債 務 不 履 行 時 の 利 害 調 整
‑サ イ ド ・ペイメン ト ・アプローチの提案 ‑
土口 田 高 文
Abstract
Thepurposeofthispaperistoexaminehowthepotentialconflict betweenstockholdersandbondholdersisadjustedwhenthefirm has riskydebt.Thismatterhasbeendiscussedbyanumberofauthors, however,boththeAgencyApproachandtheTransactionCostAp‑
proach,Orusualalternativeapproacheshavefailedinsufficientexplana‑
tions.Anewapproachispresentedinthispapertowardtheelucidation oftheproblem,
Keywords:conflictbetweenstockholdersandbondholders,sidepay‑
ments,theMarketValueRule,theCoaseTheorem,theSide‑Payments Approach
1 は じめに
本稿のね らいは,債務不履行時における株主 と危険負債の債権者 との間で の利害調整のあ り方を考察することである。 より具体的には,株主 と債権者 との間で,経営決定に関 して利害の不一致が生 じる場合,つま り債務不履行 の可能性がある場合 に,両者間で行われる 「サイ ド ・ペイメン ト (sidepay‑
ments)」の意味合いについて明 らかにすることである。1)また, こうした考 察を通 じて,新たな分析視角を提案することである。
株主 と債権者間の利害の不一致 の問題は,典型的な財務上のエージ ェソ
シー問題の一 つであ り,このテーマではこれまでに多数の研究成果が蓄積 さ れている。それは,ジェソセソ ‑メック リング (1976)の 「エージ ェンシー ・ コス トの理論」に始 ま り,マイヤーズ (1977)やバーナー ‑ホ‑ゲソ ‑セン ベ ッ ト (1985)な どで展開された,株主 (経営者)による リスクの高い投資案 の選択や過少投資の発生 といった 「準最適投資 (suboptimalinvestment)」
の問題な どである。 これ らの提起 された問題 に対 して,その解決策 も数多 く の論者 によって議論 されてお り,株主 と債権者の 「調達上の統一 (financial unification)」,資本構成の 「非公式の再構成 (informalreorganization)」,
「条件付請求権型証券 (contingentclaim securities)」の発行 といった関係 者間での調整行動や,資本市場 における 「乗 っ取 り」や 「レバ レッジ ド ・バ イアウ ト」の可能性な どの市場固有の調整機能の存在が主張 されている。2)
こうした株主 ・債権者間の利害の不一致の理論的分析は,最適資本構成問 題や企業統治の問題,またメインバンク制度の ような金融システムの問題な ど,さらに進んだ理論や実態面での研究へ と応用 されなが ら深め られてきて いる。本稿の議論 も, これ らの一連の研究の流れに沿 うものであ り,その成 果 を とり入れなが ら最終的には制度デザ インの分析 までを視野に入れるもの である。 しか し,本稿 と一連の研究 との相違点は,本稿 においては,「エー ジ ェンシー ・コス トの理論」が登場す る以前のファーマ ‑ミラー (1972)の 議論 に着 目している点である。そ して,そ こで示 された 「サイ ド ・ペ イメン ト」を中心概念 として,株主 ・債権者間の利害の不一致問題の再検討を試み ている。本稿では, この検討 を通 じて, これまでの一連の研究で見落 とされ ていたひ とつの問題解決策を見出す とともに,今後の制度デザ イン研究にあ たっての有用な手がか りを提示 したい と考 えている。
2 市場価値 ルールとサイ ド ・ペイメン ト
財務論研究の古典的名著 ともいわれ る E.F.フ ァーマ教授 とM.H.ミラー
教授の共著 TheTheo73,OfFinanceでは,全体を通 じて一貫 した企業の行動 規準あるいは財務決定規準が示 されている。3)それは 「市場価値ルール (the MarketValueRule)」と呼ばれるもので,企業の経営決定が当該企業の総市 場価値 を最大化するように実行 され るべ きことを意味する。4)
た とえば,相互排他的な投資案に直面する企業は,総市場価値 を最大 にす る投資案の方 を選択する。 この こと自体は 自明の ことと思われ るか もしれな いが,「市場価値ルール」は, こうした決定が株主や債権者な どの立場の異 なる企業関係者の利害 にかなっていることを保証するものであ る。すなわち, 株主や債権者 に彼 らが好ましい と考 える投資案を尋ねな くて も,企業は 「市 場価値ルール」にしたがった意思決定 を行 っていれば,株主や債権者の個人 富の最大化 に寄与で きるのである。そ して, もしもこの総市場価値 を最大 に する意思決定が,実際 には,ある利害関係者の富 を最大にするが他の利害関 係者の富については最大化 しないものであった として も,企業の意思決定 と
