國士舘法學第47号(2014 12 ) 137
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《外国判例研究》
父親が難病の12歳の娘を死なせたいわゆる 慈悲殺の事案・第一次ラティマ訴訟
カナダ最高裁1997年 2 月 6 日判決(1)
上 野 芳 久
Ⅰ.事 案
上告人ロバート・ラティマ(Robert William Latimer)(1953年 3 月生。
事件当時40歳)は、サスカチュアン州のウィルキー村近くに、妻と 4 人の 子どもとともに住み、520ヘクタールの農場で小麦等を育てて暮らしてい た。
1993年10月24日、家族は日曜礼拝で教会に出かけたが、父親であるロバ ートは、難病にかかっている12歳の娘のトレイシー(Tracy Latimer)の 世話をするため、トレイシーと 2 人で家に残った。
トレイシー(1980年11月生。事件当時12歳)は、出産時に神経系統に損 傷をおったことが原因で重い脳性麻痺となり、そのため四肢が麻痺し、自 分ひとりでは身動きができない状態だったので、常に家族から世話をして もらっていた。精神的能力は 4 カ月の赤ん坊程度といわれ、コミュニケー ションは笑うか泣くかの表情によるしかなかった。食事はスプーンによら なければならないため、体重も極度に軽かった。チューブにより胃に送る 方法もあったが、ラティマ一家は、身体を傷つける(intrusive)し、器械 で命を維持していくことにつながると考えて、その方法はとらないことに した。また、1990年の骨盤付近の筋肉の手術、1992年の背骨異常湾曲手術 などのため、常時、苦痛にさいなまれ、薬を服用しても 1 日 5 〜 6 回のけ いれんに襲われるという毎日であった。トレイシーは重大な痛みを感じて
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いると考えられていたが、痛みを薬で軽減することは、別の薬と合わない し、飲み込む力がないため、困難だった。
来る11月19日には、さらなる外科手術が予定されていた。以前の手術で 背骨を支える金属柱を入れたが、右腰部の関節が外れ、かなりの痛みが出 ていたため、それを改善する手術だった。回復には 1 年を要すると予想さ れていた。ラティマ一家は、医師から、この手術が痛みを伴うこと、そし て、将来もさまざまな関節に生じる痛みから救うために手術が必要にな るだろうことを伝えられた。トレイシーの母ローラ(Laura Latimer)は、
それは四肢の切断に至りうる手術であることを察知した。
10月24日、教会から帰宅した母ローラが昼食のためトレイシーを探した ところ、午後 1 時30分頃、娘を発見した。 2 時、夫は、警察に電話し、娘 が睡眠中に亡くなったと通報した。
知らせを受けた警官は検視官とともに農場にやってきた。検視官が死因 を調べるため死体を検査したが、窒息死した証拠がみつからなかったため 解剖に付されることになった。警官が農場にいる間中、ラティマ氏は、娘 は睡眠中に亡くなったと言い続け、トレイシーが苦しみだしたので、12時 30分頃にベッドに寝かせたと述べていた。
その後、解剖の結果、中毒が疑われ、トレイシーの血液中から高レベル の一酸化炭素が見つかったため、警察は殺人捜査を開始することにした。
11月 4 日の朝、 8 時28分、北バトルフォード署のコンロン巡査とリオン 捜査主任が農場を訪ねたところ、部屋着のままでラティマ氏がドアのとこ ろまで出てきた。両警官は自己紹介をし、娘トレイシーの死について調 べていること、ラティマ氏と話をしたいことを伝えた。ラティマ氏が着 替えたいというので、 2 人は、あなたは現在、拘束下にある(be now in custody)ので家の中まで付き添わねばならないと伝えたうえで、家に入 りキッチンで待機していると、 2 分後ラティマ氏が着替えてきた。外で話 したいというと、ラティマ氏は返事もせずゴム靴をはき上着を着て、外に とめてあった警察車に向かった。リオン主任が運転席、コンロン巡査が助
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手席に座り、ラティマ氏はリオン主任の後の座席に座った。
8 時32分、リオン主任は、後向きになってラティマ氏に向かい、娘さん の死についての捜査につき、自分はウィルキー村の警察署を手助けするた めに北バトルフォード署から来たが、これはラティマ家にとって非常につ らい時間になると思う、といい、これから話すことは深刻な結果を伴うの で、くれぐれも慎重に聞いてください、というと、ラティマ氏はうなずい た。
リオン主任が「あなたを、娘さんのトレイシーの死に関する捜査のため に拘束(detain)します。あなたには、直ちに弁護士を選任し指示を与え る権利があります。希望する弁護士を呼ぶことができます。あなたに法的 助言をし、法的支援制度を説明してくれる公選弁護人を無料で選任するこ ともできます。わかりましたか」と聞くと、ラティマ氏は「はい」と答え た。「弁護士を今、呼びたいですか」の問いに対しては「いいえ」と答え た。
その後、リオン主任は警察の規則どおりに警告した。「あなたは、何も 答える必要はありません。答えても答えなくても、自分に有利な約束には 何の保証もありませんし、どんな脅しにも恐れることはありません。あな たが話すことは証拠として使われることがあります。わかりましたか」と 聞くと、ラティマ氏は「はい」と答えた。
そこで、コンロン巡査が、ラティマ氏に、あなたの話を聞きたいので北 バトルフォード署まで同行してくださいと告げると、ラティマ氏は何ら異 議を申し立てなかった。
Ⅱ.判 旨
破棄差戻(ラメール長官執筆( 2 )
)
Ⅰ.序( 3 )[本件で取り上げる問題]
