アジアのジェンダーとリプロダクション
著者 白井 千晶
雑誌名 アジア研究
巻 別冊4
ページ 1‑236
発行年 2015‑03‑31
出版者 静岡大学人文社会科学部アジア研究センター
URL http://doi.org/10.14945/00010012
Asian Studies Special Issue 4 March 2015 Shizuoka University
アジア研究・別冊4
静岡大学人文社会科学部・国際シンポジウム報告集
アジアのジェンダーと リプロダクション
Gender and Reproduction in Asia
白井千晶 編
静岡大学 人文社会科学部 アジア研究センター
2015年3月
1
はじめに本報告書は、2015年2月7日~8日2日間にわたって開催された静岡大学人文社 会科学部主催の国際ワークショップ「アジアのジェンダーとリプロダクション」をまと めたものである。
周知のように、アジアのリプロダクションをめぐる状況は、グローバル化と近代化の 中で、急速に変容している。
本ワークショップでは、アジア諸地域における妊娠・出産の医療化(妊娠にさいする 生殖技術の利用、医学的な妊娠管理、出産への医療行為)、近代国家の人口政策(避妊、
家族計画、人工妊娠中絶への介入)に焦点を当て、アジアのリプロダクションとジェン ダーの現状とゆくえについて、各国、各領域の研究者が報告、議論した。
報告者は、これまで共同研究として、あるいは個人研究としてアジア各地のリプロダ クションをめぐる現状や歴史について、フィールドワーク、資料分析によって研究して きた諸研究者である。共同研究の成果は、『産む・産まない・産めない-女性のからだと 生き方読本』(松岡悦子編著、講談社現代新書、2007年)、『世界の出産-儀礼から先端 医療まで』(松岡悦子・小浜正子編著、勉誠出版、2011年)(前身として『アジア遊学』
119
号「アジアの出産 リプロダクションからみる文化と社会」)、『アジアの出産と家族 計画-「産む・産まない・産めない」身体をめぐる政治』(小浜正子・松岡悦子編著、勉 誠出版、2014年)などにまとめられてきた。今回、静岡大学が超領域研究推進としておこなっている「アジア学」に関連して、対 象地域をアジアに限定し、各セッションごとに議論の視角となるトピックスを定め、そ のトピックスから各国・地域の現状や歴史を報告し、クロストークするという段取りで ワークショップを開催した。生殖技術のセッションを設けるとともに、STS(Science,
technology and society
:科学技術社会論)の視点からリプロダクションを研究している保明綾先生をイギリスからお迎えして基調講演をおこなっていただくという、多角的な ワークショップを実現することができた。フィールドワーカーとしての貴重な資料と論 点を提示して下さった報告者・話題提供者の皆様、企画の段階から助言を下さった日本 大学の小浜正子先生に感謝申し上げる。
ライブなトークセッションでは、相乗効果的に興味深い話が飛び出した。したがって、
本報告書は、当日のセッションを編集し、配布資料等を添える形式で編集した。ぜひ当 日の熱気を感じていただきたい。
白井千晶(静岡大学)
2
ワークショップ・プログラム
2015年2月7日 12時~18時
基調講演 「科学技術社会論(STS)からみたリプロダクション」 ... 4
保明綾(マンチェスター大学・科学技術史・医史学) アジアにおける家族計画・避妊・人工妊娠中絶・月経 ... 54
田間泰子(大阪府立大学・社会学) ... 54
澤田佳世(沖縄国際大学・社会学) ... 62
「沖縄の生殖コントロール-米軍統治と
IUD・ヤミ中絶・家族計画」
小浜正子(日本大学・中国史) ... 78松尾瑞穂(国立民族学博物館・文化人類学) ... 89
「インドの家族計画と
IUD」
幅崎麻紀子(筑波大学・文化人類学) ... 103「家族計画を考える:ネパールの場合」 「生活環境の変化と月経文化の調整:ネパールの場合」 保明綾(マンチェスター大学) ... 115
「『人間的な』家族計画の地政学」 ディスカッション ... 134
意見交換 18~20時 2015年2月8日 9時~15時 アジアにおける不妊・生殖技術 ... 148
洪賢秀(東京大学医科学研究所・文化人類学) ... 158
白井千晶(静岡大学・社会学) ... 156
柘植あづみ(明治学院大学・医療人類学) ... 162
ディスカッション ... 165
アジアにおける出産 ... 174
松岡悦子(奈良女子大学・文化人類学) ... 174
「出産:自宅か病院か?」 洪賢秀(東京大学医科学研究所・文化人類学) ... 187
「韓国の出産と取り巻く背景」 白井千晶(静岡大学・社会学) ... 189
小浜正子(日本大学・中国史) ... 199
幅崎麻紀子(筑波大学・文化人類学) ... 202
ディスカッション ... 205
総合ディスカッション 7~8日ワークショップ報告者全員 ... 211
資料 ... 226
主催 静岡大学人文社会科学部 共催:リプロダクション研究会 企画・コーディネーター・司会 白井千晶(静岡大学)
場所 大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター(東京都港区麻布台)
3
開会の挨拶白井:このアジアにおけるリプロダクションとジェンダーをめぐる状況は、大変変化が 大きくて、人口爆発と人口抑制が言われていましたが、出産のあり方、また月経の認識 の仕方や家族計画のあり方、夫婦関係や家族のあり方、出稼ぎなどで家族の規模が小さ くなったり、就労の仕方が変わったり、農村内での関係性が変わったりと、とても大き な変貌が見られます。
そこで今回はアジアに焦点を当てて――ほかの地域は比較的に出てくるかもしれませ んが――、リプロダクションとジェンダーをめぐる状況についてセッションを設けまし た。かつては様々なセミナーや合宿、データセッションなどが熱心にあった時代もある と思いますが、そのようなイメージで、ホットな合宿形式に近いワークショップができ たらと思っています。
一つ目は家族計画・避妊・人工妊娠中絶と月経。身体をどのようにコントロールする のかということとも関わってくると思います。明日は不妊・生殖技術のセッションと出 産のセッションです。不妊治療や生殖技術をめぐって、どういう人が生殖技術を使うこ とを許されているのか。生殖技術はあればどんどん使うというわけではありませんので、
誰が技術を使うことを許されているのかというような話題になっていくかと思います。
次に出産です。出産についても変貌が大きくて、例えば最近の松岡悦子さんの著書で すと、インドネシアの助産婦が、とても忙しいので、自分で儀礼に参加しなくなって、
女の役割であるその儀礼の食事を作っていられないので、お金を払って免除してもらう というようなことが書いてあります。そのような形で、出産の在り方というのが人々の 暮らしやコミュニティーの在り方と関わっていると思いますので、明日はそのような話 もできたらと思っています。
参考に、出生動向、人工妊娠中絶に関する法律など各種資料を揃えました(巻末に一 部抜粋して掲載)。どのような人が法的に人工妊娠中絶することを許されているのか。
合法ではない中絶もあると思いますが、いわゆる中絶率というのも各国さまざまです。
現在、世界の中絶のほとんどが中国でおこなわれています。
それから興味深い新聞記事も紹介します。例えば今回アジアを取り上げますけれども、
これはブラジルの記事です(巻末資料に記事タイトルを掲載「帝王切開による出産「大 流行」のブラジル、政府が歯止めの取り組み」2015年
1
月12
日)。ブラジルではとて も帝王切開が多く、半分ぐらいは帝王切開になっているので、政府が歯止めの取り組み を行っているというようなニュースもありました。また、先日、中国で政府を相手取っ て強制堕胎について訴訟が起こったというようなニュースも出ていました。それからこ れもまた中国なのですが、母乳育児率が伸びないということが中国のニュースでありま して、また乳製品の汚染というのも日本で報道されましたけれども、それでも中国の母 乳育児率が伸びていないというニュースも入ってきています。このように多くの、産む・産まない・産めない、あるいは、身体をどのように捉えて いるのか、子育てをどうするのかといったようなことが大きく変わっている現代アジア で、どのような現状になっているのか、各国の専門の研究者の方々とデータを突き合わ せながら議論をしていければと思っています。
4
基調講演「科学技術社会論(STS)からみたリプロダクション」
マンチェスター大学人文言語文化学科講師 保明綾
[email protected]
1.はじめに
ご紹介に預かりましたマンチェスター大学の保明綾です。本日は、 「科学技術社会論(STS)か らみたリプロダクション」というタイトルで、英語圏の STS におけるリプロダクション関連の 研究動向について、現在の私の研究と関連づけつつお話したいと思います。これは、本ワーク ショップのオーガナイザーでいらっしゃる白井さんにご依頼いただいたテーマですが、私自身 も、かねてよりきちんとまとめたいと考えていた内容ですので、このような機会をいただきま して、大変ありがたく思っております。白井さんどうもありがとうございます。
