• 検索結果がありません。

タカラガイと安産信仰 ─『竹取物語』を手がかりに─

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "タカラガイと安産信仰 ─『竹取物語』を手がかりに─"

Copied!
21
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

に─

著者

佐藤 亜美

雑誌名

論集

46

ページ

86(127)-67(146)

発行年

2019-12-31

URL

http://hdl.handle.net/10097/00131080

(2)

タカラガイと安産信仰

─『竹取物語』を手がかりに─

佐 藤 亜 美

1.はじめに  タカラガイは,日本では「子安貝」とも呼ばれ,出産の際,妊婦に握らせる など,安産をもたらすものとして古くから人々の信仰を集めてきた。そのこと は,一部地域では昭和初期までタカラガイが実際に出産にかかわる習俗として 伝えられてきたという調査の結果からも明らかである。  そして,周産期医療が進展した今もなお,土産物屋では,タカラガイが「安 産のお守り」「お産の時に握ってください」という説明書きとともにショーケー スに収められているのを目にすることができる1。また,インターネットを検 索すれば「安産子育てのお守りに タカラガイのブレスレット」2といった 「タカラガイ=安産守り」とするホームページをいくつか見付けることができ る。  タカラガイが人々の誕生にかかわる場面で価値のあるものとされた理由は何 か。また,人々がタカラガイに託した思いや願いとは何だったのか。それらに ついて明らかにするための一つの材料として,本稿では,タカラガイが初めて 文献上にあらわれる『竹取物語』を取りあげ,そこに登場するタカラガイにつ いて若干の考察を試みる3 2.『竹取物語』に登場するタカラガイ ⑴ 『竹取物語』とは  「かぐや姫」が生まれてから月に帰るまでを記した物語。物語の成立は9世 1 2019年3月16日江の島の土産店にて筆者の実見による。 2 https://www.creema.jp/item/1737540/detail ほか。2019年11月10日アクセス。 3 本稿は2019年6月8日,天理大学杣之内キャンパスにおいて開催された印度学宗 教学会第61回学術大会での口頭発表を基にしたものである。

(3)

紀末~10世紀初頭4とされている。一人の作者の創作ではなく,長い時を経る 中で変化し,現在のような形になったとされ,『源氏物語』(1008年ごろ成立) では「物語の出で来はじめの親」(繪合巻)と紹介されている。『源氏物語』に 先行するとされる『宇津保物語』でも「かぐや姫」「子安貝」といった単語と して『竹取物語』が登場する(初秋)。  『竹取物語』は,かぐや姫の誕生,5人の貴公子の求婚難題譚,帝の求婚, かぐや姫の昇天,の順に展開される5 ⑵ 『竹取物語』におけるタカラガイの位置付け  タカラガイは,『竹取物語』の中で「子安のかひ」として登場する。日本で タカラガイが初めて文献上にあらわれるのは,現段階においては,おそらく『竹 取物語』と考えられるが,この物語に描かれる5人の貴公子の求婚難題譚の中 で,かぐや姫が求婚者の一人である石上中納言に対して与えた課題が「燕の持っ ている子安貝を取ってください」というものであった。   【引用1】『竹取物語』1997:11     石上の中納言には,燕(つばくらめ)の持たる子安のかひ,ひとつ取り て賜へ  かぐや姫は5人の求婚者に,この世に存在しないような珍しい品々を所望し た。石作の皇子には,仏の御石の鉢。くらもちの皇子には,蓬莱山の木の枝。 4 大和物語七七段「竹取がよよに泣きつつ ・・・」という歌は延喜9(908)年8月, 十五夜の宇多法皇の詩会にかかわるという指摘(藤井1991:104-105)もあること から,『竹取物語』はこれ以前の成立という説がある。たかとり,たけとり,とい う読みの問題については田中大秀の『竹取翁物語解』が詳しい。『萬葉集』巻十六 の長歌(3790)の詞書に「竹取翁」の表記を見ることができるが,タカラガイが登 場する求婚難題譚を含まないため,本稿では取り扱わない。 5 類似する物語は中国にも存在するが,『竹取物語』が翻訳されたものと見られるた め,本稿では取り扱わない。山田仁史は『竹取物語』が「一九二〇年代に中国で紹 介され,『斑竹姑娘』として翻案された」ことを指摘している(山田2016:207- 209)。

(4)

