商法526条3項における法人たる売主の悪意の判断基 準
著者 来住野 究
雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law journal
巻 109
ページ 149‑162
発行年 2020‑08‑28
その他のタイトル Case Study on Commercial Law: Decision of
Tokyo District Court, Oct. 27th, 2017
URL http://hdl.handle.net/10723/00003973
【判例研究】
商法 526 条 3 項における法人たる売主の 悪意の判断基準
来住野 究
東京地裁平成 29 年 10 月 27 日判決
平成 26 年(ワ)第 18871 号損害賠償請求事件 判時 2400 号 83 頁
〔事 実〕
X会社(原告)は,不動産の販売及び仲介管理並びに賃貸等を目的とする株 式会社である。Y会社(被告)は,昭和 24 年に設立された酒類・焼酎・醤油 等の製造販売や駐車場の経営等を目的とする株式会社であり,Aが代表取締役 を務めていたが,平成 21 年 9 月 20 日代表取締役を辞任した。Aの二男Bは,
平成 19 年 10 月 1 日から現在に至るまでY会社の代表取締役に就任している。
Aは代表取締役辞任後も取締役の地位にあったが,平成 22 年 1 月 3 日に腰 椎圧迫骨折により入院した際,パーキンソン病と診断され,平成 24 年 4 月には,
誤嚥性肺炎のため入院し,寝たきり,全介助状態となった。その後,認知機能 の低下もあり,意思疎通,会話は成立しない状態で推移し,平成 26 年 1 月 25 日に亡くなった。
Y会社は,従前,本件土地上で醤油製造工場を営んでいたが,昭和 42 年頃,
同工場を解体し,本件土地をアスファルトで舗装し,Y会社の事務所敷地及び 有料駐車場として利用していた。
X会社は,平成 24 年 12 月 19 日,Y会社及びAとの間で,本件土地に共同 住宅を建設する目的で,本件土地及び地上建物 3 棟(うち 2 棟はAの所有,その 余の建物及び本件土地はY会社の所有)を代金 3 億 0500 万円で購入する売買契約 を締結した(本件売買契約)。
本件売買契約の当時,Y会社の代表取締役はBであり,本件土地の地上建物 のうちAが所有する 2 棟については,BがAを代理して売買契約を締結した。
本件売買契約においては,特約として,本件土地及び地上建物の引渡し以降,
売主は買主に対し,本件土地及び地上建物の隠れた瑕疵(土壌汚染,地中障害等)
について,一切の責任を負わないものとする旨の条項が定められた(本件瑕疵 担保免責特約)。X会社は,平成 25 年 2 月 28 日,Y会社及びAに対し,本件売 買契約に基づく代金を支払い,Y会社及びAから,本件土地及び地上建物の引 渡しを受けた。
X会社は,C建設に対し,本件土地上に 19 億 6000 万円でマンションを建設 する工事を発注した。C建設が,平成 25 年 10 月,本件土地の駐車場部分のア スファルト舗装の撤去及び地上建物の解体工事を開始すると,本件土地の広範 囲にわたりアスファルト舗装の下にコンクリートが打設されており,その更に 下に約 1 メートルにわたり,レンガ,レンガ混じり土,瓦,炭,焼却灰,木材 の燃えかす,煙突のコンクリート基礎等の本件地中障害物が埋まっており,激 しい異臭を放つ液体も含まれていることが判明し,醤油製造工場を解体した際 に解体材を野焼きにしてそのまま埋設したことがうかがわれた。
これにより,X会社は,マンション建設工事を一時中断し,C建設に本件地 中障害物の除去を発注した。X会社は,平成 26 年 5 月 12 日,C建設に対し,
本件土地の埋設物撤去工事費用として 1 億 0416 万円を支払った。
そこで,X会社は,Y会社に対し,売主の瑕疵担保責任による損害賠償請求 権に基づき,障害物の除去費用 1 億 0416 万円及び遅延損害金の支払を求めて 訴えを提起した。
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X会社は,Y会社は本件土地の瑕疵につき悪意又は重大な過失があれば,本 件瑕疵担保免責特約が定められていても,瑕疵担保責任を免れず(民法 572 条), また商法 526 条 2 項後段の期間制限も適用されない(同条 3 項)ところ,Bは 本件地中障害物の存在を知っていたはずであり,仮に知らなかったとしても,