本発表の流れですが、まず、科学技術社会論(STS)におけるリプロダクション関連の先行研究 を、経時的に、とくに本テーマとの関連が深いものに焦点をあてて紹介して、そのうえで、私 自身の研究について話したいと思います。ご存じのかたもいらっしゃると思いますが、英語圏 の STS における、リプロダクション関連の研究には、既に 30 年以上の蓄積があります。しか し、日本できちんと取り上げられて、議論されているものは、その中のごく一部でしかありま せん。そこで今日は、少しでもこの分野の多様性や奥深さをご紹介できれば、と考えています。
とはいいましても、時間に限りがありますし、STS 研究の対象となるリプロダクション関連の トピックは、避妊具から代理出産に至るまで、非常に多様ですので、残念ながら、とてもすべ てを網羅することはできません。そこで今回は、私の現在の研究テーマとの関連が深い、家族 計画や国際貢献に関する研究に焦点をあてて話をしたいと思います。他の分野については、こ のワークショップ中に機会があればご紹介したいと思いますが、さしあたり参考となる文献リ ストとして(レジュメの(1)—①にもありますように) 、Clarke 2008; McNeil 2007: 71-110
1を 挙げておきたいと思います。
さて、本題に入る前に、まずタイトルにある、 「科学技術社会論(STS) 」という研究分野につい て、簡単に説明したいと思います。日本語では近年もっぱら「科学技術社会論」と訳されてい る、この研究分野の名称は、英語の Science, Technology and Society の直訳で、その頭文字を並べ た STS という略語が、日本でも海外でも浸透しています。ただし、STS は同時に、Science and
Technology Studies の略語としても理解されています。つまり英語圏で STS と言うときは、 「科
学技術と社会の相互関係(Science, Technology and Society(STS) )を扱う Science and Technology Studies(STS)と呼ばれる専門領域」という二重の意味が含まれています。
1
Adele E. Clarke, “Introduction: Gender and Reproductive Technologies in East Asia,” East Asian Science, Technology
and Society 2, no. 3 (September 1, 2008): 303–26, doi:10.1215/s12280-008-9063-4; Maureen McNeil, Feminist
Cultural Studies of Science and Technology / Maureen McNeil., Transformations: Thinking through Feminism
(London: Routledge, 2007).
5
STS は、比較的歴史の浅い分野で、そのルーツは戦前(戦間期)とされていますが、一研究分 野として認識されるようになった発端は、戦後〜冷戦期にあります。というのは、戦後、1946 年、国連のユネスコ成立に象徴されるように、科学(サイエンス)が、国際社会が取り組むべ き課題のひとつとして位置づけられるようになったからです。学術界でも、科学知識の創造に ついて、あるいは技術システム(technological system)と社会のあり方についての批判的分析が、
社会学者や歴史学者、さらに科学者自身によって提示されるようになります。そして、1962 年、
トーマス・クーンの『科学革命の構造』が出版されました。このなかでクーンは、科学的事実
(facts)とは、自然の摂理を客観的に表したものというより、むしろさまざまな社会的前提を もつ「科学者共同体」の営みによって形作られた知識であると論じて、後の STS という学問の 理論的な基盤のひとつとなりました。
その後、科学技術を対象とした研究は、大きくわけて二つの分野に発展していきます。一つは、
Liberal Studies of Science で、イギリスではエジンバラ大学や、私の所属するマンチェスター大学
などが拠点となりました。この分野では、科学技術の実践や科学知の創造についての、歴史学、
哲学、社会学的な分析、考察が展開されました。もう一つは、サセックス大学の Science Policy Research Unit(SPRU)などが代表的な拠点となって展開した、科学政策研究です。Liberal
Studies of Science の各研究群とのつながりを保ちつつも、安全保障、コミュニティ、環境、倫理
などをキーワードとした、より政治的、経済的な課題に取り組むという特徴をもっており、さ らに、政策提言など実践的な科学技術管理を担ってきました。この二つが、1970 年〜80 年代、
英語圏および西ヨーロッパにおいて融合して、STS を形成していきました。
STS は、今では日本でもかなり定着していまして、STS 学会が設立されて 10 年が経ちます。そ の STS の第一の特徴は、やはり学際的アプローチ(interdisciplinary approaches) 、特に人文系と 理系の境界を越えた学際性にあるでしょう。そして STS はまた、学術界と社会をつなぐような 実践性に意識的な分野でもあります。そのため、STS の研究者の中には、政策提言に従事する ひともいれば、市民運動などに携わるひともたくさんいます。
2.科学技術社会論および科学技術史医療史におけるリプロダクションの研究動向
さて、以上をふまえて、STS からみたリプロダクション研究を、年代を追って順番に紹介した いと思います。まずは、STS の視座からのリプロ研究が台頭しはじめた、1980 年代から 2000 年前後までの諸研究について概観したのち、それ以降の研究動向と現在の課題について話した いと思います。2000 年あたりで分けた理由につきましては、区切りがよいという、私の独断も ありますが、2000 年以降に特徴的な動向がみられるためで、この点については、のちほど詳し くお話します。
なお、先にご説明しましたように、STS とは「科学技術」社会論なのですが、リプロ関連の研
究群の多くは、 「医療(medicine) 」も含んだ、いわゆる STMS 研究であることを、ここで付けく
6
わえておきたいと思います。科学的な裏付けを重視する現代西洋医学に基づいた営為としての
「医療」 、先端技術をもちいて行なわれる生殖技術、そしてこれらに還元してしまうことができ ない文化としての医療、といったことを考えれば、研究対象が必然的に ST&M となることはご 理解いただけるだろうと思います。
2—Ⅰ.2000 年代まで
それでは、まず、1980 年代から 2000 年ぐらいまでの研究動向についてお話したいと思います。
STS はもともと学際的なので、 「この研究をもって STS のリプロ研究の嚆矢とする」と主張する ことも、合意を得ることも難しいのですが、少なくとも家族計画や国際貢献に関わるところで は、まず 1970 年代の英語圏の学術界で、3 つの大きな動きがありました。そして、そこから STS リプロの研究が派生したという経緯があります。
その三つのうちの一つ目が、1970 年代に第二波フェミニズムの一環として欧米で起こった「女 の健康運動(women’s health movement) 」です。これは、荻野美穂さんの『女のからだ』 (荻野
2014: 17-64)
2にも詳しく書かれていますが、女のからだと健康にかかわるあらゆる問題にとり
くんだ運動でした。男性が大半を占める現代医療によって、女のからだが支配されている、管 理されている、という認識のもと、フェミニズムに共鳴した女たちが、自身のからだを取り戻 すことを目的とした運動です。
この「女の健康運動」に共鳴して、学術界からも、女性の生殖に関する人文・社会学的研究が 出てきました。当時はまだ新しかった女性学では、フェミニズムの見地から女性の生殖を分析、
議論する研究者が活躍しはじめました。また、同じく新興分野であった STS でも、生殖医療や 生殖技術の分析に着手する研究者たちが現れました。なかには、のちの研究につながる、非常 に重要な視座を示したものもありました。たとえば、女性の身体にまつわるさまざまな事がら が、過剰に医療化されていることへの懸念をあらわした Arditti ら 1984(e.g. Arditti et al. 1984;
Bruce 1987; Holmes ed. 1992)
3や、IUD などの生殖技術が、国際的な「人口抑制」運動という文
脈で流通して、女性の健康を脅かしていると論じた Tone 1999( Tone 1999; Hardon et al. 1997;
Hartmann, 1995; Greenhalgh ed. 1995; Ginsburg and Rapp 1995; Correa 1994; Gordon 1990; Arditti et al.
