鉄の熱拡散による傾斜構造を利用した耐摩耗性チタ
ン表層の構築
著者
山口 洋史
学位授与機関
Tohoku University
学位授与番号
11301甲第19191号
URL
http://hdl.handle.net/10097/00128747
博 士 論 文
鉄の熱拡散による傾斜構造を利用した
耐摩耗性チタン表層の構築
山口 洋史
令和元年度提出
東 北 大 学
目 次
第1 章 緒 言 ... 4 1. チタンの特徴 ... 4 2. チタン合金について ... 5 3. チタンの耐摩耗性 ... 6 4. Ti-Fe 合金の可能性 ... 8 5. 熱拡散によるチタンの表面改質 ... 9 6. 本研究の目的 ... 10 第2 章 Ti-Fe 合金の機械的性質と金属組織 ... 11 1. 目 的 ... 11 2. 材料および方法 ... 13 2. 1 試作合金の作製 ... 13 2. 2 試験片の作製 ... 13 2. 3 X 線回折試験 ... 13 2. 4 金属組織観察 ... 14 2. 5 ビッカース硬さ試験 ... 14 2. 6 引張試験 ... 14 2. 7 統計処理 ... 14 3. 結 果 ... 15 3. 1 X 線回折 ... 15 3. 2 金属組織観察 ... 15 3. 3 ビッカース硬さ ... 15 3. 4 引張試験 ... 15 3. 5 引張試験後の破断面 ... 164. 考 察 ... 17 4. 1 Ti-Fe 合金の合金相 ... 17 4. 2 Ti-Fe 合金の機械的性質 ... 18 4. 3 Ti-Fe 合金による耐摩耗性改善の可能性 ... 19 5. 小 括 ... 20 第3 章 Ti-Fe 合金の耐摩耗性 ... 21 1. 目 的 ... 21 2. 材料および方法 ... 23 2. 1 試作合金の作製 ... 23 2. 2 試験片の作製 ... 23 2. 3 摩耗試験 ... 23 2. 4 統計処理 ... 24 3. 結 果 ... 25 3. 1 摩耗痕長さと摩耗痕幅 ... 25 3. 2 摩耗痕深さ ... 25 4. 考 察 ... 27 4. 1 摩耗試験の条件について ... 27 4. 2 Ti-Fe 合金の耐摩耗性 ... 27 4. 3 Ti-Fe 合金の歯科応用 ... 29 5. 小 括 ... 31 第4 章 耐摩耗性向上を目指した鉄の熱拡散によるチタンの表面改質 ... 32 1. 目 的 ... 32 2. 材料および方法 ... 34 2. 1 試料の作製 ... 34
2. 2 熱処理 ... 34 2. 3 断面観察 ... 34 2. 4 元素分析 ... 34 2. 5 X 線回折 ... 34 2. 6 摩耗試験 ... 35 3. 結 果 ... 36 3. 1 拡散層 ... 36 3. 2 元素分析 ... 36 3. 3 X 線回折 ... 36 3.4 摩耗試験 ... 37 4. 考 察 ... 38 4. 1 熱拡散処理の条件について ... 38 4. 2 熱拡散処理 ... 38 4. 3 傾斜チタンの耐摩耗性 ... 40 4. 4 傾斜チタンの応用 ... 41 5. 小 括 ... 43 第5 章 総 括 ... 44 謝 辞 ... 46 文 献 ... 47 図表の説明 ... 53
第
1 章
緒 言
1. チタンの特徴
チタンは原子番号 22、第一系列遷移元素に属する金属である 1)。密度は主要遷移金属(鉄, ニッケル,銅)の中では最も小さい。チタンは軽くて強い、つまり比強度が大きいことが最大の 特徴である2)。チタン合金はおよそ 400℃までの範囲で比強度が他の材料に比べて非常に優 れている 3)。チタンのもう一つの特徴は、室温において金や白金並みの優れた耐食性を示す ことである。チタンは酸素との親和性が極めて強く、チタンの新生面が大気あるいは湿潤雰囲 気に曝されると、酸化皮膜が瞬時にかつ連続的に形成される 4,5)。この皮膜は不動態皮膜と呼 ばれる。この不動態皮膜は多種多様な腐食性環境において防護膜の役割を果たす。このよう な優れた特徴により、チタンは航空宇宙分野から化学工業、スポーツ・レジャーまで幅広く利 用されている 2)。一方で、チタンは低ヤング率であり、低弾性が要求される代替骨や固定プレ ートなどに最適であるが、剛性不足を指摘される場合もある 6,7)。さらに、チタンの熱伝導率の 低さは、チタンの大きな欠点であり、機械加工の際に、発生する熱が伝導により直ちに散逸す ることができないため、チタン材料の切削性の悪さや、工具の消耗が速いことが指摘されてい る8-10)。また、摺動部に応用される場合などには、相手材との凝着によるチタンの摩耗などが問 題となっている8)。 チタンは生体親和性を示すことから医療分野でも幅広く応用されている。特に整形外科分 野では人工関節や、骨固定用のプレートやスクリュー、ワイヤーなど、循環器外科分野でも、 人工心臓や心臓ペースメーカーのケーシングや、血管内に留置するステントやガイドワイヤー、 血管クリップなどに純チタンやチタン合金が使用されている 11,12)。歯科領域ではクラウンや義 歯床、矯正用ワイヤーに純チタンやチタン合金が使用される 11,13)。また、チタンの骨組織に対 するオッセオインテグレーションを応用し、歯科インプラント治療で頻用される5,14)。2. チタン合金について
2 種類以上の金属元素を成分とする金属を合金と呼ぶ。2 種の原子が一様に混ざり合って いるものは固溶体合金と呼ばれる 15)。成分元素の原子 A、B が規則的に配列し、イオン結晶 や酸化物のようにそれぞれの副格子を構成しているものは金属間化合物と呼ばれる15,16)。 チタン合金とは、チタンの長所をさらに伸ばしたり、短所を抑制したりすることを狙い、それぞ れの改良効果を有する元素を単独または複合して配合したものである。用途目的に合わせて 添加する元素の種類、添加量を変え、様々な場面でチタン合金が利用されている。 チタンの同素変態温度は 885℃である。この温度より低温では最密六方(hcp)構造(α‐チ タン)となり、高温側では体心立方(bcc)構造(β‐チタン)となる 17,18)。同素変態温度は合金元 素の添加により上昇あるいは低下し、チタン合金はそのパターンによりα安定型、β安定型、 全率固溶型に大別される1)。 α安定型は、元素の添加により同素変態温度を上昇させ、α相の領域を高温側へ拡大す る。このような元素はα相安定化元素と呼ばれ、非金属元素では O、C、N、金属元素では主 に Al が該当する。このα相は同素変態温度以下の環境において安定であり、耐熱性に優れ、 また溶接性に優れる。Al は 7 mass%(以下 mass%は%と記す)程度までの添加で引張強さ、弾 性率に非常に優れるが、二元型で用いられるよりも複数の添加合金の一つとして、合金の強 度の向上のために添加されることが多い1)。 β安定型は、元素の添加により同素変態温度を低下させ、β相の領域を低温側へ拡大す る。このような元素はβ相安定型元素と呼ばれ、全率固溶体を作る Mo、V、Nb、Ta などのβ 全率固溶型と、共析反応を生じて金属間化合物を作るAu、Ag、Cu、Co、Cr、Fe、Mn、Pd など のβ共析型に分類される 6,19,20)。β相の安定能はβ共析型の方がβ全率固溶型よりも優れる。 β相安定型元素を添加されたチタンは、組成によっては急冷したときに常温までβ相を維持 することができる 19,20)。この常温まで維持されたβ相は準安定β相と呼ばれる。チタンの準安 定β相は硬さや引張強さが大きく、またチタンと同等の耐食性をもつ20)。全率固溶型は、添加しても同素変態温度をほとんど変化させることがない。Hf や Zr が該当 する6,19)。
3. チタンの耐摩耗性