まず初めに明確にしておくと、本件で取り上げるのは、ラティマ氏の裁 判をめぐる社会的議論(public debate)にかかわる問題ではない。つまり、
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慈悲殺(mercy killing)の法的性質、道徳性に関するものでも、ラティマ 氏の有罪・無罪に直接に関係するものでもない。より専門的な(narrow)
問題であり、第一に、ラティマ氏の逮捕状況に照らし一定の証拠を採用で きるか否か、第二に、公判開始前の陪審員選定に関する不適切な出来事が 結論を左右するか否か、という問題である。以上のように言うのは、本日 の判決で、最高裁が、多くのカナダ人が考えている難問( 4 )に答えるのを故意 に避けたという印象を与えないためである。
Ⅱ.事実 (略( 5 ))
Ⅲ.下級審の判断
下級審では様々な問題が論じられたが、本判決では、上告理由として取 り上げられた問題のみに焦点をあてる。
1994年 9 月27日サスカチュアン州控訴裁判所:予備尋問手続(Voir Dire)
陪審員選定の前かつ公判開始の数週間前に、弁護側は、刑法645条( 5 ) 項により、ラティマ氏の有罪陳述とそれに基づく証拠の排除を申し立てた。
つまり、ラティマ氏は恣意的に勾留されたので憲章 9 条
( 6 )
に違反し、逮捕
・勾留の理由を適切に告げられなかったので同10条(a( 7 ))に反する、故に、
同24条( 2 )項
( 8 )
により証拠は排除されると主張した。
公判でウィマー判事は、ラティマ氏の権利は侵害されていないと判示し た。すなわち、もしその勾留が尋問のために行われていたなら9条違反だ が、ラティマ氏の逮捕は事実上のものであり、合理的で相当な理由に基づ くものだったから合法である、また、ラティマ氏は、たしかに嫌疑が何罪 かを告げられていないが、弁護人依頼権を行使するか否かを決定できるこ とを知らされているので、自らの危険を評価できたのであるから、10条
(a)違反はない、としたのである。
1994年11月 7 日サスカチュアン州控訴裁判所:予備尋問見直しの申立て 公判中、弁護側は、ウィマー判事に対し、本裁判所のバートル、プロス パー、ポズニアック、マザソン、ハーペー、コブハムの各判例
( 9 )
を根拠に、
ラティマ氏の有罪の陳述を許容した決定を見直すように求めた。ラティマ
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氏は、必要的公選弁護人利用制度の方法を、上記諸判決が示した適切な方 法で伝えられていなかった、というのである。ウィマー判事はこの申立て を却下した。同判事によれば、必要的公選弁護人の利用方法は告げられて いたのであるから、その弁護人選任権を適切に伝えられていたのである。
また、同判事は、たとえ10条(a)項違反があったとしても、有罪の陳述 が憲章24条( 2 )項により排除されることはない、とした。なぜなら、も しラティマ氏が異なる方法で教えられていたとしたら、ラティマ氏が任意 的公選弁護人を選任しただろうという証拠はなかったからである。
1995年 7 月18日サスカチュアン州控訴裁判所
サスカチュアン州控訴裁判所は、当裁判所への上告中のすべての問題点
(ただし、陪審員への干渉の問題は除く)について、全員一致で棄却した。
同裁判所は、公判裁判官に賛同して、ラティマ氏の逮捕は適法であるから、
恣意的に拘束されたわけではないので憲章 9 条違反はないとした。また、
10条(a)項についても、不明確ではあるが、公判裁判官の判断を是認し たように思われる。
同裁判所が最も注目したのは、ラティマ氏の弁護人選任権の侵害である。
ラティマ氏は、バートル判決
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を根拠に、自分には無料電話のことを教えて もらえる権利があるはずだと主張したが、同裁判所はそれを退けた。なぜ なら、本件では、バートル判決と異なり、①ラティマ氏は公的弁護士制度 の存在とそれを利用できることを助言されていたし、②さらに、ラティマ 氏には弁護人選任権があることが告知されており、電話も法的支援団体の 番号とともに目前にあったのであるから、特に無料電話番号を知らされて いないことは重大なことではないからである、とした。
Ⅳ.上告で問題とされたこと
本件で問題となるのは次のような点である。
1 .ラティマ氏は、憲章 9 条に違反し、恣意的に勾留(detained)された のか。
2 .上告人に、「逮捕された」(arrested)こと、殺人罪(murder)で起訴
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されるかもしれないことを告知しなかったことは、10条(a)項に違反 するか。
3 .警察官は、ラティマ氏に対し公的弁護士に連絡する方法について十分 に告知したのか。それはバートル判決が10条(a)項によって求められ ているとした程度に達していたか。
4 .サスカチュアン州にもコブハム判決で必要とされた経過期間は適用さ れるのか、それによりラティマ氏がバートル判決を援用することはでき ないのではないか。
5 .もし憲章違反がある場合、ラティマ氏の陳述は24条(2)項により排 除されるのか。
6 .もしその陳述が排除される場合には、ラティマ氏は無罪となるのか。
7 .陪審員候補者への干渉があった場合、新たに公判が開かれることにな るのか。
Ⅴ.検討[上記Ⅳの問題についての本法廷の立場]
1 .ラティマ氏は、憲章 9 条に違反し、恣意的に勾留されたのか。
上告人ラティマ氏は、1993年11月 4 日の朝に農場で身柄を拘束されたと きに、恣意的拘禁を禁止する憲章 9 条の権利を侵害されたと主張する。し かし、私は、それは恣意的ではなかったと確信する。警官は、ラティマ氏 を事実上逮捕したのであり、本件ではその事実上の逮捕は、ラティマ氏が 娘の命を奪ったという合理的で相当な理由に基づいていたのであるから、