1984)など
4です。これら一連の研究は、1980〜90 年代に隆盛を極めましたが、当時のリプロ
2
Miho Ogino, Onna No Karada (Tokyo: Iwanami Shoten, 2014).
3
Helen B. Holmes, Issues in Reproductive Technology (New York: New York University Press, 1994); Judith Bruce,
“Users’ Perspectives on Contraceptive Technology and Delivery Systems Highlighting Some Feminist Issues,”
Technology in Society Technology in Society 9, no. 3–4 (1987): 339–58; Rita Arditti, Renate Klein, and Shelley. Minden, Test-Tube Women: What Future for Motherhood? (London; Boston: Pandora Press, 1984).
4
Anita Hardon, ed., Monitoring Family Planning and Reproductive Rights : A Manual for Empowerment (London: Zed,
1997); Andrea. Tone, “Violence by Design: Contraceptive Technology and the Invasion of the Female Body,” in Lethal
Imagination Violence and Brutality in American History., ed. Michael A. Bellesiles (New York University Press, 1997),
373–91; Faye D. Ginsburg and Rayna Rapp, eds., Conceiving the New World Order : The Global Politics of Reproduction
/ Edited by Faye D. Ginsburg and Rayna Rapp. (Berkeley ; London: University of California Press, 1995); Susan
7
関連の STS 研究に対して、反射的、つまり自省的な批判を示した研究者もいました。とりわけ、
サラ・フランクリンとモーリン・マクニールは、フェミニズム研究者自身も、女性の生殖機能 や生殖経験を本質化(essentialize)しないで、また、男性の支配下にある企業組織的な科学が 作り上げた場(terrain)に安住することもせずに、フェミニズム独自の分野を開拓する必要が ある、とうったえています
5(Franklin & McNeil 1988: 559-560) 。それは、生殖技術が発展したり、
生殖医療の知識や情報が作り出されたりすることが、女性の選択やからだの管理にどう作用し ていくかを明らかにする必要を理解していたからでした。
STS におけるリプロ研究の発展をうながした、二つ目の動きが、人類学、社会学、歴史学から リプロダクションを扱った諸研究です。まず、人類学では、伝統的に異文化を対象としてきた ので、異文化の生殖に関する研究はすでにあったのですが、生殖補助医療の黎明期に、異文化 という枠を超えたリプロダクションの研究が大きく発展しました。その理由は、この技術が、
人類学で古典的テーマとされている血族関係に、直接影響を与える医療技術だったからだとも いわれています(Edwards 1993; Strathern 1992)
6。一方、社会学では、生殖技術によって、社 会と自己の関係がどう変化するかを検討する、という動機が、リプロ研究を推し進めた要因の 一つでした。他方で、歴史学では、ミシェル・フーコーの『性の歴史』などの研究が、強い影 響を与えています。たとえば、Papps と Olssen のように、フーコーの概念を応用して、近代国 家や近代医療などの複雑な力学のネットワークのなかで、リプロダクションが重要視されるよ うになった過程を描いた研究(Papps and Olssen 1997。日本の事例では Terazawa 2003)
7が、
1990 年代に頻出しました。この、1990 年代という時期にはまた、これら全ての分野において、
リプロダクションの体験を語る女性の主観性や主体性に関する研究(Lock and Kaufert eds. 1998;
Davis-Floyd and Carolyn Sargen 1997)が数多く発表されています。
8三つ目の動きとして、私の専門である医史学・医療史でも、1970 年以降、リプロダクションを 扱った研究がたくさん発表されています。これらの研究は、大まかに 4 つのカテゴリーに分け
Greenhalgh, Situating Fertility : Anthropological and Demographic Inquiry (Cambridge: Cambridge University Press, 1995); Linda Gordon, Woman’s Body, Woman’s Right : Birth Control in America, Rev. and updated. (Harmondsworth:
Penguin, 1990); S. (Sonia) Corrêa and Rebecca Lynn Reichmann, Population and Reproductive Rights : Feminist Perspectives from the South (London: Zed Books, in association with DAWN, 1994); Betsy. Hartmann, Reproductive Rights and Wrongs: The Global Politics of Population Control and Contraceptive Choice (New York: Harper & Row, 1987); Arditti, Klein, and Minden, Test-Tube Women.
5
Sarah Franklin and Maureen McNeil, “Reproductive Futures: Recent Literature and Current Feminist Debates on Reproductive Technologies,” Feministstudies Feminist Studies 14, no. 3 (1988): 545–60.
原文は、’Feminists’ energy should be devoted to creating their own terrain and not just ways of inhabiting the one mapped out for us by male- dominated, corporate science’。
6
Jeanette Edwards, Technology of Procreation : Kinship in the Age of Assisted Conception (Manchester, UK ; New York:
Manchester University Press : Distributed exclusively in the USA and Canada by St. Martin’s Press, 1993); Marilyn Strathern, Reproducing the Future: Essays on Anthropology, Kinship, and the New Reproductive Technologies (New York: Routledge, 1992).
7
Elaine. Papps and Mark. Olssen, Doctoring Childbirth and Regulating Midwifery in New Zealand: A Foucauldian Perspective (Palmerston North, N.Z.: Dunmore Press, 1997); Yuki. Terazawa, “The State, Midwives, and Reproductive Surveillance in Late Nineteenth- and Early Twentieth-Century Japan,” US–Japan Women’s Journal 24 (2003): 59–81.
8
Margaret Lock and Patricia A. Kaufert, eds., Pragmatic Women and Body Politics (Cambridge: Cambridge University Press, 1998); Robbie E. Davis-Floyd, Childbirth and Authoritative Knowledge : Cross-Cultural Perspectives (Berkeley:
University of California Press, 1997).
8
ることができます。まず、 (い)リプロダクションを統計への影響力をもつファクターと位置づ けて分析した研究(e.g. Loudon 1992)
9—注:このカテゴリーにはいる研究は、比較的歴史人口 学と親和性が高いもので、フーコーのバイオポリティクスの概念にはあまり影響されていませ ん―、次に(ろ)生殖に関わる医療従事者のポリティクスを追った研究(Moscucci 1990, Borst
1995, Usborne 1996)
10、 (は)人類学・身体史・ジェンダー学などを取り入れた、学際的アプロ
ーチを適用して、さまざまな地域におけるリプロダクションの歴史を調べた研究――たとえば、
18 世紀からの、アメリカでの出産の歴史を追跡したジュディス・レヴィットの研究
11や、同じ くアメリカの、産児調節の歴史を、ジェンダーの視点から検討したキャロル・マッカンの研究
12などがあります。そして四つ目が、 (に)生殖可能な女性の身体と関連づけられる、母性の構築 とその医療化を検討したリマ・アップルやジャネット・ゴールデンなどによる研究
13があります。
今述べた 3 つの動きに連動、呼応して、1980 年代以降、科学技術医療社会論でのリプロ研究が 盛んになります。とくに、Marks、Davis-Floyd らなどのように、生殖医療の実践や生殖技術の 開発そのものに着目して、その過程がどのように社会文化と相互作用をもっているかを分析し た研究が、数多く発表されました(Marks 2000; Davis-Floyd and Dumit 1998; Franklin 1997;
Franklin and Ragoné 1998; Pfeffer 1993)
14。なかでも Clarke や Oudshoorn などは、性差を既存の 事実と位置づけていた生殖医学のもつジェンダー・ポリティクスが、医療実践や技術開発にど う作用していたか、作用しうるかを分析していて、この時期のSTSの重要な成果のひとつと なっています(Clarke: 1998, Oudshoorn 1994;Saetnan, Ourshoorn, Kirejczyk eds. 2000)
15。
9
Irvine. Loudon, Death in Childbirth: An International Study of Maternal Care and Maternal Mortality, 1800-1950 (Oxford; Oxford; New York: Clarendon Press ; Oxford University Press, 1992).
