アメリカの文化人類学教科書の内容分析 : 1990年 代前半からの変化を中心に
著者 桑山 敬己
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 25
号 3
ページ 355‑384
発行年 2001‑02‑15
URL http://doi.org/10.15021/00004078
桑山 アメ リカの文化人類学教科書の内容分析
ア メ リカ の 文 化 人 類 学 教 科 書 の 内 容 分 析 一1990年 代前半か らの変化を中心に
桑 山 敬 己*
A Content Analysis of American Textbooks of Cultural Anthropology:
With Focus on the Changes since the Early 1990s
Takami Kuwayama
本 論 は,ア メ リカ人 類 学 の研 究 お よび 教 育 動 向 を,教 科 書 の記 述 の 変 化 を 通 して検 討 す る。 ケ ー ス ス タデ ィ と して,Serena Nanda著Cultural anthropology の 旧版 と新 版 を 取 り上 げ る。新 版 の新 た な特 徴 と して,イ ンタ ー ネ ッ トの 使 用, グ ローバ リゼ ー シ ョ ンお よび ジ ェン ダ ー の議 論 が あ る。 ポス トモ ダ ニズ ム の 影 響 も強 く,特 に認 識 論,民 族 誌 の 書 き方,文 化 の 概 念,政 治 権 力,芸 術 の章 に 著 しい。但 し旧版 の進 化 論 的 ア プ ロー チ も残 され て お り,従 来 の 「大 きな 物語 」
と ポ ス トモ ダ ニズ ムが 共 存 す る とい う理論 的 矛 盾 が 見 られ る 。 また ア メ リカ の 人 類 学 を 全 世 界 の 人 類 学 と同 一 視 す るの も問 題 で あ る。 こ う した欠 点 は他 の教 科 書 に も見 られ る。 今 後 は よ り体 系 的 な教 科書 分析 を行 な い,異 文 化 と して の
ア メ リカ人類 学 に迫 る試 み が 望 まれ る。
By analyzing changes in textbook descriptions, this paper examines the current trends in research and teaching in American anthropology.
As a case study, two different editions of Serena Nanda's Cultural anthropology (4th and 6th editions) are compared. A most salient tech- nological change is the increased use of the Internet. In terms of the topics discussed, globalization and gender are the two new areas to which detailed attention is given. Postmodernism has influenced the new edition's overall orientation, especially in chapters on epistemology, ethnographic writing, the culture concept, political power, and art. The
*創 価 大 学,国 立 民 族 学博 物 館 共 同研 究 会 特 別 招 へ い 講 師
Key Words : American anthropology, textbook analysis, change and continuity, postmodernism, evolutionism
キ ー ワ ー ド:ア メ リ カ 人 類 学,教 科 書 分 析,変 化 と連 続,ポ ス トモ ダ ニ ズ ム,進 化 主 義
国立民族学博物館研究報告 25巻3号
old edition's evolutionary approach has been retained, however, and theoretical inconsistency is observed in the juxtaposition of the tradi- tional "grand narratives" and the postmodern critiques that refute them.
Also problematic is the virtual identification of American anthropology with the diverse anthropologies in the rest of the world. Comparison with other textbooks shows that they have the same problems and tendencies. The paper concludes by calling for a more systematic analysis of textbooks as windows to American anthropology as a foreign culture.
1 は じめ に
2 教 科 書 を 検 討 す る 意 義 3Nanda and Warms著
Cultura'anthropology 択 の 理 由
4 本 の 構 成 の 連 続 性 5 内容 と記 述 の 変 化 6 結 語
1は じ め に
本 稿 で は,Serena Nanda and Richard L. Warms著Cultural anthropology(6th edition,1998)と,そ の 前 身 で あ るSerena Nanda著Cultural anthropology(4th edi‑
tion,1991)の 比 較 を 通 じ て,ア メ リ カ の 大 学 に お け る 文 化 人 類 学 の 教 科 書 が,1990 年 代 前 半 か ら ど の よ うに 変 化 し た か に つ い て 考 察 す る 。
も と よ りア メ リ カ は 教 科 書 大 国 で あ る 。 執 筆 時 の2000年7月 現 在,ア メ リ カ 国 内 で 使 わ れ て い る 文 化 人 類 学(以 下 単 に 「人 類 学 」 と呼 ぶ)の 教 科 書 は,私 が 入 手 し た 限
りで も20冊 以 上 あ る1も 本 来 な ら,そ れ ら を 逐 一 調 べ た 上 で 報 告 す べ き だ が,1冊400 ペ ー ジ(大 判2段 組 が 多 い)を 優 に 超 え る 分 量 と,数 年 毎 に 改 定 され る現 実 を 考 え る
と,独 力 で す べ て を 網 羅 す る の は 困 難 で あ る 。 そ こ で,不 完 全 を 承 知 の 上 で 前 記 の 著 作 に 焦 点 を 絞 り,一 つ の 事 例 と し て 検 討 した い 。 な お 本 稿 で い う教 科 書 と は,主 に 入 門 講 座 で 使 わ れ る概 説 書(introductory textbook)の こ と で あ る 。
2 教科書を検討す る意義
ク ロ ー ・ミー(A.L. Kroeber)のAnthropology(初 版1923年,1948年 に 改 定)に 代
桑 山 ア メリカの文化人類学教科書 の内容分析
表 さ れ る よ うに,か つ て 人 類 学 の 教 科 書 を 著 した の は 大 家 で あ っ た 。 そ し て,彼 ら の 著 作 は 学 会 の ス タ ン ダ ー ドと し て 君 臨 し,強 い 影 響 力 を 持 っ た 。 し か し,今 日 の よ う に 専 門 化 と細 分 化 が 進 み,さ ら に 大 学 教 育 が 大 衆 化 す る と,教 科 書 の 執 筆 は 二 流 の 研 究 者 の 仕 事 と見 な さ れ,学 術 的 価 値 は 殆 ど な い と考>xら れ る よ うに な っ た 。 だ が 現 実 に は,文 化 唯 物 論 の 提 唱 者 で あ る ハ リ ス(Marvin Harris)や,優 れ た オ セ ア ニ ア 研 究 者 で あ った キ ー ジ ン グ(Roger M. Keesing)ら も 教 科 書 を 書 い て い る の で,こ れ は 必 ず し も的 を 射 た 見 解 で は な い 。 特 に,教 科 書 の 記 述 は 学 会 の コ ン セ ン サ ス を 反 映 す
る の で,そ の 変 化 は 学 問 的 潮 流 の 指 標 と理 解 で き る 。
3Nanda and Warms著Cultural anthropology選 択 の 理 由
