フラソス民法と内縁
中川良延
剛序
剛本稿は︑フランスにおいて問題となっている内縁(oo昌o郎玄昌曽oeoあるいは億巳o口匡寓o)の実態とそれに対し判
( 1 )
例がどのように保護規整しているかを概観しようとするものである︒( 2 )
わが国でも内縁は特殊な社会経済的意識を基盤に大きな数を示し︑あの有名な大正四年の大審院判決がその不当破( 3 )
棄者に損害賠償義務を認めて以来︑それは判例・学説さらには種々の社会立法上保護のはばを拡げられてきており︑また先頃発表された﹁法制審議会民法部会小委員会における仮決定及び留保事項(その一)﹂において︑民法に内縁保護
( 4 )
に関するなんらかの具体的規定をおくべきかの問題が提出されていることは︑周知のとおりである︒ところで内縁問題は︑内縁の発生原因を探究してそれを除去し内縁発生を未然に防止して行くという問題と︑すでに発生し存在する
83
内縁をある程度保護し規整するという問題の二つに分けられるだろう︒といってももちろん二つの問題は一つの態度4からでた二つの解決策であるべきで︑両者は密接に関連しており︑根本的な内縁解決策である前者の方法を強く押し
進めた場合には後者の内縁の保護という方法が薄くなってくるのは当然である︒それからまた︑内縁の発生原因が社
( 5 )
会的にみて同情を受けるにあたいするような場合には内縁保護の要請も強くなってこよう︒このように二つの問題は密接に関係しているが︑しかしなお両者の区別と関係を明確に認識しておくことは︑わが国の内縁問題の解決にはも
とよりのこと︑特に諸外国において内縁がいかに問題とされまたその対策が立てられているかを研究しわが国のこの
問題の解決に有効に利用しようとする場合には︑必要かくべからざる態度であると思う︒
このような観点から︑以下本稿はつぎの三つの部分より成り立っている︒すなわち︑はじめにフランスにおける内
縁の発生原因とその実態を考察し︑つぎに︑その内縁が民法典の規定︑特に婚姻に関する規定との関連でどのように
保護規整されているかをみ︑さいごに内縁の発生防止のためにとられている対策を中心として︑判例・学説の内縁に
対する態度を総括したい︒
なおはじめにおことわりしておくことがある︒それは本稿の対象が表題のごとく︑民法典の範囲での問題に限定し
ていることである︒フランスにおいてもわが国と同様︑内縁を保護している社会立法が見られる︒したがってフラン
スにおける内縁の法的規整の現状を考察するためにはこれらの諸法を含めて検討しなければならないのであるが︑与
えられた紙面の制限竜あって本稿では直接扱わないことにするQその点については稿をあらためて考察する予定であ
るQ
二ところで本稿を進めて行くにあたり︑まず︑内縁関係を意味するフランス語について一言しておく必要がある︒
そのような言葉としてロ巳8まおと8ぎβぼ轟αq︒の二つがある︒しかしこの二つの言葉の意味する内容が異なるの
か︑また同一であるのかはかならずしも明確ではない︒⊆巳自ま8という言葉は︑かつてのフランス民法典の厳格な
484
方式主義と婚姻非解消主義に反溌して起こってきたいわゆる自由結合論者に由来するものであり︑これに反して
8ロ窪げ言9︒︒qΦという言葉は︑その日常的な用語法では︑たんに内縁関係のみならずひろく婚姻外の男女関係のすべてを
意味しているのであるから︑このかぎりでロ巳自ま8の方が︑法的保護の対象として問題とされうる内縁関係の実体
( 6 )
をそなえていると︑一応はいうことができよう︒しかしブランスの法学者は現在一般にこの二つの言葉をそれほど厳格には区別していないようで︑8昌8玄慈ひq①という言葉もその内容を限定しながら内縁関係を指すのに用いているのが
