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WHO衛生植物検疫措置の適用に関する協定 (SPS協定) における「科学」と「調和」概念の形成について

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(1)WTO 衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS 協定)における 「科学」と「調和」概念の形成について 林 正 德. 批判もあった.. Ⅰ はじめに. 本稿は,SPS 措置がウルグアイ・ラウンド農. 「衛生植物検疫措置の適用に関する協定」 (以. 業交渉の対象分野の一つとして取り上げられ,. 下「SPS 協定」と呼ぶ. )は,GATT ウルグアイ・. SPS 協定として成立する過程を,「科学」と「調. ラウンドの結果成立した WTO 協定を構成す. 和」概念を中心に分析したものである.これら. る諸協定の一つであり,動物検疫,植物検疫お. の概念を取り上げたのは,SPS 協定を構成する. よび食品衛生のための貿易措置(以下「SPS 措. 諸概念の中で特に重要であり,しかも誤解を招. 置」という. )は,この協定の対象である.同. きやすい概念であるからである.実際,右のよ. ラウンドの農業交渉の結果,農産物に関する市. うな批判には誤解に基づくものがあった.. 場アクセス,農業に関する国内補助や輸出補助. なお,本稿での協定形成過程の検討は,条文. に関して「農業に関する協定」 (農業協定)と. 交渉に限定されない.ウルグアイ・ラウンド. これと一体をなす,各国の約束内容を収めた. 交渉 は マ ス・メ ディア を 通 じ 一般国民 の 関心. 「譲許表」がまとめられ,SPS 措置については. を呼び,NGO による働きかけが積極的になさ. SPS 協定が成立した.. れ た,最初 の GATT ラ ウ ン ド 交渉 で あった.. SPS 協定は SPS 措置という専門技術的とさ. 米・EC 間のホルモン牛肉問題,牛海綿状脳症. れる事項を対象としているものの, いわゆる 「食. (BSE)問題などを背景にし,北米自由貿易協. の安全」にかかわるものであるだけに,消費者・. 定(NAFTA)が交渉されていた状況下で行な. 環境団体が関心を持った.これらのなかには,. われた SPS 協定交渉は,それまでのラウンド. SPS 協定が「科学」一辺倒でその他の要素を考. 交渉のような交渉参加国政府間の「閉じた」交. 慮していない,SPS 協定の「調和」原則により. 渉とは異なることから,こうした「外部」要因. 1). 自国の措置をより緩い国際基準 に合わせざる を得なくなってしまう,さらには「食の安全」 よりも貿易自由化を優先させている,といった . 1)SPS 協 定 の「国 際 的 な 基 準 , 指 針 ま た は 勧 告」(international standards, guidelines or recommendations)を本稿では便宜上一括して「国 際基準」と表記する .. も検討の対象とした2). . 2)本稿はこうしたアプローチによるいわば試 論である.SPS 協定に関する紛争案件や同協定の 実施問題についての検討は , 稿を改めて取り上げ ることとしたい.なお , ウルグアイ・ラウンドの通 史である Stewart[1993] ,Preeg[1995] ,Croome [1995] , GATT 農 業 交 渉 史 で あ る Josling ほ か [1996]でも SPS 交渉について簡単に触れているの.

(2) 18. (458). 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). Ⅱ ウ ルグアイ・ラウンドにおける SPS 協定 の交渉プロセス. 4 月の「中間レビュー合意」の作業計画に基づ き交渉が進められたが,ブラッセル閣僚会合も 成果を見ることなく終わることになった.翌. 1.ウルグアイ・ラウンド交渉の経過. 1991 年 に は ダ ン ケ ル 事務局長・貿易交渉委員. GATT ウルグアイ・ラウンド交渉は,公式. 会(TNC)議長の下でのいわゆる「ダンケル・. に は 1986 年 9 月 の GATT 閣僚会合 で の「プ ン タ・デ ル・エ ス テ 宣言」3)の 採択 に 始 ま り,. プロセス」の結果,12 月には「最終合意文書案」 5) (Draft Final Act) が提示された.各交渉分野. 1994 年 4 月の同閣僚会合での確認文書への署. についてクリーン・テキストがまとめられたこ. 名をもって終結した.しかし,この宣言文自体. とは画期的であったが,合意を見ることができ. が準備交渉の結果であった.. ず,この修正交渉が 1992 年 12 月から始まるこ. 準備交渉のプロセスでとりわけ重要なのは,. とになった.遅れていた市場アクセス交渉が翌. 1982 年の GATT 閣僚会合宣言 である.この. 1993 年 7 月の主要四カ国間の合意をもって動. 宣言は,関税分野のみならず非関税障壁,農業. きだしたことなどから,ウルグアイ・ラウンド. 分野,繊維分野,サービ ス 分野,セーフ ガー. 交渉は同年 12 月 15 日の貿易交渉委員会をもっ. ド,紛争処理手続 き,東京 ラ ウ ン ド・コード. て,実質的に終結した.. 4). など 多岐 に わ た る分野をカバーし,農業分野 では「農業貿易委員会」 (Committee on Trade. 2.SPS 交渉の経過. in Agriculture)が 設置 さ れ,農産物貿易 に 関. SPS 措置 は,1983 年 に 設置 さ れ た「農業貿. する問題の洗い出しと検討課題に関する議論が. 易委員会」で検討対象としてすでに取り上げら. 翌年から開始された. 「プンタ・デル・エステ. れていた.1984 年 11 月の閣僚会合で採択され. 宣言」の農業部分が他の交渉分野に比べて記述. 6) た「農業貿易委員会勧告」 は,. が詳細で,この委員会の勧告が引用されている. ① 市場アクセスについてウェイバー,国家貿. のは,こうした検討の下地があったことを反映. 易,可変課徴金,最低輸入価格制,輸出自. している.. 主規制,非譲許関税を含め,全ての数量制. ウルグアイ・ラウンド交渉は,当初 4 年間の. 限その他をより強化され,効率的なガット. 交渉期間を予定していた.1988 年 12 月のモン. 規律の下に置く,. トリオール閣僚会合はこのスケジュールに従い. ② 農業貿易に影響を与える補助金について. 「中間レビュー」と位置づけられ,4 年後に当. は,従来の規則・規律の強化と一般的な禁. たる 1990 年のブラッセル閣僚会合は交渉終結 の場として設定されることになった. しかし,当初の 2 年間は実務的な検討で進展 があったものの,基本的な対立はモントリオー ル閣僚会合でも解決できなかった.翌 1989 年 . みである.SPS 協定に関しては藁田[1999],内記 [2008],山 下 ほ か[2008],Prévost and Van den Bossche[2005],Scott[2007],Epps[2008]等 が あるが,通史の記述に依拠しているか,簡単にし か触れていない. 3)1986 年 9 月 20 日採択 . 4)1982 年 11 月 29 日採択(L/5424).. 止の 2 つのアプローチが存在する, ③ SPS 措置その他の技術的障害については, 「農業貿易への悪影響を最小限のものとす るため,これらに関する手続きを改善する」 とした. この農業交渉の対象分野を市場アクセス,補 助金および SPS 措置の 3 つとする整理は,2 年 後のプンタ・デル・エステ宣言でも踏襲され た.同宣言 の SPS 措置 に 関 す る 部分 は,SPS . 5)MTN.TNC/W/FA, 20 December 1991. 6)L/5732, 16 November 1984..