完全に適法である。適法な事実上の逮捕には 9 条の恣意的拘禁はありえな い。
上告人は、リオン主任とコンロン巡査が、事前に、逮捕したくないと決 意した旨を示唆する証言をしたこと、そのため「逮捕」の代わりに「拘 禁」という語が使われたこと、を指摘したうえで、警官は意図的に逮捕し なかったのであるから逮捕はありえない、と強く主張する。しかし、警官 の「意図(intention)」が何であれ、その行為は、ラティマ氏を逮捕した 状態に置く「効果(effect)」を持ったのである。
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ウィトフィールド判決
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は、「逮捕の語(words of arrest)」が発せられた だけでも逮捕(arrest)といえるとしたが、それは、上告人の主張するよ うな狭義の逮捕に限定する趣旨ではないと考える。10条(a)に関するエ バンズ判決(12)がいうように、形式ではなく被告人が理解できたかという実質 が重要で、あらゆる状況から合理的に判断するべきである。本件では、逮 捕されたことが明らかに伝わる言葉使い、警官の行動、ラティマ氏がそれ にしたがったことなどからみて、ラティマ氏が逮捕されたことがわかる。
ラティマ氏は、拘束されると告げられ、尋問のため北バトルフォード署へ の同行を求められている。警官は、黙秘権、弁護人選任権を伝えており、
ラティマ氏が着替えにいくときには室内まで付添い、そうするのは今や同 氏が拘束されているからだと告げている。ラティマ氏は、終始、警官に反 抗することなく、逮捕した警官にしたがっていたのである。
もっとも本件が違法逮捕であったとすると、それだけで恣意的だといえ る。しかし、刑法495条( 1 )項(a)は、警察官は、令状がなくても、起 訴犯罪
(13)
を犯した若しくは犯そうとしていると信じる合理的理由(reasonable ground)があれば、逮捕できるとしており、本件では、その主観的要件 も客観的要件のどちら
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も満たしている。前者については、警官は逮捕しな いと決めていたものの、ラティマ氏を逮捕する合理的理由があると信じて いたことは明白であるし、逮捕しなかったのは有罪とする十分な証拠をも っていなかったからである。客観的にも、トレイシーの血液に一酸化炭素 が含まれていたこと、中毒死させられたことが強く疑われたこと、その死 が事故だったとは考えにくいこと、トレイシーは自殺できない状態だった こと、被疑者には機会も動機もあったことなどから、合理的人間なら逮捕 する合理的理由があると結論したであろう。したがって、逮捕の合理的か つ相当な理由があったとした判断は正しかった。
2 .上告人に、「逮捕された」(arrested)こと、殺人罪(murder)で起 訴されるかもしれないことを告知しなかったことは、10条(a)項に違 反するか。
四七
逮捕・勾留の理由開示権を定める憲章10条(a)項の目的は、自分が直 面している「危険を総合的に理解する」(スミス判決(15))ことを保障するこ とにある。憲章がこのような規定をおいているのは、①理由も判らずに逮 捕されることは自由権の重大な侵害になるからであり、②理由がわからな ければ(b)項の弁護人選任権を効果的に行使することも難しくなるから である(エバンズ判決(16))。
ラティマ氏は、①「逮捕」という語がなかったことは不十分であり、ま た、②もし娘の殺人による逮捕だと知っていたら、弁護人選任権を放棄し なかっただろうし、弁護人に相談する前に黙秘権を放棄することもなかっ ただろうと、主張する。
たしかにラティマ氏は「拘束」(detained)されたと言われ「逮捕」と は言われてないし、明確に殺人で起訴されるとも言われていない。しかし、
エバンズ判決がいうように、このような場合、使われた語句にとらわれる べきではない。
エバンズ判決は次のように判示した
(17)
。憲章10条(a)違反の有無を考え る場合、被告人が理解できたと合理的に想像できるかを実質的に見るべき である、つまり、本件の事情を総合的にみて、被告人に告知されたことは、
被告人が逮捕にしたがうのを拒絶することを合理的に判断するために十分 だったのか、又は、憲章10条(b)の弁護人選任権を侵害するのに十分な ものだったのか、が問題なのである、と。
私は、公判裁判官が、ラティマ氏は身柄拘束(apprehension)の理由を 理解していたこと、したがって自分の危険の程度を被告人が、わかってい たことを認定したのは正しかったと思う。同氏は、自分の娘が死亡したこ と、その死亡についての調査のために拘束(detained)されたことを知っ ていたのである。リヨン主任は、まず初めに、これから話すことは非常に 深刻な結果をもたらすだろうと切り出した。その後、ラティマ氏は弁護人 選任権と黙秘権を告知されているが、これは明らかに逮捕されていること を示唆する。着替えのため自宅に一人で入ることはできないとも告げられ
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ている。これらの事実から、ラティマ氏は自分が娘の死に関し非常に重大 な局面にあることを認識していたこと、したがって10条(a)が侵害され たとはいえないこと、は明白である。
3 .警察官は、ラティマ氏に対し公的弁護士に連絡する方法について十分 に告知したのか。それはバートル判決が10条(a)項によって求められ ているとした程度に達していたか。