阿部のみむらじ6には,火鼠の皮衣。大伴の大納言には竜の頸の五色の玉。そ して,本稿で取り上げるタカラガイは,石上中納言へのリクエスト「燕の持た る子安のかひ」として登場する。  この場面は,物語が成立したとされる9世紀末~10世紀初頭には,「燕の持 たる子安のかひ」,つまり,ツバメが持っているタカラガイは,かぐや姫が他 の求婚者に対して要求した,仏の御石の鉢,蓬莱山の木の枝,火鼠の皮衣,竜 の頸の五色の玉,といった珍しい宝物に匹敵する存在として認識されていた可 能性を示す。  『竹取物語』に登場するタカラガイに焦点を当て,その価値について論じた 研究はそう多くはないが,小島孝夫は「この物語が成立するころにも宝貝が珍 重されていたことがうかがえる」(小島1999:650)と記している。また,吉本 堯俊が「他の求婚者に要求された,蓬莱山の『銀を根とし,金を茎とし,白き 玉を実として立てる木』とか,竜の頚の『五色に光る玉』と言う財宝に匹敵す る存在として,『子安のかひひとつ』が存在していた事に注意すべきであろう」 (吉本2000:212)と指摘している。 『竹取物語』では「燕の持たる子安のかひ」が貴重視されていたことが見えて くるが,タカラガイが古くから特別なものと考えられていたことは,『竹取物語』 だけではなく,他の様々な事例からも窺い知ることができる。  北海道礼文島や房総半島の遺跡にタカラガイが埋納されていたという縄文時 代の事例(山谷2004:12-13,忍沢2011:54,70),琉球王朝が1434年に「海巴(か いば)五百五十万個」つまり,タカラガイ550万個を明に送ったという事例(沖 縄県立図書館史料編集室編1994:419,513),中国・商代の墓でタカラガイを死 者の手に握らせたり口に含ませたりした事例(郜2011:242-244)などからも, 時代や地域を越えて南海産のタカラガイが遠方まで運ばれ,人々に利用された という事実が垣間見える。  また,様々な分野の研究が進展し,稲作伝来ルートが決着した後は否定され ることが多いが,かつて柳田國男は,この貴重な貝を得るために人々が日本列 6 『竹取物語』は多くの伝承を含み,一人の作者によるものではない。三番目に登 場する阿部のみむらじは,原典では名を示さず「今ひとり」となっている。名をはっ きり書かず最後の人のような言い方をした点は,求婚者が三人であった段階の名残 とされる。

(5)

島にやってきたと主張した。   【引用2】柳田1997「海上の道」:44-45     どうしてそのような危険と不安との多かった一つの島に,もう一度辛苦 して家族朋友を誘うてまで,渡って来ることになったのかということにな るのだが,私はこれを最も簡単に,ただ宝貝の魅力のためと,一言で解説 し得るように思っている。  『竹取物語』における他の宝物との比較や,これまでの考古学的な事例など も踏まえると,タカラガイは,古くから人々にとって何らかの意味を持ち,貴 重視されてきたという事実が見えてくる。 3.「子安貝」とは何か ⑴ タカラガイと子安貝  タカラガイは,温帯から熱帯にかけて分布する巻貝の仲間である。光沢のあ る滑層,多様な色彩と模様を持ち,「海の宝石」とも呼ばれ,珍しいものは高 値で取り引きされるなど,コレクターに愛好されている。丸みを帯びた卵型で, 殻は大型から小型。貝を裏返すと唇縁に歯のようなギザギザが刻まれている点 が最大の特徴である。  タカラガイは,日本では安産の信仰,子安信仰と結びついており,「子安貝」 と呼ばれることも多い。『日本民俗大辞典』では,「子安貝」について「タカラ ガイ科の巻き貝の俗称で,妊婦が握っていれば安産するという俗信からこの名 がついた」と紹介し,「その形状が女性器を連想させることから生殖や増殖に つながるという俗信」が生まれたと記している(小島1999:650)。  タカラガイと女性生殖器との類似については,『日本貝類方言集』の中でも, タカラガイの別称として雌のウマの生殖器,あるいはヒトの女性の生殖器の俗 名を冠した「ムマノクボガイ」「ベベガイ」「ボボガイ」などが挙げられている (川名1988:168-172)。そういったことからも,日本列島各地でタカラガイと

(6)

女性生殖器との類似性について意識されていたことが分かる7  しかしながら,その類似性を背景に,タカラガイがいつから安産と結びつき, 日本で「子安貝」として認知されたのか,タカラガイがいつから子安貝と呼ば れるようになったのか,という点については明らかではない。中国の本草書に は「子安」の文字は見当たらず,「貝子」「紫貝」いう記載があるのみである。   【引用3】李1590『本草綱目』:巻四十六,介部    貝子 (釋名)貝歯(別録)白貝(日華)海𧵅 俗作𧴩音巴。    紫貝 (釋名)文貝(綱目)砑螺  わが国最古とされる平安時代の本草書『本草和名』や同時代の辞書『倭名類 聚鈔』8にも,タカラガイを示す「紫貝」あるいは「貝子」の項に「子安」の 文字は見当たらず,雌馬の性器を意味する「牟末乃久保加比」「牟末乃都保加比」 などと記されているのが確認できる。   【引用4】深江1796 『本草和名』:巻十六    紫貝 一名文貝 和名牟末乃久保加比    貝子 一名貝歯馬珂 和名牟末乃都保加比  ただし,その後,日本で出版された本草書や事典の多くには,タカラガイの 項に「子安貝」と併記され,出産の際に握れば安産するという理由によって,「子 安貝」と呼ばれていることが記されている。   【引用5】人見1697『本朝食鑑』:巻十亀介部    紫貝  古訓宇萬乃久保 今世稱子易貝(中略)        〔主治〕謂臨産之時持之則生子最易故俗稱子易貝 7 貝と女性生殖器の類似性については多くの研究者による指摘がある(Jackson 1917:xiii,エリアーデ 1971:167,Lurker 1991:496-497),ジャクソンは,軟体 動物が出産に当たり殻から自身を押し出す様子との類似性についても触れている。 8 『倭名類聚鈔』には「和名宇萬乃久保加比」と記されている(源順1617:巻十九)。

(7)

