情 報 お よ び 情 報 化 に つ い て
―
高
度
情
報
化
社
会
の
"
見
え
ざ
る
手
"
―
は じめ に 「情報の定義は,情報研究者 の数 と同 じぐらい あ る」 といわ れてい る。情報科学 (information science)はなお歴史が浅 く,その体系 も領域 も十 分に固 まっているとはいえない。いまの段階で「情 報」 に きび しい1
つの定義を与 えることは,発育 ざか りの情報科学を纏足す る結果にもな りかね な い。情報の定義は,その研究 目的 と研究領域に応 じて幾つあ って もいいのではないか と私は思 って いる。 しか し,そ うであるか らと言 って,
「情報」とい う語 を無制約的に用いていい とい うことにはな ら ない。いや,そ うであるか らこそ,少 な くとも「こ こで情報 とは--」 と,一応の概念規定が必要で ある と思 う。そ うでない と一見立派な論説 も,読 み込 めば読み込むほ どわか らな くなる。その好例 の1
つに 『ソフ トノ ミックスの提唱』がある。 同 提唱は,大蔵省の委託を受けて 「経済構造の変化 と政策の研究会」(座長 ・館龍一郎氏) の研究結果 を杉崎重光氏 (大蔵省大臣官房調査企画課参事官) をキ ャップ とす る 「プt,ジェク ト・チーム」が ま とめた ものである。同提唱で解説 されているとこ ろに よれば,
「ソフ トノ ミックス」とは 「経済の原 語であ る ーォイコス・ノモス"(家庭のあ り方) に な らって」名づ けた もので,「ソフ ト社会のあ り方」 とい う意味の新造語 とい うことである。 ネー ミン グはまことに巧妙であるが,
「ソフ ト化」とは何か があま り明確でない。「産業の ソフ ト化」を測 る指 標 として「(非物的投入額 +人件費)/生産額」を「ソ フ ト化率」 としているところか ら, この算式の分 子を意味す るらしい ことはわかるが 「非物的投入 額」 はいい として,人件費がなぜ 「ソフ ト化」 の 要素であるのだろ うか。私の関係す る某機械 メー カーの場合,5
7
年9
月期決算における人件費は,中 川 忠 夫
生産額の約40%であ ったが,58年9月期決算では, 生産額が激減 したため,人件費が生産額の約60% に増大 した。賃金 は58年 4月に約4%上げたに過 ぎず,
「非物的投入額」はほ とん ど同額であるか ら, 上記の算式によれば,
「ソフ ト化率」は大幅に上昇 した ことになる。生産額の低落がなぜ 「ソフ ト化 率」の上昇 といえるのであろ う。 同提唱はBI)の箇所で 「ー情報化"は "ソフ ト化竹 にはかならない」としているO「"ソフ ト化ーは "情 報化"にはかな らない」のか どうか, この点は明 らかにされていないが,全体を通 じて「ソフ ト化」 と 「情報化」をイ コールでつないでい るよ うに読 み取れ る。そ うであるとす ると,生産額が落ちる と 「情報化」が高度化す るとい うことになる。 「ソフ トノ ミックス」批判は, このエ ッセイの テーマではないか らこれ以上触れないが,同提唱 が何を言お うとしているのかはわか らないではな いが,何を言 っているのかはよくわか らない。「ソ フ トノ ミックス」 に とって,論理的に最 も重要で あ るべ きはずの 「情報」の概念が混乱 しているた め と思われ る。 「経済の ソフ ト化」,
「経済のサービス化」(また は 「サ ービスの経済化」)
,
「情報の経済化」(また は「経済の情報化」),
「感性の経済化」あ るいは「モ ノはなれ」等の語が,高度情報化社会(higtinfor -mationizedsociety)における社会・経済現象の分 析 ・説明に用い られているが,
「情報」 の概念はあ いまいの ままに論 を展開 している もののみ といっ ていい。私は,かねがね 「情報」や 「情報化」 と い う語の流行語化に不快感 をいだいていたので, 本 F紀要」が貴重 な紙幅 を私に割 いて下 さったの を機 として, これ らの問題についてペ ンを執 るこ とに した。 アプ ローチの方法はいろいろあるが, ここでは 情報の原点に立ち返 って, まず情報の形成過程を 明 らかに して情報 に定義を与 え,その定義を踏 ま - 47-えなが ら 「経済の ソフ ト化 ・サー ビス化
