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4 カノニカルアンサンブルとカノニカル分布

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(1)

4

カノニカルアンサンブルとカノニカル分布

マイクロカノニカルアンサンブルは統計力学の基礎として、とくに概念的な意味においてたいへん重要な考 え方である。しかしながら、現実の系に統計力学を適用しようとすると、マイクロカノニカルアンサンブルが 仮定するエネルギーが一定であるという制約はきわめてきびしいものである。外界と相互作用のないほとんど 孤立した系のような、特殊な状況に適用範囲が限られてしまう。また、きわめて多数の自由度を含むという条 件も、場合によると不都合な場合もある。我々が日常的によく目にする情況は、対象となる系がその周囲と熱 的な接触をもち、平衡状態にある場合である。そのような、より現実的な状況に適用可能な考え方について説 明するのがこの節の目的である。つまり、マイクロカノニカルアンサンブルの考え方に基づきながら、より広 範な適用範囲をもつ統計力学的な母集団や統計分布を導入することがここでの目的である。

すでに我々はこれから説明しようとする状況に類似した例題について学んだ。それは、理想気体のMaxwell-

Boltzmannの速度分布の導出である。そのときは、気体中の1個の粒子を取り出して、それが残りのN−1

個の粒子とエネルギーのやりとりをしながら平衡状態を保っていると考えた。

4.1

カノニカルアンサンブルとカノニカル分布

これから定義しようとするカノニカルアンサンブルは、

::::::温度が

::T

:::::::である、きわめて大きな自由度をもつ系 Rと相互作用をもち、

:::::::::::::::::::::熱的に平衡状態にある統計的な母集団のことである。したがって、我々が対象とする系 のエネルギーの値は一定ではなく、その周囲(系R)との相互作用によるエネルギーのやりとりにより変化す る。このような情況にある系を記述しようとする場合に必要となることは、変化するそれぞれのエネルギーの 値に対応する状態がどのような確率で出現するかという、系の統計的な性質である。

5 熱浴と熱平衡状態にある系

-

S

熱浴R

∆ E

系がエネルギーのやりとりを行う大きな自由度を もつ系Rのことを、今後、熱浴(Heat Reservor) 呼ぶことにする。我々が取扱いの対象とする系の自由 度に関する制約は特に設けないことにする。有限の自 由度であっても、大きな自由度を含むものであっても 構わない。ただし、熱浴に含まれる自由度は、対象と する系の自由度に比べ圧倒的に巨大であり、他の系と エネルギーのやりとりがあっても熱浴のエネルギー 変化は、ほとんど無視できるものとする。熱浴は他の 系とエネルギーのやりとりはあるものの、それ自身で 温度が定義できると考える(マイクロカノニカルアン サンブルの温度は、系の平均のエネルギーと関係があ る。平均エネルギーの変化が小さければこれは満足さ れる)。また、系と熱浴との相互作用はきわめて小さ く、この相互作用の及ぼす影響は無視できるものと考 える。

熱浴と相互作用のある系は、もはやエネルギーが保存するとは見なされない。熱浴との相互作用によるエネ ルギーのやりとりのため、時間の経過に伴って系はいろいろなエネルギーの値を取りえる。したがって、位相

(2)

空間内における系の時間的な運動は、もはや等エネルギー面上だけに限られることはなく、全空間に広がった ものとなる。系の位相空間内の各領域、つまり、あるエネルギーE の値に対応する領域における系の滞在時 間を用いて確率を定義することができる。このように位相空間に確率に導入することによって統計的な母集団 を定義することができる。この母集団をカノニカルアンサンブルと呼び、それが従う統計分布をカノニカル分 布と呼ぶ。

4.2

カノニカル分布の導出

カノニカル分布が具体的にどのように表されるかについて考えてみよう。熱浴と対象とする系とを合わせた 全体の系を閉じた系であると考え、これがマイクロカノニカルアンサンブルに従うと考えても一般性を失うこ とはない。対象となる系、および熱浴のエネルギーをそれぞれEERとすれば全エネルギー、

Et=E+ER

は最初の仮定より保存される。熱浴に関して、そのエネルギーの値をER としたときの位相空間の体積、また はそこに含まれる微視的な状態数R(ER)と、その対数SR(ER)が次のように与えられているとする。

R(ER) = exp[SR(ER)/k]

マイクロカノニカルアンサンブルの性質から、エネルギーの値E,またはE にある系を見いだす確率は、

そのそれぞれの場合に対応する位相空間の体積で決まる。系のエネルギーの値を決めてしまえば、それは熱浴 の状態数だけで決まってしまう。エネルギー保存則から、系のエネルギーをE, E とすれば、熱浴のエネル ギーは、Et−EEt−E となり、その状態数はそれぞれexpSR(Et−E)expSR(Et−E)に比例する。

つまり、エネルギーの値E E の系を見い出す確率の比は、これらの状態数の比に等しく、次の関係が成 り立つ。

p(E)/p(E) = exp[SR(Et−E)/k−SR(Et−E)/k]

4.2.1 実現確率とボルツマン因子

一般に熱浴と平衡状態にある系が、エネルギーの値E の状態に見いだされる相対確率p(E)は 熱浴の状態 expSR(Et−E)に比例する。つまり、次の比例関係が成り立つ。

p(E)∝expSR(Et−E)/k (4.1)

たまたま、系の2つの状態が同じエネルギーをもつ場合、それらは同じ実現確率をもつ。確率p(E)のエネル ギーについての具体的な関数形を調べるために、状態の対数SR(Et−E)を以下のようにE について展開し てみよう。

SR(Et−E) =SR(Et)−E ∂SR

∂E E=E

R

+· · ·

=SR(Et)−E

T +· · · (4.2)

上の式の分母に現れた温度T は、マイクロカノニカルアンサンブルの温度の定義から、熱浴の温度であるこ とがわかる。つまり、熱浴の温度が次のように定義されているとここでは考えている。

