31 (東京女医大冊第26巻町10号頁523一一528昭和31年10月)
窒息の研究補遺
腹圧の変化について
東京女子医大法医学教室(主任吉成京子教授) 酒 サカ 根 ネ 斎 づ』イ (受付 井 イ 藤 bウ本
モb 節 セヅ 悪 ヤ」, 子 コ 永 ナガシ子
コ昭和31年8月30日)
緒 言 窒息の病態生理に関する研究は非常に多く見出 され,あらゆる角度から追求されて来た。窒息の 生前徴候の内,呼吸困難,痙攣は殊に巨視的に顕 著である。そして此の呼吸困難の様相は痙攣との 間に深い関係が認められている。そこで呼吸困難 と痙攣との問の関係を前回においては,胸膜腔内 圧を測定することによって検索を試み,更に今回 は腹圧を測定することによって知見を求めたいと 思ったのである。 実験方法 実験動物は2k9前後の雄のウサギを使用し,水銀 マノメーGl一と連結のあろカーテル(No.7)を膀胱内 に挿入して,膀胱尿を排出せる後,イルリガートルよ り水を膀胱内に,150∼200cc注入した。此の巨的は入 為的にゴムi嚢を挿入する代りに腹腔内腔臓器,その中 でも最も処置に簡便にして大なるものとして膀胱を選 んだのである。注水の理由は,膀胱の等張性圧変化を もって腹圧の膀胱に及ぼす力として表現する為であ る。したがって充盈せる膀胱内圧変化をもつて間接的 に腹圧と見倣したものである。 一方では気管に丁字型気管力==・一レを挿入してゴ ム管をもってタンブールに連結した。ホ銀マノメータ ー及びタンブールよりの書槙は一枚の燥煙紙上におい てキモグラフイオン装置使用により呼吸及び腹圧曲線 を描かしめた。 窒息の方法は,動物の興奮がしづまってから予め観 血的手術により露出せる気管の開放端をコッヘル日工 子で閉鎖した。 実験項目 1.健康なる無処置ウサギを窒息 2.エーテル麻酔による筋トーヌス弛緩状態におけ る窒息 3, 硝酸ストリヒニン(O. 10%,1cc!kg筋肉内)注 射による筋トーヌス充進状態における窒息 実験成績 1 キモグラムにつし、て 第1図は健康なる無門下ウサギを窒息せしめた 時の呼吸及び腹圧曲線である。 窒息前回に窒息開始後吸気性呼吸困難期には認 めるべき腹圧の変化はなかったが呼気性呼吸困難 期には明らかな動揺が認められ,呼気性の痙攣性 呼吸困難期に一致して最高腹圧を示した。 第2図はエーテル麻酔期において筋トーヌスが 弛緩せる状態の時窒息を行った呼吸曲線及び腹圧 曲線である。本例では呼気性呼吸困難が極めて軽 度で殊に末期呼吸の出現を欠いたが,たまたま出 現する呼息に殆んど完全に一致して腹圧上昇の棘 が認められた。 第3図は硝酸ストリキニン注射によって全身筋 肉のトーヌスが充進ぜる状態において窒息を行っ た時の呼吸並に腹圧曲線である。本例では窒息開 始後,直ちに強直性痙攣iを発して,呼吸曲線は通 常の窒息呼吸曲線とはいちぢるしく趣を異にし た。腹圧曲線は呼吸型式に一致するよりも強直性Setsuko SAKAI, Nagashi NEMOTO and Yasuko SAITO (Department of Legal Medicine, Tokyo
Women’s Medical College) : Supplerr. ientary studiGs on asphyxia: Changes in the intraabdominal pressure of asphyxiated rabbits.
痙攣に一致して甚だしい上昇を示した。 ■ 実験成績の数値的観察 第1表は実験7例及び3例つつの腹圧一覧表で ある。窒息前における充盈せる膀胱内圧は15∼21 mmHgを示した。此の値は前処置の如何によっ て特別認めるべき差を示さなかった。 先ず健康ウサギを窒息せしめた揚合には,最大’ 値の最高は窒、息2分において認めた。此の時期の 最小値は全期を通じての最低位を示した。、したが って窒息2分においては腹圧振輻は上下両側に最 第1図 窒 大を示したことがわかる。即ち振幅範囲は25.9 mmHgである。以後は再び最大値は下降し,最 小値は上昇して,振幅を縮め,窒息5分において は,殆んど両者の幅はなくなり,窒息前の値より も両者低位を示した。 次にエーテル麻酔後の窒息例では,健康ウサギ 窒息例のそれと略同様の傾向を示しt:が,最大値 の上昇は比較的小さく,最:小値の下降は比較的大 であった。即ち窒息2分において最大値の上昇, 最小値の下降は窒息経過中最大で,平均24.3mm 息 第2図 工一テノレ麻酔後1窒息
33 第3図 ストヰニーネ注射後窒息 第1表膀胱内圧変化(膀胱静注水量150∼200cc)
mmHg
1ユ魚蝋.息酬.衛・分一・到一・引一・分一・分
ill 巖小父大雨小最大:励鰍1馴尉最小限大駈日大
窒 1 23i
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16. 0 22. 0 23.0 l i i8. 3 1 20.0 22.0 20. 0 i 20. 0 1 10.0 32.0 32. 0 , 15.0 30.0 16.0 33.0 20F.o ?29:9i 15. 9 」 27. 1一 ! 14. O I 12. 0 ’ 16. 0 6.Oi 9. 0 10. 0 8.0’ 46.Ol 10.Ol 52.0 41. 0 28. 0 32. 0 40. 0 31. O O−8. 0 11. 0 1 42. 0 1 15. 0 1i 24. O s. o 1 37. 0 14. 0 1 24. 0 10. 0 i 12. 0 10. 0 1 32. 0 ’ ... 1.