10
Cornelie. Usborne, “Wise Women, Wise Men and Abortion in the Weimar Republic: Gender, Class and Medicine,”
ed. Lynn Abrams and Elizabeth Harvey, Gender Relations in German History : Power, Agency and Experience from the Sixteenth Tp the Twentieth Century, 1996; Charlotte G. Borst, Catching Babies: The Professionalization of Childbirth, 1870-1920 (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1995); Adrian Wilson, Making of Man-Midwifery : Childbirth in England, 1660-1770 (London: UCL Press, 1994); Ornella. Moscucci, The Science of Woman: Gynaecology and Gender in England, 1800-1929 (Cambridge [England]; New York: Cambridge University Press, 1990).
11
Judith Walzer. Leavitt, Brought to Bed: Childbearing in America, 1750 to 1950 (New York: Oxford University Press, 1986).
12
Carole R. McCann, Birth Control Politics in the United States, 1916-1945 (Ithaca: Cornell University Press, 1994).
13
Rima D. Apple and Janet Lynne Golden, Mothers & Motherhood: Readings in American History (Columbus: Ohio State University Press, 1997); Rima D. Apple, “Constructing Mothers: Scientific Motherhood in the Nineteenth and Twentieth Centuries,” Social History of Medicine 8, no. 2 (1995): 161–78; Rima D. Apple, Mothers and Medicine a Social History of Infant Feeding, 1890-1950 (Madison, Wis.: University of Wisconsin Press, 1987),
http://site.ebrary.com/id/10256037.
14
Lara Marks, Sexual Chemistry : A History of the Contraceptive Pill (New Haven: Yale University Press, 2001); Robbie Davis-Floyd and Joseph Dumit, Cyborg Babies : From Techno-Sex to Techno-Tots (New York ; London: Routledge, 1998); Sarah Franklin and Helena Ragoné, Reproducing Reproduction : Kinship, Power, and Technological Innovation (Philadelphia: University of Pennsylvania Press, 1998); Sarah Franklin, Embodied Progress : A Cultural Account of Assisted Conception (London: Routledge, 1997); Naomi Pfeffer, The Stork and the Syringe: A Political History of Reproductive Medicine (Cambridge, UK; Oxford, UK; Cambridge, MA: Polity Press ; Blackwell Publishers, 1993).
15
Adele. Clarke, Disciplining Reproduction Modernity, American Life Sciences, and “the Problems of Sex” (Berkeley:
University of California Press, 1998),
http://search.ebscohost.com/login.aspx?direct=true&scope=site&db=nlebk&db=nlabk&AN=8677; Nelly
Oudshoorn, Beyond the Natural Body: An Archaeology of Sex Hormones (New York; London: Routledge, 1994); Ann
Rudinow. Saetnan, Nelly Oudshoorn, and Marta Stefania Maria Kirejczyk, Bodies of Technology: Women’s Involvement
with Reproductive Medicine (Columbus, OH: Ohio State University Press, 2000).
9
このほかにも、1990 年代には、生殖の前提としての性差や、性差を持つ身体という概念そのも のが、どのように科学知識のなかに構築されてきたかを検証する、Fausto-Sterling や Jordanova などによる研究も出てきました(Fausto-Sterling ed. 2000; Jordanova 1995; Keller 1995, 1985;
Schiebinger 1994; Martin 1991; Keller and Jacobus 1990)
16。これらは、科学と社会文化の相互作用 を問う STS ならではの研究で、1990 年代 STS のジェンダー研究の代表的な成果といえるでしょ う。
さて、急ぎ足で 2000 年までの動きを追ってきましたが、ここで再度確認しておきたいことは、
STS のリプロ研究は決して単独で存在していたわけではなく、関連するさまざまな研究領域や 社会運動と相互に関わり合いながら発展してきたということです。それは、STS が学際的な分 野であることや、女性運動などに実際に関わってきた研究者が多いことからも明らかだとは思 いますが、このような相互関係抜きで、STS のリプロ研究の話しをすることはできないという ことを、あらためて強調しておきたいと思います。
2—Ⅱ.2000 年代以降の科学技術医療社会論におけるリプロダクション研究
2—Ⅱ—ⅰ.西洋中心的視野を超えて
次に、2000 年代以降のリプロ研究ですが、大まかにわけて 2 つの動きがありました。一つ目は、
英語圏で非西洋地域のリプロ研究が進んだことです。それまで、英語圏での STS のリプロ研究 があつかっていたのは、主に「西洋」における事象でした。非西洋地域で現地の研究者が実施 した研究は、その地域内では知られていても、言語的な障壁などから、世界的にシェアされる ことはほぼありませんでした。
しかし、2000 年以降、STS は、欧米以外の地域でも、一研究領域として認識されるようになり ます。さらに、非欧米地域における STS には、西洋の STS で蓄積された理論や事例研究から学 んで、さらに西洋の STS と協力関係を築いていきたい、という国際的な動機もあったため、英 語での発表や出版、国際的な共同プロジェクトなどに積極的でした。日本でも、2001 年に科学
16
Anne Fausto-Sterling, ed., Sexing the Body : Gender Politics and the Construction of Sexuality, 1st ed. (New York:
Basic Books, 2000); Ludmilla Jordanova, “Interrogating the Concept of Reproduction in the Eighteenth Century,” in Conceiving the New World Order: The Global Politics of Reproduction, ed. Faye D. Ginsburg and Rayna R. Reiter (Berkeley: University of California Press, 1995), 346–86; Evelyn Fox Keller, Refiguring Life : Metaphors of Twentieth- Century Biology / Evelyn Fox Keller., Wellek Library Lectures (New York: Columbia University Press, 1995); Evelyn Fox Keller, A Feeling for the Organism : The Life and Work of Barbara McClintock / Evelyn Fox Keller. (San Francisco:
WHFreeman, 1983); Londa Schiebinger, Nature’s Body : Sexual Politics and the Making of Modern Science / Londa
Schiebinger. (London: Pandora, 1994); Emily Martin, “The Egg and the Sperm: How Science Has Constructed a
Romance Based on Stereotypical Male-Female Roles,” Signs : Journal of Women in Culture and Society 16, no. 3
(1991): 485–502; Mary Jacobus, Evelyn Fox Keller, and Sally Shuttleworth, Body/politics : Women and the Discourses
of Science / Edited by Mary Jacobus, Evelyn Fox Keller, Sally Shuttleworth. (New York ; London: Routledge, 1990).
