用して帰省するほんのしばら くの生活であった。その当時から実母をおばさんで呼び、継母をお母さん で呼んでいた。実母を母と呼べない理由。

親しめず、子供っぽく、ふざけてばかりいて好きではなかった。なに かにつけて従兄弟が悪くても僕が叱られた。

5‑7才。 5才に那覇市の某保育園。 6才に某幼稚園に通園。 7才に某 小学校へ入学。祖父のM家はお庖でいつもにぎやかであり、友達ともよく 遊んだ。小学校へ入学すると友達の範囲も広くなった。同校には二年一学 期のはじめごろまで在学した。

8 ‑9才。二年生の一学期にコザ市の某小学校へ転校。ハワイ人の義父、

母、本人の生活がはじまった。本入はしばあくコザから那覇市の小学校へ 通学じた。那覇にはよい友達ばかりであったが、コザには不良みたいな者 が多かった。義父もよい人で、那覇での生活よりも西洋風でよかった。祖 父の家も裕福であったが、尚更コザでの生活はよかった。隣りには外国人 が多《、よくアメリカ人の家庭で遊び、ものすごくよい生活?であった。

一日中アメリカ人の友達と遊ぺるのマ楽しい生活であった。学校では自然 頭のよい子、喧嘩の強い子と友達になった。不良性があるとか、頭の悪い

‑ 165

(7)

不安の研究

子とは交際しなかった。母にはよく叱られることもあり、たたかれること もあった。実母にはずっとおばさんで呼び通してきた。そこで二年 三年 生まで過した。

10‑13才。小学校四年次にコザ市の新設校N小学校へ転校。母はコザ市 で祥裁唐を経営。しばらくそこで住んだが、お庖と住居が狭いので、住居 を別に間借りして生活した。そこでは母が勉強をみてやれず、成績も悪く なったので、糸満の某小学校教諭(実母の姉〉に勉強をみて貰うために、

糸満の小学校へ転校した。コザの小学校では四年修了したが、成績が悪い ので、もう一度四年生へ編入させられた。おばさん(実母の姉)はあまり 好きではなかった。舎回はよい友達もいたが、人数は減った。そこでは好 きな学科と嫌な学科がはっきりした。図工は一番好きであった。毎週土曜 日は義父が迎えに来てくれて、一晩コザで過し、翌日、日曜日に糸満へ帰っ た。糸満で三ヶ年間生活、小学校を修了した。

14才。普天間の某中学校へ入学、おばさん(実母の姉〉に一年落第させ られて、コザの中学校へ入学すると小学校時代の友達に恥しいので、普天 間の某中学校へ入学した。本人だけ普天聞に間借生活。その頃母は創価学 会へ入会。本人は中学校へ入学後、友達とクリスチャンの教会へ行くよう になった。その頃から、本人は母の人間性が嫌いになった。母は迷信を信 じ、くだらない人聞に思えた。僕は偉い人聞になりたいと思ったが、お母 さんを見ているとくだらないと思った。第一約束を守らない。真面目な話 しはしない。母と生活するとくだらない。 そういう人聞になる。母と議論 しても自分がいつも正しいと思った。他のお母さんとはちがって遊びが好 きで、ふざけたことばかり云うので頭にくる。そのような母から自分を守 りたいと思った。自分もお母さんみたいな人聞になる。お母さんと自分の 性格が合わない。母の性格は嫌いである。ただお金をくれるだけが好きで あった。物は沢山あるので上級生や高校生の友人をもてば趣味もよい。

(8)

母の教育は幽霊のことばかり話すので、よく夢の中に幽霊がでてくるの で怖かった。アメリカの教育は自然的であり、とても好きである。日本人 は物好きで恰好いいものに憧れる。アメリカ人は現実的であるので好きで ある。

立派な人聞は現実を知る。そのためには歴史を知る。僕はキリストの歴 史、アジアの歴史、ヨーロッパの歴史をよく読んだ。趣味は映画、音楽で はペートーベン等は好きである。

最初はキリストの歴史から読みはじめた。人間の歴史を通じて、人聞と はどういうものか、日本人とはどういうものか、アメリカ人とはどういう ものかを知りたかった。最初日本の歴史は好きでなかった。それでキリス ト教の歴史、ヨーロッパの歴史、アメリカの歴史、世界史等を読むように なった。昔の人と今の人々との差異とか、 どうして神話がつくられるの か、人聞は嘘もつくが、どういうところの嘘か。

おばさん(実母をおばさんと呼ぶ)から迷信を聞かされているので、つ まらないから、人聞の真実を知るために歴史を勉強しはじめた。

人聞は誰れでも嘘をつくが、他人ならばともかく、お母さんにまで嘘を つかれると、本当に教育してもらっていないみたいである。嘘をつくお母 さんとは無関係に自分で勉強しようと思った。

更に興味をもったのは、アメリカ人の家庭と日本人の家庭のちがいであ る。愛国心とか、親子の愛情とはどんなものか、どんなものが正しいか、

そのことを考えはじめた。中学生になってはじめて人聞を知るよ うになっ た。

他人は母に対して、よいお母さんであるというが、それはちがう。お母 さんは、僕が小さいときから、ロでは愛しているようなことをいう。そし て「子供は大人になったら親孝行をしなければならない」という。そんな ことを云うのでいやになる。

教会でも親に逆うことはよくないと教える。人聞は感情的人聞に過ぎな

‑167

(9)

不安の研縄

いと思った。ゐ他の親は子供に独立させようとするが、僕の母は自分の幸せ のためだけIを考えている。母は僕が高等学校へ入学することを考たていな いような、どうでもいいような態度であった。母はガソリンスタンドでも 経営して幸福な生活をしたほうがよいという。母は僕の将来のことについ てあまり感じていない。おばさん(実母のこと)みたいな人と生活した ら、また子孫の教育もお母さルuみたいな教育をしたら、気の弱い入聞にな る。僕は気が強い。

僕は高校へ入学したかったのに、母はそれをよく考えてはいなかった。

僕は真面目でよく働くので、母は僕に商売でもさせようとする。僕の性格 がものすごくよいから、また仕事も熱心にやるので、将来大学にやるより も出世すると考えていたらしい。僕は世の中のいろいろのことを知りたい と思った。高校、大学に進学したかった。せめて高校だけでも卒業したか った。上級学校修了後は自分で独立しようと思った。

本人が普天聞の某中学校在学中、母親は週一回は食料品を持参して、彼 の間借先を訪ねていたらしい。中学校入学以来、本人は

0 進学についてよく考えるようになった。

0 勉強の意欲が出てきた。

O 人生について考えるようになった。

人間とはなにか、

社会とはどんなものか、

人間の精神的なものへの興味をもった。

O 特に動物は妻子きで可愛いがっていた。

O 生物の内部構造を知るのが好きで、いつもそのような本を読んだ。

人間の内部構造についても興味をもった。特に動物の解剖には人一 倍興味があった。暇さえあれば動物の解剖をした。友人や先生と一 緒ならば、死んだ人聞を解剖したいと思った。

0 将来の希望は外科医であったの

参照

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55

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