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『宗教研究』新第5巻第4号(*43号)

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(1)

――目次―― 1,口絵,生蕃タマリ社頭目の家 2,アルブレヒト・リッチェルの神学における歴史と理性と体験,大塚節治,Setsuji ŌTSUKA,p.1-36. 3,聖徳太子維摩経儀疏所依の註疏について,寺崎修一,Shūichi TERASAKI,pp.37-54. 4,天寿国繍張攷(上),大屋徳城,Tokuzyō ŌYA,pp.55-70. 5,使徒パウロの「聖霊」観について,蘆田慶治,Keiji ASHIDA,pp.71-86. 6,天台実相論の研究,石津照璽,Teruji ISHIDSU,pp.87-106. 7,宗教的態度,上野隆誠,Ryūzyō UENO,pp.107-111. 8,日本で朝鮮の国祖と云はるる檀君を祀った神社,加藤玄智,Genchi KATŌ,pp.112-115. 9,父母恩重経の異本について,禿氏祐祥,Yūshō TOKUSHI,pp.116-123. 10,密教の祈祷論,大山公淳,Kōzyun ŌYAMA,pp.124-130. 11,児童心理と宗教の起源,古野清人,Kiyoto FURUNO,pp.131-140. 12,新刊紹介,pp.1-10. Posted in 1928(昭和3)年

(2)

﹁i1...!:.■l 【 ■、T ●・・ .I ・ニち・.■ い、 ■:ヰノ ノT・/ 一 ・▼ヽ ′・−− ▲、l 生者タマリ鹿部日の家 これll雲丹の尭雨汚岸大麻里香の本社、バイ y ゾ 族lこ固有左石盤右辺りの第は見られ叱いが、顆日の 家の前にlミニん化石怒着ね四五本立てゝ弧先の像ご い・ふ.のが線剤Lてぁる。入口の南側の頓に彫りつけ た男女の最も先紀.だJlいつ・てはゐるが、それ−工繁耗 ね象致†る呪術的装飾らしい。 ︵昭和三年−月焉、宇野折空︶ l ヽ ■■ Iご 1:−: 一 ′ ヽ・■一一 .ここ三しニ:ヽL j ′ ∵・−﹂〓=い.: ∵ ̄ 1  ̄ 一

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(3)

1丁5 高等な宗教は如何なる宗準じむ皆其異柁を附明し傍持せんが男に.何等かの紳寧を有って屠ると

思ふ。而して何れの宗教の紳単に於いても其内には必す其宗敬の信仰を航続し掃差する虞の部分か

あると思ふ。某替歌ではこれを組織紳撃と呼んでをる。これは基軒数の信仰を草的に衷現しやうと

寸るものであるから基督敦の信仰内容を批判し整頓し組織し且つ其眞理劉明を任務とするものであ

る。故に自ら其内に理論や思索が這入つ.て凍るこrは勢ひ上己む一で得へ甘いことである。㌢オ1ば基懲 教組種紳寧は近世に於いてもシューフィエルマッヘル、,ヅチエル、ヘル†ソ等有力な畢者の反封がぁつ

たに不拘唯異に信仰一で記述するに止まることが出水す常に信仰を合理化しやうとする傾向を帯びて

水た。併し如何なる志眈又は程度で瑠琴で許し.如何なる範乱文は立場に於いて諭撃ど容れるかは ㌧か/−講説の一の一り踵で.こゝに紳串の箪軍が起ト、釧奥の各軍か生するに至った理由が今○。

アルブレヒトうッチエルの紳畢に於ける

′・∵二・歴史と理性と殴験

、 一 ●

大 塚 節 治

アル′レヒー・リッチェルの和学に於ける射史一ヽ理性ご慢駿

(4)

476■

アルアレヒト・リッチユルの卵牢に於ける襟史寸、理性ご椙翰

元秀一つの新柄が合理的でぁるとか、異理で一のるとかを紆肌しやうとす、ルビ或は抽象的へ㌧理論で

行くか.さもへ㌧くば粥黒に依って謹−リlする外はない。若し紳群が前者の行方一で取れば暫畢によるも のとなり、新し接新の途一ピ取れ甘髄虹と璽撥Lに依ることゝ㍗ごるのであ一匂。而して催史と黒坂トは臼 然新車上の聾詭を企むでは屠るが、こ∼では特に宗教史及基密教史と内的盟琴で釈放′♪虞の心理学 とに密接だ膵l係を有ケてをる。従って基単数組織面塾に於いては信仰又は啓示に就いて哲学又は形

而上隕と歴史と心理学との三者が紀えす正賓仁役割一で演じて一でる。而して共各が過韮成される暗に

翻撃は或は合和ま義の神学に艶し或は照史主我の紳単に陥り或は舵験ま義の紳頚主なるのである。 ●

帥ち信仰一で和諭の上に立てやうとすれ

とすれば雅史ま哉の紳塾主なら信仰一で醗脇と同一成すれば稟軌ま琴醗脇立哉の翻揮となるであの

る。さらとて超自然的天啓一新張りで進む評にも行かや㌧こ∼に普からの紳邸の悔みがぁるのでぁる。 抑も基幹故に於いては最初か仁肇不又は信仰の自立性が認められたのでぁるが︵コリント前古l ノー八− 二先金照︶ギリシャ督邸との提携後色々の数理が生じ問題は益々櫨雅と合了り信仰と右三 者とは常に粕粧合しっ∼今日に至ったのでぁる。輿克するに井督教組純紳邸の牒虹は信仰封理性、 信仰封歴史、信仰封醗駿と云ふ三つの大きな取組に理性封歴史.歴史封冊瞼.醗蟻封理性と云ふ徒

愚的な≡つの収虹を加へ烏、都全ハ偶の取組が互に舶交貯蓄藤して充た其跡と云ってよい。而して

(5)

1丁7

形而上拳と鷹妃と醗協とは何れも常信仰内容の全億に関係しては居るが、しかも自ら或特殊の問題

に対して醇に窟接甘閉係を持ってをる。例へば形而上草は信仰内容安土・紳軌.宇宙軌、人生軌等 の合理性・竺不すに雷って重要な役目・ざ試じ.歴史は致別基督の人格及事業の間組に特殊ぢ脚係一で有