Aが認識していたことをもってY会社が本件土地の瑕疵につき悪意であったと いうべきであるし,法人としてのY会社が瑕疵を生じさせておきながら,代表 取締役が交代したことによって責任を免れることは許されないのであって,法 人としての共通の認識として悪意であったと認めるべきであるなどと主張し た。これに対して,Y会社は,本件土地の瑕疵につき悪意又は重大な過失があっ たか否かは,本件売買契約の締結当時,Y会社の代表者であったBの認識を基 準とすべきところ,工場解体当時Bは 14 歳であり,土地の状況等は知らなかっ たし,Aは,本件売買契約の締結当時,認知機能の低下があり,意思伝達能力 がなかったことからすれば,BはAから工場解体時の本件土地の状況等につい て情報を得ることはできず,またAがY会社の意思決定に影響を及ぼし得る者 とはいえないなどと反論した。
なお,Y会社は無資力であったため,X会社は,Y会社との吸収分割契約に よりY会社の資産を承継した会社に対して,濫用的会社分割としての無効,詐 害行為の取消,会社法 22 条 1 項の商号続用責任,法人格否認の法理に基づく 損害賠償なども主張したが,棄却された。
〔判 旨〕 請求認容
「法人の善意又は悪意は,原則として法人の代表者又は代理人を基準として 判断すべきものである。しかしながら,民法 101 条は,代理人による意思表示 においては,善意又は悪意等は代理人について決するものとしつつ,代理人が 本人の指図に従って法律行為をしたときは,本人は,自ら知っていた事情につ
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いて代理人が知らなかったことを主張することができない旨を定めており,そ の趣旨は,代理人による意思表示がされた場合の善意又は悪意は,意思表示の 内容を決定した者について判断するとしたものと解される。このような同条の 趣旨に鑑みれば,法人の善意又は悪意を判断するに当たっては,法律行為が行 われた時点の法人の代表者や代理人に限らず,当該法律行為の意思決定に重要 な影響を及ぼした者の主観的態様をも考慮するのが相当である。」
「Y会社は,もともと江戸時代から続く個人企業であり,一時業績が低迷し ていたが,昭和 24 年にAが法人化して事業を拡大したのであり,Aは,平成 21 年 9 月 20 日に辞任するまで約 60 年間にわたってY会社の代表取締役の地 位にあったことが認められ,Aは,Y会社のいわば中興の祖として経営に大き な影響力を有していたことがうかがわれる。また,本件土地は,古くからD家 が所有しており,平成 8 年にはAの単独所有となり,同年から平成 14 年にか けてY会社に売買又は贈与を原因として順次持分の一部移転がされ,平成 14 年にY会社の単独所有となった伝来の土地であり,本件売買契約の対象となっ た地上建物のうち 2 棟は,Aが所有するものであった。そして,Y会社は,平 成 17 年から 19 年にかけて所有不動産の売却を進めており,平成 19 年頃には 本件土地の売却を検討し,ホテル運営会社との間で本件土地について 5 億円で 売買契約を締結する旨の提案を受けるところまで話が進んでいたことや,平成 19 年には,本件土地の売買に際して土壌汚染について適切な措置を行うため の情報を得ることを目的として土壌汚染調査が実施されていることからすれ ば,平成 19 年頃には,当時のY会社の代表取締役であったAの了解の下に,
条件次第で本件土地を売却すること自体は決定されていたものと推認すること ができる。平成 19 年 10 月にBがY会社の代表取締役に就任し,平成 21 年に はAが代表取締役を辞任したが,上記のとおり,AはY会社の経営に対して大 きな影響力を有していたことや,本件土地はもともとAが所有していたもので あり,本件売買契約の対象となった地上建物のうち 2 棟はAが所有するもので
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あったことに鑑みると,Aの関与の下で決定された本件土地の売却の方針は,
Aが代表取締役を辞任した後も既定路線として引き継がれており,本件売買契 約の締結はその方針に従ったものと認めるのが相当である。
そうすると,本件売買契約については,AがY会社の意思決定に重要な影響 を及ぼしていたということができるから,Y会社が本件地中障害物について悪 意であったか否かを判断するに当たっては,Aの主観的態様をも考慮すべきで ある。」
