現代日本の若者のアイデンティティ再考:―キャラ的コミュニケーションからみる自己概念のダイナミズム―

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(1) 2010年度(平成22年度) 修士(学校教育学) 学位論文. 現代日本の若者のアイデンティティ再考 一キャラ的コミュニケーションからみる自己概念のダイナミズムー. 兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 教科・領域教育学専攻 社会系コース. MO9146G 後藤 順子.

(2) 目 次 論文題目.         現代日本の若者のアイデンティティ再考    一キャラ的コミュニケーションからみる自己概念のダイナミズムー. 論文構成. はじめに_____....___._._.____.__.__...___.______.___.___.______.._.1. 第一章 キャラと若者の関連........_................._................._.....。.,........._......._................_。..............3. 第1節個性としてのキャラーバラエティ番組の変遷を手がかりとして..._................._......_3.  第2節サブカルチャーのキャラクターとキャラの関連______.__..__......______.._7  第3節 キャラ先行研究概略侍若者のネガティヴイメージとその射程..........._....._.........._..11. 第二章キャラクター一文化の発展とキャラの派生.......。._..........._...._.__...._...__.,_..._._.._...18.  第1節 明治・大正期のキャラクターと子ども向けキャラクター文化の誕生............_......_.....18  第2節 玩具とキャラクターの普及.............................................................._......._..._.................19.   (1)戦前の玩具とキャラクター....._._.__......._..._...._.._........_。....._...._.._.___._.._20.   (2)戦後復興とキャラクター文化の開花______.___.__.______..______..20   (3)戦後の玩具とキャラクタ  材料革命とメイドインチャイナ..........__.....................21.  第3節 キャラクタs一一一・受容という視点からの70年代再考____..__..___.___.___.___23   (1)マンガ文化の定着......__.......,..._................_.................._..._....._..................................23.   (2)パロディ的受容の発達______.______.______.______.__.____...25  第4節 キャラクター表現の広がり__..___..______.______._____._._____26.  第5節キャラクター受容の質的転換と「キャラ」概念の登場__.__.______.._____29   (1)ストーリーとキャラクターの分離........................_......................._.............................,......31.

(3) (2)キャラクターとキャラ咽1ト議と蘭こ関する擦..............。.…....。....…..….,......33. 第三章 キャラ的コミュニケーションからみる若者のキャラの実態_............................_...._.__38.  第1節キャラクタr〔性格・人格)と若者のキャラの比較..___.__.______.______38  第2節キャラ的コミュニケー一一・ションからみる若者のキャラの特徴____._.______.__41   (1)先行研究における若者のキャラ............_..........._..。..._..........._...._......_........._.._._....41.   (2)キャラの二つの側面_____._._____.___...._..__.____._____._...___43   (3)若者のキャラの特徴........_..._....................._......。..。..........。........_................................_....45.  第3節キャラ的コミュニケーションが引き起こす:葛藤_____.______.______.__47  第4節相互行為における「内キャラ」と「外キャラ」の関係.____._.._____._.____50. 第四章若者のキャラ論におけるアイデンティティと社会学理論におけるアイデンティティの比較....._..54.  第1節キャラ的コミュニケーションにみるアイデンティティー「内キャラ」と「外キャラ」___54  第2節 個人的アイデンティティと社会的アイデンティティ........。...。......................._._...._.....56.  第3節 自己アイデンティティ_____.....__.____.______.。._____.______..58.  第4節若者のアイデンティティの特徴___..._.____..__.______.______.__..59. むすびにかえて......_..__............_......_..._..................._._..........._........_.._.._......_._._.._......61.

(4) はじめに.  現代社会は『キャラ化社会』だ,若い人たちを見ていると,友人付き合いもじっくり話し合って, というものではない.お互い,単純化したキャラで判断しあっているようだ.グループ内で自分に期 待されたキャラを演じ,キャラがかぶらないよう,ぶっからないように注意している.そうすれば, 波風が立たないし,みんな楽なんです..  この文は,1999年4月17日の朝日新聞夕刊に掲載された記事の一部である. この記事にあるキャラとは,人の特徴の一部に焦点を当ててデフォルメし,分かりやすさ. と個性を前面に押し出したものと考えられている.1999年から芸人として吉本興業に所属 していた瀬沼文彰は,自身の経験を振り返り,キャラを「コンプレックスも含む,自身の 強い個性」(瀬沼 2009:8)と読み替える.このようなキャラを用いて,表層的にコミュニ. ケーションを取る若者の姿が,ここ数年注目されている.以下では,若者のキャラを用い たコミュニケーションを「キャラ的コミュニケーション」と呼ぶこととする..  若者が用いるキャラは,個性や役割,アイデンティティ,ペルソナ,演技性などと関連 付けて,一種のコミュニケーションツールとして読み解かれてきた.本稿では,キャラ的 コミュニケーションから,若者の自己概念がどのように形成されているのかを読み取って いくことを目的とする.特に先行研究の多くが,キャラが示すアイデンティティを,一面 的な単純さから,相互行為や自己像の維持を容易にするという長所を示す一方,塑性を欠 いた自己像ととらえ,キャラの行き詰まりや限界性を指摘している,筆者はキャラの行き 詰まりをアイデンティティの葛藤と捉えて注目し,キャラのもたらす葛藤の事例から,若 者の自己概念の実態を読み取ることとする..  第一章では,先行研究におけるキャラの取り扱いを整理し,先行研究の中でキャラとキ ャラ的コミュニケーション,およびそれを行う若者がどのようにとらえられてきたのかを 概観する..  第二章では,日本におけるキャラクター文化の歴史を概観し,キャラクターとキャラの 概念を整理する.ここでは明治から現代にかけて人気を博した主要なキャラクターとその 受容の形態に目を向ける,そして,キャラクター文化が一大市場を形成し,発展を遂げる 過程において,キャラクターの受容に質的な転換が起きたことを指摘する.特に70年代の マンガ文化を契機として,キャラクターがストーリ・一一一・から析出され,登場人物としてのキ.                     1.

(5) ヤラクタ・一一一・から,キャラクター自身の持つ性格や特徴が注目されるというように,受容の. 形態が変化したことを,キャラ概念派生の端緒とする.また、マンガ評論家である伊藤剛 の主張を参考にしっっ,キャラクターとキャラを区別し、キャラの概念を整理すすめる.. 第二章全体を通して、商品経済の一部であったキャラクターが、キャラとして人間関係に 置き換えられていった過程を示す。.  第三章では,若者が仲間集団内の相互行為で用いるキャラの特徴を整理する.具体的に は,土井隆義の主張に基づき,若者のキャラを状況主義的な側面を持つ「外キャラ」と,. 創造的な側面を持つ「内キャラ」に区別し,それぞれの特徴を考察する,また,先行研究 においてはキャラの操作的な側面が取り上げられがちであったが,ここでは創造的な側面 を持つ内キャラに目を向けることとする.キャラ的コミュニケーションが引き起こす葛藤 の事例に注目し,キャラと人格の違いや,「外キャラ」と「内キャラ」の相互関係について 考察する..  第四章では,社会学理論におけるアイデンティティ概念,特にE.ゴフマンとA.ギデンズ. のアイデンティティ概念の特徴を概観し,キャラと比較することで,キャラの特徴をさら に精査することを目的とする.特に,若者が社会的アイデンティティと個人的アイデンテ ィティをどのように認識し,管理しているのかについて考察する.また,後期近代の日本 において行われる自己の再帰的プロジェクトの中で,キャラが呈する自己概念について検 討する..  概して,若者のキャラ的コミュニケーションとキャラの実態に目を向け,文化的な背景 と,身近な他者との相互行為をふまえ,ネガティブなイメージをともなって語られがちで あった若者のアイデンティティを再考することが,本研究全体を通じた目的である..  なお,若者のアイデンティティを考察するに先立ち,本研究における「若者」の定義を しておく.まず,「『青年』と『若者』を概念的にどう区別するかは,研究的な定説が確定 しているわけではない」と児美川が述べているように(児美川 2006:vi),両者はほぼ同. 義で使用されることが多い.ただ,「青年」が前青年期,青年期前期,青年期後期と毅階的 に語られ,区分される一方,「若者」という概念は定義自体あいまいである.ただし,筆者. はキャラ的コミュニケーションを,特定の世代や発達過程の一時期に固有の現象として捉 えるのではなく,後期近代の日本における特徴として捉えたい.そのため,本研究では「若 者」という語を選択し,使用することとする.. 2.

