1口腔咽頭顕症梅毒の電顕による病理組織学的研究
東京女子医科大学附属第二病院 ミヤ ノ宮 野
耳鼻咽喉科(部長:荒牧 元教授) ヨシ タカ良 隆
(受付 平成5年10月22日) Histopathological and Ultrastructural Studies of Oropharyngeal Syphilis by Electron Microscope,Yosh量taka MIYANO
Department of Otolaryngology(Director:Prof. Hajime ARAMAKI), Tokyo Women’s Medical College Daini Hospital Thirteen patients diagnosed as having oropharyngeal syphilis were treated at Tokyo Women’s Medical College Daini Hospitai between 1983 and 1991. Eleven of the thirteen patients underwent biopsies. Tissues obtained were inspected under both light and electron microscopes. Results were as follows: 1.Degeneration of the neutrophils in the mucoepithelium was observed under the electron microscope. The collection of these degenerating neutrophils in certain areas was assumed to be the beginning of the formation of the pale and edematous mucous patch. 2.Degrarlulation of the neutrophils was observed. This suggested an active release of superoxides by neutrophils which in turn caused lesions in the mucosa. 3.Degeneration in the endothelial cells of the capillary vessels was also observed. This provided further support to the assumptionぬat blood vessels are affected by all types of syphilis,. はじめに 近年,性風俗および性習慣の多様化,経口避妊 薬の普及,国際交流の活発化などからSTD(sexu− ally transmitted diseases,性感染症)の増加が見 られている1》}3).その範疇にはいるものは1970年 WHOの提唱により従来の梅毒,淋疾,軟性下清, 鼠径リンパ肉芽腫症をはじめとし,クラミジア感 染症,単純ヘルペ烹感染症,伝染性単核球症,肝 炎,最:近ではHIV感染症など多種にわたり,ます ます複雑化を呈してきている.耳鼻咽喉科におい てもこれらの疾患に遭遇することが決して稀では なくなってきている.これらの内,梅毒は第二次 世界大戦後をピークとして年々減少傾向にあった が1960年代より再び増加傾向が見られるように なってきた4)5).近年,耳鼻咽喉科において口腔咽 頭の早期顕症梅毒の増加が認められ,比較的多く の報告が発表されている6>∼9).しかしながら,これ らの報告の多くは口腔咽頭における卿⑳o麗脚 ρα11毎%窺(以下TP)の検出と臨床所見の報告であ り,系統的,総:括的な組織学的所見についての報 告は少なく口腔咽頭梅毒の病態については不明な 点が多い.また,電子顕微鏡による超微形態的検 索はほとんどないといってもよい.そこで,光学 および電子顕微鏡を用いて梅毒の病態について病 理組織学的研究を行ったので報告する. 対象と方法 1.対象 対象は1983年目り1991年までの9年間に東京女 子医科大学附属第二病院耳鼻咽喉科において口腔 咽頭顕症梅毒と診断された男性5名,女性8名の症例 mo 性 年齢 主 訴 病変部位 TPHA. @値 1* F 16 口唇潰瘍 下口唇,手掌 5,120倍 2*
M
43 咽頭痛 扁桃 20,480 3 F 56 咽頭異常感 扁桃 5,120 4M
39 咽頭痛 軟口蓋 5,120 5M
43 口腔内の痛み 舌,軟口蓋,口角,手掌 1,280 6M
