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第 4 章 耐摩耗性向上を目指した鉄の熱拡散によるチタンの表面改質

3.4 摩耗試験

各熱処理条件における熱処理後の試料の摩耗痕深さを表2に示す。熱処理温度700℃、熱

処理時間10、20分、熱処理時間800℃、熱処理時間10、20、30分の条件では摩耗痕深さが

0であった。それ以外の条件についても摩耗痕深さは最大10 µm程度であり、第3章で調べ た同様の摩耗試験条件におけるチタンの摩耗痕深さ22.4 µmと比較し、有意に小さくなった。

試験後の試料表面のSEM画像と上部構造の鋼球の写真を図19に示す。チタンでは摩耗痕 が大きいのに対し、熱処理後の試料にはほとんど傷等は見られず、代わりに上部構造である 鋼球が大きく摩耗していた。

4. 考 察

4. 1 熱拡散処理の条件について

熱拡散現象では、バルク、拡散させる金属ともに融点よりはるかに低い温度で拡散が進行す る。今回の研究では Ti-Fe 合金のβ相を最表層に形成することを目指したため、熱処理温度 は共晶温度から共析温度の範囲とした。熱拡散現象は、熱処理温度が高いほどの拡散の速 度が速いため、温度が高すぎると、拡散速度が速すぎて拡散層の厚みをコントロールすること ができない。また、β相の耐摩耗性を相対的に比較するため、合金層として最表層に TiFe が 析出する条件と、最表層の鉄がすべて拡散する条件を含めることとした。熱拡散の温度と時間 を変えながら予備実験を行い、熱拡散温度 700、800、900℃、熱処理時間 5、10、20、30 分と 定めた。

4. 2 熱拡散処理

熱処理を行った試料では、すべての条件で鉄がチタン内部に拡散し、拡散層を形成した。

拡散現象が起こる速度は一般に温度が高くなるほど大きくなることが知られており 15)、今回も 熱処理温度が高いほど拡散層の厚さは大きくなった。熱処理温度900℃、熱処理時間 20、30 分の条件では表層に付着させた鉄がすべてチタン内部に拡散したが、これは熱処理温度が 高く、拡散の速度が速かったためと考えられる。

ライン分析の結果より、鉄が表層から内部に拡散するにつれ、鉄の濃度が緩やかかつ連続 的に減少していた。このことから、表面と内部の間に界面が存在しない傾斜構造を形成してい ることが明らかになった(以降、これらの傾斜構造を持つ熱拡散後の試料を傾斜チタンと呼ぶ)。

第 2章の結果より、Ti-Fe合金鋳造体の合金相は鉄の添加量が多い方から少ない方へ、β

+TiFe → β → α+β → αと変化する。傾斜チタンは表層から内部に向かい、鉄の濃度

が減少していることから、傾斜チタンの合金相も表層から内部へ向かい、β+TiFe → β → α+β → αと変化していると考えられる。これらの合金相は、境界を持たず移行的に変化し

ていると考えられる。

今回試作した傾斜チタンにおいて、熱処理温度や熱処理時間の組み合わせによって表層 部の合金相が異なっていた。これは状態図(図 20)を用いて以下のとおり説明することができ る。

・熱処理温度700℃の条件の場合

拡散速度は、一般的に温度が高いほど速くなる。700℃の条件は、今回実験した中で最も 温度が低いため、内部への拡散速度が他の条件よりも遅く、いずれの熱処理時間でも表層部 に生成する拡散層の厚さが増加しなかった。表層に付着した鉄は、熱処理時間に伴い内部に 拡散していくが、拡散の速度が遅いため、表面近傍の鉄濃度は時間の経過につれて徐々に 上昇する。すなわち、表面近傍の鉄濃度は、Ti-Fe 合金の状態図に示した 700℃の破線上を 左から右に移動することになり、5 分ではα+β相、10~20 分でおおよそβ単相、30 分で金属 間化合物が出現する濃度に達したものと考えられる。

・熱処理温度800℃の条件の場合

800℃の条件では700℃の場合に比べ、内部への拡散速度が速く、表層に生成する拡散層

全体の幅は時間に伴い増加した。700℃の場合と同様に、表面近傍の鉄濃度は、状態図に示

した800℃の破線上を左から右に移動することになり、5分ではα+β相、10~30分では、β単

相となると考えられる。30 分経過しても、β単相を維持できるのは、拡散速度が速く、表面近 傍の鉄の濃度が上昇する速度が 700℃の場合と比較し遅くなること、また、温度が上昇するこ とでβ相域が広くなり、700℃の時よりも鉄濃度が高くなっても、金属間化合物を生成しないβ 単相域を超えない濃度を維持することに起因する。