しては問題はないことになる。具体的には,企業 が発行する負債 が危険負債 であ り,経営決定の結果その負債 に対 して債務不履行の可能性が生 じる場合 には,企業の総市場価値最大化 と株主 ・債権者それぞれの富の最大化 とが一 致 しないこ とが起 こりうる。そ うであって も,企業は 「市場価値ルール」 に 基づ く決定 を行 えば よい。 これはなぜだろうか。
フ ァーマ ‑ミラーは, この理 由を次の ように述べている。5) 「当該企業の 債権者 と株主は, 1グループの富だけを増加 させ他のグループの富を増加 さ せない ような経営決定の効果 については,お互いに自由に補 い合 うことがで きる。」そ して,「お互いに自由に補 い合 う」 とい う点については, これ ら利 害関係者間の 「サイ ド ・ペ イメン ト」 によって可能である と説 明する。逆 に
「サイ ド ・ペ イメン ト」が除外 され る ときには,総市場価値最大化は,両者 の個 々の富 を最大化で きない とも主張する。 こうした内容を,フ ァーマ ‑ミ ラーは,次の数値例 を用いて説明す る。6)
いま,離散的な2期モデルにおいて,企業は第 1期首で相互排他的な経営
計画aお よびbに直面 している。単純化のために,第 1期での新規投資に伴 う追加資金 Ⅰ(1)はゼ ロ とし,また第 2期の世界の状態は状態 1と状態2の 二つだけである とする。そ して,次の ように 「条件付請求権」の価格を定め てお く。
p(1):状態 1が第2期で生起 した場合 にのみ1ドルを受け取 ることので きる 「条件付請求権」の第 1期価格。
p(2):状態 2が第 2期で生起 した場合 にのみ 1ドルを受け取 ることので きる 「条件付請求権」の第 1期価格。
ここでは,p(1)‑ p(2)‑0.5ドル とする。
最後 に,当該企業は第 1期の時点で負債 を利用 してお り,その第 2期での 支払元利合計は,いずれの状態が生起 しようとも5ドル となるよう約束 され ているもの と仮定する。
以上の設定か ら,フ ァーマ ‑ミラーは,表 1を用いて,当該企業総市場価 値 を最大化するような生産計画が,株主 と債権者のそれぞれの富, この場合 は 自己資本価値 と負債価値の両方を,同時に最大化で きない場合があ りうる
とい うことを例示する。つま り,計画aは計画bとくらべて,当該企業総市 場価値 Ⅴ (1)を最大 にし負債価値B(1)も最大化す るが, 自己資本価値S(1)
を最大化す るものではない。一方,計画bは,そ もそ もⅤ(1)を最大化 しな いが,S(1)だけは最大化す る。 したが って,当該企業は,計画aおよびb のいずれを選択 した として も, 自己資本価値 と負債価値 を同時に最大化でき ないことになる。
表 1 ファーマ‑ミラーによる数値例
第2期支払可能総額 第1期市場価値 生産計画 状態1 状態2
V
(1) B(1) S(1)a 7 7 7 5 2
b 1 lO 5.5 3 2.5
(出所 :ファーマ ‑ミラー(1972)、180頁。)
この ように,株主の立場か らは 自己資本価値 を最大 にする計画が望ま しく, 他方では債権者の立場 か ら負債価値 を最大 にする計画が望ましい とい う場合 であっても,フ ァーマ ‑ミラーの 「市場価値ルール」 にしたがえば,当該企 業は総市場価値 を最大 にする意思決定を行 えば よいのである。それは, この 数値例では,Ⅴ(1)を最大化す る計画aを採用す ることであ る。 こうして, 当該企業 に よってⅤ(1) (‑S(1)+B(1))の最大化が図 られ るな らば,秩 主 と債権者 は,あ とは 自由に
S
(1)とB(1)の配分 を決めれば よいのである。この場合,計画aの もとで,債権者 が株主 に少な くとも0.5ドルの 「サイ ド ・ ペ イメン ト」を実行す る。その結果,株主 に とっては,計画aにおいて も計 画bと同等 の2.5ドルの 自己資本価値 をえ られ るこ とにな り,また債権者 も 計画bに くらべて よ り多 くの負債価値 を実現 しうることか ら,結局,当該企 業が計画aを採用することに関 しての両者の利害の不一致は解消するのであ
る。
もっ とも,ファーマ ‑ミラーによれば,「市場価値ルール」の適用 にあた っ て,数値例 の ようなケースは現実的 にはあま り重要ではない とされ る。7)そ れは,一般的 にいって,コス ト以上 に企業の総市場価値 を高め る投資機会は, 株式の価値 も高めるし現在の負債 に対する将来の返済能力 も高めるもの と考
え られ るか らである。 こうした ことか ら,ファーマ ‑ミラーは,株主 ・債権 者間の利害調整や 「サ イ ド ・ペ イメン ト」 に関 して, これ以上の言及は して いない。そ こで,次節では,ファーマ ‑ミラーの数値例の詳細な検討や 「市 場価値ルール」の もとでの利害調整 のあ り方 について,筆者の理解 による考 察を行 う。ただ,その前 に,「市場価値ルール」の意味合いを明確 にしてお く 必要がある。数値例では第 1期での追加投資がゼ ロ とされ るため,「市場価 値ルール」は単純 にⅤ (1)の最大化を意味 したが,実際に最大化 されるべ きは