摩耗とは、外力により物体表面でおこる材料の損失のことであり、主に 2 つの固体が接触し て相対運動する場合に生じる。代表的な摩耗形態としては、凝着摩耗、アブレシブ摩耗、疲労 摩耗、腐食摩耗がある 21,22)。凝着摩耗では、材料同士の接線方向の相対的な運動で凝着を 防止している酸化皮膜等が引きはがされ、金属同士の凝着が起こり、相対運動の継続により 接合部の剪断と新たな凝着部の形成が繰り返されることで生じる摩耗である 21,23)。アブレシブ 摩耗は、硬い表面突起による軟らかい材料の掘り起こしによる摩耗で、硬い粗雑な表面が軟ら かい表面上を滑る場合と、相対運動する2 面間に硬い粒子が存在する場合がある 21,23,24)。凝 着摩耗とアブレシブ摩耗の摩耗量は、ともに軟らかい側の材料の硬度に反比例するとされて いる。疲労摩耗は、材料の表面から少し内部に入った点で発生する。外力が繰り返し加えられ ることで材料の最大剪断応力部に欠陥や亀裂が発生、次第に亀裂が表面まで進展し、最終 的に薄片状粒子が表面から離脱する 12,25)。疲労摩耗は時間(すべり距離)の増加に伴い、特 に後半で摩耗量が急激に増加する。腐食摩耗は、摺動により材料同士の凝着と剪断が繰り返 されるたびに生ずる新しい表面に生じる腐食であり、腐食生成物は摺動により表面から離脱し やすいため、摩耗が生じる 26)。腐食摩耗は多くの因子が関連し、プロセスが複雑である。これ ら 4 つの摩耗形態は、複合的に生じ、複雑な摩耗パターンとなるため、単純に硬さや表面性 状などで耐摩耗性を予測することは難しい21)。 チタンは優れた特性がある一方で、硬さが小さいため耐摩耗性に劣ることが指摘されている 27)。また、チタンは活性な金属であり、かつ熱伝導率が低いため、摩耗熱により相手材との凝 着を生じやすいことも、低い耐摩耗性の一因となっている 8-10)。そのため、耐摩耗性の改善を 目的とし、様々な手法が報告されている。以下に示す表面処理による方法は、チタンのバルクとしての優れた性質を劣化させずに耐摩耗性を向上させることが可能である。湿式めっきでは 主に Ni 合金皮膜が用いられる 28)。低温プロセスであり、成膜速度が速く、硬膜の制御範囲も 広い。化学的気相析出(CVD)法に代表される気相成長法は、チタン材料の表層に硬質皮 膜・層形成を行う方法である29)。気体原料を化学反応させることでコーティング膜を形成する。 物理的気相成長(PVD)法は固体原料をプラズマやレーザなどのエネルギーにより気化させ 基板上にコーティングする30,31)。PVD 法や CVD 法は硬質皮膜の厚さは薄いが、2000 Hv を 超える表面硬さを得られたという報告や、摺動試験において摩耗体積が Ti-6Al-4V 合金と比 較し1/200 に低減できたという報告もある29,31)。その他にも、硬質皮膜・層形成法には溶射法、 肉盛法、レーザ表面融解法、電子ビーム表面融解法などがある 32-35)。硬質皮膜・層形成法は、 表面硬さや硬化層深さを変化させることができ、皮膜・層の材料も多様である。しかし、硬質皮 膜・層は一般に脆性材料であり、明確な硬質皮膜・層と基盤との界面を有することが課題とな っている6)。一方で、チタンやチタン合金表層を熱処理により酸素、窒素、炭素などを表面から 拡散させて固溶層を形成する方法では、母材との間に明確な界面が存在しない 36)。チタンは 活性な金属であることに加え、α相、β相ともに酸素、窒素、炭素など侵入型固溶元素の固溶 限が大きい。これらの元素の固溶量に伴う硬さの変化は、濃度(at%)の 1/2 乗に依存して上昇 することが知られている 37,38)。窒素や酸素をチタン表面に固溶させる固溶相形成法では、チタ ンに対する最表層硬さが1200 Hv 程度まで上昇したという報告もあるが、固溶層が脆性である ことや、層の厚さが制御できないことが問題となっている6,39)。 チタンの耐摩耗性を向上させるこれらの表面改質法は、いずれも表面硬化処理によって超 硬質の表面を与えて耐摩耗性を向上させる方法である。一方で、一般に単体で耐摩耗性に 優れるとされる金属は、優れた硬さに加えて適度な伸びを有すると言われている 27)。例えば、 歯科鋳造用 Co-Cr 合金は耐摩耗性に優れた合金としてよく知られているが、その硬さ(350‐ 390 Hv)は前述の表面処理されたチタンの超硬質皮膜(1200 Hv 以上)よりも小さいが、Co-Cr 合金は数%の伸びを有し、脆性は示さない 40-44)。このことから、超硬質の表面を与えずとも、あ
る程度の硬さと伸びを共存させることで、金属の耐摩耗性は改善可能と考えられる。チタンは 30%以上の大きな伸びを持ち、伸びに関しては十分であるが、硬さは 130 Hv 前後と非常に軟 らかい 19)。そこで、合金化によりチタンの伸びを多少犠牲にしても硬さを大きく向上させられれ ば、チタンの耐摩耗性を改善できる可能性がある。
4. Ti-Fe 合金の可能性
今回、チタンの欠点である耐摩耗性を向上させる方法としてチタンの合金化に着目した。前 述の通り、チタン合金はその添加元素により性質が大きく異なる。私はチタンに添加する元素 として、鉄に耐摩耗性向上の可能性を見出した。 Ti-Fe 系平衡状態図を図 1 に示す。Fe は共析型のβ相安定型元素であり、チタンに添加す ると、チタンのβ相領域を低温側に拡大する 6,19,20)。Ti-Fe 合金はαチタンと TiFe の共析点を 17 % Fe に持ち、その共析温度は 595℃と低いため、組成によっては急冷することで準安定β 相を常温まで維持できる19,20)。また、添加量25%Fe 程度までの範囲に準安定β相を獲得でき る組成があると考えられる。 チタン合金の準安定β相は機械的性質に優れていることが知られている。奥野らは Ti-Fe 合金のいくつかの組成について機械的性質を調べ、鉄は硬さの向上に有効であり、ビッカー ス硬さが400 Hv を超えたことや、10%Fe は準安定β相であり、引張強さが 1000 MPa を超え、 また延性を示したことを報告している19)。また、高田らは、Ti-Fe 合金の電気化学的腐食挙動を 調べ、添加量30%Fe まではチタンと同等の耐食性を示すことを報告している20)。このように Ti-Fe 合金は、耐摩耗性の向上の視点で極めて重要な要素である硬さが大きく向上する上、伸び を有する。さらに、歯科用合金として重要な性質のひとつである耐食性はチタンと同等である。 また、Fe 自体は生体必須元素であり、金属アレルギーのリスクも小さい20,45)。したがって、Ti-Fe 合金は生体に応用する耐摩耗性チタン合金として大きく期待できる。 近年 Ti-Fe 合金は、水素吸蔵合金として注目され、盛んに研究が行われている 46-51)。水素吸蔵のメカニズムは、合金内の金属間化合物内に水素が反応し、安定な水素化物を生成する ものである 52,53)。そのため、実際に研究されているのは、金属間化合物である TiFe が出現す る添加量 25%Fe 以上の組成の Ti-Fe 合金がほとんどである50,51)。金属間化合物は一般に脆 く、それらが析出した合金では伸びが失われるため、歯科用合金開発では避けられることが多 い。また、鉄の添加量が少ない組成についての研究も行われているが、その詳細な機械的性 質や耐摩耗性については現在のところ分かっていない。
5. 熱拡散によるチタンの表面改質
合金の製作法は、合金化する金属を融点以上の温度に熱して融解させて混ぜ合わせる方 法が最も一般的であるが、用途に応じて異なる手法がとられる場合もある。その中で固溶層形 成法を応用した、熱拡散を利用した方法がある15,54,55)。金属の熱拡散の場合、金属A に金属 B を接合し融点以下の高温に保持すると、金属 B が金属 A に侵入する。この拡散は互いの 金属の濃度勾配を小さくするように進行し、十分長時間が経過すると金属A の中の金属 B の 濃度はどの部位でも一定となる。また、金属B が金属 A に侵入する最中に加熱をやめ、拡散 を停止させることで、金属A の中に金属 B の濃度勾配をもった傾斜構造を与えることや、金属 A の表層のみに金属 B の拡散層を形成することも可能である。 この熱拡散法はチタン合金にも利用できる。特にチタンはバルクとして優れた性質を有する ことから、チタンの最表層のみを熱拡散で合金化すれば、チタンの表面改質に応用できると考 えた。熱拡散は融点よりも低い温度での合金化が可能であるため、賦形を施した複雑な形状 のチタンに対して、その形状を維持したまま、必要な部位のみの表面改質を行うことができる。 Ti-Fe 合金の耐摩耗性が優れていたと仮定して、Fe をチタン表面から熱拡散させた場合を考 えると、耐摩耗性に優れた表面を有し、表面から内部に向かうにつれてFe 濃度が連続的に減 少する傾斜構造を持った Ti-Fe 合金層を形成することが可能である。耐摩耗性表面処理で行 われるめっきなどとは異なり、この傾斜構造には界面が存在しないため剥がれることがない。傾斜構造を利用するための熱拡散による表面処理は工業分野などで行われているが、チタン に対する熱拡散を用いた表面改質、合金化についての研究はほとんど行われていない。