  【引用6】寺島1824『倭漢三才図会』:巻四十七    こやすがひ たからがひ 貝子(中略)婦人臨産握於掌易産故名子易貝   【引用7】物集1916『廣文庫』:94     たからがひ  本邦ニテハ産婦是レヲ握スレバ産シ易シ,故ニ子安ガヒ ト云フ   【引用8】川名1988『日本貝類方言集』:18     コヤスガイ(ハチジョウダカラ)  安産のお守りと言われ,昔,出産 の時両手にこの貝を握りしめていた。貝の形に起因するものだろうか。  柳田國男もこの点について疑問を抱いており,「これ9とタカラガイの別名 なる子安貝とは,どちらが早く日本に生れたか」と記している(柳田1997: 292)。白井祥平は「“子安神”の名が最初(八世紀頃)で,ご神体(霊体)と して女性器に似た石や自然物を祀った。その後まもなく,稀に見られる貝が, 同じく女性器に似ていることから,この貝を “ 子安貝 ” と呼ぶようになった (一〇世紀頃)」と暫定的に結論付けている10(白井1997:269)。  いつしか日本においてはタカラガイと子安貝は同じものとして取り扱われる ようになったようであるが,こういった事例を踏まえ,本稿でも,タカラガイ と子安貝については,同じものとして取り扱うこととする。 ⑵ 「子安貝」をめぐる習俗  日本列島には安産守りの「子安貝」としてタカラガイを産婦の手に握らせる 習俗がいくつか残っている。『日本産育習俗資料集成』11には,安産の呪(まじな) 9 タカラガイを指している。 10 柳田は「子安の石像」で「或一種の貝の名を子安貝と呼ぶは其形状が子安神の神體 に類似せるが爲」と述べている(柳田1970:284)。日本三代実録(巻二十九)の貞 観十八(876)年7月11日の項には,子安神について「美濃国正六位上児安神」と の記載がある。また,子安神社(東京都八王子市)の由緒は759年に橘右京小輔が, 時の天皇の后の安産祈願のために創建したことを伝えている。 11 1934年,前年の皇太子誕生を記念して創立された恩寵財団愛育会の事業で,柳田國 男が出産にまつわる全国の民俗事例を集めることを提案した。戦争による中断を経 て柳田の没後完成。

(8)

いとして貝と出産に関する報告が複数あった(括弧内の行政区は当時のもの)。 うち,タカラガイと思われる貝が登場する事例は7件あった。    【引用9】恩賜財団愛育会編1975『日本産育習俗資料集成』:34-64  ※下線筆者   ・ 妊婦に小貝(陰部に似た)を握らせると安産する(福島県)   ・トリアゲル人は,子安貝を持っていると安産だという(栃木県宇都宮市)   ・子安貝で水を飲めば安産する(群馬県吾妻郡伊参村)   ・ お子安様にお願いして産後百日たってからお礼参りをする。護符として 子安貝を持っていると産が軽い(長野県小県郡富士山)   ・子安貝を握っていれば安産する(和歌山県 県中部地方)   ・ 子安貝を産婦の両手に握らせて,産をさせる。またはその貝で水を飲ま せる(福岡県福岡地方)   ・子安貝を持っていると産が軽いという(長崎県対馬)  ここで注目したいのは,一つ目の事例,妊婦に握らせる小貝が「陰部に似た」 という注釈付きで挙げられている点である。調査者あるいは研究者の視点では なく,当時,実際にそこで暮らし,そういった信仰を持ち実践した人々の生の 声が紹介されているという点で重要であると考える。  安産を願い,呪(まじな)いとして貝を用いる例については,他の資料にも 見ることができ,出産の際に「子安貝を握らせることもあった」ことが和歌山 県の事例として報告され(野田1974:172),同様の事例は『長野県史』にも, 詳しく紹介されている。   【引用10】長野県編1986『長野県史』東信地方:154   ・巻き貝で水を飲む(余地)   ・お子安貝の中へ水を入れて飲んだ(T10-小井田,鳥屋)   【引用11】長野県編1988『長野県史』南信地方:236   ・子安貝ですくった水を飲ませた(塩沢)

(9)

  【引用12】長野県編1989『長野県史』中信地方:178,180   ・ 安産の神様の御神体である貝をだれにもやらないよう妊婦の部屋におい た(戦前-今村)   ・貝に水を入れて産婦に飲ませた(取手)   ・子安貝のからに水を入れて産婦に飲ませた(金井)  長野県の事例は,海に面している地域だけではなく,内陸部を含む広い地域 でタカラガイ信仰が広まっていた点において注目に値する。貝の種類は特定で きないものもあるが,同じ地域の事例でもあり,この貝が水を入れる容器とし ての使用に耐え得る形態であった点から,タカラガイである可能性も否定はで きない。  これらの資料から,子安貝信仰には,貝を握る,護符とする,水を飲む,な ど,いくつかのバリエーションがありながらも,タカラガイが安産にかかわる という信仰が実際に存在していたことが分かる。 4.燕とは何か ⑴ 燕12とはどういう生きものか  『竹取物語』の「子安のかひ」を検討するに当たり,物語の中でタカラガイ とセットで登場する燕(Hirundo rustica )についても考察する。  ツバメは,スズメ目ツバメ科に分類される鳥類。北半球の広い範囲で繁殖し, 日本列島の燕は,台湾やフィリピンやマレー半島などで越冬し,春になると再 び日本に戻って来る(一部日本で越冬する個体あり)。  市街地,農地から山地の開けた場所に暮らし,泥と枯草に唾液を混ぜた椀形 の巣を作る。人家の軒先など人々の暮らしに近い場所に巣をつくり,ツバクロ, ヒイゴとも呼ばれる。害虫を捕食する益鳥でもあり,「ツバメを殺すと火事に 12 出雲の国風土記に「繽紛(みだれまが)ひて燕樂(うたげ)す」とあるように,男 女が多数入り混じり,打ちとけて歌舞飲食して楽しむ場が「燕」という文字を使っ て表記されることもある。漢字の「燕」には,集まって酒を飲む,くつろぐ,宴, という意味もある(『新潮日本語漢字辞典』2007:1401)。『字統』には「燕」の説 明として「仲春の月,玄鳥の至るときに,郊禖の礼が行なわれて,子求めの祭りを した」ことが紹介されている(白川2004:60)。玄鳥とは燕のこと。