Ⅴ(1)‑ Ⅰ(1)でなければな らない。 この点を,フ ァーマ ‑ミラーの記述 に基 づいて,簡単 に確認 してお く。8)
いま,企業が普通株 と普通社債のみを発行するもの とし,株主 も債権者 も
自らの富の最大化 に関心があるもの とする。次に,ある企業の第t‑1期発 行済み社債の第 t期での富の総量を WB,ill(i),第 t‑1期発行済み株式の 第 t期での富の総量をWs,i‑1(i)とすると,両者を合計 した結合富は,
WB,i‑i(i)+Ws,i‑1(i)‑lR(i)+Bt‑i(i)]+lD(i)+St‑i(i)]
‑V(i)‑I(i)+X(t) (い となる。 ここで,Bi̲1(i)およびSi̲1(i)は,それぞれ当該企業の第t‑1期 発行済み社債および株式の第t期市場価値,R(i)は当該社債の第t期利子額, D(i)k当該株式の第t期配当額,また V(i),I(i)およびX(i)は,当該企業
の,第t期総市場価値,第t期での経営決定に要する生産 ・投資額および第 t期正味キ ャッシュ ・フローを表す。
(1)式 において,X(i)k第 t期での経営決定には影響 されない もの と考え る と,当該企業は,V(i)‑I(i)の最大化 を通 じて WB,ill(i)+Ws,i‑1(i)の 最大化を図ることになる。すなわち,意思決定規準である 「市場価値ルール」
とは,V(i)‑I(i)を最大化する経営計画の採用を意味するものである。
3 株主 ・債権者間の利害調整のあ り方
前節のファーマ ‑ミラーの数値例は,株主 ・債権者間のエージ ェンシー問 題の観点か ら説 明すれば,債務不履行の危険性があ るときに株主 (経営者)
によって リスクの高い投資案が採用され うることを示 している。本稿の冒頭 で述べた ように,こうしたエージェンシー問題の存在 とその解決方法につい ては,すでに多 くの研究成果が蓄積 されている。 ところが,筆者の知 る限 り においては,ファーマ ‑ミラーの主張する 「市場価値ルール」の遵守 と 「サ イ ド ・ペ イメン ト」による調整 といった考 え方は, これ らの解決方法のなか には含まれていない。
い うまで もないことだが,そ もそ も,「市場価値ルール」は,債務不履行
の危険があ り利害の不一致が顕在化する とい うときに,当該企業総市場価値 を最大 にす る経営決定 をすべ きであ る と規定す るものではない。「市場価値 ルール」は どの ような状況にあって も,ただ単 に総市場価値最大化 を図る経 営計画の採用を求めているだけである。そ して, この規準が成 り立ち うるの は,財務的に主要な利害関係者であ る株主 と債権者の両者の結合富を最大化 で きるか らであ り,仮 にその決定が,株主か債権者のいずれかの富を最大化 で きなかった として も,最大化 された結合富を用 いた 自由な 「サイ ド ・ペ イ メン ト」によって,関係者間の利害がいかようにも調整 され うるか らである。
付言すれば, この ときの企業の意思決定者は,それが経営者であろうが株主 であろ うが
,
「市場価値ルール」に基づ く経営 に専念すれば よ く,利害調整 は当該関係者 に任せておけば よい とい うことになる。「市場価値ルール」 と 「サイ ド ・ペ イメン ト」 といった比較的簡単な利害 調整方法が, これまでの研究でほ とん ど注 目されなかった理 由は定かではな い。ただ, こうした考 え方 には,次 に指摘するような疑問点 も感 じられる。
まず
,
「市場価値ルール」の実行 にあた っては,利害関係者全員の合意が必 要 とされ る点である。なぜな ら,表 1の ような状況 においては,
「サ イ ド ・ペ イメン ト」 による自発的な調整が期待 されているわけであ り,全員が この ことを理解 した うえで総市場価値最大化で よしとする合理的理 由が見つか ら なければな らないためである。第二 に
,
「経営権」は誰 にあるのか とい う点 であ る。9)フ ァーマ ‑ミラーは,意 思決定者 として専門経営者 を念頭 におい ているが,それは株主のエージ ェン トとい う立場である と考 え られる。する と,やは り実質的な 「経営権」は株主 にある とい うことなのだろうか。最後 に,第‑お よび第二の疑問点 とも関わるが,
「市場価値ルール」の もとでは,どの主体が どの ような場合に 「サイ ド ・ペ イメン ト」を行 うりだろうか。
前述の ように,フ ァーマ ‑ミラーは
,
「市場価値ルール」 と 「サ イ ド ・ペ イメン ト」の関連 について詳細な説 明を行 っていない。そ こで,以下では, 筆者の理解 に基づ き, これ ら疑問点を含めた,株主 ・債権者問の利害の不一致問題 とその解決方法をあ らためて検討する。
第一の疑問点,すなわち利害関係者全員の合意 とい う点では,十分に説得 力のある説 明は難 しい。 フ ァーマ ‑ミラーの記述では,「少ない よりも, よ