∂SR(ER)

= 1

(3)

ER に比べ、系のエネルギーE 無視できると考えているので(つまり、|E/ER| ≪1が成り立つ)、対象とす る系との相互作用により熱浴のエネルギーが変化しても、その温度への影響はほとんど無視できる。(4.2)

(4.1)に代入すれば、熱浴の温度を用いて系がエネルギーE の状態に見いだされる確率が次のように求まる。

p(E)∝exp(−βE), (β= 1/kT) (4.3)

このexp(−βE)の因子のことを統計力学では

::::::::::::::

ボルツマン因子と呼んでいる。また、統計力学では、ボルツマ ン因子に現れる1/kT はよくβ という記号で表される。位相空間におけるカノニカルアンサンブルの分布 密度はボルツマン因子に比例する。このように定義された分布密度は、ハミルトニアンの関数で与えられ、

Liouvilleの定理によれば、この分布形は時間の経過にかかわらず保存される。

系のとりえるエネルギーの値が離散的な場合について、その確率を次のように仮定する。

p(Ei) = 1

Z exp(−βEi) (4.4)

ハミルトニアンH(q, p)で記述されるような力学系で、座標と運動量が連続的な値をとるばあいの実現確率は p(q, p)∝exp[−βH(q, p)]

によって与えられる。すべての状態についての確率の和が1 であることを用いて、(4.4)式の比例係数に現れ Z の値は次のように与えられる。

Z =X

i

exp(−βEi) (4.5)

この和は、可能なエネルギーの値に関するものではなく、すべての状態についての和であることに注意が必要 である。同じエネルギーの状態が複数存在する場合でも、それらすべてを上の和に含めなければならない。連 続的な状態が関係する場合は、上の離散的な和は連続的な変数に関する積分として表される。

4.2.2 熱平均値の求め方

カノニカルアンサンブルを用いて記述される系のエネルギーは、熱浴との間でエネルギーのやりとりを行う ことによって、いろいろな値を取り得る。したがって、エネルギーの値に依存するような物理量の熱平衡状 態の値は、取り得るエネルギーにおける物理量の値にその実現確率(4.4)をかけたものの和として得られる

::::::::::::::統計的な平均値だけが意味をもつことになる。したがって、系のエネルギーの値が離散的な値をとる場合は、

次式で与えられる。

hAi=X

i

p(Ei)A(Ei) = P

iA(Ei)eβEi P

ieβEi (4.6)

熱力学に現れる内部エネルギーは、系の平均のエネルギーのことである。上の定義にしたがえば、カノニカル 分布にしたがう系の内部エネルギーの値は次のよう与えられる。

hEi= P

iEieβEi P

ieβEi

4.3

分配関数の導入

(4.4)式で、ボルツマン因子から確率を定義するために導入した規格化因子Z の値は、カノニカル分布にお

いてきわめて重要な意味をもつ量である。この値は、分配関数(Partition Function)という呼び名で知られ

(4)

ている。すべての状態についてのボルツマン因子の和であることから、分配関数は状態和(Sum over States) と呼ばれることもある。(4.4)式では、離散的な和として与えられているが、系のエネルギー、つまり、ハミ ルトニアンH(q, p)がその座標と運動量などの連続変数の関数として与えられるような場合には、以下のよう な多重積分に比例する。

Z ∝ Z

· · · Z

ΠidqidpieβH(q,p) (4.7)

この比例係数については後で説明を行う。例えば、系のエネルギーがその座標と運動量の連続的な変数の関数 として、ハミルトニアンH(q, p)で与えられるような場合は、ボルツマン因子eβH(q,p) の値を全位相空間に ついて積分したもので与えられる。この分配関数を用いると内部エネルギーの値は次のように計算することも できる。

hEi=−1 Z

∂Z

∂β =−∂lnZ

∂β

参考

(4.7)式に現れる乗積の記号Πは次の意味をもつ。

Πni=1ai=a1×a2× · · · ×an

和の記号Σと同じような意味をもつが、和が積に変ったものと思ったらよい。

4.3.1 状態数と状態密度

これまでの説明からもわかるように、統計力学では多くの場合に系の取り得る状態に関する和を計算する必 要がある。その場合、エネルギーの関数として与えられる変数についての和は、次のような状態密度を導入す ると便利である。まず、状態密度ρ(E)は次のように定義される。

ρ(E) =X

i

δ(E−Ei) (4.8)

この定義から、エネルギーの値についてE0からE1 の範囲で密度を次のように積分すると、この範囲に含ま れるエネルギー順位の数(状態数)が得られる。

Z E1

E0

dEρ(E)

したがって、ある微小なエネルギー間隔E∼E+δE の間に存在する状態数はρ(E)δE で与えられる。エネ ルギーE 以下の状態数の総和は状態密度の積分を用いて次のように与えられるので、密度は、Ω(E)のエネ ルギーに関する導関数として与えられる。つまり、

Ω(E) = Z E

dEρ(E), ρ(E) =dΩ(E) dE

すでに理想気体の系の状態数がΩ(E)∝E3N/2 で与えられることについて示した。大きなN の値をもつ系 においては、以下のように状態密度ρ(E)Ω(E)との違いはほとんど無視して考えることができる。

ρ(E) =∂E3N/2

∂E = 3N

2 E3N/21∼E3N/2

状態数の自然対数として定義される関数S(E)ρ(E)の間にも次の関係があると考えてよい。

(5)

参考(デルタ関数について): x=a 以外の関数の値はゼロでありながら、x=aの値に鋭いピークをもち、

この値を含む領域で積分を行うと次のような結果を与えるような特異性をもつ関数のことをデルタ関数と呼ん でいる。

Z

dxδ(x−a)f(x) =f(a)