」
「モノは なれ」等 と,
「情報」お よび 「情報化」の関係につ いて交通整理を試みたい。Ⅰ
モ ノと情報 脳神経 医学 で は電 気 的 なi
mpul
s
e
を情報 とし てお り,情報処理 (i
r
止or
mat
i
o
npr
oc
e
s
s
i
ng)
の 領域では,
「一定 の約束に基づいて人間がDa
t
a
に 与 えた意味」(
J
I
SC6
2
3
0
-1
9
7
0
)
と定義 されてい る。では,Da
t
a
とは何か とい うと 「事象,概念, 命令などを表現す るもので,人間 もしくは機械 に よる処理 に適す るよ うに形式化 された もの」(同 上) と規定 されている。情報その ものを取 り扱 う 情報処理の領域で も,
「情報」は依然 としてあいま い模糊 としてい るが, この場合は,情報そのもの を定義 したのではな くして,情報処理 における実 用上の定義であ るか ら,一応 これでいい といえる。 では,経済学や社会学の領域では,
「情報」に ど のよ うな概念が与 えられているのか とい うと,令 人 まちまち, とい うよ りも,概念を明かにしない まま便利 なf
e
el
i
ng
を有す る語 として用 い られて いる。 またne
ws
やco
m u
ni
ca
t
i
o
n
と同義に用 い ている論者 も少 な くない。 前項で紹介 した 「ソフ ト化率」の算式に 「非物 的」とい う語が導入 されているが,
「ソフ ト化」が 「情報化」と同義に用い られているもの とすれば, そ してこの算式か ら 「非物」 とい う語だけを切 り 離せば,情報は非物であるという意味では正 しい。 次にモノと情報 の根本的なちがいを明 らかに して おこう。 モノ(
mat
t
er
)
は, ヒ トが関与す るとしない と にかかわ らず,それ 自体 として存在す る。 モノは 人煩が この地球上 に現れ る前か ら存在 し,人横が 亡 び去 った後 も存在す る,と考 えられ る。しか し, 人煩の出現す る前か ら情報が存在 し,人類が亡 び 去 った後 に情報が残 るとは考 えられない。 もちろん,情報を有す るのは ヒ トに限 らない。 -チや ア リが情報をや りとりす ることはよく知 ら れてお り,情報 をや りと りす る以上は,i
mpul
s
e
か ら情報を形成す る能力は彼 らにもあると考 えざる を得ないが, ここでは ヒ ト以外の生物の情報には 触れない ことに したい。 人頬が亡 び去 った後に情報が残 るとは考 えられ ない, とい うと,あるいは異論が出るか も知れな い。た とえは, タイムカプセルの中に密封 した物 品や文字その他の形象は,人類が亡 び去 った後 に も残 るであろ う。そ して ヒ ト以外の生物がそれ ら を解読 して,人叛に関す る情報を得 ることも十分 に考 えられ る. しか し, これを以 って情報が人煩 亡 き後に残 るとす ることはで きない。 タイムカプ セルに封 じ込めた物品等は,たんなるモ ノであ り, あるいは形象であって,それ 自体が情報なのでは ない。物品や形象は何者かに解読 され ることによ って,は じめて情報 にまで形成 され るのである。 したが って,だれがそれ らを解読 して もつねに同 一の情報が形成 され るとは限 らない。物品や形象 が情報なのではな くして,情報に形成 され ること によって物品や形象か ら情報が抽出されるのであ る。それは,石炭が電力なのではな くして,電力 化す ることによって石炭 か ら電力が得 られ る関係 に似ている。 私たちは毎 日,新聞か ら多大の情報を待ている。 新聞は,新聞用紙 と新聞インキ とい うモ ノか ら成 り立 っているが,新聞用紙 は,文字や写真等の乗 りものに過 ぎない。新聞用紙上の文字や写真は, 新聞インキを一定のpa
t
t
e
rnに布置(
or
de
r
e
ds
e
t
)