「そして,本件地中障害物は昭和 42 年に醤油製造工場を解体した際に解体材 を野焼きにしてそのまま埋設したものであり,昭和 42 年当時のY会社の代表 取締役であったAは,本件土地に本件地中障害物が埋設されたことを認識して いたものというべきである。」
「また,Aは,本件売買契約の当時,在宅生活が困難であったため入院して おり,意思疎通,会話が成立しない状態であったとされているが,Aが過去に 本件地中障害物について悪意であった以上,本件売買契約の当時,仮にAに意 思伝達能力がなかったとしても,上記の結論に影響を及ぼすものではない。」
「以上によれば,Y会社は,本件売買契約の当時,本件地中障害物の存在に ついて悪意であったというべきであるから,瑕疵担保責任を免れない。」
〔研 究〕
結論には賛成するが,理由づけには疑問がある。
1 平成 29 年改正前商法によれば,商人間の売買において,買主が目的物を 受領したときは,遅滞なくこれを検査し,瑕疵または数量不足を発見したとき には直ちに,直ちに発見できない瑕疵の場合には受領後 6ヵ月以内に,売主に 対してその旨の通知を発しなければ,その瑕疵または数量不足に基づく契約の 解除・代金減額または損害賠償を請求することができなくなる(商 526 条 1・2
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項)。ただし,売主が目的物の瑕疵または数量不足につき悪意であった場合には,
この規定は適用されない(同 3 項)。民法によれば,目的物の瑕疵・数量不足を 知った時から 1 年以内であれば,契約の解除・代金減額または損害賠償の請求 をなしうるため(平成 29 年改正前民 562〜566 条・570 条),売主は長期間にわたっ て契約の解除等をされるかもしれないという不安定な地位に置かれることにな るが,これでは法律関係の迅速な確定が要求される商事売買においては妥当で はないし,買主は専門的知識を有する商人であるから,目的物の瑕疵・数量不 足は容易に発見できるはずである。そこで,商人たる買主に目的物の遅滞なき 検査とその瑕疵・数量不足の通知を義務づけることによって,売主に善後策を 講ずる機会を与えるとともに,それを売主に対する契約解除・代金減額請求・
損害賠償請求の前提要件とすることによって,売主の地位の早期安定を図って いるのである。かかる売主の責任は特約によって排除することができるが,売 主が知りながら告げなかった事実については免責されない(民 572 条)。 本判決は,売主が法人である場合,瑕疵担保免責特約の適用除外または商法 526 条 3 項における悪意は誰の認識をもって決すべきかが問題となったもので ある。売買の目的物に隠れた瑕疵があった場合における民法 570 条所定の売主 の責任は,従来は債務不履行責任とは異なる瑕疵担保責任として理解されてき たところ,平成 29 年改正民法は,債務不履行責任たる契約不適合担保責任と して整理し,それに伴って商法 526 条の文言も改められたが,本件の争点は改 正商法の下でも同様に問題となる。
2 民事法では,即時(善意)取得・不当利得など,ある事実に関する当事者 の善意・悪意が法律関係を左右することが少なくないが,当事者が法人である 場合,誰の認識をもって法人の悪意と評価するかが問題となる(1)。
この問題について,伝統的には,代理行為の効力を左右しうる事実に関する 善意・悪意は代理人について決する旨の民法 101 条 1 項(及び平成 29 年改正民 法の 2 項)の(類推)適用により,ある行為について法人の善意・悪意は法人の
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ために意思決定をする者(代表機関・代理権を有する使用人など)の認識をもって 決すべきものと解されてきた(大判昭和 12 年 11 月 16 日民集 16 巻 1624 頁,最判昭 和 30 年 5 月 13 日 民 集 9 巻 6 号 679 頁, 最 判 昭 和 47 年 11 月 21 日 民 集 26 巻 9 号 1657 頁)。さらに,これを第 1 次的な基準としつつ,同 3 項(平成 29 年改正前民法の 2 項。なお,本件では改正前民法が適用されるため,以下では改正前の項数で表記する こととする)の趣旨に鑑み,意思決定に影響を及ぼしうる者にまで悪意の判断 基準となる者を拡大する見解が主張されるようになり(2),意思決定以外の方法 で行為に関与した者の認識・過失をもって法人の悪意・過失を認定した判例も ある(債権の準占有者に対する弁済にあたるかが問題となったものとして,最判昭和 37 年 8 月 21 日民集 16 巻 9 号 1809 頁)。本判決もかかる見解に従うものである(3)。 もっとも,学説上は,法人の悪意の判断基準となる者の範囲を拡大する根拠 について,当該行為の意思決定への関与の程度ではなく,ある被用者(使用人)