(4.8)の状態密度の定義は、f(x) = 1の関数がかかったデルタ関数の和で与えられている。デルタ関数のこの

定義から、あるエネルギー範囲E0 からE1 の範囲で状態密度を積分すると、その値としてこの領域に含まれ るエネルギーEi の数が得られる。

(6)

4.3.2 Helmholtzの自由エネルギー

分配関数が重要な意味を持つ理由は、後で説明するようにこれが熱力学におけるHelmholtzの自由エネル ギーと関係があることによる。自由エネルギーを定義するために、分配関数Z (4.5)式で導入した状態密 度関数を用い、エネルギーに関する次のような積分形で表してみよう。

Z=X

i

eβEi = Z

dEeβEX

i

δ(E−Ei) = Z

dEeβEρ(E)

= Z

dEeS(E)/kβE= Z

dEeβF(E) (4.9)

また、この積分の値は次のように、被積分関数として現れる指数関数の指数部を極小値の周りで展開して評価 することができる。

F(E) =F(T) +f2

2 (E−E)2+· · ·

ただし、関数F(T)は、極小値を与える条件から得られるエネルギーE を用いて次のように定義した。

F(T) =E−T S(E), ∂S(E)

∂E E=E

= 1

kT (4.10)

E は温度の関数となる。上の積分値は、(4.9)に被積分関数に関する極値の周りの展開形を代入し、次のよ うに求めることができる。

Z = exp[−βF(T)]

Z

dEeβ[f2(EE)2/2+···]

= exp[−βF(T)−(1/2)·ln(βf2/2π) +· · ·]≃exp[−βF(T)]

理想気体の場合には、(4.9)式の被積分関数の指数に現れる関数F(E)のエネルギー依存性は次のようになる。

F(E) =E−3

2N kTlnE =N kT[f(ε)−lnN kT] f(ε) =ε−3

2lnε

実際に、この関数は下に凸でありエネルギー等分配則に対応するエネルギーが関数の極小に対応する。参考ま で、関数f(ε)ε依存性を図6 に示す。F(T)は上の式のE を、極小値を与えるkT で置き換えたものと して次のように与えられる。

F(T) = 3

2N kT−3

2N kTln(3N kT /2) (4.11)

極値の条件 (4.10) は、マイクロカノニカルアンサンブルの温度の定義 (3.8) と全く同じ形をしてい る こ と に 気 づ く 。た だ し 、カ ノ ニ カ ル 分 布 に お け る そ の 意 味 は 全 く 異 な る こ と に 注 意 が 必 要 で あ る 。 カノニカル分布においては、熱浴の温度 T は最初から与えられている。その

:::::::::温度から対象とする系の

::::::::::::::::::::::::::::::内部エネルギーの平均値を求めるのが(4.10)式である。マイクロカノニカルアンサンブルはその逆に、エネ ルギーの値から温度を定義する。あとで、温度の関数であるF(T)が自由エネルギーであることについて説明 するが、F(T)は分配関数と次のような関係で結ばれている。

F(T) =−1

βlnZ, Z = eβF(T) (4.12)

(7)

0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 ε

0.0 1.0 2.0 3.0 4.0

f(ε)

6 理想気体の場合のf(ε)

分配関数を求めることによって、自由エネルギーを計算する方法を与えるものとしてこれは統計力学では重要 な関係式である。(4.10)式から、自由エネルギーの温度微分は次の結果を与える。

∂F

∂T =∂E

∂T −T ∂S

∂E

∂E

∂T −S=−S (4.13)

つまり、これを利用してエントロピーに関係する関するS を温度の関数として求めることができる。

4.4

体積の変化する系

これまで位相空間の体積が空間座標依存性をもつことについては無視してきた。しかし次の簡単な例を考え てみれば、系の状態数に空間座標も重要な寄与があることが理解できる。

例えば、図7に示すように、体積V0 の中にN 個の粒子が含まれる理想気体の系を考えたてみよう。容器 の体積がV0 からV1 に変化すると、個々の粒子に関して空間の体積がV1/V0 倍の大きさに変化する。N の粒子を含む系全体として考えた場合、粒子の運動が独立であると考えると、(V1/V0)N 倍も位相空間の体積 が増大する。つまりこの場合、VN に比例する体積依存性が系の状態数に含まれていることを示唆する。体積 変化を伴う系の統計力学的な取扱いには、系の状態数にこの体積依存性があることも考慮に入れる必要性があ る。具体的には、これは、状態数の自然対数として定義される関数S(E, V)が、体積依存性をもつことを考 慮することに対応する。まず、体積が変化できる系の熱平衡の条件を調べるために、図 8 に示すような互い に体積が変化する2 つの系を考えてみよう。

4.4.1 体積変化を許す場合の熱平衡条件

8に示すように、ピストンのように自由に移動できる仕切りのある容器に入れられた2つの系A, Bの平 衡状態について考えてみよう。2つの系を合わせた全体の系は、体積、エネルギーがともに保存し、マイクロ カノニカルアンサンブルの統計にしたがうものとする。それぞれの系を、A, Bと呼ぶことにして、それらの エネルギーをEA,EB とし、体積をVA,VB とすれば、系全体のエネルギーEtot、体積Vtotは それぞれの和

(8)

b c

b c

b c

b c

b c b

c

V0

V1

7 体積V0 内のN 個の粒子

として与えられる。つまり、

Etot=EA+EB, Vtot =VA+VB

が成り立つ。すでに温度の定義についての説明で述べたように、この系の平衡状態は、この系に含まれる微視 的な状態の数(場合の数)を最大とするようなエネルギーおよび体積の配分のしかたによって決まる。