Nanda and Warmsの 著 作 を 選 択 し た 理 由 は,主 に 三 つ あ る 。 ま ず,ヴ ァ ー ジ ニ ア 州 リ ッチ モ ン ド市(Richmond)に あ る ヴ ァ ー ジ ニ ア ・ コ モ ン ウ ェ ル ス 大 学(Vir‑
ginia Commonwealth University)に,私 は1989年 か ら1993年 ま で4年 間 在 職 し,毎 学 期 「文 化 人 類 学 入 門 」 の 講 座 を 担 当 し た 。 本 書 は そ の と き教 科 書 と して 使 っ た の で, 内 容 は 熟 知 し て い る つ も り で あ る 。 次 に,こ の 本 の 第4版 は ナ ソ ダ(Serena Nan‑
da)の 単 著 で あ っ た が,第6版 で は 中 堅 の ウ ォ ー ム ズ(Richard L. Warms)を 共 著 者 と して 加>x,記 述 に 大 幅 な 変 化 が 見 ら れ た2)。 そ の 変 化 は,1980年 代 以 降 の 人 類 学 の 動 向 を よ く反 映 し て い る と 思 わ れ る の で,二 つ の 版 の 比 較 は 学 説 史 的 に 興 味 深 く,
ま た 将 来 の 教 育 の あ り方 を 占 う上 で も 有 益 で あ る 。 最 後 に,本 書 の 第1版 が 刊 行 さ れ た の は1980年 で あ る が,そ れ 以 降 約20年 に わ た っ て 版 を 重 ね て い る3)0こ の こ と は, 5年 も し な い う ち に 絶 版 に な る 教 科 書 が 少 な く な い 中 で,か な りの 成 功 を 収 め た こ と を 意 味 す る。 他 の 教 科 書 と比 べ て も,理 論 的 に 偏 りが な く民 族 誌 と の バ ラ ン ス も 良 い の で4),現 代 ア メ リ カ を 代 表 す る 教 科 書 の 一 つ と 考 え て 良 い だ ろ う。
4 本 の構成 の連続性
章 立 て を 見 る と,Nanda(第4版)は 全17章, Nanda and Warms(第6版)は16章 と 学 説 史 を 解 説 し た 補 遺 か ら 成 る が,基 本 的 な 構 成 に 変 化 は な い5)0第6版 の 目次 は 末 尾 に 「参 考 」 と し て 掲 げ て あ る 。 分 野 を 問 わ ず,ア メ リカ の 教 科 書 は15章 を 少 し超 え た も の が 多 い 。 こ れ は,semester制 は 講 義 が15週 間, quarter制 は10週 間 あ り,近 年 で はsemester制 を 採 用 す る 大 学 が 多 い の で,学 習 の 便 を 考>xた も の で あ ろ う。
国立民族学博物館研究報告 25巻3号 一 般 に,1970年 代 以 降 の 人 類 学 の 焦 点 は,機 能 や 構 造 か ら 意 味 や 象 徴 に 変 化 した と 言 わ れ る 。 後 者 に も っ と も大 き な 影 響 を 及 ぼ し た の は ギ ア ー ツ(Cliiford Geertz)で あ り,彼 の 解 釈 人 類 学 は 人 類 学 の 枠 を 越 え て 広 く議 論 さ れ て い る。 ア メ リカ の 人 類 学 を,ハ リ ス に 代 表 さ れ る 唯 物 論(materialism)と ギ ア ー ツ に 代 表 さ れ る 観 念 論 (idealism)に 二 分 す る と,現 在 で は 明 ら か に 観 念 論 が 優 勢 で あ る 。 し か し,教 科 書 の 世 界 で は 事 情 は 異 な り,唯 物 論 の 影 響 が 強 い 。 こ の こ と は,物(物 質)か ら 心(精 神)へ と進 む 章 立 て に,典 型 的 に 表 さ れ て い る 。 入 手 した 教 科 書 の 多 くは,(1)文 化 の 概 念 と人 類 学 の 方 法,(2)文 化 の 諸 相,(3)文 化 の 変 化 と人 類 学 の 応 用,の3 部 門 に 分 か れ る(こ の 表 記 は 私 個 人 の も の で,他 に も 適 当 な も の が 考 え ら れ る だ ろ う)。
記 述 の 大 部 分 を 占 め る 第2部 門 の 「文 化 の 諸 相 」 は,自 然 環 境(生 態)・ 生 業 の 説 明 に 始 ま り,次 に 経 済 ・家 族 と結 婚 ・親 族 ・ジ ェ ン ダ ー ・政 治 ・法 律 な ど を 論 じ,最 後 に 心 理 ・宗 教 ・芸 術 に 触 れ る の が 一 般 的 で あ る6)0こ の 構 成 は,ハ リ ス の よ う に 「下 部 構 造 」 「構 造 」 「上 部 構 造 」 と い う言 葉 こ そ 使 っ て な い が,唯 物 論 的 な 文 化 観(よ り 一 般 的 に 言>xぽ ,生 業 形 態 の 分 類 に 基 づ く進 化 論 的 ア プ ロ ー チ)を 採 用 した も の と言 っ て 良 い7も
5 内容 と記述 の変化
Nanda and Warmsを 含 め て,1990年 代 前 半 か ら起 き た 最 大 の 変 化 は,恐 ら く イ ン タ ー ネ ッ トの 利 用 で あ ろ う。 マ イ ク ロ ソ フ ト社 のWindows 95が1995年 に 発 表 さ れ て か ら,日 本 で も イ ン タ ー ネ ッ トの 使 用 は 激 増 し て い る が,ア メ リ カ で は こ の 新 し い 技 術 を 大 学 教 育 に 積 極 的 に 活 用 し 始 め た 。 具 体 的 に は,章 末 の 参 考 文 献 と共 に,そ れ ぞ れ の 章 で 学 習 した 項 目 と 関 連 の あ る ウ ェ ブ サ イ ト(ホ ー ム ペ ー ジ の ア ド レス)を 掲 載 し,関 心 の あ る 学 生 が 最 新 の 情 報 を 得 ら れ る よ うに 配 慮 し て あ る 。 ま たInternet Exercisesと 題 し て,ブ ラ ウ ザ ー の 検 索 機 能 を 利 用 して 学 生 自 ら が 情 報 を 収 集 し,特 定 の 問 題 に つ い て 調 べ る よ うに 指 示 し た も の も あ る 。 さ ら に,多 く の 出 版 社 は 独 自 の
ウ ェ ブ サ イ トを 開 設 し,パ ス ワ ー ドを 持 っ た 顧 客(学 生)に 対 して,教 科 書 の サ マ リー や サ ン プ ル テ ス トな ど を 提 供 す る サ ー ヴ ィ ス も 始 め た 。 そ れ ぼ か りで な く,一 部 の 教 科 書(例 え ぽEmber and Ember 1999;Kottak 2000)に は,付 録 と し て 予 めCD‑
ROMが 付 い て い て,特 定 の 項 目 に 関 す る 映 像(例 え ば ト ロ ブ リア ン ド諸 島 の 地 図) や 音 声(例 え ぽ 民 俗 音 楽)を 引 き 出 す こ と が で き る。 そ して,CD‑ROMか ら イ ソ タ ー
ネ ッ ト上 の 関 連 サ イ トに ア ク セ ス す れ ぽ,よ り詳 細 な 情 報 が 得 られ る よ う に 工 夫 さ れ
桑山 アメ リカの文化人類学教科書の内容分析
て い る 。 異 文 化 は 印 刷 され た 文 字 だ け で は 伝 え に くい の で,マ ル チ メ デ ィ ア を 利 用 し た 教 材 は 人 類 学 に と っ て 重 宝 で あ る 。 日本 の 大 学 教 育 も,ア メ リカ か ら 学 ぶ こ と は 多 そ うだ 。
Nanda and Warmsに は,以 前 の 版 に は な か っ た 大 き な 特 徴 が 二 つ あ る 。 一 つ は, 近 年 の グ ロ ー バ リゼ ー シ ョ ン を 反 映 して,各 章 に こ の 問 題 と 関 連 す る 話 題 を,枠 入 り (box)で 取 り上 げ た こ と で あ る 。 幾 つ か 例 を あ げ る と,薬 草 に 関 す る 民 族 誌 的 デ ー タ が グ ロ ー バ ル 経 済 に 持 つ 商 業 的 価 値,女 子 割 礼 を め ぐ る 国 際 的 人 権 論 争,ハ ン バ ー ガ ー 用 の 牛 肉 消 費 が 第 三 世 界 の 生 産 地 に 与 え る 影 響,海 を 越 え 国 境 を 越>xる 親 族 の 絆,
