博 士 ( 薬 学 ) 樺 山 一 哉
学 位 論 文 題 名
ス フ イ ン ゴ 糖 脂 質生 合 成 に おけ る ラ ク ト シ ル セ ラ ミ ド 分 岐 の 生物 学 的 意 義
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
スフインゴ糖脂質(GSL)は, 細胞膜上で超分子 複合体(ラフト)を形成し,細胞の認識や情報伝達,分化・
増 殖 ,癌化, 細胞接着,免疫応 答,神経機能など 多様な生命現象に深 く関わる分子であ ることが知られて い る .GSLの糖 鎖構 造 の多 様性 は ,根 幹と な るラ クト シ ルセ ラミ ド(LacCer)を 基質 とし て4種 の糖転移 酵 素 お よ び 硫 酸 転 移 酵 素 の 発 現 が 律 速 とな り, こ れら の上 流 には200種 以上 のGSLが 存在 して い る.
LacCer分 岐に 作 用す るGSL合成 酵 素の 活性 発 現は 空間 的 ・時 間的 に 異な るため,この ような幅輳した系 で は 個々 の糖 脂 質の 本質 的 な機 能を 解 析す るの が 困難であった.し かしながら最近,LacCerを基貿とす るGSL合 成 酵素 遺伝 子 群の クロ ー ニン グが 次 々と 達成 さ れた こと で ,糖 脂質再構成細 胞の構築が可能に な っ た. 本研 究 ではIAcCer分岐 の生 物 学的 意義 解 明の 目的 と して 糖脂 質特 異的硫酸転移酵素(csr)およ び シアル酸転移酵素(SAtl丶II)の遺伝子を導入 し,それぞれラクト シルサルファチド(SM3)およびガングル オ シドGM3の 再構成細胞を作成 して機能解析を行 った.
SM3と は ゴル ジ体 内 腔に 局在 す る糖 脂質 特 異的 硫酸 転 移酵 素(CST)に よ り,JAcCerのガ ラク トース残 基 に 硫酸 を転 移 する こと で 生合 成さ れ る分 子で あ る,CSTはLacCer以外 に,ガラクト シルセラミドやガ ラ ク トシルア ルキルアシルグル セロールも基質と し,それぞれガラク トシルセラミド硫 酸くSM4),セミノ リ ピ ド(SM4g)を 生合 成す る ,こ れら の 硫酸 化糖 脂 質を 総称 し てス ルフ ァチ ドと呼ぶが,狭義的 にはSM4 を 指 すこ とが 多 い.SM4は ミエ リ ン鞘 の主 要 成分 とし て 多方 面か ら 研究 され て きた が,SM3の 生理機能 を 明 らか にす る 試み はほ と んど 成さ れ てい ない , 本研 究で は マウ スの 自然 発症肺癌由来の3LLルイス肺 癌 細 胞 の う ちLacCerを 高 発 現 し て い るJ5株 を用 い て, この 細 胞にCST遺 伝子 を 導入 し,SM3の 安 定発 現 株 を 樹 立 し た .ま た ,体 系的 な 糖脂 質再 構 成細 胞の 解 明を 目的 と してGM3再 構成 細 胞も 構築 し た.
SM3再 構 成細 胞は 血 清存 在下 の 増殖 能に 全 く変 化は な かっ た. し かし ながら,形態 は球状を示し,プ ラ ス チッ ク上 で の伸 展能 の 低下 が認 め られ た. 同 様の 手法 で 作成 したGM3再構成細胞 では逆に伸展能の 亢 進 が認めら れた.そこで細胞 外マトリックス(ECM)蛋白のフィブロ ネクチンおよびラ ミニンとの接着能 を 検 討 し た と こ ろ ,Mockに 対 しSM3再 構成 細 胞は 顕著 に 低下 して い た. 次にECM蛋 白 の接 着分 子 受容 体 で ある イン テ グリ ンの 細 胞表 面発 現 量を フロ ー サイ トメ ト リー によ り調 べたところ,SM3再構成細胞 ―701―
で は 各 イ ン テ グ リ ン サ ブ ュ ニ ッ ト と も に 減 少 し て い た . 膜 透 過 後 の 総 イ ン テ グ リ ン 量 お よ び ウ ェ ス タ ン ブ ロ ッ ト 法 に よ る 検 討 に お い て も 同 様 に 発 現 低 下 が 確 認 さ れ た , そ こ で イ ン テ グ ル ン 分 子 の 遺 伝 子 発 現 を ゼ 5お よ び ロ1サ ブ ュ ニ ッ 卜 に つ い て ノ ー ザ ン ブ ロ ッ ト 法 お よ びRI'ーPCR法 を 用 い て 検 討 し た と こ ろ , ロ1 イ ン テ グ リ ンmRNAの 発 現 の み が 低 下 す る と い う 結 果 が 得 ら れ た .