の悪意に基づく不利な効果を法人に負わせることが正当化されるかという実質 的な観点から考察する見解も有力に主張されるようになってきた(4)。この見解 によれば,法人は複数の役員・使用人による分業の利益を享受する一方,ある 事実の認識に伴う不利な効果を回避できるのにそのための措置を怠った場合に は,情報取得者と意思決定担当者が異なることをもって,不利な効果を免れる ことは許されないと解され,法人内部における情報伝達の期待可能性が法人と しての悪意の重要な判断基準となる。
思うに,法人の善意・悪意・過失の有無が問われる場合については,いかな る場面でまたはいかなる事情について善意・悪意が問われるかということに応 じてある程度類型化して検討する必要があると思われるが(5),民法 101 条が法 律行為に関連する場合以外にも適用されるかはともかく(6),少なくとも法律行 為の効力・効果に影響を及ぼす場合については,民法 101 条に解決の根拠を求 めざるをえないであろう。瑕疵担保責任の成否に関する悪意は,売買契約の効 力を左右しうる事情に関する悪意ではなく,目的物の瑕疵の認識であるから,
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必ずしもその判断基準は意思決定担当者(代表機関・代理人)である必要はない が,瑕疵担保責任は売買契約の附随的効果であるし,意思決定担当者が瑕疵を 認識しておりそれを相手方に開示すれば,契約の成否や内容に影響を及ぼすか ら,民法 101 条の適用場面と考えてよかろう。法人に対して民法 101 条を(類 推)適用する場合,法人学説のいかなる見解(法人実在説・法人擬制説)を前提 とするかによってその適用関係や理論構成は異なりうるが(7),一般的には,法 人の代表も代理の形式に準ずる以上,1 項の代理人には代表機関をも含み,他 方で,法人の代理人の権限は根本的には代表機関の権限に由来するから,2 項 の本人とは代表機関を意味すると解されよう。しかし,法人の業務は分業化が 進み,1 つの行為に複数の役員(理事・取締役)・使用人が関与することが多い ため,本件のように意思決定担当者自身が善意である場合に法人の悪意を認定 するには,同条 1 項の代理人の範囲または 2 項の本人の範囲の解釈により(8), 法人の悪意の判断基準となる者の範囲を拡大せざるをえない。民法 101 条の趣 旨には,代理人と本人の悪意に基づく不利な効果も本人は甘受すべきであると いう価値判断も含まれていると解されるから,本人たる法人の帰責性はその内 部事情を斟酌して弾力的に判断することは可能であるし,目的物の瑕疵につい て売主が悪意であれば瑕疵担保免責を認めないのは,かかる売主は保護に値し ないことによるから,法人たる売主が保護に値するかどうかを実質的に評価す るのが妥当である。
もっとも,役員・使用人の誰かが認識していれば,直ちに法人の悪意と評価 できるわけではない。意思決定担当者の認識と同視するためには,これらの者 との情報共有の可能性を考慮すべきである。ある事実を認識した役員・使用人 がそれにより法人に不利な効果が生ずることを回避するためにその事実を秘匿 するおそれがあることに鑑みれば,客観的に情報共有が期待できる状況にあっ たかが一応の基準となろう(9)。民法 101 条 2 項は,本人が代理人をコントロー ルできる可能性があれば広く適用されると解されてきたが(10),これを法人にあ
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てはめれば,役員・使用人を通じて得た情報をもって法人が意思決定担当者を コントロールできるかが問われることになる。また,法人の悪意に基づく効果 は法人の業務執行に関連して生ずるものであるから,役員・使用人の認識は業 務執行の過程において得たものであることを要するというべきである(11)。 3 本判決の判旨について検討するに,本判決は,法人の善意・悪意は第 1 次 的には法律行為が行われた時点の法人の代表者または代理人を基準としつつ,