(10)

なる,あるいは盲目になるといった捕獲を戒める俗信13が伝えられている(菅 2000:137-138)」という。  イメージ・シンボル事典によると,ツバメは,キリスト教文化圏では,「春(再 生)と豊穣の雨の先ぶれ」などとされている(フリース1984:615-616)。日本 列島では,燕は俳句の春の季語とされ,また,古来より,旺盛な繁殖力のため, 繁栄の象徴と考えられてきたようである。野本寛一は,各地でツバメと人々と の関係やつながりについて取材する中で「人家に巣を作り,卵を産み,比類の ない授餌活動によって子育てをして帰ってゆく燕は,増殖と繁栄の象徴」と述 べている(野本2008:26)。  中華料理の高級食材とされる「燕の巣」は,現在も若返りの美容食14として 市場を賑わせているが,司馬遷の『史記』には,ツバメの卵と妊娠のかかわり が見て取れる場面がある。   【引用13】吉田1973『史記』:113-115     殷契,母曰簡狄。有娀氏之女,為帝嚳次妃。三人行浴,見玄鳥堕其卵, 簡狄取呑之。因孕生契。  殷の王である契の母が,ツバメが卵を産み落としたのを見て,それを取って 飲んだことにより妊娠し契を生んだことが記されている。ツバメの卵と妊娠の かかわりについて書かれているわけだが,『本草綱目』で李時珍は次のように 述べている。   【引用14】李1590『本草綱目』:巻四十八禽部    或以為呑燕卵而生子者怪説也15  李時珍は,「怪説也」と述べているが,その説明は,ツバメの卵を飲めば子を 授かるという俗信が世の中に広まっていたことを逆に示すことにもなっている。 13 理由としては,燕は雨をもたらし「燕石」は眼病治療に効果があるとされるからか。 14 「ツバメの巣が肌の若返りに効果抜群!肌に再生力をもたらすアンチエイジング https://bichinmi.com/tsubame/anti-aging/ など多数(2018年12月28日アクセス)。 15 「或は燕の卵を飲めば子が生れるとかいふも無根のことだ」(『国譯本草綱目』第 十一:297)

(11)

⑵ ツバメと出産のかかわり  ツバメは多産や繁殖,繁栄の象徴とされていたようだが,その象徴性が日本 列島で実際にどのように人々の妊娠や出産とかかわってきたのか,具体的事例 を確認する。先に述べた『日本産育習俗資料集成』には,安産に関する習俗と してツバメが関連している事例は4件あった。   【引用15】恩賜財団愛育会編1975『日本産育習俗資料集成』:42,43,47   ・燕の巣を煎じて飲めば安産出来る(富山県射水郡小杉町付近)   ・ ツンバクロ(燕)の子が巣立った後の卵の殻を飲むと安産する(富山県 氷見郡)   ・ 馬のオンコを踏むか,燕の卵を飲むかすると産が軽くなる(石川県江沼 郡南郷村)   ・燕の卵の殻を飲む(岐阜県稲葉郡南長森)  日本列島にわずかに残された事例からも,ツバメもタカラガイと同様に安産 や出産にかかわる象徴として認識され,人々の妊娠・出産にかかわっていたこ とが分かる。 5.無関係なもの同士の結びつき ⑴ タカラガイとツバメの結びつき  タカラガイもツバメも,共に人々の妊娠や出産にかかわる生きものであるこ とが分かったが,『竹取物語』におけるタカラガイとツバメは,言ってしまえ ば本来関係がないもの同士の結びつきである。私たちはツバメが貝を生むとい う摩訶不思議な話をそう疑問に思うことなく受容しているわけだが,『竹取物 語』では本来関係のないもの同士がなぜこのように関連づけられているのか, その理由に言及した研究について確認する。  野本は『竹取物語』における「燕の子安貝」について「現実に入手困難なも のとして登場する」としながらも,タカラガイとツバメの結びつきが「決して 荒唐無稽のものではなかった」(野本2008:24)ことを指摘する。

(12)