A B

EA,VA EB,VB

∆ V

8 体積変化のある2つの系の熱平衡

それぞれの系A, Bに対し、状態数A, ΩB (位相空間の体積)がエネルギーと体積の関数として次のよう に与えられていると仮定する。

A(EA, VA) = exp[SA(EA, VA)/k], ΩB(EB, VB) = exp[SB(EB, VB)/k]

これまでと同様に、系全体の状態数は2つの系の状態数の積、A×ΩB で与えられるので、平衡条件は全エ ネルギーと全体積一定の条件の下で次の値、

SA(EA, VA) +SB(EB, VB)

(9)

を極大にする条件によって決まる。つまり、次の2つの条件が得られる。

∂SA(EA, VA)

∂EA

= ∂SB(EB, VB)

∂EB

EB=EtotEA

(4.14)

∂SA(EA, VA)

∂VA = ∂SB(EB, VB)

∂VB

VB=VtotVA

(4.15) このうちの最初の条件(4.14)は、両方の系の温度が等しいという条件に対応する。2 番目の条件(4.15)が何 を表すかについてさらに詳しく見てみよう。

4.4.2 圧力と自由エネルギー

8 の片方の系、例えば系Bが自由度の小さい力学系の場合を考えてみよう。例えば図9に示すように、

バネのようなもので系A の仕切りの壁が支えられているような場合である。このとき、系A の体積がδVA

だけ増加すると、そのエネルギーは系Bに対して行った仕事W だけ減少する。つまり、エネルギー変化は 次のように与えられる。ただし、pは圧力である。

∆EA=−W =−pδVA, ∂EA

∂VA

=−p

A EA,VA

p

δVA

9 体積変化のある系の熱平衡

AのエネルギーEA は、体積 VA にも依存することがわかる。体積変化に対し、状態数が極大となるよ うにしてこの系の平衡条件を求めると次の式が得られる。

dSA(EA, VA) = ∂SA(EA, VA)

∂EA

(−pδVA) +∂SA(EA, VA)

∂VA

δVA= 0

ここで、SA の EA に関する微係数が1/T であることを用い、また、力学系の自由度が、系Aの自由度に 比べ十分無視できると考えた。つまり、次の結果が得られる。

∂SA(EA, VA)

∂VA

= p

T (4.16)

最初の温度が等しい条件と合わせると、この2 番目の条件は両方の系の圧力が等しい場合に熱平衡が到達さ れることを意味している。これは、直感的にも合理的である。これを用い、関数F の体積依存性として次の 関係、

∂F

∂V = (1−T∂S

∂E)∂E

∂V −T∂S

∂V =−p (4.17)

が得られる。

(10)

4.5

熱力学との対応

すでに得られた (4.13)(4.17)とから、 関数F(T, V)の温度と体積に関する微係数とその全微分は次 のように表される。

∂F(T, V)

∂T =−S(T, V), ∂F(T, V)

∂V =−p

dF(T, V) =−S(T, V)dT−pdV (4.18)

また、マイクロカノニカルアンサンブルに対して系の状態数の自然対数として定義し、カノニカルアンサンブ ルに対しては自由エネルギーの温度微分で得られる関数S(T, V)について、これまでに得られた結果から次 の関係が成り立つこともわかる。

dS= 1

TdE+ p

TdV, または、 TdS= dE+pdV 関数S と、内部エネルギーE、関数F(T, V)とは、(4.10)の関係もある。つまり、

F =E−T S

が成り立つ。これらの関係をすべて考慮し総合して判断すると、関数S が熱力学におけるエントロピー、ま

F Helmholtzの自由エネルギーに対応するものであると結論できる。したがって、今後の説明ではこれ

らの関数のことをはっきりと、エントロピー、自由エネルギーと呼ぶことにする。定義からエントロピーはボ ルツマン定数と同じ単位をもつ。

カノニカル分布のエントロピーが次のように表されることも参考のために示しておく。

S= (E−F)/T = 1 T Z

X

i

EieβEi+ 1 TkTlnZ

=−kX

i

eβEi

Z ln(eβEi) +kX

i

eβEi Z lnZ

=−kX

i

(eβEi/Z) ln(eβEi/Z) =−kX

i

pilnpi (4.19)

自由エネルギーに関する(4.10)の関係、分配関数の定義(4.5)、分配関数と自由エネルギーとの関係(4.12) を用いて書き換えたものである。ただし、pi= eβEi/Zは、確率をあらわす。

(11)

4.6

カノニカル分布の応用

カノニカルアンサンブルについての理解を深めるために、この考え方やカノニカル分布を具体的な系に適用 し、その系の熱力学的な性質を導く簡単な例題をいくつか紹介する。

もっとも簡単な例は、マイクロカノニカルアンサンブルに関する例題として取り上げた2準位系である。こ こでは、最初の例として、2つの離散的なエネルギー準位(Ei=ε, ε+ ∆)をもつ原子1個からなる系が、温 T の熱浴と平衡状態にある場合の熱力学的性質を調べてみよう。分配関数Z、自由エネルギーF は定義よ り次のように求められる。

Z = eβε+ eβ(ε+∆)= eβε(1 + eβ∆) F =−kTlogZ =−kTlog[eβε(1 + eβ∆)]

=ε−kTln(1 + eβ∆)

(4.18)を用いて、エントロピーは自由エネルギーの温度微分から次のように得られる。

S=−∂F(T)

∂T =kln(1 + eβ∆) +kT eβ∆

1 + eβ∆

∆ kT2

=k

ln(1 + eβ∆) + ∆ kT

1 1 + eβ∆

(4.20) 得られたエントロピーの温度依存性は次のようになる。まず、∆/kT の比の値の大小によって高温、低温の 領域にわけて考えることができることに注意しよう。2つの温度領域を分ける目安となる温度は、T0= ∆/k で与えられる。まず、低温領域では(4.20)に表れるボルツマン因子について次の性質が成り立つ。

eβ∆≪1, T ≪T0

したがって、エントロピーの温度依存性は、温度の低下とともに次のような温度依存性にしたがってゼロに近 づく。

S=k ∆

kTeβ∆+· · · →0, (T /T0→0) 一方、高温ではボルツマン因子について次の展開が成り立つ。

eβ∆= 1− ∆

kT +· · ·, T ≫T0

この場合、以下に示すように、温度の上昇とともにエントロピーはある一定の値に近づく。

S =k

ln(2−∆/kT+· · ·) + ∆/kT 2 + ∆/kT+· · ·

=k

ln 2− ∆ 2kT + ∆

2kT +O((∆/kT)2)