ま た , SM3再 構 成 細 胞 の う ちSM3の 発 現 量 が 異 な る4つ の 株 で ロ1イ ン テ グ リ ン のmRNA量 を 比 較 し た と こ ろ ,SM3と ロ1イ ン テ グ ル ンmRNAの 発 現 量 に は 逆 相 関 が 認 め ら れ た . こ の 時GM3再 構 成 細 胞 に は 変 化 は な か っ た , こ れ ら の 結 果 よ り ,SM3再 構 成 細 胞 で は ロ1イ ン テ グ リ ン の 生 合 成 が 選 択 的 に 抑 制 さ れ る こ と に よ り , 小 胞 体 に お け る 効 率 的 な イ ン テ グ リ ンaロ ヘ テ ロ ダ イ マ ー 形 成 が 障 害 さ れ , 余 剰 の aサ ブ ュ ニ ッ ト 単 体 は 分 解 経 路 へ 移 行 し , 結 果 的 に イ ン テ グ リ ン 分 子 全 般 が 減 少 す る 可 能 性 が 考 え ら れ た .
細 胞 とECM蛋 白 と の 接 着 現 象 に お け るGSLの 関 与 は 以 前 か ら 報 告 さ れ て い る . ケ ラ チ ノ サ イ ト の フ ィ プ ロ ネ ク チ ン ヘ の 接 着 を ガ ン グ リ オ シ ドGTlbが 阻 害 す る 現 象 や ,FUA169細 胞 に 外 か らGM3を 取 り 込 ま せ る と フ ィ ブ ロ ネ ク チ ン と の 接 着 が 亢 進 す る 現 象 が 見 ら れ て い る . イ ン テ グ リ ン 分 子 も ま た ラ フ ト に 存 在 す る こ と が 最 近 に な っ て 示 唆 さ れ て お り ,4回 膜 貫 通 型 タ ン バ ク 質(TMP)と 会 合 し て 機 能 を 発 現 し て い る こ と が 想 定 さ れ て い る . し か し な が ら ,GSLと 細 胞 外 マ ト リ ッ ク ス と の 直 接 的 な 相 互 作 用 は 未 だ 明 確 に さ れ て お ら ず , イ ン テ グ リ ン の 発 現 制 御 に お け るGSLの 役 割 に つ い て は 全 く 検 討 さ れ て い な か っ た . 従 っ て 本 研 究 の 結 果 はGSLの 接 着 分 子 お よ び 接 着 シ グ ナ ル 伝 達 機 構 へ の 関 わ り を 示 唆 す る 新 し い 知 見 で あ る .
ま た 作 成 し た 糖 脂 質 再 構 成 細 胞 に お い て 腫 瘍 形 成 能 の 検 討 も 行 っ た ,SM3再 構 成 細 胞 は 通 常 培 養 条 件 下 で の 増 殖 能 ( 足 場 依 存 性 増 殖 ) に 全 く 変化 は なか っ たが , 寒天 培地 中 での コ ロニ ー 形成 能( 足 場非 依 存性 増 殖 ) はMockに 対 し 著 し く 劣 り , ほ と ん ど 消 失 し て い た , さ ら に ,C57BL6マ ウ ス の 腋 下 にSM3再 構 成 細 胞 お よ びMockを 移 植 し ,3週 間 後 の 腫 瘍 重 量 を 測 定 し た 結 果 ,SM3再 構 成 細 胞 の 原 発 腫 瘍 重 量 は 著 し く 低 下 , も し く は 全 く 認 め ら れ な か っ た . こ の 際 , 主 要 組 織 適 合 抗 原(MHCク ラ スI抗 原 ) の 発 現 は 変 化 せ ず , ヌ ー ド マ ウ ス で の 造 腫 瘍 能 も 低 下 し て い た , こ れ ら の 結 果 は ,SM3再 構 成 細 胞 に お い て 造 腫 瘍 能 の 低 下 す な わ ち 癌 細 胞 の 三 次 元 増 殖 を 抑 制 す る 機 構 が 働 い て い る こ と を 示 唆 し て お り , イ ン テ グ ル ン の 発 現 低 下 が ー つ の 要 因 で は な い か と 考 え ら れ る .
