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グリア系細胞の統合的制御による脳梗塞治療開発

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Academic year: 2021

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はじめに

 グリア細胞の名は 1856 年 Rudolf Virchow による命 名,Nervenkitt(=neuroglia)に由来する1).Glia とはギリ シア語の gliok,すなわち glue(= 膠)を意味する.現在 では,グリア細胞(神経膠細胞)が単なる“膠”=“ニュー ロンの構造支持体”でないことは明らかであるが, ニューロンに対する機能サポートとともに,グリア系 3細胞(小膠細胞:microglia,星状膠細胞:astroglia, 希突起膠細胞:oligodendroglia)間にも相互のコミュニ ケーションとサポート機能があり,総じて脳の機能維 持に重要な役割を果たしている.

1.大脳皮質および白質における

アストログリア

 脳微小血管の全周はアストログリアの足突起に覆わ れており,脳に必要な血管内からの物質供給は,内皮 細胞から成る血液脳関門(BBB)を通過後,アストログ リアを経由してニューロンに到達する2).大脳皮質で は,アストログリアは脳微小血管とニューロン(シナ プス)間に介在し,アストログリアとニューロンに代 謝コンパートメントが存在する3).グルコース代謝, アミノ酸代謝,脂肪酸代謝の 3 つの代表的な代謝コン パートメント4)とともに,これらは血管,アストログ リア,ニューロンから成る neurovascular unit(NVU)を 構成する5, 6).一方,大脳白質では,ニューロンの軸索 は大部分オリゴデンドログリアから成る髄鞘に被覆さ れており,大脳皮質ではニューロンの細胞体やシナプ スにアストログリアが直接コンタクトしていることと 対照的である.白質においても,軸索のランビエ絞輪 部分は髄鞘を欠き,ここにはアストログリアの足突起 が直接ニューロンに接していることが電顕的にも確認 されている7, 8).したがってランビエ絞輪部分では大脳 皮質同様の微小血管―アストログリア―ニューロンの 代謝コンパートメントが成立すると考えられるが,軸 索では,オリゴデンドログリアがアストログリアと類 似の代謝コンパートメントを形成する可能性が提唱さ れている9) 慶應義塾大学医学部神経内科 〒 160-8582 東京都新宿区信濃町 35 TEL: 03-3353-1211(内線 62316) FAX: 03-3353-1272 E-mail: takashin@tka.att.ne.jp doi: 10.16977/cbfm.27.2_255

● シンポジウム 2 脳梗塞の病態と新規治療開発の将来像

グリア系細胞の統合的制御による脳梗塞治療開発

髙橋 愼一

要  旨  脳内にはニューロンのほか,その同数以上のグリア細胞が存在する.グリア細胞には外胚葉由来のマクログ リアとしてアストログリアとオリゴデンドログリア,胎生期に卵黄囊から脳内に移行した中胚葉由来のミクロ グリアの 3 種のグリア系細胞が存在し,ニューロンと協調し正常機能を担っている.グリア系 3 細胞間にも相 互作用が存在し,虚血性脳卒中の病態において重要な役割を果たす.我々はこれまでグリア細胞のうち,アス トログリアの機能ならびに脳卒中の病態への神経保護的な作用を中心に研究を進めてきた.2014 年の本学会 シンポジウムではアストログリアをターゲットとした脳卒中の治療戦略について発表したが,2015 年の本シ ンポジウムではさらに一歩進めたグリア系細胞の統合的機能制御による新しい脳卒中治療戦略について,現在 進行中の研究成果を紹介する. (脳循環代謝 27:255~258,2016) キーワード : アストログリア,ミクログリア,オリゴデンドログリア

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脳循環代謝 第 27 巻 第 2 号 ─ 256 ─

2.オリゴデンドログリアとアストログリア

 グルコース代謝において,ニューロンが酸化的なグ ルコース代謝に依存することには異論がないが,その エネルギー基質としてグルコース以外,乳酸,ケトン 体が直接 TCA 回路で利用される可能性がある.乳酸 はその古典的候補であるが,BBB を介した血管内から 脳内への輸送速度には制限が大きく,脳内で産生され る内因性の乳酸がニューロンで利用されるモデルが提 唱されてきた(astrocyte-neuron lactate shuttle: ANLS)10)