(6) 第一章 キャラと若者をめぐる現状. 第1節 個性としてのキャラーバラエティ番組の変遷をてがかりにして.  まず,本稿で考察の対象とするキャラ的コミュニケーションの,「キャラ」という語につ. いて,簡略ではあるが説明したい.2005年5月7日の日本経済新聞に掲載されたキャラに ついての記事では,キャラの意味を「キャラクター(人格・性格)の省略形.小説や映画,ア. ニメやゲームなどの登場人物を指すほか,実在の人間を性格づける分類にも使われるよう になった」としている..  本稿で注目したいのは,自他の性格を表すキャラについて,および,キャラが使用され る若者のコミュニケーションについてである..  キャラという語が使用される場面に注目し,その具体的な内容を考察してみる.瀬沼文 彰は,お笑い芸人にとってのキャラを「コンプレックスも含む,自身の強い個性」(瀬沼 2009:8)と捉えた.また,土井隆義は,近年の若者には個性的でありたいと希求する傾向 があり,個性的であることは「キャラが立つ」と表現されると指摘している.加えて,「キ. ャラが立つ」という表現は,元来,テレビ番組制作者の使う業界用語だったことに言及し ている,.  従来,キャラクターとは,ドラマやショーなどの登場人物の特徴をさして用いられたように,出演場 面を盛り上げるための明確で強烈な性格を表す言葉でした.……ところが,近年のテレビ制作者が「キ ャラが立つ」と表現するとき,その意味はまったく違います.彼らは,いわゆるプロフェッショナル性 よりも素人らしさを出演者に期待し,演技ではない持ち前のパーソナリティを評するためにこのような 表現を用います.(土井 2004:24−25). 土井によれば,キャラクターという語もキャラという語も,ともにテレビ番組の出演者に 期待される特性を指す業界用語だという.ただし,その内容は同一ではないという,前者 の意味について,お笑い芸人のオール巨人1)の発言は興味深い.. 本当の芸というのはね,無色透明同士が合わさって,色を出さなければならないんですよ.イメージの ない人間.例えば,夢路いとし喜味こいし先生2).いとし先生も,こいし先生もそれぞれの色やイメー.                    3.

(7) ジはないじゃないですか.でも,しゃべると面白い.これが技を見せられるということですよ.(大浦淳. 司,2001,『これが勝ち組! 12人の成功プロセスだ』ビジネス教育出版社.荻上 2009:139より引 用).  何を「本当の芸」とみなすかということは一概には言えないが,オール巨人の考える漫 才師の芸(あるいは技)とは,「無色透明同士」で面白さを競うものだという,他方,瀬沼は,. 現在のお笑い芸人の課題は,持って生まれた特徴をキャラとして強調し,目立たせ,観客 に受け入れられるように工夫することだと指摘している(瀬沼 2009:7).オール巨人が活. 躍したのは,1970年代から80年代にかけての漫才ブームが起きた時期である.この時期 に期待された芸とは,努力して習得し琢磨してゆくものであり,芸を見せるために芸人は,. 「無色透明」であることが前提とされていたことは興味深い.キャラクター,すなわち技. 巧としての芸を生かすためには,生まれもった個性は過剰で,不必要でさえあるという捉 え方がここにはある..  しかし同時に,土井や瀬沼の指摘を顧みずとも,近年のテレビのバラエティ番組は,キ ャラという語が頻繁に使用されている領域と考えられる.メディアプロデューサーの荻上 チキは,2000年代のバラエティ番組の特徴を,「キャラ戦争」という言葉で表現し,以下の ように述べる(荻上 2009:122).. 現在,「お笑い」をめぐる一つの骨法として固まりつつあるのが,「キャうみせ」というスタイルだ.(中 略)いまの芸人たちを,つまらないと否定してみせるにしよ,冷静に分析してみせるにしよ,ここには「現. 在のバラエティ番組は,《芸》ではなく《芸人》をみせている」という前提は共有できるだろう.(荻上 2009 : 120 一 121).  荻上によると,「キャうみせ」による笑いとは,一発ギャグやショートスタイルのネタ3) が,芸人のキャラと一体になって視聴者に呈示される形をとるという(荻上 2009:120).. このように,2000年代のバラエティ番組における笑いは,70年代から80年代に求められ た,演技と技巧を重視したキャラクターから,素材と文脈を重視したキャラへと重心が移 動したと考えられる..  バラエティ番組を中心としたテレビ番組の呼び物が,キャラクターからキャラへと大き く舵を切ることとなったのは,「オレたちひょうきん族」(フジテレビ系,1981年∼1989                     4.

(8) 年,以下「ひょうきん族」と記す)の放送が契機とされる.というのも,この番組が,当 時同じ土曜日20時からという放送枠で国民的人気番組4)として名を馳せた「8時だヨ!全 員集合」(TBS系,1969年∼1985年,以下「全員集合」と記す)を終了に追い込んだ番組 5)だからである..  「『全員集合』は丁寧にリハーサルを重ね,お金をかけ,お客様の前でプロがお笑いをお見せするとい うスタンスでした.同じことをやっても戦えない.ならば遊び感覚を入れよう(中略)全員が集まって遊. ぶ,スタッフも遊ぶという感じで作ることにしました」6).番組プロデューサー横澤彪のこの言葉にも あるように,80年代以来のマンザイ・ブームのなかで脚光を浴びた若手芸人たちを多数起用した『ひょ うきん族』は,「お客様の前でプロがお笑いをお見せする1という『全員集合』が踏襲していた演芸的な 方法論を脱臼させるものであった.(北田 2005:160).   「ひょうきん族」は,それ以前の技巧を重視する演芸的なバラエティ番組と一線を画す るものであった.このことは太田省一(2002),北田暁大(2005),相原博之(2007)らによって. 繰り返し確認されてきたことではあるが,テレビ番組におけるキャラクターとキャラの移 行という観点から,再度この二つの番組を比較してみる..  演芸的な笑いの代表である「全員集合」では,楽屋オチと呼ばれる身内にのみ通じる笑 いは禁じ手とされていた.これに対し,「ひょうきん族」では,タレントの素の露呈,素人 の登用,スタッフの意図的なフレームイン,他番組のパロディなど7),脚本によって統制さ. れる演芸的な笑いが定めてきた禁じ手を前面化することで,プロフェッショナルな技巧に 依拠しない面白さを生み出そうとした..  さらに「ひょうきん族」に顕著な特徴は,「タケちゃんマン」「ブラックデビル」「ナンデ スカマン」「妖怪人間しっとるケ」「アミダばばあ」「パ・一一一・デンネン」など,スーパーマンの. パロディコントの登場人物として,多数のキャラクターが生み出されたことにある.相原 は「ひょうきん族」を,「全員集合」に代表されるそれ以前のストーリーコント的な笑いか ら,キャラの立たせ方によって笑いを生み出す新しい手法への転換が成功した,「記念碑的 な番組」として位置づけている(相原2007:82).すなわち,「ひょうきん族」は,業界用. 語でキャラクターと呼ばれた技巧・プロフェッショナル性・脚本重視の芸から,素材・ア マチュア性を重視する業界用語のキャラへの転換を実現した番組であったと言える.  「ひょうきん族」の放送以降,キャラによる笑いを軸にしたバラエティ番組が増加し,                     5.