6. 本研究の目的
そこで本研究では、チタンの耐摩耗性を改善することを目的に定め、まず第2 章で Ti-Fe 合 金の機械的性質を調べ、耐摩耗性に優れることが期待される Ti-Fe 合金の組成を検討した。 第 3 章でそれら合金の摩耗試験を行い、Ti-Fe 合金のバルクとしての耐摩耗性と機械的性質 の関係を調べた。第4 章では、チタンの表面改質として Ti-Fe 合金を応用するため、温度と時 間を熱処理のパラメータとし、チタン表面への鉄の熱拡散による、耐摩耗性に優れたチタン表 層の形成を試みた。第
2 章 Ti-Fe 合金の機械的性質と金属組織
1. 目 的
チタンは、優れた生体適合性や耐食性、比強度などを有しており、医療分野では、主に長 期間に渡る生体内への埋入を必要とする硬組織代替材料や硬組織固定用デバイスに応用さ れている11)。歯科分野においても、チタン、Ti-6Al-4V 合金、Ti-6Al-7Nb 合金などが歯科イン プラントやメタルフレーム、クラスプなどに用いられている11,13)。 しかし、チタンは硬さが小さく、また、活性な金属であり、かつ熱伝導率が低いため、摩耗熱 により相手材との凝着を生じやすく、耐摩耗性に劣ることが知られている 8,9,27)。これにより、人 工関節における人口骨頭の摩耗や、歯科における、繰り返しの咬合力によるインプラント‐ア バットメント間のギャップ増大、アバットメントスクリューの緩み、さらにはチタン合金の摩耗粉に よる金属アレルギーなどが問題点として指摘されている12,56-58)。 チタンの耐摩耗性の改善法として、耐摩耗性表面処理が数多く報告されている 29-35)。化学 的気相析出(CVD)法、物理的気相成長(PVD)法、溶射法といった表面処理で形成された硬 質皮膜は、薄いが、2000 Hv を超える表面硬さを得られたという報告や、摺動試験において摩 耗体積が Ti-6Al-4V 合金と比較し 1/200 に低減できたという報告もある 29-31)。しかし、硬質皮 膜・層は一般に脆性であり、また、明確な硬質皮膜・層と基盤との界面を有することが課題とな っている 6)。一方で、チタンやチタン合金表層を熱拡散処理により酸素、窒素、炭素などを表 面から拡散させて固溶層を形成する方法では、最表層硬さが1200 Hv 程度まで上昇したとい う報告がある。この方法では母材と固溶層の間に明確な界面は存在しない。しかし、固溶層が 脆性であることや、層の厚さが制御できないことが問題となっている6,39)。 これらの表面処理法は、表面を極めて硬くすることで、その耐摩耗性を実現しているが、一 般に単体で耐摩耗性に優れるとされる金属は、適度な硬さに加え、伸びを有すると言われて いる27)。例えば、歯科鋳造用Co-Cr 合金は、表面処理による硬質皮膜よりも硬さは小さいが、 数%の伸びを持つため、非常に優れた耐摩耗性を有する 40-44)。このように、適度な硬さと適度な伸びを利用することで、超硬質の表面を持たなくても、耐摩耗性を維持することができる。チ タンはCo-Cr 合金よりはるかに大きい約 30%の大きな伸びを示すため、伸びは十分であるが、 硬さは130 Hv 程度と非常に軟らかい19)。そこで、合金化によりチタンの伸びを保ったまま硬さ の向上が図れれば、チタンの耐摩耗性を向上できる可能性がある。 チタンはの同素変態温度は 883℃であり、これを境に高温側では体心立方格子(bcc)のβ 相が安定となり、低温側では最密六方格子(hcp)のα相となる 17,18,59)。他元素を加えて合金化 すると、添加元素の種類によっては、その変態温度が低下する。このような添加元素をβ相安 定化元素といい、Au、Ag、Cu、Co、Cr、Fe、Mn、Pd などは共析型のβ相安定型元素として知 られている 19,20)。合金の種類によっては、β相から急冷すると準安定なβ相を得ることができ る。準安定β相を持つβチタン合金は、体心立方格子の性質が反映するので、伸びを保ちな がら硬さと強さが向上する。そこで、我々は、チタンの耐摩耗性を向上させるため、β相安定 型元素の添加に注目した。β相安定型元素の中でも、鉄は他の元素と比較して硬さの上昇が 著しいことが報告されている 19)。また、鉄は生体にとって必須元素であり、金属アレルギーのリ スクが比較的少ない元素であるため、歯科用合金への添加元素としてふさわしい 20,45)。そこで 我々は、Ti-Fe 合金に耐摩耗性を備えた歯科用チタン合金の可能性を見出した。
本研究では、チタンに鉄を添加した二元系 Fe 合金(5~25%Fe)を試作した。これらの Ti-Fe 合金において、鉄の添加量に応じた合金相と金属組織の変化を調べ、機械的性質との関 連を明らかにすると共に、適度な硬さと伸びを持ち、耐摩耗性の改善に適するTi-Fe 合金の組 成を見出すことを目的とした。
2. 材料および方法
2. 1 試作合金の作製 試作 2 元系 Ti-Fe 合金の鉄含有量を亜共析から過共析までの 5、6、7、8、9、10、11、12、 13、14、15、20、25%と設計し、所定の組成になるようにスポンジチタン(>99.8%,大阪チタニウ ムテクノロジーズ,尼崎)及び電解鉄(>99.95%,平野清左衛門商店,東京)を秤量した。アル ゴンアーク溶解炉(TAM-4S,立花理工,仙台)を用い、炉内を 5×10-3 Pa まで減圧し、高純度 アルゴンガス(> 99.9999%,日本酸素,川崎)を 50 kPa まで導入した雰囲気中にてアーク溶解 によりインゴットを溶製した。ゲッターチタンを材料の融解に先駆けて融解し、残存酸素を極力 取り除いた。各合金の組成に偏りが生じないよう、ひとつのインゴットにつき、計6 回融解した。 比較対象となる純チタンインゴットは、スポンジチタンを用い、アルゴンアーク溶解炉で計 6 回 融解して製作した。 2. 2 試験片の作製 引張試験片のパターンは、ISO 22674 に記された規格に準じ、直径 3.0 mm、評点距離 15 mm のダンベル形状とした。硬さ試験片のパターンは 10 mm×10 mm×1.0 mm の板状とした。 マグネシア系埋没材(シンビオン-TC,アイキャスト,東京)、チタン用鋳造機(オートキャスト HC-Ⅲ,ジーシー,東京)を用い、インゴットから試料を鋳造した。鋳造後は室温で放冷した。コ ントロールとなるチタンについても同様の方法で作製した。 2. 3 X 線回折試験 板状鋳造体の各面を耐水研磨紙で 300 μm 除去し、#1000 まで研磨した試料を X 線回折 試験に供した。X 線回折装置(D2 PHASER,ブルカー,東京)を用いて管電圧 30 kV、管電流 10 mA の Cu Kα 線により X 線回折試験を行った。測定条件は、2θ = 30~80°、ステップ幅を 0.03°とした。2. 4 金属組織観察
板状試料を耐水研磨紙(~#1000)、 ダイアモンドサスペンション・ペースト(~1 µm)、Final Liquid により鏡面研磨した後、フッ硝酸(HF:HNO3:H2O=1:4:25)で 30~70 s エッチングし、
金属顕微鏡(PMG3-614U,オリンパス,東京)を用いて試作 Ti-Fe 合金の金属組織観察を行っ た。 2. 5 ビッカース硬さ試験 試験に先立ち、αケースを取り除くため鋳造体の各面を 300 µm 除去した。板状試料を #1000 まで研磨し、マイクロビッカース硬さ試験機(HM–221,Mitutoyo,神奈川)を用いて荷重 1.961 N (200 gf)、荷重時間 15 s の条件で各金属のバルク硬さを測定した。 2. 6 引張試験 引張試験はISO 22674 に準じて行った60)。引張速度0.5 mm min⁻¹の条件で万能試験機 (AG-IS,島津,京都)を用いて引張試験を行った。引張強さと 0.2%耐力を求めた。また、破断 後の試験片を突き合わせて、標点距離の実測から伸びを求めた。さらに、走査型電子顕微鏡 (SEM)(JSM-6060,JEOL,東京)を用いて破断面の観察を行った。 2. 7 統計処理 各試験結果は、ANOVA と Tukey HSD(α= 0.05)で有意差検定を行った。