し倍盤は信仰仝内容の本質並に異理決定の問題に密接な関係を有ってをる。従って各時化に於ける

理世と歴史と俄放との神学に於ける役割の大小は藩しー右の諸問題の内何れが人々の甲心を引いた

かに依って左右されるのである。要するに基督敬神撃の問題は右三者と信仰とを如何に関係せしめ

をかと云ふにぁるから神学思想の歴史を眺め又はその現代の傾向を知らんとする者に取ってはこの

見地から紳単著の畢設を解剖することは極めで意政江いことでぁる。

・㌧私はエ・、ト、γ・ブルソネルやアンドレ・ジュン一等の乾物に依って斯械な見方の暗示一望持たのであるh がご.∼にはシl・ライエルマッヘ〝以按、薪数々埋畢の方面で最も大なる成化を及ばしたと思.はれるア∼ ルプレー丁ト・リ㌧チl〝 ︵A︼b邑一t空邑一︼こ琵柏−蓋¢︶ の紳苧ざーの見地から解剖して見やうと思 ふ。この小文は現して﹁ア〝ブyヒ・ト・り㌧チールの紳単に於ける歴史と理性と燈瞼﹂と云ふが要はづ,

チ▲一〝の方法論と細粒と基督軌に衷はれた理性と歴史と恐駈との役割を考察するに過ぎないのであ

る。これ,,チール紳串の全憶に渡ってこの問題を取故ふことは触りに問題が大.きくなら過ぎる、から で今0。これが追詰に於ける基懲敢紳畢の苦心がどんなもので一のつたか、今又それが如何になつて アルターt:,’チユルの紳塑に於ける歴史ご理性ミ憤せ

(6)

478 さて、リ,チュル紳単に於ける理性と歴史と髄放との役割を親やうとするには彼れの方法論・帥軌・

克督軌と云ふ夙に様に切って其各部に於ける右三要素を考察することも可能であり又方放論・紳軌・

基督軌等を縦に通じて右三妻妾妄二つ宛追跡することも可餞である。私はよらよき展望を縛んがた

めに後者の行き方を用ひて見やうと思ふ町

元木、,,チールの紳単発屁の枚本動因は紳と人間との和郎の数理に就いて満足ぢ解決を絶やうと

するにみつた。・帥ち数理的輿眈が中心であつたごーの串は彼が歴史沖塾着としてよ・りも数理邸者と

して世に軍さをなしたと云ふ郎質に依って豊菰捌が出挙心が、絞れ自身の告白がよくこれを示し

︵二︶ てを右。即ち彼れは共生著﹁義認‘和野第壷の仔に於て北ハ恥を述べてをる。然るに彼れのこの 飢餓的.数理的輿眈は先づ彼れを歴史的研究に追ひやつたのでぁる。このことは北ハ1義認盲和解﹂の 壷.ニ谷が全く該教理の傑出的研究−︰丑やされて居ることで撃Q。併の彼れの紳串に於ける歴史 ︵三︶ の役割を偲ばしめるものはこれ或けではない。彼れの初期の著作が賓に歴史問題を取扱ったもので

ぁった。従って彼れの紳螢を樅に貫く諸要素を眺めるに懲り先づ歴史から撃を染めることは必ずし

も理由のないことではない。

ァルアレヒト・リッチェルの紳隼に於ける据告、理性ご椚桧

居るかを理解するの二助ともなれば幸甚で今心。

(7)

4丁ウ

へ︻一

抑もツ,チールはタライベルの聾物などから和郎の教理を歴史的に理解す可きことを畢んだ模で一の るが、しかも一入四五年チーーピソ∴グソのメタル︵芳一dぎ一コd C︼−・訂賢l冒弓−−3N−−票○︶の下に ︵菟︶ 石↑皇では威服す可き指導寧でボンにもこにも見出さなかったと思へるG彼れはメタルを知って

からはチーービングソ畢派に共鳴して数年開この学派の田内にあつた。ところが間もなくバク〝に

反封してこの割振に封抗するに至った。而しで其問題は云ふまでもなく韮替歌起毘の問題、従って

聖啓並にイエスに附する歴史的の問題であつた。先きにも云つ打撲にリッチェルの中心的興味が童訟

と和解の数理にあケたが故に救主たる教組に就いての歴史間組は彼れに取って極めて重大でぁつた。

.イ︳サツ ー我々は今∵・み曲折を明かに寸るためにメタルの原始去督敢翫に﹂寸言及せねばじらね。一喝

r▲−ビングゾ畢泥はヘーゲル哲劉の洗を汲むだものでメタル・の如きはヘーゲルの耕記法的発展の ︵六︶ 整讐鼻替歌ケ理に適用して教理史並に原瀬基督款史等を書いたが、リブチエルが放め焚成し接・反封 するに重言のは後者に麦はれた基督敦超脱の間置に就いて;る。;草依ると使徒時代は原

始韮憩致の二要素即ち十二使徒に依って代表された狙大約基督敬と世界的ギリシャ風的バク∇ま逼

との二つが互に和封立した時期でぁる。従ってこの時期に屈する基督款の文書は給太主義と・ハクp

ま義との軍を反映する。故に新約忍苦の年代を定めるに雷ってはこの守を眼中に置かねば仁らぬと

†る。而してこの見地から使徒時代に属する文書を奉げると獣示教の一部及・♪ク℡の四大杏翰等は

アル′レヒト■yツチエルの紳郡lこ於け一£空単三翠任ご憫鹸 五

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4SO 六 アルナレヒト●u∴ツチエルの紳撃lニ於ける躇史寸ゝ理性ご椚段 それで一のる。.ハクワの死往この封立は漸次緩和されたのでぁるが、この接近の初期を示すものはバ クー的なルカ侍と獅太的仁馬太倍である。マルn将はルカ倍よりもl厨バクp的色彩が少い故に更 に後に古かれたものと闘定される。而して丙種向伊調和は二世紀の絶境に出家たもので使徒行僻と ヲでネ系の文昏はこの時期に屈することゝなる。 ●lス ・斯稜に原始基督放と英文番の成立とを見る時は其の庭にイエスの人格の役割は殆ど悪政を待たぬ こと∼なる。バク〝に於けろ歴史的 ー 樋脇まで行っては居ないが又決して重要な意次一官有って居るとは云へない。これがリツチェルの首肯 し満足し符なかつた薪でゐ卜、従ってタッチールに取って重苦蒜究問題となつたの†ある。 さで.タブ・チュルは基著﹁舌加特力敦曾の池原﹂初版︵Di。Ents邑一u−1gde一己tkを。−訂q1−ぎ舅irc︼−㌣ 野呂−芸○︶∴に於ぃてはメタ〝の設を批評し乍らも大任に於いてそれを承認して居るが一入五七年 の節二股モ於いては全く基立場を捨てゝチーービングソ串振を醍るゝに至ったと云はれる。・,クモ ルがこの昏に於いてメタルを郊じた鮎はこれを次ぎの如くに楯めかことが出来やう。 一、〆.クルは其提唱する揮記法的歴史軌を数寄の批評研究に依披せしめて居たが、丑沓の批評研 究が関越となると逆にてれを彼れの歴史取に依って耽明せんとする。之は明かに循環論である。 二.メタルはバクⅤま我と狙大約基督敦とを封立させて考へるが、其綜合が如何にしてなされた