(9) 荻上が指摘したように,2000年代以降「エンタの神様」「ザ・イロモネア」「爆笑レッドカ ーペット」「あらびき団」8)などの番組の放送を通じて,「キャうみせ」が笑いの一手法とし. て確立されていったと考えられる。ただし,「笑点」9)のような演芸的笑いが求められる長. 寿番組においても,技巧による笑いと同時に出演者のキャラによる笑い10)が起きているこ とを踏まえれば,芸人の個性をクm・・一ズアップする「キャうみせ」の笑いは2000年代以降. に限定されるものではなく,技巧と素材の間で行われる芸の重点の置かれ方の一つと言え る..  こうした製作側のキャラクターからキャラへという重心移動は,視聴者にもキャラとい う語とその指し示すおおよその意味を認識させることとなった.今日,バラエティ番組に. おいて使用されるキャラという言葉は,一般的なものとなっている.また「キャラ=持ち 前の個性」という認識も,バラエティ番組の視聴者に限らず,若者に定着し,日常的に使 われるようになってきている..  近年の若者とバラエティ番組を含む「笑い」との結びつきは,様々な点から指摘できる.  例えば,2005年に朝日新聞社総合研究本部が行った「笑いに関する全国世論調査」では,. 笑う頻度を問う設問と,人を笑わせることが好きかという意識を尋ねる設問において,20 代の回答からは他の世代よりも顕著に「笑い」,「笑わせることが好き」という実態がみら れた11).また精神科医の香山リカは,若い世代にとって「「他人の笑いを取る」というのは,. 日常生活のなかでも最重要で最難関の行動とみなされている」と述べる(香山 2002:127),. 若者に笑いへの志向性が指摘できると同時に,若者の「面白さ」への強迫観念を指摘する 声もある.中西新太郎は,若者にとって他者からの面白いという評価が絶対的な判断尺度 となりっつあるとし,これを「面白さの呪縛」と呼んだ(中西 2004:321)..  瀬沼は,こうした笑いへの志向性と強迫観念に対し,若者は笑いを生みだす技術をテレ ビのバラエティ番組から模倣し獲得した可能性を指摘する(瀬沼 2009:237−241).ただ し,その際若者が参照するバラエティ番組には,さきに示したように,「キャうみせ」によ. る笑いが顕在化されている.瀬沼は,若者へのインタビュー調査によってキャラ的コミュ ニケーションの実態に迫った.そして,キャラ的コミュニケーションが近年のバラエティ 番組と類似する点を5つ指摘している(瀬沼 2009:241−243).すなわち,①キャラ的 コミュニケーションは常に行われるわけではなく,楽しさが求められる雰囲気に場の空気 が切り替わった際に開始される,②キャラが立つと,キャラへのいじりやツッコミによっ て笑いが発生する.③キャラ的コミュニケーションは仲間内でのみ通じる傾向がある.④.                    6.

(10) キャラ的コミュニケーションはノリが主体のコミュニケーションで,「バカ騒ぎ」の様態を なすことが多い.⑤キャラを前提とした笑いは,キャラを理解しなければ笑えない..  このように,若者のキャラ的コミュニケーションと笑いに目を向けると,若者は何らか の形でバラエティ番組から影響を受け,個性をキャラとして認識しているといえそうであ る.. 第2節 サブカルチャーのキャラクターとキャラの関連.  バラエティ番組における「キャうみせ」という笑いの手法と,若者のキャラ的コミュニ ケーションは密接な関連を持っているといえる.しかし,キャラという語が若者に定着し,. 現在の意味を持って使用されるようになった時期は,1999年頃と推測できる..  自由国民社の『現代用語の基礎知識』に,キャラという語が人間関係に関係する言葉と して登場したのは,1999年のことだった.それ以前は,キャラという語はキャラクターの 略語と考えられ,主にマンガ,アニメ,ドラマの登場人物,芸能人の芸風やイメージとい った意味の業界用語として使用されてきた12)..  また,さきに示した1999年4月17日の朝日新聞(夕刊)の記事では,現代社会を「キャ ラ化社会」と捉え,若者の友人付き合いにキャラが使用されていることを指摘していた.  さらに,若者のキャラについて言及する鷲田清一(2002),土井隆義(2004,2009a,2009b),. 森真一(2005),相原博之(2007),瀬沼文彰(2009)などの研究者の文献も,1999年以降に出. 版されている.これらを参考にすれば,キャラという語が現在使用されている意味に変化 したのは,99年が境目である可能性が高いといえる..  そして荻上の指摘を踏まえれば,バラエティ番組においてキャラが前面に押し出され,. 視聴者にも意識され始めたのは2000年代からである.ただし,桜井哲夫は『ことばを失っ た若者たち』(1985年,講談社)の中で,「アニメキャラ」という語を使っている,キャラと. いう語が定着したことが確認できるのは1999年頃と推察できるが,使用され始めた時期は もっと早い段階である可能性もある..  キャラという語の使用に関して,東浩紀の主張を取り上げたい.東は,2000年に雑誌に 掲載された日本のキャラクター文化についての記述で,「キャラが立っている」という表現 に関し,以下のような推察をしている,.                     7.