3. 結 果
3. 1 X 線回折 Ti-Fe 合金の X 線回折パターンを図 2 に示す。チタンはαチタンのピークのみと一致した。 5~7%Fe ではαに加えβのピークが認められた。8%Fe より添加量が大きくなるとαのピークは 無くなり、βのピークのみが認められた。25%Fe ではβのピークに加え金属化合物である TiFe のピークが検出された。 3. 2 金属組織観察 Ti-Fe 合金の金属組織像を図 3 に示す。チタンではαを示す典型的な針状構造が見られ た。5~7%Fe ではβの結晶粒の内部にαの針状構造が見られた。8%Fe 以上では針状組織が 消失し、βを示す金属組織に変化した。8~25%Fe まで結晶粒の大きさに著しい違いは見られ なかった。20%Fe および 25%Fe には金属間化合物の析出が認められた。 3. 3 ビッカース硬さ Ti-Fe 合金のビッカース硬さを図 4 に示す。Ti-Fe 合金の硬さはすべての組成でチタンよりも 有意に大きくなった(p<0.01)。鉄の添加量が増加するにしたがって硬さは大きくなり、6%Fe で 500 Hv を超えピークを示した。6~8%Fe では添加量が増加するにしたがって硬さは減少した。 8~13%Fe では硬さは 360~375 Hv の間でおおよそ一定の値を示した(p>0.05)。14%Fe より添 加量が増えると、添加量が増えるにつれて硬さは大きくなった。 3. 4 引張試験Ti-Fe 合金の引張強さを図 5 に示す。5%Fe の引張強さは 553 MPa であり、チタンより有意 に大きかった(p<0.01)。5~6%Fe では添加量の増加にしたがって引張強さは小さくなった。 6~9%Fe では添加量の増加にしたがって引張強さは大きくなり、9%Fe は本研究で最大の値
(867 MPa)を示した。8~10%Fe の引張強さはチタンよりも有意に大きかった(p<0.01)。9%Fe よ りも添加量が多くなると、引張強さは小さくなった。20%Fe、25%Fe については脆性を示し、引 張強さを求めることができなかった。
Ti-Fe 合金の伸びはいずれの組成も小さかった。8~11%Fe で 1%未満であり、他の組成はほ ぼ0 だった。
耐力は8%Fe で 631(±66) MPa、9%Fe で 744(±162) MPa、10%Fe で 630(±47) MPa だった。8~10%Fe はチタンの耐力 259(±10) MPa と比較し有意に大きかった(p<0.01)。
3. 5 引張試験後の破断面
引張試験片の破断面の SEM 像を図 6 に示す。7~11%Fe には破断面の一部に延性破壊 を示すディンプルの構造が見られた。12%Fe 以降ではディンプルは見られなかった。また、 20%Fe や 25%Fe はへき開破面を示した。
4. 考 察 4. 1 Ti-Fe 合金の合金相 チタンの結晶構造には、高温安定相である体心立方晶のβ相と、低温安定相である最密 立方晶のα相があり、882℃で同素変態を起こす。Ti-Fe 系平衡状態図が示すとおり 61)、鉄は β相安定型元素であり、チタンに添加するとβ相の領域を低温側に拡大する性質がある6,19,20)。 また、鉄を適量添加し、十分にβ領域を低温側に拡大した Ti-Fe 合金は、β領域から急冷す ることで、高温安定型であるβ相を常温まで保持し、準安定β相を獲得することができる 6,19,20)。 本研究の結果によると、5%Fe 合金はα+βの 2 相合金であり、金属組織を見るとβ結晶の粒 界部に、αの細かい針状組織が認められた。7~8%Fe の間でα+βからβ単相に移行し、金 属組織は典型的なβチタンの金属組織を呈し、αの針状構造物は認められなかった。高田ら は歯科鋳造したTi-Fe 合金について、5%Fe はα+β、10~20%Fe はβ単相であると報告して おり、本研究の結果と一致している20)。チタンに鉄を8%以上添加することで、β単相を得られ
ることが明らかになった。
Ti-Fe 合金は 595℃、17 %Fe にαTi と TiFe の共析点を持つ共析型合金なので、組成によ っては金属間化合物TiFe を析出する61)。本研究の20%Fe と 25%Fe は過共析側であるため、
β領域から共析温度への冷却中にもTiFe を析出し、それらの組成は金属組織に TiFe を含む はずである。しかしながら、20%Fe と 25%Fe の金属組織観察で認められた TiFe 量はわずかで あった。また、Ti-20Fe の X 線回折では、TiFe の析出量が微量のため、TiFe のピークが検出さ れなかった。この要因として、β相のbcc 構造は Fe 固溶量が多いため、鋳造時に添加した Fe の多くはβ相に固溶するためと考えられる。TiFe はチタンの耐食性を著しく低下させることはな いと報告されているが 20)、金属間化合物は一般的に硬くて脆いため、歯科用合金として利用
4. 2 Ti-Fe 合金の機械的性質 ビッカース硬さは、Fe を添加することでチタンより有意に大きくなった。5~7%Fe はα+β合 金であり、α相とβ相それぞれへのFe の固溶硬化と 2 相構造が、硬さの上昇に貢献したと考 えられる。Fe の添加量が 8%になると、α+βの 2 相構造からβ単相になることで、いったん硬 さは減少した。その後は、鉄の固溶量が増加するにつれ、β相への固溶硬化により硬さは大 きくなった。20%Fe 以上では、金属間化合物である TiFe が出現するので、分散強化によりさら に硬さは大きくなったと考えられる。Ti-Fe 合金の硬さを市販の歯科用合金と比較すると、タイ プ4 金合金(237-264 Hv)や Ti-6Al-4V 合金の硬さ(320-341 Hv)よりも大きかった43,62)。また、 耐摩耗性に優れるとされる Co-Cr 合金の硬さ(350-390 Hv)43)と比較すると、8~13%Fe でおよ そ同程度、その他の組成ではCo-Cr 合金よりも大きかった。 Ti-Fe 合金の伸びは極めて小さく、かろうじて測定できた 8~11%Fe でも 1%未満であった。し かしながら、7~11%Fe の破断面には延性破壊時の特徴であるディンプル構造が見られており、 これらの組成は少なからず延性を有していることが分かった。チタンのβ相はbcc 構造であり、 hcp 構造のα相より多くのすべり面を持つため、βチタンは伸びが大きいと言われている。本 研究で伸びが測定できた組成は、すべてβ単相合金であった。一方で、12%Fe 以降の伸び は、鉄の固溶量が多すぎたため、極めて小さかった。また、金属間化合物 TiFe の析出する 20%Fe と 25%Fe は、へき開破面が示すように、ほとんど脆性であった。 Ti-Fe 合金の引張強さは、Fe を 5%添加するとチタンより有意に大きくなった。これはα相と β相それぞれへのFe の固溶強化とα+βの析出強化によるものと考えられた。Fe の添加量が 増え、6~7%になると、引張強さはチタンと同程度まで低下した。チタン合金は、鋳造時の冷却 過程におけるβからαへの相変態の過程で、非常に硬くてもろいω相が出現することがあり、 そのω相が6~7%Fe の引張強さの低下につながった可能性がある63)。ただし、ω相をX 線回 折試験で同定することは難しい。6~7%Fe の硬さの上昇には、ω相の析出も一因となっている かもしれない。その後は、Fe の固溶量の増加とともに固溶強化により引張強さが増加した。高