り多 くの富 が好 まれ る。」 とい う一般 的な捉 え方 が示 されてい る。10)そ し て,全体の文脈か らは,企業の総市場価値最大化を通 じて達成 された全体の 富の もとで,関係者間の利害は 自由に調整 され うるのだか ら,各利害関係者 が 「市場価値ルール」 に合意することは可能である と考 えているように思わ れる。
この疑問点に関 して,筆者は もう少 し積極的な意味合いか ら説 明を試みた い。理解 しやすい ように,再び表 1を検討す る。 この数値例で, もしも計画 bが採用 されるとしたな らば どの ようになるだろうか。 この計画を知 った債 権者は,フ ァーマ ‑ミラーによれば,0.5ドルあるいはそれ以上最大 2ドル までの 「サイ ド ・ペ イメン ト」を株主 に支払 って,計画aの採用 を促せば よ いのである。
しかし, この ことは次の ようにも解釈で きる。 この とき,債権者は直ちに 2.5ドルの支出で全株式 を取得 し,すなわち企業全体 を取得 し,その うえで 計画aを実行す る。す る と,Ⅰ(1)‑0なので,その時点で当該債権者の持 分市場価値 はⅤ(1)‑7ドル となる。 こうした行動 によって,債権者は,2.5
ドルの支 出 ともともとの計画bでの負債価値 3ドル を差 し引いて も1.5ドル の価値の増加を手に入れることがで きる。 ここで債権者は, こうした株式取 得にあたって,最大4ドルまで支払 うことができるだろう。 もちろん,株主 は,債権者か らの この申し出を受け容れるはずである。 この ように,債権者 による自らの持分市場価値最大化行動 を考 えるな らば,そ もそ も計画bが実 現することはあ りえない。そ して, この結果 もた らされる株主 と債権者の第 1期での富の配分は,計画aが採用 され債権者か ら株主への 「サ イ ド ・ペイ メン ト」が実行 された場合 と全 く同一 となる。つま り,「サ イ ド ・ペ イメン ト」が実行 される ときにそれが0.5ドル,また債権者 による株式取得が実行
される ときにその提示額が2.5ドルであった とす る と,いずれの方法 によろ うとも自己資本価値 は2.5ドル,負債価値 は4.5ドル となる。
結局 ,実現 され るのは計画aであ り,それは 「市場価値ルール」 お よび
「サイ ド ・ペ イメン ト」があろうがなかろうが変 わ らない。そ して,その と きの株主 ・債権者間の富の配分が,債権者 による 「サイ ド ・ペ イメン ト」の ケース と債 権者 に よる株式取得のケース とで完全 に一致 す る限 りにおいて は,債権者 に とって この二つの方法で優劣はな く, どち らで行動す ることも 無差別 とな るだろう。 また, これは株主 に とって も無差別なことが らである ため,当該企業の意思決定 として,「市場価値ルール」 に基づ き最初 か ら計 画aを採用 した として も,両者の合意は十分 にえ られるはずである。
次に,二 つめの疑問点 として,企業の 「経営権」が誰 にあるのかについて 考 える。一般 には,「市場価値ルール」の もとで も,株主 に 「経営権」があ る と理解 して よいだろう。 しか し,株主および債権者,あるいは経営者 も含 めたすべての利害関係者が,「市場価値ルール」の適用 に合意 しているな ら ば,実際には どの主体 に 「経営権」があろうともかまわないことになる。す なわち 「経営権」を もつ主体が,当該企業総市場価値 を最大化す るように経 営決定 を行 えば よい とい うだけの ことである。 この点をもう一度表 1で確認 する。
もしも,一般的に理解 されるように株主が 「経営権」をもっている とする な らば,表 1の数値例 では,一見す ると,彼 らに よって 自己資本価値 を高め る計画 bの方が採用 されるのではないか と解釈 しがちである。 しか し,前述 の ように計画 bが実現 されることは決 してあ りえない。すなわち,債権者は, 直ちに株主 か ら当該企業を買い取 り,債権者 自らが 「経営権」を保有 して計 画aを採用 すれば よいか らである。この ように,仮 に当初は株主が 「経営権」
をもっていた として も,その権利は即座 に債権者 に移 る。結局,本来の取 り 決め としていずれの主体 に 「経営権」があろうとも,その こと自体はあま り 重要 ではな く,結果 として総市場価値最大化 を図 る主体 がそれを保有す る
ことになるはずである。R.H.コース教授の議論 に基づ くいわゆ る 「コース の定理 (theCoaseTheorem)」になぞ らえて この内容をいいかえれば,企 業経営に関する当初の権利配分が どうであって も,最終的には「市場価値ルー ル」に したがった資源配分が実現 される, となるだろう。11)また,付言すれ ば,「市場価値ルール」 にしたがった経営決定は,社会的にみて も望ましい のである。
最後 に,「市場価値ルール」の もとで, どの主体 が どの ような場合 に 「サ イ ド ・ペ イメン ト」を行 うのかについて考察する。再びファーマ ‑ミラーの 数値例を用いて,それを表 2の ような経営計画に改めてみ よう。ただ し,表 1と同様 にⅠ(1)‑0とするので, この経営計画は実質的には生産計画 とな っている。 ここで,計画aは表 1と同一であるが,新たに加えられた計画C