した ものであるが, これ らの文字や写真それ 自体 が情報なのではない。文字や写真の中の意味が情 報 なのである。 したがって, それ らの文字や写真 の中にいかに重大 な情報 が含 まれ てい よ うと, 私たちがそれを解読 しなければなんの情報 も得 ら れない。私 に とって 「プラウダ」や 「イスク ラ」 は, インキで よごれた紙に過 ぎない。新聞用紙上 の形象は,解読 され ることによって情報 に形成 さ れ るのであ って,そ こに固有の意味を有す る情報 が読者か ら独立 して存在す るのではないか らであ る。そ うであるか ら,全 く同 じ新聞記事か ら各人 各様の情報を読み取 るのである。地中か ら掘 り出 された ダイヤモン ドは,だれが掘 り出 して も同 じ ダイヤモン ドであるの とは全 くちが う。 ここにモ ノと情報の本質的なちがいがある。Ⅰ
Ⅰ
情報 の定義 以上 によって明 らかな とお り,
「情報」なるものがわれわれか ら独立 して存在す るのではない。 い かなる情報 も情報形成者の情報 なのである。 さら に,情報に形成 し得 るものは,形象 に限 らない。 足 もとの石 ころで も雑草で も,頭上の木の葉で も, 空 に浮かぶ雲 で も情報 に形成す ることがで きる。 現 に気象官 は,雲の形や動 きか ら気象情報を形成 す る。 この場合 も,雲の形や動 きが気象情報 なの ではな くして,それ らを気象情報 に形成す るこ と に よって気 象 情報 にな るので あ る。歌人 の佐 々 木信綱氏は,土地の古老 な ら気象情報にも形成 し たであろ うひ とひ らの雲か ら 「ゆ く春のや ま との 国の薬師寺の塔の上 なるひ とひ らの雲」 とい う短 敬 (情報)を形成 した。 最 も純粋 な形での情報形成過程は,気象情報 の 形成過程- とくに観天望気による気象情報の形 戚過程- に見 ることがで きるので,古老 の観天 望気を例に取 って,情報形成の過程を分析 しよ う。 説明を簡単 にす るため,観天望気に必要 な 自然現 象を太陽光線で代表 させ ることにす る。 第
1
図は, ヒ トの神経系(
i
nf
o
r
ma
t
i
o
ns
ys
t
e
m)
を極度に簡略化 したモデルである。私の素人考 え で作 った ものであ るが,
『診断工学』の著者藤沢正 輝医学博士氏 に乞われて,同書の 「電子計算機診 断」の解説に利用 していただいた ものであるか ら, モデル として正 しいのであろ うと思 っている。 第1図 神経系統模式図 総合領 \ \ \ 太陽光線は受感性神経元に よって感受 され,電 気的i
mp
ul
s
e
に変換 されて知覚領に送 られ る。 こ こで感受 された光 と熱が太陽光線であ ることが認 知 され る。 これが情報形成の第1
段階であ る。知 覚は総合領に送 られ,古老の有す る過去の経験そ の他の備蓄情報群 と総合 して情報処理 を行 って気 象情報 に形成 され る。これで情報形成が完成す る。 形成 された気象情報 は,脳 の指令にもとづいて運 動領を通 じてo
u
t
pu
t
され る。 この間 にf
e
e
d
ba
c
k
があるが, ここでは省略 した。 太陽光線は自然現象であってそれ 自体が情報 な のではない し,太陽が ヒ トに気象情報 を送 るとは 考 え られないか ら,情報即c
o
mmu
ni
c
a
t
i
o
n
説 は ここで退け られる。 太陽光線そのものは気象情報ではないか ら,戟 天望気能力を持た ない私だった ら, 日光浴を楽 し むに終わ ると思 う。だれで もが太陽光線か ら気象 情報を形成 し得 るわけではな く,また,気象情報 しか形成 し得ない もので もない。一定 の場所 と時 における太陽光線は一定であ るが,その太陽光線 か ら形成 し得 る情報 は,量的 にも質的 にも無限で あ る。太陽光線か らどのよ うな情報を形成す るか, 形成 し得 るかは,形成す る人それぞれ の 目的 と能 力 によって決定 され る。 話を元に戻そ う。太陽光線を気象情報に形成 し た古老 は,畑仕事を している人び とに向か って「明 日もいい天気だぞ」 と言 ってそれを伝 えた としよ う。古老は彼の形成 した気象情報を音波に変換 し て人び とに送 った ことになる。 この音波はたんな る音波ではな くして,一定のPa