(9)

181 かを訣別し得ない。彼れの如く外的事情につて充分にこれ一ゼ説明せんとすることは不可蘭であ る。内的脱臼なしに相反するものが結合され1Q理由が.ない。 三、.ハタロの寄掛には彼れの紳率に於いて重要なる痕太的の要素が多く.胎太的文富たるヤコブ 客ペテロ客等に.♪クワに似た思想が多分主食まれて居る。故にこれ等は絶封の封立を空,もの ではない。 四、勿給使徒時代は阿房な調和の取れた時代ではない。バク占と十二使徒との問には不調和がゐ ・つた。併し基問題は野際的な問題でキルサリム軟骨の決定で片づいたほぢ開通でぁつた。而し てか∼る意見の衝突から却って使徒の間に根本的の一致が生じた。彼等の共通の♯脚地は感官 でぁって、琴晋の光に依って凡での問題一で解かぅとした。言ひ換へれば去軒数に就いて同一の一 考を有って居た。それは立替敢が堅く其創立者たるイエス・キリストの人格と串発とに依涼し て居る主.冨ふ考でぁるか

基督紛の起鱒曾斯く見ることは歴史的イ三を経れて基替歌がないことを意味するもので開覿基 軒町史寧ど重んすること患三に及ばサツクチールに取っては更に全基督致史に於ける十三の人格 の成化が求大ぢ怠昧を有つこと∼なるのである。質に後れに於い一しは歴史上イエスと信仰の立替と は同一と号つで居ると云ってよい。更に後に見るやうにリッチールに於ぃでは一般に基替歌の眞理基 ’ルナレヒー;ツナユルの榊型に於ける歴史ご理性︸J餞せ セ

(10)

482

アルナレヒト・リッチェル¢紳訟に於ける歴史一−環性一J弱虫 物が歴史的イエスに依って奥へらる1私怨的勝利の恥栗に立脚するに至ってをるがこの考は更に彼 れの初期の著述たか﹁舌加特力敦の起源﹂第二版︵一入五七︶から始まつて居ると云ってよい。

我々は基督紛に於けむ歴史臥因子の考察は後廻しとし先つ役れの方法論に衣はれた圧史の閉校を

考察しやう。㌃チールの和傘の方法論的感度は賓質的には其の著述の到踵に散見されるが形式上こ

の間野ダ取扱って居るのは其﹁哉忍と和解﹂の第二巻の鮨論と同三等の鮨論と﹁納車と形而上邸﹂

︵Th邑Og訂亡﹁d罫t与y賢−笠−︶に於いて㌢かる。・

さてリッチェルは﹁我訟と和解﹂第二巻の緒論に於いて教理畢の資料と規範とについて従来の訪

設を批評し殊にトマシクス・ホ7 率の資料・で信徒共通の内的種痘に求めんとするを難じ客観的.歴史的矩焉としての新約斐部にこれ を求めて居る。彼れによれば﹁基督致の槽成ある内容を官話的な形で廊Il述す可き紳畢は新約梁沓か ︵へ︶ らそ町々汲み、他の如何なる資料からも汲ひではならぬ﹂ので・のる。更にこゝに新約製寧で紳邸の

資料富なす可き理由の詑明に於いても亦歴史ま鶉の吾が多分に翠って居る。即ちそれが数理劉の安

打Lなす可き理由は問組イエスの人格を直接に措焉して居るの一けならす、新約空聾が華約との離史 的辻撹でム丁,.又開祖鉦彼の致凶の倍仰を合むで居るからである。このきーiは唯にリッチールが酬紀宝

沌の防帥に燃えて居たことを示すのみならす、基瞥教の斬罪に於いて郎史を重んやることを意味†

(11)

1さ3

ろのであろ。而してこれは反前に基軒数が埋設の思索でなく又個人的ま軌的ぢ関脇でもないこと一ど

語って居るのでぁる。

斯くリッチェルが教理寧Ⅵ唯一の資料として葡約蛮習を森げたことは夫自棺已に彼れの歴史筍立切

経度を示して居るが、袈沓解癌の方法に於いても亦彼れは歴史を釆要成してをる。彼れの提唱する

史的方詣でぁる。即ちこ牒方法は文法や論理を用かるがしかも帝美朝適用︵A邑1つtぎ。Al一号き=︶

最虐の文革立至原始的、歴史的意味に於いて理解すること晋ある。元琴︼㊥聖書解繹法は新約蛮

を滋も重んする。この審美的通用とは薯約宗敢の範喝関係、高さ等を正しく軌察し而して某懲敦

型番解説法は古い薪数々理牢の語で云へば輩音自身による解梓法でぁる。併し我々の語で云へば歴

り〟シュプルン〆りヅヒ000

番の正経たる所似が基思想と覇約空音思想との密接な聞係に存すると云ふ後れの五経概念に立脚す

ろ去はれ一Q唱其由雄は何れにせよ・蜜寄席辞に歴史的方法を重んすることは㌔チエル・の空音ま

義が保守的空莞冨義と興って居今︼とも示すものでぁる。一

・うて.リ,チエルに依れば新約聖書の内容は悉ぺ調和整合せる眞純なものばかりではない。其内容 には外綻約分子が交って居る。︵リッチェルは英一例として・;品番フ甲量げて居霊︶斯様な部

分は敢理邸に於いては用ゐることは出凍ない。従って原始姦替歌の終末軌やユ〝すレム散骨の叔則

︵〓−︶ やこ先の浮足軌等は自ら排除されねばハ与らぬ。併し斯様な部分を洗浄了ると弟子の思想とイエスの アルアレヒー・サツチエルの紳やに於ける歴史ミ環性一、僧鹸

(12)

48ヰ ヽ

︼○

′ルナレヒト・サツチエルの紳単に於ける歴史ミ職位一J棺鎗 そ也常会く和合致する。こ∼に始めて新約聖諺は教理邸の菅粁となり叉規範とな一Qのである。これ

が大位﹁我訟と和解﹂第二幕の緒論に於けや彼れの意見がぁるがこゝに表はれた彼れの歴史正成は

空音と云ふ狭い範園に限られ了ざら。勿論∵ヒブ〝民族の宗敢史一ぞ必然的に食むでは居るが、喪聾

以後の韮替歌々理の費展並に他宗教の歴史的研究をば殆んヾ問題として居ら欄と云つてJい。然ぅ

に同番第三巻の細論に於いて後れの見地は不少移動して居る。

●. ﹁鶉認と和解﹂箪二黎の緒論は組織紳畢の方法を示したふのでぁるがこ∼t彼れは先つ歴史の意味 を一層拡張してをる。彼れに依れば赦罪、哉喝和解等に閲すj紳寧の資料は基督致の言語よhソ・b