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学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 助教授 教授 助教授
五十嵐 井/口 有賀 松本
学 位 論 文 題 名
靖之 仁一 寛芳 健一
ス フ イ ン ゴ 糖 脂 質 生 合 成 に お け る
ラクトシルセラミド分岐の生物学的意義
スフィンゴ糖脂質(GSL)は,細胞膜上で超分子複合体(ラフト)を形成し,細胞の認識 や情報伝達,分化・増殖,癌化,細胞接着,免疫応答,神経機能など多様な生命現象 に深く 関わる 分子であることが知られている.GSLの糖鎖構造の多様性は,根幹とな るラク トシル セラミド(LacCer)を基質として4種の糖転移酵素および硫酸転移酵素の 発 現が 律 速 とな り ,これら の上流に は200種以上のGSLが 存在して いる.LacCer分 岐に作 用するGSL合成酵素の活性発現は空間的・時間的に異なるため,このような輻 輳した系では個々の糖脂質の本質的な機能を解析するのが困難であった.しかしなが ら最近 ,LacCerを基 質とす るGSL合 成酵素 遺伝子群 のクロー ニング が次々と達成さ れたこ とで, 糖脂質再 構成細 胞の構築 が可能 になった.樺山らはLacCer分岐の生物 学的意 義解明 の目的として糖脂質特異的硫酸転移酵素(CST)およびシアル酸転移酵素 (SAT―I冫の遺伝子を導入し,それぞれラクトシルサルファチド(SM3)およびガングリオ シドGM3の再構成細胞を作成して機能解析を行った.
SM3安定発現 株は血清存在下の増殖能に全く変化はなかったが、伸展能に低下が見 られ、球状の形態を示し、フィブロネクチンおよびラミこンとの接着能が顕著に低下 してい ること を見いだ した。 そこで、 インテ グリン分 子a5、a6お よびロ1の発現量 を調べ たとこ ろ、SM3安定発現株では各サプュニットともに減少していた.さらにイ ンテグ リン分 子の遺伝子発現をノーザンブ口ティングを行ったところ、ロ1インテグ リ ンmRNAの 発 現 のみが 低下する という 興味ある 結果を えている 。ここで 樺山は 、 内因性SM3に よルロ1イン テグリン の生合成 量の選択的に抑制を受け、小胞体におけ る効率 的なイ ンテグリ ンaロヘテロ ダイマー 形成が障害され、余剰のaサブュこット ‑ 703→
単体は分解経路へ移 行し、結果的にインテグリン分子全般が減少するという興味ある 可 能 性 を 指 摘 し て い る が 、 今 後 の 検 討 に よ り 明 ら かに され る こと を期 待す る。
次 に 樺 山 ら は 、C57BL6マ ウ ス の 腋 下 にSM3発 現 株 お よ びMock株 を 移 植 し 、3 週間後の腫瘍重量を 測定し結果、SM3発現株由来 の原発腫瘍重量は著しい低下、もし くは消失を認めた。SM3株においては通常培養条 件下での増殖能は全く低下していな いことから、インテ グリンの発現低下よって癌細胞の造腫瘍能すなわち三次元増殖が 断たれた結果である と考えられる。事実、寒天培地中でのコロニー形成能(足場非依 存 性 増 殖 ) はMockに 比 較し てSM3株で は著 しく 劣り 、ほ とん ど 消失 して いた 。す な わち 、内 因性SM3で はガ ン細 胞の 最も 基本 的な 性質である足場非依存性増殖の選 択的消失という、非 常に興味ある結果が得られたことになる。これらの研究結果は、
2001年7月20日のJ. Biol. Chem. 276巻、26777−26783に掲載されている。また、
今 年 2月 の 蛋 白 質 核 酸 酵 素47巻 に も 総 説 と し て 掲 載 さ れ て い る 。 本論 文に おい て, 内在性SM3によるロ1インテグリン遺伝子の発現抑制機構の存在 を示した。この発見 は,GSLと細胞外マトリック スとの機能的相関関係を明らかにす る 上 で の 新 た な 命 題 を 我 々 に 与 え て お り , 今 後 の 研 究 の 進 展 が 待 た れ る 。 GSL合成酵素遺伝子群のクローニングがほぽ達 成された現在,日本を含む世界中で これらの遺伝子を駆 使した研究が進展しており,GSLの根本的な生物学的意義の解明 に 大い に期 待さ れる 。本 論文 では ,CST遺伝 子を 肺癌 細胞 に導 入しSM3を 発現させ ると,piインテグリ ンの発現が遺伝子レベルで減少し,造腫瘍能が激減することを世 界に先駆けて発見し ている。現在,その作用機序の解明へ向けての研究とと もにCST 遺伝子による癌の遺伝子治療への可能性についてもアプローチを開始している。一方,
GM3発現株では,細胞伸展が亢進し,造腫瘍能は 亢進するという対称的な結果が得ら れている。糖脂質生 合成におけるラクトシルセラミド分岐における硫酸化およびシア ル酸化による特異的 遺伝子発現制御機構の存在が示唆されたことから、その生物学的 および病態生理学的 意義の解明が今後の重要な課題である。果たして,細胞膜マイク ロ ドメ イン (ラ フト )に 集積 したGM3お よびSM3が ,ど のよ うな シグ ナル 伝達機構 を制御してインテグ リンの遺伝子発現を変化させるのか?合目的かつ時空的な糖脂質 分子による遺伝子発 現制御機構の実証はポストゲノム時代の重要な研究課題である。
以上、樺山氏の研 究はその新奇性と発展性を持っており、十分に博士論文に値する と認められるもので ある。
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