t
t
e
m を有す る言 語情報(
l
a
ng
ua
gei
nf
o
m a
t
i
o
n)
である。 しか し, 古老の声を聞いた人のすべてが,それ を気象情報 として受け取 るとは限 らない。ある人 は 「じいさ ん相変わ らず元気だな」 と受 け取 るか も知れない し,天候に関心がな く,古老 の声や言葉か ら何か を知 ろ うとする気持 ちを持たない人 に とっては, たんなるno
i
s
e
で しかないか も知れない。 しか し 古老は,彼の気象情報を人び とに伝 えることを 目 的 として 「明 日もいい天気だぞ」 と言 ったのであ るか ら,相手が気象情報 として受け取 ろ うと受け 取 るまい と,古老 の健康状態のバ ロメーターとし て受け取 ろ うと,古老は気象情報を送 った といえ る。古老の声 (音波のi
mpu
l
s
e
)
を聞いた人が,そ -49-れを彼 自身の情報 にまで形成す る過程 は,古老の 観天望気の場合 と同様である。 以上の過程 を整理 して私は,情報を次のよ うに 定義す る。 く情報 とは,知 ることまたは知 らせ ることを 目 的 として送 られ, も し くは受 け取 られ た
i
m・
pul
s
e
である)(第1
定義) 情報が情報であ り得 るためには, まずわれわれ に感覚で きるi
mpul
s
e
であることが必要 であ る。 しか しわれわ れ はi
mpul
s
e
のすべ てを情報 に ま で形成す るわ けではない。そんなことを していた ら2
4
時間以内に発狂 して しま うであろ う。われわ れは自分に とって何 らかの必要ない し興味 ・関心 のある知覚だけを選択 して,総合領で情報処理す るのである。総合領は知覚領か ら送 られて来た知 覚を情報処理 (総合判断)す る必要のあるもの と ない ものに分ける鮪で もある。館 はここにいたる 前 にもある。 ヒ トの感覚器官がそれである。 ヒ ト には,もちろん個 人差があるが,振動数2
0-2
万 -ル ツの音振動 しか聞 くことがで きない し,波長約4
0
0-7
2
0
m
ノJの電磁波 しか見 ることがで きない。 有意の人為的選択の前 に, 自然が ヒ トに与 えた琉 能的選択を免れ ることはで きない。私たちは生れ てか ら,いや,母の胎内にいるときか ら死にいた るまで,選択 に選択 を重ねつつ生 きてい くのであ る。後 に述べ る商品の選択のごときは, これ らに 比べれば,極めて小 さな選択の一部で しかないが, それが社会を変 え,政治 ・経済を変 え, 自分 自身 を変える。その意味では最 も大 きな選択であ るか も知れない。 情報の第 1定義 によれば,情報が情報であ り得 るためには,i
mpul
s
e
のはか 「知 る」または 「知 ら せ る」 とい う目的意識 および 「受け取 る」 または 「送 る」とい う行為がなければならない。「経済の ソフ ト化 ・サ ー ビス化」等の現象が 「情報化」の 証 (あか し) とされているが,その 「情報化」は, 商品選択の結果であ って,何かを 「知 る」 または 「知 らせ る」 とい う目的意識を持たないことが多 く,第1定義では説明で きない。 では, これ らの現象を 「情報化」 とす ることが まちがいなのであろ うか,それ とも第 1定義が正 しくないのであろ うか。そのいずれで もない。第 1定義は,情報 をその成立過程 と塩能の側面か ら 定義 したのであ って,存在 としての情報の定義で はない。 いわゆる 「情報化」 は,存在 として情報 による 「情報化」を も含む と考 えられ る。 情報が 「非物」であることはすでに見た とお り であるが,Cy
be
me
t
i
c
s
で知 られているウ ィーナ ー(
Nobe
r
tWi
e
ne
r
)
紘,
「情報 は情報であって物 質で もエネルギーで もない」(池原 止克夫他4氏共 訳 『サイバネテ ックス』)といった。私はウィーナ ーの概念にもとづいて,存在 としての情報を次の よ うに定義す る。 (情報 は,物質で もエネルギーで もない第3の 存在である)(第2定義) 「情報化」 とは, この第3の存在 としての情報 が主導ない し優位化す る現象にはかな らない。高 度情報化社会の特徴 とされている経済・社会の「情 報化」現象は,情報の第1