次ぎに我々は﹁油単と形而上串Lに衷はれた歴史的田子を尋ねて見やう。これはリブチールが一入

︵〓ニ︶ 濁ろ基督教則髄の原始的意識であるとし..肇蚕に於けるが如べ新約聖群があると云って居芳心。

勿論これだけならば彼れと此れと必ずしト矛盾し虻い。罰となれば基部致阿倍の原始的意識は新約

優番に於いて見虻さ車宣からでぁる。然るにり,てルは吏

〓︻︶ ㊥比較に依って椎茸にされ姦智敢の狗特性は宗教史のカを借りてのみ明かにされると云つて居る。

を難じては居るが其需致史的方法・ピば質訳して居る。勿論賓際に於いて彼れはこの方法才用ゐて居

らす彼れの歴史正成が基督致に限られて居ることを忘れてはならぬ。

(13)

▲;; 八−年に﹁哉訟と和解﹂に封する批評の批評として公にした小朋子である。其内容はブナチ1〝が形 而上邸を紳邸から排除せんとしたことに就いての諭軍でぁる。従って歴史的因子の意或は問題の外 に麓かれて居る。然るに絡♭の方に於いて︰紳と入関との交迫が如何にして可能でぁるかを諭する に雷う﹁紳の言の仲介と立替に於ける紳の人格的啓云への明確な記念なくしては其督信徒と紳との ︵−末︶ 問に於ける人格的関係はあり.符ない﹂と云ってをる。こ∼にも歴史的 イエスが如何に重成されて居 るかを窺ふ七とが出奔る ,プールは﹁義認と和鱒J夢二巻第六輩々基督諭に雷てゝ居るが.其主眼は去督の人格論に於て は温水の形而上畢的ガ基督耐性論及ロゴ.スとしての基督先在諭等を排して偏ら歴史的イエスの救ひ めカ・で高調し、串瀧諭に於いては侍統的な代償的煩非設を排して道徳的膠利を奥ふる基督.をま張せ んとするにある。そこで被れの軸畢に於ける歴史的要素が一番重い役割を演じて居るは恐らくは基 督論t於い七ゞ.ヰらう。 ,,チール七依うと基衡が紳の子又は紳で中ると云ふは、それが先在的ロゴ.スの化身であるがため でもな\ヌ天地創造の仲介者で.ぁるがセめで鴇ない。﹁基督の耐性又は世界にまた・〇ことは時間に ● 〓六︶ 於ける彼れの存在属性として後れの歴史的生活の︼定粕に於いて見出されねばならぬ﹂。固より.ク, ナI〝よても前の許に昇れる復活の基督を否定するものではない。併しその昇天せ.る某督の力も若 7′′レt−・−プチユル¢紳単に分ける娠史ミ理性亡8臓

(14)

1鵜¢ アルナレヒト●,ツチエルの紳挟lこ於ける毘史↓−野性ミ俄政 一.二 しそれと同校な結果を我等が彼れの雅史的生活に於いて鍔敏しないならばそれは全く我々の認識の 外にある。1若し後れの現在主たることの軌念が彼れの歴史的活勒の一息の特赦に依って内寧£芸 られないならばそれは慣伍なき形式に過ぎないか然らずんばぁらゆる可能なる妄奴の絶となるので あ︰草されば塵寧基数的に詐偏することは⋮自に見ゆる放れの行名が彼れの宗教的確信と道 徳的動機烏対して有つ関係に依って確められねばへ与ら沿。それは先天的性質やカを掃った彼れの人 〓入︶ 格に想定された資質と正接の関係を有つものではない﹂。解り易く云へば其懲の耐性は質に其使命た る﹁紳の固﹂の創始々逐げ且っ其擬鎮顔展に必要なる壮に勝つカ一で人々に輿ふることに存する。﹁こ の世に.於ける紳の国の創始者として換言すれば人間に射する紳の倫理的支配の誇明者として絞れは ︵基督︶彼れよう同撲な目的一ゼ受ける宕に取って特殊な位託を占める。故に彼れは世界に於け卑斯捺 グ︸−t ︵一九︺ なj宕−其内に紳の言が即ち人格である虞の−である﹂。 . ㌔チュ〝の基督軌は飽く主で形而上塾側でなく伶租的、宗教的である。如何にして斯援な人格が 出凍たかは紳率土の問題ではない。それは凡ての討究・で越えて々る。倍詑的紳坪は郁々の解蒋を奥 へるがそれは決して問題・で瞭然たらしめない。 ’ナ 然らば姦智の倫理的宗教的人格の如何なる鮎が彼れをして紳の子と呼ばるゝに邁はしからしめる か七云ふにそれ亮勿論彼れが完結せ一Q倫理詑を有って居たがためではない。雫.某督は斯抜なもの

(15)

457

ヽつーヱ

一ご持って㍍へ㌧かつハ㌧基巧かヨ∵キハ付記新の云ふがか′、‖町㌫と︰∴ハ仰Jlとに軍りて新たと云ふは1基肯 ペルー’ノノシ′−一 の招楷仁乙合ほ命的︸m釣に於いて紳の本貿的ぢ意志が克として驚示された﹂ことに一9Qのでゐ・〇。 ︵二つ︶

何となれば■造幣の最高の口約即・り紳の・拍は父の最高の自的と同〓∫のつたからで・叫・つ㌔従ってシ

ューラクスがイエスは家裁道徳.国宝泣徳北ハ他あらゅる道徳に渡って完結せろ倫理取・竺不さなかつ ︵二〓 たが故に北ハ迫徳ほが不完全でノのろと云へるは豊らない。 〇 っ つ ○⊃ 〇 〇 〇つ つ ○ つ〇 〇 〇 〇っ 〇 〇 〇二〇 〇 〇 〇〇 〇 〇 〇 〇〇 〇 〇 〇 されば蓑田い痢性は全く彼れの世に射すろ肪別に於いて見出さる可きもので一9っ。而して苅鰐利

は彼れが基帥硫に麗子っ老に輿ふる同様ハけ力に依って存明され一¢。然るにこの力は全く内的責的の

カでぁつて基詮揺一で正一っに枇巾=の政治的、㍍詩的拾遺一で近して表れろ迫徳nl改聾に求め・?︼とは囚 発である。﹁基督︰か乳ハ肘億に働き尤−け一りカ又は闘鱒で迫して世に捌きかけろカはほして戌螢的へ箋γに ︵こ二︶ 隣れられる抜なものではへ︺い﹂っ﹁数倉緑妃の混沌と残忍と緩急丁可き軒柄の問に於いて漸次世に解 っ〇︵こ三︶ って行く先懲のカ一ざ認めんと了○串は安に不可見ハ.ナ?ものに封する正しき翼き信仰でぁるし。