34 舌の痛み 舌 2,560 7 F 41 咽頭異常感 下口唇,軟口蓋, 闖カ 20,480 8 F 41 咽頭痛 軟口蓋 10,240 9 F 49 疾がからむ 軟口蓋 2,560 10 F 45 のどのつかえ感 軟口蓋 5,120 11 F 30 咽頭痛 口蓋弓 2,560 12 F 27 咽頭痛 軟口蓋 5,120 13M
20 頸部リンパ節 @腫脹 軟口蓋 5,120 TPHA値は定量値を参考までに記した. ・印は生検未施行例である. 計13名である(表).年齢は16歳から56歳までで平 均年齢37.2歳であった.13名の内,生検を施行し 得た11名を対象とした.病期別としてII期梅毒8 例,1期梅毒1例,駆梅療法後1例および抗菌剤 投与後の例1例である. 病変部位は扁桃,咽頭粘膜,口唇,舌である. 2.方法 1)光学顕微鏡用試料 試料を20%ホルマリン液で固定し常法に従って パラフィン包埋し,ヘマトキシリソーエオジン染色 (以下HE染色)を行い,光学顕微鏡で観察した. 2)電子顕微鏡用試料 試料作製法は病変部を2.5%グルタールアルデ ヒドおよび1%オスミウム酸固定し,型のごとく 包埋,超薄切片を作製したのち酢酸ウランとクエ ン酸鉛による二重染色を行った.これらの方法に より試料を作製したのち透過型顕微鏡(日立H− 800型電子顕微鏡)を用いて検鏡した.結
1.臨床的観察(表) 1)主訴 果 (38.5%),ついで咽頭異常感(27%)や舌の痛み を訴えた者もいた. 2)病変部位 病変部位は軟口蓋8例,扁桃2例,舌2例,口 唇2例,口蓋弓1例,口角1例であった.一部, 重複する例も認められた.また,手掌に梅毒疹を 認めたものが3例あった. 3)病変 主たる病変は粘膜斑であった.粘膜斑は舌,扁 桃,咽頭に認められたが,大多数は口蓋垂を中心 として蝶が羽根を広げたようなbutterHy appear− anceと呼ばれる所見を呈していた.その他,潰瘍 や硬性下清を呈しているものもみられた.頸部リ ンパ節は全例,触知された. 4)梅毒血清反応 初診時,梅毒血清反応の定性試験を行い3法(オ ガタ法,ガラス板法,TPHA法)全てにおいて陽性を示した.さらに定量試験を行いオガタ法
320∼640倍,ガラス板法16∼64倍,TPHA法
1,280∼20,480倍と3法全てが強陽性を示した. 5)治療 当科においてペニシリン(バイシリン)120万単 位を1日量とし治療を行った.治療期間は平均 15.6週と従来の治療成績に比べやや長期にわたっ た。 2.光学顕微鏡的観察 光学顕微鏡における主たる所見は,上皮内には 好中球の浸潤を認め,上皮下皮質には,多数の形 質細胞の浸潤が特徴的であった.また症例により 好中球の存在形態は異なっていたが形質細胞の浸 潤は常に認められた. 1)粘膜斑を認めた例 図1A, Bは口腔咽頭および性器にも粘膜斑が みられ,口角皮膚にも浅い潰瘍がみられた典型的 顕症梅毒例である. 光学顕微鏡による観察では,上皮細胞内には多 数の好中球浸潤があり上皮下では形質細胞が多数 認められた(図1C,2A).基底部には若干の好中 球が認められたが表層部には多数の好中球が観察 された(図1D). P52一’ヒ鑛 黙
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図1 粘膜斑を認めた例 肉眼所見 A:舌に粘膜斑を認める(症例No.5). B:軟口蓋,扁桃に粘膜斑を認める(症例No.5). 光顕所見 C:上皮層には多数の好中球が認められ上皮下では形質細胞が認められる(症例No.10).(HE染 色75倍) D:上皮層の部位の強拡大像であり変性した粘膜上皮内に好中球が多数浸潤している(症例No. 10).(HE染色,130倍) 上皮の最表層部には多数の好中球が集合してお り,それらの好中球は浮腫状変性を示していた. 上皮の中層域では好中球が多数存在しているが, 集合しているもの,あるいは浮腫状のものは観察 されなかった(図2B). また口腔咽頭のみならず皮膚や性器などにもII 期梅毒に特微的な臨床症状を示す患者において は,上皮表層部に多数の好中球が集合し,島状を 形成している部位が認められた(図2C). 2)発赤が主たる例(1期例) 口蓋弓の発赤が主たる所見であり,粘膜斑,潰 瘍などは認められていない(図3A). 上皮内において好中球の浸潤は認められなかっ たが,リンパ球の浸潤はわずかに認められた.上 皮下には形質細胞,リンパ球が多数観察された(図 3B).上皮下ではうっ滞傾向を示す毛細血管が観 察された.また,血管周囲間質に多数浸潤してい る細胞はリンパ球と形質細胞であった(図3C). 3)治療歴のある例 粘膜斑形成例に対し駆梅療法(パイシリン120万 単位,1日量)を7日間行った例である.駆梅療 法により粘膜斑が消失していた(図4A, B).[