ラティマ氏は、逮捕されたとき、公的弁護士から法的助言を得ることが できる無料電話の番号について、その存在を特別に告知されることはなか った。同氏は、バートル判決を根拠に、この不告知は10条(b)の要件を 満たさないから憲章違反だと主張するが、この主張は認められない。バー トル判決は、10条(b)が定めるのは、逮捕時に利用可能な公的弁護士に 連絡する手段を告知される権利だとする。しかし、サスカチュワン州では、
本件逮捕当時、無料電話は利用できなかった。だから、その電話番号を教 える必要はなかったのである。さらに、ラティマ氏は、その地域の法的援 助局による公的弁護士紹介制度のことを知らされており、同局には無料で 電話をかけることができた。それ故、ラティマ氏の10条(b)の権利は侵 害されていなかったのである。
ブリッジズ判決(18)は、10条(b)の情報として、①財政的条件が合えば州 の法的援助局の弁護士に無料で相談できること、②財政に関係なく、直ぐ に時宜をえた法的助言をくれる公的弁護士への連絡に関すること、を含ん でいなければならないとした。しかし、それは公的弁護士の存在と利用可 能性が知らされていればよいという趣旨である。本件では公的弁護士につ いて告知されていたから、同判決の要件はみたしている。前掲バートル判 決は、それに加えて、そのような制度への連絡方法を告知することを求め ているが、これも事案のあらゆる状況を考慮して判断しなければならない。
そこには逮捕・勾留時に公的弁護士制度が利用可能だったかという点も含 まれる。しかし、バートル判決等
(19)
では24時間公的弁護士制度が利用可能だ ったのに対し、本件では、プロスパー判決(20)やマトソン判決(21)と同様に、24時
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間利用可能だったわけではない。ラティマ氏は 8 時32分に逮捕されている が、サスカチュアン州では午前 8 時30分から午後 5 時までは法的支援委員 会は利用できない時間帯にあった。利用できないのにその電話番号を教 えても、意味はない(プロスパー判決)。したがって、本件警察官は10条
(b)の情報告知をしていないとはいえない。
また、州の法的援助局の利用に関しても、ラティマ氏は十分情報を得て いたといえる。公的弁護士制度について、農場で逮捕された(arrested)
ときと警察署で尋問されたときの 2 回、告知されている。警官は電話番号 までは告知していないが、ラティマ氏は農場でも警察署でも電話帳を見る などにより番号を知り得たし、警察署では法的支援会の電話番号がついて いる電話が目前にあったのだから完全に番号を知ることができた。さらに ラティマ氏は、農場でも警察署でも、わかったかと聞かれているし、質問 もないと答えている。
ラティマ氏への場合よりも詳細な情報を告知されるべき事案もあろう。
たとえば、青少年や目に障害がある人にはより多くの援助が必要であろう。
法律用語を理解できない人にはよりわかりやすい情報が必要であろう。こ れらはごく一例でしかない。
最後に付け加えておくと、被告人が、通常の仕事時間中に逮捕された場 合で、公的弁護士と24時間連絡可能、かつ、昼間、地方回線で無料電話 できる場合は、10条(b)により、無料電話番号が告知されなくてもよい。
なぜなら、その番号は必ずしも10条(b)の弁護士と連絡することを確実 にするものではないからである。
4 .サスカチュアン州にもコブハム判決で必要とされた経過期間は適用さ れるのか、それによりラティマ氏がバートル判決を援用することはでき ないのではないか。
バートル判決のように解すると本件の状況下では10条(b)は侵害され ていないのではないかという申立を受けた際に、本裁判所は、この問題に ついても聴取した。たしかにコブハム判決(22)は、再度公判を開くためには判
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決の日から21日間の経過期間 (transition period)を置くことが必要だとし たが、本件では10条(b)違反はないと認定したので、この問題を検討す ることは不要である。
5 .もし憲章違反がある場合、ラティマ氏の陳述は24条( 2 )項により排 除されるのか。
上述したように、上告人の憲章上の権利は何ら侵害されていないので、
排除されるか否かを判断する必要はない。
6 .もしその陳述が排除される場合には、ラティマ氏は無罪となるのか。
同様に、上告人の陳述は排除されないので、この問題に解答する必要は ない。
7 .陪審員候補者への干渉があった場合、新たに公判が開かれることにな るのか。
公判での検察官の行動には司法運営に関する手続乱用も干渉もなかっ たが、干渉が実際に陪審員の評決に影響を与えたかという問題は別であ る。それは、刑事司法制度の基本に違反する。ヒュワート長官がいうよう に「正義は単に行われるのではなく、明白かつ疑念もなく目に見えるよう に行われなければならない」のである(サセックス司法判決
(23)
、カルドゥ判 決
(24)
)。
Ⅵ.処置
陪審員の選定に干渉があった以上、再度公判を開くことは避けられない。
ラティマ氏の自己負罪の陳述を公判で採用できるかは公判裁判官の権限 に属するが、同裁判官は、法律事項については上記(本判決)の理由にし たがい、当事者が提出する証拠による事実にもとづいて、判断しなければ ならない。
以上から、上告には理由がある。控訴を棄却した控訴裁判所の命令
(25)
、及 び公判裁判官により言い渡された有罪判決(26)を破棄し、新たに公判を開くこ とを命じる。
四三
Ⅲ.検 討
1 .なぜ本判決を検討するのか