(3) WTO 衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS 協定)における「科学」と「調和」概念の形成について(林) (459). 19. 措置が農産物貿易に対して悪影響を「持つ」と. に作成されたが,いくつかの論点は未解決の. 断定せず「持ちうる」とし, 「関連する国際的. まま残されることになった.これらについては. な合意を考慮する」として関係する国際条約・. 「ダンケル・プロセス」で交渉が行われ,1991. 機関の存在とこれらを尊重することを明記した. 年 12 月に「最終合意案」として SPS 協定案の. 上で, 「手続き」の文言を削除して交渉対象を. クリーン・テキストが示されることになった.. 手続き面に限定しないこととした一方,スタン. その後,1992 年 12 月になって米国から「明確. ダード・コード7)を想起する「技術的障害」を. 化」を理由に修正提案が出されたが,1993 年. 削除してこれに関する見直しと区別した点を除. 12 月に決着して SPS 交渉は終了した.. き,同一内容である.. . 換言 す れ ば,市場アクセス,補助金および. Ⅲ SPS 定 の 交渉 プ ロ セ ス に お け る「科学」. SPS 措置という柱立てを行うことにより,SPS 措置をウルグアイ・ラウンド農業交渉の一つの 分野として取り上げるとの方向性と基本的な枠 組みは,1984 年の段階で実質的に決まってい たと言えよう. 農業分野に関する交渉の場として農業交渉グ ループが設けられた.当初の段階では,SPS 措 置は市場アクセスや補助金問題に関する論議の 中に埋没した感があった.SPS 措置についての 議論が動き出したのは,1988 年 10 月に SPS 作 業 グ ループ(Working Group on Sanitary and Phytosanitary Regulations and Barriers)が設 置されてからのことである.しかし,準備交渉 での中心テーマであった SPS 措置に関する協 議手続きの改善に関する議論に加え, 「科学」 と「調和」概念をはじめとする SPS 協定の基 本的要素のいくつかが提案されて SPS 交渉を 主導する理念となったほかは, 「中間レビュー」 までにルールの枠組みや方向性について大きな 進展は見られなかった. 1989 年 4 月 の「中間 レ ビュー合意」に 基 づ く作業計画は,年内 12 月までに交渉参加国か らの提案を提出したうえで,翌 1990 年末まで に長期的な改革プログラムに合意する,という ものであった. 交渉参加国からの提案をもとに, 1990 年 4 月から条文テキストのドラフト交渉 が開始され,SPS 協定の最初のドラフトは 6 月 . 7)東京ラウンドの結果合意された「貿易の技 術的障害に関する協定」をいう.以下同じ.. と「調和」概念の形成 1. 「科学」,「調和」概念 の 提案 と 関連規定 の 形成 ⑴ 「調和」概念の提案 1987 年末までに,その後の SPS 交渉の主要 アクターである米国,EC,ケアンズ・グルー プ8)および北欧グループ 9)から提案が提出され, これらの共通項は「調和」概念であった 10)が, 農業交渉グループ会合では,SPS 問題はほとん ど議論されなかった. 米国 は,農業補助 と 輸入 ア ク セ ス 障壁 の 削 減・撤廃と「人・動植物の健康・生命に支障が 生じない限り,SPS 措置を調和させることに加 え,SPS 措置を国際的に合意された基準に基づ かせる」ことを提案した11). EC は,農業交渉の目的を「農産物貿易に関 する GATT の規律を機能的なものとする」と . 8)ケアンズ・グループは,ウルグアイ・ラウン ド開始直前の 1986 年 8 月に結成され,農業交渉の 主要アクターとして重要な役割を果たした . 構成国 は,オーストラリア,ニュージーランド,カナダ のほか,南米ではアルゼンチン,ブラジル,チリ, コロンビア,ウルグアイ,アジアではインドネシア, マレーシア,フィリピン,タイ,東欧からはハン ガリーの 13 ヶ国 . 9)北欧 グ ループ と は,ア イ ス ラ ン ド,フィン ランド,ノルウェー,スウェーデンの 4 ヶ国. 10)SPS 交渉初期の状況についての分析である Bredahl and Forsythe[1989]は,SPS 交渉を「調 和」に関する交渉としてとらえている. 「科学」概 念を含む 1988 年 2 月の提案には触れていない. 11)MTN.GNG/NG5/W/14, 7 July 1987..

(4) 20. (460). 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). し,SPS 措置に関してのルールの枠組みは基本. た.ケアンズ・グループは,「調和」を国際貿. 的な原則, 「国際レベルでの SPS 措置の調和の. 易への障害の除去の手段として積極的に位置付. 12). ための基準」等を含むべきとした .. けるが,完全な「調和」は技術的に困難である. ケアンズ・グループは,農産物市場アクセス. ことを認め,そのような場合には「同等性の原. については GATT に整合しないか例外扱いが. 則」のもとで「同じ」措置でなくても「同等」. 認められているすべての輸入制限の撤廃,すべ. であれば相互に認め合うべきであるとした.北. ての関税のゼロまたは低水準での譲許,補助金. 欧グループは「調和」について関連国際機関に. については構造調整,インフラ整備,試験研究. よる国際基準と当該条約・機関との権限関係を. や普及目的のものなどを除いて補助金協定の一. 強く意識する.以上のようなニュアンスの相違. 般原則に従い禁止すること, 「国際貿易への障. はその後の交渉過程でより明確になる.. 害を除去する見地から各国間の SPS 措置を調. な お,EC は 翌 1988 年 4 月 に 行った 提案 15). 和する.各国間の調和が困難な場合には,より. で,国際基準 に よ る 調和 は 不可欠 だ が,そ の. 大きな同等性の原則を認める」ことを提案し. 遵守は任意であることから,国際基準作りと. 13). た .. その適用を奨励する見地から「国際基準に合致. 北欧グループは,農産物貿易を大きく歪曲し. し て い る(comply with)措置 は GATT20 条. てい る 農業支持 の削減,輸入の保護の削減と. (b)に 適合 し て い る も の と 見 な す(deem to. GATT の規則・規律の強化を通じたアクセス. conform to)」とした.. の拡大と並び,SPS 措置による貿易への悪影響. ⑵ 「科学」概念の提案. を最小化する見地から「関連する国際条約・機. 「科学」概念が提案されたのは「調和」概念. 関の権能に問題を生じないようにしつつ,SPS. よりも少し遅れ,翌 1988 年 2 月,米国のディ. 措置を調和させるため,必要な措置をとるべき」. スカッション・ペーパー16)においてであった.. 14). と提案した .. 10 ページ を「SPS 規制 の 調和」に 充 て,SPS. こ れ ら 提案 の 共通項 は「調和」概念 で あっ. 措置のルール化を詳細に取り扱った最初の文書. たが,ニュアンスは違っていた.米国の場合,. となった.. SPS 措置 の 調和 は「人・動植物 の 健康・生命. 提案 は,SPS 交渉 の 目的 は,SPS 措置 に つ. に支障が生じない限り」という条件付きである. い て「国際的 に 合意 さ れ た ア プ ローチ」を 実. こ と,換言 す れ ば SPS 措置 の 調和 が「人・動. 現するために関連国際機関17)との関連づけと. 植物の生命・健康の保護」と両立しえない場合. GATT 規則・規律の明確化を行うものであり,. がありうることを含意していた.また,各国の. これを GATT 規則・規律の明確化・強化をス. SPS 措置を国際基準に基づかせることは「調. タンダード・コードの規則・規律の拡張によっ. 和」に他ならないが,ことさら区別していた.. て行うとした18).しかし,スタンダード・コー. EC は,各国の SPS 措置の国際的な調和の重要. ドの改正交渉とは区別するとし,また,新たに. 性を強調しつつ, 「調和」するべき SPS 措置と そうでないものを区別する基準に言及し,また 「調和」のみではすべての問題の解決にはなら ないとしてアド・ホックの交渉を行うべきとし . 12)MTN.GNG/NG5/W/20, 26 October 1987 13)MTN.GNG/NG5/W/21, 26 October 1987 14)MTN.GNG/NG5/W/35, 1 December 1987. . 15)MTN.GNG/NG5/56, 20 April 1988 16)MTN.GNG/NG5/W/44, 22 February 1988 17)SPS 措置に関連する国際機関として,国際 食品規格委員会,国際獣疫事務局および国際植物防 疫事務局の 3 つが適切であるとし,簡単な紹介を 行った. 18)SPS 措置の対象範囲について,農業交渉の 対象外である林産物や魚類・同加工品についても 包括的に対象とすることも提案した ..