10
技術社会論学会(STS 学会)が設立されましたが、その設立趣意書では
17、国際的視野の必要性 が強調されています。実際、学会の前会長である中島秀人さんや、神戸大の塚原東吾さんなど、
東アジアの STS ネットワーク構築に精力をつくしてきた研究者も多くいますし、柘植さんも関 与されているとお聞きしましたが、東アジアの STS を扱った学術雑誌 East Asian Science,
Technology and Society: An International Journal (EASTS)にかかわる日本人研究者も多く、なかでも 中島さんは 2007 年の刊行当初から要人として貢献されています。
こうした変化とともに、2000 年以降、日本のリプロダクション事情も英語圏に紹介されるよう になります。とはいえ、当初は、日本の STS 学者ではなく、ティアナ・ノーグレンさんやサビ ーネ・フリューシュトゥックさんのように、西洋で日本のリプロダクションを研究していた研 究者が、日本の事例を英語圏に紹介するケースが主でした(Frühstück 2003; Norgren 2001, 1999;
Terazawa 2002。例外は、Matsubara 1998)
18。しかし近年では、日本人による、あるいは日本を
ベースとした STS のリプロ研究が、英語でも次々と発表されるようになってきています
(Mimura 2014; Tsipy 2010; Kato 2010, 2009; Kato and Shleeboom-Faulkner 2011, 2009; Hertog 2009;
Tsuge 2008; Homei 2012, 2006)
19。
このような動向は、日本に限らず、非西洋地域のいたるところで、2000 年以降にみられるよう になってきています。こうして、非英語圏のリプロダクション事情が英語で共有されるように
17「現代の科学技術は一国民国家の領域を超出した活動であり、『新たな関係』の構築の作業が必然的に、
国際的視野を伴うことも銘記されねばならない。」Japanese Society for Science and Technology Studies,「設 立趣意書」
URL: http://jssts.jp/content/view/15/27/. Accessed on 13 January 2015.
18
Sabine. Frühstück, Colonizing Sex: Sexology and Social Control in Modern Japan (Berkeley, Calif.: University of California Press, 2003); Terazawa, “The State, Midwives, and Reproductive Surveillance in Late Nineteenth- and Early Twentieth-Century Japan”; Christiana A. E. Norgren, Abortion before Birth Control: The Politics of Reproduction in Postwar Japan (Princeton, N.J.: Princeton University Press, 2001); Tiana Norgren, “Abortion Before Birth Control:
The Interest Group Politics Behind Postwar Japanese Reproduction Policy,” The Journal of Japanese Studies. 24, no. 1 (1998): 59; Yoko Matsubara, “The Enactment of Japan’s Sterilization Laws in the 1940s: A Prelude to Postwar Eugenic Policy,” Historia Scientiarum 8, no. 2 (1998): 187–201.
19
Kyoko Mimura et al., “Patient-Centered Development? Comparing Japanese and Other Gynecological Examination Tables and Practices,” East Asian Science, Technology and Society 8, no. 3 (September 1, 2014): 323–45,
doi:10.1215/18752160-2641998; Masae Kato, “Giving a Gift to the Gift Women’s Experiences of Embryo Donation in Japan.,” Anthropological Forum 24, no. 4 (2014): 351–63; Masae Kato, “Quality of Offspring? Socio-Cultural Factors, Pre-Natal Testing and Reproductive Decision-Making in Japan,” Culture, Health & Sexuality 12, no. 2 (2010): 177–89;
Masae Kato, Women’s Rights? The Politics of Eugenic Abortion in Modern Japan ([Amsterdam]: Amsterdam University Press, 2009); Tsipy. Ivry, Embodying Culture Pregnancy in Japan and Israel (New Brunswick, N.J.: Rutgers University Press, 2010), http://public.eblib.com/choice/publicfullrecord.aspx?p=871479; Tsipy Ivry, “Embodied
Responsibilities: Pregnancy in the Eyes of Japanese Ob-Gyns,” SHIL Sociology of Health & Illness 29, no. 2 (2007):
251–74; Masae Kato and Margaret Sleeboom-Faulkner, “Meanings of the Embryo in Japan: Narratives of IVF Experience and Embryo Ownership,” SHIL Sociology of Health & Illness 33, no. 3 (2011): 434–47; Masae Kato and Margaret Sleeboom-Faulkner, “Cultures of Marriage, Reproduction and Genetic Testing in Japan,” BioSocieties BioSocieties 4, no. 2–3 (2009): 115–27; Ekaterina Hertog, Tough Choices Bearing an Illegitimate Child in Contemporary Japan (Stanford, Calif.: Stanford University Press, 2009),
http://public.eblib.com/choice/publicfullrecord.aspx?p=543994; Azumi Tsuge, “Life After Experiences of Infertility
Treatment: Akirameru--The First Step for Empowering,” East Asian Science, Technology and Society: An International
Journal 2, no. 3 (2008): 381–400; Aya Homei, “Midwives and the Medical Marketplace in Modern Japan,” Japanese
Studies Japanese Studies 32, no. 2 (2012): 275–93; Aya Homei, “Birth Attendants in Meiji Japan: The Rise of a Medical
Birth Model and the New Division of Labour,” Social History of Medicine 19, no. 3 (2006): 407–24.
11
なり、英語圏のリプロ研究は、文字通り「国際色豊かに」なりました。しかし、非英語圏の研 究が与えた影響として、より重要だったのは、英語圏のリプロ研究の相対化だったのではない か、と私は考えています。
さらに、非西洋地域のリプロ研究のなかには、今までになかった斬新な視野をもたらしたもの もありました。例えば、2010 年に出版された、Margaret Sleeboom-Faulkner 編著の Frameworks of Choice: Predictive and Genetic Testing in Asia『選択の枠組み―アジアにおける遺伝子スクリーニ ング』 (発表者訳)では、アジア各地での遺伝子カウンセリングで、どのような選択肢があるか を調査、分析しています。そして、 「選択の枠組み(frameworks of choice) 」という概念を用い て、それまでの英語圏のリプロ研究で想定されていた選択肢のナラティブを問い直しています。
20
それまで英語圏では、生殖の選択肢を論じるときには、まるでそこに「選択する個人」が、も とから存在していたかのように捉えがちでした。しかし、 「選択の枠組み(frameworks of
choice) 」という概念は、 「選択する個人」の意識や価値観自体も相対化して論じているのです。
また、国際貢献における人口抑制と家族計画の研究に関連するものとしては、ローラ(ラウ ラ) ・ブリッグスの研究
21も挙げられます。ブリッグスは 2003 年に出版された Reproducing
Empire の中で、1920 年代〜40 年代のプエルトリコで、新しい避妊薬が開発された過程を描い
ています。そのなかで、アメリカの科学者、製薬会社、地元のフェミニスト、改革論者などと いった、様々なアクターが協働関係を築いて、避妊薬開発に貢献した様子が詳しく記述されて います。この事例をとおしてブリッグスは、避妊薬の開発には技術的な側面だけでなく、帝国 主義的な政治性が強く作用していたことを指摘します。具体的には、アメリカが抱いていた、
「プエルトリコは弱国なので保護が必要だ」という帝国主義的な認識、そして、プエルトリコ の下層階級の女性は「性的にみだら」で「多産」なため、プエルトリコの人口が過剰になって おり、経済的に脆弱になっているという、帝国主義的な、プエルトリコ人女性のとらえかたが、
人口学者や家族計画に関わった医師など、つまりこの開発に携わった科学者たちの間で、内面 化され、再生産されながら、避妊薬開発が進んでいったと論じるのです。この研究は、自身も 述べているとおり、 「 (広義の意味で社会科学を含んだ)科学や医療が、女性の身体―特に性や 生殖[sexuality and reproduction]に関する女性の身体について記述したり、介入するなかで、
人種間の差異を作り出した」
22ことを、帝国主義の文脈で明らかにした初めての研究で、当時は 非常に斬新なものでした。この研究は、STS のリプロ研究の歴史においても非常に重要なもの でした。なぜなら、当時の科学とリプロダクションの研究のなかで、女性を扱った研究はもっ ぱら西洋しか見ていませんでしたし、帝国主義を扱った研究で、従来「植民地化された身体」
と位置づけられていたのは男性の身体でした。そのようななかブリッグスは、生殖可能な女性 の身体を対象とした、非西洋における帝国主義的な科学実践を見事に論じ、 「帝国主義」 、 「科
20
Margaret Sleeboom-Faulkner, Frameworks of Choice Predictive and Genetic Testing in Asia (Amsterdam;
Manchester: Amsterdam University Press ; Manchester University Press [distributor], 2010), http://public.eblib.com/choice/publicfullrecord.aspx?p=542555.