斯披にリッチールは基斬の人格の荷作性一で極力其歴史的革質としての道徳的㍍利に依って証明せん

0つ として居るが.しかも・′、れ一で日に見ゆる就愈の道徳的進歩に求めんとすることは信仰l二倍ろもので ぁって最簑言科草的証明ではないこと一で自白して撃っと云はねばぢらぬ。後れは﹁:∵⋮非難数赴 甘が世に於いて持つカい・位節.愛の毘埋による道徳的融合精細の改造ごの精耐の公共諸制度への結 ァルナレヒト・l−・ツ≠ユルの紳やに於け・品逼ご理性一ユ甲朗

(16)

45J 合.自然の支配からの人叩精甜の郎放、⋮⋮・等は人間の問に於け一〇紳の支配の帥⋮梨と考へ而してそ れを歴史的開組に鈴せわばならぬ﹂と云って基督による融合の進歩を考慮に入れては屠るが、併し 0つ 又同時に﹁某督一ピ斯く許偏することに於いて去替歌信仰はそれ自身が一つの世界取として㌫と変な ︵二日︺○⊃00 る紳の認識に封臆するものなる野で托証する﹂。と云って信仰一で持ち出して居る。こゝに彼れが常に 0 0 0 〇二つ 0 0 00 〇 〇 〇〇 つ 〇 〇〇 〇 〇 〇〇 〇 〇 〇〇 〇 〇 〇〇 〇 〇 〇〇 〇 歴史に始終L符す時々歴史一文準えた信仰に立掠って居ることを見るのである。野際、韮智の力に依 ○つ00 って成遂げられた政令の改善.道徳の進歩に依って韮軒の耐性を証せんとすることは信仰ぢくして は容易でない。基替歌の功邦は相半ばすると考へる人も可ぢら多からう。そこでリッチュ〝は泣穂的 〇〇〇⊃00000つ〇〇〇〇 勝利を云ふ時に常に内的自由の硫敏一ぜ力説して居る。こゝに彼れの庶史ま義は又自ら債畳ま蓑へと

〇 〇 〇 〇〇 〇 〇 〇 〇 〇

移動して居るのでぁる。 基督が低に勝ったとは決して枇と迫徳化したと云ふ志眈ではない。それほ全く彼れの内面の問題 であつた。彼れが自己の使命に忠に、.堪え難き若井に準乙たことそれ自身が絞れの世に膵てる謹掠 †ある。自己保存の衝動、苦痛回避の街動、名春保存の衝動等を彼れは悉くn己の使命意識に従麗 せしめた。而しでこれ等の衝動は全世界一で棚帥的なものとして合むでき○。匝lよ♭基暫がぶつかっ た世界ほ人新の一小部分差迫ぎなかった。然も彼れは自己の難業一で所のものと考へたが故に絞れの 正接の敢は紋ルに射しては凡ての人新一ぎ代表したほに見えた。﹁我巳に故に勝て卜し︵ヨハネ倍二ハノ アルナレヒト・−ツチエルの紳隼に於ける挺史一1曜性ミ椚翰

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lS9、▼; 三三︶と云ふ後れの碓㍍は野菜するに彼れの内にぁる自然的捏了ものに打勝ったことを意味すろので ぁる。こに意眈に於いて某懲は世に勝っカを有つと自信した。1凡ての物はわが父よら委ねられたら ︵マタイ侍〓ノ二七︶もこの自意識一で表現するものであらう。要するにり,チエルが去暫を紳の子と 認める時彼れはそれがロゴスの化身でぁるとか又は昇天して天父の右に座して居るとか云ふ抜な形 而上拳的な思索や想像に依接して居るのでガく唯一生・で施してぁらゆる苦荊と侮辱とに耐へよく天 父の愛志・ど賓現して紳の囲を創始し且つ其稜揖者に世に肪つ力を奥へると云ふ歴史的迫徳的串賞に 立脚して居・Qので今○。併し已に言及した按にこの際史重税の内に歴史を越えた信仰の要素や内的 正接琉瞼の要素が取ら入れられて居一?−とを見逃してはなら氾。 ・我々は次ぎにり,チールの紳軌に去はれた歴史的田子を尋ねて見やう。リ,チールの紳寧は元凍形而 上邸の排斥を以て其特色の一つとする。而してそれが最も著しく現はれて居・〇のは基紳軌に於いて − でケ㌢換言すればこ∼に信仰合理化の排斥が最もよく克はれる。然るに信仰を理論の上に麓き行 ないとすれば自らカントの如くそれを遺徳意識の上に記くか或はシュライエル†,ヘルの如く㌫数 列醇の成膀と同二脱すろかさもなくば宗数的情意的標般の上に立てるかの方法一で取らねばなら氾。 ブナチールの行方ほ大位カントの行方と第三の行方と◆でつき交せた披なものでぁる。この事はリッチェ ルが人問の内的泣標的勝利の串好一で迫じて韮督政所軌の妥常任を許明しやうとしする傾向から断定 一 アルナ∨ヒー・,プチユルの榊卑に於けろ短見ヾヽ理性ご頂壇

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瑚 が出挙ら。.而して=の出向の内にに多分に心配ま我が働いて居ることは云ふ一で待たない。然るに彼

れの道徳的勝利に虹史上の人物た・匂基街に依って典へられ・。ものであるから自ら瞑虹の要素がこゝ

に遥入って乗ること一争拒む謂に行かぬ。

さて、グッチュ〝は基軸軌の放めに於て苑督致の野郎のためにl崇敬史の必撃で認め且つ抽象的な一 レダラチーフ︵二も︶ 股宗敦の概念もこれ一三つの統制的なものとして用ゐる畔は有益であると云ってをる。こゝにも﹁墓 誌L和解﹂の三谷細論に於けるが如く彼れの歴史尊韮の意味が基憩致叡から拡張されて一般票敦史 に㌢で及むで居一〇−し・と一で見る。但しこれは方法論上の説に止って居て野際に其方法を活用しT居な い.矩は巳に述べた通♭でぁる。

㌔チュルに依ると宗敬一般の批念はこれ一ざ統制的揖念として用ゆる時は講宗教を比較し基醇窺を

明かにt且っ基発展の階段一軍示すに助けとなる。然るに箪辿的に安督す・ヱポ敢の位階的排列一で企勘

することは無駄なことである。唯それは﹁其督数倍従相互の印餌を助ける利草的課題に過すない㌔

九っ﹁諸宗放の内基軒数を以て叔拓にして最も完全なる宗放となすことに同意を輿ふるは﹂北ハ限b ︵二丹︶ に於いて﹁科草的である﹂。我々は技にリッチェルが極めて公正へ与掩え口ぢ意見を披濫して居ることを 見逃してはならぬ。リッチュ〝は先きにも云った如く崇敬中り必要を説いたのみでトレ〝チ.の如︵多 くの宗教史的考察を望Jすヌチッベル・、;の如くそれを活用しては層ないがしかもトレ〝チが述し ア〝ブレヒト●リッチェルの耐撃lこ於けろ離乳ご瑚虎i由蕗