は,総市場価値 および 自己資本価値の最大化 に失敗 している。 このケースで は,「市場価値ルール」 をもち出すまで もな く,明 らかに計画aが採用 され
る。 また, この とき 「サイ ド ・ペ イメン ト」は行われない。
次に,表 3は表 1とほぼ同内容であるが, 自己資本価値 については計画a も計画dも等 し く2ドル となるため,株主 に とっては, どち らの決定で もか まわない ことにな っている。 この場合 も,採用 され るのは計画aであ り,
「サ イ ド ・ペ イメン ト」の必要性 も生 じない。 さらに, この決定は 「経営権」
の配分 とも無関係である。なぜな ら,すでに述べた ように,仮に株主 に 「経 営権」があ り, 自己資本価値 については計画aと計画dの間で無差別である ため,たまたま株主 によって計画dが選択 され ようとしていた として も,そ の ときには債権者が2ドルの資金で 「経営権」を手 に入れ計画aを実行すれ ば よいか らである。
表 1のフ ァーマ ‑ミラーの数値例 も含めて, これまでの検討例 は,「市場 価値ルール」の適用 に何 ら障害を もた らす ものではなかった と理解 される。
しか し,表 4のケースは,「経営権」が どの主体 にあ るのか とい う疑問点を 再び考慮する と, もう少 し慎重 に検討 されなければな らない。表 4の計画C
表2 数値例の検討 (1) V,B,Sの最大化 第2期支払可能総額
生産計画 状態1 状態 2
第 1期市場価値
Ⅴ(1) B(1) S(1)
a 7 7 7 5 2
C 5 5 5 5 0
(ファーマ‑ミラー (1972)の数値例に基づき,筆者が作成。)
表3 数値例の検討 (2) V,Bの最大化 .Sは同一 第 2期支払可能総額
生産計画 状態 1 状態2
第 1期市場価値
Ⅴ(1) B(1) S(1)
a 7 7 7 5 2
d 1 9 5 3 2
(77‑マ ‑ミラー (1972)の数値例に基づき,筆者が作成.)
表4 数値例の検討(3)V,S の最 大化 第2期支払可能総額
生産計画 状態1 状態2
第 1期 市場価値
Ⅴ
( 1 )
B (1) S (1)C 5 5 5 5 0
e 3 11 7 4 3
(ファーマ‑ミラー (1972)の数値例に基づき,筆者が作成。)
表5 数値例の検討(4) Vが同一となるケース 第2期支払可能総額
生産計画 状態 1 状態2
第 1期市場価値
Ⅴ(1) B(1) S(1)
a 7 7 7 5 2
e 3 11 7 4 3
(ファーマ‑ミラー (1972)の数値例に基づき,筆者が作成。)
と計画eを くらべる と,計画eは総市場価値 を最大化 し同時に自己資本価値 も最大化するが,負債価値の最大化 には失敗 している。 これは,計画eが, 状態 によっては債務不履行が発生す るような危険の高い生産計画であ り,ま たそ こで,債権者か ら株主への富の移転あるいは株主による債権者の富の収 奪が起 こるためである。 この とき,株主 に 「経営権」があ り,彼 らによって 計画eが選択 されるな らば,実際に債権者か ら株主へ 1ドルの富の移転をも
た らす ことになる。
一方で,この計画を中止させ計画Cを実行 しようとす る債権者 がいるとし たな らば,彼 らは最大1ドルまでを株主 に 「サイ ド ・ペ イメン ト」すること がで きる。 しかし,この話は明 らかに株主 に とっては受け容れ られない。つ ま り,債権者か ら株主への 「サイ ド ・ペ イメン ト」は発生 しえない。 これに 対 して,株主か ら 「経営権」を買い取 り債権者 自らが計画eを実行するとい う想定では,その買い取 り額が3ドル未満であれば株主はこれに応 じないが, ち ょうど3ドルであれば株主は これを受け容れることがで き, この買い取 り 交渉は成立する余地がある。 このケースでは,実際 に債権者は最大3ドルま でを支払 うことが可能であ り,その金額で 「経営権」を取得することは可能 である。 この ように,当初は株主が 「経営権」をもっていた としても,債権 者が これを買い取 って経営計画を実行 する とい う方法は成立 しうる。ただ し, 計画eが もた らす富の配分は不変のままである。つま り,依然 として負債価 値は4のままであ り, 自己資本価値は 3のままである。
この内容は,いわゆる 「コースの定理」 における配分の不変性 に沿 うもの と理解 される。12)ただ, もしもこの状況が,株主 と債権者の間で,富の配分 上不都合な もの と認識 されるな らば,た とえば計画eの もとでは,株主が債 権者 に 1ドルの 「サイ ド ・ペ イメン ト」を行 うとい うかたちでの調整が起 こ
りうる。 この例では,追加投資資金はゼ ロであるため,計画Cと計画eの比 較 において,株主は何 ら負担することな く総市場価値 を5ドルか ら7ドルに 高め るこ とがで きるわけなので,計画eを採用す るのが当然 である として
も, 自己資本価値 を3ドルにまで高める必要はない。 したがって, 自己資本 価値 を2ドル とし負債価値 を5ドル とするように,1ドルの 「サ イ ド ・ペ イ メン ト」を行 った として も,株主 に とっては問題 とな らないはずである。結 局,総市場価値 を最大化する計画eの採用は,株主 と債権者の間で合意をえ られる決定 とな りうるだろう。ただ し,厳密 にいえば,この ような理解での