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図2 粘膜斑を認めた例 光顕所見 A:上皮下には多数の形質細胞が認められる(症例No.5).(HE染色,130倍) B:表層部に多数集合している好中球が観察される(症例No.13),(HE染色,75倍) C:好中球が多数集合し島状構造体を形成している(症例No.5)。(HE染色,75倍) 組織学的には上皮の最外層に多数認められた好 中球は消失している.しかしながら上皮の中層部 には好中球はなお認められた.また,赤血球の濾 出が認められた.上皮下では形質細胞の多数の浸 潤は認められた(図4C). 図4Dは非淋菌性尿道炎の診断下に他科より抗 菌剤投与を受けていた症例であり,上皮はほぼ正 常像であるもののリンパ球がわずかに浸潤してい た.また上皮下間質では,形質細胞は多数浸潤し ていた. 3.電子顕微鏡的観察 1)粘膜斑を認めた例 上皮の最外層は剥離しており,その下の上皮細 胞には小空胞,脂肪滴が観察された(図5). また上皮細胞間には6∼7個の好中球が総状と なって集合していた.この好中球は核はほぼ正常 であるが細胞質は軽度な浮腫を示し,かつ軽度な 脱髄粒傾向が認められ,ミトコンドリアあるいは 粗面小胞体などの細胞内小器官はほとんど観察さ れなかった(図6A). 他の症例では最外層付近では多数の好中球が集 合して総状になっており,この好中球は核のクロ マチソ基質が不明瞭となり壊死傾向が認められる ものもあった.また,これら好中球の細胞質内に 小空胞およびミトコンドリアが膨化している像が 認められた(図6B).猟
,糟幽、・ 図3 発赤か主たる例 肉眼所見 A 前口蓋弓を中心とした著明な発赤か認められる(症例No 11) 光顕所見 B 上皮下には多数の形質細胞,リンパ球か存在している(症例No 11)(HE染色,75倍) C 上皮下の拡大像.毛細血管のうっ滞,形質細胞か観察される(症例No 11)(HE染色,130倍) 上皮の中層部位において好中球の細胞質内にみ られた穎粒がしぼしぼ上皮細胞間の間隙に観察さ れた(図7A). 上皮下の間質には毛細血管内灘のうっ滞が認め られ,内皮細胞は軽度な細胞浮腫を示していた. その周囲には多数の良く発達している粗面小胞体 をもつ形質細胞が認められた(図7B). 2)発赤が主たる例(1期例) 上皮層には好中球が認められなかった.上皮細 胞内には多数のグリコーゲン穎粒の蓄積が認めら れ,一部塊状のグリコーゲン域が観察された.し かしながら,ほぼ正常像として上皮細胞は認めら れた(図8). 上皮下では血管内灘には著明なうっ滞が認めら れ内皮細胞には著明な細胞浮腫が観察された(図 9A).また間質には多数の形質細胞が侵潤してお野面・懸
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繋鞍、 無碧 蔑艦馨 瀞謬 硬壌梶牽颪 ㍉掘藻難 図4 治療歴のある例 肉眼所見 A 駆梅療法前,乳白色な粘膜斑かみられる(症例No 12). B 駆梅療法後,Aてみられた粘膜斑か消失している(症例No 12), 光顕所見 C 駆梅療法1週後の粘膜斑形成例の光顕像.上皮の外層部には好中球は認められないか基底部に は好中球か散在している(症例No 12).(HE染色,200倍) D 抗菌剤投与をうけていたII離離.好中球か上皮下には認められない(症例No 4).(HE染色, 200倍) り,リンパ球も認められた(図9B). 3)駆梅療法1週後の例 上皮細胞は大小不同の空胞あるいはライソゾー ムが観察された.上皮層には好中球が若干見られ るものの,ほとんど観察されす,上皮細胞間には 赤血球の浸潤が認められたに過ぎな:かった(図10 A). 上皮下には多数の形質細胞が認められた.また, 毛細血管内皮細胞はほぼ正常として観察されたが 血管周囲に軽度な問質浮腫が認められた(図10 B). 考 察 梅毒は直径0.1∼0.4μm,長さ5∼20μmのTP の感染により生じる. 先天性梅毒と後天性梅毒に分けられるが近年, 先天性梅毒は妊婦に梅毒血清反応が行われるため 非常に稀となってきている10). 後天性梅毒は1∼III期に分類されるが耳鼻咽喉 科において見られる顕症梅毒のほとんどがII期の ものでありIII期の例をみることは非常に稀であ図5 粘膜斑形成例の電顕像 上皮細胞の剥離およひ上皮細胞内には脂肪滴,空胞か 観察される(症例No 5). る,また1期の初期硬結あるいは硬性下清は主に 口唇や扁桃に生じるが,症状軽微なためにこの時 期に耳鼻咽喉科を受診し診断されることは稀であ る.