10にエントロピーの温度依存性についての計算結果を示す。この図でも示されているように、低温でエン トロピーがゼロに近づく性質は一般に成り立ち、熱力学の第3法則として知られている。高温でエントロピー ln 2 に近づくのは、kT と同じエネルギーの状態が、すべてエントロピーに同様な寄与をするためである。

(4.19)のエントロピーの式からもわかるこの結果もエントロピーのよく知られた性質である。

カノニカルカノニカルアンアンブルの取り扱いには、このようにまず分配関数を求めることが重要である。

他の例の取扱いについて紹介する前に、古典的な統計力学でも必要な量子力学的な補正を行う必要性について 説明する。

(12)

0.0 1.0 2.0 kT/

0.0 0.5 1.0

S(T)

10 2準位系のエントロピーの温度依存性

4.6.1 量子補正

量子力学を用いない、純粋に古典的な取り扱いをした場合、巨視的な世界における我々の経験とは矛盾する 結論が導かれる場合がある。そこで、これまで説明してきた古典的な取り扱いに、量子力学的な補正を取りり 入れる方法について説明する。もちろん、量子力学に基づく統計力学では必要のないものである。これらの補 正は近似的なものであり、補正によって矛盾が完全に取り除かれるわけではない。ただ、どのような補正が必 要かについて知っておくことは、量子力学の理解にも役に立つものと考える。

性格の異なる2 つの量子力学的な効果に対する補正が必要であるが、以下にその理由と対処のしかたにつ いて簡単に述べる。

1. ハイゼンベルグの不確定性原理による補正

古典力学では、物質粒子の座標と運動量の値がいくらでも正確に確定できると仮定している。量子力学 では、物質粒子も波動性を示すことから、不確定性原理が成り立ち、座標の値qとその共役な運動量p の値は、次のように与えられる、ある誤差の範囲内で指定で決定できるにすぎない。

∆q∆p≥¯h/2

この不確定性は、位相空間内の各座標が互いに異なる系の状態であると見なすことが不可能であること を意味する。例えば、あるひとつの自由度に関する位相空間内の部分空間q−p平面を考えてみよう。

もし、上の最小誤差の範囲でしか系の状態を区別できないとすると、この平面上の∆q∆p=hの微小 な面積当たり、1 個の量子力学的に互いに独立な状態が定義できるにすぎない。N 粒子を含む3 次元 系に対しては h3N の位相空間の微少体積当たり独立な1 個の状態が定義できることになる。ある領域 内に含まれる独立な状態数は次のように求められる。

状態数= 1 h3N

Z

ΠidriΠjdpj

(13)

単位である。この補正によって、上の右辺の値は単位をもたない(無次元の)値となり、これを状態数 と考え上でも都合がよい。

2. 粒子の同等性に関係する補正2 量子化の効果

量子効果として、上に述べた効果以外に、同じ種類の粒子がお互いに本質的違いがなく、区別がつかな いという粒子の同等性が知られている。理想気体の場合を例にとってこの効果について以下に説明す る。分配関数を計算しようとする場合、位相空間の空間積分に関し、例えば2粒子系の場合、次のよう な積分が現れる。

Z d3r1

Z

d3r2=V2

簡単のために長さLの辺をもつ立方体に気体が含まれているとし、粒子のxだけを考えると、積分領 域は図11に示すようになる。図中の小さな丸がそれぞれの粒子を表すものとする。2個の粒子の座標 に関して独立に積分を行うと、積分の値は面積に等しくL2 となる。

ただし、もし粒子が互いに区別できないとすると、この値は次のような意味で状態を余分に数えすぎた ことになる。図 11の2つの粒子の配置は、粒子の位置を互いに入れ換えて得られるものである。上の 積分値は、これらが互いに区別できると考えたとき得られる値であり、区別できないとすると一つの配 置と考えなくてはならない。粒子が互いに区別できない効果から、上の空間座標に関する積分値を2

b c b

1 2

0 x1

x2

L L

b b

c

2 1

0 x1

x2

L L

11 2つの粒子の同等な配置

割る必要があることが導かれる。同様な議論を区別できないN 粒子の場合に拡張すると、同様に分配 関数の値をN!の値で割ってやる必要があることがわかる。

4.6.2 単原子の理想気体についての例

すでに説明した方法にしたがって、温度T の熱浴と平衡状態にある理想気体が、カノニカル分布にしたが うと考えてそのの系の熱力学的性質を導いてみよう。量子補正も考慮に入れることにする。理想気体に関して は、これまでに何度も取り上げたが、最も簡単な系として再度取り上げる。N 個の粒子を含むこの系のハミ ルトニアンは、次のように与えられる。

H=X

i

1 2mp2i

(14)

この系の分配関数Z は次のような多重積分として与えられる。

Z= 1 h3NN!

Z

ΠNi=1d3rid3piexp

"

−βX

i

p2i/2m

#

= VN h3NN!