( 7 )
現状である︒そこでここでは右の二つの言葉がともに内縁関係を示すものとし︑内縁に関するポール・エスマンの定義をかかげておこう︒﹁ロ巳︒口ま器とは︑一男一女が性的関係に入り夫婦のごとくに共同の家庭生活をなしている事実
である︒⁝⁝8馨β玄墨αqΦはたんなる私通(ho鴎巳8甘ご口)や姦淫(ωε肩¢)とは異なる︒後者は女性とただの一回の関係が
( 8 )
あれば十分である︒これに反し8暮呂言pσq︒であるためには︑常時ある人と生活を共にしておらねばならない︒﹂このように8口窪ぼ墨σq︒がいわゆる内縁関係を意味するとしても︑次の二つの点に注意しなければならない︒第一
にフランス民法三四〇条一項四号に出てくる﹁公知ノ内縁関係﹂(8昌o昏言9︒σqo巳8凶8)との関係である︒これは︑認
知請求の訴が認められる場合を列挙した条文で︑その一つの場合として︑﹁父ト主張セラルル者ト母ガ︑懐胎ノ法定
期間申︑公知ノ内縁関係二於テ生活シタルトキ﹂と規定されているのであるが︑この﹁公知ノ内縁関係﹂は︑判例に
より︑継続的な性的関係が認められれば十分でかならずしも男女が家庭共同生活をしていることを要しないとされて
( 9 )
いる︒とすれば︑われわれが当面問題にしようとしている8昌窪甑轟σ身︒は一男一女の共同生活をその要件としているのであるから︑この規定の8琴信三欝ひ︒︒とは異なり︑それより狭い意味になる︒また第二に︑さきにあげた8旨2玄旨αqo
の概念は︑ある特定の8昌2葺轟︒qΦが一定の保護をうけるための要件とは直接関係しない︒その要件は︑その適用法
85
規との関係で相対的に決定されるものであるからである︒たとえば古い判例であるが一九二九年のリョン控訴院の判4決は︑内縁の妻(OO]口O¢げ一口O)が内縁の夫(8巳ロぼロ)をその責に帰すべき事由によって死亡せしめた加害者に損害賠償
86
を請求したのにたいし︑夫婦生活の﹁存在している間を通じてかれらが法の適法結合に負わせているごとき相互的な諸4( 10 )
義務を厳格に守ってきた﹂という︑その公正さを考慮して請求を認めているが︑われわれの使用している8旨暮ア昌9αq①の概念はこれほど厳格にしなくともよいのである︒
そこでわれわれは内縁を意味するフランス語としてはロ巳8ま8と8昌2玄量oq︒の二つをかかげ︑その場合8ロ2玄轟︒q①
の意味を右に述べたように解して論を進めていこう︒
( 1 )
((
32
))
( 4 )
本稿の執筆にさいし参照しえたものは︑フラソス語のものでは︑民法に関する各種の教科書および︑特にOoロ臼江o昌ω畠Φ一.9窪ω︒卑山︒訂8琴呂冒︒αβ︒ロω冨鼠αq巨曽けごづ蹄9蕊巴ωρ仏α⁝8含国8⊆︒旨28矯と幻Φ鼠↓竃曙"冒︒8苧
8び百餌αqΦo昌司量づoρ国o︿質oけ比ヨΦω↓ユoロΦ山o脅9け9︿鉾H㊤①ρH︒であり︑わが国のものとしては宮崎孝治郎﹁フラ
ソス婚姻法﹂(新比較婚姻法所収)︑谷口知平﹁仏蘭西民法︹1︺人事法﹂(現代外国法典叢書)︑木村健助﹁フラソスにお
ける内縁問題﹂(家族制度全集・史論篇﹁婚姻﹂所収)︑中川善之助﹁生命侵害に於ける反射損害・特に無形損害﹂(﹁身
分法の総則的課題﹂所収)等である︒このうち宮崎教授のものはまだ発表されていないものであるが︑ゲラ刷を拝見さ
せていただき︑多くの御教示をうけた︒厚くお礼を申し上げる︒
高梨公之・日本婚姻法八四頁以下参照︒
大判大四・一・二六民録一二輯四九頁︒なお︑唄孝一・佐藤良雄﹁﹁婚姻予約有効判決﹂の再検討L法律時報三一巻三.