(11)  「キャラが立ってる」というのは,いわば感情移入の順位を表す言葉なわけですね.家族でも「キャ ラが立って」いなければ,コンピュータのプログラムよりも感情移入度で劣位に来てしまう.つまりキ ャラクターとは,シミュラークル13)ばかりの世界に感情移入のポイントを作るための,一種のフック なのです.トロ14)やキティちゃんを手がかりにして,ひとははじめて世界と感情的な関係を持つことが できる.(東 2000:4).  このように,東は現代の日本人がマンガやアニメ,ゲームなどのキャラクターに感情移 入し,キャラクタ・一一一Eに対して何らかの感情が向けられた状態に対して,「キャラが立つ」と. 表現している.また東は,現代日本の,感情移入の度合いによって優先順位が形成される 傾向を指摘し,「「キャラ」として他者と接し,「n一ルプレイングゲームのキャラクターみ. たいに振る舞う」」ことが,他者とコミュニケーションを取るうえで効率的だと述べる(東 2000:6),キャラ化することでコミュニケーションを効率よく行うということは,先述し た朝日新聞の記事でも「波風が立たないし,楽なんです」と指摘されていたことである..  また白田秀彰はWeb上のコラムで,近年の若者がサブカルチャーを基にした「データベ ース」を参考にして,自他をキャラ化してコミュニケーションをとっていることを指摘し ている..  同じ機能を果たすキャラは複数必要ない.まして,物語の進行に貢献しないキャラクターは必要ない.. 主役と彼をサポートする類型的なキャラクターが配置され,それに対する類型的な悪役群とヤラレ役の ザコキャラが配置される.残りの連中は無視だ.ある「場」において排除された人たちは,同じ物理空. 間内であっても,別の「場」を設定して,そこでのキャラを獲得することになる.こうyて,物理的な 空間,例えば学校のクラスが一つであっても,そこには複数の「場」が生じることになる.クラスに生 じる「グループ」というのは,こうした「場」を共有する集団だと考える.(瀬沼 2009:110より引用).  東は,感情移入されたキャラクターを「キャラが立つ」と表現し,そのほかのキャラク ターと感情移入の順位において区別されるとした.また,実生活のコミュニケーションも 現代では自他をキャラ化して行うほうが効率がよいという.そして白田は,若者のキャラ 的コミュニケーションを,キャラの内容やキャラの配置に至るまで,サブカルチャーとの 関連から捉えようとしている.                       8.

(12)  たしかに,現在の日本はキャラクター大国と言える.経済産業省監修による年次報告書 『デジタルコンテンツ白書2008』によれば,2007年のコンテンツ15)産業の市場規模は13 兆8180億円という(図表1−1).その内訳は,「映像/音楽・音声/ゲーム/図書・新聞,画. 像・テキスト」の四分野に区分けされている.したがって,玩具,文具,服飾などの,コ ンテンツに付随するライセンスビジネスはこの金額には含まれていない.無論,これはコ ンテンツ全般に関する市場データであり,キャラクターに関連するものに限定されではな い,しかし,小田切博が指摘するように,コンテンツとしてのキャラクターと,キャラク ターにかかわるライセンス・ビジネス(キャラクター・ビジネス)が混在しているのが現状で ある(小田切 2010:68)16).これに対し,同白書の執筆者の一人組ある陸川和男によれば,. 2007年度のキャラクター商品小売市場の市場規模は1兆5936億円を計上している(図表 1−2).この数値に含まれるキャラクター商品がどのようなものを指すかは不明確であるが,. コンテンツ産業全体の約14兆円に対し,決して少ない数字とは言えない.. 図表1−1 コンテンツ産業の市場規模. 図書・新聞・. 映像 4兆8462億円. 画像・テキス.   ト 5兆8065億円. 楽・音声 1兆8659億円. 1兆. (出所)『デジタルコンテンツ白書2008』(小田切博,2010,『キャラクターとは何か』筑摩書房,p68より.     引用). 9.

(13) (億円)図表1−2. キャラクター商品小売市場規模推移.  うロロロ         .   1. 顧. 騨.  0i. 一ーー. 5000. 嘉. 10000. 開. 1叫. 一     一. 一、ーー. 20000 †一一...一一一一・. 一. 1997 1999 1999 ?OfiO ?OOI ?OO? ?Oa3 POO4 ?nn5            pon6 ?Do7. (出所)『デジタルコンテンツ白書2008』. ・田切博,2010,『キャラクターとは何か』筑摩書房,p69より.     引用).  さらに,キャラクター市場は日本の幅広い世代を消費者として取り込んでいることが分 かっている.バンダイキャラクター研究所が行った調査によると,何らかのキャラクター 商品を所有する人は全体の79%に及び,商品の所有の有無にかかわらず,好きなキャラク ターがあるという人は90%を超える.  また,キャラクター商品の所有は,特定の年齢や性別に限定されない(図表1−3).現代日. 本において,老若男女がキャラクターを愛好し所有すると同時に,根強く持たれていたと. 思われるキャラクターに対する社会的なネガティヴイメージも,実際は少数派の意見であ るとわかっている.同調査によると,「キャラクター商品を持つことはオタク18)っぽい」 と感じる人は17%,「キャラクター商品を持つことは恥ずかしい」と感じる人は15%弱にと どまっている.. 10.

(14) 図表1−3性別年齢別キャラクター商品所有率 100. 錯 ..、や. N .いマ. 、遭. ぷ、. 、適. ・ぶ、、杖. 、譜. 詩、丼.  〇. ■■. L,O +一一. 男女. 10. 皿即. (,’o L−. 厘量ず. 鯛闘劉ボ. 己巴典. so 1’. (出所)バンダイキャラクター研究所(相原博之,2007,『キャラ化するニッポン』講談社,p21より引用).  後述するが,日本においてキャラクターがコンテンツやグッズとして一定規模の経済市 場を確立し,幅広い世代に消費されるようになったのは,けして目新しい現象ではない. これらのことを踏まえれば,若者がサブカルチャーのキャラクターから影響を受けている 可能性があるといえる.. 第3節 キャラ先行研究概略一若者へのネガティヴイメージとその射程.  若者が自他の生まれもった個性をキャラという語で表すことは,すでに述べたとおりで ある.またキャラ=個性という認識がテレビのバラエティ番組やサブカルチャーと関連を 持ち,それらから影響をうけて形成された可能性について検討してきた.  この若者のキャラに対する認識や,自他のキャラ化を前提としたコミュニケーションが,. 若者論に携わる研究者たちに注目され様々に考察がなされてきたことは,はじめにで述べ たとおりである.実際にどのような議論が交わされてきたのかを今一度反零し,その基本 的な視点を確認してみる..  若者がキャラという語を生まれもった個性として認識していることは第1節で確認した が,土井は若者の個性観を検討する過程で,近年のテレビ番組におけるキャラと若者の個 性観が類似していることを指摘し,以下のように述べる.. 11.

(15)  若者たちが切望する個性とは,社会の中で創り上げられていくものではなく,あらかじめ持って生ま れてくるものです.人間関係の中で切磋琢磨しながら培っていくものではなく,自分の内側へと奥深く 分け入っていくことで発見されるものです.自分の本質は,この世に生まれ落ちたときからすでに先在 していると感受されているのです.(土井2004:25).  土井は,若者が宿命主義的な価値観を持っていることに注目した.価値観の多様化し た現代社会では個人が準拠すべき共通枠組みが消失し,若者はこうした個性観に立脚し て自己像を形成し,それを「本当の〈キャラ〉」と認識するという(土井 2004),なお,. 土井によって「内閉的個性志向」(土井 2004)と名づけられたこの若者の個性観は,若者. 論の文脈においても批判的に捉えられてきた.プロ教師の会代表を務める諏訪哲二は,. 著書『オレ様化する子どもたち』の中で,1980年代以降の中学生の人格について以下の ように述べている.. 「新しい生徒たち」19)はすでに完成した人格を有しているかのようにふるまい,40代半の中年教師で ある私に拮抗しようとして私を慌てさせた,知的にも人格的にも学んで自分を変えようとしなかった.. だからと言って,とにもかくにも社会を生き抜ける「強い自己」になったのではない。かえって,自 分ではえらい,一人前の存在だと思っている対人関係や社会的適応力の脆弱な「弱い自己」になった のである」(諏訪 2005:10−11).  諏訪の指摘にあるように,近年の若者は,客観的には社会適応力の低い自己像を絶対視 する傾向があるという.土井は,生得的個性観に立脚して形成されるこうした若者の自己 像をアイデンティティと比較している.. 今日の若者は,アイデンティティという言葉で表わされるような一貫したものとしてではなく,キャラ という語で表されるような断片的な要素を寄せ集めたものとして自らの自己像をイメージするようにな っている.キャラとは,生まれもった人格特性を示す内キャラにしても,あるいは相手に合わせて意図 的に演じ分けられる外キャラにしても,すでに与件として存在する固定値のようなものである.初期設 定された人物像の輪郭が,日常生活の中で変化していくことはほとんどない,(土井 2009b:8). 土井は,若者の自己像が一貫性を持つアイデンティティから,状況主義的で多元的,か                     12.