  【引用16】野本2008『生態と民俗』:26     燕との交流のなかで,人びとは,燕を「子産み,子育ての達者」として 認識したのであった。そのことが,「燕」と「子安貝」を結びつける要因 となったことはまちがいなかろう。  また,白倉は「燕」の説明の中で『竹取物語』を事例として挙げ,「多産」 という側面から両者が結びついたことを述べる。   【引用17】白倉2007『古典文学動物史』:64     貝自体の形態が女性の象徴に似ることから生殖に効能があるものとして 貴重視されていたのであるが,燕自身もその旺盛な繁殖力(一夏に二回, 多い例では三回も生殖を行なう)のため,多産の象徴と考えられていた。 ゆえにこの二者が結びついたと考えることもできよう。  また,ツバメではないが,ツバメとよく似た「石燕」と安産の関連性につい て述べたのは南方熊楠である。「石燕」は「燕石」とも呼ばれ,ツバメが羽を 広げた形によく似た形のスピリファー(腕足)類に属する化石である。眼病治 療のほかにも安産をもたらすとされ,南方は「石燕」の医療的効能について以 下のように述べている。   【引用18】南方2015:378-380     最も注目すべき効能は,雌雄の各一片を陣痛に苦しむ妊婦の両手に握ら せたときに著われる。たちまち彼女は重荷から解放されるのである16  南方は「あらゆるものに性を発見し,治療法では複雑な交感(シンパシー) 理論を多分に用いる素朴(プリミチブ)な人々が,この現象を見て,これらの 石に,出産を容易にし,多産性を増大させる力があると信じるようになったの は,当然のことである」と述べた(南方1991:390)。そして『竹取物語』を引 き合いに出し,タカラガイの効能は形態に由来し,タカラガイと燕石の効能に 16 南方は「石燕」について『本草綱目』を参照しており,そこには「婦人難産両手各 握一枚立験(李1590:巻十)」という記載がある。

(13)

は共通性があると信じられていたとする17   【引用19】南方1991「燕石考」:391-392     さて,安産の子安貝(カウリー)に関する日本の物語は,その貝の特異 な形態に由来している。その形態ゆえに,この貝はヴィーナスに捧げられ たのである。そして,邪視に対するお守り,惚れ薬,多産と安産などの効 能がこの貝にあるというのは,交感(シンパシー)理論が一般に信じられ たからである。これに加えて,古代に広く貨幣として使われたことが,そ れにほとんど無限の徳目を付与することになった。子安貝は,そのなめら かで円い表面ゆえに,燕石と同じように,眼病の万能薬とみなされた。こ うして子安貝と燕石の間の効能の共通性が信じられると,燕が運んでくる 子安貝を所持する者は至福を得るという迷信は,最高の段階に達したので ある。  本来関係のないもの同士であるタカラガイとツバメがなぜ結びつくのか,こ れまでの研究では,その理由について,ツバメが子産み・子育ての達者である から,多産であるから,それぞれが持っている効能に共通性があるから,といっ た見解が示されている。 これらの見解に共通する重要なポイントは,タカラガイやツバメにおける効能 や機能というものが科学的に担保されているわけではなく,効能・機能は,あ くまでもイメージであり,そこから導き出される象徴性が共通するという点で ある。 ⑵ 貝と卵の入れ替え  象徴的な効能・機能が共通しているからこそ『竹取物語』の作者は他の貝で はなくタカラガイを,他の動物や鳥ではなくツバメを選択したと考えられる。 つまり,その選択には意味や理由があったということになる。  タカラガイとツバメは結びつき,両者はセットで登場するだけではなく,さ 17 中沢新一は,南方熊楠の「燕石考」について述べる中で,出産を容易にするという 燕石の伝承を紹介し,燕石の要素に触れ,竹取物語の子安貝は「燕石と交換が可能」 と指摘した(中沢2010:56-64)。

(14)

らにツバメの卵は,タカラガイと入れ替えられ,置き換えられている。『竹取 物語』では,ツバメの腹の中にタカラガイがあって,卵を産む際にそれを出す と信じる人々が描かれている。   【引用18】『竹取物語』1997:42     燕をあまた殺して見るだにも,腹に何もなき物也。たゞし,子産む時な ん,いかでか出だすらむ,はらくか  両者は結びつきや関連性を超え,ここではさらに貝と卵の間の入れ替えが発 生している。このような入れ替えが可能となる根本的な理由を探るため,卵が 古い時代は「かひ」と呼ばれていた事例について考察する。   【引用19】『萬葉集』巻九1972:416     うぐひすの 卵(かひご)の中にほととぎす ひとり生まれて…(後略)   【引用20】『宇津保物語』初秋1961:216     卵(かひ)のうちをゆめよりかへる雛鳥は 高きとぐらをよ所(そ)に みるかな   【引用21】土井ほか編訳1980『邦訳日葡辞書』18:607    Tamago. タマゴ(玉子)卵.上(Cami)では,Caigo(卵)と言う.  これらの事例からは,かつては卵も貝も同じく「かひ」と呼ばれていたこと がわかるが,では,そもそも卵はなぜ「かひ」と呼ばれていたのだろうか。こ の点については,折口信夫による興味深い考察がある。   【引用22】折口1995「霊魂の話」:250-251     たまごの古い言葉は,かひ(穎)である。(中略)かひは,もなかの皮 の様に,ものを包んで居るものを言うたので,此から,蛤貝・蜆貝などの

18 原著 "Vocabulario da Lingoa de Iapam com Adeclaração em Portugues"(ポルトガル語 の説明を付したる日本語辞書)は,1603年,イエズス会によって刊行された。