したがって口腔咽頭領域において見られる難 症梅毒の所見はII期における粘膜斑,債瘍が中心 である. 初期硬結は発生部位によって陰部初期硬結,陰 部周囲初期硬結,陰部外初期硬結に分類され,陰 部外初期硬結は潰瘍化しやすいので陰部外下清と もよはれている1’).陰部外下清の発生頻度は,本邦 においては硬性下灘全体のほぼ2∼3%とされ, 男子に多く好発部位は口唇,乳房,肛囲,扁桃, 手指,舌の順に多くみられ,口唇では下口唇に多 いとされている11}.一方,Mindelらは20年間に経 験した946例の初期硬結を呈した患者の内,性器に 初期硬結を呈したものは677例であるのに比べ口 腔に初期硬結を呈したものは,わずか11例てある
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図6 粘膜斑形成例の電顕像 A 上皮細胞間に集合した好中球か認められる(症例 No 5). B 多数集合している好中球てあり核の変性か観察さ れる(症例No 13). と述べている.それに比較し粘膜斑に関しては, II期患者854例において性器では35例であるのに 対し口腔咽頭では139例が粘膜斑を呈していたと している12).それにより粘膜斑は性器よりも口腔 咽頭に高頻度にみられることが示された. 本研究例においても1期例は硬性下清が1例に 認められただけで初期硬結は見られず他は全てII 期のものであり,粘膜斑を呈していた例が最も多 くみられた. 1.患者数統計 本邦においても第二次世界大戦前,非常に多数 の患者がみられたものの第二次世界大戦後,1948 年をpeakに患者数が激減した13).米国において は1960年代より再ひ増加傾向を示している14). 本邦においては他のSTDとともに近年,一時鞭議, 図7 粘膜斑形成例の電顕像 A 好中球内に認められる電子密度の高い穎粒か細胞 間隙に認められる(症例No 5)(矢印) B 毛細血管内皮細胞の浮腫およひその周囲に多数の 形質細胞(P)か観察される(症例No 13) 増加傾向にあったが再び減少傾向にある4)5).同様 に大阪府性感染症動態調査概要によれは梅毒流行 の重要な指標となる早期顕職梅毒の増加がみられ ていたが再ひ減少傾向にある4).当科においては 1983∼1991年の問に13例の口腔咽頭顕症梅毒がみ られたが,この時期は統計的にみても患者数,早 期難症梅毒患者数ともに増加傾向にあった時期で あり当科の所在する東京都においても梅毒流行が あったものと思われる. 2.診断 1)TPの検出方法 梅毒の診断はTPをその病巣より検出すること が可能てあれは確実である.そこでTPの検出に おいて種々の方法が行われている.すなわち暗視 野法,パーカーインキ法,蛍光抗体間接法などで 図8 1期梅毒患者の咽頭粘膜 上皮細胞てあり細胞質に多数のグリコーゲン穎粒(9) か観察される(症例No 1!). ある15).最近ではホルマリン固定ののち1m− munoperoxldase stalningを用いTPを証明する 方法も行われている10).しかしながらTPを証明 することは技術的に容易でないことも事実であ る.特に口腔内には非病原性のスピロヘーターが 存在するためTPであるか否かの鑑別診断は困難 となる15). また河合は第1期梅毒では局所の硬性下灘が認 められるので,局所の滲出液中にTPを検出する ことにより診断が可能であるが,第1期を過ぎる とTPの検出がほとんど不可能になるので梅毒血 清反応に頼らなければならないとしている16). 本研究例において初期硬結を見た例は1例もな く,そのほとんどがII期例であり検出を試みたも ののTPを明らかにすることはできなかった. 2)梅毒血清学的検査法
編
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図9 1期梅毒例の電顕像 A:毛細血管であり内皮細胞に著明な浮腫を認める (症例No.11). B:1期梅毒の咽頭粘膜の上皮下であり,粗面小胞体 の良く発達した形質細胞(P)およびリンパ球(L)が 認められる(症例No,11).難霧
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図10 粘膜斑形成例に駆梅療法1週間後の電顕像 A:上皮細胞は空胞化しており赤血球の浸潤が認めら れる(症例No.12)。 B:血管内皮細胞は正常像として観察される.また,そ の周囲には形質細胞が認められる(症例No,12). そこで梅毒が疑われる際には,梅毒血清学的検 査が行われる.この血清学的診断法は既に確立さ れ感染後3∼6週以後の症例に対し日常臨床にお いて広く応用されている.我々の例においても梅 毒血清学的検査により確定診断を行った.まずオ ガタ法,ガラス板法,TPHA法の定性試験を行い, 陽性例に対し定量試験を行い3法全てに陽性を示 したものを梅毒と診断した.同時にTPHAの分 画試験を随時行いIgG, IgMの変移を治療の目安 として用いた. 梅毒血清学的検査法においては生物学的疑陽性 (以下BFP)を示す例がみられる.当然のごとくBFPと考えられた例においては再検査を行い