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」J たと川じ㍑へ㌧主1i一ざ云って居・りのほ注意†可1・由でぁる。併し乍ら又同時にこの掩え円仁軍度か枇自 身に依って鰯々捨て.られ韮桁数一で以て完全給紙的な宗教と見似せろかの如き蹟が所々に発見される ︵∴七︶ ≧1i一ざも忘れてはならね。 斯披にリプチールの紳軌に於ける宗教虹的方法は唯形式に止まつて屠・りが、韮楷史に左抜でない。 こヽには彼れの振放韮解放研究並に﹁薬認と和解﹂の教和の摂史的辟究が欝貿的に働いて居・むのみ ぢらす.紳凱の樹立の秀めに昆虫的和好が本貿的へ㌧役割一で漬じて・でるのである。リッチェルは彼に指 摘了Q抜に紳の存在・に就いて道徳的諭鱒で用ひ大股之・ぎ是認して屠るが併し究嘉す一匂応は鮭史的串 〇〇 野にる蒐智に録って凍て居ると思へる。即ち彼れの道徳的論説土石ふは自然界と精軸外との封乎で 調和し前者を後者の手段と考へ・?−とが統一的世界観一?立てる上に必然的に要求され、そこから又 基督数的紳軌が要求されるのであるが、斯緩な世界軌は一橋何虞から生れ何に披って居るかと云へ ●

つ00000

ばそれは匪史的イエスがぁる。されば、﹁間組の人格は唯に韮軒数世界租に封†ろ梨でふ∵り且つ基懲 教徒の自己許慣と道徳的努力の標革たるのみならす個人的共同的前の祀井からなる新鹿が如何に作 ︵こへ︶ らる可きかの標準でぁる。 〇⊃ 又ヅ,チ▲〝は紳軌の樹立に於いて職位判断としての信仰一ざ玉んじて慮る。例へば彼は次ぎの校に 去って官○。﹁劇の認識は榊が信従に持寄に打解って除ゎある位麓一ざ世に於いて保記する時にのみ アルアーヒー・−ツチエルの群草l:於ける郎良一ゝ理性↓、眉掟

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492 一入 ナルブレヒト・サツチエルの甜壁に於ける倶妃ミ理性一ゝ椚韻 、一ノ ︵二l︶ 崇敬約諾識とへ㌧る。甘仰によるこの惜仇利鞘以外にこの内容に憤す一心紳の知町議はないL。併しか∼ ﹁.・ノ 00 ろ信仰は何に托・Qかと云ふにそれは苑翫に於ける紳の啓示でぁる。而してこ∼基捏とは形而上寧的 / 存在としてのリブスではハ㌧く展む上のイエ三.しあることは先きに僅々托b返した踵てゐ・q。リブチl 〇つ ルは紳租の結論に於いて次ぎのほに云っで屠る。﹁基封による啓示に於て輿へられた紳の租念⋮・⋮・ ● ∩▼、J は他に射する監的支配と裁許立としての紳の固に於ける完全なる道徳的敢曾と一で信徒に保諾する踵 ︵三︹︺○⊃CC● の愛なる意志である㌔ こ∼に侃詑とは信綻の側から云へば信仰である。而してこの信仰は北里に 於けろ紳に掠って一ざQ。言ひ換へれば韮斬に依って一でるのでぁる。 以上我々はり一チエルの方は論.基む論及州税等一で始じて統の信仰の韮酎つけが如何に揮叡に依っ て居るか一で配た。然るに歴史的串駆刃は、蚤克するに歴史的研究に依って明かにされ・つが故に屈虹的 00 串賓のみに立脚する信仰は、傑出研究の結共に依って左右され・〇断と仁る。この勤に就い手はチッ プシヒ・r■−人トリ べ〝ミソの如′㌧脛史と描出研究と一で暗別して考へても結局は郎虹研究の影難から免れることは出凍 ︵三︼︶ ない。そこで信仰は或鮎に於て必す㍍史・で超越せねばへ号らね。彼が紳租の結♭に於いで紳宮水泣の 袖の下に取る可きこと、然・ら†んば舶をば歴史の過程に引き下げて成長すろが如くに考へるに至ろ 0つ〇〇〇〇〇C〇 と云って居るは、これを形而上草と・り妥協と見る串も出水るが又信仰の瞑史超越任を認めたものと 考ふるこ主も出水る。されば歴史一で禿通したリッチュルも仰ほ時々超歴史的信仰租を示して居るから

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」93 先約碑塾り並小が,,.チエルを屈史ま鶉の軸串ポと難やるのは多少割引一ぞして受取らねばならぬ。我 々は次ぎにリブチール神都に於ける合理ま哉の要素・で辿らう。

’シ︼ナり′▲

一喝.合理ま我と云ふ語は其忠炊が可なり漠として居て、時と場合によつて色々な意眈に用ゐら れて層ろが、こゝには宗教信仰を理論的理性の止に立てやうとすろ立場七指すものと解して肇を進 め度い。合理ま義を斯撲に解する時はリッチェルの紳畢は正しくそれに反劃して立ったものでぁるが 故に斯撼な要要は大概に於いて無い一ものと想定してよい。然るにか∼る意味の合理主菜を排せんが 嚢王は、理論相性を働か寸こと・で必要とするが故にこれ一で排斥することが柁論理性に依摸すること となる。従って又それが一つの合理主薬に堕する瑳に思へる。元凍理性の叔翠で定めるのに理性一で 以てイう︼とは血を以て血を沈ふの類で循環論で今○とも思へる。併し孝︼れは人間が免れ行ない 宿命で㊦る様に守思へる。されば信仰の自立性の秀めに理性が自己捻討セなすことは貨に己むを行 ない串でぁる。斯楼な意眈で,,.チ▲ルの紳串は形而上串を拒み乍ちも多くの思索と理窟とを合むで 盲る。而してそれが進むで彼自らが排斥した合理主我に暗つては居ぢいかと思はれる節が可ならあ る。紳和ま講を排して造穂を韮んする事を合窄ま我と云ふならば・タッチュルの紳革は正に合理ま我 の典型で一のる。併し私はか御伽とか紗伽とは別にして考へ皮い。 ァル′レt−;ツナユル¢紳串に於け皇軍史ミ理性亡俄瞼