(5) WTO 衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS 協定)における「科学」と「調和」概念の形成について(林) (461). 21. 置に関する提案21)で,①農産物貿易に対する. 「科学」概念を提起した. GATT 規則・規律 と し て は,人・動植物 の. 悪影響を最小化する見地から SPS 措置の調和. 健康・生命に支障が生じない限り,SPS 措置を. を基本原則とする,② SPS 措置の調和の見地. 調和させ,SPS 措置を国際的に合意された基準. から国内措置や規則を国際基準に基づかせる,. に基づかせるとともに,加工・生産方法を同等. ③ SPS 措置は実証可能な科学的証拠に基づく. の保証に基づかせなければならない. 各国は人,. ものとする,とした.. 動植物の生命または健康を保護するための規. こ れ で も「科学」概念 と「調和」概念 と の. 制を維持しなければならないが,このための規. 関係は整理されていない.SPS 措置の「調和」. 制 は「正当 な 科学的理由」 (a sound scientific. には,二国間の場合と国際基準に基づかせるこ. rationale)に基づかねばならず,国際貿易に対. とによる場合の二つがありうる.上の①と②は. する恣意的または不当な制限であってはならな. この両方を含むと考えてよい.ところで,SPS. いとした.. 措置に関する国際基準が科学的証拠に基づいて. 「調和」は交渉目標とされ,GATT の原則・. 定められているとすれば,③は国際基準が存在. 義務 の 明確化 と 強化の内容ではなかった.目. しない場合のことを言っているのだろうか.科. 標達成 の 手段 と しての「科学」の意味は明ら. 学的証拠に基づかない国際基準があった場合に. か で な く,同一文書 の 中 で「正当 な 科学的理. は,③が優先されるのだろうか.. 由」の ほ か に,SPS 措置 が「正当 で 実証可能. こ の 疑問 は,そ の 後 の 米国提案 が「各国 の. な科学的証拠」 (sound and verifiable scientific. SPS 措置は国際基準と調和させる.適当な国際. evidence)に基づかねばならないとし,表現も. 基準がない場合には実証可能な科学的証拠に基. 一定しなかった.SPS 措置が国際基準に基づく. 22) づかねばならない」 とし,「国際基準に基づ. べきとしてきたことに加え, 「科学」に基づか. いている場合には正当な科学的証拠に基づいて. ねばならないこととする意味は明らかにされな. 23) いるものとみなす」 としたことで一応解決し. かった.米国の提案は 2 月の農業交渉グループ. た.しかし,米国は各国の SPS 措置の「調和」. 会合で相当の議論を呼んだが, 「科学」概念に. を交渉目標とすることに固執したから,交渉目. 19). 関しては議論されなかった .. 標と手段との関係に混乱を生じることになっ. 「科学」概念 は,同年 9 月,米国 か ら の SPS. た.. 作業グループ設置の提案. 20). で再び取り上げら. 「調和」と「科学」の 両概念 は,1989 年 4 月. れた.米国は,SPS 措置に関する GATT ルー. の「中間レビュー合意」24)の農業部分の SPS 措. ルの強化,手続きの改善,SPS 措置の調和およ. 置関係部分では,「調和」を交渉目的とすると. び関連国際機関との連携の改善の四つを SPS. と も に,「作業計画」の 項目 と し て,「適当 な. 作業グループでの検討の柱とし,SPS 措置に関. 国際規格基準 に 基 づ い た SPS 規則・措置 の 調. する GATT ルールの強化の一つとして,すべ. 和」お よ び「SPS 措置 が 正当 な 科学的証拠 と. て の SPS 措置 が「正当 で 実証可能 な 科学的証. 合致し,また適当な同等性の原則を用いるよ. 拠」に基づくよう GATT の規律を改めるべき. う GATT20 条を強化すること」という形で書. とした.. き込まれた.「科学」概念が GATT 上の義務の. 米国は,この提案とあわせて行った SPS 措. 強化の内容の一つである一方,「調和」概念に. . . 19)MTN.GNG/NG5/W/52, 17 March 1988 20)MTN.GNG/NG5/W/77, 13 September 1988 21)MTN.GNG/NG5/W/76, 13 September 1988. 22)MTN.GNG/NG5/W/83, 9 November 1988 23)MTN.GNG/NG5/W/118, 25 October 1989 24)MTN.TNC/11, 21 April 1989.

(6) 22. (462). 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). ついては交渉目的であると同時に GATT 上の. SPS 協定 3 条 1 項 は,①加盟国 は SPS 措置. 義務の強化の内容の一つとされたことは, 「調. をできるだけ広い範囲にわたり調和させるた. 和」概念が曖昧な位置づけになったことの反映. め,②別段の定めがある場合を除くほか,③. であった.SPS 交渉では,この二つの概念から. 国際基準がある場合には SPS 措置をこれに基. 派生する問題についての議論がかなりの部分を. づかせる,という三つの要素からなっている.. 占めることになる.. ドラフト作業の過程では,③について当初の. ⑶   SPS 協定テキストのドラフト経過. “should,whenever appropriate” が 10 月 の 段. 1990 年 4 月 か ら 各 国 の 提 案 の「共 通 項」. 階で “shall” となったほかは,①,②および③. (common language)を 見出 す た め の 作業 が,. からなるテキストが固まり,その後修正を加え. 各国の提案を事務局が主要項目ごとにとりまと. られることなく 1991 年 12 月の「最終合意案」. め た「総 覧 表」 ( Synoptic Table of Proposals. にもそのまま採用されることになった(現在の. 25). Relating to Key Concepts) を基に開始され,. 3 条 1 項のテキストでは②に「特に 3 の規定に」. これがドラフト作業の基礎となった.協定案の. が加わっている.これは次節で触れる修正の過. 最初のテキストは 1990 年 6 月に提示され,そ. 程で行われたものである).. の後ブラッセル閣僚会合までに計 5 つのテキス. このように,「調和」概念に関してはドラフ. トが事務局により作成された. 26). .. ト作業の過程で「長期的な目標」が削除され,. ⑷  「調和」概念に関する規定の形成. “should,whenever appropriate” か ら “shall”. 当初のテキストでは目的規定の一つとして. へと,表現上は義務の程度がしだいに強化され. 「各締約国間の SPS 措置を調和させるという長. ていった.しかし,「調和」が基本的な権利お. 期的な目標を推進する」こと,調和に関する規. よび義務と同レベルのものか,あるいは二次的. 定では「SPS 措置をできるだけ広い範囲にわた. な義務なのかは曖昧なまま残されることになっ. り調和させるため,締約国は関連国際機関が国. た.こ れ は,3 条 1 項 の 規定 が,「調和」よ り. 際基準を制定することを推進するために積極的. も「科学」を前面に打ち出した米国に対して,. に役割を果たす」とされていたが,その後目的. 貿易に対する悪影響を最小化する見地から「調. 規定は削除され,調和に関する規定のみとなっ. 和」を重視するケアンズ・グループの立場を反. た.. 映した,いわば妥協として設けられたためであ る.そもそも,「調和」を基本的な義務とする. . 25)MTN.GNG/NG5/WGSP/W/17, 30 April 1990 26)5 つ の テ キ ス ト と は ,Draft Text for The Framework of An Agreement on Sanitary and Phytosantary Measures のタイトルの 6 月 28 日付 け文書(MTN.GNG/NG5/WGSP/W/23)と 7 月 11 日付け文書(MTN.GNG/NG5/W/170),Draft Text for A Decision by Contracting Parties on Sanitary and Phytosanitary Measures の タ イ ト ル の 10 月 1 日付 け 文書(MTN.GNG/NG5/WGSP/W/26)と 10 月 29 日 付 け 文 書(MTN.GNG/NG5/WGSP/ W/26Rev.1) お よ び Draft Text on Sanitary and Phytosanitary Measures の タ イ ト ル の 11 月 20 日 付け文書をいう.ブラッセル閣僚会合に提出され た文書(26 November 1990, MTN.TNC/W/35)の Appendix D(p. 163─181)は,こ の 11 月 20 付 け 文書と同一内容である.. ことは,ケアンズ・グループ自身が提案で認め ているように実際上困難であっただけでなく, SPS 措置を「科学的証拠に基づかせる」ことと の論理的整理に無理があったと言えよう. ⑸  「科学」概念関連規定の形成 SPS 措置が「科学」に基づくべきことに異論 は表明されなかったものの,「科学」が唯一の 判断基準ではないことは,早い時点から指摘さ れていた.北欧グループは,SPS 措置が「科学 的証拠」に基づくべきことに同意しつつ,「消 費パターンなどの地域的な要素」とは切り離せ な い な ど「相対的 な 性格」を 持 つ こ と,し た がって各国がその「受け入れ可能なリスク水準」.