・熱処理温度900℃の条件の場合

900℃では、さらに鉄のチタン内部への拡散速度が速くなり、30 分を経過すると、表面近傍 に生成したβ相が針状の金属組織に埋もれている様子が見られた。状態図上では、表面近 傍の鉄濃度は、900℃の破線を左から右に鉄の増加方向に移動し、20%付近までβ単相とな るはずであるが、5分ではα+β相、10~20分ではβ単相、30分では再びα+β相を示した。5 分では、表面近傍にできるβ相の鉄濃度が低く、亜共析側に位置し、冷却過程で準安定β相 とα相に分離するため、α相が出現したものと考えられる。10~20 分では、表面近傍の鉄濃度 が上昇し、β相を示すが、表面の鉄が消失し鉄の供給がなくなった 30分では、表面近傍から 内部に向かって鉄が継続的に拡散するため、表面近傍の鉄濃度が低下し、5 分の時と同様、

冷却中にα相が出現したと考えられる。すなわち、表面近傍の鉄濃度は、状態図に示した 900℃の破線を左から右に移動した後、再び鉄が減少する方向に戻ったことになる。

4. 3 傾斜チタンの耐摩耗性

傾斜チタンは純チタンと比較し摩耗痕深さが著しく小さくなった。摩耗痕深さと最表層の合 金相を比較すると、傾斜チタンの摩耗痕深さが0になる条件では最表層の合金相はβ相を示 していた。また、第3章で調べたバルク材としてのTi-Fe合金の摩耗試験の結果では、β相を 持つ組成で耐摩耗性が改善したが、摩耗痕深さが0になる組成はなかった。一方で、傾斜チ タンでは摩耗痕深さが0になる条件があった。傾斜チタン表面がTi-Fe合金のバルク材よりも 耐摩耗性に優れている理由として、次に示す2つの因子が推定でき、それらの相乗効果に起 因すると考えている。

一つ目は、傾斜チタンの最表面のβ相は、15~20%の鉄を含む準安定β相であり、固溶硬 化により非常に硬く伸びが少ないと考えられるが、傾斜構造をとりながら徐々に伸びが大きくな る下地と連続的に一体化しているため、鋼球による擦過で最表層の微細な破壊が起こっても 剥離しにくい表面を形成していると考えられることである(図21)。しかし、傾斜的に伸びのある

下地と一体化していても、最表面がバルク材と同じであれば、摩耗を軽減できても、ほとんど摩 耗しない、硬くて伸びのある表面形成は不可能かもしれない。

そこで、2つ目の因子であるが、傾斜チタンの最表面そのものが、硬くて伸びのある表面を 形成している可能性である。すなわち、微細な凹凸のあるチタン表面にコーティングされた鉄 が、内部に熱拡散する過程で、表面性状や金属組織の不均一によって、不均一な拡散を生 じ、チタン最表面がβ単相であっても、図22のように表面の部位によって鉄の固溶濃度が異 なるβ相の集合体を形成している可能性である。鉄を過度に固溶したβ相は硬くて脆いが、

鉄を適度に固溶したβ相の硬さはそれに劣るものの、わずかではあっても伸びを有する。図 18の点分析結果より、表層からの深さは同じでも鉄の濃度にはある程度の幅が存在し、特に 表層部ではその濃度幅が広いことが示されており、これは上述の不均一拡散を裏付けてい る。このような熱拡散を利用することによって、バルク材では不可能な硬くて伸びのある表面が 実現できた可能性がある。

次に、チタンに対して耐摩耗性の向上が現れたものの、摩耗痕深さが0には至らなかった熱 処理条件において、傾斜チタンの表面の硬さと伸びを比較する(表3)。ω相や金属間化合物 のTiFeとの共存は、硬さは十分であるが、全く伸びを示さない難点がある。また、鉄の固溶量 の少ないβ相では、伸びは十分でも硬さ不足となる。このように、硬さと伸びのどちらかが不十 分な場合に耐摩耗性がやや劣ることが分かる。

4. 4 傾斜チタンの応用

傾斜チタンは熱処理条件により、優れた耐摩耗性を有することが分かった。傾斜チタンの利 点は、融点よりはるかに低い温度で熱処理を行えることであり、熱処理を行ってもバルクの形 状を熱処理前と同一に維持できる。また、拡散は鉄を付着させた部位でしか起こらないため、

マスキング処理により鉄を付着させる部位を選択することで、任意の部位のみに耐摩耗性を付 与できる利点もある。これらを応用すると、チタン製のインプラントアバットメントやスクリュー、人

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