(16) っ塑性を持たないキャラへ変容したと述べる.若者の自己の多元化を裏付ける資料として, 浅野智彦と岩田考の若者論を示しておく..  浅野と岩田は,2002年の青少年研究会の調査を基に,若い世代のアイデンティティに関 して分析を行っている.同調査で特に浅野らが注視した点は,「どんな場面でも自分らしさ. を貫くことが大切」かどうかについての質問に対し,1995年と2005年の回答では,自分 らしさを貫くことを重視する意見が全体の69.2%から55.8%に減少した点である..  浅野は調査結果をうけて,若い世代が場面によって異なる自己を見せることに対する,. 規範的な制約や心理的抵抗が薄れていることを指摘している.さらに,自己の多元化につ いて,キャラと関連させて以下のように述べている..  「キャラ」とは確固不変の「個性」や「アイデンティティ」を示すものではない.しかし,だからと いってそれは便宜上身につけられた仮面のごときものでもない.なぜなら,その文脈に関するかぎりそ のキャラとはまさに自分らしい何かを表現するものであるからだ.しいて言えば,それは関係依存的・ 文脈依存的・状況依存的に成り立つ自分(らしさ)であり,その点で多元化した自己と対応するもので あると考えられる.(浅野2006:250).  このように,若者の使用するキャラとは,新しい自己像の形として若者論の中で考察が 進められてきた.またさきに示した白田のように,若者のキャラ的コミュニケーションへ の考察も多々行われている.哲学者の鷲田清一は,「キャラで成り立つ寂しい関係」という. 論文の中で,状況に応じて着脱可能なキャラを,コミュニケーションを取るうえで「気心 が知れる」ための工夫と考察しつつも,キャラではなく「人」として語りあう必要性を指 摘する(鷲田 2002).鷲田の示す「キャラ」,「人」の定義は明示されていないが,土井や諏. 訪,浅野らの示したように,キャラと従来の人格や自己像,アイデンティティなどの間に 差異を認めていることが鷲田の論調からもうかがえる..  さらに,相原はキャラ的コミュニケーションを「うわべだけ」のコミュニケーションと する(相原2007:124).. コミュニケーションとは本来,相互の人間関係強化へと向かうはずのものだ.  しかし,若者たちの キャラ・コミュニケーションでは既に相互の関係は表層的に成立してしまっている.それ以上の深入り はご法度なのである.(相原 2007:131).                    13.

(17)  このように,若者のキャラ及びキャラ的コミュニケーションは,自己像とコミュニケー ションの実態として,従来のそれらとの比較において,現代日本の若者の特徴として考察 がなされてきたと言える..  しかしそれと同時に,これらの主張からは若者に対する批判的な価値観が読み取れる.. ただし,キャうおよびキャラ的コミュニケーションに限らず,若者に向けられる否定的な 意見は,けして珍しいものではない.東も,キャラクターへの感情移入について述べる上 で,「少年犯罪が起きるたびに,「いまの子どもたちは現実をゲームみたいに捉え云々」と いう記事」が新聞に掲載されると述べているように(東 2000:4),若者に対する社会的な. ネガティヴイメージは一般的に広く認知されており,また多くの研究者によって語り続け られてきた20)..  筆者が注目するのは,若者のキャうおよびキャラ的コミュニケーションが,若者論の文 脈の中で,十分に検討がなされないまま,ネガティヴイメージを伴って語られてきた点で ある.白田,土井,諏訪,相原らは,昔と今の子どもや若者の比較から,現在の若者の自 己像や友人関係を奇妙なものとする.しかし,若者の変化を指摘する一方で,背:景となる 「社会制度」の変化についての考察は十分とはいえない21).この点について,キャラ的コ ミュニケーションを再考する余地があるといえる..  また,先行研究においては,テレビ,お笑い,サブカルチャーが,若者のキャラに影響 を与えたとして考察されていた.しかしキャラが何から派生した概念なのかが論者によっ てまちまちであり,それぞれの分野におけるキャラクターがどのようにしてキャラへ変化 し,若者に定着したのかを考察するためには,先行研究で扱われたキャラクターを包括す るものとしての,広い射程を持つキャラクター文化の歴史を把握する必要がある..  さらに,キャラ先行研究において,土井や浅野らはアイデンティティとキャラを比較し ているが,ここにも再考の余地がある.後述するが,E.旺エリクソンの提唱したアイデン. ティティ概念は,青年期における大人社会への参入,すなわち移行と密接に結びついた概 念であった.さきに述べたように,土井の主張には現代の若者の移行に関する時間軸の欠 如22)など,「社会制度」に関する考察が不十分であった.そのため,土井の考察をもって. キャラとアイデンティティを同じ姐上に乗せることには安易の感がある.よって,社会化 という視点から,若者のキャラはアイデンティティとして再考されるべきである.. 14.

(18) [註]. 1)オール巨人(本名・南出繁)は吉本興業に所属する漫才師.同じく吉本興業所属の漫才師オ. ール阪神(本名・高田昭徳)と漫才コンビオール阪神・巨人を結成し,1975年から現在まで 活動している.. 2)夢路いとし・喜味こいしは,吉本興業に所属していた篠原博信と篠原勲の兄弟による漫才.  コンビで,1937年∼2003年まで活動した.なお,1999年には大阪市により指定無形文 化財に認定されている.. 3)ネタとは,広辞苑によると「①新聞記事などの材料②犯罪の証拠③道具.とくに,手品な.  どの仕掛け④料理などの材料」と定義される.ここでは,笑いを取るための仕掛けや材料  という意味から,漫才やコントの台本や筋立てを指す業界用語として使用されている. 4)「8時だヨ1全員集合」は,平均視聴率27.3%,最高視聴率50.5%を記録し(ビデオリサ. ーチの調査による,関東地区の数値),16年間にわたって放送された.また1970年代論  として『テレビだヨ!全員集合一自演自作の1970年代』(長谷ほか 2007)が執筆され るほど,時代を象徴した番組として認知されている(佐藤 2008:221). 5)番組の終了について,いかりや長介は著書『だめだこりや』(2003年,新潮社)の中で「オ  レたちひょうきん族」に競り負けたことを認めている. 6)横澤彪,2002,「テレビの世紀⑤ 横澤彪」『潮』2002(6):208より引用.. 7)「オレたちひょうきん族」では,プロデューサーの横澤彪が述べたように,プロ意識への. 嘲笑的態度が前面に押し出されていた.それは,番組において「吉田君のお父さん」やビ ーたけしの肉親など素人の出演,ひょうきんディレクターズと命名されたスタッフの出演,. さらに,「ザ・ベストテン」のパロディーである「ひょうきんベストテン」という企画な どに見て取れる.. 8)「ザ・イロモネア」は単発番組であった「ウンナン芸人道祭り‘05極限ネタバトル!」. (TBS系列,2005年)がシリーズ化し,レギュラー放送されるようになった際の通称であ る.「爆笑レッドカーペット」(フジテレビ系)も同じく単発番組がレギュラー化されたもの. で,2008年に放送終了し,以降は単発番組に戻った.「エンタの神様」(日本テレビ系列,. 2003年∼2010年)は,放送開始当初,総合エンターテイメント番組として歌手やアイドル などが登場するものだったが,次第にお笑い芸人によるバラエティ番組化し,成功を収め るd「あらびき団」(TBS系列,2007年∼)は笑いとして粗い(あらびきな)ネタを持つ芸人. のネタ見せ番組という構成を持つが,お笑い以外の芸や特技や,きわめて完成度の高い芸.                    15.