(7) WTO 衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS 協定)における「科学」と「調和」概念の形成について(林) (463). 23. (acceptable level of risk)を評価することが重. (scientific principles)と「入手可能 な 科学的. 要であること,さらに「倫理的価値」 (ethical. 証 拠」( available scientific evidence) に 区 別. values)に基づく豚の輸入禁止措置も存在する. し,各国の SPS 措置は前者に「基づく」 (based. ことを指摘した27).. on)ものとし,後者には「反した形で維持し. 実務的にも,SPS 措置と科学的証拠とは一対. ない」(not maintained against)ことを義務と. 一の,一義的な関係にはないという問題があっ. することとした28).. た.また,そもそも科学的証拠が一つとは限ら. このテキストは 10 月末に確定し,その後修. ないという問題もあった.科学者の見解が一致. 正を加えられることなく「最終合意案」に採用. するとは限らない.新たな科学的証拠により,. された(現行の 2 条 2 項のテキストでは「5 条. 通説が覆されるかもしれない.. 7 項に規定する場合を除くほか,十分な科学的. (ァ)2 条 2 項(科学的証拠合致義務) ドラフト作業では, まず米国提案にあった 「正 当 な」 (sound)や「実証可能 な」 (verifiable). 証拠なしには維持しない」となっている.これ も次節で述べる修正の結果である). (ィ)3 条 3 項(国際基準より厳しい措置の導. といった余分な形容詞が放棄され,科学的証拠. 入の条件). の構成内容の多義性と科学的知見の進歩性に注. 議論は,国際基準より厳しい措置をとるこ. 意が払われて「入手可能な」 (available)科学. とを認めるべきかどうかの「入り口」論から始. 的証拠という表現が採用された.. まった.基本的な権利として SPS 措置をとる. 科学的証拠と SPS 措置との関係については,. ことができることとあわせて,「適当な場合に. SPS 措置 が 科学的証拠 に「基 づ く べ き」 (be. は」国際基準が求めるよりも厳しい措置をとり. based on)とする米国,ケアンズ・グループと,. うるとのテキストがまず考えられた.次いで,. SPS 措置が科学的証拠に「反して維持してはな. 国際基準が要求するよりもより貿易制限的な措. ら な い」 (not be maintained against)と す る. 置をとることを禁止する旨がテキスト化され. EC,北欧グループが対立した.前者は輸入国. た.. により重い立証責任を負わせたい輸出国の立場. 厳しい措置を導入できる要件がテキスト化. を,後者はこの逆の立場を反映していた.. さ れ た の は,10 月末 に なって か ら の こ と で. こ の 妥協案 と し て,SPS 措置 が 入手可能 な. あった.「妥 当 な 科 学 的 正 当 化」( reasonable. 科学的証拠 と「合致」 (consistent with)す る. scientific justification)があり,かつその他の. ことを確保しなければならないとの表現が考え. 規定に合致しないことがない場合にのみ国際基. られた.しかし,科学的証拠の内容は多義的で. 準に基づかない措置を導入し維持することが認. あり,多数意見もあれば少数意見もあるから,. められるとされた.. 「認知された科学的証拠との不一致がないよう」 ( not inconsistent with recognized scientific evidence)確保すると改められ,最終的には米 国,ケアンズ・グループから提案された表現と EC,北欧グループから提案された表現をそれ ぞれ織り込んで,確立された「科学的な原則」 . 27)Nordic Communication on Sanitary and Phytosanitary Issues(MTN.GNG/NG5/W/88, 21 November 1988). この条件に関してケアンズ・グループ内で意 . 28)こ の「科学的原則」と「科学的証拠」の 書 き分けについて,当時の北欧グループの交渉官で あったベリホルム氏は , 前者が抽象的,一般的な概 念であるのに対し,後者は個別具体的な(concrete, tangible and individual)概念であり,新しいもの や古いもの,相反する者もあり得,具体的な例と しては科学的刊行物で表明された科学者の見解や 実験結果報告を考えていた,としている.筆者か らの質問に対する 2009 年 3 月 8 日付け電子メール 回答による..

(8) 24. (464). 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). 見が対立した.南米諸国は, 「妥当な科学的正. ④妥当な時間内により客観的なリスク評価のた. 当化がない限り国際基準よりも厳しい措置を導. めに追加的な情報を得,見直しを行なう」こと. 入し維持してはならない」旨のテキストの採用. を提案した30).. を強く主張したのに対し,オーストラリアやカ. この提案に特に異論が表明されなかったこ. ナダは米国,北欧等と同様,条件付けを具体的. とから,テキスト案としてそのまま採用され. に規定して「①科学的正当化があるかまたは②. た.現在の 5 条 7 項とは①「受け入れ可能なリ. 適切として決定した保護レベルの結果として,. ス ク 水準」が「SPS 措置」に,②「一時的 に」. 国際基準より高い保護レベルとなる SPS 措置. (temporarily)が「暫定的 に」(provisionally). を導入し維持することができる.③ただし,こ. に 改 め ら れ,③「す べ て の」や「同様 の 条件. れらの措置はその他の規定に合致しないことが. にある」が削除されている点が異なっている. あってはならない」とする案を支持した29).北. が,②を除いて議論がなく,10 月末にテキス. 欧グループは後者の案を支持する一方,仮に前. トが確定した.②は,北欧グループが「科学的. 者の案を採用する場合には基本的な権利として. 証拠が不十分なのは一時的な状況下には限られ. 「適当な場合には」国際基準が求めるよりも厳. ない」ことを理由に提案の「一時的に」を削除. しい措置をとりうるとのテキストを復活させる. すべきとしたこととの妥協の結果である.注意. べき,とした.. すべきことは,すでに提案の段階から,科学的. こうした対立はブラッセル閣僚会議後も決着. 証拠が不十分な状況の下で判断を下すために必. せず, 「最終合意案」では後者の案の②につい. 要なのはあくまでも「情報」であり,「科学的」. て「保護レベルの決定がパラ 16 から 23(現在. な情報でなければならないとの制限付けがな. の 5 条各項)の規定に従い」の文言を追加した. かったことである.. (現在の 3 条 3 項の規定の脚注は次節に述べる 修正の結果加えられたものである) . (ゥ)5 条 7 項(科学的証拠 が 不十分 な 場合 の 暫定措置). ⑹   SPS 協定の対象範囲(附属書 A) EC が主張した「消費者の懸念」と「動物愛護」 を対象範囲に含めることについて大きな争点と なった.ケアンズ・グループをはじめ多くの途. 緊急措置(emergency actions)に 関 す る 規. 上国 か ら「人間 の 福祉」(human welfare)で. 定の必要性は,早くから認識されていた.これ. すら困難ななか,「動物愛護」 (animal welfare). に答える形で,ケアンズ・グループは「受け入. とは何事かといった感情的な反発があった一. れ可能なリスク水準は①関連する,また実証可. 方,EC も対象に含めることから派生する問題,. 能な科学的証拠が不十分な場合には,②入手可. すなわち「調和」,「科学」概念や国際基準との. 能なすべての関連する情報(関連する国際機関. 関係をはじめ適用されるべきルールについての. からのものを含む. )および同様の条件にある. 考え方を明らかにしなかった31).このように,. 他の地域または国で適用されている措置に基づ. いわば「入り口」論にとどまっていたことから,. いて,③一時的に(temporarily)に定められ,. テキスト上争点となったのは現在の附属書 A. . 29)国際基準より厳しい措置の導入に関して米 国・ EC 対ケアンズ・グループの対立があったとの Stewart[1993]の 記述(201 ページ)を も と に, 内記[2008]はこの二つの案の対立について,後 者は米国・EC 案と言われているとしている(150 ページ)が,この時点でケアンズ・グループは分 裂しており,後者は主要国の支持を得ていた.. の協定の対象範囲に関する部分のみであった. ブラッセル閣僚会合に提出されたテキストに は,「SPS 措置は[動物愛護および消費者の利 . 30)MTN.GNG/NG5/W/1164, 18 April 1990 31)EC の主張は口頭でなされ,文書化されな かった ..