io.7 il 36.61 ii. i i 3i.gl’illr.61
14.O I 22.0 16.0 16.0 12。0 18。0 10・Oi15・0 16.o i 17.0 10.OI10.0 10.0118.0 一一 1 12. 0 12. 0 10. 0 12. 0 14. 0 8. 0 9. 0 12. 0 12. 0 14. 0 12. 0 14. 0 9. 0 9. 0 16.61 10.7[ 11.7
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Hgから2.7mmHgの間を変動し,振幅は21.6
mmHgであった。窒息2分以後は,健康ウサギ
窒息例のそれと大差はなかった。 次に硝酔ストリキニーネ注射後の窒息例では, 窒息開始から1分までの聞に甚だしい変化を示 し,最大値の最高は平均75.OmmHgにまで達し, 最小値は窒息前よりやや下降したにすぎない。最 大値の変化は以後次第に下降するが最小値は,窒 息開始よりひき続いて下降の途を辿り,死後にお いて最低値を示した。窒息経過中の振幅の変移は 1分において57mmHg,2分において18mm
Hg,3分において2.4mmHg,4分以後では0で
一525一第2表 膀胱内圧変化率
降息..釦後一・分…一・州一・釧π四一’1..阿壷1
…1動隊馳駅天il厨1蔑ぎ励.1塾星ふ「最大「尉鰍
窒 息…….・」・….88・・
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あった。 第2表は,実験7乃至3例つつの成績の平均値 について窒息前腹圧を100として表現した変化率 である。第4図は此の変化率を図表に現わしたも co rto r2e 30a 80 20 ....1 20e i!1’ 8e 60 40 20 1Oo 80 60 第4図 膀胱内圧変化率 40 20 A,
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、 r 、 〆 、 ! 、 / ヘ ノ 、 !! 、Vノ 窒 息 前 署 薗 「t 葱券 界 3 4 分 零 のである。本図において無処置ウサギ窒息例及び 前処置ウサギ窒息例の3者を比較すると,硝酸ス トリキニーネ注射後窒息例の最大値及び最小値変 化率共に最上位にあり ついで無処置窒息例が位 し,エーテル麻酔後窒息例は最下位にある。換言 すれば無処置ウサギ窒息例の腹圧変化率曲線は, ストリキニーネ注射による筋トーマス充進下窒息 例と,エーテル麻酔後における筋トーヌス低下時 窒息例との中間に位する。したがって窒息時腹圧 の変化率は,痙攣叉は筋トーヌスの大小の順にし たがうものと随え得る。 総括並に考按 腹圧に関する文献を見出すことは容易であっ た。何故ならば,結核気心療法が盛に行われる様 になってから臨床方面において多数の報告と,研 究が行われたからである。即ちSalkin(1936)1), Banyai(1940)2), Rud−
man(1943)5)等は人においてEmerson(1911)4), Salkin(1934)5),橘(1930)6),和田(1942)7)等は 動物において人工藤枝時の腹腔内圧が呼吸によっ て影響されることを認めている。又西本(1952)8, は腹:圧の呼吸性動揺は測定する部位によって差が あり,上腹部で最大,下腹部では殆んど認められ なかったと報告している。 叉,橘(1930)6),権藤(1952)9,四本(1953)to) 等は腹腔内圧の増加は,胸腔内圧を陽性側に変ず ることを報告し,しかも腹腔内送気:量が多くなる 血胸圧は明らかに影響をうけて上昇すると述べて いる。以上の様に胸内圧と腹腔内圧とは,相互に 影響し合うことがうかがわれる。ところで胸腔と 腹腔とは,横隔膜をもつて界されている。 大塚(ユ940)11・は窒息時の横隔膜運動を同時に 他の痙攣時の所見を対照としてレントゲンキモグ ラフィーに依り観察して,痙攣を伴う窒息,スト リヒニン注射,ヒスタミンショック,通電等に際 して横隔膜の高さは主として胸部及び腹部筋肉の 緊張の差によって左右せられるものであると述べ ている。神尾(1951)ユ2)は腹腔内圧と横隔膜の高 さとの問には拗物線の一部を想わしめる曲線をも つて示される相関々係があると報告している。 さて本実験の結果をまとめ,そして考察するな らば次の様である。 健康ウサギ窒息例では腹圧充進は呼気性呼吸困