四・九・一〇号参照︒
これによると︑屈出婚主義をとっている現行七三九条をそのままにして﹁婚約及び﹃内縁﹄につき規定を設くべきか﹂
(第七)とし︑また﹁小委員会における留保事項中の問題﹂において︑﹁内縁について規定を設ける必要があるとすれ
ば︑﹂いわゆる婚姻予約不履行の場合には損害賠償請求権を認むべきか︑又は財産分与請求権に準ずるものを認むべ
きか︒a内縁継続中に一方が死亡した場合︑他方に生存配偶者の相続権に準ずるものを認むべきかL(第二)とされ
ている︒
フ ラ ソ ス 民 法 と 内 縁
( 5 )
( 6 )
( 7 )
((
98
))
( 10 ) た と え ぽ わ が 国 に お い て 旧 法 時 代 ︑ ﹁ 準 婚 が 広 汎 に 存 在 し ︑ そ れ を 正 当 視 し よ う と す る 意 識 が 国 民 の 間 に ︑ 或 い は ︑ 少
な く と も 法 学 者 の 間 に か な り に 強 か っ た ﹂ の は ︑ ﹁ 半 封 建 的 な 制 定 法 ( た と え ば ︑ 戸 主 ・ 親 の 同 意 ) の 支 配 に 対 す る 反 封
建 的 結 婚 の 保 護 と い う 問 題 意 識 に も 支 え ら れ て い た の で あ ろ う ︒ ﹂ 唄 孝 一 ・ 佐 藤 良 雄 ・ 前 掲 論 文 ・ 法 律 時 報 三 一 巻 一 〇
号 四 二 頁 註 ︒
宮 崎 ・ 前 掲 六 三 八 頁 参 照 ︒ そ こ で も 引 用 さ れ て い る の で あ る が ︑ < 0 8 ぴ 巳 p 貯 o 冒 ユ 9 ρ q ① で は ︑ 8 b o ロ ぼ 慈 αq o と は ︑ ﹁ 共
に 婚 姻 し て い な い 一 男 一 女 が 習 慣 的 継 続 的 に 性 関 係 に あ る こ と の 状 態 を い い ︑ o O 口 o ロ ぼ け 曽 αq o が 完 全 な る 共 同 生 活 に 入 つ
た と き に そ れ は q 巳 o 口 = び H o た る 資 格 を も つ こ と に な る ︒ ﹂ と さ れ て い る ︒
ほ と ん ど の 教 科 書 は 内 縁 を 目 巳 8 嵩 寓 ① の 項 目 の 下 で 論 じ て い る が ︑ そ の 中 で は o o 昌 o 信 ぼ 昌 掌︒ σq o と い う 言 葉 を あ た か も
二 巳 o ロ 賦 び 円 ① と 同 意 語 の ご と く に 用 い て い る ︒ た と え ば ︑ 幻 首 o 昌 Φ 甘 bd o 巨 9 昌 σq Φ が ↓ 鴇 巴 鼠 α Φ α 隔 o 詫 o 一く 臣 け ・ ど μ ㊤ ① ρ b ︒
= bの 朝 Φ け ω ・ そ の ほ か ︑ 国 日 帥 づ 蝿 o 一 α Φ ピ 曽 の O 騎o ω o P 国 ω ω 讐 山 ① 伍 α ゆ 巳 菖 o 昌 α o 冨 8 昌 o ロ げ 露 o ︾ α 90 昌 の ︑O o 昌 島 怠 o 昌 像 Φ 一 .Φ 噂 o 口 ω ① Φ け
伽 o 鼠 0 8 0 ̀ び 言 P H ㊤ 窃 ① . ( 以 下 0 8 伽 葺 8 と 引 用 ) 娼 . μ 曾 ω ・ な お ポ ー ル ・ エ ス マ ソ は ︑ 民 法 三 四 〇 条 が o o 昌 6 ロ げ 言 9 αq o と
い う 言 葉 を 用 い て い る の で こ れ と の 混 同 を 避 け る た め に o o 口 o ロ 玄 昌 9 0q o 以 外 の 言 葉 を 使 用 す る の が 適 当 で あ る と い っ て