(9) WTO 衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS 協定)における「科学」と「調和」概念の形成について(林) (465). 25. 益・懸念 を 保護 するための措置]を含む」と. のマスコミ報道で大きく取り上げられていた.. 「SPS 措置の定義には[消費者の選好,消費者. EC への輸出関心国は,これらを理由とする輸. 情報,動物愛護,環境,倫理的・道徳上の考慮]. 入制限とともに,価値判断の要素が入り込むこ. は含まれない」の両方が示されていた. 「最終. とを警戒したと言ってよい.. 合意案」 で現在のテキストの形に裁定されたが, こうした対立を反映して, 「健康に関連する消. 2.「調和」と「科学」概念が提案された背景. 費者の懸念や動物愛護についても取り扱うべし. SPS 措置がウルグアイ・ラウンド農業交渉. との提案があったが,大部分の交渉参加国は消. の一分野として取り上げられた背景には,米国. 費者の懸念の一部は対象であるとしても,その. と EC 間のホルモン牛肉問題のほか,残留農薬. 他は他の手段(instruments)で適切に取り扱. 許容基準をめぐる欧州産ワインの輸入禁止問題. うことが可能であるとの見解であった」旨のコ. や 口蹄疫汚染国 か ら の 牛肉輸入制限問題等 が. 32). メントが付されていた .. あった35).. 対象範囲が争点となったのは,前哨戦だった. 米国による「科学」概念の提案は,EC との. からである.EC と米国との間で問題化してい. ホルモン牛肉問題を背景にしていた.EC 加盟. たホルモン牛肉の輸入制限が「消費者の懸念」. 国では成長促進を目的とするホルモン剤の投. を背景 と し て い たことは周知の事実であり,. 与が広く行なわれていた.その乱用と人体へ. SPS 協定に関する最初のパネル・ケースにな. の影響についての消費者の懸念から,牛への. るであろうことが予想されていた. 「動物愛護」. 使用とこれを投与した牛肉・製品のと畜・加. については,EC では飼養,輸送,と畜の際の. 工・流通・輸入の禁止に向けて規制が進められ. 家畜の取り扱いに早くから関心がもたれ,指令. た.米国 は 1987 年 3 月,ス タ ン ダード 委員会. 33). が定められていた. だけでなく,ウルグアイ・. ラウンド交渉時には輸送時の取り扱いに関する 34). 新たな EC 指令. の検討をめぐり,ヨーロッパ. . 32)「最 終 合 意 案」L.35 ペ ー ジ.EC の 交 渉 官 は事務局がこのコメントを協定テキスト中に組み 込まなかったのは誤りであったと非公式に述べた こ と が あ る.な お,SPS 協定 で は「動物愛護」が 全 く 対象外 と さ れ た わ け で は な い.附属書 A の SPS 措置の定義には,ブラッセル閣僚会合に提出 されたテキストになかった文言が付け加えられて い る(quarantine treatments including relevant requirements associated with the transport of animals or plants, or with the materials necessary for their survival during transport の下線部分). 33)1977 年の「国際輸送中の動物の保護に関す る理事会指令」(77/489/EEC),1974 年の「と畜の 際の動物の気絶方法に関する理事会指令」 (74/577/ EEC)など. 34)1991 年の「国際輸送中の動物の保護に関す る理事会指令」(96/628/EEC).輸送中の動物に無 用な苦痛を与えないようにするため,輸送に関す る設備(換気,積載密度等)や輸送時の取り扱い(給 餌,給水,休憩間隔等)についての基準を定めて いる.. に対し,家畜に対するホルモン投与の禁止に 関する EC 指令が「科学的根拠を欠いている」 ( without scientific basis)と し,ス タ ン ダー ド・コードによる利益の無効化または侵害であ り,同 14. 4 に基づく調査を要求した36).EC の 禁止措置は翌 1988 年 1 月から実施に移される 予定となっており,米国が「科学」概念を提案 したのはこの年の 2 月のことである.この問題 は 1989 年に成長ホルモンを使用していない米 国産牛肉の EC への輸入を認めることなどで一 応休戦状態となった37). 欧州産ワインの残留農薬をめぐる米国と EC . 35)WTO 事務局スタントン上級参事官からの 聞き取り(2009 年 8 月 28 日)による.SPS 協定に 関連して牛肉ホルモン,口蹄疫,BSE を取り上げ たものは多い (Josling ほか [2004 ] ,山下ほか [2008] など)が,SPS 交渉との関係は検討されていない. 36)85/649/EEC, TBT/Spec/18, 9 March 1987 37)この経過は,Josling ほか[2004]邦訳 146 から 156 ページ参照..

(10) 26. (466). 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). と の 間 で の 貿易問題 は,1989 年 の「中間 レ. ループによる国際基準を通じた「調和」への提. ビュー合意」後に発生した.欧州でプロシミド. 案につながっていった.. ン(procymidone)は,一定の残留基準以下で. ところで,牛海綿状脳症(BSE)問題の発生. あれば健康への問題はないとされ,ブドウ栽培. と拡大は,ウルグアイ・ラウンドの準備交渉と. で殺菌剤として広く用いられていたが,米国で. ラウンド交渉の期間と重なる.準備交渉期間は,. は農薬として承認されていなかった.米国政府. 英国での牛の異常の発見から発症頭数の増加,. は,未承認の農薬の輸入農産物への残留を認め. 羊に見られる同様の病気と同じ病変が見られる. ないゼロ・トレランスの立場をとり,1990 年. ことが確認された時期でもあった.BSE の症. 2 月,米国食品医薬品局(FDA)が EC 産ワイ. 例が英国の獣医学会で発表されたのは,ラウン. ンの検査を行った際にプロシミドンを検出した. ド開始直後の 1987 年のことである.飼料とし. ことから同ワインの輸入禁止措置をとった.し. て与えられた「肉骨粉」が原因であることが突. かし,翌 1991 年 4 月に暫定的に輸入が再開さ. き止められ,英国産牛肉の輸出禁止措置がとら. れるとともに,許容残留水準について国際基準. れたのは中間レビュー会合があった 1988 年の. 38). を検討することとなった .EC も輸出国とし. ことであり,翌 1989 年 2 月,英国政府は BSE. て SPS 措置に関するルール, なかんずく「科学」. がヒトに感染するリスクはありそうにないとし. と「調和」を必要としていた.. つつ,ベビーフード製造業者は反芻動物由来の. 口蹄疫汚染地域からの牛肉輸入制限問題は古. くず肉,胸腺の使用を避けるべきとする報告書. くからの問題であった.牛,豚などの有蹄類の. (「サ ウ ス ウッド 作業部会報告」)を 公表 し,6. ウィルス性の急性疾患である口蹄疫は伝染性が. 月にはより広範に牛の脳,脊髄など特定の臓器. 強く, 畜産業に大きな被害が発生することから,. の食品への使用禁止措置,7 月には EC も英国. このウィルスに汚染された国からは生きた家畜. 産牛 の 輸入禁止措置 を とった.1990 年半 ば に. はもちろん,食肉についても加熱など一定の条. は,英国で猫に牛と同様の発症事例が確認され. 件を満たさない限り輸入は認められない. 当時,. たことをきっかけに学校給食で英国産牛肉の使. 牛肉の国際貿易は北米,日本, オーストラリア,. 用禁止が広まるなど社会問題化し,EC でも英. ニュージーラ ン ド な ど 口蹄疫 ウィル ス「非汚. 国の牛肉輸出禁止措置を解除するか否かが大き. 染地域」と 欧州,中南米,中東,中国・東南. な問題となった41).国際獣疫事務局においても,. ア ジ ア な ど 口蹄疫 ウィル ス「汚染地域」の そ. 1990 年 9 月に BSE 問題に関するアドホック・. れぞれの地域内,地域間で際立った特徴を持っ. グループを設けて検討に着手していた42).注意. ていた39).特に,日本,米国,カナダ,北欧な. すべきことは,BSE の人への感染(変異型ク. どの「清浄国」が輸入要件を過度に厳しく定め. ロイツフェルト・ヤコブ(CJD)病の発症)が. ているとの不満が「汚染国」である南米の食肉. 公式に確認されたのはウルグアイ・ラウンド終. 輸出国の間に根強く,パネル提訴も行われたこ ともあった40).このような不満がケアンズ・グ . 38) この経過は,EC Commission[1993]57 ペー ジ参照 . 39)東京ラウンド・コードのひとつである「食 肉取極」は 食肉市場・貿易動向 の 情報交換・分析 をその内容とする.この取極に基づく毎年のリポー ト は「汚染地域」,「非汚染地域」に 分 け て 分析 を 行っている.. . 40)ウルグアイは 1961 年に先進 15 ヶ国の貿易 制限措置を GATT23 条に基づき提訴した . 貿易制 限措置 に は「健康上 の 制限」と し て 口蹄疫発生国 からの輸入禁止措置が含まれていた(L/1662) . 41)BSE 発生 を 理由 と す る 貿易制限措置 は 米 国とECとの間でも問題化した(EC Commission [1993]57 ページ) . 42)BSE 問題の経過は,Max[2006]第 10 章, 第 11 章に詳しい.また,英国政府は BSE Inquiry Report[2000]をまとめ,公表した ..