定義お よび第2
定義 に よって完全かつ統一的に把捉 し,分析す ることが で きる。 「科学が成立するためには,たがいに孤立 しない 現象が存在す ることが必要である」
(前掲書)0「モ ノはなれ」,
「サービスの経済化」 (または「経済の サー ビス化」)
,
「ソフ トの経済化」 (または経済の ソフ ト化)等 は,用語の混乱 もはなはだ しいが, 相互の関連が明かでな く,統一的把捉 に欠 けてい ることは 「ソフ トノ ミックス」のみではない。 「モ ノはなれ」等の 「情報化」現象は,情報を 幹 とす る枝であ り葉であ る。その幹が明確 にとら えられていないために,枝 と枝が繋が らないのみ か枝が宙 に浮いているのが現在多 くの 「経済の ソ 7 日 と・サー ビス化」論である。Ⅰ
Ⅰ
Ⅰ 情報 と認識 ドラッカー(
Pe
t
e
rF.
Dr
uc
ke
r
)
は 「経営 とは 変化 に対応す ることである」(
The Pr
ac
t
i
c
e of
Manage
me
nt
,1
9
5
4
)
といった。結果論的にはた し かにその とお りであるが,
「変化 に対応」す ること は不可能 といわ ざるを得 ない。 なぜな ら,変化そ の ものを認知す る能力を ヒ トは持 っていないか ら である。われわれにで きることは,変化 に よって 発生 した情報- 厳密には 「変化 によって発生 し たi
mpul
s
e
を以 って形成 した情報」 とい うべ きで あるが,煩を避 けてたんに 「情報」 とい うことにす る- に対応す ることだけである。 どこで どれ ほ ど重大な変化が生 じよ うと,その情報がなか っ た ら対応す るすべがない。対応 どころか変化が発 生 して もなんの情報 もないときには,私たちはな ん の変 化 も生 じて い ない もの として 行動 (be -heivior)す るはかない し,現 にそ うしているはず であ る。 いま私は,原稿用紙の上に拙 いペ ソを走 らせて し)るが,次の瞬間には この茅屋が東京湾の底に陥 没す るか も知 れない。陥没す るとすれば,おそ ら く何10年 も前 か ら,陥没 にいた る変化が地中深 く 徐 々に進行 していたはずであ る。それにもかかわ らず, こうしてペソを走 らせていることがで きる のは,その よ うな事態が発生す るであろ うとい う 情報 を,私 は待ていないか らである。言いかえれ ば,(情報の ないものは,存在 しない もの)と見な して私たちは意思決定 (decisionmaking)を し, 行動 してい るのである。 もしなんの情報 もないの に発生 し得 る変化を想像 して右往左往す る人がい た ら,その人 は正常 とはいえない。くそ こにそれが 在 るとい うこ とは,そ こにその情報があるとい う ことである〉。その意味で情報科学は「世界はわれ われの感覚で ある」といったマ ッ-(ErnstMach) の系譜に属す る。 近代的な化学工場を見た ことのある人 ならご存 じと思 うが,広大な工場構内で見 えるものは大小 のタンクとパ イプだけで,人影 もまば らであ る。 タソクやパ イプの中の状態は直接には見 ることが で きない。 もし何 らかの原因で, タンク内の圧力 が異常 に上昇 して も,爆発す るまでは,その異常 変化 を知 るこ とはで きないであろ う。 そ こで, タ ンクやパイプの要所要所 に温度計や圧力計を装置 して,中央制 御室で間接的にタンクやパイプの中 の状態を常時監視 しているのである。 しか し,監 視員が監視 しているのは,計測器上 の針であって, タンクやパ イプの中の状態その ものではない。 も し計測器が何 らかの原因で正 しく作動 しなかった ら,必要な対応 をす ることはで きないであろ う。 計測器は,直接 には知 ることの不可能 なタソクや パ イプの中の状態 (変化)を情報に変換す る道具 にはかならない。物理的・化学的変化のみな らず, 社会 ・経済等 の変化 について も同様の ことがいえ る。 そ こで私 は,前記 ドラッカーの言葉を (経営 とは情報 に対応す ることである〉 と読み変 えるこ とに している。