「サイ ド ・ペ イメン ト」は,一種の補償原理 に基づいて行われているもの と 考 え られる。13)この点 については,本稿では詳述 しない。本稿で明 らかにさ れる内容は,ファーマ ‑ミラーの理論体系における 「市場価値ルール」では, 総市場価値最大化の後 に利害関係者間でいかようにも富の再配分が可能であ
る とい うものであ り,それは実際に 「サイ ド ・ペ イメン ト」によって可能で ある という点である。 また,「市場価値ルール」は, こうした意味合いを も つがゆえに,企業の意思決定規準 としてすべての利害関係者か ら容認 される のであ る。
こうした論点はひ とまずおいてお き,表4に戻 る。実は,表 4のケースの 説 明で,「市場価値ルール」のなかに 「経営権」の問題をもち出すのは適当で はない。筆者の理解では,本来の 「市場価値ルール」の意味合いは次の よう に説 明され る。
もし,計画Cが採用 される ときには, この こと自体は実際には起 こりえな いが,まずそ うい う想定をすべ きである。 もし,計画Cが採用 される ときに は,株主は債権者 に1ドルの 「サイ ド ・ペ イメン ト」を支払 って計画eの実 行 を促すことがで きる。また,本稿の解釈では,株主は直ちに5ドルで全負 債 を償還 し持分全体を手 に入れてか ら計画eを実行することもで きる。つま り,仮 に総市場価値 を最大化 しない ような計画Cが採用 され ようとして も, 必ずその決定 を覆す ような利害関係者の行動, この場合は株主の行動が存在 し, この ことを前提 とすれば,当該企業の意思決定 としては,総市場価値 を 最大化する計画eを実行する以外 にはあ りえない。逆 に,今度は計画eの採 用 を拒む債権者がいた とするな らば,彼 らは彼 らで計画Cの実現 をめざ して
最適化行動を取 ろうとするだろう。しかし,すでに述べた ように,「サイ ド ・ ペ イメン ト」は拒絶 され, したがって計画Cは実現で きず,それでは当該企 業を買い取 って 自らが計画eを実行 した として も,せいぜいその結果は, も ともとの計画eの配分が達成 されるにすぎない。債権者の この ような行動を 前提 とすれば,この場合 も当該企業は計画eを実行すれば よい。この ときルー ル としては明示的ではないが,いわば一種の規範 として,利害関係者間の, ここでは株主か ら債権者への 「サイ ド ・ペ イメン ト」が可能であればそれで よいのである。
この ように,「市場価値ルール」は,利害関係者の想定 され る最適化行動 の末に成立する選択結果が,保証 されるように取 り決め られた一 つの企業行 動規準であ り, この点で関係者間の合意がえ られ る規準であ る。「市場価値 ルール」の設定によって,つま り,その ことだけで,関係者の利害は十分 に よ く調整 されているはずである。あるいは,関係者は,そ うした理解の もと で,当該企業の株主や債権者 になっていると述べる方が適当であるかもしれ ない。
ところで, これまでの考察か らも理解 され ることであるが,「サイ ド ・ペ イメン ト」の実行 には,交渉の要素が含 まれている と考 えられる。この点は, 表5の ように,Ⅴ(1)が同一 となるケースで よりい っそ う明白になる。 この
とき,計画aも計画eも7ドルの総市場価値 を実現するが,計画aは 自己資 本価値の最大化に失敗 し,計画eは負債価値の最大化 に失敗する。株主や債 権者が 自己の富の最大化 にのみ関心がある状況では,株主は最大 1ドルまで を債権者 に 「サイ ド ・ペ イメン ト」 して計画aの採用 を図 り,一方債権者 も 最大 1ドルの 「サ イ ド ・ペ イメン ト」で計画eの実現をめざす と考えられる だろう。
こうした 「サイ ド ・ペ イメン ト」交渉の結果,いずれの決定がなされて ど ういった配分が成立すべ きであ るのかについては,「市場価値ルール」は全
く何 も主張 していない。 とい うよ りも,「市場価値ルール」の もとで,交渉
の結果何 らかの決定 が行 われ る と考 えるのは誤 りであ る。 明 らかなのは,
「市場価値ルール」の もとでは,計画aと計画eは無差別であ り, したがっ て,いずれで もよいが ともか く決定がなされる とい うことである。そ して, 決定の後の配分は,関係者間の 「サ イ ド ・ペ イメン ト」を通 じて, ここでの 企業の決定 とは無関係 に, 自由に調整 され る とい うものであ る。 つま り,
「サ イ ド ・ペ イメン ト」における交渉 といって も,それは交渉ゲームの よう な複雑 な調整過程 を必要 とするものではな く,単 に所与の経営計画の もとで どの ように富の再配分 を行 うか とい った内容 にす ぎない と考 え られる。それ は,た とえば,計画aが決定 された ときには債権者 か ら株主へ 1ドル以下の, おそ ら くは0.5ドル程度の 「サ イ ド ・ペ イメン ト」が行われ,逆 に計画eが 決定 された ときには,株主か ら債権者へ同様の 「サイ ド ・ペ イメン ト」が行 われる とい うものであ る。繰 り返すが, この体系では,株主 も債権者 も, こ