本稿で本判決を取り上げる第一の理由は、その刑法理論上の重要性にあ る。カナダ刑法典には緊急避難に関する条文がない。しかし、1984年のパ ーカ判決(27)により、カナダ刑法でも「緊急避難の抗弁」が認められるにいた った。本判決はパーカ判決の趣旨を引き継いで、「緊急避難の抗弁」をよ り理論的に明確にしたものとして重要であり、カナダのテキストでも必ず 引用されている
(28)
判例なのである。
第二に、本事件はカナダにおける社会的問題という観点からも重要な判 例だからである。本件が報道されると、一方では、 娘を愛する父親が重 病の娘を思うあまりやむを得ずその命を断った悲劇的事件だ として、父 親に同情を寄せる人々が声をあげ、他方では、逆に、 同情派はラチィマ 氏をあたかも悲劇のヒーローのようにみているが、実はその行為は弱者の 生きる権利を奪うものだ として、むしろこのような父親は社会の敵だと 非難する人々も出た。カナダ中を二分する大議論を呼んだ事件となったの である
(29)
。
第三に、緊急避難以外にも、重要な刑法理論上の問題点を含むからであ る。たとえば、結局、父親は懲役10年の実刑判決を受けることになったが、
それで良かったのか、もっと軽い刑にすべきだったのではないのか、とい う意見は強く、司法制度の硬直性に対する批判や反省が迫られることにな った。それは、とくに必要的最低刑判決 (mandatory minimum sentence)
や陪審制度の再検討という形で、刑法理論にも大きな影響を与えた
(30)
のであ る。その意味でも、本判決は検討に値する判決である。
第四に、本事件では刑訴法の重要問題が議論されているからである。逮 捕の意義、弁護人選任権の告知など刑訴の基本的概念が問題となったが、
これは刑訴法というよりむしろ憲法の人権の問題である。その判旨は、今 日でも、逮捕・拘留の理由開示請求権を保障した憲章10条に関する判例と
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して引用されている
(31)
。もちろん、刑訴の教科書でも逮捕、弁護人選任権の 箇所で引用されている(32)。
紙幅の関係で上記のすべての問題を網羅して取り上げることは難しい。
当初、第一の問題から検討する予定であったが、いろいろ調べていくうち に、本件のように長期にわたった事案では時系列に見ていくのが全貌を知 るための早道だと考えるにいたった。そこで、ラティマ氏に対する訴訟を 第一次訴訟と第二訴訟に分け、本稿では、第一次訴訟で問題とされた第四 の刑事手続きに関する問題を取り上げることにする。
2 .第一次訴訟(判決)と第二次訴訟(判決)の関係
まず、 2 度にわたるラティマ訴訟で問題とされた点と大まかな経緯を示 しておこう。
第一次訴訟では、もっぱら逮捕、弁護人選任権の告知などの刑事手続が 憲章との関係で問題となり、①本件には憲章 9 条違反はないこと、②憲章 10条違反もないこと、が示された。かように憲章違反はないとされたので あるが、結論としては、本判決の判旨Ⅴに記したとおり、陪審員選定に瑕 疵があったことから再度公判に付されることになってしまった。ラティマ 氏に対する訴訟は継続することになり(第二次訴訟)、裁判の焦点は、実 体法に関する問題に移っていったのである。
第二次訴訟では、①本件には緊急避難が適用されないこと、②科された 刑罰は憲章12条に違反しないこと、③カナダには「陪審による無効に関す る権利」というものはないこと、が判示され、第二級殺人罪で有罪という 結論は維持された。
結局、ラティマ氏は、1993年に逮捕された日から約 7 年を訴訟に費し、
その後 7 年の日々を刑務所の中で過ごした後、2008年から何度か「日数 仮釈放」(day parole)を与えられたものの
(33)
、2010年12月に「仮釈放」(full
parole)となる(34)まで、家族と離れて過ごした。ラティマ氏に同情を寄せる
人々の期待もむなしくは、司法府の厚い壁は打ち破ることができなかった わけである。
四一
このような流れだったことを前提にして、次節以下では、第一次訴訟に 的を絞って問題点を検討していく。
3 .逮捕の意義・要件
本件では憲章が弁護側(ラティマ氏)の根拠とされているが、逮捕の概 念は憲章制定前から判例によって形成されていた。その先駆は、本判決で も引用されている1970年のウィトフィールド判決(35)であった。同判決は、前 述したとおり、逮捕(arrest)を定義して、⑴勾留を目的としてその人の 身体を確保又は身体に接触すること、又は、⑵逮捕する警官が、逮捕され る人に「逮捕の語」を発すること、としたのであった。本ラティマ事件で 問題となったのは、まさにこの⑵の逮捕である。警官が、ラティマ氏に対 して、ラティマ氏の農場で最初にその身柄を拘束するに際して一度も逮捕 の語を使用しなかったからである。
わが国では、逮捕するとき警察官は、被疑者に逮捕令状を呈示するので、
その際、同時に口頭でも「逮捕する」というのが一般的といえようが(36)、カ ナダでも、一般的には同様であろう
(37)
。しかし、本件では 2 人の警察官は、
おそらくラティマ氏に同情して、事前に「逮捕するのはやめよう」と話し 合っていたため、逮捕という語を発しなかったのである。まさに慈悲殺と いう特別な事情が作用した特殊な例といえよう。
本判決は、当時の状況から見て逮捕とわかったはずだとして必ずしも逮 捕と明言する必要はない(以下、実質説と呼ぶ)とした。学説にも、特に 本判決に反対する説を見つけることはできなかった。
しかし、手続というものはあえて形式的に判断していくところに意味が あるのではないかという疑問も生じる。本件でいえば、逮捕という語こそ が重要なので、実際に逮捕という語句を発することが必要だった(以下、
形式説と呼ぶ)と考えることも可能であろう。
ラティマ氏のように法律の専門家ではない人に「言わなくても逮捕とわ かったはずだ」というのは酷である。しかし、もし「逮捕する」といわれ ていれば、逮捕という語句もその意味も広く知られていると思われるので、