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硯︰俄々は先づ紋れの方法論に於ける合靴ま鶉収拾の有税一三印ねやう。 ・,,チールの方法論は先きにも云ったやう.に﹁哉訟と和解﹂二谷の結論、同三谷の餓論及﹁紳撃と 形而上率﹂の三つに衷はれて居るが﹂ 最初の4の.は殆んどこ∼に問題とするに及ばぬ。故に﹁藁訟 と和解﹂夢二巻の鋪論に於ける思索的.暫螢的田子から辿って行かうっ巳に見たやうに﹂ リッチェル ︵=.こ︶ に倣れば﹁組織紳邸の形式は第一正確にレて長生な基軒数絨念と結ばれて居る㌔而して某行数の正 ㌧き概念一で得るには宗教奴のカを括らねばならぬ。加之﹁基憩致眞鹿の或るもの・ざ埋的に認誠しや うとすればそれは正しい定式に、依らねばならぬ。そこで組織刷塾は第一・に菰野故概念に包介された 00 宗数的馳知又は衷象された部室を正しく且つ完全に限定七且つ鞘瞭に確定せねだならぬ。所謂韓審 からの許別はこれ等の軌念を正しく.証明することにあ一つがしかもそれは原始的至心眈に於有る基懲 ︵芸lニ︶ 敷板念を正しく義すt過ぎない。然るにこの正しうは紳革的形式が要求する蹟の正しさではないL。 ﹁紳革命揖の形式的に正しい衷現は認識封象を限定するに留って我々が取る方法に依拉する。即ち 00000000︵三川︶ 我々が忠識的に或は無意識的に従ふ蹟の認識論に依抗するし。而して彼れの言ふ認識論は或は﹁物 及び諸物に関する訟、︵Ibl︼rの≦苧demD㌢唱und d昌∴望ng苫︶であつて形而上邸の節一部をなすも ;︼玉︶ のL.ePら﹁事物の諭︵訂︼・re YOm D⋮虎の︶﹂又は賓有の率でぁつてアリスーテレス節一暫単に加齢す ︵一三ハ︶ るものであむ.或は今日の所謂認識論である。斯くリッチュ〝はこの語を少くとも二抜の典った窓昧 アルアレヒJ・リッチェルの紳塑に於ける郎弘一−鱒性ご饅抜

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49与

に翔ゐて居る。

さて,,チールによれば前者の意昧に於ける認識論を直ちに基督致の紳軌に用ゐてはならね。然ら

すんばアブストテレスのなした如くに納骨宇宙究克の日的と同一成したヶ二又は薪ブラトーン的宇

宙軌の袋形でぁる宇宙論的論法を用ゆるに至るのでぁる。然るに意識的人格としての紳はかゝる意

眈の形而上拳を越えて居る。故にかゝる意味の形而上は神学から排斥せねばならぬ?タッチュルは斯 ︵≡七︶ 漂ヤ㌧の意味.の認識論を形而上率と呼びこれを紳畢から除かんと⊥てをる。後にも見るやうにク, チュールが排斥した形而上.翠はカソトが破接した合理的心理寧と合理的紳邸とであろ。 ・然らば舶邸に許さろ可き認識論は如何なる沌のでゐ.るか主で芋それはd㌧チェの認識論であ・り。・ 彼れに︰よ≠ば徒凍欧別に行はれた認識論はT、ブラニトーソより起り中世ス⋮市野に於いて用ゐら ︵ れた沌の、コカソ・トの訟討論、ヨークチ上の認識論でぁる。而してブラニトーソ的認識論の窮出は物の ︵︵ 木賃と魔性と一で峻別し屈性は其背鎮に存する永建白同なる野塩に依つて戯一される。こ∼にスコラ

的な神祖や責魂設が生れるのでぁる。然るに斯校な立場は韮督数倍仰と合思しない。例へば魂の悶

罵に就い.て見るもかヽる心理学は魂が其不勒なる境地に於いて人間が受け縛る最高の成東たる父と

子と聖霊の内在する神秘的融合が可能でぁらとする。紳な的思想や形而上寧的思索の娘ひなリッチ▲

〃がかゝる考一ゼ排斥したのは雷然である。彼による紳の働きは﹁入関の威喝知識意慾等が理解出水

丁ルアーヒー●サ’チールの紳現に於ける据史ご理性モ憾せ

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4g6

二二

アル′レヒト・吋ニッチェルの紳撃に於ける歴史一J理性一−昭揖

る秩序で結合す一品の入関精細の活動に依って符別されもので決して紳私的なものではない。

次ぎにカントの認識論の窮鮎は我々の知識を悉く幻となしてしまふことにぁる。然るにロゾチェの

認識論によると焉在は現象が我々に働きかけヰ原因であ♭ノ日的で今ぺ 又基縫化の法則である。

リ.チュルはこれを以て滋も妥皆なる諒となし之一ピ廊単に用ゐんとして居る。併し乍ら,,チールがこ

れを如何程まで活用して居るかは捕捉問でぁつて多くの批評家はリッチュ〝の認識論的荒場は㌔チェ

︵三九︶ Ⅵそれよりも怒ろカットのそれに近いと考へて居る。けれども㌔チールの認識論が。プチ1に負ふ

蹟は決して少くない。彼れの理論判断と債偵判断との展別は全くロブチェの﹁慣他に従って判断す

る能力﹂J﹁理協的能力﹂との囁別、﹁職位の世界﹂と﹁形岱の世界﹂との慌別等から螢むだものと ︵︻0︶ 考へられて居る。こ.の理論判断と偶位判断との瞑別は後に言及てeJとゝしてこゝにはリブユルの ケグリ 今一.つの合警雇排牒の祈を指摘して彼れの﹁紳邸j形価上畢Lに移らう。リッチエルはこの細論の

’ナ†インナレク’ス

終り.Ⅵ溝にホラ﹂ツが理性又点知力なく七ては啓示は理灘出水ないと云ふを批評し啓示は職位を越

やるものであることを述べてをる。しかも理性が前述の如くマッチ前に用ひらるゝ昨Ⅵ啓示と舶反

︵︻一︶ イるものでないことを述べてをう啓示に反すj理性は唯物論と売約な唯心論等でぁる。要する t其督敢紳畢は合理的有紳諭や心灘単によらヰ遺骨数的紳の風食及紳Ⅵ周に於ける人間の祀扇の思 想に依って導かれねばなら打。紳邸は﹁斯くして基督敢の世界軌、人生軌を皇位的に又個別的に.