グ ロ ー バ リゼ ー シ ョ ン の 反 発 と し て の ナ シ ョナ リ ズ ム の 昂 揚,エ イ ズ へ の 世 界 的 関 心, な ど で あ る 。 こ う し た 話 題 は 極 め て 現 代 的 で,大 変 興 味 深 い 。 も う一 つ の 新 し い 特 徴 は,ジ ェ ソ ダ ー に 関 す る 独 立 し た 章 を 設 け た こ と で あ る 。以 前,ジ ェ ン ダ ー は 社 会 化, 結 婚 と 家 族,近 代 化 な ど と の 関 連 で 語 ら れ,記 述 が 分 散 し て い た 。 今 回 か ら は 一 箇 所 に ま と め ら れ,付 随 現 象 と し て で は な く,単 独 で 語 る 価 値 の あ る 現 象 と して 取 り上 げ ら れ た 。 な お,グ ロ ー バ リゼ ー シ ョ ン と ジ ェ ン ダ ー に つ い て は,90年 代 初 頭 よ り も大 き く扱 っ た 教 科 書 が 増 え た 。
以 下,Nanda(第4版)と の 比 較 で, Nanda and Warms(第6版)を 章 ご と に 検 討 す る 。 最 初 に 各 章 の 項 目 を 掲 げ る の で,本 文 の 内 容 は 大 体 理 解 で き る と 思 う。
(i)第1章 人 類 学 と 人 間 の 多 様 性(Anthropology and human diversity)
1人 類 学 の 分類(文 化 人類 学,言 語 人類 学,考 古学,自 然 ま た は生 物 人 類 学,応 用 人 類 学)2人 類 学 か ら学 ぶ もの:人 間 の差 異 の理 解(エ ス ノ セ ン ト リズ ム,人 間 の生 物 的 多様 性,人 種 の文 化 的構 築,人 種 差別 と人 種 主 義,人 類 学 と文 化 相 対 主 義,エ ミッ ク とエ テ ィ ッ クの文 化 ア プ ロ ーチ)3変 化 す る世 界 の 中の 人 類 学
一 般 に 人 類 学 の 教 科 書 は,序 論 で 文 化 的 存 在 と し て の 人 間 像 を 提 示 す る。 本 書 で 目 立 つ の は,文 化 を 生 物(特 に 人 種)と の 対 比 で 捉 え て い る こ と で あ る。 も ち ろ ん,こ の 傾 向 は 以 前 か ら ど の 教 科 書 に も 認 め ら れ た が,著 者 は 「人 種 」 と 「知 能 指 数 」 の 関 係 を 指 摘 し た 近 年 の 科 学 的 人 種 主 義(scientific racism)を 批 判 し,そ の 上 で 文 化 の 重 要 性 を 説 い て い る8)。 こ こ に は,1990年 代 に 保 守 化 し た ア メ リ カ の 姿 を 垣 間 見 る こ と が で ぎ る 。 著 者 自身 は 述 べ て な い が,特 に 問 題 な の は,PC(Pol董tical Correctness) に 反 発 し た 多 数 派 の 隠 れ た 人 種 主 義 と,多 文 化 主 義(multiculturalism)に 潜 む 少 数
国立民族学博物館研究報告 25巻3号 派 の 逆 差 別 的 人 種 主 義(例>xぽ ア フ ロ セ ン ト リズ ムAfrocentrism)で あ ろ う。 だ が, こ う した 文 脈 で 文 化 相 対 主 義 を 説 き,エ ス ノ セ ン ト リズ ム の 危 険 性 を 指 摘 す る こ と は, 文 化 の 政 治 化 に つ な が る 恐 れ が あ る(桑 山1999:204‑210)。 ま た そ れ 以 上 に,人 種 主 義 に 対 抗 す る 手 段 と し て 文 化 を 強 調 し た ア メ リ カ 人 類 学 の 父 ボ ア ズ(Franz Boas) の 時 代 に 遡 り して い る よ うで,一 種 の む な し さ を 感 じ さ せ る 。人 間 を 決 定 す る の は 「遺 伝 か 環 境 か 」(nature or nurture)と い う問 い に 対 し て,「 環 境 」 つ ま り後 天 的 に 獲 得 され る 文 化 の 重 要 性 を 訴 え た ボ ア ズ 学 派 は,ア メ リ カ 人 類 学 の リベ ラ ル な 伝 統 を 体 現 し て い た 。 ボ ア ズ の 没 後 半 世 紀 以 上 も経 て,再 び 彼 ら が 声 を 大 に し て 文 化 を 説 か な く て は な ら な い 現 実 に,奴 隷 制 度 を 経 験 し た 唯 一 の 近 代 国 家 ア メ リ カ の 苦 悩 を 見 る こ と が で き る 。 な お,人 種 概 念 に 含 ま れ る 恣 意 的 要 素 を 「文 化 的 構 築 」 と表 現 した の は, 最 近 の 人 種 ・エ ス ニ シ テ ィ論 を 反 映 し た も の だ ろ う。
「3変 化 す る 世 界 の 中 の 人 類 学 」 の 項 で は,人 類 学 と植 民 地 主 義 と の 関 係,文 化 の 表 象 に お け る 力 関 係,先 住 民 に よ る 異 議 の 申 し立 て,ポ ス トコ ロ ニ ア ル 時 代 に お け る 人 類 学 の 課 題 な ど が 手 際 よ く ま とめ ら れ て い る 。 こ う し た 記 述 は,第4版 に は 全 く と言 っ て 良 い ほ ど 見 ら れ な か っ た も の で,人 類 学 の 「古 典 的 時 代 」 に 教 育 を 受 け た ナ ソ ダ(1973年 に 博 士 号 取 得)と,ポ ス トモ ダ ニ ズ ム に 影 響 され て 「激 動 の 時 代 」 に 育 った ウ ォ ー ム ズ(1987年 に 博 士 号 取 得)の 世 代 差 を 図 らず も示 し て い る9)0
(ii)第2章 文 化 人 類 学 の 実 践(Doing cultural anthropology)
1文 化 人 類 学 の 実 践2民 族 誌 と フ ィー ル ド ワ ー ク(フ ィ ー ル ドワ ー ク の 実 践) 3フ ィール ドワ ー ク と民 族 誌:歴 史 的 考 察(民 族 誌 の 新 た な 方 向,フ ェ ミニ ズ ム人 類 学 が 民 族 誌 に与 え た 影 響)4現 代 民 族 誌 の 特 殊 な問 題(自 社 会 の 研 究,フ ィー ル ド
ワー クの倫 理,民 族 誌 と危 険 な状 況 の ジ レ ンマ,民 族 誌 家 の 新 た な役 割) 5通 文 化 研 究 と民 族 誌 的 デ ー タ の効 用(通 文 化 的 サ ーベ イ)
フ ィ ー ル ド ワ ー ク を 通 じ た 文 化 理 解 に,人 類 学 の 特 徴 が あ る こ とを 指 摘 した 点 は 以 前 と変 ら な い し,今 後 も 変 ら な い だ ろ う。 だ が,ク リ フ ォ ー ド(James Clifford)と マ ー カ ス(George E. Marcus)が 編 集 した 『文 化 を 書 く』(原 著1986年)の 「シ ョ ッ
ク」 か ら,15年 近 く の 歳 月 が 流 れ た 今 日,民 族 誌 を 客 観 的 観 察 に 基 づ く異 文 化 の 科 学 的 記 録 と して 提 示 す る こ と は,教 科 書 レ ヴ ェ ル で も不 可 能 な よ うだ 。 こ の こ と は,「 民 族 誌 の 新 た な 方 向 」 の 項 に 現 れ た 用 語 を 見 れ ぽ,一 目 瞭 然 で あ る ポ ス トモ ダ ニ ズ
桑 山 ア メリカの文化人類学教科書 の内容分析
ム,部 分 的 真 理,新 植 民 地 主 義,多 重 音 声,ナ ラ テ ィ ヴ,表 象,他 者,対 話 主 義,等 々。 フ ェ ミニ ズ ム に 関 す る 記 述 は,特 筆 に 価 す る も の は な い が,人 類 学 の 男 性 中 心 主 義 を 明 確 に 指 摘 し て い る 。 さ ら に,「 自 社 会 の 研 究 」 の 項 で は ネ イ テ ィ ヴ(native) の 人 類 学 者 の 登 場 に 触 れ,描 か れ る 者 ぽ か りで な く,描 く者 の 変 化 に つ い て も論 じ て い る 。 「民 族 誌 家 の 新 た な 役 割 」 の 項 で は,こ の 問 題 を さ ら に 発 展 さ せ て,か つ て は 一 方 的 に 表 象 の 対 象 で あ っ た 非 西 欧 の 民 族 が,今 日で は 西 欧 の 民 族 誌 を 流 用 し て,文 化 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ や ナ シ ョナ リズ ム を 構 築 し て い る 事 実 に 注 意 を 喚 起 し て い る 。 最 後 に,「 フ ィ ー ル ド ワ ー ク の 倫 理 」 の 項 に は,ア メ リカ 政 府 の 対 ゲ リ ラ 活 動 に 加 担
した 人 類 学 者 が い た こ と に つ い て,反 省 が 述 べ ら れ て い る 。
(iii)第3章 文 化 の 概 念(The idea of culture)
1文 化 は 人 間 が 世 界 に 適 応 す る手 段 で あ る 2文 化 は 人 間 が 世 界 を 組 織 す る手 段 で あ る 3文 化 は 人 間 が 生 活 に 意 味 を 与 え る手 段 であ る 4文 化 は 統 合 シス テ ムで あ る?