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四〇
一般人にも理解可能であったといえよう。
もっとも、カナダでは逮捕の目的は勾留にあるとされているので、 本 件のように(逮捕の語は使われなかったが)「身柄を拘束する」と告げて いた場合、勾留(逮捕目的)を告知したことになる、両者はいわば大は小 を兼ねる(勾留は逮捕を含む)の関係にたつので逮捕の意味を含むものだ った という論理も考えられる。これも実質説といえる。しかし、それは やはり専門家の論理であって、一般人(ラティマ氏)が納得できるものと はいえないのではないだろうか。本判決は「語句にとらわれるべきではな い」というが、明確な語句を使用することこそトラブル・人権侵害を回避 する最良の道ではないかという疑念を払拭できないように思われる。
本件で形式説を貫けば具体的妥当性に欠けるという批判が考えられる。
仮にこれを考慮に入れるとして、あえて本判決を支持する根拠を探せば、
本件は、慈悲殺という事情が警察官に作用してしまった特殊・例外的な例 だったという点だろう。この点から本件に限り憲章違反にならないと考え たとしても、今後は、逮捕の語を発することを絶対的要件とすべきだと思 う。したがって、本判決を、 実質的に逮捕といえればよい という一般 的な判断をした判例と理解するべきではないと思う
(38)
。
4 .弁護人選任権の告知には、無料電話の存在や電話番号を含むか もうひとつ問題となったのは、ラティマ氏に弁護人選任権の告知が「十 分に」なされたといえるかであった。黙秘権とともに弁護人選任権自体は 告げられていたのであるが、無料電話の存在と電話番号とを知らされてい なかった点が問題となったのである。
わが国では、被疑者が自ら電話するのではなく、警察や裁判所に電話を してもらうようである(39)。
カナダ最高裁は、憲章10条(b)が利用可能な公的弁護士に連絡する手 段を告知される権利を保障していることを認めながら(前注( 9 )のバー トル判決)、①本件では無料電話を利用できない時間帯だったのだから電 話番号を教える必要はなかったこと、②ラティマ氏は公的弁護士紹介制度
三九
の存在について知らされているので、無料で
(40)
電話をかけることはできたこ と、③上記バートル判決のいう「連絡手段の告知」の有無については「事 案のあらゆる状況を考慮して判断しなければならない」ことなどを理由に、
本件では十分に告知されていたという結論をとった。
しかし、ここでもこの結論には、次のような理由で、疑問を感じる。① 必ずしも 利用できない時間帯だから電話番号を教えても意味がない と はいえないのではないか。時間帯が変わることもある。誰かが応答するこ ともあるだろうし、録音による回答でも何らかの情報が含まれているかも しれない。電話はかけてみなければわからない面が多分にあるからである。
本件では午前 8 時30分から午後 5 時までは利用できないが、逮捕されたの は 8 時32分だったので、わずか 2 分の差で教えてもらえなかったことにな る。28分だったら教えてもらえたのだろうか。時間帯で結論が変わるのは 妥当なのだろうか。②制度の存在を知らされても具体的なアプローチ方法 を知らされないのでは現実に役立たない制度と化してしまう。③ここでも 最高裁は総合判断すべきという一種の実質説をとるが、手続は形式的に進 めるべきだと思う。手続というものは、実質的に考え始めると、骨抜きに なってしまうおそれがある。
5 .本判決の問題点と今後の課題 ( 1 )本件の結論について
私見では、本件逮捕は憲章10条違反の可能性がある事案である。もし違 反だとすると、ラティマ氏の供述証拠は違法収集証拠となり、憲章24条⑵ 項により、排除されることになる。ただ、本件では慈悲殺の問題が影響し て「逮捕」という語句が使われなかったという面を否定できない。その意 味では実質的に逮捕だったという本判決の結論も理解できる。本事件に限 って逮捕と認めるとしても、今後、一切の例外を認めないと考えることも できるであろう。
弁護人選任権の告知についても、十分に告知されたといえるか疑問を感 じた。もっともそれはカナダの基準から見てのことで、日本の刑訴感覚か
慈悲殺の事案・第一次ラティマ訴訟(上野芳久) 153
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らは、電話番号の告知まで必要だという考えは出てこなかった。問題とす ることすら発想できなかった。両国の違いを感じざるをえない。理想的に は、日本でも電話番号まで告知すべきだろう。
本判決を読んでみて、本判決は、何とかして逮捕が合法であったこと、
弁護人選任権の告知も十分になされたことを結論としたいため、かなり理 論的に無理をしているように感じられた。結論の具体的妥当性を図ろうと したことは理解できるが、結論が先にあったように思われる。とくに、利 用可能な時間帯でないから電話番号を告知する必要はないという点にそう 感じた。
( 2 )手続と形式
本件は、改めて手続と形式の重要性を考えさせられた事案であった。被 疑者の権利は、できるだけ現実に効果のある形で保障していくべきであ る、と思う。たかが電話番号ひとつで騒ぐなと考えるのではなく、あるい は、そんな細かいことまで告知する必要はないと考えるのではなく、電話 番号まで告知してはじめて被疑者の人権が保障されると考えるべきだと思 う。その意味では、被疑者の権利は「実質的に」保障されているか、を考 えるべき(実質説)である。
しかし、反面、被疑者に関する手続については、反対に形式的に考える ほうが(形式説)、かえって被疑者の人権をより厚く保障することになる であろう。とくに逮捕、捜索などの被疑者にとって重大な手続については、