ANLSモデルは大脳皮質のモデルであり,大脳皮質に おける主要なニューロトランスミッターであるグルタ ミン酸が,アストログリアのグルコース代謝を亢進さ せ,同時に解糖系亢進に伴う乳酸産生を増大させると いう観察結果に基づく3, 10).これに比してオリゴデン ドログリアのエネルギー代謝の研究は遅れており,培 養細胞レベルでの古典的研究からオリゴデンドログリ アのグルコース代謝はニューロンに近く,酸化的代謝 が中心であると考えられてきた11).しかし近年,ミト コンドリアの複合体 IV を特異的にノックアウトし,グ ルコースの酸化的リン酸化を阻害した遺伝子改変マウ スにおいて,明らかな脳機能障害が認められないが, 麻酔薬でニューロンの代謝を低下させた時に脳内の乳 酸量が増加することから,白質ではオリゴデンドログ リアとニューロン間に ANLS 同様の乳酸シャトルが成 立する証左として注目されている12).前述のとおり, 白質においても微小血管壁はアストログリアに覆われ ており,血管内のグルコース供給はまずアストログリ アに供給される.アストログリアに発現するギャップ ジャンクション蛋白を構成するコネキシン(connexin: Cx)で あ る Cx43/Cx30 と オ リ ゴ デ ン ド ロ グ リ ア の Cx47/Cx32間には,ヘミチャネル形成による物質交換 経路が存在するため,この 2 つのグリア系細胞にもグ ルコース代謝コンパートメントが存在する可能性があ る13).その障害が白質障害を来す代表的な神経疾患で ある多発性硬化症や視神経脊髄炎の病態に関与する可 能性が提唱されている14).我々はニューロンのエネル ギー基質としてのケトン体15)とともに,髄鞘再生にお ける脂質コンパートメントにおけるケトン体について も検討している.髄鞘形成期には血中のケトン体の濃 度が高く,ニューロンのエネルギー基質も成体とは異 なりケトン体に依存する.この時期,血中のケトン体 が髄鞘形成に必要な脂質合成の基質となると考えられ る.生体脳では髄鞘再生のための脂質合成においてア ストログリアによるケトン体産生が重要な働きをもつ と推測される.我々は現在,アストログリア特異的な ケトン体合成経路のノックアウトマウスを用いて,髄 鞘再生に及ぼす影響を検討している.さらに我々の開 発した MRI によるヒトの脳における髄鞘の可視化画 像(“ミエリンマップ”)16)を用いた検証を進めている.

3.ミクログリアとアストログリア

 脳内でミクログリアの果たす役割は十分解明されて いない.ミクログリアは,虚血,炎症などの侵襲刺激 に反応し ramified shape から amoeboid shape となり遊 走能を獲得,脳に対して障害的にも保護的にも作用す る.ここで重要な役割を果たすのは toll-like receptor (TLR)4 である.TLR4 のリガンドとして古典的には lipopolysaccharide(LPS)が知られているが,虚血脳に お い て は 種 々 の 内 因 性 TLR4 リ ガ ン ド が 作 用 し, TLR4を発現する細胞に虚血応答をもたらすと考えら れている.我々は 2012 年の本学会においてアストロ グリアに発現する TLR4 刺激と保護的役割について発 表した17).その後 TLR4 を介したシグナルは,アスト ログリアとミクログリア間のコミュニケーションにも 重要であることが明らかとなってきた.アストログリ アへの TLR4 シグナルは炎症の場に共通の低酸素状態 に呼応する解糖系亢進を生じる.これは TLR4 に下流 にある MAPK 系の活性化を介した Keap1/Nrf2 システ ムの活性化によると考えているが,とくにグルコース 代謝においては解糖系のシャント路であるペントース リン酸経路(pentose-phosphate pathway: PPP)活性化が重 要である18).PPP は NADPH の産生を通じて還元型グ ルタチオンを増加させ,酸化ストレスの軽減に中心的 役割に担う.また脳虚血では低酸素のみでも Keap1/ Nrf2システム非依存的に PPP 活性化が起こる19).解糖 系の活性化は前述のごとく,アストログリアの乳酸産 生を増大させるが,乳酸が HCA1 受容体リガンドとし てニューロンには抑制的に作用し,虚血脳における興 奮性細胞死の抑制に作用する可能性がある20).また虚 血脳でアストログリアから産生されるケトン体は, ニューロンにはエネルギー基質として利用される が15),ケトン体が HCA2 受容体リガンドとして炎症性 細胞に作用し,保護的役割をもたらす可能性が指摘さ れている21, 22).HCA2 リガンド作用をもつ多発性硬化 症 に 対 す る 経 口 治 療 薬 で あ る ジ メ チ ル フ マ ル 酸 (BG12)23, 24)投与によって MCAO モデルマウスでミク ログリアの活性化が抑制される可能性を検討中であ る.また TLR4 刺激に由来するミクログリアの活性化 とアストログリアの保護作用のクロストークにも注目 している.1990 年代の後半に Bolaños らはアストログ リアの PPP 活性化に NO が重要な役割を持つことを示

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グリア系細胞の統合的制御による脳梗塞治療開発 ─ 257 ─ している25).NO は Keap1 のチオール基の修飾による 構造変化を起こし,アダプタータンパクである Keap1 は Nrf2 を保持できなくなり,解離した Nrf2 は核移行 を起こし転写活性を示す可能性が明らかになってき た26).NO の PPP 活性化,すなわち抗酸化ストレス応 答による神経保護作用はアストログリアの Keap1/Nrf2 システムを介するものと推測している.NO はミクロ グリア中心に産生されることから,NO が 2 つのグリ ア系細胞間の保護シグナルとなっていることに注目し ている.