Ⅰ
Ⅴ
快適 性 へ の欲 求 「モ ノはなれ」等の 「情報化」現象 は,情戟を 幹 とす る枝であ り葉である,と私 は言 った。「モ ノ はなれ」 とい う語 に問題があ ることは後 に述べ る が,
「モ ノはなれ」は突如 として現出 した ものでは ない。戦後3
9
年の間に,地底の変化の よ うに徐 々 に進行 して, よ うや く数年前か らだれの 目にも明 らかになったのである。 この現象が論議 の的にな りはじめたのは,情報すなわちモ ノでない ものが モ ノを リー ドす るよ うになった昭和51-2
年頃か らであ る。 総理府統計局の 「国民生活 に関す る世論調査」 に よれは,5
0
年 には 「心の豊か さを求め るもの」 (37%)よ りも「物 の豊か さを求め るもの」(41%) のほ うが多か ったが,5
3
年に は 「心の豊か さ-」 と「物の豊か さ-」が ともに40%とな り,以後 「心 の豊か さ-」が年 々増加 して,55年 には44%に達 したの とは反対 に 「物の豊か さ-」 は3
9%
に低下 してい る (第2図)0 何を以 って 「心 の豊かさ」 とす るか さ,人それ ぞれで違 いは大 きい と思われ るが, は っきりして い ることは,国民が精神的飢餓状態 にあ るか ら「心 の豊か さ」が求め られているとい うことと,物的 充足が一応達成 されたか ら 「心 の豊か さ」 を求め る余裕ができた とい うこと, である。すでにサ ラ リーマ ン家庭の中は,着 ない洋服や穿かない靴等 の 「モ ノで埋 まっている」(
首都圏お よび京阪神付 近 に住むサ ラ ))-マ ン家庭 の主婦1,834名 を対 象 とす る58
年8
月2
日∼1
6
日の太陽神戸銀行調査 )。 また,主婦たちが 「少 しぐらいお金 をかけて も よい と思 っているもの」 と,反対 に 「お金 をかけ た くない と思 っているもの」 をアイデア ・バ ンク (代表 ・佐橋慶氏)が調査 した ところに よって, 54項 ・品 目の中か ら15位 までを拾い出 してみ ると 「お金をかけて もよい-」は,①家族旅行 (国内 外共)② ご主人の外 出着③家族 の行事やお祝い⑥ 無添加 な どの 自然食品⑤ 自分の外 出着⑥週末の夕 食⑦書籍 ・雑誌⑧ 家の増改築 ・修繕(卦初がつお, 土用の うなぎ⑲冠婚葬祭⑪各種保険料⑫有名店 の - 51-56 年 5 月 55 年 5 月 54 年 5 月 53 年 5 月 52 年 5 月 51 年 11 月 51 年 5 月 50 年 11 月 50 年 5 月 49 年 11 月 49 年 1 月 48 年 1 月 47 年 1 月 (注)総理府 「国民生活に関する世論調査 (56年 )」より パ ン⑬人間 ドック⑩ 中元 ・歳暮の贈答⑮教養 ・お けい こごと, となっている。 「お金をかけた くない-」は,a)有名 ブラン ド の子供外出着②各種の乾燥機③個室用 テ レビ⑥輸 入 ワイン⑤電話料⑥宝石 ・貴金属⑦高級 レス トラ ンでの食事⑧冷凍調理品⑨中元 ・歳暮の贈答⑲多 目的用 ミシ ン⑪ ち ょっ としゃれた室 内着⑫化粧 品 ・美容代⑬造 園 ・庭用の植木 ・庭石⑭和服⑮子 供 の学習塾 ・家庭教師費, となっている (「消費 と 流通
」81
年秋号 よ り)0 両者を通 じていえることは,消費生活の主導者 といわれ る主婦たちは,すでに必需性 よ りも快適 性 を欲求 している, とい うことである。 また主婦たちが 「家の中で, 日頃 じゃまで しょ うがない と思 っているもの」 は,(丑衣煩 (不用 ・ 着 られな くなった もの)②書籍叛③ ベ ッ ド (大人 用)① ミシン6)ピアノ ・オルガン(釘ドレッサー ・ 鏡台⑦たんす⑧嫁入 りの とき持 って きた道具煩⑨ ベ ビーベ ッ ド⑲机, などで6
0
年代 か ら7
0