BFP例は今回の対象から除いた.しかし最近にな りHIV感染者において梅毒にり離しているにも 関わらずBFPと考えられる検査パターンを示す 例の報告がみられている17).今後も増加すると思 われるHIV感染者において考慮しなけれぽなら ない点である. 一方,本研究例における梅毒血清学的検査では 定量試験においてはオガタ法320∼640倍でガラス 板法16∼64倍,TPHA法1,280∼20,480倍と津上 の提唱するところの高い抗体価を示していた18>. しかしながら抗体価と肉眼的病変の程度との関係 は明らかではなかった. 3)組織学的特徴 口腔咽頭顕症梅毒例11例について光学および電 子顕微鏡的観察を行った.特に電子顕微鏡的観察の19)∼21)その組織学的変化を詳細に観察したもの は口腔咽頭領域においては現在までみられない. そこで梅毒病変の詳細な超微変化を観察し,その 病態発現がどのような機序によっているかを知る ために観察を行った.
光学顕微鏡による観察結果から,特殊性炎
(speci丘。 in且ammation)で知られている梅毒22)の II期における病理学的特徴は上皮層では多数の好 中球が浸潤しており(図3A, B),上皮下では形質 細胞,リンパ球の浸潤が著明であることである(図 1A,2A).このことは,今までの報告22)23)と一致し た所見であった.今回の粘膜斑の臨床所見を示す 症例についての電顕的観察から,他の性器,皮膚 などではほとんど観察されなかった好中球による 島状構造体が特徴的であった.この島状構造体は 好中球が多数集合しているものであり,各々の好 中球は脱穎粒を起こし浮腫変性を示していた. 一方,1期梅毒の病理学的特徴は上皮下の形質 細胞,リンパ球の浸潤であった.上皮層において はII期梅毒と異なり好中球が存在しないことで あった(図5A).同様な報告が皮膚および性器に おいて確かめられている22)24)25).1期梅毒は形質 細胞が組織学的にTPに対する反応として主体で あった.この時期にはTPに対する免疫能があが ること26)からもうなずける. (1)好中球とII期梅毒 II期の梅毒ではこの形質細胞だけではなく好中 球が上皮内に集合してくるのが特徴である.一般 に好中球の役割は,異物に対する補食作用が主な 作用である.今回の観察結果から,1期患者では 上皮細胞の変性像はほとんど観察されなかった. しかし好中球が浸潤してきているII期患者におい て,上皮細胞の空胞変性あるいは上皮細胞の剥離 が観察されるようになった.また,しぼしぼ上皮 の中間層では同誌粒現象あるいは脱穎粒した穎粒 が上皮細胞間に多数認められた(図7A). 近年,活性酸素,フリーラジカルの研究が盛ん に行われ27)28),水島も述べているように好中球が 種々の微生物や免疫複合体を貧食することにより 活性酸素が生じることが知られている27). 識すると上皮下に存在する好中球が表層部に動員 されTPに対して細胞膜や頼粒に存在する酸素の 活性化により活性酸素が生成されTPを攻撃する ものと考えられる. 今回の電顕的観察から上皮層に移行した好中球 が活発に言論を放出している像が観察された.こ のことは好中球が活発に活性酸素を発生させてい るものと思われた. これらの.ことは好中球がTPに対しての生体防 御反応だけではなく上皮細胞に対しても障害を与 えてしまうことが示唆された.また,駆梅療法後 1週間において臨床所見では粘膜斑が消失したと 同時に,上皮最外層での好中球も消失していた. そして,TPに対し抗菌剤投与を受けていた患者 ではII期梅毒にも関わらず,好中球が上皮内に浸 潤しておらず混合感染が軽快したとも考えられる が,臨床所見上,比較的,軽微なものであった. このことから,II期における粘膜斑の本体は好中 球の上皮への浸潤であることが示唆された. (2)梅毒と血管変化 TPの体内に対する梅毒はムコ多糖体がその本 態とされている29).すなわち感染が起こるとTP のカプセルから部分的にひきだされた異染性の酸 性ムコ多糖体の蓄積が起こる.このムコ多糖体は 容易にTPに付着し存在する.今回の結果から, 1期,II期ともに毛細血管の浮腫が観察された. このことからTPあるいは,そのムコ多糖体物質 が毛細血管内皮細胞に直接障害している可能性が 考えられた.治療後1週間において,好中球,形 質細胞の浸潤は認められるものの(図4C,10A), 毛細血管の障害が回復していることはTP.あるい. はムコ多糖体物質に治療薬が作用し,その毒性が 消失するものと考えられた. (3)形質細胞 1期,II温温に形質細胞が多数,上皮下間質に 観察された(図2A,4B).これはTPに対する免 疫応答と考えられる.Turkら30)は1期において, その早期ではBcell主体であり,その後, T−cell 主体の免疫応答が主体になると述べている.また 前述したように17}HIV感染で免疫機構が障害さ 一160一(図10B).このことはパイシリンでTPを攻撃す