5文 化 は 規 範 と価 値 の 共 有 シス テ ムで あ る? 6文 化 は 常 に 変 化 して い る 7文 化 の 再 考
文 化 は 人 類 学 の 中 心 概 念 で あ る 。 そ の た め,ど の 教 科 書 に も必 ず 最 初 の 方 に,文 化 概 念 の 詳 細 な 説 明 が あ る 。 従 来,Nanda(第4版)を 含 め て,そ れ は 次 の6点 に 集 約 さ れ て い た 。(1)文 化 の 獲 得,(2)文 化 の 共 有,(3)理 念 的 文 化 と現 実 的 文 化, (4)文 化 の 統 合,(5)文 化 の 適 応,(6)文 化 の 変 化 。Nanda and Warms(第6版) も,基 本 的 に は こ の パ タ ー ンを 踏 襲 し て い る 。 し か し,第6版 に は 幾 つ か の 「コ ペ ル ニ ク ス 的 変 化 」 が 見 られ る 。
ま ず,ベ ネ デ ィ ク ト(Ruth F. Benedict)の 『文 化 の 型 』(原 著1934年)で 謳 わ れ た 文 化 の 統 合 に 関 し て は,「4文 化 は 統 合 シ ス テ ム で あ る?」 の 最 後 の 疑 問 符 「?」
が,す べ て を 物 語 っ て い る だ ろ う(原 文 はCulture is an integrated system‑or is it?)。 r全 体 」 ま た は 「シ ス テ ム 」 と し て の 文 化 と い う従 来 の 「公 理 」(文 化 様 式 論 や
機 能 主 義)が,教 科 書 レ ヴ ェ ル で 疑 問 視 さ れ 始 め た の で あ る 。 実 際,こ の 項 は 次 の よ うに 締 め 括 っ て あ る 。 「ポ ス トモ ダ ニ ス トは 文 化 や 社 会 を 戦 場 と 見 な し,権 力 の 掌 握 や 文 化 を 解 釈 す る 権 利 を め ぐ っ て,個 人 や 集 団 が 争 う場 と捉 え て い る 」(p.49)。 同 様 の 記 述 は,「5文 化 は 規 範 と価 値 の 共 有 シ ス テ ム で あ る?」(原 文 はCulture is a shared system of norms and values‑or is it?)の 項 に も あ る 。 第4版 で は,下 位 文 化
国立民族学博物館研究報告 25巻3号 の 存 在 や 個 人 の 相 違 を 指 摘 す る に 留 ま っ て い た が,第6版 で は 規 範 や 価 値 は 「交 渉 さ れ 」(negotiated),「 争 わ れ る 」(contested)も の だ と し て い る 。 そ し て,こ う し た 観 点 を 前 面 に 打 ち 出 し た の が,フ ェ ミニ ズ ム,新 マ ル ク ス 主 義,ポ ス トモ ダ ニ ズ ム で あ る と説 明 して い る 。 さ ら に,グ ロ ー バ リゼ ー シ ョ ン 関 係 の 枠 入 りエ ッ セ イ に は,コ ロ
ン ブ ス は 英 雄 か 侵 略 者 か,と い う論 争 が 紹 介 さ れ て い る 。
そ の 他 で は,「3文 化 は 人 間 が 生 活 に 意 味 を 与 え る 手 段 で あ る」 の 項 が 新 た に 設 け られ,ギ ア ー ツ の 解 釈 人 類 学 と 「テ キ ス ト」 と して の 文 化 の 説 明 が あ る 。 ま た 「6文 化 は 常 に 変 化 して い る 」の 項 で は,グ ロ ー バ リゼ ー シ ョ ン は 世 界 を 結 び つ け る一 方 で, 先 進 国 に よ る 第 三 世 界 の 支 配 を 強 化 し,各 地 で 「抵 抗 」 が 起 き て い る こ と に 注 意 を 喚 起 し て い る 。 そ して,最 後 の 項 「7文 化 の 再 考 」 で は,人 類 学 は 科 学 か 否 か,を 問 う て い る 。
(iv)第4章 言 語(Language)
1人 間 の 言 語 の 起 源 と発 達 2コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン と 人 間 の 言 語 3言 語 の 獲 得 4言 語 の構 造(音 韻 論,形 態 論,統 語 論,意 味 論:語 彙 目録)5言 語 と文 化(サ ピ ア と ウ ォ ー フ の 仮 説,コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 民 族 誌,言 語 と方 言:黒 人 英 語) 6非 言 語 コ ミュ ニ ケ ー シ ョン7言 語 の変 化
言 語 に 関す る記 述 は,Nanda(第4版)とNanda and Warms(第6版)で,本 質 的 な変 化 は見 られ な い 。 文 化 人類 学 と,言 語 学 お よび 自然 人 類 学(霊 長 類 学 を 含 む) の分 化 が 進 む につ れ,人 間 の 言語 に 関す る最 新 の研 究 を,教 科 書 に反 映 させ る のは 難
し くな った の だ ろ う。 言 語 学 者 ピ ン カ ー(Steven Pinker)の 話 題 作 『 言 語 を 生 み 出 す 本能 』(原 著1994年)に 依 拠 して,言 語 本 能 の問 題 を 以前 よ り詳 し く説 明 して い る が,彼 の言 語 人 類 学(特 に サ ピア と ウ ォー フの仮 説)の 批 判 に つ い て は,何 も触 れ ら れ て な い。 ピ ンカ ーに よれ ぽ,言 語 決 定 論 の証 拠 と して ウ ォー フが掲 げた ホ ピ語 や ア パ ッチ語 の例 は 滑 稽 で あ り,ま た イ ヌイ ッ トの言 語 には 雪 を 表 す言 葉 が何 百 もあ る と い う人 類 学 者 の説 は 「 大 嘘 」で あ る(詳 し くは 前 掲 書 の 第3章 「 思 考 の言 葉 」を 参 照)。
ピ ン カー の議 論 の正 否 は と もか く,サ ピア と ウ ォー フ の仮 説 は 言語 人類 学 を教 え る際
の ポ イ ン トで あ り,こ の 問 題 に つ い て は 人類 文 化 の普 遍 性 との 関連 で 人類 学 者 が 検 証
した著 作 が既 にあ るの で(例 えぽBrown 1991),そ う した 研 究 に も言 及 す べ きで あ っ
た ろ う。
桑 山 ア メ リカの文化人類学教科書 の内容分析
そ の 他 の トピ ッ ク で 関 心 を 引 い た も の は 二 つ あ る 。 一 つ はgenderlect(genderと 一lectの 合 成 語)と い う概 念 を 提 唱 し た タ ネ ン(Deborah Tannen)の ベ ス トセ ラ ー You just don't understand(1990)(副 題 はWomen and〃zen in conversation)を 大 き く取 り上 げ,言 語 の 使 用 に お け る ジ ェ ン ダ ー差 に 注 意 を 喚 起 した こ と で あ る 。 これ は 現 代 人 類 学 に お け る ジ ェ ン ダ ー の 重 要 性 を 反 映 し た も の と言 え よ う。 も う一 つ は,近 年African American Vernacular English(AAVE)ま た はEbonics(「 黒 檀 」 を 意 味 す るebonyとphonicsを 合 わ せ た 言 葉)と 呼 ぽ れ る よ う に な っ た 「黒 人 英 語 」 で あ る 。 黒 人 英 語 が 「不 完 全 」 で 「劣 っ て い る 」 とい う社 会 一 般 の 認 識 に は 言 語 学 的 な 根 拠 が な く,白 人 の 「標 準 英 語 」 と の 地 位 的 差 は,両 者 を 母 語 とす る社 会 集 団 の 力 の 差 に よ る もの だ,と い う説 明 が な され て い る10)0
(v)第5章 文 化 の 学 習(Learning culture)
1人 間 発 達 の 文 化 的 構 築(ブ ラ ジ ル東 北 部 の 母 親 と 「救 命 ボ ー ト」 の 倫 理)2文 化 化 と パ ー ソナ リテ ィ 3文 化 の伝 達 4思 春 期:男 性 の イ ニ シエ ー シ ョ ソ 5女 性 の イ ニ シ エ ー シ ョソ 6ア メ リカ の 思春 期 7学 校 教 育 と社 会 8ア メ リカ の学 校 文 化
と社 会 的 地 位(学 校 と少 数 派 の 地位)
本 章 は,ア メ リ カ で 独 自 の 発 展 を 遂 げ た 心 理 人 類 学(文 化 とパ ー ソ ナ リ テ ィ)の 解 説 で あ る 。 ミー ド(Margaret Mead)の 『サ モ ア の 思 春 期 』(原 著1928年)に 代 表 さ れ る 子 育 て の 研 究 に 始 ま り,ホ ワイ テ ィ ン グ 夫 妻(John W. M. Whiting and Beatrice B.Whiting)に よ る 行 動 主 義 的 な 社 会 化 の 通 文 化 研 究Six Culture Projectへ と発 展
した と い う説 明 は,ど の 教 科 書 に も あ る 標 準 的 な も の で 第4版 と変 ら な い 。 しか し第 6版 の 焦 点 は7小 部 族 の イ ン フ ォ ー マ ル な 育 児 法 か ら,現 代 産 業 社 会 に お け る フ ォ ー マ ル な 学 校 教 育 へ と 移 っ た 。 特 に,文 化 化(enculturation)の 機 関 と して の 幼 稚 園/
保 育 園(preschool)が 取 り上 げ ら れ,日 本r中 国,ア メ リカ の 詳 細 な 比 較 が あ る 。 こ の 比 較 は,広 範 な 読 者 を 得 たJoseph J. Tobin, David Y. H. Wu, and Dana H.