濃度のβチタンも強度が高いことが知られており、9%Fe は 850 MPa を超える高強度を示した。 しかし、その後は、引張強さは低下した。これは破断面が示すように、伸びが低下したためと考 えられる。耐力は 8~10%Fe でしか測定できなかったが、一番耐力の小さい 10%Fe でも 600 MPa を超えていた。これらは歯科用金属合金の国際規格である ISO 22674 の分類で、薄い義 歯床やクラスプに適応可能なType 5 に相当する60)。 4. 3 Ti-Fe 合金による耐摩耗性改善の可能性 耐摩耗性に優れる金属は、適度な硬さと伸びが必要とされている。例えば、耐摩耗性に優 れた歯科用合金として有名な Co-Cr 合金は、大きな硬さと伸びを兼ね備えている。本研究で 調べたFe 合金はすべての組成で硬さがチタンより有意に大きく、また市販チタン合金の Ti-6Al-4V 合金よりも大きかった。特にα+β合金の 5~7%Fe と、β+TiFe の 20 と 25%Fe の硬さ は著しく大きく、Co-Cr 合金よりも大きかったが、これらの組成は伸びがほぼ 0 であった。一方 で、β合金の8~13% Fe の硬さは Co-Cr 合金と同程度であったが、8~11%Fe の破面は延性を 示した。硬さと伸びを兼ね備えた 8~11%Fe がチタンの耐摩耗性の改善に最有力と考えられる。 しかしながら、耐摩耗性に関わる因子は複雑なので、Co-Cr 合金より硬い組成の Ti-Fe 合金の 耐摩耗性が優れている可能性も否定できない。したがって、Ti-Fe 合金の摩耗試験を行い、硬 さと伸びが耐摩耗性に与える影響をさらに調べる必要がある。
5. 小 括
1. Ti-Fe 合金の合金相は、5~7%Fe がα+β、8~15%Fe がβ、20~25%Fe がβ+TiFe だっ た。 2. Ti-Fe 合金の硬さはすべての組成でチタンより有意に大きかった。特に 5~7%Fe と 20、 25%Fe の硬さは著しく大きかった。引張強さは 5%Fe、8~10%Fe でチタンより有意に大きか った。伸びは小さかったが、7~11%Fe では延性破壊を示すことが確認された。 3. 8~11%Fe は Co-Cr 合金と同程度の硬さを持ち、また伸びを有し、耐摩耗性の改善に適し ていることが考えられる。しかし硬さの著しく大きい5~7%Fe や 20、25%Fe も耐摩耗性に優 れる可能性がある。よって、摩耗試験を行い、硬さと伸びが耐摩耗性にどのような影響を 与えるのか調べる必要である。
第
3 章 Ti-Fe 合金の耐摩耗性
1. 目 的
チタンおよびチタン合金は、優れた生体適合性や耐食性、高い比強度を有するため、医療 分野では、生体内へ埋入する硬組織代替材料や硬組織固定用デバイスなどに応用されてい る 11,13)。しかし、チタンは硬さが小さく、また、非常に活性が高く他の金属との親和性が高いこ と、熱伝導率が低く摩耗熱により相手材との凝着を生じやすいことなどから、耐摩耗性が低く、 連続摩耗部材や回転・摺動機器部材での耐摩耗性改善が望まれている8,9,12,56-58)。 摩耗とは、外力により物体表面でおこる材料の損失のことであり、主に 2 つの固体が接触し て相対運動する場合に生じる。代表的な摩耗形態としては、凝着摩耗、アブレシブ摩耗、疲労 摩耗、腐食摩耗がある 21-23,25,26)。凝着摩耗とアブレシブ摩耗の摩耗量は、ともに軟らかい側の 材料の硬さに反比例するとされている。疲労摩耗は時間(すべり距離)の増加に伴い、特に後 半で摩耗量が急激に増加する。腐食摩耗は多くの因子が関連し、プロセスが複雑である。こ れら 4 つの摩耗形態は、複合的に生じ、複雑な摩耗パターンとなるため、単純に硬さや表面 性状などで耐摩耗性を予測することは難しい21)。 チタンの耐摩耗性の改善法として、耐摩耗性表面処理が数多く報告されている。その多く が化学的気相析出(CVD)法、物理的気相成長(PVD)法、溶射法に代表される、チタンやチ タン合金表層に極めて硬い硬質皮膜・層形成を行うものである 28-35)。また、チタンやチタン合 金表層を熱拡散処理により酸素、窒素、炭素などを表面から拡散させて硬質な固溶層を形成 する方法も行われている36-38)。しかし、硬質皮膜・層は一般に脆性であり、また、明確な硬質皮 膜・層と基盤との界面を有することが課題となっている 6)。固溶層形成法についても、母材と固 溶層の間に明確な界面は存在しないものの、固溶層が脆性であることや、層の厚さが制御で きないことが問題となっている6,39)。 一般に単体で耐摩耗性に優れるとされる金属は、適度な硬さに加え、伸びを有すると言わ れている 27)。例えば、歯科鋳造用 Co-Cr 合金は適度な硬さと適度な伸びを利用することで、超硬質の表面を持たなくても、耐摩耗性を維持できる 42-44)。そこで私はチタンの合金化により 機械的性質を向上させることに注目した。第 2 章では、試作 Ti-Fe 合金の機械的性質と金属 組織を調べ、耐摩耗性の改善が期待される組成範囲を検討した。その結果、8~11%Fe は Co-Cr 合金と同程度の硬さを持ち、かつ伸びを有し、耐摩耗性の改善に適していると考えられた。 また、伸びは示さずとも硬さの著しく大きい5~7%Fe や 20、25%Fe も耐摩耗性に優れる可能性 があると考えられた。前述のとおり、摩耗はプロセスが複雑であり、機械的性質から耐摩耗性を 推測するのは難しく、実際に摩耗試験を行い、耐摩耗性を調べる必要がある。そこで本研究 では、Ti-Fe 合金(5~25%Fe)を試作し、摩耗試験を行い、チタンおよび Ti-Fe 合金の機械的性 質と耐摩耗性の関係を調べた。
2. 材料および方法
2. 1 試作合金の作製 試作 2 元系 Ti-Fe 合金の鉄含有量を亜共析から過共析までの 5、6、7、8、9、10、11、12、 13、14、15、20、25%と設計し、所定の組成になるようにスポンジチタン(>99.8%,大阪チタニウ ムテクノロジーズ,尼崎)および電解鉄(>99.95%,平野清左衛門商店,東京)を秤量した。ア ルゴンアーク溶解炉(TAM-4S,立花理工,仙台)を用い、炉内を 5×10-3 Pa まで減圧し、高純 度アルゴンガス(> 99.9999%,日本酸素,川崎)を 50 kPa まで導入した雰囲気中にてアーク溶 解によりインゴットを溶製した。ゲッターチタンを材料の融解に先駆けて融解し、残存酸素を極 力取り除いた。各合金の組成に偏りが生じないよう、ひとつのインゴットにつき、計 6 回融解し た。比較対象となる純チタンインゴットは、スポンジチタンを用い、アルゴンアーク溶解炉で計6 回融解して製作した。 2. 2 試験片の作製 摩耗試験片のパターンは10 mm×10 mm×1.0 mm の板状とした。マグネシア系埋没材(シ ンビオン-TC,アイキャスト,東京)、チタン用鋳造機(オートキャスト HC-Ⅲ,ジーシー,東京)を 用い、インゴットから試料を鋳造した。鋳造後は室温で放冷した。その後 SiC 耐水研磨紙で各 面を表面から300 μm 研磨して表面硬化層を除去した。コントロールとなるチタンについても同 様の方法で作製した。 2. 3 摩耗試験 摩耗試験では、往復摩耗試験機(ヨシミツ精機: 3 連式,東京)を改良した試験機を用いた。 試験片と接触する圧子は、長さ20 mm、外径 3.1 mm のステンレス丸パイプの先端に直径 3.0 mm の鋼球(SUJ2)(844 Hv)を接着剤(スーパーボンド,サンメディカル,滋賀)で接着して作 製した。圧子を各試験片に押し当て、水道水中、滑走距離1.5 mm、運動速度毎分 60 往復の摩耗試験を行った。往復摩耗試験の概略図を図 7 に示す。試験は、圧子の荷重 4.9 N で運 動回数 20,000 回(以下、荷重[大]と呼ぶ)と、圧子の荷重 0.49 N で運動回数 86,400 回(24 時間)(以下、荷重[小]と呼ぶ)の2 条件で行った。耐摩耗性の評価は、表面粗さ形状測定機 (SURFCOM 480A,東京精密,東京)を用いて測定した試料の摩耗痕の深さと、走査型電子 顕微鏡(SEM)(JSM-6060,JEOL,東京)で観察した摩耗痕の SEM 像と、万能投影機(V-12B, ニコン,東京)を用いて測定した摩耗痕の長さと幅で評価した。 2. 4 統計処理 各試験結果は、ANOVA と Tukey HSD(α= 0.05)で有意差検定を行った。
3. 結 果