(11) WTO 衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS 協定)における「科学」と「調和」概念の形成について(林) (467). 27. 了後の 1996 年のことであり43),SPS 交渉が行. ドラインが採択された44).既知の問題であって. われていた当時,BSE 問題は明らかに「動物. も,範囲や程度がはっきりしない時点ではとり. の生命・健康」の問題であったものの, 「人の. あえず全面的な輸入禁止措置をとることはやむ. 生命・健康」に関しては英国政府と EC 委員会. を得ないが,追加的な情報を得て速やかに解除. が安全であるとの説明を公式に行っていた中,. すべきという考え方が,提案に体化されている. すぐれて「消費者の懸念」の問題であった.. と言えよう.. 筆者が記憶する限り,BSE 問題を理由とす. な お,遺伝子組 み 換 え(GMO)農産物 が 商. る貿易制限措置が SPS 交渉の場で公式に取り. 品化されたのは 1994 年のことであり,これに. 上げられたことはない.しかし,非公式には「十. 関する貿易措置が後に大きな問題となると予想. 分な科学的証拠」をどう理解すべきかの議論の. する SPS 交渉関係者はいなかった45).. 関連で, 「BSE の原因・感染メカニズムについ ては未解明であるものの,ある種の飼料と発症 との関係が確認されていることから,科学的証. 3.環境・消費者団体からの批判と「ダンケル・ テキスト」の明確化. 拠が不十分なケース,すなわち暫定措置が許容. 1992 年 12 月,SPS 協定案テキストの「明確. されるケースと考えられる」との発言が行われ. 化」を理由とする「調和」と「科学」関係条文. たことがあり, これに異論は表明されなかった.. (前文,2 条 2 項,3 条 1 項,同条 3 項)などの. BSE 措置を理由とする SPS 措置は 5 条 7 項に. 修正が米国から提起された.. 基づいてとることができるとの認識が SPS 交. これは米国の環境・消費者団体からの批判が. 渉関係者の間で存在していたと言うことができ. きっかけであったが,署名されたばかりの北米. る.. 自由貿易協定(NAFTA)の SPS 措置関連 テ. 一方,5 条 7 項が未知の新たな問題に対処す. キストとの整合性問題が背景にあった.. るためだけの規定として意図されたとも言えな. ⑴  環境・消費者団体からの批判. い.ケアンズ・グループがこの条項のもととな. GATT の場で貿易と環境の関係が大きく取. る提案を行う前年の 1989 年には,米国向けの. り上げられるようになったきっかけは,イルカ. チリ産ブドウに青酸カリが混入される事件が発. 混獲を理由とする米国のメキシコからのマグ. 生し,米国をはじめ日本を含む多くの国がチ. ロ 輸入制限事件(1991 年 9 月 3 日 パ ネ ル 報告. リ産ブドウの輸入禁止・積戻し措置をとった.. (DS21/R))で あった と さ れ る46).事実,こ の. この問題は GATT 理事会でも取り上げられ,. 頃を境にして GATT 事務局に対して多くの環. 1989 年 10 月の同理事会で人,動植物の生命・. 境 NGO から活発に働き掛けがなされるように. 健康を守るための措置は必要以上に厳しく,ま. なった47).GATT の場でも「貿易と環境グルー. た長期にわたるものであってはならない,措置 をとる際には速やかに通報・協議する旨のガイ . 43)BSE 問 題 と SPS 協 定 と の 関 係 を,こ の 1996 年を起点として論じるものがある(山下ほか [2008 年]300 ページ,OECD[1999]17 ページ な ど).しかし , 英国政府による議会での確認は,「科 学誌では暫定的な結論として,新聞では噂として, す で に 過去 に 2 年間,伝 え ら れ て き た ニュース」 を公式に伝えたもの([Max]邦訳 245 ページ)と 言ってよい .. . 44)GATT 理 事 会 議 事 録 C/M/232(24 ペ ー ジ) ,C/M/236(6 ~ 7 ページ)参照. 45)SPS 作業グループ議長であったスタントン 上級参事官 は,SPS 交渉当時米国 を 含 む SPS 措置 交渉担当者に GMO 農産物をどう見るのか質問し たことがあったが,今日のような問題に発展する と予想する者はいなかった,と述べている.同人 からの聞き取りによる. 46)中川淳司 ほ か「国際経済法」 (2003 年)有 斐閣 261 ページ 47)スタントン上級参事官からの聞き取りによる..

(12) 28. 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). (468). プ」( Group on Environmental Measures and. 般の理解を助ける見地から協定案の要旨としば. International Trade)が設けられ,ラウンド交. しばなされる質問についての説明を行う」ため. 渉と並行して論議が行なわれていた.. の 説明文書 を 事前 に SPS 交渉関係者 の 意見 を. いくつかの環境・消費者団体は「最終合意案」. 求めたうえで,4 月 16 日付けで配布した50).. について意見を表明した.これらのうち,パブ. 事務局文書は,食品の安全性に関する国際基. リック・シ ティズ ン(Public Citizen)と 世界. 準 と の 調和 が 保護 の『下方調和』(downward. 自 然 保 護 基 金( World Wide Fund for Nature. harmonization)につながるかどうかについて. (WWF) )は SPS 協定案の修正を求める意見書. は,食品の安全性に関する国際基準との調和と. を提出し,その内容は広く SPS 交渉関係者の. は国内要件を国際食品規格委員会で定められた. 48). 知るところとなった .. 国際基準に(品質などについての部分を除き). パ ブ リック・ シ ティズ ン は 1992 年 12 月,. 基づかせることを意味する,国際基準は国内基. SPS 協定案について①環境保護や消費者の安全. 準と同様各国の食品安全に関する科学者のイン. の見地から「科学」の役割を限定的にし, 「予. プットをもとに定められており,「最も低い共. 防原則」 (precautionary principle)を組み込む. 通項」ではなく,多くの場合先進国の国内基準. べき,②国際基準は SPS 措置の上限ではなく. よりも高いレベルの基準を定めている,とした.. 下限に過ぎないから, 「調和」が各国の保護水. 科学的証拠 が 不十分 な 場合 で も,十分 な 予. 準の引き下げになってはならない,③対象範囲. 防的措置をとることができるかどうかについ. を限定しすぎており,消費者の選好,動物愛護,. て は,SPS 協定案 に は 3 つ の 予防的措置 が 用. 環境保護も対象に含めるべき,との意見書を米. 意されている,すなわち①リスク・アセスメ. 国政府に送付した.. ントと受け入れ可能なリスク水準の決定のプ. 一 方,世 界 自 然 保 護 基 金( WWF)は 1993. ロセスのなかで,健康を守るための十分な予. 年 1 月,SPS 協定案 に つ い て ①加盟国 が 予防. 防(adequate precautions)を確保するための. 的な措置(precautionary measures)をとる権. セーフティ・マージンを得ることができる,②. 利を制限してしまう,②国際基準に合致しない. 自国の受け入れ可能なリスク水準を決めるに. SPS 措置は極めて複雑な条件を満たさねばな. あ た り,必要 な 予防(necessary precautions). らず,法的,技術的,行政的負担が過重である,. に 関 す る 社会的・文化的 な 懸念(social and. ③予防的に暫定措置をとることができるのは科. cultural concerns)に応えることができる,お. 学的証拠が不十分な場合に限られる,という問. よび③安全性に関する最終的な決定を下すこと. 49). 題があるとの報告書を公表した .. ができるほど十分な科学的証拠がないと判断さ. ⑵   GATT 事務局による説明文書. れ た 場合 に 予防的 な(precautionary)措置 を. こうした批判に対し,GATT 事務局は「SPS. と る こ と や 緊急事態(emergency situations). 協定案について若干の誤解があることから,一. の際にただちに措置をとることが許されてい る,し た がって SPS 協定案 は 各国政府 の 禁止. . 48)SPS 交渉が「食の安全」よりも貿易自由化 を優先させているとの懸念だけでなく,海産哺乳 動物保護法に基づく措置も SPS 措置に含めること によって,SPS 協定を環境保護の手段として利用 しようとの意図も背景にあった. 49)筆者が記憶する限り,「予防原則」ないし「予 防的な措置」が SPS 交渉に関連して提起されたの はこの時が初めてであった.. 措置を取る能力になんら影響を与えるものでは ない,とした. SPS 協定 が 貿易 を 食品安全 や 動植物 の 健康 に優先させているかどうかについては,立証可 . 50)現在,WTO のウェブサイトにこの改訂版 (1998 年 5 月)が掲載されている..