法律が人権保障を考えてそのために手続を定めたのであるから、法律で定 められた要件の一つ一つを形式的に(できるだけ実質的に考えずに)クリ アしていくことが重要なのではないか。言い換えると、(被疑者の権利は
「実質的に」考えるべきだが)捜査権力側の手続は「実質的に」考慮すべ きではない。
同じことは日本についても言えるであろう。
たとえば、東京高裁は、被疑事実の要旨を告知する余裕があるにもかか わらず、罪名及び逮捕状の発せられている旨を告げたのみでなされた逮捕
三七
手続は不適法だとしながら、例外として、罪名を告げただけで直ちに被疑 事実の要旨を察知することができ、被逮捕者においてもあえて逮捕状の呈 示を求めないような場合には、上記のような逮捕手続も許される旨を判示 している(41)。しかし、たとえ、要旨を察知でき、被逮捕者が呈示を求めない 場合であっても、被疑事実の告知(刑訴201条②項)をするべきではない だろうか。上記判旨に従えば、被逮捕者に察知能力を求め、呈示請求義務 を課すことになってしまう。
もちろん、たとえば手続に重大な瑕疵があるとはいえないような場合に は、逮捕の重要性とその瑕疵とのバランスを考える必要があるといえるだ ろう。しかし、それでも、できるだけ手続を重視するべきである。たとえ ば捜査機関にとって当該手続を踏むことが困難ではない場合には、なおさ らである。被疑者にとってはその手続は重要なのであり、だからこそ法も その手続を定めたのである。
( 3 )今後の課題
今回は検討することができなかったが、第二次ラティマ訴訟についても 引き続き研究をすすめていきたい。パーカ判決から約17年を経て、カナダ 最高裁は緊急避難につきどんな考え方を示したのか、変化していないのか 進展したのか。そして、慈悲殺についてどんな判断をしたのか。このよう な問題意識をもって検討したいと考えている。
以上
( 1 ) R. v. Latimer, [1997] 1 S.C.R. 217.ラティマ判決にはもう一つ、200 1 年 1 月18日判決 R. v. Latimer, [2001] 1 S.C.R. 3 がある。以下、前者を第一次判決
(又は第一次訴訟)、後者を第二次判決(第二次訴訟)と呼ぶことにするが、
本稿でとりあげるのは第一次判決である。
既に、本件を紹介する邦語文献として、星野一正「カナダの慈悲殺」時の 法令1494号(1995年 3 月30日号)がある。簡潔に要領よくまとめられており、
意思表示できない者に代わる者による「代理意思決定」の問題が指摘されて いる。これはもっぱら生命倫理法の観点から論じる論文であるが、本稿は主 に刑事法の観点からの検討を試みるものである。
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三六
なお、本件については次のような本が出版されている(未入手)。Gary Bauslauch, Robert Latimer, A Story of Justice and Mercy, Tronto, James Lorimer and Co, 2010.
( 2 ) 長官意見に、ラ・フォレ、ホルー・ドュべ、ソピンカ、ゴンティエ、コリ ー、マクラフリン、イアコビッチ、メイジャー各判事が同調。すなわち 9 人 の全員一致の意見だった。
( 3 ) 以下、法廷意見が示した段落Ⅰ〜Ⅴにしたがって、その順番どおりに記述 する。
( 4 ) 本事件を契機としてカナダ中で慈悲殺の是非が議論されたが、「難問」と は、その問題のことを指している。後注(29)参照。この問題は、後に第二 次判決で検討された。
( 5 )「事実」は既に「Ⅰ.事案」にまとめて記したので省略する。なお、本稿 の事案は、第一次判決の「Ⅱ.事実」を元に作成したが、主にトレイシーの 病状については、第二次判決の「事実」から判った事実を加えてある。
( 6 ) 憲章とは、1982年憲法の第 1 編「権利及び自由のカナダ憲章」(Canadian
Charter of Right and Freedom)のことで、基本的人権を定める。特に刑事
被告人の権利保障規定は詳細である。上野芳久「カナダ刑法の特徴」比較法 制研究36号116頁以下、特に117頁以下参照。本文中の各憲章の条文は下記お よび次注のとおり。なお、憲章の全訳は複数あるが、ここでは松井茂記『カ ナダの憲法』331頁以下を参考にした。
9 条 勾留 (detention)又は拘禁(imprisonment)
何人も、恣意的に勾留・拘禁されない権利を持つ。
( 7 ) 10条 逮捕(arrest)又は勾留(detention)
何人も、逮捕・勾留された場合、次の権利を持つ。〔訳者注.(c)は省略 する〕
(a)その理由を速やかに告知される権利
(b)遅滞なく弁護人を選任し指示する権利及びその権利を告知される権利
( 8 ) 24条⑴保障された権利・自由の実行 本憲章で保障された権利・自由を侵 害・否定された者は、管轄権を持つ裁判所に対し、裁判所が事情に応じて適 切かつ正当とする救済の申立をすることができる。
⑵司法の信用を失わせる証拠の排除 前項の手続で、裁判所が、証拠が本憲 章で保障された権利・自由を侵害・否定する方法で得られたと判断しかつ状 況に照らしてその証拠を採用すれば司法の信用を失わせると確認したときは、
その証拠を排除しなければならない。
( 9 ) R. v. Bartle, [1994] 3 S.C.R. 173 ;R. v. Prosper, [1994] 3 S.C.R. 236 ;R.
v. Pozniak, [1994] 3 S.C.R. 310;R. v. Matheson, [1994]3 S.C.R. 328;R. v.
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Harper, [1994] 3 S.C.R. 343 ;R. v. Cobham, [1994] 3 S.C.R. 360.
