( 東 女 医 大 誌 第54巻 第 問 ) 頁 1083-1088昭和59年10月j 189
小脳症状を伴った慢性再発性多発神経根炎の 1症例
東京女子医科大学脳神経センター 神経内科学教室〔主任:丸山勝一教授〉 ヒラマツ オ オ タ コウヘイ オ オ ザ ワ ミ キ オ ァイカワ タ カ シ平松
まき・太田
宏 平 ・ 大 津 美 貴 雄 ・ 相 川 隆 司
コ パ ヤ シ イ ツ ロ ウ タケミヤ ト シ コ マ ル ヤ マ シ ョ ウ イ チ 助 教 授 小 林 逸 郎 ・ 助 教 授 竹 宮 敏 子 ・ 教 授 丸 山 勝 一 (受付昭和59年8庁2日〕 は じ め に 原因不明の多発神経炎については,急性のもの として Guillain-Barre症候群があげられる.Guil -lain-Barre症候群は, 3 - 4週 の 症 状 の 極 期 を もって,徐々に軽快し,再発のないものと考えら れているが,近年経過の長い症例や,再発する例 についても“variant"として本症候群に属すると されてきている1)-3) 一方,慢性再発性の経過をと る多発神経炎を一疾患群としてとらえた報告が数 多くみられるようになってきている4ト23) Dala -kasら1川土,その臨床的特徴を,①緩徐に発症する 知覚及び運動性の多発性神経炎,②緩徐進行性ま たは再発,緩解の経過をとる,③神経伝導速度の 著明な低下,④髄液中蛋白値の上昇,⑤全身疾患 (糖尿病,中毒,免疫グロプリン異常,アミロイドー ジス〉が認められない,⑥排腹神経生検で,節性 脱髄が認められるとしている. 我々は 8年間に5回の反復発症を繰り返した 慢性再発性多発神経根炎と診断した症例で,小脳 症状を伴う症例を経験したので報告する. 症 例 患者:S_S_ 26歳,男性,事務職. 主訴:手足の知覚異常,下肢の筋力低下. 家族歴.神経筋疾患(-),血族結婚(一). 既往歴.特記すべきことなし. 生活歴.有機溶剤使用歴(-),喫煙歴〔一). 現病歴 昭和48年3月末08歳),何の誘因もなく,下肢 の運動および知覚障害が生じ,某院へ入院した. 諸症状より多発神経炎と診断され,ステロイドの 投与を受け,約1カ月の進行性の経過の後改善し, 退院となった. 同年10月には,感冒症状の後,再び下肢の運動 および知覚障害が生じ,当院に入院した.この時, 四肢麻揮の程度は最も強く,筋萎縮も経過中に認 められ,感染性多発神経炎と診断の後,ステロイ ドが投与され,急速に臨床症状の回復をみた. 昭和50年 (20歳〉には,下肢の筋力低下は改善 していたが,右方視の際の複視と小脳症状が出現 し , Fisher症候群も疑われ,ステロイドの投与に て著効を認めた. 以後昭和52年までに,複視や小脳症状などが, 数日間あり,いずれもステロイド投与により改善 した 55年夏頃,複視,注視方向性眼振,および下肢 筋力低下がみられ,一時外来でステロイドが投与 されたが,中断となっていた. 56年 6月初旬より,歩行困難や筋肉痛が出現, 同時に両下肢の知覚異常が生じたため,入院と なった. 入院時現症 一般所見Maki HIRAMATSU, M.D., Kohei OHTA, M.D., Mikio OSAWA, M.D., Takashi AIKAWA, M.D., Itsuro KOBAYASHI, M.D., Toshiko TAKEMIYA, M.D. and Shoichi MARUYAMA, M.D. CDepartment of Neurology CDirector: Prof. Shoichi MARUYAMA), Neurological Institute, Tokyo Women's Medical CollegeJ : A case of chronic relapsing polyradiculoneuritis with cerebellar symptoms.