年代にか けて もてはや された ものが多い (同上)0 この調査結果 を 「モノはなれ」 とみ るのは単純 す ぎる。た しかに家族旅行,家族 の行事,冠婚葬 祭,人間 ドックな どは 「モ ノはなれ」といえるが, 外 出着, 自然食品,家の増 改築,初 がっお,土用 の うなぎなどは,
「モノば なれ」ではな くして,よ り 高級 なモ ノへの欲求 と見 るべ きであろ う。必需性 か ら快適性-欲求(needs)の重点移行であ り,坐 活の情報化 と見 るべ きで あ ることに次章 に述べ る とお りである。Ⅴ
必需 性 と快適 性 すべての商品 (サー ビスを含む)は,必需性 と 快適性か ら成 り立 ってい る。必需性 さえ充足 され な い 貧 しい社 会- た と え ば,戦 中 か ら戦 後2
5-6
年頃 までのわが国 の よ うな社会- では, 必需性が商品選択の基準 とされ,必需性が充足 さ れた豊かな社会- 現在 のわが国の よ うな社会一 一 では,快適性が商品選択 の基準 とされ る。 この ことは,社会全体について も,消費者個 々人につ いて も言 える。 したがって,国民生活水準の上昇 に伴 って,商品を構成す る2つの要素の うち,快 適性の比重が高 ま り,必需 性の比重が低 くなる。 この関係を概念図にした のが第3図である。図の 説明をす る前 に,必需性 と快適性について簡単に 述べてお こ う。 サ ービスを除 く商品は, モノと情報 か ら成 り立 っている。 モノは主 として物的効用を創 り出 し, 情報 は情報的効用を創 り出す。物的効用は主 とし て必需性の側面を成 し,情報的効用は主 としで択 適性の側面を成す。 これ は衣 ・食 ・住の全面 にわ 第3図 生活水準 と商品の構造 100 低 生活水蜂た って言えるが,.ここでは食を例 にとって説明 し よ う。 食の 目的 は,健康の維持 ・増進 にあ り,食品本 来 の物的効用 は,栄養価 と満腹感 にあることはい うまで もない。私たちが貧困の極 にあった戦中 ・ 戦後の時代 には,食品は,食品本来の効用が少 し で も高いことを求めて選択 された。味や香 りを問 題 にす る余裕 はほ とん どなか った。第
3
図でい う な らば,図の左端 にあ ったのである。その後,坐 活水準の上昇 に伴 って,次第に味や香 りが重視 さ れ るよ うにな って,
「豊食の時代」といわれる現在 では,盛 り付 けや食器 な ど,見た 目の美 しさまで が食を支配す るよ うになった。貧 しい時代には最 重点が置かれた カロリーのごときは,逆 に低い も のが好 まれ,満腹感 も嫌 らわれて,軽い もの,顔 に溜 らない ものが喜ばれ るよ うになった。「ダイエ ッ ト7-ヅ」 がスーパ ーマーケ ットにまで大量 に 出回 ってい るのはそのためである。第3
図でい う な らば,現在 は図の右端 に近い ところにあるとい えると思 う。 高 カロリー食品が求め られ るのも,低 カロ リー 食晶が求め られるの も, 目的は健康の維持 ・増進 にあることに変わ りはないが,価値観- あるい は価値感- は明 らかに逆転 した。 さらに,いわ ゆ る 「グル メ族」 に見 られ るよ うに,食事の レジ ャー化 もすす んでいる.衣 ・食 ・住の レジャー化 - それはまた情報的効用の比重の増大 にも通 じ る- 紘,
「経済の ソフ ト化 ・サ ービス化」の大 き な推進力で もある。 なお,味 ・香 り ・美 しさなどは,感覚 に属す る ものであって,物質で もエネルギーで もない。 し たが ってそれ らは情報 に属す る。ついでに言えば, サ ービスもまた物質で もエネルギーで もない。サ ー ビス労働 にはエネルギーが必要であるが,エネ ルギーその ものはサ ー ビスではない。 したが って サ ー ビスも情報に属す る。「情報化」とは,物質で もエネルギーで もない ものが リー ドし,優位 にた つ ことにはかならない。ⅤⅠ
エ ン ゲル係 数 と情報 係 数 生活水準の向上が 「情報化」 をもた らしたので あ るな らば,生活水準の動 きは 「情報化」の動 き で もなければな らない。生活水準の指標 としては エ ンゲル係数があ る。昭和4
0
年∼5
8
年 のエ ンゲル 係数をみ ると,4
0
年 の3
6.
