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UNFPA/IPPF/IGCC捻出金

IV. 日本

日本では出産場所の安全性をめぐる調査は行 われていない

病院が安全なはずだという前提

しかし、場所や介助者と周産期死亡率には相関 がないというデータはある

国家は、専門職間の力関係を調整しようとして いない

医療法19条の改正によって、助産師の力は弱 まった。国家は直接的に助産所や自宅出産を 否定していないが、間接的に抑制している。

結論

国家が出産場所と介助者について、安全性 の視点から情報を提供していない。

(例)ハンガリー、韓国、日本 現状の秩序(力関係)を追認

日本と韓国では、国が出産場所に介入しな いことで、現状の力関係を追認

・ 出産場所の選択肢を提示しない点で、自由 な選択を保障しているとは言えない。

187 韓国の出産と取り巻く背景

洪賢秀

少子化に関する資料→出生児数の減少

韓国の出生児数、2 年連続 43 万人台=不況・晩婚が影響 朝鮮日報/朝鮮日報 日本語版 2015/02/02 11:06 金東燮(キム・ドンソプ)保健福祉専門記者

http://www.chosunonline.com/svc/view.html?catid=25&contid=2015020201262 2015 年 2 月 2 日アクセス

記事には、「不況と晩婚のあおりで、韓国の昨年 1 年間の出生児数が 2013 年に続き 43 万人台にとどまったようだ。」とある。「年間の出生児数は、1971 年までは 100 万人を超 えていたが、出産抑制策により減少傾向に転じ、2001 年には 55 万 4900 人と 50 万人台に急 減した。02 年以降はほぼ 44 万-49 万人台で推移し、05 年(43 万 5000 人)と 13 年(43 万 6455 人)のみ 43 万人台に落ち込んだ。2 年連続で 43 万人台となれば、これは 05 年の一時 的な現象とは意味が異なる。」「妊娠可能な年齢の女性が減り続けており、向こう 10 年間、

出生児数が 43 万人台で定着するかどうかの分かれ目にいる」とある。少子化の原因は、不 況と晩婚による出産の忌避、若者世代の雇用不安が重なって、婚姻件数も 3 年にわたり減 少しているそうである。「合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子どもの推定人数)

は 13 年の 1.187 から 14 年には 1.19 に上昇すると予想されるが、これは出生児数よりも妊 娠可能な年齢(15-49 歳)の女性の減少率が高いことによる統計上の錯覚だ。」という。

188 SBS ニュース「双子を出産するには…」異常熱風

http://news.sbs.co.kr/news/endPage.do?news_id=N1002770785 2015 年 1 月 8 日アクセス

「今日では「少子化時代」と言われているが、双子の出産は増加傾向にある。近年、20 年 間に生まれた新生児のうち、双生児の比率をみると 3 倍以上増加した。その背景には、仕 事と育児を両立しなければならない期間における負担感から育児負担を少しでも減らした いと思う夫婦らが双子を出産して一気に育てたいという思いから増えていると推測される。

このようなニーズに便乗して一部の病院では、いわば「双子施術」を宣伝している病院が 目立ってきたが、このような施術には多くの副作用がつきものである。

最近の若い産婦が双生児を選好するのには理由がある。

『金氏/33 歳:妊娠・出産は(大変なので)何回も妊娠・出産するよりは 1 回で終わらせ たいという思いがある…』

『ユン氏/オンライン育児コミュニティ会員:(何回も妊娠すると)会社で肩身が狭い思い をするし、1 回で双子を産めると(肩身の狭い思いをせずに済むので)気が楽だと思う。』 インターネットの育児コミュニティには、「双生児を産む方法」に対する問い合わせが後を 絶たない。」(洪仮訳)

189 出産(日本)

白井千晶(静岡大学)

白井:ありがとうございました。松岡先生が日本の状況をお話しくださったのですが、

私から引き続き日本の状況について、レジュメを基に情報の提供、データの提供をさせ ていただきたいと思います。

自己紹介をさせていただきたいと思いますが、私は出産研究を始めたもともとという のが、大学の4年生のときに西川麦子さんの『ある近代産婆の物語』を友達に「面白い よ、この本」と言われて渡されたのが始まりで、そのときに私は全くそういうことには 関心――外語大で日本語学科なので、全く知らなかったわけですが、出産というのがと ても面白くて、それで助産院に勤務をしたりして、お産の聞き書きを始めるようになり ました。

それで、後ろに地域で活動する助産師の 1836 名が回答してくれたアンケートの報告 書を置いてあります。おそらくもうそれに回答してくださったかなりの方が亡くなって いて、今では聞き取れないような、戦争のときにどういう助産活動を行っていたかです とか、家族計画にどのように参加したかとかというのが収められている報告書ですので、

もしよろしければ後でお手に取って見ていただければと思います。すごく貴重なデータ だったので、一字一句漏らさず、回答者のデータをすべて報告書に含んでいます。それ から産婆さんや助産婦さんへの聞き書きとして、REBORN が発行している聞き書き集