3. 1 摩耗痕長さと摩耗痕幅 荷重[大]の摩耗試験後の摩耗痕の SEM 像を図 8 に示す。純チタンと比較し、Ti-Fe 合金 の摩耗痕は小さかった。5~11%Fe の摩耗痕の大きさはほぼ同じであったが、それ以降は Fe の 添加量が増すにつれて摩耗痕の大きさは小さくなった。特に 11~15%Fe で摩耗痕の大きさは 急激に小さくなった。図9 に摩耗痕の長さと幅を示す。SEM 像で観察したとおり、摩耗痕は長 さ、幅ともに、純チタンよりも小さかった。摩耗痕長さと摩耗痕幅の変化は、組成によらずほぼ 一致した。5~11%Fe は摩耗痕長さが 2.05 μm から 2.23 μm の間、摩耗痕幅が 1.14 μm から 1.26μm の間であったが、11%Fe を超えると、Fe 添加量が増加するにつれて摩耗痕長さ、摩耗 痕幅ともに著しく減少した。15%Fe の摩耗痕長さはチタンと比べて 72%、摩耗痕幅は 43%であ った。15%Fe 以降の摩耗痕長さ、摩耗痕幅はゆるやかに低下した。 荷重[小]の摩耗試験後の摩耗痕のSEM 像を図 10 に示す。純チタンでは摩耗痕がはっき りと確認できたが、Ti-Fe 合金はどの組成も摩耗痕が不明瞭であった。図 11 に摩耗痕の長さと 幅を示す。摩耗痕長さは、Fe 添加量が増加しても、チタンと比較し大きな増減は見られなかっ た。摩耗痕幅は、僅かに増減しながら、Fe の添加量が増えるにつれて減少する傾向が見られ た。 3. 2 摩耗痕深さ 荷重[大]の摩耗試験後の摩耗痕深さを図12 に示す。Ti-Fe 合金の摩耗痕はすべての組成 でチタンより有意に小さかった(p<0.01)。摩耗痕深さは、5~11%Fe に有意差はなく(p>0.05)、 おおよそ一定の深さを示したが、5%Fe と 7%Fe の値は少し大きかった。11~15%Fe では添加 量が増えるにしたがって摩耗痕深さは急激に減少し、15~25%Fe では摩耗痕深さは緩やかに 減少した。耗痕深さが大きかった。添加量6、8~10%Fe では摩耗痕深さはおおよそ 10~20 µm を示し、チ タンより小さかった。添加量が11%Fe より大きくなると、摩耗痕深さは 5 µm 以下でおおよそ一 定の値を示し、チタンより著しく摩耗痕深さは小さかった。
4. 考 察 4. 1 摩耗試験の条件について 耐摩耗性の評価には、往復摩耗試験、衝撃摩耗試験など様々な試験方法が存在するが 64,65)、ISO や JIS で歯科材料に対する摩耗試験の評価方法は定められていない。耐摩耗性に は硬さ以外に伸びや強さ、靭性といった機械的性質が複雑に関係しており、試験方法により 異なった結果を示す。歯科材料メーカーも、金属粉やガラス粉末を懸濁液として使用した三体 摩耗を調べたり、乾式で行い凝着摩耗を調べたりと、その会社独自の方法で評価している 60,61)。今回の研究では、より単純な構造で摺動部での摩耗を評価するために、往復摩耗試験 を選択した。また、圧子の材料には、鋼球を選択した。圧子には硬質のガラスやエナメル質を 使用する場合があるが、本研究では金属同士が触れ合うインプラントアバットメントと上部構造 あるいはスクリューや、人工関節における摺動部を想定していたため、それらは選択しなかっ た。金属材料では、歯科材料の中で耐摩耗性に優れることで知られている Co-Cr 合金や、同 じTi-Fe 合金使用し、鋳造で成形することも考えたが、試験に際しては性質および形状が一定 であることが望まれ、また、試験回数が多いため毎回新品を使える市販品がふさわしいと考え た。よって、ビッカース硬さが 844 Hv と大きく、球状で大きさ、形ともに安定している鋼球を利 用することとした。荷重条件については、本研究で用いた往復摩耗試験機を使用した過去の 研究に従い4.9 N(500 gf)とした66,67)。また、摩耗は条件によりその挙動が異なるため、耐摩耗 性の小さいチタンについては荷重の小さい条件でも摩耗試験を行う必要があると考えた。そこ で、試験荷重4.9 N の条件(荷重[大]とする)に加え、荷重を一桁減らし 0.49 N(50 gf)とし、代 わりに往復回数を 86,400 回に増やした、軽荷重長時間の摩耗試験(荷重[小]とする)も行っ た。この両条件で調べることで耐摩耗性をより適切に評価できると考えた。 4. 2 Ti-Fe 合金の耐摩耗性 第2 章で明らかになったとおり、チタンのα相は hcp 構造のため鉄の固溶量が少なく、α単
相では硬さの上昇に限界がある。一方β相は、bcc 構造であり、鉄の固溶量が多く、α相より 固溶硬化の点で有利である。また、一般的にβ相はα相よりも伸びが大きい。以上を念頭に 置きながら、Ti-Fe 合金の組成の変化に伴う摩耗痕深さと硬さの関係を考察する。 荷重[大]の条件について、Ti-Fe 合金の摩耗痕深さと第 2 章で調べた硬さを同じ図の中に 示す(図14)。合金相がα+β相を示す 5~7%Fe の組成では、硬さは 6%Fe でピークを示し、 摩耗痕深さも同様に6%Fe でピークを示した。また、合金相がβ単相の 8~11%Fe では、硬さと 摩耗痕深さはともにほぼ一定の値を示した。さらに、11%Fe 以上では硬さが増加するにつれて、 摩耗痕深さは小さくなった。このように、硬さと摩耗痕深さには負の相関があり、耐摩耗性に影 響を与える性質は主に硬さであることが裏付けられた。 ところで、硬さは5~7%Fe の方が 8~11%Fe よりも大きいにも関わらず、両者の耐摩耗性はほ ぼ同等であり、厳密には5%Fe と 7%Fe の耐摩耗性は 8~11%Fe よりもやや悪かった。これには 合金相の違いが関係していると考えられ、α+βよりも伸びに有利なβが耐摩耗性の改善に 寄与したためであろう。同様に、添加量5%Fe と 15%Fe の硬さは同程度にも関わらず,耐摩耗 性が大きく異なったのも、α+βの5%Fe よりもβ単相の 15%Fe の方が一般的に伸びは大き いためであろう。Co-Cr 合金で言われているように、適度な硬さに加え,適度な伸びを有するこ とが優れた耐摩耗性につながると考えられる。 第2 章では、Co-Cr 合金と同程度の硬さを持ち、また伸びを有する 8~11%Fe に優れた耐摩 耗性を期待したが、摩耗試験の結果、耐摩耗性に優れていたのはFe 添加量が 11%Fe より多 い組成であった。この組成は引張試験後の破断面観察で合金の伸びが失われた組成と一致 しており、合金が伸びを維持することよりも、固溶体中の鉄の固溶量が多くなることが耐摩耗性 の改善に寄与していると考えられる。11%Fe から 25%Fe では、硬さは直線的に増加するのに 対し、摩耗痕深さの低下は11%Fe から 15%Fe で著しく、15%Fe から 25%Fe では緩やかであ った。20%Fe と 25%Fe の硬さの増加は TiFe の析出に因るが、TiFe の析出よりも、β 相への Fe の固溶の方が耐摩耗性の改善に効果的であると考えられる。
荷重[小]の条件について、Ti-Fe 合金の摩耗痕深さと第 2 章で調べた硬さを同じ図の中に 示す(図15)。合金相がα+β相を示す 5~7%Fe の組成では、硬さは 400 Hv を超えて大きか ったが、ω相が脆性を示すためか、荷重[大]の場合と同様に、耐摩耗性はあまり改善しなか った。 β相を示す8%Fe 以上の組成では、摩耗痕深さはチタンよりも小さくなった。α+βからβ単 相になり、硬さはやや減少するが、bcc 構造により伸びを有するため、硬さが減少しても摩耗痕 深さは小さくなったと考えられる。また、11%Fe より添加量が大きくなると摩耗痕深さは著しく減 少したが、これは荷重[大]で考察したのと同様、合金が伸びを維持することよりも、固溶量が 多くなることが耐摩耗性の改善に寄与していることが考えられる。 β単相を示す組成のTi-Fe 合金は、荷重[大]と荷重[小]のどちらの条件でも摩耗痕深さが 小さかったことから、耐摩耗性に優れたチタン合金であると評価できる。また、耐摩耗性の向上 には、β 相への Fe の固溶量の増加が大きく影響することが明らかになった。 4. 3 Ti-Fe 合金の歯科応用 摩耗試験の結果、チタンの耐摩耗性は鉄による合金化で改善が可能であることが分かった。 特に、β相にFe を多く固溶させることで耐摩耗性は向上する。Ti-11%Fe 合金は伸びを維持し ている上、チタンよりも耐摩耗性に優れるため、バルクで歯科応用可能と考えられる。しかしな がら、Co-Cr 合金ほどの耐摩耗性を有しているとは言い難い。一方、12%Fe より添加量の多い Ti-Fe 合金は、伸びがほぼ 0 であることからバルクとしての使用は難しいが、耐摩耗性は著しく 向上する。したがって、チタンの耐摩耗性を著しく改善するためには、この12%Fe 以上の合金 層を活用することが肝要と考えられる。その解決法として、固溶層形成を応用し、チタン表層に 耐摩耗性に優れた組成の Ti-Fe 合金を形成する方法が考えられる。具体的には、チタン表面 に鉄を付着させ、熱拡散処理を行うことで、鉄をチタン表面から内部に拡散させ、チタン表層 のみに Ti-Fe 合金層を形成する。熱処理条件をコントロールすることで、チタン最表層に耐摩