(13) WTO 衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS 協定)における「科学」と「調和」概念の形成について(林) (469). 29. 能な科学的基礎(demonstrable scientific basis). る 地域的取 り 決 め(FTA)で あ り,SPS 措置. が存在することを条件として,SPS 協定は各国. に関する規定を含んでいた. 「最終合意案」の. が食品安全や動植物の健康を貿易に優先させる. SPS 関係テキストとは,多くの点で共通ではあ. ことを許容している,とした.. るものの,いくつかの重要な点で異なっていた.. 環境保護や動物愛護のための措置が SPS 協 定の対象か否かについては,SPS 協定案の定義 を説明したうえで,環境保護それ自体や動物愛 護のための措置は SPS 協定案の対象範囲には 含まれないが, こうした措置が「GATT 非合法」. 「科学」と「調和」関係部分 に つ い て は,次 の 通りであった. (ァ)SPS 措置をとる際の要件(SPS 協定 2 条 2 項) 「最終合意案」は,SPS 措置をとる場合には. (“GATT illegal”)であることを意味するもの. ①科学的 な 諸原則 に 基 づ く こ と,②入手可能. ではなく,これらが SPS 協定案のルールに服. な科学的証拠に反して維持してはならないこ. する SPS 措置であるとはみなされないことを. と( not maintained against available scientific. 意味しているに過ぎない,とした51).. evidence)がパラ 6(現在の 2 条 2 項)で,ま. 1993 年春の時点ではウルグアイ・ラウンド. た③国際機関によるリスク評価方法を考慮に入. 交渉は米国と EC 間の農業問題をめぐる対立の. れたリスク評価を確保することがパラ 16(現. 中で混迷しており,SPS 協定案については米国. 在の 5 条 1 項)で規定されていた.. からテキストの修正すら提起されていた.こう. 一方,NAFTA で は 712 条 3 項 で SPS 措置. した状況下で GATT 事務局がこのような説明. は①科学的な諸原則に基づくこと,②科学的基. 文書を作成・配布したことは異例のことであっ. 礎が存在しなくなった場合には維持してはなら. た.これは,SPS 協定に関しては,これまでの. な い こ と( not maintained where there is no. 交渉成果を失うことなく実現させたいとの意思. longer a scientific basis),③リスク評価に基づ. が 米国行政府 を 含 め SPS 交渉関係者 に 共有 さ. くこととされており,②の要件が大きく異なっ. れていたこと,そして SPS 交渉が交渉参加国 政府のみの問題ではなくなっていたことの表れ. ている. (ィ)国際基準よりも厳しい措置をとる権利. であったと言えよう.. NAFTA は 基本的 な 権利義務 に 関 す る 規定. ⑶  北 米自由貿易協定(NAFTA)の SPS 措置. で,国際基準 よ り も 厳 し い(stringent)措置. 関係規定. を含め,SPS 措置をとることができる旨を規. 北米自由貿易協定(NAFTA)は,1992 年 12. 定 し(712 条 1 項),国際基準 に 関 す る 条項 で. 月 17 日に署名され,翌年にはいわゆるファー. は国際基準に基づくのは「保護水準を引き下. スト・トラック手続きのもとでの議会審議を控. げることなく」(without reducing the level of. えていた.NAFTA は,広範な分野をカバーす. protection)との限定を付し(713 条 1 項),さ. . 51)この内容は改定版でも踏襲されている.た だ し,予防措置 に 関 す る 説明 の「社会的・文化的 懸念」は「国民的な懸念」 (national concerns)に, 対象範囲 に つ い て は「環境保護措置(SPS 協定附 属書で定義されたもの以外のもの),消費者の利益 (consumer interests)を保護するための措置また は動物愛護のための措置は SPS 協定の対象範囲に 含まれないが,他の WTO 協定,例えば TBT 協定 または GATT1944 の 20 条で取り扱われる」と改 められている.. らにこの規定が「国際基準よりも厳しい措置を とり,維持しまたは適用することを妨げられる と解してはならない」としていた(同条 3 項). これに対し,「最終合意案」の権利義務の条項 にはこのような規定はなく,調和に関する条項 で国際基準より厳しい措置をとる場合の要件が パラグラフ 11(現在の 3 条 3 項)で規定され ているのみであった. (ゥ)国際基準より厳しい措置をとる場合の要.

(14) 30. 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). (470). 件(SPS 協定 3 条 3 項). ⑷  米国からの修正提案. 国際基準 よ り 高 い 保護 レ ベ ル の SPS 措置. 米国は 1992 年 12 月初め,最終合意案の SPS. の 導 入 に つ い て は, 「最終合意案」で は ①. 協定案テキストについて 6 箇所の修正を非公式. 科 学 的 正 当 化 が あ る( if there is a scientific. に提起した53).消費者・環境団体から批判を受. justification)かまたは②パラ 16 から 23(現在. けて政治問題化し,またテキストに不明確な点. の 5 条各項)の規定に従い適切として決定した. があることから解釈上の問題が発生しており,. 保護レベルの結果として国際基準より高い保護. 紛争処理の際の解釈ガイドラインが必要と判断. レベルとなる SPS 措置を導入し維持すること. されたことから,テキストの「明確化」を求め. ができる.③ただし,これらの措置はその他の. るものであり,実質的な修正ではないとの説明. 規定に合致しないことがあってはならない,と. がなされた.「科学」と「調和」関係の修正点. されていた.. は次の 3 つであった.. こ れ に 対 し,NAFTA で は(ィ)で 見 た よ. (ァ)SPS 措置をとる場合の要件. うに国際基準より厳しい措置をとることが権利. 「最終合意案」テ キ ス ト パ ラ 6(現行 2 条 2. として明文化されていた上に,そのよりどころ. 項) の “are not maintained against available. である保護水準については,危険性評価に関す. scientific evidence” を パ ラ 11(現 行 3 条 3). る規定(715 条)に適合して決定するとされて. の “scientific justification” に あ わ せ て “are. いた(712 条 2 項) .. not maintained where there is no longer a. な お,SPS 措置 の 前提 と な る「科学的証. scientific justification for such measures” に改. 拠」 (scientific evidence)は NAFTA では「科 学 的 基 礎」( a scientific basis )( 712 条 3 項. める. (ィ)国際基準への「下方調和」の非強制 . (b) ) ,また NAFTA では「科学的正当化」 (a. パラ 9(現行 3 条 1)の調和に関する規定の. scientific justification)が用いられていないな. 第 1 文に,調和が保護のレベルの引き下げを求. 52). どの相違もあった .. めるものではないことを明確にするため,下線. NAFTA の 議会審議 を 控 え て,こ う し た. 部の文言を加え,“To harmonize sanitary and. NAFTA の SPS 措置に関する規定と SPS 協定. phytosanitary measures on wide a basis as. 案のテキストとの相違をどう説明するか,米. possible,and without requiring the reduction. 国政府内 で 問題 と なった よ う で あ る.ま た,. of the level of protection of human,animal or. NAFTA 交渉に深い関心を寄せ,積極的に運動. plant life or health, (…)” とする.. していた米国の環境・消費者団体は,NAFTA を一つの成果として SPS 協定案の批判を行っ たと言えよう. . 52)NAFTA にも危険性評価の際に考慮すべき 要素の一つとして「関連する科学的証拠」 (relevant scientific evidence)(715 条 1 項(b)) を 挙 げ, SPS 措置 の 前提 の 一 つ と し て「科学的諸原則」 (scientific principles)(712 条 3 項(a))が 規定 さ れているなど共通の用語もあるが,前者について は「科学的基礎」との関係が明らかでなく,後者 については「適当な場合には地理的条件の違いな ど関連する要素を考慮する」との条件付けがなさ れている.. (ゥ)国際基準より厳しい措置をとる場合の要 件 パ ラ 11(現行 3 条 3)の 国際基準 と 異 な る SPS 措置 を と る 場合 の 要件 で あ る “scientific justification” について,付属書 A に次の定義 を加える. 8. Scientific justification means a reason based on data or information derived and analyzed using appropriate scientific methods. . 53)以下の記述は特に断りがない限り筆者自身 の交渉記録に基づく ..