2
%
か ら4
5
年3
2.
2
%,5
0
年3
0.
0
%,5
5
年2
7.
8
%,5
8
年(6
月)2
7.
1
%
と, 年 々着実に低下を続 けている (総理府 「家計調査」 全 国勤労者世帯)O田把,2
6
年,今か ら3
3
年前 のエ ンゲル係数は5
1.
7
%
,辛 うじて生存 し得 る状態 に あ った ことがわか る。 エンゲル係数は周知の通 り,消費支 出に占め る 飲食費の割合であ るか ら,いわば胃袋 に入れた飲 食費で生活水準を則 るもの といえる。Er
ns
tEn
ge
l
が 「エンゲルの法則」を発見 した1
8
6
0
年 か ら1
8
8
0
年 当時の ドイツでは,飲食物 の物的効用が大 きな 割合を占めていたであろ うか ら,エンゲルの法則 は真理であ り得たのであろ う。 しか し飲食物 の物 的効用 よ りも情報的効用のほ うがはるかに大 きな 割合を占め るにいた った現在 の 日本に, エンゲル 係数をそのまま用 いたのでは誤差が大 きす ぎると 思 う。 胃袋への投資 ともい うべ き飲食費 よ りは,教育, 教養,娯楽その他 「心」への投資 ともいえる 「情 報費」で生活水準 を測 るほ うが情報化社会の国民 生活の質を よりよ く把握で きるはずである。 しか し,残念なが ら総理府の 「家計調査」 に もその他 の統計にも 「情報費」 とい う費 目はない。人事院 の 「標準生計費」の中の 「雑費Ⅰ」(保健医療,交 通通信,教育,教養娯楽)が比較的 「情報費」 に 近 いがなお不十分である。それだけで な く,衣 ・ 食 ・住のすべてが 「高級化」 して,快適性創 出の ための費用 (情報費)が大 きな割合を占めている ことを考 えると,
「情報費」の抽 出は不可能 に近い。 そ こで私 は,試みに 「雑費Ⅰ
」 に 「理容美容」 を加 えた ものを 「情報費」 とみなして,消費支 出 に占める 「情報費」 の割合を算出した ところ,予 想 どお りの結果が現れた。す なわち生活水準 の上 昇 と共に消費支 出に占め る 「情報費」 の割合 は大 きくなって,エンゲル係数 とほとん ど正確 に負の 相関関係を示 した。私は これを 「情報係数」 と名 づ けて発表 した(第4回)
。
4
6
年以降の情報係数は, 私 の怠慢で算出で きなか ったが,その後 も生活水 準 の上昇に伴 って,情報係数は上昇を続 けている であろ うことは疑 いない。"
Na
ka
ga
wa
'
sLa
w"
紘 成立 し得 るもの と確信 している。 ー53-38 39 40 41 42 43 44 45(午 ) (注 )拙著 「情 報社会 の経営 と労働」(1970年 , 日本労動 協会 ) よ り。 工業化社会