『にっぽんの助産婦』も後ろにありますので、ぜひお手に取っていただければと思いま す。

日本では、産婆・助産婦への聞き書きという形で、あるいは、専門誌や業界紙の分析 などを通して介助する人の資料あるいはデータから出産の歴史が研究されてきたように 思うのですが、今日はちょっと違った視点で、産んだ人へのアンケート調査からどんな ことが見えるのかということを報告したいと思いました。

お手元の資料の1ページ目の冒頭にあるのは、おなじみの図ですので皆さんご存じだ と思いますけれども、1955 年から1965年というたった10年間の間に、自宅分娩が 8 割以上であったものが、施設分娩が8割以上になったと。この大転換が起こったという のが日本の状況です。

そこで、括弧 2 からがその産んだ人へのアンケート調査なのですが、1960 年代の前 後に大転換が起こったのであれば、その当時に産んだ人、いろんな年齢で産んでいると 思いますけれども、1945 年生まれだとすると、1960年を挟んで、あるいは 60 年代後 半、70年頃に産んでいると。それで1945年というのを一つの基点にすると、その人た ちは今 70 歳なのです。なので、その移行期にあった女性たちにアンケートなり、聞き 取りは 80 歳になってもできるかもしれないけれども、アンケートという形でその移行 期の経験を集めるのはもうラストチャンスかなと思いまして、簡易的なのですが、ネッ ト調査ということで、ご年配の女性の方々に当時の出産のときの経験というのを答えて いただいた、そのアンケート調査から見えてくるものを報告したいと思います。

1 ページの下にありますように、私はその移行期の女性の声を集める、経験を集める 最後のチャンスだと思ったのですが、やはりネット調査という限界もありまして、実際

190

には60 代前半、60代の方、65歳ぐらいの方が答えたアンケートで、出産したのは 70 年代で、ほとんど病院で産んだ女性たちにアンケートができたような結果でした。ちょ っと意図したところとは違ったのですが、結果的には病院化が完了したその一番頭のと いうか、自分のちょっと上の世代は自宅で産んだり施設で産んだりしたのだけれども自 分たちの世代はもうほぼ施設になったという、その移行の完了期の女性たちに経験が聞 けたような調査になります。

2 ページ目に移りますが、このような中で妊娠時の経験を聞いたところ、エコーを受 けたという人が既に4割いました。妊婦健診でエコーというのは、エコーの台数とか、

どういう施設が何パーセントぐらいエコーを持っていたかというデータは出ているので すが、4 割がエコーを受けていたということで、少し驚いた数字です。また、1 回目の 出産で妊婦健診のときに助産師の健診を受けた人が2割しかいなかった。70年代初めに 出産をした人が多かったのですけれども、出産の介助だけでなく妊婦健診の場面から助 産婦というものを知らない世代であったということがわかります。

また、母親教室といわれていたような出産準備教室は36%ぐらいしか受けていない。

3 割もと言うか、3 割しかと言うかというのは分かれますけれども、さまざまな自治体 調査などでは、頑張っている自治体はパーセンテージが高いという資料が残っていたり するのですが、ネット調査ですが、産んだ女性たちの経験からすると4割ぐらいの人が 出産準備教育を受けていたということがわかりました。それから健診を受けていない人

は1%しかいませんので、たぶん現代とあまり変わらない状況ではないかと思います。

それから出産場所の選択の理由ですけれども、これは現代で聞いているのとあまり回 答の傾向として違いがなく、ちょっと見づらいのですが、1回目、2回目、3回目の出産 で、理由として1位、2位、3位というのを挙げてもらったわけですが、特に1回目の 出産の第1位というところに注目しますと、「家から近かった」が多い。そこで問題に なるのは、その家から近い所にどれぐらいの選択肢があったのかということなのですが、

それについてはまた後でご報告したいと思います。

それから「親、きょうだいからの勧め」というのが2割です。親は自宅で産んだ世代 だと思いますが、その自宅で産んだ世代も「あの病院がいいよというような評判を聞い た」とか、「あの先生はいいらしい」とか、「とてもきれいよ」とか、そういうことか わかりませんが、勧めがあったというふうに言っています。

それで2ページ目の下からは出産時の環境について聞きたかった項目です。というの は、いろいろな文献では、団地で核家族、夫婦で住むことが多くなって「手狭になった ので自宅で産めなくなった」とか、「母親と娘の距離が離れたのでなかなか自宅分娩が できなくなった」というような環境要因というのが言われるので、実際はどうだったの かと思って、出産時の家事・育児などはどうだったかという質問をしたのが2ページ目 の下になります。そうすると、「里帰り分娩をしていて、母に手伝ってもらった」とい う人が最も割合が高いのです。半分ぐらいはそのように答えていました。

ということは、里帰り分娩だけれども、病院で産み、そして病院から実家に退院をし て、実家に世話をしてもらうというようなスタイルであったということがわかります。

そうすると、団地だから狭かったとか、そういったことは一部には当てはまるけれども、

一部には当てはまらなかったのではないかということが、ここから浮かびます。

ドキュメント内 アジアのジェンダーとリプロダクション (ページ 188-200)

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