(15) WTO 衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS 協定)における「科学」と「調和」概念の形成について(林) (471). 31. 米国政府 は 修正 を NAFTA の 関係規定 と. 個人の資格で検討させることとなり,米国,E. のテキスト上の不整合部分に絞り,環境・消. C,北欧,カナダ,アルゼンチン,日本の SPS. 費者団体からの批判のうち,手当てを行った. 交渉担当者による非公式会合が行なわれた.こ. のは「下方調和」についてのみである.米国. の結論は,「米国以外の専門家は現在のテキス. の 修正提案 は 環境・消費者団体 か ら の 批判 が. トに満足しており,修正が交渉をリオープンす. きっか け で あった が,米国行政府 は 議会 を は. る危険はあるが,いくつかの点については『洗. じめ国内向けに説明責任を果たさざるを得な. 練』の余地がある,この検討にはなお時間が必. い NAFTA の関連規定との整合性に問題を局. 要である」というものであった.. 限したと言えよう.. 1993 年春から秋にかけては表だった動きは. ⑸  修正の経過. なく,米国の修正提案がジュネーブで再び取り. 米国の修正提案の取り扱いに関し,少数国の. 上げられたのは,12 月に入ってからのことで. 会合の場が非公式にもたれた.参加者は「専門. あった.右の 6 ヵ国に加え,ニュージーランド,. 家個人として」意見を述べ, 「SPS 協定案のテ. タイ,チリ,マレーシア,チュニジアと次第に. キストはドラフトの過程で議論,交渉,妥協を. 参加国を広げた非公式会合で検討が行なわれ,. 積み重ねた結果できあがったものである」とし. 12 月 8 日の首席代表者会合で決着した.. て修正に否定的であった.. (ァ)2 条 2 項についての論議と決着. 1992 年 12 月は,米国と EC との農業に関す. SPS 措置をとる場合の要件に関する条項(パ. る合意(ブレア・ハウス合意)を受け,さまざ. ラ 6,現 2 条 2 項)の 修正理由 は,現 3 条 3 項. ま な 交渉分野 で「最終合意案」の 修正 の 動 き. の「科学的正当化」(scientific justification)と. が表面化した時期であった.12 月 18 日に開催. の表現の整合性をとるというものであった.こ. された貿易交渉委員会(TNC)は, 「最終合意. れに対し,米国案では輸入国に対しきわめて厳. 案」の修正問題に関する各国の立場の表明の場. しい挙証責任を課することになってしまう,と. と なった.少数国会合 に 加 わ ら な かった 国 も. の問題が指摘された.3 条 3 項が国際基準と異. 含めて SPS 交渉に言及したものがあった.カ. なる基準を輸入国が採用することの「正当化」. ナダ,ブラジル(ラテン・アメリカ,カリブ海. についての規定であるのに対し,2 条 2 項は一. 諸国を代表)およびコスタ・リカ(中米諸国を. 般的義務についての規定であり,輸入国が国際. 代表)が米国による SPS 協定案,TBT 協定案. 基準と異なる措置をとる場合には輸入国がその. などの修正の動きに懸念を表明した54).既に見. 理由を科学的に「正当化」しなければならない. たように,米国の修正提案は NAFTA の関連. ことは当然である一方,協定上の権利義務の見. 条項との不整合部分を手当てしたものであった. 地からは,輸出国が輸入国の措置を問題にする. が,NAFTA の当事国であるカナダとメキシ. 場合には権利を侵害されたと信ずる輸出国がま. コが修正に懸念を表明した側にいたことは,修. ず「科学的証拠」(scientific evidence)を 示 す. 正問題の本質がすぐれて米国の国内問題であっ. べきである,というものであった.. たことを反映していると言えよう.. これに対し,米国は「最終合意案」の「入手. 翌年 1 月半ばの首席代表者会合の結果,米国. 可能な科学的証拠に反し維持してはならない」. の提案が SPS 協定案の実質的な変更を生じる. ( not maintained against available scientific. ことなく実現できるかどうか関心国の専門家に. evidence)が「一つでも(措置の根拠を否定す る よ う な)科学的証拠 が あった 場合 に は 維持. . 54)MTN.TNC/28, 13 January 1993. してはならない」(not maintained against any piece of scientific evidence)と 解 さ れ る こ と.

(16) 32. (472). 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). を避けたいのが真意であるとし,12 月に「科. の含意をもってしまうとの指摘があった55).. 学的基礎がもはや存在しなくなった場合には. こ の 修正問題 は,12 月 8 日 の 最終段階 ま で. 維持されない」 (not maintained if its scientific. 持 ち 越 さ れ た.最終的 に は,パ ラ 22(現行 5. basis no longer exists)と改めることを提案し. 条 7 項)に「関連 す る 科学的証拠 が 不十分 な. た.こ の「科 学 的 基 礎」 ( scientific basis)は. 場合 に は」(In cases where relevant scientific. 「科学的正当化」よりも意味が広く,また正当. evidence is insufficient)の 表現 が あ る こ と を. 化(justify)のように次のステップ(紛争処理. 考慮 し て「パ ラ 22(現行 5 条 7 項)に 規定 す. 手続き)を想定するニュアンスを持たない,と. る場合を除くほか,十分な科学的証拠なしに維. 説明された.NAFTA の関連規定(712 条 3 項). 持 し な い」(not maintained without sufficient. が「科学的基礎 が 存在 し な く なった 場合 に は. scientific evidence,except as provided for. 維持してはならない」 (not maintained where. in paragraph 22)とすることで決着した.. there is no longer a scientific basis)と なって. ここで注意すべきことは,科学的証拠が一つ. いたことも,有力な理由であったであろう.. とは限らず,また措置の決定根拠であった科学. 12 月 の 非公式会合 で は,米国改定案 が「措. 的証拠が少数意見となったり,否定されること. 置についての科学的基礎」としたことで「一つ. すらありうる,との共通認識があったことであ. の」入手しうる科学的証拠に反して維持しえな. る.一旦定められた措置はいずれ見直しの必要. いとの誤解は生じないとして評価する意見が. 性に迫られるものであるにせよ,新たな知見が. あった一方, 「輸出国側のチャレンジが困難と. 見出されるたびにチャレンジされてしまうこと. なる」との意見もあった.こうしたことから,. は避けたいという米国の提案は,理解できるも. 事務局から「一般的に受け入れられた科学的. のであった.様々なアプローチが検討され, 「十. 証拠に反して維持されない」 (not maintained. 分な」が採用されたが,結局はケース・バイ・. against generally accepted scientific. ケースで判断せざるを得ない.また,挙証責任. evidence)との代案が示されたが, 「一般的に. についてはまず権利が侵害されたと信じる輸出. 受け入れられた」が曖昧であるとして採用され. 国側にあることに変更がないこと,そして現行. なかった.交渉参加者側からもさまざまな代案. 3 条 3 項と 5 条 7 項は科学的証拠が十分な場合. が示されたが,大別して「最終合意案」のテキ. とそうでない場合との場合分けの関係であって. ストをできるだけ生かしたうえで措置とその根. 原則と例外の関係ではないこと,にも共通認識. 拠となった科学的証拠との関係を「当該科学的. があったと言えよう.. 証拠に反して維持されない」 (not maintained. (ィ)3 条 1 項についての論議と決着. against the available scientific evidence)と す. 国際基準への「下方調和」の非強制に関する. る案と,措置の根拠となる科学的証拠について. 米国の提案(パラ 9,現行 3 条 1 項)については,. 確実なものに限定して「 [妥当な]科学的基礎. 国際基準よりも不当に高い保護水準の SPS 措. を欠く (こととなった)場合には維持されない」. 置でも調和が要請されないことになる,保護水. ( not maintained if it does not have a[valid]. 準を低い国際基準へ調和することが強制されな. scientific basis)とする二つのアプローチがあっ. いことはテキストから自明であり修正は必要な. た.前者については定冠詞を付しただけでは修. い,どうしても確認的な規定を書き込まざるを. 正の趣旨が明確でない,後者については「妥当 な」か否かの判断は誰が何を基準に行うのかと いう問題がある一方,これを削ってしまうと 「一つでも科学的基礎があれば維持できる」と. . 55) 「科 学 的 基 礎」 (scientific basis) が「科 学 的証拠」 (scientific evidence)よりも広義であると 理解されていた ..

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ところで,基金の総額が増減した場合における措置については,つぎのご

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を負担すべきものとされている。 しかしこの態度は,ストラスプール協定が 採用しなかったところである。