2πm β

3N/2

(4.21) 空間座標に関する積分からV N が得られ、運動量に関する積分については公式、(3.11)を利用して得られる 結果である。すでに説明した方法にしたがって、自由エネルギーF、エントロピー S、比熱C の温度、体積 依存性は、この結果を利用して次のように求められる。

F =−1

βlnZ =−N β

3 2ln

2πm β

+ ln(V /h3)−lnN+ 1

S=−∂F

∂T =N k 3

2ln 2πm

β

+ ln V

N h3

+ 1

+ 3N k/2

=N kln

"

2πm β

3/2V e5/2 N h3

#

(4.22) C=T∂S

∂T = 3N k/2

上のエントロピーの表式はSackur-Tetrodeの式と呼ばれることもある。

ところで、もし量子効果によるN!の因子を考慮に入れないで計算したとしてみよう。その場合、自由エネ ルギーやエントロピーには次のような不都合が生ずる。自由エネルギーやエントロピーは、系のサイズに比例 する量である。例えば、系の粒子密度を変えずに体積と粒子数をそれぞれ2倍にすると、これらも2倍になる はずである。このような性質を持つ変数のことを示量変数(Extensive Variable)と呼ぶ。密度や圧力などは、

示強変数(Intensive Variable)と呼ぶ。(4.22)に得られた結果は、この性質に矛盾しない。しかし、N!の因 子を無視して計算すると、自由エネルギーやエントロピーの表式にはln(V /N) ではなくて、単にlnV に比 例する項が現れ、示量変数の性質と矛盾する。例えば体積を2倍にすると Nln 2に比例するような余分な項 が現れてしまう。このように、量子補正の効果を無視すると、巨視的な性質にも矛盾が現れることがある。

エントロピーの温度依存性についても考えてみよう。ド・ブロイによれば、物質波の波長λと運動量p 間には、p=h/λの関係がある(hはプランク定数)。とくに等分配則による熱エネルギーkT /2の運動エネ ルギーをもつ粒子の波長λT のことを、熱ド・ブロイ波長と呼び、次のように与えられる。

h2 2mλ2T =1

2kT

この熱ド・ブロイ波長を用いて、エントロピーは次のように書き換えることができる。

S =N kln

(2π)3/2e5/2 v λ3T

=3 2N kln

2πe5/3T T0

, h2 2mv2/3 = 1

2kT0

v=V /N は原子1個当たりの体積である。v1/3 は、ほぼ原子間の平均距離と考えられるので、上の結果は熱 ド・ブロイ波長が原子間の平均距離にほぼ等しくなるような温度になると、エントロピーに表れる対数の引数 の値が1程度の値となることがわかる。これ以下に温度が下がるとエントロピーは負になってしまう。熱力学 の法則に矛盾するこのような結果が導かれる理由は、古典的な取り扱いの適用範囲が、この程度の温度までに 限られてしまうためである。S/N k についての数値計算の結果を図4.21に示す。

(15)

0.00 0.02 0.04 0.06 0.08 T/T0

−3.0

−2.0

−1.0 0.0 1.0 2.0

S(t)/Nk

12 Sackur-Tetrodeのエントロピー

4.6.3 調和振動子の集合についての例

調和振動子が数多く集まった系がカノニカル分布にしたがうと考えて、その熱力学的な性質を調べてみよ う。調和振動子の系は、固体の格子振動による熱的な性質にも関係する。周波数ωi で振動するN 個の調和 振動子のハミルトニアンは次のように与えられる。

H(q, p) =X

i

1

2mp2i+mω2i 2 qi2

分配関数は次のように計算することができる。

Z= 1 hN

Z

Πidqidpiexp [−βH(q, p)] = Πi

1 h

Z

dqidpiexp

− β

2mp2i −βmω2i 2 qi2

= Πi

"

1 h

2πm β

1/2 2π βmωi2

1/2#

= Πi

1 β¯hωi

(4.23) 理想気体の場合に必要としたN!の因子は、調和振動子の場合の場合には必要としないことに注意が必要であ

る。(4.23)の分配関数を用い、すでに説明した方法にしたがって自由エネルギーやエントロピーを求めること

ができる。熱力学の関係から、比熱もエントロピーの温度微分によって求められる。

F =−1

β lnZ=kTX

i

ln (β¯hωi) S=−∂F

∂T =−kX

i

ln (β¯hωi) +N k C=T∂S

∂T =N k

調和振動子の場合の分配関数を計算でN!の因子を無視したが、得られた自由エネルギーやエントロピーの 式は、これらがExtensiveな量であることと矛盾しない。もしこの因子を入れて計算したとすると、逆に不都 合が生ずることになる。

(16)

4.6.4 電気双極子や磁気双極子モーメントの系

電気双極子モーメントや磁気双極子モーメントが集まってできた系について、一様な電場や磁場を印加する と双極子モーメントは電場や磁場のの方向にそろう傾向をもつ。電場や磁場とモーメントの間に次のような相 互作用が働くためである。

−µi·E, または −µi·B

ここで、µi はモーメントを表すベクトルである。モーメントの大きさが一定であると考え、またモーメント 間の相互作用についても無視することにする。その場合、この系のエネルギーは、外場とモーメントの成す角 度だけに依存する。つまり回転の自由度だけが問題となる。この系をカノニカルアンサンブルと考え、その熱 的な性質を調べてみよう。

E 6

13 電気双極子や磁気モーメントの系

外場の方向をz 軸にとり、直交座標の代りに極座標を用いるとモーメント1個当たりのハミルトニアンは 次のように与えられる(外場が電場の場合)

h=−µ0Ecosθ, (µ0=|µi|)

θは、z軸とモーメントの成す角度である。エネルギーは、z軸についての回転角φには依存しない。分配関 数についてまず考えてみよう。状態和(積分)は、立体角に関する積分によって求められる。上のエネルギー には角度に関する運動エネルギーが含まれていないことからわかるように、一部の自由度に関するエネルギー だけ取り出したものと考えることができる。このような事情も考慮し、ここでは量子補正についてはあまり気 にしないことにする。