耗性に優れる Ti-Fe 合金層を形成することは可能と考えられる。熱拡散処理に関する研究に ついては次章で説明する。
5. 小 括
1. 鉄による合金化でチタンの耐摩耗性の改善が可能であった。特に、β単相で Fe 固溶量の 多い組成の耐摩耗性が優れていた。 2. 耐摩耗性に影響する性質は、主に硬さであった。 3. α+βよりもβ単相の方が耐摩耗性は改善した。優れた硬さに加え、適度な伸びが耐摩 耗性の改善に寄与することが示唆された。 4. Ti-11%Fe 合金はバルクで歯科応用可能と考えられた。第
4 章 耐摩耗性向上を目指した鉄の熱拡散によるチタンの表面改質
1. 目 的
チタンは生体親和性、耐食性、比強度に優れ、生体内に埋入する硬組織代替材料や固定 デバイスなどに応用されているが、擦過を伴う環境において摩耗しやすいことが知られている 8,9,11-13,27,56-58)。耐摩耗性に優れる金属は、一般的に適度な硬さと伸びを持つため、チタンの硬 さを効率よく増加させることができるβ相安定型元素の鉄に着目し、第 2 章と第 3 章では、試 作した2 元系 Ti-Fe 合金の機械的性質と耐摩耗性について報告した。 これまでの研究において、Ti-Fe 合金は、鉄の添加に伴い硬さが大きく上昇し、準安定β単 相の組成域でチタンの2.5 倍以上となること、また、この組成域で耐摩耗性が大きく改善するこ とが明らかとなり、硬さと耐摩耗性が正の相関を示す結果を得ている。特にβ相を持つ組成で 耐摩耗性が向上することが分かっている.しかしながら、鉄の添加量が増加すると、耐摩耗性 は改善するものの、伸びを示さなくなることが課題となった。そこで、今回はチタン表面に鉄を 熱拡散させてβ相を形成し、チタンの優れた機械的性質をバルクで担い、最表層にのみ Ti-Fe 合金の耐摩耗性を与える表面改質を試みることにした。 この熱拡散の利点は、チタン最表層のみに耐摩耗性に優れるβ相を形成し、内部にはバ ルクとしてチタンの性質を維持できること、TiN によるコーティングなどと異なり、最表面から内 部に向かって連続的に鉄の固溶量が減少し、伸びが増加する界面の存在しない傾斜構造を 付与できること、そして、合金化では実現不可能な、硬さと伸びの両方を有する耐摩耗性に優 れるチタン表面を実現できる可能性が期待できることである。製造面においては、熱拡散の温 度はチタンやTi-Fe 合金の液相点よりもはるかに低い温度であり、容易に熱拡散を遂行できる 利点もある。臨床的にも、チタン、鉄ともに融解させないので、チタンに任意の形状を付与した 後、部位を選んで鉄を付着させて熱拡散させ、特定の部位のみの耐摩耗性を向上させること も可能となる。 そこで第4 章では、温度と時間を熱処理条件のパラメータとし、チタン表面から鉄を熱拡散させ、耐摩耗性に優れたチタン表面を形成できる条件を明らかにすることを目的とした。また、そ の表面の耐摩耗性を摩耗試験により調べた。
2. 材料および方法
2. 1 試料の作製 バルクとして50×50×1.0 mm の JIS1 種チタン板状試料を用いた。電解めっきにより、板状 試料の各面に約5 µm の鉄を付着(コーティング)させた。 2. 2 熱処理 熱処理温度は、共析温度と共晶温度の間の700、800、900℃とした。係留時間はそれぞれの 温度に対し、それぞれ5、10、20、30 分とし、計 12 通りとした。炉心管を十分真空に引いた後、 アルゴンガス(>99.99%,日本酸素,川崎)を導入し、試料を熱処理した。熱処理後の試料はア ルゴンガスを噴射し十分に冷却した。 2. 3 断面観察 熱処理後の試料を切断し、断面を走査型電子顕微鏡(SEM)(JSM-6060,JEOL,東京)を用 いて観察した。 2. 4 元素分析 SEM に付属したエネルギー分散形 X 線分析装置(EDS)で切断した試料の断面の元素分 析を行った。チタンと鉄について、表面から深さ方向へのライン分析と、表面から 5µm 間隔で 40µm の深さまで各深さ 5 点ずつの点分析を行った。 2. 5 X 線回折 X 線回折に先立ち、熱拡散処理後の試料の表層に残留した鉄を硝酸(60~61%,和光純薬 工業,大阪)で融解し、除去した。X 線回折装置(D2 PHASER,ブルカー,東京)を用いて管 電圧30 kV、管電流 10 mA の Cu Kα 線で試料表層部の X 線回折を行った。測定条件は、2θ = 20~90°、ステップ幅を 0.03°とした。 2. 6 摩耗試験 摩耗試験では、往復摩耗試験機(ヨシミツ精機:3 連式,東京)を改良した試験機を用いた。 試験片と接触する圧子は、長さ20 mm、外径 3.1 mm のステンレス丸パイプの先端に直径 3.0 mm の鋼球(SUJ2)(844 Hv)をスーパーボンドで接着して作製した。圧子を各試験片に押し当 て、圧子の荷重 0.49 N、運動回数 86,400 回(24 時間)、水道水中、滑走距離 1.5 mm、運動 速度毎分 60 往復の条件で摩耗試験を行った。摩耗試験を行う試料は、表層に残留した鉄を 硝酸(60~61%,和光純薬工業,大阪)で融解してから使用した。耐摩耗性の評価は、表面粗 さ形状測定機(SURFCOM 480A,東京精密,東京)を用いて測定した試料の摩耗痕の深さと、 SEM で観察した摩耗痕の SEM 像と、万能投影機(V-12B,ニコン,東京)を用いて測定した摩 耗痕の長さと幅で評価した。
3. 結 果
3. 1 拡散層 断面の反射電子像を図 16 に示す。断面観察の結果、熱処理後の試料は全ての条件にお いて、鉄がチタン表層から内部に侵入した Ti-Fe 合金層(拡散層)を形成していた。同じ熱処 理温度内で比較すると、熱処理時間が長いほど拡散層の厚さは大きくなった。また、同じ熱処 理時間で比較すると、熱処理温度が高いほど拡散層の厚さは大きくなった。900℃で熱処理し た試料は、熱処理時間が20 分を超えると、表層の鉄がすべてチタン内部に拡散している様子 が観察された。 3. 2 元素分析 一例として800℃、20 分熱処理した試料のライン分析結果を図 17 に示す。すべての条件で、 鉄が表層から内部に拡散するにつれて、鉄の濃度が緩やかかつ連続的に減少していた。同 様にチタンの濃度は緩やかかつ連続的に増加していた。 800℃、20 分熱処理した試料の点分析結果を図 18 に示す。ライン分析結果と同様に鉄の濃 度は緩やかかつ連続的に減少した。各深さの鉄の濃度には、ある程度の幅があった。表層の 濃度の幅は大きく、深さが増すと幅は小さい傾向があった。 3. 3 X 線回折 熱処理後の試料の表層部の合金相を表 1 に示す。熱処理温度にかかわらず、熱処理時間 5 分の時は、表層部の合金相はα+βで、10、20 分の時はβ単相だった。熱処理時間 30 分 では、熱処理温度700℃の時はβ+TiFe、800℃の時はβ単相、900℃の時はα+βだった。 X 線回折及び摩耗試験を行う前に、熱処理後のチタン表層に残留した鉄を硝酸処理により 除去したが、硝酸処理前と比較して表面性状に著しい変化は認められなかった。溶解反応は、 表層の鉄がなくなった時点で停止した。3.4 摩耗試験 各熱処理条件における熱処理後の試料の摩耗痕深さを表2 に示す。熱処理温度 700℃、熱 処理時間10、20 分、熱処理時間 800℃、熱処理時間 10、20、30 分の条件では摩耗痕深さが 0 であった。それ以外の条件についても摩耗痕深さは最大 10 µm 程度であり、第 3 章で調べ た同様の摩耗試験条件におけるチタンの摩耗痕深さ22.4 µm と比較し、有意に小さくなった。 試験後の試料表面のSEM 画像と上部構造の鋼球の写真を図 19 に示す。チタンでは摩耗痕 が大きいのに対し、熱処理後の試料にはほとんど傷等は見られず、代わりに上部構造である 鋼球が大きく摩耗していた。