(15)

貝も考へられる様になつたのであるが,此かひは,密閉して居て,穴のあ いて居ないのがよかつた。其穴のあいて居ない容れ物の中に,どこからか 這入つて来るものがある,と昔の人は考へた。其這入つて来るものが,た まである。そして,此中で或期間を過すと,其かひを破つて出現する。  古くは卵も貝も同じ「かひ」であり,折口の考えでは「かひ」とは「何かを 包む」という特定の機能を持っていた。つまり,卵も貝も機能としては同じと いうことになる。そして,「かひ」には「たま」が入り,一定期間の後に,そ れが出現するという。何かがそこに入っていて出て来るという点においても, 卵とタカラガイは共通ということになる。  前述の通り,これは科学的に担保されているわけではない。あくまでもイメー ジであり,同じ「かひ」として象徴的な機能が共通するということである。そ して,象徴性が同じだからこそ,両者の入れ替えは可能となる。  『竹取物語』の石上中納言の顛末では「すこしうれしきことをば,『かひあり』 とは言ひける」と結ばれており,この部分は「かひ」という単語を巡る作者の 言葉遊び的な要素も見出せる。しかしながら,ポイントとなるのは,卵も貝も 「かひ」という名を持ち,卵が持つ「誕生」いう機能と,タカラガイが持つ「出 産・安産」という機能は,象徴的に同じであるという点である。そのために卵 とタカラガイは違う物質であるにも関わらず,両者の入れ替えが可能となった のである。 6.まとめ  タカラガイは『竹取物語』の中で「子安のかひ」と呼ばれていたことからも, その時代,既に安産の象徴としての地位を確立していたことが分かる。タカラ ガイは女性生殖器に似ているという理由から出産のイメージと結びつき,「安 産」の象徴としての意味や機能を与えられた。また,冬が終わり春になると人 里に戻ってくるツバメも,熱心な子育てと旺盛な繁殖力のイメージから,タカ ラガイと同様,出産に関連する象徴として人々に認識され,意味付けされてき た。  人間がタカラガイやツバメを観察し,安産や出産といったイメージを抱き, 象徴的な意味を付与した結果,それらは実際に人間の出産にかかわることと

(16)

なった。両者の機能や効能は科学的に担保されているわけではなかったが,タ カラガイは産婦に握られ,ツバメは産婦に卵の殻を提供することで,女性たち の出産を助けてきた。タカラガイとツバメが実際に出産にかかわった事例は民 俗資料からも確認することができる。  『竹取物語』では,ツバメは,卵の代わりに腹の中にタカラガイを持ってい ることになっていた。この置き換えについては,古い時代,卵も貝も「何かを 包む」という特定の機能を持つ「かひ」と呼ばれていた点からも説明できる。 この2つの「かひ」は,誕生,出産,安産といった象徴的な効能や機能が同じ だからこそ同一視19され,入れ替えが可能となった。両者の入れ替えが可能と なったのは,形や大きさの類似性もさることながら,それらが持つ象徴的な意 味・効能・機能・作用が共通であったためである。だから『竹取物語』では, ツバメがタカラガイを産むというストーリーが成立する。 「子安貝」と呼ばれ,安産をもたらし助産機能を持つタカラガイであれば,「誕 生」を意味する卵に代わる役割を十分に果たすことができる。作者は多産の象 徴であるツバメという鳥を意図的に選び,ツバメの卵ではなく,同じ象徴性を 持つタカラガイを意図的に組み合わせ,物語とした。  物語では,タカラガイはツバメによってもたらされることにより,象徴的な 意味がさらに補強20される仕掛けとなっている。そして,タカラガイやツバメ, あるいは卵が持つ象徴的な意味に着目することで,それぞれが入れ替えられ, 置き換えられていること,つまり,象徴の共通性と普遍性が見えてくる。 19 「シンボルの同一視」についてエリアーデは,頭蓋を家の屋根に見立てるインドの 事例などを取りあげ述べている(エリアーデ,1969:162-174)。また,象徴につい て「隣接した体系と結びついてしまう」としている(同,1974:29)。象徴の置き 換えに関しては,大島直行が縄文土器の器面に展開される貝殻条痕文について,貝 と同様に再生のシンボルである蛇=縄目の表現が貝殻文に「転換」したものと述べ ている(大島2016:80-81)。 20 物語には,仏の御石の鉢,蓬莱山の木の枝,火鼠の皮衣,竜の頸の五色の玉など, この世に存在しないような品々が登場し,インパクトを与えている。『竹取物語』は, そもそも竹から子どもが生まれ,月に帰るという有り得ない物語であるが,再生・ 成長の意味を持つ竹,同様の象徴である月など,再生の象徴が散りばめられている ことから,鉢,樹木,鼠,竜といったものにも何らかの意味が込められている可能 性も否定できない。再生の象徴である月へ帰るかぐや姫,富士山(不死の山)で不 死の薬を焼き捨てる帝の行為,再生や不死を願いながらもそれを選択できない人間 という存在を描いたという解釈も可能である。

(17)