うした意味合いを十分 に理解 して 「市場価値ルール」に合意 しているはずで ある。 そ して, このルールの もとでは,「経営権」の配分は何 ら問題 とされ ないのである。
4 理論的考察
以上の議論 は,債務不履行の危険性がある相互排他的経営決定 に直面する, 当該企業の株主 と債権者間の利害の不一致の問題 に関わっていた。 しか し,
ここで検討 された 「市場価値ルール」と 「サイ ド ・ペ イメン ト」の考 え方は, より一般的な経営上の問題やさらには,制度,市場,企業,組織 な どの体系 的な分析へ と応用可能な ものである。この とき,筆者は,とりわけ 「サイ ド ・ ペ イメン ト」・概念の重要性を指摘 したい。以下では, こうした応用可能性 を 視野 に入れなが らい くつかの論 点を取 り上 げて考察す るが,依然 として株 主 ・債権者間の問題が登場することになる。なぜな ら,前述の ような制度的 分析 にあた っては,まず この両者間の関係か ら明 らかにしてい くことが有用
だ と考 え られるか らである。そこで,簡単にこれまでの理解を確認 してお く。
表 1か ら表5までをみると,表2を除いては,相互排他的生産計画のうち 少な くとも一方は債務不履行 となる可能性をもっている。「市場価値ルール」
は表 2のケースも含めて,すべての場合において企業総市場価値 を最大化す べ Lとい う意味内容である。一方,「サイ ド ・ペ イメン ト」については,そ の最大化決定が,株主 もしくは債権者の受け取 る第 1期市場価値のいずれか 一方を最大化できなかった場合に,その必要性が認め られるものである。 こ の点は表6に要約 される。なお,説明の都合で表 1の順序は入れ替えた。
株主 ・債権者問の利害の不一致が生 じるのは,表 1,表 4および表 5であ り,これ らのケースでは調整手段 として 「サイ ド ・ペイメン ト」が必要 とさ れる。また,ここで認識 される利害の不一致 とは,直接的には 「経営権」の 問題から生 じるものではな く,純粋に株主 と債権者双方の最適化の動機から 生 じるもの と理解 されている。それは本稿の設定では,個人富の最大化,つ ま り第 1期 自己資本価値 および第 1期負債価値それぞれの最大化の追求には かな らない。そ して, この最大化行動を保証 し,結果 として到達するであろ う両者の利害の一致点を 「サイ ド ・ペ イメン ト」を通 じて達成 しようとする のが,「市場価値ルール」である。
以上が,本稿の主要な整理であるが,株主 ・債権者間の利害の不一致の問 題は,すでに周知の 「企業のエージェンシー理論」か らも説明されている。
表6 市場価値 ルール適用後 の状況 とサ イ ド ・ペ イメン トの必要性 決定計画
Ⅴ
(1) B(1) S(1) サ イ ド ・ペ イ メン ト 表 2 a 最大 最大 (債務履行 ) 最大 不要表 3 a 最 大 最大 (債務履行) 同一 不要
表 l a 最大 最大 (債務履行) 失敗 必要 (債権者 か ら株主へ) 表 4 e 最大 失敗 (債務不履行) 最大 必要 (株主 か ら債権者へ) 表 5 aかe 同一 一方 が最大,一方 が失敗 とな る 必要 (株主 ・債権者双方 向)
(筆者 が作成。)
すなわち,表 1,表 4および表 5のケースでは,株主によるリスクの高い経 営計画の選択やそれに伴 う債権者か ら株主への富の移転 といった問題が起 こ
り,また本稿では取 り上げていないが生産 ・投資計画が相互排他的でない場 合には過少投資の問題が起 こるな ど,株主 ・債権者間のさまざまなシチ ュ エーシ ョンでさまざまな 「エージェンシー問題」が指摘 される。 さらに,そ こで発生する 「負債のエージェンシー ・コス ト」が,資本調達や資本構成の 問題に深 く関わってい くのである.14)そ して,「企業のエージ ェンシー理論」
は,こうした利害を調整 し,コス トを低下 させるうえで,財務制限条項の付 加が必要であるとか転換社債 ・ワラン ト債は情報伝達や立場の統一を図る手 段 として機能するであるとかの,現実の財務手段の意味合いを分析するにま で至 るのである。 もちろん,「エージ ェンシー ・アプローチ」は, こうした 理論研究に とって間違いな く有用である。
しか し,「エージ ェンシー ・アプローチ」では,エージ ェンシー といって いることか らもわかるように,そこには本稿でい う 「経営権」の概念が明 ら かに存在する。つま り,株主 ・債権者間の問題に限っていえば,株主に 「経 営権」がある。そして,株主が自己の利害を追求する経営決定 を行 う結果, 債権者の利害が損なわれるという図式で問題の発生が認識 される。 これは, 現実的にそ うであって,分析の進め方 自体は全 く問題視 されるものではない。
筆者 自身 も,これまでは 「エージェンシー ・アプローチ」に基づ く財務論研 究を行 って きた。ただ,制度のなかの企業の存在 と存続,あるいは制度その ものの存在 と存続,そして最 も広げると市場の存在 といった観点を踏まえる と,「エージ ェンシー ・アプローチ」では必ず しも十分な説明がで きないの ではないか との疑問が生 じる。