回転の自由度(θ, φ)に関する積分を実行することにより、モーメント1個当たりの分配関数は次のように 求めることができる。

zrot = Z

dφsinθdθexp[βµ0Ecosθ] = 2π Z 1

1

dveβµ0Ev, (v= cosθ)

= 4π

βµ0Esinh (βµ0E)

モーメント間の相互作用が無視できるとしたので、モーメントは互いに独立であると見なせる。系全体の分配 関数Z 1個当たりの分配関数のN乗、つまり zNrot で与えられる。この結果を利用し、自由エネルギーを 次のように求めることができる。

Frot=−N

β lnzrot=−N kTln4πsinh(βµ0E)

βµ E (4.24)

(17)

この系の熱力学的性質として、エントロピーの温度依存性を求めてみよう。これは自由エネルギーの温度微 分より次のように計算できる。

S=−∂F

∂T =N kln4πsinh(βµ0E)

βµ0E +N kT

−µ0E

kT2 coth(βµ0E) + 1 T

=N k

ln4πsinh(βµ0E)

βµ0E −βµ0Ecoth(βµ0E) + 1

=N ks(t) s(t) = ln[4πtsinh(1/t)]−1

t coth(1/t) + 1

エントロピーは、温度に関係する単一のパラメータt=kT /µ0E の関数として表される。関数s(t)は、高温、

低温の極限でそれぞれ、次のような温度依存性を示す。計算結果は図14(黒の実線)に示す。

s(t)≃

ln(4π) + 1−5/6t2, t≫1 のとき ln(4πt)−1/t, t≪1 のとき

熱力学の第3法則によれば、エントロピーは低温の極限でゼロの値に近づく必要がある。上の結果はこの経

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0

t

−1.0 0.0 1.0 2.0 3.0

s(t)

14 双極子モーメントの系のエントロピーの温度依存性

験則と矛盾するが、その理由は古典的な取り扱いをしたことによる。低温ではモーメントの方向についての古 典的な連続的な分布が成り立たず量子力学的な取り扱いが必要である。

次に、z-軸方向に向いた双極子モーメントの平均値を求めてみよう。外場をかけたことにより、外場の向き に揃った方がエネルギーが低くなる。したがって、モーメントの向きの角度方向に関する平均値に、外場に比 例する成分が有限に残る。モーメントの平均を求めるには、方向に依存する確率をモーメントの方向にかけ、

立体角について積分すればよい。1個のモーメントについての平均は次のように得られる。

zii= µ0

zrot

Z

dΩ cosθeβµ0Ecosθ

系全体の平均値は、自由エネルギー(4.24)を用いて次のようにこの値を求めることができる。

X

i

zii= N β

∂lnzr

∂E =−∂F

∂E =N µ0L(y), (y=βµ0E)

(18)

ただし、L(y)Langevin関数と呼ばれ、次のように定義される。

L(y) = cothy−1 y

Langevin関数は、その引数y の値の大小により次のようなふるまいを示す。

L(y)≃

y/3 y≪1のとき

1 1≪yのとき

したがって、温度kT と電場が存在する場合の双極子の配向エネルギーµ0E との大小関係により、低温と高 温の極限においてモーメントの平均値は次のように与えられる。

1 N

X

i

zii ≃

µ0 T ≪µ0E/k のとき µ20E/3kT T ≫µ0E/k のとき

高温におけるこの最後の式はDebyeの式として知られている。1個当たりのモーメントの平均値zii/µ0 t=kT /µ0E 依存性を図15に示す。

0 1 2 3 4 5

t 0.0

0.5 1.0

15 外場によって誘起された双極子モーメントの温度依存性

参考: 量子力学的な取扱い

量子力学的に今の双極子モーメントの問題を取り扱うと、最も簡単な場合にはこの系をエネルギー差が、

∆ =µ0E で与えられる2準位の系とみなせる。その場合の分配関数は次のように与えられる。

zrot= X

i=1,2

eβεi = eβµ0E+ eβµ0E= 2 cosh(βµ0E)

自由エネルギーやエントロピーについても、古典的な場合と同様に次のように求めることができる。

F =−N

β ln[2 cosh(βµ0E)]

S=−∂F

∂T =N kln[2 cosh(βµ0E)]−N kµ0E

kT tanh(βµ0E) =N ks(t) 1

(19)

この結果からわかるように、エントロピーは古典的な場合と同様、t=kT /µ0E の関数として与えられるが、

低温の極限でゼロとなり、熱力学と矛盾しない。s(t)の温度依存性も、図14(赤の実線)に示されている。

断熱消磁

磁気モーメントの集合からなる系に対し、断熱的に磁場を加えたり、取り去ったりすることによってその系 の温度を上げたり下げたりが可能である。この原理を図を用いて簡単に説明しよう。図16には2つの磁場の 値に対する磁気モーメントの系のエントロピーの温度依存性を古典的に計算した結果が示されている。赤の実 線は、ある磁場H をかけた状態でのエントロピーの温度依存性を示したものである。横軸のt は、kT /µ0H を表す。一方、青の実線は磁場の強さが半分になった場合を表したものである。磁場が半分の大きさの場合は kT /µ0(H/2) = 2tが成り立つので、エントロピーの温度依存性はs(2t)で与えられる。

いま、磁場H をかけたときの温度がT であったとする。このときのエントロピーの値が図ではAの記号 で示されている。ここで、周囲との熱的な接触を絶ち、エネルギーのやりとりがない状況で磁場の値を半分に することを考える。十分ゆっくりと操作を行えば、このプロセスによってモーメントの配向についての平均値 はほとんど変化せず、いろいろな向きにモーメントを見い出す確率も変化しないと考えられる。エントロピー は、この配向の確率に関係するのでエントロピーもほとんど変化しない。このようにエントロピーを一定に保 ちながら系を変化させるプロセスを断熱過程と呼ぶ。エントロピーが一定で磁場が半分になることは、図中の Aの状態が、磁場が半分の場合の温度曲線上のBに移ることを意味する。図の横軸が温度を表すので、系の 温度が低下することになる。磁場が弱くなったにも関わらず、依然として磁場の方向にモーメントがよく揃っ た状態は温度が低くなったことに対応する。