法律行為の意思決定に重要な影響を及ぼした者にまでその範囲を拡大してい る。本件売買契約の当時Y会社の代表取締役であったBは本件土地の瑕疵につ いて善意であったと認定されているため,Aにまで判断基準が拡大されている が,Aは本件売買契約に重要な影響を及ぼした者として位置づけられている一 方,本件地中障害物の埋設については当時のY会社の代表取締役としての悪意 が認定されている。すなわち,AがY会社の代表取締役として本件地中障害物 を認識していたということをもって,直ちにY会社の悪意を認定しているわけ ではなく,Aの認識をもってY会社の悪意と評価するためには,本件売買契約 に重要な影響を及ぼした者であることを要すると解しているようである。しか し,Aが本件売買契約に重要な影響を及ぼした者として認定されている理由は,
Aは代表取締役在任中から本件土地の売却を推進しており,本件売買契約はそ の方針を既定路線として引き継いだものであるという点に求められているが,
それは過去の事情を考慮しているにすぎず,むしろ本件売買契約の締結当時,
Aは取締役の地位にとどまっているとはいえ,認知機能が低下し,意思疎通・
会話もできず,本件売買契約について指示できる状況でなかったことに鑑みれ ば,Aが本件売買契約に重要な影響を及ぼしうる者といえるのか大いに疑問で ある(12)。本件売買契約に対するAの影響力を問題とする以上,Aが過去に本件 地中障害物について悪意であったことをもって,本件売買契約締結時における Aの意思伝達能力の欠如を不問とすることは自己矛盾である。仮に本件におい てAがすでに死亡していたとすれば,法人の悪意を認定できないのであろうか。
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商法 526 条 3 項にいう売主の善意・悪意は引渡時を基準として判断されるとこ ろ(13),Y会社の取締役と使用人の誰も本件土地の瑕疵の存在を知らない場合に まで瑕疵担保責任を負わせることはY会社に酷であるともいえるが,他方で,
本件土地の瑕疵に関する代表取締役当時のAの認識をもってY会社の悪意と評 価し,法人としての悪意はAの代表取締役退任にかかわらず本件土地の引渡時 まで継続していると解する余地もある(14)。本件では,かねてから本件土地の売 却が検討されていた以上,本件地中障害物に関する認識を取締役間で共有する 機会は十分にあったといえるから,Y会社に帰責性を認めることができよう(15)。 また,本件土地の瑕疵の原因もY会社の悪意の根拠となりうる。本判決では 取り上げられていないが,「現在の代表取締役であるBが本件売買契約におけ る瑕疵について認識していないとしても,法人としてのY会社が瑕疵を生じさ せておきながら,代表取締役が交代したことによって責任を免れることは許さ れないのであって,法人としての共通の認識として悪意であったと認めるべき である。」というX会社の主張は傾聴に値する。悪意の対象となる目的物の瑕 疵が法人の業務執行の結果として意図的に生じた場合には,誰がその瑕疵を認 識していたかを特定するまでもなく,法人の悪意を認定してよいのではないだ ろうか。かかる解釈は,瑕疵担保責任を追及する買主の立証の便宜にも資する。
目的物の瑕疵の原因となる法人の業務執行がかなり昔のことであって,目的物 引渡時において法人内部に当時の事情を知る者がいなかったとしても,外部者 たる買主がそれを調査してその立証に成功する以上,売主は瑕疵担保責任を甘 受せざるをえないであろう。
注
(1) この問題に関する判例・学説の分析・整理については,二宮照興「法人の善意 又は悪意について」日本法学 58 巻 1 号(1992 年)118 頁以下,溝渕将章「法人に おける分業的組織構造と『悪意の効果帰属』(1)」常葉法学 3 巻 1 号(2016 年)
166 頁以下参照。
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( 2 ) 末弘厳太郎「民法第百一条と法人」『民法雑記帳(上巻)』(1953 年・日本評論社)
189 頁,星野英一「判批」法学協会雑誌 91 巻 4 号(1974 年)141 頁,二宮・前掲 注(1)150 頁以下。我妻榮『債権各論下巻一』(1972 年・岩波書店)1103〜1104 頁,
四宮和夫=能見善久『民法総則〔第 8 版〕』(2010 年・弘文堂)122 頁は,表見代理 の成立する範囲または代表機関の選任監督責任の及ぶ範囲の行為については,被 用者の悪意は法人の悪意となると解する。
(3) 本判決は,特に星野・前掲注(2)141 頁の説明に強く影響を受けている。