おわりに

 グリア系 3 細胞の相互機能の理解は,正常脳の理解 のみならず疾患病態の解明につながると考えられる. “グリア系細胞の統合的制御”を通じて脳梗塞の新規治 療戦略の開発を目指したい.  本研究の一部は文部科学省科学研究費基盤研究(C) (一般)15K09324(研究代表者 髙橋愼一)による.  本論文の発表に関して,開示すべき COI はない. 文  献

1) Somjen GG: Nervenkitt: notes on the history of the con-cept of neuroglia. Glia 1: 2–9, 1988

2) Mathiisen TM, Lehre KP, Danbolt NC, Ottersen OP: The perivascular astroglial sheath provides a complete cover-ing of the brain microvessels: an electron microscopic 3D reconstruction. Glia 58: 1094–1103, 2010 3) 髙橋愼一:ニューロンとアストロサイトのエネル ギー代謝.脳循環代謝 21: 18–26, 2010 4) 髙橋愼一:アストログリアをターゲットとした脳梗 塞治療戦略の構築.脳循環代謝 26: 67–75, 2015 5) 髙橋愼一:脳血管とアストロサイト- neurovascular unitの概念について-.神経内科 79: 247–256, 2013 6) 髙橋愼一:血液脳関門および脳循環・代謝調節とア ストロサイト.実験医学 31: 2195–2203, 2013

7) Butt AM, Duncan A, Berry M: Astrocyte associations with nodes of Ranvier: ultrastructural analysis of HRP-filled astrocytes in the mouse optic nerve. J Neurocytol 23: 486– 499, 1994

8) Black JA, Waxman SG: The perinodal astrocyte. Glia 1: 169–183, 1988

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19) Takahashi S: [Astroglial protective mechanisms against ROS under brain ischemia]. Rinsho Shinkeigaku 51: 1032–1035, 2011

20) Mosienko V, Teschemacher AG, Kasparov S: Is L-lactate a novel signaling molecule in the brain? J Cereb Blood Flow Metab 35: 1069–1075, 2015

21) 髙橋愼一:神経細胞およびグリア細胞におけるケト ン体代謝の重要性.In: Annual Review 神経 2015,鈴 木則宏,祖父江元,荒木信夫,宇川義一,川原信隆 編,中外医学社,東京,2015,pp 196–203

22) Rahman M, Muhammad S, Khan MA, Chen H, Ridder DA, Müller-Fielitz H, Pokorná B, Vollbrandt T, Stölting I, Nadrowitz R, Okun JG, Offermanns S, Schwaninger M:

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脳循環代謝 第 27 巻 第 2 号

─ 258 ─ The β-hydroxybutyrate receptor HCA2 activates a neuro-protective subset of macrophages. Nat Commun 2014; 5: 3944

23) 髙橋愼一,中原 仁,鈴木則宏:フマル酸ジメチル (BG-12).Clinical Neuroscience 32: 1287–1290, 2014 24) Chen H, Assmann JC, Krenz A, Rahman M, Grimm M,

Karsten CM, Köhl J, Offermanns S, Wettschureck N, Schwaninger M: Hydroxycarboxylic acid receptor 2 medi-ates dimethyl fumarate’s protective effect in EAE. J Clin

Invest 124: 2188–2192, 2014

25) García-Nogales P, Almeida A, Fernández E, Medina JM, Bolaños JP: Induction of glucose-6-phosphate dehydroge-nase by lipopolysaccharide contributes to preventing nitric oxide-mediated glutathione depletion in cultured rat astro-cytes. J Neurochem 72: 1750–1758, 1999

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Abstract

Stroke therapy through the regulation of glial cell interaction

Shinichi Takahashi

Department of Neurology, Keio University School of Medicine, Tokyo, Japan

The brain consists of neurons as well as glial cells that outnumber neurons. There are at least three

different types of glial cells; astroglia, oligodendroglia, and microglia. Our research has focused on the

roles and function of astroglia with regard to metabolic compartment for decades. Recently, it has been

elucidated that glial cells function coordinately, making metabolic compartment with each other. This

short review introduces the importance of communication of glial cell network in the pathophysiology

of stroke, leading the development of novel therapeutic strategy of ischemic stroke.

参照

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