 縄文時代,各地の墓域に副葬21されたタカラガイは,今もお守りとして日本 列島各地で静かに息づいている。遠い過去から現代まで,タカラガイに対する 人々の思いや願いは連綿と続いているわけだが,象徴的な意味に普遍性がある からこそ,時代が移り変わっても同様の習俗は残存する。  「もの」に込められた象徴的な意味を探ることは,現代社会に見られる習俗 や現象を読み解く鍵ともなる。そのため本稿では,『竹取物語』という作品に 登場するタカラガイやツバメ,卵といった「もの」あるいは「生きもの」に焦 点を当て,諸学問の知見などを取り入れながら,象徴論22を用いて意味を検討 するという方法を取った。  『竹取物語』については,主に文学の領域で研究が進められている。これま での研究の一端に触れ,その深さにはただただ圧倒されるばかりであるが,今 までと違ったアプローチが少しでもできたとしたら幸いである。 〈引用・参考文献〉 宇田川龍男2003『原色新鳥類検索図鑑』北隆館 エリアーデ,ミルチャ1969『聖と俗』法政大学出版局 エリアーデ,ミルチャ1971『イメージとシンボル』エリアーデ著作集4,せり か書房 エリアーデ,ミルチャ1974『豊穣と再生』エリアーデ著作集2,せりか書房 大島直行2016『縄文人の世界観』国書刊行会 沖縄県教育委員会2018『歴代宝案の栞』沖縄県 沖縄県立図書館史料編集室編1994『歴代宝案』訳注本第1冊,沖縄県教育委員 会 忍澤成視2011『房総の縄文大貝塚 西広貝塚』シリーズ「遺跡を学ぶ」80,新 21 西広貝塚(千葉県)を発掘した忍沢成視は,この件について「たんなる装身具では なく『護符』(おまもり)的な意味があったのかもしれない」と記している(忍沢 2011:46)。大島直行は,貝塚が再生のシンボルである貝を積み上げたものである 点に注目している(大島2016:205-206)。 22 ルルカーは象徴について次のように述べている。「古代の人々には恐らく,地上に おける写しと超越的原像の相違がよくわかっていた。彼らが崇めたのは,決して太陽・ 石・植物・あるいは動物それ自体ではなく,その背後にある全てを越えた力であった」 (ルルカー2000:510)

(18)

泉社 折口信夫1995「霊魂の話」『折口信夫全集』3 古代研究(民俗学篇2),中央 公論社 (郷土研究会講演筆記,1929年9月『民俗学』1巻3号) 恩賜財団愛育会 編1975『日本産育習俗資料集成』第一法規 叶内拓哉ほか2011『山渓ハンディ図鑑 日本の野鳥』山と渓谷社 川名興 編1988『日本貝類方言集―民俗・分布・由来―』未来社

郜向平2011『商系墓葬研究 A Study of Shang Burial System』北京:科学出版社 小島孝夫1999「こやすがい」 福田アジオほか編『日本民俗大辞典』上巻,吉

川弘文館,650

佐藤一夫2004「北海道の貝製品」ニューサイエンス社『考古学ジャーナル』 521,3-5

Jackson, Wilfred, 1917, Shells as evidence of the migrations of early culture, Manchester University Press

白井祥平1997『貝Ⅰ』 法政大学出版局 白川静2004『字統』平凡社 白倉一由2007「燕」,國文學編集部編『古典文学動物史』學灯社 菅豊2000「ツバメ」,福田アジオほか編『日本民俗大辞典』下巻,吉川弘文館 田中大秀1997『竹取翁物語解』 『新日本古典文学大系』17,岩波書店 寺島良安1824『倭漢三才図会』巻第四十七 秋田屋太右衛門ほか 国立国会図 書館デジタルコレクション 土井忠生ほか編訳 1980『邦訳日葡辞書』岩波書店 徳田有希乃2000「縄文時代のタカラガイの普及についての予察」ニューサイエ ンス社『考古学ジャーナル』454,12-15 中沢新一1992『森のバロック』せりか書房 中沢新一2010『カイエ・ソバージュ』講談社 長野県 編1986『長野県史』民俗編 第一巻(一)東信地方,長野県史刊行会 長野県 編1988『長野県史』民俗編 第二巻(一)南信地方,長野県史刊行会 長野県 編1989『長野県史』民俗編 第三巻(一)中信地方,長野県史刊行会 ネイチャーウォッチング研究会2009『タカラガイ 生きている海の宝石』誠文 堂新光社

(19)

野田三郎1974『日本の民俗 和歌山』第一法規出版 野本寛一2008『生態と民俗 人と動植物の相渉譜』講談社学術文庫,講談社 深江輔仁1796『本草和名』和泉屋庄次郎,国立国会図書館デジタルコレクショ ン 深江輔仁1926『本草和名』上巻 与謝野寛ほか編『日本古典全集』日本古典全 集刊行會 深江輔仁1927『本草和名』下巻 与謝野寛ほか編『日本古典全集』日本古典全 集刊行會 人見必大1697『本朝食鑑』平野屋勝左衛門,国立国会図書館デジタルコレクショ ン 藤井貞和1991『竹取物語・大和物語・宇津保物語』『新潮古典アルバム』新潮 社 武倩,劉冠偉2017「『本草和名』データベースの構築に向けて第23公開シンポ ジウム 「人文科学とデータベース」 発表論文集,37-42 三島格1977『貝をめぐる考古学』學生社 南方熊楠1991「燕石考」『南方民俗学』南方熊楠コレクション,河出書房新社 源順1617『倭名類聚鈔』那波道圓,国立国会図書館デジタルコレクション 源順1931『倭名類聚鈔』正宗敦夫編『日本古典全集』日本古典全集刊行會 武蔵石寿1843『目八譜』,写,国立国会図書館デジタルコレクション 物集高見1916『廣文庫』廣文庫刊行會 柳田國男1997「海上の道」ちくま文庫『柳田國男全集』1,7-57,筑摩書房 柳田國男1997「知りたいと思う事二三」ちくま文庫『柳田國男全集』1,290- 296 柳田國男1970「子安の石像」『定本柳田國男集』27,282-287,筑摩書房 フリース1984『イメージ・シンボル事典』山下主一郎ほか訳,大修館書店 山田仁史2016「環太平洋の神話─分布・伝播研究のために」日本口承文芸学会 『口承文芸研究』39,203-213 山谷文人2004「礼文島における縄文後期の貝製品」ニューサイエンス社『考古 学ジャーナル』521,10-14 吉本堯俊2000「子安貝との遭遇」筑紫女学園大学『筑紫女学園大学紀要』 12,205-215