21
Laura Briggs, Reproducing Empire : Race, Sex, Science, and U.S. Imperialism in Puerto Rico (Berkeley: University of California Press, 2002).
22
how science, medicine, and social science have produced racial difference through descriptions of and
interventions upon women’s bodies, particularly through their sexuality and reproduction
12
学」 、 「女性」 、 「生殖」の政治の分析を切り開いたからです。さらにこの研究では、プエルトリ コの生殖可能な女性の身体の、帝国主義的な表象が、避妊薬開発のような、地域や社会を超え た生殖医療技術や実践にどう作用していたかを論じていて、後に話すトランスナショナルな視 点をすでに先取りしてもいました。その点においても、やはりブリッグスの研究は、重要な転 機をもたらしたといえるのです(Briggs の研究に興味のある方は、参考文献リストに掲載した Johanna Schoen の Choice & Coercion
23もご参照ください。 )
家族計画と人口抑制の研究としては、他にも、DiMoia2008 など、人口政策として統制される
(ジェンダー化された)国民のリプロダクションと、国際社会の一員としての近代国家の発展 の関係性の分析(DiMoia 2013, 2008; Cho 2008; Moon 2005. Also see Kuo 2002)
24ですとか、ハー バード大学のスーザン・グリーンハル(2008)
25による、coproduction という STS の概念を用いた、
中国の人口政策の分析なども画期的でした。とくにグリーンハルの研究は、中国の人口政策と、
「人口学(population science) 」の発展が、相互に影響し合ってきた過程を丁寧に描写していま す。
このように、2000 年以降の、非西洋地域のリプロ研究は、それまでの、西洋中心的な研究には 欠けていた視点や分析の枠組みを導入した点で非常に重要なものでした。
2—Ⅱ—ⅱ.さらなる学際的アプローチ
2000 年以降、顕著になったもうひとつの大きな動きは、学際的アプローチのさらなる発展です。
もともと学際的な STS で、さらに学際的アプローチが進んだ、と言ってもピンとこないかもし れませんが、実は 2000 年以降の学際的アプローチの進展によって、STS分析の視野が劇的 に広がったのです。
例えば、ケンブリッジ大学のアリソン・バッシュフォードは、国際舞台における産児調節の歴 史をまとめた、Global Population という著書を昨年出版しています
26。その中で、従来歴史学の
23
Johanna Schoen, Choice & Coercion: Birth Control, Sterilization, and Abortion in Public Health and Welfare (Chapel Hill: University of North Carolina Press, 2005).
24
John Paul DiMoia, Reconstructing Bodies Biomedicine, Health, and Nation-Building in South Korea since 1945, 2013, http://search.ebscohost.com/login.aspx?direct=true&scope=site&db=nlebk&db=nlabk&AN=713510; John P.
DiMoia, “‘Let’s Have the Proper Number of Children and Raise Them Well!’: Family Planning and Nation-Building in South Korea, 1961--1968,” East Asian Science, Technology and Society: An International Journal 2 (2008): 361–79;
Grace M. Cho, Haunting the Korean Diaspora Shame, Secrecy, and the Forgotten War (Minneapolis: University of Minnesota Press, 2008), http://public.eblib.com/choice/publicfullrecord.aspx?p=433172; Seungsook Moon, Militarized Modernity and Gendered Citizenship in South Korea (Durham: Duke University Press, 2005); Wen-Hua.
Kuo, “When State and Policies Reproduce Each Other: Making Taiwan a Population Control Policy, Making Population Control Policy for Taiwan,” in Historical Perspectives on East Asian Science, Technology, and Medicine, ed.
K. L. Chan, G. Clancy, and J-C. Loy (Singapore: Singapore University Press, 2002).
25
Susan. Greenhalgh, Just One Child: Science and Policy in Deng’s China (Berkeley: University of California Press, 2008).
26
Alison Bashford, Global Population History, Geopolitics, and Life on Earth, 2013,
http://site.ebrary.com/lib/mcgill/docDetail.action?docID=10821327.
13
リプロ研究で優勢だったフーコーのリプロダクション=生-権力の枠組みを超えて、地政学と関 連づけた分析を導入しています。国際舞台において、産児調節(後に「家族計画」 )が女性の権 利の問題として認識されるようになったのは、比較的最近のことです。では、それ以前の産児 調節は、どのように扱われてきたのか――それをバッシュフォードは調査したのです。すると、
戦前の国際舞台では、リプロダクションが、地政学をベースとした人口管理の文脈で議論され ていたこと、さらに、人口移動、経済発展、領土拡張などといった政治経済的な解決法が重視 されていた一方で、産児調節などの「生命操作」による人口管理は、価値が低く問題の多い方 法だと受け止められていたことが明らかになったのです。この研究は、歴史人口学、経済史、
外交史などさまざまな分野を広く取り入れて、リプロダクションをフェミニズムやジェンダー の問題だけでなく、国際政治や経済戦略にまで広げることで、その大規模なネットワークの複 雑さやダイナミズムを描き出しています。なお、類似した日本の研究としては、荻野美穂さん の戦後の家族計画の研究や、澤田佳世さんによる沖縄のリプロダクションのポリティクスに関 する研究が挙げられるでしょう。
こうして見てみると、2000 年以降のリプロ研究は、これまでになかった新しい枠組みを提示し たというより、むしろそれまでの研究に欠けていた視点を補完したり、アプリオリとされてい た方法論を創造的にアレンジして、さらなる理解をうながした点に特徴があったと、まとめる ことができるでしょう。
3.科学技術社会論および近隣分野におけるリプロダクション研究の現在と将来の課題
3−Ⅰ.生殖(不)可能な男性の身体への注目
つぎに、この研究領域における現在の動向について触れておきたいと思います。まず一点目と して挙げられるのが、生殖(不)可能な男性の身体への注目です。リプロダクションというと き、当然男性も生殖機能を持った個体として存在しているわけですが、近年まで男性の生殖を あつかった研究は比較的まれでした。しかし、男性学とジェンダー研究の応用として、男性の リプロダクションを扱った研究が、近年ようやく、しかしめまぐるしい早さで増えています。
トピックも、男性の不妊や不妊治療の問題(Wu 2011; Inhorn 2009, 2007a, 2007b; Inhorn and Balen 2002; Becker 2000)
27、男性の更年期(Shirani (2013); Marshall 2007)
28、男性の性や生殖
27
Chia-Ling Wu, “Managing Multiple Masculinities in Donor Insemination: Doctors Configuring Infertile Men and
Sperm Donors in Taiwan,” SHIL Sociology of Health & Illness 33, no. 1 (2011): 96–113; Marcia Claire Inhorn,
Reconceiving the Second Sex: Men, Masculinity, and Reproduction (New York: Berghahn Books, 2009); Marcia Claire
Inhorn, Reproductive Disruptions: Gender, Technology, and Biopolitics in the New Millennium (New York: Berghahn
Books, 2007); M.C. Inhorn, “Masturbation, Semen Collection and Men’s IVF Experiences: Anxieties in the Muslim
World,” BODY AND SOCIETY 13, no. 3 (2007): 37–54; Marcia Claire Inhorn and Frank van. Balen, Infertility around
the Globe: New Thinking on Childlessness, Gender, and Reproductive Technologies (Berkeley: University of California
Press, 2002); Gaylene Becker, The Elusive Embryo : How Women and Men Approach New Reproductive Technologies /
Gay Becker. (Berkeley, Calif; London: University of California Press, 2000).