身長170cm,体重68kg,血圧100/76mmHg,起立 性低血圧(一),脈拍84/分整,貧血(一),寅痘(一), 前 胸 部 に ス テ ロ イ ド ア ク ネ の 癒 痕 ( +), リ ン パ 節 腫 大 ( 一 ) , 心 音 お よ び 呼 吸 音 正 常 , 肝 牌 触 れ ず , 右 に 凸 の 側 湾 を 認 め る . 神 経 学 的 所 見 意 識 清 明 , 知 能 正 常 . 視 力 右0.06,左0.2, 眼 底 正 常 , 眼 球 運 動 は 左 右 表 l 一般検査所見 1 尿一般 蛋白(-),糖〔ー),沈査正常,ベ ンスtョーンズ蛋自 体〔ー), ポノレフィリン体(-) 2 便 潜血(ー),虫卵〔ー〉 3.血沈 20mm/1時間 4.末梢血液所見 WBC 7500/mm'(St. 5, Seg.55, Eo 2, Ly.38%)RBC 486X10'/mm', Hb 14.9g/dl,Ht. 44.2%,血小板20.3x 10'/mm3 5 血液生化学検査 T.P.7.0g/dl(yグロプリン 16%入ZTT3.4KU, T.bil O.6mg/dl, GOT 13KU, GPT 17KU, LDH 149羽TLU,Al
P 7.3KAU, T.Chol 167mg/dl, TG 122mg/dl, CPK 60 mU/ml, Na 140mEq/I, K 3.7mEq/I, CI100mEq/I, Ca 9.1mg/dl, P 3.7mg/dl,血糖 82mg/dl
6.血清学的検査
CRP( -), ASO(←), RA( -), RAHA( -), DNAテス ト(←), STS(ー), HBsAg( -), LEテスト(-), LE細胞 (-),サイロイドテスト(-), '"イグロゾームテスト(ー), Paul Bunnell反 応 1・56(陰性), Davidsohn吸 収 試 験 (ー),血清補体価(CH50) 46.6U/ml, C3アクチベータ 8.3mg/dl, C" 84mg/dl, C, 37.4mg/dl !gG 1302mg/dl, !gA 128mg/dl, !gH 173mg/dl,免疫電気泳動正常, Oligoc1onal band (ー), T Cell 81%, B Cell16.3%
HLA sイピング All, Aw31, Bw35, CW3, CW7, SN-2 ウィノレス抗体価:インフノレエンザA 16x→8 x, イン フノレエンザB 8 x,単純へノレベス 32x,帯状へんベス 32x,麻疹 8x,ユクサツキ A9 8 x,サイトメガロ 16x →32x,風疹 256x→256x,マイコプラズ..".40以下, EB ウィノレスVCA!gG 60x→160x. 7 ツ反 5 x 6 一一一一一(mm) 23x32 8 内分泌機能 T3 145ng/dl, T,8.3μg/dl, TSH 1.4μU/ml, 170HCS 7.8mg/day, 17KS 54mg/day 9胸部x-P:正常 10 心 電 図 正 常 注 視 方 向 性 眼 振 を 認 め る . 以 上 の 他 は , 脳 神 経 障 害 は な い . 四 肢 運 動 系 で は , 両 側 上 下 肢 に 遠 位 筋 優 位 の Grade 4+程 度 の 筋 力 低 下 を 認 め た が , 萎 縮 は な く , 筋 ト ー ヌ ス も 正 常 で あ っ た . 知 覚 は 手 袋 靴 下 型 の 末 梢 程 強L、 表 在 知 覚 の 低 下 が あ り , 同 時 に 異 常 知 覚 も 認 め た . し か し 深 部 知 覚 で は , 振 動 覚 が 軽 度 低 下 し て い る 他 は 異 常 は な か っ た . 両 側 深 部 反 射 は す べ て 消 失 し て お り 病 的 反 射 は 認 め ら れ な か っ た . 協 調 運 動 に 関 し て , 指 鼻 試 験 で は , 荷 側 共 に decompositionお よ びdysmetriaが 認 め ら れ , 措 抗 運 動 反 復 障 害 も 認 め ら れ た . 上 肢 前 方 挙 上 時 に 細 か な8-lOHzの 姿 勢 時 振 戦 が 認 め ら れ た . 歩 行 は 可 能 で あ る が , つ ぎ 足 歩 行 は 不 能 で , Mann's testも 陽 性 で あ っ た . 検 査 所 見 一 般 検 査 所 見 で は , 表1に 示 す ご と く , 尿 蛋 白 は 陰 性 で , ベ ン ス ジ ョ ー ン ズ 蛋 自 体 , ポ ノ レ フ ィ リ ン 体 は 認 め ら れ な か っ た . 