(10) R. v. Bartle, [1994].前注( 9 )
(11) R. v. Whitfi eld, [1970] S.C.R. 46.逮捕状が出ているウィトフィールド被告が 運転しているのを発見した警察官が、運転席の窓から手でそのシャツを摑 み逮捕すると言ったところ、同人が車を発進し逃走した事件。「法的拘束か ら逃走した罪」に問われたが、逮捕があったといえるか問題となった。最 高裁は、⑴勾留を目的としてその人の身体を確保又は身体に接触すること も、⑵逮捕する警官が、逮捕される人に「逮捕の語」を発することも、逮捕
(arrest)に該当するとして、有罪とした。
(12) R. v. Evans, [1991] 1 S.C.R. 869, at p.833.
(13) カナダでは、重罪である起訴犯罪(indictable offence)と、比較的軽い略 式起訴犯罪(summary offence)とに分けられている。詳細は、上野・前注
( 6 )論文123頁。
(14) カナダ最高裁は、合理的理由には、主観的要件と客観的要件が必要だとし ている。前者は、逮捕する警官が「主観的に」逮捕するのに合理的で相当な 理由を持っていなければならないことで、後者は、合理的人間がその警官の 立場に置かれた場合にも逮捕の合理的で相当な理由があるとすることができ ることである。R. v. Storeey, [1990] 1 S.C.R. 241, at pp. 250‑251.
(15) R. v. Smith, [1991]1 S.C.R. 714, at p.728.
(16) R. v. Evans, [1991], supra note 12., at p.886-87.
(17) Ibid, at p.888.
(18) R. v. Brydges, [1990], 1 S.C.R. 190.
(19) 前注( 9 )参照。同注の判例のうち、Pozniak, Harper, Cobhamの 3 判決 も引用されている。
(20) R. v. Prosper, [1994] supra note 9, at p.888.
(21) R. v. Matheson, [1994] supra note 9.
(22) R. v. Cobham, [1994] supra note 9.
(23) R. v. Sussex Justice, [1924] 1 K.B. 256, at p.259. イギリスの判例。
(24) R. v. Caldough (1961), 36 C.R. 248(B.C.S.C.).
(25) Saskatchewan Court of Appeal (1995), 134 Sask. R. 1
(26) Q.B.CR. 37 of 1994, J.C. of Battleford
(27) Perka v. The Queen [1984] 2 S.C.R.232. 本判決については、既に別稿で詳 細に紹介した。上野芳久・関東学院法学24巻 1 号(2014年 7 月)。
(28) たとえば、主な教科書は、緊急避難の要件・問題点等について必ずといっ ていいほど本判決を引用している。Hughes Parent, Traité de droit criminel, t.
1, L’imputabilité, 2e éd. Montréal, Ed.Thémis, 2005, pp.521-561;Kent Roach,
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三四
Criminal Law, 4th ed. Toronto, Ir win Law, 2009, pp.314-320; Don Stuart, Canadian Criminal Law, 6th ed., 2011, pp.562-568.
(29) 国内を二分する論争になったときのカナダの様子については、星野・前注
( 1 )論文71〜72頁参照。
(30) カナダのある大学紀要は、本件第二次判決(2001年 1 月)と同じ年の秋 に 従来カナダでは必要的最低刑判決に関する研究が少なかった とし て、特集号を出している。Osgoode Hall Law Journal, Mandatory Minimum Sentences: Law and Policy, Summer/Fall, 2001. ちなみに、他の本件に関する 特集号として、64 Sask.L.Rev. 468‑643 (2001)がある。こちらでは、 研究者、
実務家による本事件の多面的分析がなされている。
(31) Dubois et Schneider, Code Criminel et lois connexes annotés, 2012, p, 1 860 et 1865.
(32) Béliveau et Vauclair, Traité général de prevue et de procédure pénales, 18e éd.
2011 pp, 511‑2, p.514, p.651, p.666.
(33) 2008年 3 月15日CBCニュース(電子版)。12月にはクリスマスを家族と10 日間過ごすことが認められた。2008年12月12日CBCニュース(電子版)
(34) 2010年11月29日 CBCニュース(電子版)
(35) R. v. Whitfi eld, [1970], 前注(11)
(36) 日本では、逮捕状が呈示されるが(刑訴201条①項)、例外的に呈示しない 緊急執行も認められている(同②項、73条③項)。後者の場合も、被疑事実 の要旨告知は必要で、令状は速やかに呈示されなければならない。白取祐司
『刑事訴訟法 7 版』(2012年)164頁参照。尤も、法的には、視覚障害者等の 例外を除き、口頭で逮捕と告げることまでは不要である(犯捜130条参照)。
(37) 法典には「令状なしで逮捕できる場合」が規定されている。たとえば、警 察官による、合理的理由に基づく逮捕、現行犯逮捕、ある令状の範囲内の逮 捕については、令状なしで可能とされている(刑法495条( 1 )項)。なお、
私人による現行犯逮捕も認められているが、コモンローによる。日本の刑訴 213条のような規定はない。
つまり、カナダでも、原則として令状主義がとられ、例外的に令状なしの 逮捕が認められているといえよう。Beliveau et Vauclair,supra note 32, p.660.
(38) もっとも、カナダの本は、 逮捕したと告知しなくてもよいとした判例 と考えているように見える。Dubois et Schneider, supra note 31 p. 1860.
(39) たとえば、当番弁護士の場合は、勾留質問の時に裁判官からその存在を知 らされ、裁判所を通じて弁護士会に依頼することが一番多いようである。日 弁連刑事弁護センターのサイト参照。
(40) カナダでは一定の地域内の電話は無料でかけられる。
三三
(41) 東京高判昭和34年 4 月30日高刑12・ 5 ・486