35 難発現と略一致し,エーテル麻酔下における痙攣i 抑制時窒息例では呼息出現と完全に一致して腹圧 の上昇が認められた。ストリキニン注射後の痙攣 促進条件下における窒息例では腹圧充進は呼息吸 息の呼吸様相と一致するというよりは全身強直性 痙攣発現に一致して最も著しい腹圧上昇を認め た。 次に無処置健康ウサギ窒息例及び前処置ウサギ 窒息例(エーテル麻酔並びにストリキニン注射) の3者を比較検討すれば,痙攣発現条件の大小の 順に腹圧上昇率は著しい。 ここで本実験における腹圧という語は,充盈せ る膀胱嚢に作用する力の総括の意である。したが って多くの:先学が研究を行って報告せる腹腔内圧 とは同義ではないかも知れない。即ち腹腔内気体 の示す圧力ではなく主として腹:部における力の内 膀胱嚢に及ぼしたカの意である。 西本(1953)10)はEmersonの装置を腹部に設 置して腹圧の変動を描写して腹圧曲線を3つに分 類した。正常型とは,腹圧曲線が吸気時に上昇し て呼気時に下降せるもの。逆乱とは,正常型の 逆。二仏型とは,腹圧曲線が吸気開始直後下降し 次で上昇し,呼気時に再び下降するものとした。 しかして横隔膜の呼吸運動が能動的正常であれば 正常型の腹圧曲線が現われ,両側横隔膜神経麻痺 の如く横隔膜の能動的運動が完全に喪失された場 合には逆型のみが認められると。 したがって本実験においては窒息時腹圧曲線と 呼吸相との関係は西本の云う逆型と見倣し得るも のである。即ち横隔膜の能動的運動が喪失された 状態に匹敵する。 大塚によれば痙攣が全身におこった揚合胸筋は 骨格で妨げられて制限があるが,腹筋は制限され ないので腹壁が堅く陥凹緊張する時胸内圧よりも 腹内圧の:方がより高くなって横隔膜は上位にゆく 筈であると述べている。 以上の交獣的考察並びに本実験の結果を総括す れば痙攣時腹圧の上昇は呼気性呼吸困難発現によ って招来さAILるのではなくて腹筋緊張による腹圧 上昇によっそ呼気性呼吸困難を癸現すると考える 方が妥当であると老えられる。したがってエーテ ル麻酔時φ筋緊張低下時窒息においては呼気性呼 吸困難が発現されない為に腹圧上昇が義民であっ たのではなくて腹壁緊張低下による腹圧上昇が抑9)権藤詠岨 制された為に呼気性呼吸困難がおこりにくかった ものと考えられる。又ストリキニン注射後窒息例 では腹圧造進が呼吸困難の様相と…致するよりも むしろ強直性痙攣発現によく一致して惹起された ことは前述した。 本実験においては水銀マノメーター及びタンブ ールよりの書積を嚥煙紙上において一直線上に一 致せしめたけれども実験動物よりの連結ゴム管の 長さの差及び呼吸曲線は全経過空気伝導であり, 腹圧曲線は一部水伝導,一部水銀をもつて伝導せ しめたため呼吸曲線と腹圧曲線との闇の時間的相 関は厳密を欠いた憾みがある。 西本(1953)10)の報告には此の両者の相関が触 れてあるけれども,殊に窒息時における此の問題 は,なお追試を要するものと老えられる。以上を 総括すると窒息時における呼吸困難の様相は胸廓 呼吸筋は勿論であるけれども腹筋の痙攣による腹 圧の大小が之を決定する重要な因子をなしている ものと考えられる。 結 び 本実験成績より考察すれば, 1)窒息時の痙攣を抑制又は促進せしめた結果, 痙攣の強弱と腹圧の大小とは明らかに平行した。 2)窒息時における腹圧曲線は西本の分類による 逆型を呈した。 3) 窒息時の呼吸困難の様相は,窒息痙攣発現に 際し能動喪失状態にある横隔膜の胸圧,腹圧両者 間に対する態度如何により決定されるものと考え られる。従って窒息時の呼吸困難の様相を決定す る因子と並んで横隔膜を介して腹圧が影響すると ころ大なりと考えるものである。 稿を終るに際し常に御懇篤なる御指導と御校閲を賜 つた恩師吉成京子教授に心からの謝意を捧げます。 参考主要文献
1) Salkin, D.:Am. Rev. Tuberc. 30, 436(1934) 2) Banyai, A.L.:Dis. Chest. 6, 342 ’(1940)
3) Rudman, 」.E.:Am. Rev. Tuberc. 48, 338
(1943)
4) Emerson, II.H.:Arch. of Int. Med. 7, 754 (1911)
5) Salkin, D.:Am. Rev. Tuberc. 33, 435(1936) 6)橘 亮吉;十全会雑誌35,11,2228(昭5) 7)和田孝雄:京都医学会雑誌,39,363(昭17) 8)西本幸男:広島医学5,11,452(昭27)
1 ・ ・ ,:, 74
(昭28)
ユ0)西本幸男:日本内科学会雑誌,’42,2,、74(昭2・9)
11)大塚阜:東京医学会雑誌,54,6,1(昭15)