た とえば,次の ように考 えるとどうであろうか。「経営権」のある株主が 債権者の利害に反する決定を続けたな らば,今後そのような企業に資金提供 する債権者はいな くなるだろうし,当該企業の存続 も危 うくなるだろう。あ るいは,状況によっては,資産の有効活用を提案する外部者に 「経営権」を
奪われる可能性 もある。 この ような論理展開では,明 らかに企業だけでな く 市場の存在 も視野 に入れている。
もちろん
,
「エージ ェンシー ・アプローチ」では, こうした株主 ・債権者 間の利害の不一致 といった事態を回避するうえで,前述の財務制限条項や監 査制度や取締役会な どの制度的工夫があ り,他方 「乗 っ取 り」や 「レバ レッジ ド ・バ イアウ ト」な どの市場の脅威が一種の抑止力にもなっているのだ と 説 明され るだろう。 とい うよりも,む しろ
,
「経営権」 を もつ株主のそ うし た横暴を知 った債権者 によって,事前 にそれに見合 う高い利子率が要求され るな どの 「負債のエージ ェンシー ・コス ト」が発生するので,それを最小化 するよう財務制限条項 な どの工夫がなされている と説 明する方が よいかもし れない。いずれにして も,
「エージ ェンシー ・アプローチ」 による議論では, 何 らかの制度的対応や企業内外のメカニズムな どがあって,それ らが利害の 不一致の解消に役立 っている と考 えるのである。そ して,そ こでは市場の機 能について も確 かに考慮 されている。ただ,さらに次の ように考 えるとどうであろうか。現実に株主が 「経営権」
を保有す るとして,なぜ彼はそうまでされて,結果的には 自己資本価値の最 大化つま りは彼の富の最大化を阻止 されなければな らないのだろうか。 もし
もその理 由が,何の補償 もな しに債権者か ら株主への富の移転を もた らすた めである,換言すれば彼の行動が債権者の富の最大化を妨げるためであると いうことであるな らば, この ことを解消する誘因はむ しろ株主本人にあるの ではないか。すなわち
,
「経営権」を もつ株主本人 に,債権者 との利害調整 に有効な何 らかの手立てがあれば,当該株主は 自らこの方法を用 いて調整を 図 るはずである。15)なぜな らこの問題 が,明 らかに彼 自身の富の最大化に関 わっているか らであ る。企業のエージ ェンシー問題あるいは 「エージ ェンシー ・コス ト」の問題が, 債権者の富の最大化 に関わる問題である とするな らば,それは間違いな く株 主 に とっての富の最大化 にも関わる問題である。 この意味では, こうした間
題 において,た とえば企業 における 「エージ ェンシー ・コス ト」の最小化で ある とか
,
「エージ ェンシー ・コス ト」を発生 させない工夫であ る とか,確 かにそれ らは企業価値の最大化 につながるのではあるが,いずれにして もそ うした観点 を取 り上げ る前に,まずは じめに株主や債権者の個人の最適化行 動が明 らかにされなければおか しい。 したがって,個人の効用最大化行動や 富の最大化行動な どの,個人の合理的行動の側面がまず明 らかにされなけれ ばな らないだろう。そ して, この文脈 において, こうした説 明 とは,標準的 な ミクロ経済分析 における市場の部分均衡 および一般均衡の議論 と本質的に 変わ らない。そのため,そ こでは 「パ レー ト効率性」な どの効率性概念やあ る種の補償 原理が必要 とされ る。「市場価値ルール」お よび 「サ イ ド ・ペ イ メン ト」についての, こうした点での詳細な検討は,すでに断 った ように本 稿では取 り扱わない。ただ,次の ような説 明を通 じて,本稿で論 じられた問 題が,市場 での合理的行動 と明確 に関わってお り, したがって この問題 に対 する市場を通 じた調整 メカニズム も,以下の ような文脈 に沿 って捉 え られな ければな らないのだ ということを指摘 してお く。た とえば表 1のケースで
,
「経営権」を保有す る株主が計画bを採用 しよ うとす るな らば,債権者か ら株主への富の移転が起 こる。 この ことは,すで に明 らかになった ように 「サイ ド ・ペ イメン ト」あるいは債権者 による株式 取得 によって回避 され る。ただ し,債権者 によるこうした行動がなかった として も,実は市場を通 じた合理的行動 を通 じて も解決 される。この意味では, 市場参加者 の行動が結果的には調整行動 となるのである。つま り,市場があ
らゆる意味で完全であ り,当該企業 による計画bの採用 とい う正確な情報を 知 った市場参加者 は,株主 に2.5ドル,債権者 に3ドルを支払 って当該企業 全体 を手 に入れ,直ちに計画aを実行す ることで1.5ドルの価値 の純増 をえ られることに気づ くはずである。市場参加者の誰 もが この ような行動,すな わち裁定行動 を とろうとするな らば, この価値の純増は実質的 にゼ ロにまで 縮小す る。容易に想像 されることだが,おそ らくその結果起 こ りうる,すな