血 液 一 般 , 血 清 生 化 学 検 査 に 異 常 は 認 め な か っ た . 表2 神経学的検査所見 1.髄液 庄160-7 cc採 取 60mmH20,水様透明, Queckenstedt (-),蛋白52mg/dl,糖 90mg/dl,CI720mg/dl,細胞 8/ 3(N: L=O・8),Nonne(十), Pandy( +), ウィノレス抗体 価すべて陰性,免疫電気泳動正常, Oligoc1onal band (-), ミエリンベーシック蛋白 4.0ng/ml以下 2 脳 波 正 常 3 筋電図 神経原性変化を認める. 4 神経伝導速度 i)運動神経伝導速度 尺 骨 神 経 右22m/sec,左21m/sec 俳 骨 神 経 右22m/sec,左22m/sec ii)感覚神経伝導速度 尺 骨 神 経 右37m/sec,左38m/sec 勝 腹 神 経 右37m/sec,左38m/sec 5 表 面 筋 電 図 図 1参照 6電気限振検査,視標追跡検査 図2,3に示す 7.脈 波 正 常 8.赤外線瞳孔検査正常 9.頭 部CTスキャン 正常 10頭 部 単 純X-PC2R) 正常 頚 椎x-P 正常 絢 椎x-p 右に凸の侭j響を軽度に認める 腰椎x-P: Spina bifida occ1uta of SI
特殊検査では,血清学的検査で,免疫機能の低 下はないが,
HLA
タイピングでAw31
を認めた. ウイルス抗体価も有意の上昇を伴ったものはな カミった 神経学的検査所見(表2)において,髄液では 軽度蛋白の増加が認められ, N onne, Pandyは陽 性であった. oligoclonal bandは認められなかっ た.また, myelin basic蛋白も正常範囲であった. 頭部CT
は正常であった. 神経伝導速度は知覚神経,運動神経共に遅延し ていた 筋電図では,被検筋(上腕二頭筋,尺側手根イ申 筋,大腿四頭筋,前径骨筋〉すべてに,神経原性 変化が認められた. 図1に指鼻試験の際の表面筋電図を示す.運動 CASE S. S. L.Biceps制 作 T円ceps F.C.U. ,-~.,.~町内M州 E.C.R
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llUFINGER TO NOSE TEST 図l 運動時振戦を示す表面筋電図 Target H (R+L) velocity 191 時および鼻に達してから数秒間の漸減性のゆっく りした終末時振戦が認められ, これは運動時振戦 であり,小脳症状と考えられた. 図 2は電気眼振検査所見であるが, saccadic eye movementでは, hypometriaを示し,注視時 眼握も認められた.
図 3は smoothpursuit eye movementである が,階段状パターンを示し,小脳の障害が考えら れた. 入院後経過 今回もステロイド (prednisolone)30mgより投 Target 日 <R+L> velocity 血idposition Lt M A X I Rt. 。 ↓L t τ...JIU D C 図2 saccadic eye movementでhyopometriaと注 視時限振を示す電気限振図 官
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DC 図3 階段状パターンを示すsmoothpursuit eye movement -1085ー与を開始し
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日目より自覚症状,運動および姿 勢時振戦は軽快し,つぎ足歩行も可能となり 1 カ月後には知覚障害は全く消失した. 以後再発を予防し,ステロイドを慎重に漸減し て,外来管理を行なっている. 考 察 本例は図4
に示すごとく,慢性で再発を繰り返 す多彩な臨床症候を示している.今回入院時は, 多発神経炎を来たす基礎疾患の検索を行なった. 謬原病,代謝疾患,中毒,血液疾患,遺伝性の神 経炎は否定的であった.また感染症に伴うものも 臨床症状を伴っていないことで,考えられなかっ た 次にGuillain-Barre症 候 群 と の 異 同 の 問 題 で は, Ma部s叫u1にcciとKu町1汀rt臼zke臼eの診断基準 と,その進行再発の経過および,小脳症状を示す 点が,非典型的であるが,この点について,彼ら は,i
更に症例を重ねる必要がある.除外項目とは いえない.