(20)

李時珍1982『圖解 本草綱目』上册 台北:文光図書 李時珍1982『圖解 本草綱目』下册 台北:文光図書 李時珍1590『本草綱目』胡承竜,国立国会図書館デジタルコレクション 李時珍1977『国訳本草綱目』三,鈴木真海訳,白井光太郎校注,木村康一ほか 新註校訂,春陽堂書店 李時珍1977『国訳本草綱目』十一,鈴木真海訳,白井光太郎校注,木村康一ほ か新註校訂,春陽堂書店

Lurker, Manfred, 1991, Wörterbuch der Symbolik, Alfred Kröner Verlag ルルカー,マンフレート2000『シンボルのメッセージ』林捷,林田鶴子訳,法 政大学出版局 渡邊幸三1987『本草書の研究』武田科学振興財団 『宇津保物語』1961『日本古典文学大系』11,岩波書店 『源氏物語』二,1959『日本古典文学大系』15,岩波書店 『源氏物語』二,1972『日本古典文学全集』13,小学館 『史記』吉田賢抗1973『新釈漢文大系』38,明治書院 『新潮日本語漢字辞典』2007新潮社 『竹取物語』1997『新日本古典文学大系』17,岩波書店 『竹取物語』1972『日本古典文学全集』8,小学館 『日本三大実録』巻二十九『国史大系』第四巻 国立国会図書館デジタルコレ クション 『風土記』1937岩波書店, 『萬葉集』二 1959『日本古典文学大系』5,岩波書店 『萬葉集』四 1962『日本古典文学大系』7,岩波書店 『萬葉集』二 1972『日本古典文学全集』3,小学館 『萬葉集』四 1975『日本古典文学全集』5,小学館 『大和物語』1972『日本古典文学全集』8,小学館

(21)

Cowries and safe delivery beliefs

― with reference to “Taketori Monogatari”,

Ami SATO

 Cowries, known as “Koyasu-gai” in Japan, have long been believed to be a talisman of a baby's safe birth. This paper aims to explore the reason why cowries are considered propitious at a baby's birth, and the thoughts and wishes that people entrust to cowries. In this article, we will discuss “Taketori Monogatari”, the novel in which cowries were mentioned for the first time in Japanese literature.

  It is thought that cowries were already recognized as the treasures in the late 9th and early 10th centuries when the story was said to have been established. To clarify the thoughts and beliefs about cowries, we collected descriptions of the customs related to cowries from the “Nippon sanikushuzoku shiryo shusei”, a collection of the customs related to childbirth. In studying about cowries, we also examined the meaning of the swallows that appear in the story together with cowries.

 The author of "Taketori Monogatari" chose cowries among many other shellfish, and swallows rather than other animals and birds, because both cowries and swallows are creatures involved in childbirth. This suggests that there may be specific reasons why these two creatures appear together. In addition, in "Taketori Monogatari", the swallows lay cowries instead of eggs.

 One possible reason for this is that cowries and eggs are similar in shape, but it may be because these two were called “Kai”. Eggs and shellfish are materially different, but have the same symbolic meaning, function, and action related to safe childbirth. Therefore, in "Taketori Monogatari", a story can be established that a swallow gives birth to cowries.  By focusing on the symbolism, the universal meaning can be made clear. In “Taketori

Monogatari”, we became aware of the symbolism of cowries, that is, the thoughts and wishes

of the people in those days on safe childbirth. Because the meaning is universal, such customs remain even if the times change. We think that exploring the symbolic meaning will help us understand the customs and religious phenomena that remain in modern society.

参照

関連したドキュメント

この大会は、我が国の大切な文化財である民俗芸能の保存振興と後継者育成の一助となることを目的として開催してまい

市民的その他のあらゆる分野において、他の 者との平等を基礎として全ての人権及び基本

つまり、p 型の語が p 型の語を修飾するという関係になっている。しかし、p 型の語同士の Merge

の主として労働制的な分配の手段となった。それは資本における財産権を弱め,ほとん

者は買受人の所有権取得を争えるのではなかろうか︒執行停止の手続をとらなければ︑競売手続が進行して完結し︑

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から

・私は小さい頃は人見知りの激しい子どもでした。しかし、当時の担任の先生が遊びを

具体的な施策としては、 JANIC