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論文の要旨
申請者 大野 洋介 研究論文題目
大規模臨床データベースを用いた粘液水腫性昏睡の実態調査と 顕微鏡下手術による動物モデルの確立
1 背景と目的
粘液水腫性昏睡は、重症甲状腺機能低下症を基盤とし、低体温・循環不全・
呼吸不全が重層する事により中枢神経機能障害をきたす、致死的な内分泌緊急 症である。しかし、本症の診断基準や治療指針は未だに確立されておらず、基 礎研究の根幹となる動物モデルも存在しない。日本甲状腺学会の臨床重要課題 に指定されており、学会員を対象とした2008年の実態調査では、17例しか報告 がなく、臨床データの蓄積は不十分であった。治療指針策定の一助とするため に、急性期入院医療の診断群分類に基づく1日当たりの包括評価制度 (Diagnosis
Combination Database: DPC) に関する既存の大規模臨床データベースを用いた
本症の実態調査と顕微鏡下手術による動物モデルの作製を試みた。
2 対象と方法
(1)大規模臨床データベースを用いた実態調査
厚生労働科学研究費補助金による指定研究であるDPCデータ調査研究班のデ ータを用いて、2010年7月から2013年3月の期間における本症の治療実態を調 査した。
(2)動物モデルの作製
雄のニュージーランドホワイトウサギ(体重2.5~3.0kg)を手術用顕微鏡下で 甲状腺全摘を行う群(甲状腺全摘群、7 羽)と偽手術(甲状腺を露出した後に、
創部を縫合)を行う群(対照群、7羽)へ無作為に振り分けた。手術前と術後 2・ 4 週間目に、採血と血圧・脈拍・体温・心電図の計測を行い、15 週間の観察を 行った。観察期間中に死亡した場合は、剖検(死亡時の主要臓器の組織所見)
により死因を調べた。
3 成 績
(1)大規模臨床データベースを用いた実態調査
約1894万人の入退院患者データから149人の粘液水腫性昏睡患者を抽出した。
本症の発症平均年齢は 77 歳で、女性に多く(男性:女性=1:2)、全体の死亡
率は29.5%(44例/149例)、2012年の国内での推定発症頻度は1.08/100万人
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/年であり、有意な死亡関連因子は①高齢、②カテコラミン単独使用もしくは カテコラミンと副腎皮質ステロイドの併用、であった。投与する甲状腺ホルモ ン剤の種類は、死亡と有意な関連を認めなかった。
(2)動物モデルの作製
甲状腺全摘群は、対照群と比較し、術後4週間目に血清総T4値の顕著な低下 (0.50±0.10 vs. 3.32±0.68 µg/dL、p<0.001) を認め、低体温・収縮期低血圧・徐脈な どの甲状腺機能低下症の所見を示した。甲状腺全摘群の 7 羽中 6 羽が、術後 4
~14 週間目に死亡し、剖検で粘液水腫心によるうっ血性心不全の組織所見が確 認された。
4 考 察
(1)大規模臨床データベースを用いた実態調査
本研究は、DPC データベースを用いて、従来の報告数を大きく上回る 149 例 の粘液水腫性昏睡患者を分析し、本症の臨床疫学的特徴や死亡関連因子を明ら かにした。今回の検討では、治療指針のエビデンス確立には至らなかったこと から、詳細な臨床情報を含む症例登録システムを構築し、全国規模で症例を集 積することが、本症の救命率向上のための今後の課題である。
(2)動物モデルの作製
甲状腺全摘群のウサギは、重症甲状腺機能低下症の徴候を示し、術後 4 週間 目以降にその大部分が死亡し、剖検所見で粘液水腫心によるうっ血性心不全を 認めたことから、粘液水腫性昏睡の動物モデルたり得ると考えられた。このモ デルは、本症の新しい治療法やバイオマーカーの開発、ひいては最適な甲状腺 ホルモン補充療法確立の一助となることが期待できる。さらには、DPC データ の検討で新たに生じた治療上の問題(ステロイドやカテコラミンが粘液水腫性 昏睡の病態を悪化させるか否か)も本モデルを用いて検討できるであろう。
5 結 論
我々は、極めて稀かつ致死性の高い緊急病態である粘液水腫性昏睡に対して、
大規模臨床データベースを用いた実態調査と動物モデルの確立による両面から 検討を行った。本研究は、治療指針策定を目指す上での推進力となることが期 待できる。