ることにより患部においてTPが存在しなくな
り,好中球が血管より上皮に移動しなくなったた めと考えられた.しかしながら上皮下の形質細胞 が残存している理由は治療後早期であること,お よび治療がまだ不充分であるためと考えられた. また,ある種の抗菌剤を使用していた例において は,上皮はほぼ正常像であるもののリンパ球がわ ずかに浸潤し,上皮下間質においては形質細胞が 多数浸潤している像がみられた(図4D).形質細 胞の存在は免疫反応が現在も活発に行われている ことおよびTPの存在を示唆している.しかしな がらII期症状としての好中球浸潤がみられないこ とは,この抗菌剤はTPに対して感受性がないも のの,TPにより励起された,あるいは混合感染に より励起された炎症を抑えていたと考えられた. 何れにしろ,形質細胞の残存といった組織学的観 察からもニューキノロン系抗菌剤が梅毒に対して は無効であることが証明された. ま と め 1983年より1991年秋でに東京女子医科大学附属 第二病院耳鼻咽喉科で診断された口腔咽頭顕症梅 毒例11例に対し光顕および電顕的観察を行い下記 の結果を得た. 1.1期では上皮下における形質細胞の著明な 浸潤が主たる所見であった.II期では1期の所見 に加え,粘膜上皮における好中球の著明な浸潤が 主たる所見であった. 2.電顕的観察により血紅の好中球の変性がみ られた.このことより臨床上,乳白色で浮腫状の 粘膜斑は粘膜上皮において多数の好中球が集合す ることにより形成されるものと考えられた. 3.上皮内において好中球の脱穎粒が観察され た.このことから口腔咽頭顕症梅毒において好中 球が活性酸素を活発に放出していることが示唆さ れた.また,この活性酸素により粘膜損傷が起こ ることが示唆された. 4.1期,II期ともに毛細血管内皮細胞の変性が 5.駆梅療法1週間後では上皮の好中球が急減 したが,上皮下の形質細胞は残存している像が認 められた. 稿を終わるあたり,本研究の機会を与えて頂き,ご 指導,ご校閲を賜った荒牧 元教授に深く感謝申し上 げます.さらに直接ご指導を賜った日本医科大学中央 電子顕微鏡研究施設 佐藤 茂博士に深く感謝申し 上げます.また,本研究にご協力頂きました東京女子 医科大学附属第二病院耳鼻咽喉科各位,日本医科大学 中央電子顕微鏡研究施設各位に心より感謝致します. 本論文の要旨は,第5回日本口腔咽頭学会総会(岡 山,1992年),第94回日本耳鼻咽喉科学会総会(京都, 1993年),また一部は第6回日本口腔咽頭学会総会シ ンポジウム(札幌,1993年)において発表した. 文 献 1)荒牧元::耳鼻咽喉科のSTD. JOHNS 7(3): 291−295, 1991 2)宮野良隆,荒牧 元:ロ腔咽頭顕症梅毒の光顕お よび電顕的観察.口咽科 5(2):127−132,1993 3)荒牧 元,宮野良隆:鼻・口腔・咽頭梅毒.JOHNS 9(6):99−104, 1993 4)大阪府環境保健部,大阪府医師会:大阪府におけ る性感染症動態調査概要.1992 5)占部治邦:梅毒の動向と治療の実際.臨床と研究 70(2) :408−412, 1993 6)古川 初,加藤千日子,上出文博ほか:咽頭梅毒 症例とSTDサーベイランス.耳鼻臨 82(3): 399−403, 1988 7)Shimizu T, Shinogi J, Majima Y et al:Sec− ondary syphilis of the tonsil. Arch Otolaryngol 246:117−120, 1989 8)田中寿一,犬山征夫,藤井正人ほか:頸部腫瘤が 主訴であった梅毒の2症例.耳喉頭頸 62(3): 209−213, 1990 9)臨本克彦,杉田麟也:第1期扁桃梅毒例.耳鼻臨 83(7) :1075−1080, 1990 10)Ohyama M, Itani Y, Tanaka Y et a1:Syphi− litic placentitis:Demonstration of Treponema pallidum by immunoperoxidase staining. Vir− chows Arch A Pathol Anat 417:343−345,1990 11)占部治邦,眞崎治行:陰部外下疽.