(19) が披露される場合もあった.. 9)TBS系列,1968年∼. 10)特に林家木久翁の「バカキャラ」,三遊亭圓楽(「笑点」では円楽を名乗る)の「腹黒キャ. ラ」ははっきりと認識されている.また桂歌丸は他の出演者からその風貌や年齢を椰楡さ れる「いじられキャラ」である.. 11)設問の「あなたは最近よく笑っていますか,あまり笑っていませんか」に対し,「よく笑. っている」と回答したのは,20代80%に対し,30代74%,40代62%,50代54%,60 代58%,70歳以上51%となった.  また,「あなたは冗談を言ったり,おもしろいしぐさをして,人を笑わせることが好きで. すか」に対し,「好き」と回答したのは20代74%,30代67%,40代64%,50代58%, 60代58%,70歳以上50%という結果になった. 12)1999年以前の『現代用語の基礎知識』に記載された「キャラ」の項を参照. 13)シミュラー一一・タルトとはフランスの現代思想家J.ボードリヤールが提唱した概念で,オ.  リジナルとコピーの中間を示す概念といわれている(相原 2007:156).. 14)東浩紀が例示している「トロ」とは,家庭用ゲーム機プレイステーション用のゲームソ フト「どこでもいっしょ」に登場する猫のキャラクターのことである. 15)「コンテンツ」とは,インターネットの普及以後広まった,「メディアを問わない「情報 の中味」を指示する用語」として広まっている(小田切 2010:22).. 16)日本のキャラクター市場は,キャラクター・ビジネスと密接にかかわっており,コンテ. ンツ自体を売ることのみを目的としていないことは,小田切博が指摘している(小田切 2010).. 17)1988年∼1989年に起きた連続幼女誘拐殺人事件の犯人である宮崎勤がいわゆるアニ メオタクであったことから,オタクという語はネガティヴなイメージを持たれてきた.た. だし,もともとオタクという語は,中森明夫によって用いられた「70年代に台頭した新 たなサブカルチャーの担い手」を指す言葉であった(東 2001:9).. 18)諏訪哲二は,高校教師としての自らの体験を回顧し,1980年代半ば以降の高校生を「新 しい生徒たち」と呼び,その特殊性に注目している(諏訪2005).. 19)たとえば,近年の若者に対するネガティヴイメージは,松井豊(1992,『対人心理学の 最前線』サイエンス社),波頭亮(2003,『若者のリアル』日本実業出版社),速水俊彦(2006,.  『他人を見下す若者たち』講談社)らの若者論に顕著に見られる..                    16.

(20)  ただし,若者に対する批判的論調は1990年代以降に増加していったもので,80年代の 若者論は,ある面で若者に対して肯定的な評価を下してきたことも事実である.たとえば,. 新井克也らは,80年代の若者論には,若者を「情報化社会に適合的である,能動的にメ ディアを活用する者」と認めた,肯定的な風潮があったことを指摘している(新井ほか 1993 : 209).. 20)土井隆義は社会の変化について,「価値観の多元化」や「共通枠組みの消失」という表現. を用いているが,現代日本において実際にどのように価値観の多元化が進行し,また共通 枠組みの消失がどのように起きているのかに関する考察は行われていない(土井 2004,. 2009a,2009b).諏訪哲二は,近代化の進行が子どもに変化を与えたとしっっも,教育現 場の実態として,生徒の変化を捉えるにとどまっている(諏訪 2005).白田秀彰は若者に. ついて批判的に考察するも,他の世代との比較は行っていない.さらに,鷲田清一はキャ. ラ的コミュニケーションを寂しい関係として呈示することにとどまっている(鷲田 2002).. 22)土井は,若者には社会的な成長の観念が欠落していると指摘している(土井 2009a: 39).しかし,成長への懐疑を持った若者が,どのように大人社会へ参入していくのかと いう考察はなされていない,. 17.

(21) 第二章 キャラクター文化の発展とキャラの派生.  第一章で述べたように,現在複数の分野においてキャラという語が使用されている.ま た,キャラという語はキャラクターの略語と考えられがちだが,キャラクターとキャラが 指し示すものは,必ずしも同一ではないということもさきに述べたとおりである.具体的 には,テレビ番組,とりわけバラエティ番組において,キャラクターとその略語としての キャラは,出演場面を盛り上げるための演技性を伴った人格を意味したが,近年使用され るキャラという語が意味するのは,生得的な個性だった.また,サブカルチャーのキャラ クターは,物語の登場人物としてではなく,感情移入する対象として,キャラという語が 意識されていることを確認した..  以下では,明治以降のキャラクター受容の沿革を辿ることを通じて,キャラの派生につ いて考察するとともに,キャラクタ・一一一・とキャラを分ける条件について,マンガ評論家の伊. 藤剛の主張に依拠しつつ検討する.. 第1節明治・大正期のキャラクターと子ども向けキャラクター文化の誕生.  明治期は,各種新聞・雑誌の発刊ラッシュいえる時期であり,マンガが大衆向け紙媒体 の情報誌に掲載されるようになった.ただ,この頃のマンガと称されるものは,チャール ズ・ワーグマン,ジョルジュ・ビゴーに代表されるポンチ絵1),あるいは昇斎一景や河鍋暁 斎,小林清親ら2)浮世絵3)の潮流を汲む絵がその中心であった。.  明治期の映画は幻灯機の登場以降,神田錦館,大阪南浜座など一部の劇場で限定的に上 映され,1899年の活弁師の登場以降,隆盛が開始する.  当時の人気キャラクターに目を向けると,明治初期には上方落語の「曾呂三新左工門」 が人気を得ていた,さらに目清戦争が開戦した1894年,戦争ごっこが子どもの間で流行し,. マンガ,映画なども戦争色の強い作品が登場する.また同年,日清戦争で戦死した木口小 平の,「シンデモ ラッパヲ ハナシマセンデシタ」という風聞が評判を呼び,そのエピソ ードが尋常小学校修身書に記載されるに至った4)..  また商業キャラクターに目を向けると,1896年のライオン歯磨のライオンのマークをは じめ,1904年に仁丹の将軍マーク,1905年に森永エンゼルマーク5)などが登場した,こ.                    18.