(4) 福地俊雄「法人の不当利得と悪意」谷口知平教授還暦記念『不当利得・事務管 理の研究(3)』(1972 年・有斐閣)140〜141 頁は,「自己の支配に属する人的組織に よって自己の事業活動の範囲を拡張する者は,それに基づく有利な効果だけでな く,不利な効果をも引き受けなければならない」という信義則上の一般原則に基 づき,「代表機関にしろ被用者にしろ,外形的に観察してその職務行為ないし事 業執行行為の範囲内で不当利得に関する悪意があれば,法人の利得は悪意の効果 をうけなければならない」と解する。
佐久間毅『代理取引の保護法理』(2001 年・有斐閣)48 頁以下(特に 55 頁,70 頁 以下)は,民法 101 条 1 項は意思の欠缺・瑕疵の問題とある事情に関する悪意の 問題とを同時に規律しており,後者については,意思表示に付着して意思表示の 有効な成立を妨げるものではないため,前者と区別して「悪意の帰責」の問題と して説明する。すなわち,法律行為により法律関係を形成する者は,その際に自 己の利益を守るための適切な措置(自己保護措置)をとる必要があるが,任意代理 において,本人は代理人に法律関係の形成を委ねるだけでなく,自己保護措置を 講じることも委ねているため,代理人の悪意が本人の法律関係に影響を与える。
また,本人が代理人を用いて法律関係を形成する場合,自ら行為する場合よりも 有利な地位を得ることはないため,本人がある事情を知っており自ら自己保護措 置をとることが可能であるときは,101 条 2 項により本人は自己の悪意を帰責さ れる。法人においては,理事が自ら行為しない場合でも,業務執行機関としての 性格上,法人のために保護措置を講じるべき立場にあるから,行為を実行しない 理事その他の機関の悪意も法人に帰責されなければならない。
溝渕将章「法人における分業的組織構造と『悪意の効果帰属』(2・完)」常葉法 学 4 巻 1 号(2017 年)135 頁以下は,概ね次のように説明する。悪意の当事者を 不利に扱う法規範の趣旨は,一定の事実を知っている者は,その情報に基づいて 適切な行動を選択し,自己または相手方の利益を保護できたはずであるが,その 適正行動をとらなかった者は,法律上の保護に値せず,相手方との利害調整の中 で不利に扱ってもよいという点にある。法人(分業的行為者)にも自然人(直接行 為者)と等しくこの法規範が適用されるべきである。代理(代表)権などの意思決
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定権をもって法人のために行為する内部者が当該行為に影響する事実について悪 意であれば,法人側で情報に基づく適正行動がとられる可能性があったはずであ るから,民法 101 条 1 項を類推して法人を悪意者と扱うべきである。法人は分業 の利益を得ている以上,その利益の代償として,意思決定担当者の悪意に基づく 効果を甘受すべきだからである。意思決定担当者が善意であっても,契約の勧誘・
交渉・事前調査など意思決定以外の方法で当該行為に関与する者がその職務の範 囲内で当該行為に影響する情報を取得した場合にも,分業体制に起因する内部事 情(情報を取得しうる地位と,情報に基づく適正行動を講じる地位とが別人格に分属するこ と)によって,法人が悪意者としての扱いを免れないようにする必要がある。
(5) 二宮・前掲注(1)146 頁以下は,法律行為に関連して問題となる場合とそれ以 外の場合とに分類して検討する。福地・前掲注(4)137〜140 頁は,詐害行為・即 時取得における悪意については民法 101 条 1 項の適用を肯定し,不当利得におけ る悪意については同項の適用を否定する。
(6) 民法 101 条の根拠を「悪意の帰責」の法理に求める場合,法律行為に関連する 場合以外にも適用される余地がある(於保不二雄=奥田昌道編『新版注釈民法(4)』(2015 年・有斐閣)71 頁[佐久間毅執筆]参照)。
(7) 法人の意思・行為を認める法人実在説に立って団体法的な発想を徹底すれば,
法人の対外的法律行為を行うことのできる権限を有するのは代表機関であり,代 表機関が自ら意思表示をすれば法人自身が意思表示をしたものと擬制されるた め,1 項は法人の代理人に限って適用されるにすぎず,2 項については,本人た る法人の認識を観念することができ,それは原則として代表機関を基準とするこ とになろう。一方,法人擬制説に立って法人の代表機関の法律行為を個人法的に 分析すれば,代表機関または代理人の意思表示が法人に対して効力を生ずるにす ぎないため,1 項は代表機関による(対する)意思表示にも適用されるのに対して,
法人自身の認識は観念できないとして,2 項は適用されないと解する余地もある。