14
をターゲットにした薬品開発(Oudshoorn 2003)
29、立ち会い出産する男性(Leavitt 2010)
30、 国際保健における男性の性や身体(Wentzell and Inhorn 2014)
31、男性の生殖における権利
(Almeling and Waggoner (2013);Reed 2009)
32、などと多様です。その中でも STS 研究として特 徴的なものとしては、例えば、 「男性の生物体内時計(male biological clock) 」(Lambert, Masson,
Fisch 2006)
33のような、男性の性や生殖を表す新たな概念が言語化されるときに、科学とジェン
ダーの力学がどう作用するかを分析した Daniels 2006(Daniels 2006; 1997)
34などが挙げられま す。さらに、由比秀樹さんによる不妊治療の歴史的事実の掘り起こしも重要です。不妊治療は
「女性の問題」だと認識されがちですが、由比さんによると、不妊治療は歴史的には、実は男 性の身体への介入からはじまっていたといいます。こうした歴史学からの指摘もこれからの STS に重要な示唆を与える研究だといえるでしょう。
3−Ⅱ.トランスナショナル・グローバルの視点
さて、私自身の研究に直接関わる領域では、トランスナショナル、あるいはグローバルという 枠組みをもちいたリプロダクションの再検討が、最近の動向として注目されています。
この「グローバル」という視点は、Ginsberg and Rapp eds. 1995 などでもすでに使われてはいま した。しかし、従来「グローバル」という言葉は、分析の枠組みというより、世界各地の事例 を集めて編纂した際の、 「世界各地」と同義語で使われていた印象があります。
しかし、20 世紀終盤の、経済のグローバル化に伴って、また、国際保健分野でグローバルとい う概念が、従来のインターナショナルという言葉と同義語あるいは代替語として浸透した結果、
2000 年代から次第に、学術界でもグローバル化をテーマとした研究が増えてきました。STS な どの分野でも同様に、 「グローバル」 、そして「トランスナショナル」といったキーワードで分 析を行なったリプロ研究がたくさん出てきます(Michaels 2014; Murphy 2012; Takeshita 2012;
Browner and Sargent eds. 2011; Liamputtong ed. 2007; Adams and Pigg eds. 2005;Saetnan et al. 2000)
28
F. Shirani, “The Spectre of the Wheezy Dad: Masculinity, Fatherhood and Ageing,” Sociology Sociology 47, no. 6 (2013): 1104–19; B. L. Marshall, “Climacteric Redux? (Re)medicalizing the Male Menopause,” MEN AND MASCULINITIES 9, no. 4 (2007): 509–29.
29
Nelly Oudshoorn, The Male Pill: A Biography of a Technology in the Making (Durham: Duke University Press, 2003).
30
Judith Walzer. Leavitt, Make Room for Daddy: The Journey from Waiting Room to Birthing Room. (Chapel Hill: Univ Of North Carolina Pr, 2010).
31
Wentzell EA and Inhorn MC, “Reconceiving Masculinity and ‘Men as Partners’ for ICPD Beyond 2014: Insights from a Mexican HPV Study.,” Global Public Health 9, no. 6 (2014): 691–705.
32
Almeling R. and Waggoner M.R., “More and Less than Equal: How Men Factor in the Reproductive Equation,”
Gender Soc. Gender and Society 27, no. 6 (2013): 821–42; Kate Reed, “‘It’s Them Faulty Genes Again’: Women, Men and the Gendered Nature of Genetic Responsibility in Prenatal Blood Screening,” Sociology of Health and Illness 31, no. 3 (2009): 343–59.
33
Lambert SM, Masson P, and Fisch H, “The Male Biological Clock,” World Journal of Urology 24, no. 6 (2006): 611–17.
34
Cynthia R. Daniels, Exposing Men The Science and Politics of Male Reproduction (New York: Oxford University Press,
2006); Cynthia R Daniels, “Between Fathers and Fetuses: The Social Construction of Male Reproduction and the
Politics of Fetal Harm,” Signs. 22, no. 3 (1997): 579.
15
35
。例えば、ヴィンカンネ・アダムスとステイシー・リー・ピッグは、2005 年の Sex in
Development のなかで、グローバル化した国際協力において、性や生殖が国際援助や開発の対象
となるとき、性が標準化された一枚岩のようなものとして認識されていることを指摘します。
そして、実際にはそうではない多様な性のありようを描写するのです(Adams and Piggeds 2005) 。
また、 「グローバル化」や「トランスナショナリズム」の分析において、近年英語圏でとくに重 視されているのが、reproductive tourism、fertility tourism、あるいは reproductive travel と呼ばれ る営為です。これは、国内では法的、経済的、あるいは社会文化的な理由によって受けられな い生殖補助医療を、表向きは観光目的で(あるいは実際に観光を兼ねて)海外に行き、受ける ことです。日本でも、2008 年に日本人男性がインド人代理母に依頼して女の子が生まれたもの の、インドのパスポートを得ることができず出国できなかったということがありました。英語 圏における研究では、reproductive tourism をトランスナショナルな商業取引の問題として捉え た、Cully と Hudson2011 のような議論が発展してきています(e.g. Culley and Hudson 2011, 2010;
Rimm 2009)
36。しかし、インド人代理母の研究をしているアムリータ・パンデによると、代理
母出産に関する先行研究は、 (スクリーンにありますように
37)主に次の 3 つの領域に限られて いて、トランスナショナルな状況下での、 「売り手」と「買い手」の意図、関係性、そしてそれ ぞれが抱えるローカルな条件や文脈を掘り下げた研究は少ないといいます
38。そこでパンデは、
インド人代理母を調査し、彼女たちのもつ、伝統的な概念を超越した血族関係について分析し ています(Pande 2010, 2009)
39。同時に、オランダ、アムステルダム大学の加藤正枝さんの最 新の研究では、日本国内で受診できない生殖補助医療のために、アメリカやタイに行く日本人 カップルが「日本人の卵子」にこだわる様子を描いて、トランスナショナルな reproductive
35
Paula A. Michaels, Lamaze: An International History, 2014; Michelle Murphy, Seizing the Means of Reproduction:
Entanglements of Feminism, Health, and Technoscience (Durham [N.C.]: Duke University Press, 2012); Chikako Takeshita, The Global Biopolitics of the IUD: How Science Constructs Contraceptive Users and Women’s Bodies (The MIT Press, 2011); C. H. Browner and Carolyn Fishel Sargent, Reproduction, Globalization, and the State: New Theoretical and Ethnographic Perspectives (Durham, NC: Duke University Press, 2011); Pranee Liamputtong, ed., Reproduction, Childbearing and Motherhood : A Cross-Cultural Perspective (New York: Nova Science Pub., 2007);
Vincanne Adams and Stacy Leigh Pigg, Sex in Development : Science, Sexuality, and Morality in Global Perspective (Durham ; Duke University Press, 2005); Saetnan, Oudshoorn, and Kirejczyk, Bodies of Technology.
36
L Culley and N Hudson, “Assisted Reproductive Travel: UK Patient Trajectories.,” Reproductive Biomedicine Online 23, no. 5 (2011): 573–81; L Culley and N Hudson, “Fertility Tourists or Global Consumers? A Sociological Agenda for Exploring Cross-Border Reproductive Travel.,” Culley, L. and Hudson, N. (2010) Fertility Tourists or Global Consumers?
A Sociological Agenda for Exploring Cross-Border Reproductive Travel. International Journal of Interdisciplinary Social Sciences, 4(10) pp.139-150., 2010; J Rimm, “Booming Baby Business: Regulating Commercial Surrogacy in India,”
Univ. Pa. J. Int. Econ. Law University of Pennsylvania Journal of International Economic Law 30, no. 4 (2009): 1429–62.