皮膚科Mook 4(今村貞夫編),pp63−73,金原出版,東京(1986) 12)Mindel A, Tovey SJ, Timmins DJ et a1:rience.2. Clinical features. Genitourin Med 65:1−3, 1989 13)厚生統計協会編:国民衛生の動向.厚生の指標 臨時増刊,p164, pp442−443,厚生統計協会,東京 (1992) 14)Wooldridge WE:Syphilis, a new visit from an old enemy. Postgrad Med 89(1):193−202, 1991 15)水岡慶二:梅毒.「性感染症」(熊本悦明ほ.か編), pp87−94,医薬ジャーナル社,大阪(1991) 16)河合忠:梅毒血清反応.SRL宝函15(2): 21−25, 1991 17)Heller H, Fromowitz F, Fuhrer J:Luetic cervical adenitis in patients with human lmmunodeficiency virus type l infection. Arch Otolaryngol Head Neck Surg 118:757−758, 1992 18)津上久弥:梅毒反応と治癒判定の問題.皮膚 24(1) :11−18, 1983 19)Nakamum S, lto F, Munakata A:Anew electron microscopic method for the demon・ stration of treponema pallida in the tissues embedded ln para茄n. J Nippon Med SchooI 51(5) :97−99, 1984 20)Poulsen A, Kobayashi T, Secher L et al: Ultrastructural changes of treponema pallidum isolated from syphilitic skin lesions. Acta Derm Venereol(Stockh)67:289−294,1987 21)Poulsen A, Secber I., Kobayashi T et al: Treponema pallidum in leukoderma syphil一 Acta Derm Venereol(Stockh)68:102−106, 1988 22)田中健蔵,吉永 秀,山本俊輔:炎症総論.「病理 学」(今井 環ほか編),pp94−124,医学書院,.東京 (1984) 23)Meyer I, Shklar G:The oral manifestations of acquired syphilis. Oral Surg Oral Med Oral Pathol 23:45−57, 1967 24)鈴江懐編:病理学総論.pp640−644,医学書院, 東京(1975) 25)Weiss MA, Mills SE:Nonneoplastic lesions of the penis, scrotum, and urethra.」吻Genitour− inary Tract Pathology 18, pp5−188, Gower Medical Publishing, New York(1993) 26)水岡慶二:梅毒と免疫.免疫と疾患3(4): 521−526, 1982 27)水島 裕:炎症における活性酸素とSOD.感染・ 炎症・免疫 18(2):9−18,1988 28)二木鋭雄,野ロ範子:どんなとぎに活性酸素・ブ リーラジカルがで.きてくるのか?「フリーラジカ ル」(近藤元治編)pp14−2!,メディカルビュー社, 東京(1992) 29)McGee J o’d, Isaacson PG, Wright NA eds: Principles of Pathology:Oxford Textbook of Pathology 1, pp402−404,0xford University Press, New York(1992) 30)McGee J o’d, Isaacso亘PG, Wright NA eds: Principles of Pathology:Oxford Textbook of Pathology 1, pp483−484,0xford University Press, New York(1992) 一162一