い る ( ℃ 9 三 雰 目 O 巨 ℃ 口 巳 O 口 嵩 σ 陛 P 国 昌 O 矯 巳 O b 傷 臼 Φ U 巴 δ 嫡 H ㊤ 朝 ㎝ ) ︒ こ の 点 は 後 述 ︒
勺 ・ 国 ω ヨ o 凶 P o ウ 9 け ・
幻 首 o 誹 2 切 o 巳 き σQ o が o O . ︒ 罫 昌 ︒ H ︒︒ ① 仰 b︒ ︒ ⁝ 即 国 ω 目 巴 P o や ︒ 霊 と く に 幻 Φ ρ ̀ ㊤ 昌 o < o 目 寓 o お ︒︒ ︒︒ " U . 口 ・ 巳 ω ︒︒ ℃ ① H H は ︑
三 四 〇 条 の 意 味 す る コ ソ ク ビ ナ ー ジ ュ ・ ノ ト ワ ー ル は ︑ 内 縁 の 夫 が 同 時 に ほ か に ︑ 正 式 の 世 帯 を も っ て い る 場 合 に も 認
め ら れ る と い っ て い る ︒ こ の 点 に つ き ︑ O 曽 ω Φ ρ O o 昌 巳 怠 o 昌 ● b ● b︒ 参 照 ︒
ピ 団 o P H ◎︒ す け ≦ 賃 ド ㊤ N P U . 目 ㊤ い P P ω S な お 0 9 ω ① ρ o O . o 罫 ウ ω 参 照 ︒ も ち ろ ん こ の よ う な 請 求 が 今 日 認 め ら れ て い
な い こ と は 後 述 ︒ ・
二内縁の実態および発生原因
[フランスにおいて内縁はどのような実態を示しているのであろうか︒
これについては最近のものであるルネ・テリィ﹁フランスにおける内縁法社会学的研究﹂が有益な資料と示唆
( 1 )
にとむ見解を提供してくれる︒ζの論文は︑国立統計経済研究所(冨ω馨9羅けδ昌筥山Φドω欝け翼δ器9α︒ω国言傷$( 2 )
国8巳巳ρ器ω)が一九五四年の国勢調査に基づいて作成した資料を分析したものである︒これによって︑内縁数(率)とそれが地理的︑社会的および宗教的諸条件によってどのように分布されているかをみると︑
第一に︑全国で内縁家庭は二八一︑四六〇であり︑適法な婚姻数は約一千万であるからそれとの比率は三%弱であ
( 3 )
る︒また全人口との比率でみると︑一万人に=二〇人の男女が内縁関係にあることになる︒第二に︑内縁の分布状態を地域的に観察すると︑都会地方と農村地方とで著しい特徴酌差異があらわれている︒た
とえば︑全人口の三七・四%を占める農村地方の内縁数は全内縁数の二三・六%にすぎないのにたいし︑パリを中心
とするセーヌ県は人口がその三分の一(全人口の=︼%)で約三〇%の内縁数を擁している︒すなわち内縁数は都会地
( 4 )
方にかたよって存在し︑このことは内縁と都市生活との相関関係を暗示させるのである︒第三に︑これを男性活動人口の中で階級別にみると︑有産階級は一万人につき=五人︑中産階級は国民的平均と
( 5 )
同じく一九〇人︑労働者階級は二六四人と階級を下降するにしたがって増加している︒このように階級によって内縁率にはっきりした差が見出せるのであるが︑同一の階級の内部においてもその地位の異なるにしたがって異なった率
を示している︒たとえば工場労働者についてこれをみると︑職工長(OO5け同①b属"け同Φω)二四八人︑熟練工(︒ρ<激屋
ρ¢巴隷ω)二八三入︑不熟練工(目P四︼P◎Φ口く﹃Oω)三五六人と︑この階級を下降するにつれて内縁率が規則正しく増加してい
るのである︒なお農民については︑農業経営者(9鴨δ巳け︒霞ω震営o凶鼠uけω)は一万人に三三人︑農業労働者(︒薯ロΦお
( 6 )
曽管8蕾)は一五三人とやや特異な現象を呈している︒これらのことは︑内縁と社会的地位︑職業もしくは生活様式との間になんらかの関係の存在することを推測せしめる︒
第四に︑キリスト教に対する信仰心の強さと内縁の関係であるが︑これは前二者ほど明確ではない︒たしかに一方