もっとも,法人学説から演繹される形式的な解釈は概念法学に堕するおそれがある。
(8) 末弘・前掲注(2)188〜189 頁は,2 項の本人の解釈として,代表機関のみならず,
法人内部の職務規定上代理人に対して指図の権限を有する者も含むと解する。こ れに対して,法人には 2 項は適用されない,または 2 項の本人とは代表機関に限 ると解すれば,1 項の代理人の範囲を拡大するほかはない。本判決は,1 項の代 理人と 2 項の本人のいずれを拡大しているのか明らかではない。これに対して,
溝渕・前掲注(4)155〜156 頁は,意思決定権のない者に民法 101 条 1 項を適用す ることはその射程を超えるため,意思決定以外の方法で行為に関与した者の悪意 の法人への効果帰属の根拠を同項に求めることはできないとして,信義則に求める。
(9) 例えば,固定資産の売却においては,売買契約の交渉・締結を担当する役員・
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使用人がその瑕疵を認識していなくても,管財部門の役員・使用人は認識してい るということはありうる(溝渕・前掲注(1)189 頁)。役員であれば,法人の全業務 を統括する立場にあるから,情報共有可能性を認めることができるが,使用人の 場合には,必ずしも情報共有が期待できるとは限らない。部門間での情報伝達可 能性の判断基準については,溝渕・前掲注(4)165 頁以下参照。
(10) 四宮和夫『民法総則〔第 4 版〕』(1986 年・弘文堂)247 頁,内田貴『民法Ⅰ〔第 4 版〕』(2008 年・東京大学出版会)161 頁など。平成 29 年改正民法もそれに応じて「本 人の指図に従って」という限定的な文言を削除した。
(11) 溝渕・前掲注(4)155 頁参照。業務執行上の役員・使用人の悪意に基づく効果 の法人への帰属が法人の機関権限としての業務執行権によって根拠づけられると すれば,法人の業務執行が業務執行(の決定)機関(理事会・取締役会)の決議に基 づく場合,理事・取締役の過半数が悪意であれば,実際にその業務を実行した代 表理事・代表取締役・使用人が善意であっても,法人の悪意と評価することがで きる(二宮・前掲注(1)154 頁,四宮=能見・前掲注(2)122 頁)。
(12) 𡈽岐孝宏「本件判批」法学セミナー776 号(2019 年)123 頁は,Aの認知能力が 十分でなかったことに加えて,土地の瑕疵の有無は買主における土地の使用目的
(売買契約の目的)如何に左右される問題であるから,本件土地の売却方針はAの 関与下で決まっていても,ある程度交渉が具体化する時点まで瑕疵の有無そのも のが確定せず判断できないことをも考慮して,商法 526 条 3 項の適用上意味のあ る悪意をAのもとに認定できるか疑問を呈する。確かに,判例・学説は,瑕疵の 有無について,その契約において当事者がどのような品質・性能を予定していた か(主観的瑕疵概念)によって判断すべきものと解してきたが(大判昭和 8 年 1 月 14 日民集 12 巻 71 頁,最判平成 22 年 6 月 1 日民集 64 巻 4 号 953 頁など),本件地中障害物 が本件土地の瑕疵にあたるかどうかは売買契約の目的に左右されるとしても(マ ンション建設用地の売買契約において地中障害物を土地の隠れた瑕疵にあたるとしたものと して,東京地判平成 10 年 11 月 26 日判時 1682 号 60 頁),瑕疵にあたる場合には,その 存在の認識は売買契約締結当時を基準とする必要はない。
(13) 民 566 条但書,大判昭和 16 年 6 月 14 日判決全集 8 輯 22 号 6 頁,西原寛一『商 行為法〔第 3 版〕』(1973 年・有斐閣)152 頁,平出慶道『商行為法〔第 2 版〕』(1989 年・青林書院)229 頁など。
(14) 溝渕・前掲注(4)161 頁・172 頁は,情報取得者の退職という組織内の事情によ り,法人が悪意者としての扱いから解放されることを問題視し,情報取得者の退 職後も在職時の悪意を引き続き法人に効果帰属させるべきであるとしつつ,情報 取得時から長期間経過した場合には,法人の悪意を否定する。
(15) 佐久間・前掲注(4)76 頁は,代理行為の実行前に,本人が代理人に自己の知る 161
事実を伝えることができるならば,本人は自己保護措置を講じることができるの で,本人は自己の悪意を帰責されると解する。
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