Davidson著Preschool in three cultures(1989)に 基 づ い て い る 。 こ こ で 想 起 す べ き は,ベ ネ デ ィ ク トの 『菊 と 刀 』 以 来,研 究 対 象 と して の 日本 は,心 理 人 類 学 の 分 野 で も っ と も頻 繁 に 語 ら れ て き た と い う事 実 で あ る(桑 山1996)。 小 学 校 以 上 の 教 育 に つ い て は,ア メ リ カ の 学 級 指 導 に お け る ジ ェ ソ ダ ー の 問 題 や,少 数 民 族 を 取 り巻 く環 境 と 学 業 の 関 連 な ど が 述 べ ら れ て い る 。 後 者 の 研 究 の パ イ オ ニ ア と し て,オ グ ブ
国立民族学博物館研究報告 25巻3号 (John Ogbu)が 掲 げ られ て い る。 心 理 人 類 学 と教 育 人 類 学 の 関 係 は 必 ず し も密 接 で は な か った が,学 校 教 育 の研 究 を 通 じて 接近 す る 可能 性 を感 じさせ る11も
(vi)第6章 生 計 を 立 て る(Making a living)
1環 境 と文 化 の多 様 性 2環 境 区 分 と食 物 確 保 の シ ス テ ム 3環 境 適 応 4科 学,技 術,適 応 5主 な生 業 の 戦 略(狩 猟 採 集,牧 畜,根 栽 農 耕,穀 物 農 耕)6産 業 社 会 リよ び脱 工 業 時代 の グ ローバ ル経 済 で生 計 を 立 て る
こ の 章 は,前 述 の 第2部 門 「文 化 の 諸 相 」 の 「下 部 構 造 」 に 相 当 す る 。 注6で 述 べ た よ うに,言 語 と心 理 に 関 す る 章 は 「上 部 構 造 」 で 説 明 す る 教 科 書 が 多 い が,Nanda and Warmsの よ う に,第2部 門 の 前 に 置 く も の も あ る 。 第4版 と 同 じ く,こ こ で の 最 大 の ポ イ ン トは,生 業 の5類 型,つ ま り(1)狩 猟 採 集,(2)牧 畜,(3)根 栽 農 耕,(4)穀 物 農 耕,(5)工 業(産 業)の 解 説 で あ る 。 こ こ で 言 う 「根 栽 農 耕 」 と 「穀 物 農 耕 」 は,そ れ ぞ れhorticulture(extensive cultivation)とagriculture(intensive cultivation)の 訳 語 で あ る。 日 本 で は,一 般 に 栽 培 す る 作 物 を 基 準 に 両 者 を 区 別 す る
が,ア メ リ カ で は 栽 培 技 術 を 基 準 に 区 別 す る 場 合 が 多 い 。Horticultureは 鍬(hoe), agricultureは 黎(plow)に 象 徴 さ れ る。
第4版 と 比 べ て 第6版 が 大 き く変 っ た の は,最 後 の 工 業(産 業)社 会 の 部 分 に,グ ロ ー バ ル 経 済 の 説 明 を 付 け 加 え た こ と で あ る 。Nanda and Warmsは 富 や 権 力 の 不 均 衡 に 敏 感 で,経 済 の グ ロ ー バ リゼ ー シ ョ ン が 地 域 間 の 貧 富 の 差 を 拡 大 し て い る 現 実 に 注 意 を 促 し て い る 。 ア メ リ カ と 日 本 に お け る ハ ンバ ー ガ ー の 消 費 が,安 価 な 牛 肉 の 生 産 地 で あ る 中 南 米 の 生 態 系 を 破 壊 し つ つ あ る と い う枠 入 りの エ ッセ イ は,文 字 通 り学 生 にfood for thoughtを 提 供 す る だ ろ う。 放 牧 は さ ま ざ ま な 環 境 変 化 を 伴 うか ら だ 。
(vii)第7章 経 済(Economics)
1経 済 行 動 2経 済 シス テ ム 3生 産 と資 源(土 地 の割 り当 て,労 働 の組 織,生 産 資 源 と資 本 財 の評 価)4分 配:交 換 シ ス テ ム(互 酬 性,再 配 分,市 場 交 換,資 本 主 義 へ の適 応 と抵 抗)
第7章 か ら第12章 ま で は,ハ リス の 言 う 「構 造 」 に 相 当 す る 。 全 般 的 に,第6版 に
桑山 アメリカの文化人類学教科書の内容分析
は 第4版 よ りア メ リカの 民族 誌 的 事 例 が 多 く,人 類 学 の 現 代 的意 義 を学 生 が理 解 しや す い よ うに 工 夫 され て い る。 しか し経 済 に関 す る限 り,内 容 そ の もの に大 き な変 化 は な い。 旧版 と同 じ く,個 人 の富 の蓄 積 を 中心 とす る近 代 西 欧 の経 済観 の 限界 を指 摘 し た 上 で,主 に 前 近 代 の非 西 欧社 会 に お け る経 済 を 説 明 して い る。 具 体 的 に は,ま ず 資 源(特 に 土地 の所 有 と使 用)と 労 働 を,前 章 で 見 た 生 業 の5類 型 と結 び つ け て 論 じて い る。 例 えば,根 栽 農 耕 社 会 で は,一 般 に土 地 は 親 族 集 団 が 所 有 し,土 地 耕 作 の権 利 は個 々の世 帯 に 属 す,そ して土 地 の 開墾 は 男 の 仕 事 で,耕 作 は 男女 共 同 の仕 事 で あ る,
とい う よ うに 。
次 に,交 換 の 類 型 と して,ポ ラ ン ニ ー(Karl Polanyi)の(1)互 酬 性,(2)再 配 分,(3)市 場 交 換,の 三 つ を 掲 げ て い る。 但 しポ ラ ソ ニ ーの 理 論 と い うこ とは 明 記 され て な い 。 互 酬 性 に 関 して は,サ ー リン ズ(Marshal D. Sahlins)の3類 型 「 一 般 的 」 「均衡 的 」 「 否 定 的 」 を 紹 介 し,ト ロブ リア ン ド諸 島 の クラを,均 衡 的 互酬 性 の 例 と して詳 し く説 明 して い る12)0ま た,再 配 分 に つ い て は ポ トラ ッチ を取 り上 げ,社 会機 能 を 重 視 した 従 来 の解 釈 で は な く,文 化 的 ア イ デ ン テ ィテ ィの 印(marker)と 見 る最 近 の研 究 方 向 に触 れ て い る。
Nanda and Warmsに 限 らず,暗 黙 の 内 に唯 物 論 的 な ア プ ロー チ を 取 る教 科 書 に は13),文 化 相 対 主 義 と社 会 進 化 論 が 「呉 越 同 舟 」 す る とい う問 題 が あ る。 この 問題 は 本章 に も っ と も よ く現 れ てい る。 まず,近 代 西 欧 の 資 本主 義 を一 つ の経 済 の あ り方 と 捉 え,非 西欧 の前 近 代 社 会 の経 済 と対 等 に 扱 うの は 相対 主 義 で あ る。 しか し,経 済 シ ス テ ムの 多様 性 を生 業 類 型 と結 び つ け,そ れ ぞ れ の 発 展段 階 に一 般 的 な傾 向 と して 論 じる こ とは,社 会 進 化 論 で あ る。 そ の 典 型 は,互 酬 性,再 配 分,市 場 を交 換 原 理 とす る社 会 は,そ れ ぞれ バ ン ドと部 族,首 長 制,工 業(産 業)社 会 に 多 い とい う見 解 で あ ろ う。 後 者 は サ ー ヴ ィス(Elman R. Service)の 有 名 な進 化 類 型 で あ る(第12章 を 参 照)。 また,環 境 や 技 術 と社 会 組 織 の 因 果 関 係 を 示 唆 した一般 化 も少 な くな い 。 本 書 の最 初 の数 章 は,「 科 学 的 法 則 化 」 や 「大 理 論 」 を否 定 す る ポ ス トモ ダ ニ ズ ムに 大 幅 に依 存 して い るの で,こ う した記 述 は 理 論 的 一 貫 性 に 欠 け る と批 判 され て も仕 方 あ る ま い。