(22) の時期の企業と関連したキャラクターは,実在する商品のアイキャッチのマークとして使 用され,商標の域を出ていないことを確認しておく..  このように,明治中期までは,マンガやキャラクターとは,必ずしも子ども向けのもの とはいえず,幅広い年齢を対象とした商標や,当時の風俗や世情を反映した存在としてキ ャラクターは受容されていた.こうしたキャラクターのあり方の大きな転換点となったの は,1905年に北沢楽天によって描かれた「茶目と凸坊」である.同作ははじめての子ども 向けマンガとして人気を博し,カルタに同作の絵柄のついたキャラクター商品も販売され る..  また明治末期の1911年,立川文庫の小説の登場人物である荒木又右衛門が人気キャラク ターとなる.以降,明治末期から大正にわたり,文庫本を含む小説の主人公や登場人物が 人気を得る6).これらの文庫本の読者は子どもが中心だった..  さらに,大正時代から昭和初期になると,デモクラシーの風潮が高まり,児童文化に大 きな関心が寄せられることとなる7>..  1918年,鈴木三重吉によって創刊された児童雑誌『赤い鳥』8)(1981年∼1936年)の 刊行を受け,翌1919年には『金の船』(1922年に誌名を『金の星』に改題金の星社,1919 年∼1929年),『おとぎの世界』(文光堂,1919年∼1921年)など童話雑誌が創刊され,童. 話ブームとなる.また子ども向けマンガに注目すると,1923年には樺島勝一の「正ちゃん の冒険」と宮尾しげをの「団子串介漫遊記」がヒットし,子ども達の間では,それらのマ ンガに題材をとった人形やカルタなど,キャラクター玩具が流行した.さらに1924年には 麻生豊の「ノンキナトウサン」が連載され,1925年にアニメ映画化し,ブームとなる..  このように,明治から大正期は,幻灯機の普及など技術の発達と同時に,子どもの文化 の確立されていく中で,子ども向けのキャラクターが登場し始める時期であった.. 第2節 玩具とキャラクターの普及.  前節で述べたように,人気キャラクターは映画化や商品化によって,いわゆる「キャラ クター商品」として発売されることがあった.このキャラクターと商品の関係は,玩具市 場を中心に現在まで受け継がれている.三下では,玩具とキャラクターの関係に目を向け, キャラクター文化の発展がキャラクター・ビジネスの展開と関連していたことを確認する..                    19.

(23) (1)戦前の玩具とキャラクター  明治末から大正期にかけて,日本の玩具産業は,世界の玩具大国・ドイツ9)の模倣を行っ. ていた.第一次世界大戦後,ドイツ国内の玩具工場が破壊されたため,その肩代わりとし て,メイド・イン・ジャパンの玩具が世界に輸出されることとなる..  1927年置国産のセルロイド玩具が生産額世界第一位になり,さらに1937年には玩具輸 出額が4200万円に達し,全貿易額の第4位という重要輸出品になった10)..  しかし当時の輸出玩具の主流はセルロイドやブリキ製で,国内の所得水準はひくく,そ うした玩具を所有できる子どもはごく一部だった.大部分の子どもは,手製の玩具や駄菓 子屋の安価な玩具11)で遊んでいた..  昭和前期は,1931年の満州事変を契機に,日中戦争,太平洋戦争へと日本国内が戦争一 色になった時期でもあった.当時,子どもの遊びも兵隊ごっこが流行し,玩具にも軍国調 のものが出回った.そして,『少年倶楽部』(1946年に誌名を『少年クラブ』に改題.講談. 社,1914年∼1962年)に1931年から連載されたマンガ「のらくろ二等兵」(田河水泡作) は,犬の軍隊生活を描き,軍国主義の高まりの中で子どもたちの人気を得た.のらくろの 他にはミッキーマウスや,明智小五郎に代表される,江戸川乱歩の小説の登場人物も人気 が高かった.. (2)戦後復興とキャラクター文化の開花.  戦後,物資の不足から貸本屋が多くできた.その中で最も多く利用されたのはマンガだ った.貸し本専用のマンガも作られ,1960年代半ばにテレビが普及するまでに白土三平や 水木しげるなどのマンガ家が誕生していく..  この貸し本の流行の中,1946年に手塚治虫がマンガ家としてデビューし,1940年代後半 になると『冒険…E』(秋田書店,1949年∼1983年),『少年クラブ』といったマンガ雑誌12). が大人気を博すようになる.マンガ雑誌は週刊誌を中心に種類を増やし,1959年にはマン ガ週刊誌『週刊少年マガジン』(講談社,1959年∼),『週刊少年サンデー』(小学館,1959. 年∼)が,引き続いて『週刊少女フレンド』(講談社,1962年∼1996年),『週刊マーガレ ット』(1988年以降は月2回刊に変更,誌名も『Margaret』となった.集英社,1963年∼). が発売され,人気となる。学年誌と呼ばれる,特定の年齢をターゲットにした雑誌も登場 し,1970年から小学館の学年誌に連載された「ドラえもん」(藤子不二雄作)は夢のあるス.                    20.

(24) トv・一・一・リーで一大ブームとなった.また,子ども向けの読み物などの単行本も盛んに出版さ れた..  戦後復興期の玩具は,ぬり絵,着せ替え人形,紙メンコなど,紙製の玩具からはじまり, 次いで進駐軍使用の空き缶を加工したジー・一・プなどの乗り物玩具が製造されるようになる.. そして1946年に,国産玩具の輸出が再開され,1961年には輸出総額286億円と,日本は 世界第1位の玩具輸出国になる.ただし戦前同様,一般家庭では紙メンコやコマ,ビー玉 が人気で,ブリキなどはまだ高級玩具だった..  こうした玩具文化に大きな影響を与えたのはテレビ放送の開始である.昭和28年の放送 開始以降,人気番組や物語の主人公をモデルに玩具化したキャラクターものが盛んに出回 るようになった.初期の番組はアメリカからの輸入作品の西部劇が人気をよび,鉄砲の玩 具が流行した.さらに1963年に初の国産アニメの「鉄腕アトム」がヒットするとこれを玩 具化したものが登場した13).その後「鉄人28号」「エイトマン」「オバケのQ太郎」など,. テレビ放送と連動した玩具が人気を呼ぶ.このように,日本のキャラクター商品市場は,. 玩具メーカーや食品会社が番組のスポンサードを行う代わりに,提供企業が番組の登場キ ャラクターの商品化権を得てそれを販売するという形で展開していった.なお,戦前にみ られた子ども向けキャラクター商品は原作者に対し無断で商品化された物がほとんどだっ た.たとえば,1931年から『少年倶楽部』に連載された田河水泡によるマンガ「のらくろ」. は,人気が出始めると鉛筆,万年筆,弁当箱,帽子,筆箱,かばん,靴,墨,ハンカチな ど,「のらくろ」の名前や絵柄のついたグッズが大量に作られ,市場に溢れた.ただし作者 の田河はこの事態を「よい宣伝」として肯定的にうけとめ,『少年倶楽部』の編集部にも黙 認を求めたという(小田切 2010:135)..  また,ほとんどの生活物資が自由販売されるようになると同時に,サンスターのペンギ ンや,キッコーマンの「野田キッコ」といった商品キャラクターが登場しはじめる.「他社 製品との差別化を図る上で,アイキャッチャーとして」(電通 1994:74)使用されている. ことは,従来の商品キャラクターと同じであるが,テレビ放送の開始に伴い,不二家のペ コちゃん,佐藤製薬のサトちゃん,エスエス製薬のピョンちゃんなど,可愛らしく親しみ やすいキャラクター14)が増えていく.. (3)戦後の玩具とキャラクター一材料革命とメイドインチャイナ キャラクター文化を整理するうえで,玩具やキャラクター商品は,人々のキャラクター.                   21.