逆に、図のCの状態から断熱的に磁場の大きさを2倍に増加すると、今度は系の温度が上昇する。このよ うにして温度を上げたり下げたりした系を、他の系に接触させることによりその系を冷却したり加熱すること ができる。冷却の方は磁気冷凍を呼ばれ、極低温でものをさらに冷却する場合に利用されている。

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0

t 0.0

1.0 2.0 3.0

s

B A

C D

16 断熱消磁

(20)

4.6.5 分子の回転と振動

これまでは簡単のために単原子の気体の場合だけ考えてきた。しかし、これらはHe, Ne, Arなどの希ガス の場合に限られてしまう。一般に気体には、2原子分子か、それ以上の原子からなる分子が含まれていること が多い。その場合には、分子の空間的な並進運動の自由度だけではなく気体分子のもつ内部自由度も熱力学的 な性質に影響をおよぼす。このような多原子分子からなる気体の取扱いの例として、2 原子分子の気体の場合 を例にとって、その統計的なふるまいについて考えて見よう。特にここでは気体の比熱の値に着目する。

2原子分子を形成する個々の原子は、空間座標に関しそれぞれ3個の自由度をもつ。したがって、分子全体 としては6個の自由度がある。この空間座標に関する6個の自由度は、以下に示すように分子全体の並進運 動の自由度と、分子に含まれる原子間の相対座標に関する内部自由度とに分けて考えることができる(3)

  運動の様式 自由度の数

重心の並進運動 3

重心の周りの分子軸の回転 2 分子軸方向の相対距離の変化(振動) 1

 合  計  6

3 2原子分子の自由度

この系のハミルトニアンを求めるために、1個の分子の系のLagrangianをまず計算してみよう。分子に質 m1,m2 の原子1,原子2 が含まれるとする。空間座標Rの分子の重心Gからのそれぞれの原子の位置 ベクトルをr1,r2 とすると、これらの間には次の関係がある(図17を参照)

m1r1+m2r2= 0, r1−r2=r (4.25) したがって、これらは相対座標rを用いて表すことができる。

r1=m2

M r, r2=−m1

M r, (M =m1+m2)

b

m2

m1

G r1 r2

R

17 2原子分子の重心座標と相対座標

(4.25)の関係が成り立つことを利用し、運動エネルギーT は重心座標と相対座標を用いて次のように表す

(21)

ことができる。

T= m1

2 ( ˙R+ ˙r1)2+m2

2 ( ˙R+ ˙r2)2= M

2 R˙2+m1

2 r˙12+m2

2 r˙22

= M

2 R˙2

2r˙2, 1 µ= 1

m1 + 1

m2 (4.26)

µは換算質量(reduced mass)と呼ばれている。相対座標に関しては、分子間距離の変化が小さいと考えられ るのでさらに極座標(r, θ, φ) を導入するのが便利である。自由度の分離にも役に立つ。変数の間の関係が次 のように与えられるものとする。

r= (rcosφsinθ, rsinφsinθ, rcosθ) 極座標表示では相対座標の速度と運動エネルギーが次のように表される。

˙

x= ˙rcosφsinθ−rsinφφ˙sinθ+rcosφcosθθ˙

˙

y= ˙rsinφsinθ+rcosφφ˙sinθ+rsinφcosθθ˙

˙

z= ˙rcosθ−rsinθθ˙ µ

2r˙2=µ 2

hr˙2+r2( ˙θ2+ sin2θφ˙2)i

これを(4.26)に代入し、原子間のポテンシャルエネルギーが相対距離rの関数V(r)で与えられると考える

とラグランジアンは次のように求まる。

L=T−V(r)

= M

2 R˙2+µ 2r˙2+1

2I( ˙θ2+ sin2θφ˙2)−V(r), (I=µr2) ここでI は、分子の慣性モーメントを表す。

次に、ハミルトニアンを求めるために重心座標、相対距離r, 角度θ, φのそれぞれに共役な運動量pr, pθ, pφ を求めよう。これらはそれぞれ定義より次のように表される。

P= ∂L

∂R˙ =MR,˙ pr= ∂L

∂r˙ =µr,˙ pθ= ∂L

∂θ˙ =Iθ,˙ pφ= ∂L

∂φ˙ =Isin2θφ˙

共役なこれらの運動量を用いて、ラグランジアンの速度変数を消去することにより、分子1個当たりのハミル トニアンは次のように求められる。

h=P·R˙ +prr˙+pθθ˙+pφφ˙−L= P2 2M + 1

2µp2r+V(r) + 1 2I

p2θ+ 1 sin2θp2φ

この第1項は重心座標の並進運動についての運動エネルギー、第2項と3項は分子の長さ方向の振動のエネル ギー、残りの項は回転運動に関するエネルギーを表すと考えられる。

分子の理想気体を考えると、個々の分子の運動は互いに独立であると考えられる。まず、重心運動の自由度 に関しては、質量がM の単原子分子理想気体の分配関数と同じ取扱いによって求められる。これを Ztと置 くことにする。気体全体の分配関数Z は、重心運動に関する分配関数と、内部エネルギーに関する分子 1 当たりの分配関数zN 乗の積で与えられる。回転の自由度を考える場合、I は実際には原子間距離rの関 数として変化すると考えられる。しかし、ここではrが分子間の平均距離r0 で近似されるとして、一定の値 であると考える。すると回転と振動の自由度は互いに独立であると見なせる。このように考えると分配関数は 次のように表すことができる。

Z=ZtzN, z=zrotzvib

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