(viii)第8章 結 婚,家 族,家 庭 集 団
(Marriage, family, and domestic groups)
1結 婚 と家 族 の 機 能 2結 婚 の 規 則(近 親 相 姦 の タ ブ ー,外 婚,内 婚,選 択 婚,レ ヴ ィ
国立民族学博物館研究報告 25巻3号 レー トと ソ ロ レー ト,配 偶 者 の 数,配 偶 者 の 選 択,結 婚 時 の権 利 と モ ノ の 交 換)3家 族,家 庭 集 団,住 居 の規 則(核 家 族 と独 立 居 住,複 合 家 族,拡 大 家族)
率 直 に 言 って,も っ と も代 わ り映 えが しな い 章 で あ る。記 述 の基 本 的 枠 組 み は 構 造 機 能 主 義 で あ り,結 婚 と家 族 が 人 間社 会 を維 持 す る た め に果 す 役 割(function)を 強 調 して い る。 そ の た め,特 定 の条 件 下 で の習 慣 や 制 度 の適 合 性(adaptation)を 示 す に留 ま って い る。 例>xぽ,結 婚 の 機 能 の 一 つ は 男 女 の性 的関 係 の規 制 に あ り,核 家 族 は移 動 率 の 高 い工 業 社 会 や 狩 猟 採 集 社 会 に適 合 した形 態 で あ る,と い った具 合 で あ る。
日本 の人 類 学 の教 科 書 もそ うだ が,家 族 や 親 族 の 章 は 学 生 に と って難 解 な用 語 が 多 く, あ たか も試 験 の穴 埋 め 問 題 を 準備 す るた め に書 か れ た よ うな 印象 さえ 与 え る。 も う少
し学 生(読 者)の 関 心 に 沿 った記 述 が望 まれ る だ ろ う。 そ の 点,現 代 ア メ リカ家 族 の 変 遷(特 に 片 親 で 女 性 が世 帯主 の家 族 の増 加)を,Nanda and Warmsが 大 き く取 り 上 げ た の は 評 価 で き る。 な お,本 章 の表 題 に あ る 「家 庭 集 団」(domestic group)と は世 帯(household)の こ とで あ る14)0
(ix)第9章 親 族(Kinship)
1親 族:血 縁 と結 婚 を 通Lた 関 係(出 自の 規 則 と 出 自集 団 の 形 成,単 系 出 自)2単 系 出 自集 団 の類 型 3父 系 出 自集 団(ヌ ア 族:父 系 社 会)4母 系 出 自集 団(ホ ピ族:
母 系 社 会,二 重 出 自:ナ イ ジ ェ リア の ヤ コ族)5非 単 系 親族 シ ス テ ム 6親 族 の分 類(親 族 分 類 の原 理)7親 族 用 語 の類 型(ハ ワイ型,エ ス キ モ ー型,イ ロ ク ォイ型,
オ マ ハ型,ク ロウ型,ス ー ダ ソ型)
こ の 章 も基 本 的 に 変 化 は な い が,二 つ の こ と に 注 意 した い 。 第 一 に,人 類 学 者 は こ れ ま で 複 雑 な 実 生 活 の 諸 相(特 に 葛 藤conflict)を 見 過 ご し て,静 的 な 親 族 像 を 提 示 し て き た 。 著 者 は こ う し た 傾 向 を 批 判 し,ア ラ ブ 父 系 社 会 の 研 究 で 知 られ る ア ブ=ル ゴ ッ ド(Lila Abu‑Lughod)の ラ デ ィ カ ル な 見 解 を 紹 介 して い る 。 ア ブ=ル ゴ ッ ドに よ れ ば,人 類 学 者 は 実 生 活 の 「矛 盾,利 害,疑 念,口 論 」 に 目 を つ ぶ っ て き た た め, 文 化 に は 「一 貫 性,同 質 性,非 時 間 性 」 が あ る か の よ うに 描 い て き た 。 こ の 問 題 を 克 服 す る に は,「 文 化 に 反 し て 書 く」(writing against culture)必 要 が あ る と い う(P・
185)1510さ ら に 著 者 は,韓 国 父 系 社 会 に お け る相 続 問 題 を 民 族 誌 的 事 例 と し て 大 ぎ く 取 り上 げ,規 則 ず くめ で 静 的 な 親 族 像 を 打 破 す る た め に は,家 族 の ラ イ フ ヒ ス ト リー
桑山 アメ リカの文化人類学教科書の内容分析 の 研 究 が 有 効 で あ る と 述 べ て い る 。
第 二 に 注 目 す べ き は,本 章 の 扉 写 真(表 題 の ペ ー ジ に 掲 載 され た 写 真)が,韓 国 の 結 婚 式 に 参 列 し た 親 族 を 映 し 出 し て い る こ と で あ る 。 花 嫁 花 婿 は 洋 服 を 着 て い る が, そ の 他 の 女 性 は 殆 ど チ ョ ゴ リ と チ マ を 着 用 し て い る 。 人 類 学 の 教 科 書 に 「展 示 」 さ れ た 写 真 が,ス テ レオ タ イ プ と オ リエ ン タ リ ズ ム を 増 長 す る こ と に つ い て は,別 稿 で 述 べ た(桑 山1996)。 こ こ で は,1980年 代 後 半 か ら90年 代 前 半 の 教 科 書 に は,(1)韓 国 の 記 述 や 写 真 は ほ ぼ 皆 無 で あ り,(2)結 婚 や 親 族 の 章 に は 着 物 姿 の 日 本 女 性 が よ
く登 場 して い た,と い う 点 を 指 摘 し て お き た い 。 前 者 に つ い て は,韓 国 か ら の 移 民 が 大 都 市 を 中 心 に 増>x,特 に1992年 ロ サ ン ゼ ル ス で 起 き た 暴 動 を 契 機iに,ア メ リ カ 人 の 韓 国 に 対 す る 関 心 が 高 ま っ た こ と と 関 連 し て い る だ ろ う。 後 者 に つ い て は,Nanda and Warmsを 含 め て,日 本 の 写 真 が 全 般 的 に 少 な く な っ て お り,近 年 の ア メ リ カ の
"J
apan passing"(1980年 代 のJapan bashingを も じ っ た 表 現)が,教 科 書 の 世 界 に も 反 映 さ れ た と 考>xる こ と が で き る 。 ど の 民 族 の 何 が,何 と の 関 連 で,何 時 ど の よ う に 語 ら れ る か(あ る い は 語 られ な い か)は,文 化 表 象 の 大 き な 問 題 で あ る 。
(X)第10章 ジ ェ ソ ダ ー(Gender)
1ジ ェ ソ ダ ーの 文 化 的 構 築 2第 三 の 性,第 三 の ジ ェ ソ ダ ー 3性 行 動 の 文 化 差(性 行 動 とイ デ オaギ ー:通 文 化 比 較,セ ク シ ュ ア リテ ィと ジ ェ ン ダ ーの 文 化 的 構 築,ス ペ イ ンに お け る 男 性 性 の構 築,男 ら し さ の証 明:文 化 的 普 遍 性 か?)4ジ ェ ン ダ ー 役 割 と女 性 の 地 位 5ジ ェ ン ダ ー関 係:複 雑 で 可 変(狩 猟 採 集 社 会 の 女 性:「 男 は 狩 人 」 へ の 挑 戦,女 性 と権 力,ト リン ギ ッ ト族:非 平 等 主 義 の 狩 猟 採 集 社 会 に お け る女 性 と権 力,根 栽 農耕 社 会 の ジ ェ ンダ ー関 係,経 済 発 展 と女 性 の地 位,技 術 と ジ ェ ン ダ ー 役 割)