(25) 受容の形態を知る重要な手がかりとなる,ここでは,戦後の復興期から1970年代までの玩 具とキャラクターの関連について整理する..  戦後問もなくの子どもの玩具は,戦火を逃れた項末なものが残るだけだったが,1947年 に日本の民間貿易が再開され,「Made in Occupied Japan」と記された玩具が輸出されるの. と前後し,国内向けにも次第に玩具の製造がされるようになった..  また,1950年に日本で製造のはじまったプラスチックは,戦後の玩具に大きな変化をも たらした.成形が容易で大量生産に適し,色彩も鮮明で燃えにくいという特性から,プラ スチックはセルロイドやブリキに代わって玩具の原料として普及していく..  同時に,経済的な復旧によって国内向け玩具の製造が増加し,1974年には玩具市場は輸 出よりも国内での需要が上回るようになる..  玩具輸出額に関しては,1972年に香港が日本を抜いて 世界第一位となる.以降,メイドインチャイナ,メイドイ. ンホンコンの玩具が世界に広まっていく.また日本の玩具 メーカーも生産拠点を中国に移し,駄菓子屋で売られるよ. 製造されるようになる.. ・凝. うな安価な玩具や,駄菓子の小さなおまけなど15)も中国で.  プラスッチックの普及と,中国,香港の製造力が合わさ. った70年代には,安価で質の良い玩具を供給することが 可能となり,国内の玩具市場の自由度が飛躍的に高まり,. 子供向けキャラクター商品称揚が開拓されたと指摘され ている(小野市立膝古館 2002:13)..                          図2−1コインスタンド  1960年代半ばから70年代にかけては,人気マンガやテ                        (出所)小野市人好古館編,2002, 『お レビの人気者を題材にしたマスコミ玩具が人気を博し,そ.                          もちやでふりかえる昭和時代』 の黄金期を迎えた時期でもあった.日本のキャラクター・                          小野市立好古館,19頁より引用 ビジネスが確立したのもこの時期で,アニメやマンガの人 気から,. 「キャラクターをつければ商品は売れる」ことが実証されつつあった(電通キャラ. クター・ビジネス研究会 1994:75)..  同時に,各テレビ局やアニメの制作会社,                     出版社などに次々とライセンス窓口が設置さ. れた.1964年あたりから「商品化権」という語がビジネスで使用されるようになり,66年 には日本商品化協会の前身である日本マーチャンダイジング協会が設立された..                    22.

(26)  この時期のキャラクター・ビジネスの発想は,「最初にキャラクターありき」で,子ども. たちに人気のヒーローたちをいかに玩具や文具といった身近な商品に取り入れるかという ものであった..  図2−1は,昭和50年代(1975年∼1985年)のコインスタンドである.当時少女に人 気があった「キャンディ・キャンディ」のキャラクターが描かれ,1回10円の表記がある.. 「キャンディ・キャンディ」は,講談社の『なかよし』に1975年∼1978年にかけて掲載. され,その人気から76年∼79年にアニメ化されたマンガである.このように,70年代半 ばには,キャラクターがマンガ,アニメ,玩具を通じて消費者に示され,子どもはマンガ やアニメで見知ったキャラクターを,安価な玩具の形で所有し,消費することが可能にな っていた,.  このように,戦後の日本においてキャラクターは幼少期から,マンガ,テレビ番組,キ ャラクター商品,玩具を通じて,生活様式の中に組み込まれた存在となっていった.また,. そうした生活様式とキャラクターの密接な結び付きば,子どものキャラクターに対する愛 着や思い出を生み出すこととなる.つまり,子どもがキャラクターと生活経験をともにす ることで,様々な体験や経験がキャラクターに内包され,キャラクターは本来のコンテン ツとしての魅力に加え,「幼少期の幸福体験」のようなものが付加され,価値が強化されて いく.荒木照長は,こうしたキャラクターの付加的魅力を,「経験耐久消費財」として位置 づけている(荒木 2002).戦後のマンガブーム,テレビ放送の開始,玩具の普及は,「経験 耐久消費財」としての新しいキャラクター消費と受容を生み出したといえる.. 第3節 キャラクター受容という視点からの1970年代再考.  明治期の子ども向けキャラクター文化の成立以降,戦後復興とともにマンガを中心とし た様々なキャラクタ・一一一Eが誕生し,人気を博してきた.マンガや,そこに登場するキャラク. ターと深く親しむ子どもたちが増えた.1970年年代は,そうしたマンガに対するリテラシ ーの高い子どもたちが10代後半や20代になった時期である.. (1)マンガ文化の定着. 1970年代は,戦後から培われたマンガ文化が子どもから大学生まで定着し,共有され始.                   23.

(27) めた時代と言える.特にこの時期に注目を集め話題となったのは,1968年から73年まで 『少年マガジン』に連載されたマンガ「あしたのジョー」(原作・梶原一騎)である.. われわれは明日,羽田を発たんとしている,われわれは如何なる闘争の前にも,これほどまでに自信と. 勇気と確信が内から湧き上がってきたことを知らない……最後に確認しよう。われわれは   マ        マ. “明日のジョー”である.(北田 2005:76より引用).  これは,1970年の日航機よど号ハイジャック事件を起こした連合赤軍16)の声明文である.. 社会学者の北田暁大は,テロ組織の声明文にマンガのタイトルが書き込まれることは,当 時の若者文化を省みればそれほど珍しいことではなかったと指摘する(北田 2005)..  というのも,60年代後半の大学生たちは梶原一騎の劇画や任侠ヤクザ映画を好んで受容 しており,また『ガロ』や『COM』といった雑誌も一部の若者たちの支持を得ていた.66 年には『少年マガジン』が100万部を突破し,『少年ジャンプ』が68年に,『少年チャンピ. オン』が69年に創刊されている.こうしたマンガ文化のトレンドから,受け手の年齢層を 高めに設定した『ヤングコミック』や『ビッグコミック』などの青年誌が創刊されたのも, 67∼8年の間である..  このように,60年代末は,「マンガは子どものもの」という通念が崩れ,日常的な若者文 化のなかにマンガが浸透しつつあった時期であると北田は推察する.  また,この連合赤軍の声明文とほぼ同時期,「あしたのジョー」の作中キャラクタ・・一一一力石. 徹の死を悼む「送別会」が講談社本社講堂で開催されている,参加人数は約700人,年齢 層は小学生から大学生までと..  マンガは,もはや「子ども向けの」フィクションであることを止め,「現実」を動かす力を持つメディ アとしての位置を確かなものとしつつあった.「われわれは“明日のジョー”である」という宣言は,赤. 軍派の政治的デモンストレーションであると同時に,マンガに代表されるサブカルチャーが「現実」を. 出し抜きっっある現状を追認するコンスタンティブ(事実確認的)な言説だったのである.(北田 2005 : 80 一 81).  北田が指摘するように,70年代にはマンガが若者文化の中に定着し,なおかつ現実とマ ンガのキャラクターを並立可能な読み手のセンスが確立されていたと言える.このことは,                     24.

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