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としている.NINCDS
委員会による診 断基準2)3)では,“variants"として項目 3および項 目6にそれらが記載されている.以上より Guil -lain-Barre症候群とするにしても,非典型例であ ることはまちがし、ないと思われる. 一方Austin4 )以来ステロイド依存性の強い,慢 性再発性多発神経炎とされる症例が数多く報告さ れているか23) これらの中でPrineasら15)は,以下 のような診断基準をあげている. ①びまん性,多巣性の運動系優位の多発神経炎 で,脳神経の障害や呼吸筋麻簿を伴うことがある. 筋力低下は近位筋により強く現れることもある. 深部躍反射の消失は,いずれかの段階で必ず生じ る.筋萎縮は,麻淳の持続期間や重症度に比べ, より軽度である.失調性の振戦が四肢,頭部にも みられる場合がある.非特異的な発熱は前駆症状 として出現することがある.再発ないし発症は, 妊娠中および産祷に認められることがある. ②髄液中の蛋白は,疾患が活動性である時は必 ず増加しており,非活動時にも上昇を示すことが ある.γグロプリンは不相応に上昇していること がある.細胞数の増加は認められない. ③ 再 発 の 頻 度,重症度および進行の程度は,症 例により異なる.急性,重症の場合は,特発性多 発神経炎と鑑別できない.再発回数の増加に伴う 永続的な機能障害の傾向は軽度で,多くの場合, 数年の休止期がある. ④症例によっては,ステロイド開始後数日で, 症状が改善する場合がある.維持的なステロイド 投与が,再発を防ぐか否か,ステロイド減量が再 発を惹起するかについては明らかでないが,この ような場合,免疫抑制剤を用いてもよい ⑤あらゆる年齢で躍患する.遺伝的素因はな し 、 約 一m
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小 脳 占 状a
.-‘ 制 高 iIi:白 80問/dl 101 52.<l/dl 細 胞 9/3 17/3 8/3 図 4 1086-この診断基準と本例とは合致する点が多い.し かし,本例の特徴である小脳症状についての記戴 があるのは, Dyckら川の論文のみである.彼らの case 47は41歳女性例であり,数週のゆっくりした 経過で進行する四肢の筋力低下と,開眼時におけ る指鼻試験,膝撞試験で失調症状を示している. この例では,深部知覚が特に下肢で著明に障害さ れており,経過中,両側Babinski反射が認めら れ,カロリックテストで,前庭系の機能低下が示 され,緩徐進行性の経過をとり,末期には下方視 以外の眼球運動制限を伴い, 38カ月の経過で,呼 吸不全により死亡している.剖検では,大脳半球 には異常はないが,下部脳幹に血管周囲のリンパ 球浸潤を認め,小脳ではpatchyなプルキンエ線 維の減少と torpedo形成, Bergmann細胞の軽度 増殖が共に認められている.また,脊髄,末梢、神 経には,炎症所見と有髄線維の障害が認められて いる.この症例は慢性進行性の多発神経根炎と考 えられており,経過は,我々の例とは異なるが, 中枢性病変を兼ね備えていることが,類似してい ると思われる.
一方, Richterら24)は, iThe ataxic form of
polyradiculoneuritisJ とし、う文献の中で, case 2 として63歳の乳癌で死亡した女性剖検例をあげて いる.この症例は,深部知覚障害のなく,小脳性 と考えられる失調症状と,深部臆反射の消失,手 袋靴下型の知覚低下,筋萎縮を示したが,予後良 好な経過をたどっていた.病理所見で,脊髄Clar戸 ke柱の著明な変性が認められることより,失調症 状は求心路である脊髄小脳路の障害によると考え ている.我々の例でみられた,四肢失調症状や, 表面筋電図で示された,運動時振戦は,これら脊 髄小脳路の障害とも考えられる.しかし,saccadic eye movementおよび smoothpursuit eye move-mentの異常の責任病巣は,小脳中部および前庭 小脳が考えられていること25)より,小脳病変も存 在するものと思われる. 本例と Fisher症候群との鑑別は,経過が再発性 であり,全眼球運動障害,失調症状,臆反射消失 などが,同一時期に存在しないことより異なると 考えられる. 本 例 Guillain-Barre Synd 193 Post infectious (allergic) / polyneuropa向 Fisher Synd Chronic relapsing polyneuropathy 図5 本例の疾患単位としての位置を示す 図5に本例の疾思単位としての位置を示した. 本例は感染に伴うアレルギーとしての感染性多発 神 経 炎 の 中 のGui1lain同Barre症候群の亜型で, Fisher症候群とも異同を論ずべき症候はあるが, より慢性再発性多発神経根炎として考えるのが, 妥当だと思われる. 今回入院時には,上記診断にもとづき, pred -nisolone 30mgより投与開始した結果,臨床症状 の改善が認められ,現在は,ステロイドの投与は 行なわずに経過している.Dalakasら1ηは,排腹神 経生検で,免疫グロプリンの沈着が認められたこ とと,髄液でmonoclonalbandを認めたことよ り,本疾患群を, chronic relapsing (dysimmune) polyneuropathyとしており, prednisoloneの 1O-20mgの隔日維持投与で,再発を防ぐことが できるとしている.本例では,再発の原因や,免 疫異常については不明であるが,今後の経過観察 が重要であると思われる. 結 語 1)小脳症状を伴う慢性再発性多発神経根炎で, ステロイドによく反応した
1
例を報告した.2
)
慢性再発性多発神経根炎で,小脳症状を伴う 例はまれであり,この責任病巣は,脊髄小脳路お よび小脳にあると考えられた. 1087-文 献 1)Masucci,E
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