37(1)代理母出産の倫理やモラルを問う研究、(2)フェミニズムの立場から代理母出産を女性の身体 の医療化、商品化、および「技術的植民地化」(technological colonization)の極みと見るもの、(3)比 較的最近の研究では、代理母出産が母性や血族関係などにおける文化的意味の構築にどう影響したかに注 目する研究
(Pande 2011: 618-19).
38
Amrita Pande, “Transnational Commercial Surrogacy in India: Gifts for Global Sisters?,” Reproductive Biomedicine Online 23, no. 5 (2011): 618–25.
39
Amrita Pande, “Commercial Surrogacy in India: Manufacturing a Perfect Mother‐Worker,” Signs: Journal of Women
in Culture and Society 35, no. 4 (2010): 969–92; Amrita Pande, “‘It May Be Her Eggs But It’s My Blood’: Surrogates
and Everyday Forms of Kinship in India,” Qual Sociol Qualitative Sociology 32, no. 4 (2009): 379–97.
16
tourism の実践におけるナショナル・アイデンティティの問題に取り組んでいます(Kato 2013)
40
。
また、私自身の関心に近いものとしては、20 世紀中盤にトランスナショナルな運動として現わ れた人口抑制を、学術的に支えた人口学を、ジェンダーの視点から検証したキャロル・マッカ ンの研究
41があります。マッカンは最新の研究で、1930 年代の、女性の産児調節運動家らによ る執筆と、人口学者による執筆を比較分析しています(McCann 2009)。アメリカのマーガレッ ト・サンガーやイギリスのフローレンス・レーラといった運動家たちが、女性の産児調節の体 験について調査してまとめた本に描かれていたのは、荒っぽく、変動的で、時には泥臭くさえ ある女性たち自身による避妊の体験でした。その内容は、 「産児調節」や「家族計画」と表現さ れてはいたものの、実際には「計画」や「調節」などとは言えないような生々しいものでした。
それに対し、人口学者による産児調節の著書では、女性の排卵が基準値化されており、実際に は一定ではない避妊という営みの効率性を、数値と統計をもちいて標準化していました。そし て、人口学側は、サンガーら女性の産児調節運動家が行なった調査を、 「感傷的」で「非科学的」
なもの、と一蹴するのです。さらに人口学は、 「排卵」という女性に特有な生物学的現象を強調 することによって、女性の身体的な生殖過程の概念化や測定を進め、出生研究の焦点と位置づ けましたが、その反面、生殖のもう一つの側面、つまり社会的な生殖過程から女性を追放して しまったのだとマッカンは論じます。女性の生殖能力が数値化されたことにより、男性中心的 な近代のヘテロセクシュアリティが規範となり、生殖におけるリスク管理の責任は女性に負わ され、さらに、人種や階級のヒエラルキーに合致した生殖管理の言説が創出されました
(McCann forthcoming)
42。そして、1930 年代のこれらの言説は、冷戦期の、トランスナショナル
な人口抑制運動の中核になっていきます。つまり、生殖に関する女性の身体の標準化が、世界 規模で起きたとき、先ほどの、1930 年代に形成された規範的言説が大きく影響していたことが 明らかにされたのです。なお、私自身は、このような動向を文脈づけ、促していたステレオタ イプ、すなわち、 「自発的に生殖の自己管理ができる第一世界の女性」に対する「教養がなく自 己管理できないので、生殖の営みへの指導や介入を必要とする、多産な第三世界の女性」とい う構図も、これらの言説が支えていたのではないかと考えています。
このようにして発展してきた、グローバル・トランスナショナルの視点からのリプロ研究は、
次の課題として、まずそもそもグローバルとは何か、トランスナショナルとはどういうことを 指すのか、という基本的な問いをあらためて投げかけていることに気づきます。そして、グロ ーバル化された、あるいはトランスナショナルな性や生殖にかかわるあらゆる営み――そこに は、科学・技術・医療も含まれるわけですが、その営みにはどのような力関係がはたらいてい
40
Masae Kato, “‘Give Me a Japanese Egg’: Selection of Eggs among Japanese Infertile Couples in Transnational Egg Donation (paper in Progress),” in The Population Quality Problem (presented at the Asian Dynamics, University of Copenhagen, 2013).
41
Carole R. (Carole Ruth) McCann, “Malthusian Men and Demographic Transitions: A Case Study of Hegemonic Masculinity in Mid-Twentieth-Century Population Theory,” Frontiers: A Journal of Women Studies 30, no. 1 (2009):
142–71.
42
Carole R. McCann, Malthus, Mathematics, and Modern Masculinity: Demographic Figures and Mid-Twentieth Century
Population Politics, forthcoming.
17
るのか。その関係性は、従来の政治社会的構造――例えば地域の共同体、地方自治体、近代国 家などによる生殖の管理とどうつながり、関与し合っているのか。グローバルとローカルのせ めぎ合いは、リプロダクションにかかわる事がらにどのような影響を与えているのか。こうし たさまざまなレベルにおいて、リプロダクションに関与するステイクホルダー、つまりあらゆ る関係者は、それぞれどのような意図を持っているのか。さらには、リプロダクションの実践 やリプロダクティブな場で生じている政治性は、新たに、どのようなローカル、ナショナル、
グローバルな現象や、文化的意義、社会構造、技術的産物を生み出しているのか。これらの問 いに取り組むのが、これからの私たちの課題だといえるでしょう。
3−Ⅲ.リプロダクションと経済の問題
最後に、現在の動向と将来の課題を考えるとき、忘れてはいけないのが、リプロダクションと 経済の問題です。例えば、私は2012年に、 『Japanese Studies (Australia)』という雑誌で、日 本の産婆による助産の実践と文化が医療市場に晒される状況について書きましたが(Homei
2012) 、これも広い意味では「リプロダクションと経済」の研究に入るでしょう。
また、リプロダクションとマクロ経済の関係も重要です。先ほど紹介したバッシュフォードの 研究ともつながりますが、冷戦期のトランスナショナルな人口抑制運動のなかで、 「家族計画」
と呼ばれたリプロダクションへの介入のイニシアチブを支えたのは、近代資本主義経済のマク ロ経済的な考え方でした。これは、国民一人当たりの GDP を算出する際に、人口増加率を指標 とするような考え方や、人口膨張を貧困の起因と位置づけて、社会経済の発展のためには出生 率を抑制すべきとするような考え方です。このマクロ経済的な思考が、冷戦期の国際社会にお けるリプロダクションの実践に、トランスナショナルなレベルで作用したことを、技術史の観 点から指摘したのが、ミシェル・マーフィーです。その言葉を引用すると、 「生殖のポリティク スに関心をもつ技術史家は、往々にして生医学領域、生殖医療、遺伝子学、さらにバイオテク ノロジーにも着目したりする。しかし、20 世紀に起こった生殖の変容において、こうした技術 と同じくらい、あるいはより決定に重要な役割を担っていたのは、地上におけるほぼ全ての命
―そしてたくさんの死に影響をおよぼした経済計画や経済発展の歴史だったともいえる」
43ので す。そしてマーフィーは、マクロ経済の概念とリプロダクションの実践との関係を分析する研 究の必要性を説きました
44。
もう一つ、 「リプロダクションと経済」というキーワードで連想される研究テーマは、先ほどの
reproductive tourism とも関連しますが、生殖補助医療の商品化と、消費者としての生殖の主体
の問題でしょう。
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‘While historians of technology interested in reproductive politics have tended to focus on biomedical realms, reproductive medicine, genetics and even biotechnology, it is arguable that the history of economic planning and development has been just as, or even more, crucial to the changes in reproduction over the twentieth century, effecting in some way nearly every life – and many deaths – on the planet’ (Murphy 2010: 71).
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