Nanda and Warms(第6版)は,ジ ェ ン ダ ー に 関 す る 新 た な 章 を 設 け た 。 基 本 的 な メ ッ セ ー ジ は 次 の 二 つ で あ る 。(1)ジ ェ ン ダ ー は 文 化 的 に 決 定 され る 。 生 物 学 的 に 決 定 さ れ る も の で は な い 。(2)ゆ え に,ジ ェ ン ダ ー は 文 化 的 に 可 変(variable)で, 歴 史 的 に 特 殊(specific)で あ る 。 著 者 は 人 類 学 に お け る ジ ェ ソ ダ ー 研 究 の 起 源 を,
ミー ドの 、Sex and temperament in three primitive societies(1935)に 求 め,ミ ー ドの 貢 献 は 「男 ら し さ 」 と 「女 ら し さ」 の 文 化 的 可 変 性 と,人 間 形 成 に お け る 環 境 の 重 要 性 を 示 した こ と に あ る と す る 。 全 体 的 に,「 ジ ェ ソ ダ ー の 文 化 的 構 築 」(以 前 は 「構 築 」
国立民族学博物館研究報告 25巻3号 constructionで は な く 「パ タ ー ン化 」patterningと 表 現 し て い た)を 強 調 し て い る の で,ヒ ト と し て の 人 間 に は 殆 ど触 れ て い な い 。 そ の た め,生 物 学 的 要 因 を 無 視 す る こ と の 誤 りを 説 き,ミ ー ドを 含 む ボ ア ズ 学 派 を 激 し く批 判 して 大 論 争 を 巻 き起 こ し た ブ
リー マ ン(Derek Freeman)のrマ ー ガ レ ッ ト ・ ミ ー ド と サ モ ア 』(原 著1983年)に つ い て は,全 く言 及 が な い 。 性(生 物)と ジ ェ ン ダ ー(文 化)の 区 別 は 重 要 だ が,二 律 背 反 的 に 捉 え る と 両 者 の 関 連 を 問 え な く な る 危 険 性 が あ る(Moore 1994:813)。
ジ ェ ン ダ ー の 歴 史 文 化 的 構 築 を 示 す 民 族 誌 的 事 例 は,ヨ ー ロ ッパ 中 世 の 女 性 観(例 え ば,聖 書 に 登 場 す る イ ヴ は ア ダ ム を 性 的 に 魅 了 し,道 を 誤 ら せ た と い う キ リ ス ト教 の 解 釈)を 含 め,Nanda(第4版)よ り数 段 充 実 し て い る 。 た だ 残 念 な の は,そ う し た 事 例 が 新 た な ジ ェ ン ダ ー 理 論 か ら導 か れ た も の で は な い と い う こ と だ 。 例 え ば,自 然/文 化(nature/culture),家 内/公(domestic/public),再 生 産/生 産(reproduc‑
tion/production)な ど の 二 分 法 を 否 定 し,親 族 研 究 そ の も の を ジ ェ ン ダ ー と絡 め て 見 直 す べ き だ と い う主 張(Yanagisako and Collier 1987)は 言 及 さ れ て い る が,あ ま り効 果 的 に 利 用 さ れ て な い 。 第8章 「結 婚,家 族,家 庭 集 団 」 と第9章 「親 族 」 の 記 述 に,殆 ど新 し い も の が 見 ら れ な か っ た の は,恐 ら く こ う し た こ と と 関 連 し て い る だ ろ う。
以 下,そ の 他 の 問 題 を 二 つ だ け 述 べ る 。 ま ず,ジ ェ ン ダ ー に つ い て 独 立 し た 章 を 設 け た 教 科 書 が,1990年 代 前 半 に は さ ほ ど 多 く な か っ た の に,そ の 後10年 も し な い うち に 増 え た と い う事 実 は,ど の よ う に 解 釈 す る べ きだ ろ うか16)0好 意 的 に 取 れ ば,ジ ェ ン ダ ー を よ り深 く知 りた い と い う学 生 ま た は 社 会 一 般 の 要 求 に,人 類 学 者 が 積 極 的 に 応>xた と い う こ と に な る だ ろ う。 し か し,多 文 化 主 義 と 同 様,ジ ェ ン ダ ー を め ぐ っ て 揺 れ る 今 日 の ア メ リ カ 社 会 で は,ジ ェ ン ダ ー に 言 及 す る こ と が 「政 治 的 に 正 し い 」
(Politically Correct)と い う判 断 も あ っ た の で は な い か 。 こ う した 疑 念 を 裏 打 ち す る よ う に,第10章 の 記 述 の 中 に は,以 前 は 別 の 章 に あ っ た も の を 「寄 せ 集 め 」 て,「 化 粧 直 し」 した 程 度 の も の が 多 い 。
次 に 今 述 べ た こ と の 結 果 と し て,ジ ェ ン ダ ー を 社 会 進 化 論 の 枠 組 み で 語 る 傾 向 が 見 ら れ る 。 第5項 の 「ジ ェ ン ダ ー 関 係:複 雑 で 可 変 」 の 構 成 を 見 れ ば 分 か る よ うに,著 者 は ジ ェ ン ダ ー(特 に 女 性 の 地 位 と力)を,進 化 論 的 意 味 合 い の 強 い 生 業 類 型(狩 猟 採 集,根 栽 農 耕,近 代 産 業 な ど)と 結 び つ け て,因 果 関 係 を 探 りな が ら論 じて い る 。 そ の 議 論 は,基 本 的 に は フ リー ド ゥ ル(Ernestine Friedl)の 見 解 女 性 の 地 位 は 有 益 な 資 源 を 家 庭 外 で 分 配 す る 力 と 関 連 す る に 依 拠 し て い る。 だ か ら,単 純 な 根 栽 農 耕 が 黎 な ど の 大 型 農 具 を 使 う穀 物 農 耕 に 発 展 す る と,非 力 な 女 性 は 家 庭 内 に 閉 じ込
桑山 アメ リカの文化人類学教科書の内容分析
め ら れ 地 位 が 低 下 し,そ れ は 操 作 が 複 雑 な 機 械 の 導 入 が 進 む 近 代 農 業 社 会 に お い て さ ら に 顕 著 に な る,と い っ た 議 論 が 展 開 され る 。Nanda and Warmsは,植 民 地 主 義 や 資 本 主 義 な ど 西 欧 の イ ン パ ク トを 考 慮 し て い る 点 で,内 発 的 要 因 を 中 心 とす る 古 典 的 社 会 進 化 論 と は 異 な る が,新 た な 章 や 用 語 に 隠 さ れ た 「昔 な が ら の 」 記 述 に 注 意 す る 必 要 が あ る 。 第3章 で 著 者 は,文 化 の 統 合 や 共 有 に つ い て 根 本 的 な 懐 疑 を 表 明 して い る の だ か ら,同 一 の 文 化 に も ジ ェ ソ ダ ー に 関 す る 語 り(gender discourse)は 複 数 あ り,そ れ ら は 時 と し て 拮 抗 す る と い う程 度 の 示 唆(Moore l994:824‑5)は 欲 し い17)0