4. 考 察 4. 1 熱拡散処理の条件について 熱拡散現象では、バルク、拡散させる金属ともに融点よりはるかに低い温度で拡散が進行す る。今回の研究では Ti-Fe 合金のβ相を最表層に形成することを目指したため、熱処理温度 は共晶温度から共析温度の範囲とした。熱拡散現象は、熱処理温度が高いほどの拡散の速 度が速いため、温度が高すぎると、拡散速度が速すぎて拡散層の厚みをコントロールすること ができない。また、β相の耐摩耗性を相対的に比較するため、合金層として最表層に TiFe が 析出する条件と、最表層の鉄がすべて拡散する条件を含めることとした。熱拡散の温度と時間 を変えながら予備実験を行い、熱拡散温度 700、800、900℃、熱処理時間 5、10、20、30 分と 定めた。 4. 2 熱拡散処理 熱処理を行った試料では、すべての条件で鉄がチタン内部に拡散し、拡散層を形成した。 拡散現象が起こる速度は一般に温度が高くなるほど大きくなることが知られており 15)、今回も 熱処理温度が高いほど拡散層の厚さは大きくなった。熱処理温度900℃、熱処理時間 20、30 分の条件では表層に付着させた鉄がすべてチタン内部に拡散したが、これは熱処理温度が 高く、拡散の速度が速かったためと考えられる。 ライン分析の結果より、鉄が表層から内部に拡散するにつれ、鉄の濃度が緩やかかつ連続 的に減少していた。このことから、表面と内部の間に界面が存在しない傾斜構造を形成してい ることが明らかになった(以降、これらの傾斜構造を持つ熱拡散後の試料を傾斜チタンと呼ぶ)。 第 2 章の結果より、Ti-Fe 合金鋳造体の合金相は鉄の添加量が多い方から少ない方へ、β +TiFe → β → α+β → αと変化する。傾斜チタンは表層から内部に向かい、鉄の濃度 が減少していることから、傾斜チタンの合金相も表層から内部へ向かい、β+TiFe → β → α+β → αと変化していると考えられる。これらの合金相は、境界を持たず移行的に変化し
ていると考えられる。 今回試作した傾斜チタンにおいて、熱処理温度や熱処理時間の組み合わせによって表層 部の合金相が異なっていた。これは状態図(図 20)を用いて以下のとおり説明することができ る。 ・熱処理温度700℃の条件の場合 拡散速度は、一般的に温度が高いほど速くなる。700℃の条件は、今回実験した中で最も 温度が低いため、内部への拡散速度が他の条件よりも遅く、いずれの熱処理時間でも表層部 に生成する拡散層の厚さが増加しなかった。表層に付着した鉄は、熱処理時間に伴い内部に 拡散していくが、拡散の速度が遅いため、表面近傍の鉄濃度は時間の経過につれて徐々に 上昇する。すなわち、表面近傍の鉄濃度は、Ti-Fe 合金の状態図に示した 700℃の破線上を 左から右に移動することになり、5 分ではα+β相、10~20 分でおおよそβ単相、30 分で金属 間化合物が出現する濃度に達したものと考えられる。 ・熱処理温度800℃の条件の場合 800℃の条件では 700℃の場合に比べ、内部への拡散速度が速く、表層に生成する拡散層 全体の幅は時間に伴い増加した。700℃の場合と同様に、表面近傍の鉄濃度は、状態図に示 した800℃の破線上を左から右に移動することになり、5 分ではα+β相、10~30 分では、β単 相となると考えられる。30 分経過しても、β単相を維持できるのは、拡散速度が速く、表面近 傍の鉄の濃度が上昇する速度が 700℃の場合と比較し遅くなること、また、温度が上昇するこ とでβ相域が広くなり、700℃の時よりも鉄濃度が高くなっても、金属間化合物を生成しないβ 単相域を超えない濃度を維持することに起因する。 ・熱処理温度900℃の条件の場合
900℃では、さらに鉄のチタン内部への拡散速度が速くなり、30 分を経過すると、表面近傍 に生成したβ相が針状の金属組織に埋もれている様子が見られた。状態図上では、表面近 傍の鉄濃度は、900℃の破線を左から右に鉄の増加方向に移動し、20%付近までβ単相とな るはずであるが、5 分ではα+β相、10~20 分ではβ単相、30 分では再びα+β相を示した。5 分では、表面近傍にできるβ相の鉄濃度が低く、亜共析側に位置し、冷却過程で準安定β相 とα相に分離するため、α相が出現したものと考えられる。10~20 分では、表面近傍の鉄濃度 が上昇し、β相を示すが、表面の鉄が消失し鉄の供給がなくなった 30 分では、表面近傍から 内部に向かって鉄が継続的に拡散するため、表面近傍の鉄濃度が低下し、5 分の時と同様、 冷却中にα相が出現したと考えられる。すなわち、表面近傍の鉄濃度は、状態図に示した 900℃の破線を左から右に移動した後、再び鉄が減少する方向に戻ったことになる。 4. 3 傾斜チタンの耐摩耗性 傾斜チタンは純チタンと比較し摩耗痕深さが著しく小さくなった。摩耗痕深さと最表層の合 金相を比較すると、傾斜チタンの摩耗痕深さが0 になる条件では最表層の合金相はβ相を示 していた。また、第3 章で調べたバルク材としての Ti-Fe 合金の摩耗試験の結果では、β相を 持つ組成で耐摩耗性が改善したが、摩耗痕深さが0 になる組成はなかった。一方で、傾斜チ タンでは摩耗痕深さが0 になる条件があった。傾斜チタン表面が Ti-Fe 合金のバルク材よりも 耐摩耗性に優れている理由として、次に示す2 つの因子が推定でき、それらの相乗効果に起 因すると考えている。 一つ目は、傾斜チタンの最表面のβ相は、15~20%の鉄を含む準安定β相であり、固溶硬 化により非常に硬く伸びが少ないと考えられるが、傾斜構造をとりながら徐々に伸びが大きくな る下地と連続的に一体化しているため、鋼球による擦過で最表層の微細な破壊が起こっても 剥離しにくい表面を形成していると考えられることである(図21)。しかし、傾斜的に伸びのある
下地と一体化していても、最表面がバルク材と同じであれば、摩耗を軽減できても、ほとんど摩 耗しない、硬くて伸びのある表面形成は不可能かもしれない。 そこで、2 つ目の因子であるが、傾斜チタンの最表面そのものが、硬くて伸びのある表面を 形成している可能性である。すなわち、微細な凹凸のあるチタン表面にコーティングされた鉄 が、内部に熱拡散する過程で、表面性状や金属組織の不均一によって、不均一な拡散を生 じ、チタン最表面がβ単相であっても、図22 のように表面の部位によって鉄の固溶濃度が異 なるβ相の集合体を形成している可能性である。鉄を過度に固溶したβ相は硬くて脆いが、 鉄を適度に固溶したβ相の硬さはそれに劣るものの、わずかではあっても伸びを有する。図 18 の点分析結果より、表層からの深さは同じでも鉄の濃度にはある程度の幅が存在し、特に 表層部ではその濃度幅が広いことが示されており、これは上述の不均一拡散を裏付けてい る。このような熱拡散を利用することによって、バルク材では不可能な硬くて伸びのある表面が 実現できた可能性がある。 次に、チタンに対して耐摩耗性の向上が現れたものの、摩耗痕深さが0 には至らなかった熱 処理条件において、傾斜チタンの表面の硬さと伸びを比較する(表3)。ω相や金属間化合物 のTiFe との共存は、硬さは十分であるが、全く伸びを示さない難点がある。また、鉄の固溶量 の少ないβ相では、伸びは十分でも硬さ不足となる。このように、硬さと伸びのどちらかが不十 分な場合に耐摩耗性がやや劣ることが分かる。 4. 4 傾斜チタンの応用 傾斜チタンは熱処理条件により、優れた耐摩耗性を有することが分かった。傾斜チタンの利 点は、融点よりはるかに低い温度で熱処理を行えることであり、熱処理を行ってもバルクの形 状を熱処理前と同一に維持できる。また、拡散は鉄を付着させた部位でしか起こらないため、 マスキング処理により鉄を付着させる部位を選択することで、任意の部位のみに耐摩耗性を付 与できる利点もある。これらを応用すると、チタン製のインプラントアバットメントやスクリュー、人