(xi)第11章 社 会 的 地 位 と 階 層(Social ranking and stratification)
1平 等 主 義 社 会 2地 位 社 会 3成 層 社 会(力 ・富 ・威 信,階 級,カ ー ス ト)4人 種,エ ス ニ シテ ィ,社 会 階 層(人 種 と社 会 階 層:ブ ラ ジル と ア メ リカ)5社 会 階 層 の 見 方
こ の 章 と 次 の 章 の 主 題 は 政 治 組 織 で あ る 。 最 初 に 紹 介 さ れ て い る 「平 等 主 義 社 会 」
「地 位 社 会 」 「成 層 社 会 」 と い う3類 型 は,明 記 さ れ て い な い が 当 然 フ リ ー ド(Mor‑
ton H. Fried)の 理 論 で あ り,全 体 的 な 記 述 は 第4版 と殆 ど変 ら な い 。 こ の 類 型 が 政 治 の 進 化 論 で あ る 事 実 を 明 示 し て い な い の は,一 種 の 「隠 蔽 」 で あ ろ う。 第3項 「成 層 社 会 」 で は 威 信(prestige)の 問 題 を 取 り上 げ,経 済 的 階 級 を 重 視 した マ ル ク ス
(Karl Marx)に 対 し て,威 信 や 地 位 の 象 徴 的 側 面 を 重 視 し た ウ ェ ー バ ー(Max Weber)に つ い て 簡 単 な 記 述 が あ る 。 た だ,ウ ェ ー バ ー へ の 言 及 は 全 章 を 通 じて 一 度 限 りで(こ の 点 は 他 の 教 科 書 も 同 様 で あ る),ア メ リ カ に お け る 人 類 学 と社 会 学 の 分 離 を 象 徴 的 に 表 して い る18)0イ ン ドの カ ー ス トの 説 明 が 長 い の は,ナ ン ダ が イ ン ド系 で あ る こ と も 関 係 し て い る が,そ れ 以 上 に カ ー ス トが 西 欧 人 の 関 心 を 強 く引 くか ら で あ ろ う。 但 し カ ー ス ト研 究 の 古 典Louis Dumont著Homo hierarchicus(全 面 改 訂 版 1980年)の 紹 介 は な い 。 概 し て ア メ リカ 人 は 万 人 の 平 等 を 信 奉 し,自 社 会 に お け る 階 級 の 存 在 を 否 定 し が ち で あ る と い う点 で,カ ー ス ト制 度 を 発 達 させ た イ ン ド人 と は 対 照 的 で あ る が,著 者 は 予 想 外 に 厳 し い ア メ リ カ の 階 級 差 を 指 摘 し,カ ー ス ト問 題 は 決 し て 他 山 の 石 で は な い と 述 べ て い る 。 こ う し た 説 明 は,異 文 化 理 解 に 必 要 な 馴 化 (familiarization他 者 の 自 己 化)と 異 化(defamiliarization自 己 の 他 者 化)を,巧 み に 実 践 した も の と 言 え よ う。
旧 版 と の 最 大 の 違 い は,「4人 種,エ ス ニ シ テ ィ,社 会 階 層 」 の 項 を 新 た に 設 け た
国立民族学博物館研究報告 25巻3号 こ と で あ る 。 こ れ は,人 種 や エ ス ニ シ テ ィが1990年 代 の ア メ リ カ で 社 会 問 題 化 し,同 時 に 貧 富 の 差 も 拡 大 した こ と の 反 映 と 思 わ れ る 。 興 味 深 い の は,ア メ リカ の よ う に 明 ら か な 人 種 問 題 が な くて も,日 本 の 部 落 民(the Burakumin)の よ う に,「 社 会 学 的 人 種 」(sociological race)あ る い は 「不 可 視 の 人 種 」(invisible race)の 問 題 も あ る,
と解 説 して い る こ と で あ る 。 著 者 に よれ ぽ,部 落 民 の 外 見 は 大 多 数 の 日本 人 と変 わ ら な い の に,彼 ら は 形 質 的 に も道 徳 的 に も 「先 天 的 に 」 異 な る と 考 え られ て い る 。 つ ま り,人 種 と い う カ テ ゴ リ ー の 構 築 に,目 に 見 え る 形 質 的 な 差 異 は 必 ず し も必 要 で は な い,と い うの が 著 者 の 見 解 で あ る 。 こ の 見 解 は 一 般 に 支 持 さ れ て お り,他 の 数 点 の 教 科 書 も 日 本 の 部 落 問 題 を 取 り上 げ て,社 会 的 構 築 物 と し て の 人 種 を 論 じ て い る
(Bates and Franklin 1999;Ember and Ember 1999;Kottak 2000;Scupin 2000)o
(xii)第12章 権 力 と 規 制(Power and control)
1人 間 行 動 の 規 制(政 治 組 織,法 律)2政 治 組 織 の 種 類 と社 会 規 制(バ ソ ド社 会, 部 族 社 会,首 長 制,国 家 社 会) 3エ ス ニ シ テ ィ:現 代 世 界 に お け る強 い 力(エ ス ニ シ テ ィと国 民 国 家)
Nanda(第4版)で は,本 章 の 題 目 は 「政 治 制 度 と 社 会 規 制 」(Political systems and social control)で あ っ た 。 最 初 の 「政 治 制 度 」 を 「権 力 」(power)に 改 め,そ れ を 中 心 概 念 と し て 扱 っ て い る と こ ろ に,フ ー コ ー(Michel Foucault)経 由 の ポ ス
トモ ダ ニ ズ ム が,今 日 の 人 類 学 的 思 考 に 与>xた 影 響 の 大 き さ を 感 じ させ る 。 と 同 時 に, サ ー ヴ ィ ス の 進 化 類 型 「バ ン ド」 「部 族 」 「首 長 制 」 「国 家 」 と い う 「大 き な 物 語 」
(grand narrative)の 解 説 に,本 章 の 半 分 以 上 の ス ペ ー ス を 費 や し て い る と こ ろ に, 奇 妙 な 抱 き合 わ せ を 感 じ さ せ る 。
だ が,元 来 サ ー ヴ ィ ス の 理 論 に は な か っ た 国 民 国 家 を,政 治 組 織 の 第4類 型 「国 家 」 に 加 え,文 化,エ ス ニ シ テ ィ,ナ シ ョ ナ リズ ム の 関 連 を 論 じた 部 分(pp.263‑271) は,Nanda and Warms(第6版)で も っ と も魅 力 的 な 記 述 の 一 つ で あ る 。 主 な 論 点 を 列 挙 す る と,以 下 の 通 りで あ る 。(1)国 家 の 最 大 の 特 徴 は,政 府 に よ る 権 力 の 独 占 で あ る 。 政 府 は 国 内 の 対 立 を 力 で 抑 制 す る 。(2)ネ ー シ ョ ン は 自 然 発 生 的 な も の で は な く,歴 史 文 化 的 な 構 築 物 で あ る 。(3)ネ ー シ ョ ソ構 築 の 過 程 で,時 空 間 の 意 味 付 け が 行 な わ れ る 。 そ の 結 果,「 伝 統 」 「過 去 」 「歴 史 」 「社 会 的 記 憶 」 が 創 造 さ れ る 。
(4)エ ス ニ ッ ク集 団 は,独 自 の 文 化 を 共 有 す る と認 識 す る 人 々 か ら 成 る。 こ の 認 識