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ヽ 」9丁 〇〇つ▼▲JOつ〇〇 ︵n二︶ 父北ハ柄蛇分子の軸依闘係の必然性一で明瞭に完全に示した時に基任拓を鐙へたと云へる㌔これで見る とリッチールは一方の形而上挫を捨てヽ他の形而上挙を用ゐて居る。少くともpブ上の形而上群が多 分に働いて居る。こ.の最後の引用句の加古ニ㌧チェの音型の影輩一ざ明かに示して居ろと云へやう。絞 れが.ロ,チェに負ふ塵は認識論より.も寧ろ形而上畢でぁると思へる。 我々は次ぎに﹁紳畢と形而上撃﹂に於ける合理ま哉収拾の跡一ざ瞥見tやう。抑もリブチュルが形而 上挙を排斥せし串の是非に就いては可なb虻論事一ど引き起したのであるが、この小冊子はその非捉 ・に封すろ答持として審かれたものでぁる。.されば本番の思想は捕明瞭を欠くと思はれるに拘らす絞 フラン れの合埋定義に対する瑳度は可行でりはつきりと窺ふことが出凍・Q。尤も其内容はルター\ ク等の評論一で反駁しっ∼前掲三黎細論の託と路同様の設を披♭返したものでぁるが故にこ∼に取別 けて指摘†可き串柄は少い。唯認識論と紳撃との関係に就いての彼れの言夷を一軒する必要がぁろ。 リブチールに依れば﹁基督数々理串に於いて正接形而上串的思想を細密的思想として立てやうとする 摂食を奥へるものは前祝である。油単の其他の問題は極めて特殊的尤精紳的なものでぁるから形而 上邸は宗放的内容及基関係の認識に対しては唯形式的規範としてのみ考へられる。併しこれに就い 0 0 0 00 0 0 00 0 0 0〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇〇 〇 〇 〇〇 〇 〇 〇〇 〇 〇 〇〇 〇 〇 〇 ては凡ての紳串者は邸従として一定の認識論⋮⋮・⋮・に従って虐政することを除儀なくされて居るし。 ﹁㌻れば凡ての形而上邸を紳畢から取除く着でぁるLと後れ一で許するは﹁思慮なく且つ信す可らぎる フルプレt−・サツチエルの紳単に於ける歴史ヾ−理性一、市銀

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49さ ︵︻三︶ 串﹂であそ.勿論紋はこ.∼に形而上埋をワッチェ約諾識諭の意に鋸七て慮るのであるが、紋が斯く 認識論を必要盲したのは、信仰の自立性・三等鹿でぁつて基月に絞れは全く思東を捨て得なかった の■であ名。されば彼れは思索を用ひ又認識論を必要としたに不拘、・信仰の自立性一でば常に碓促せん 王して居る。﹁折太人の基督倍徒が異邦人点る.信徒に強要した供物︵制札︶と虎が捧げねば左らなか った知的供物︵認識論︶とは同校に韮督敢上共通なろもの々殆んど持たないJ何となれば韮軒数は ○つ000 狛太の慣習やギy㌢ヤの慣習の相異に対して中立的であると間接に票数として、蓑虫想内容が邸的 ︵M︻︺ ︵

つ000000000000000

に秩序立てられる庭の種々な認識論に対して中立的であるからでぁるし。この文句位明瞭に信仰と 理性上を区別tて居る麒は少い。 我々は次ぎに彼れの紳軌に或はれた合理ま我の因子ぜ追跡しやう。抑もリッチュルが合理‡萄一で紳 卒から躯蓬しやうとして慣横列断と理論判断上セ区別したのはこの静観の輩に於いてYぁる。彼れ によれば宗数的知識は理論的知識と典った慣伍判断の一報でぁる。然らば㌫数的知識.少くとも韮 督故知識と埋諭的知識とを何に依って瞑別するかと云ふにそれは封象に依っては臨別が出水ない。 ヽ 何となれば両者は共に世界全焼を封象とするからでるる。そこで再蕃.の拓別は重税の内にこれを求 めねばならぬ。.リサチエルはこゝに自我が戚備に依って畳成一で決定する方而と軌念に依って決定する 方面とを匿別して詠じて慮るが要するに僻庇判断上は悌澄的捌心一で俳ひそれに童かる∼列紺である。 アル′レヒト・リッチェルの紳隼に於ける離ぬヾ、理性一ゝ紀訟

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499 琴匂に叩訣別紺と虻も︰初の闘心に無闘保とはなb持ない。それ故に廣為に於ける昭仇判断は自ら 職論判晰を令むこと∼なる。されば郁代判断は猫立的償仏刹臨と随伴的昭偽列臨とに分たれる。狭 義の憤疏判断は前者に限られる。而して核着は如何なる理論判断にも随伴するものである。然らば 宗改列餌が漑する踵の覇立的慣疏判断の特色は何であるかと云ふにタッチュ〝の説明か.ら推すせ都内 に何物か一で得んとする忠欲と.基成否に作ふ快苦の成惜が多分王合まれて居る。従ってそれは知的関 心よ.りも楷意的閉心がまとなつてをろ判断に外ならへ甘い。 一さて泣穂別断や宗教判断はか∼る狭萌に於けな職位判断の∴つせぁるが両者は決して同じ.もので

.〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇POO000000000

はない。宗教判断は道符列師に道元の由井ぢいものであ・つ。・:何とハければ道徳生活款序に墾桝係な︷ポ 数がぁろからでぁる ︵︻j︶ のである﹂。そこで﹁宗鑑的慣仇利親の特性は明かに伶理的まポ故に於いては一層不明瞭と亨2。併 し乍ら両者は決して同†ではない。1票数約諾誠は人間の世界に封する位故に就ての猫立的憤構列断 である。紳の助に依って世に肪つか又は英日.的のた打に紳助の欠乏・で成するかに依って快苦の成備 ︵㌢︶ を填び串−すもの.であるL。●.−正に依れば宗敬的列断は紳と世界とに封する我等の燈度に就いての列

師でぁろ−㌻が列・。。直にリサチュルに依れば﹁荘督故に於いて窄ケは紳と世界とに対する我等の愚 戊に就いての宗教的機能と而して正接に人聞間接にのみ紳に対する我等の感度に就ての道徳的横位 フルプレヒー・リッチェルの紳裡に於け・の据史ミ曜n一−閏翰

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500 ︵M七︶ とを囁別し得る﹂。さればヅ,チエル紳撃の合性の若色が槍如的でぁるに不拘、彼れに於いでは宗放と 倫理との区別が明かでかサ、従って宗教の自立性が確保されて居たことを推闘しわるのでぁる。斯

つ000000

ぐ彼れは一方に倍仰を合理主我から解放しこれを慣依判断として立てんとしつゝも他方それが私怨 0000000000000000000000 から覇立せるものであることを常に忘れて居ない。つまり彼れはカソトの行方の長を取って知を捨 てやうどしたむのと考へられる。 さて、後れは前の存在又は認識に関して在来の宇宙論的、物理翻塾的.本債論的諭記法を批判し か∼か形而上率を紳拳から排尿す可しとなして居るが.彼れがこれを拒む所以はカントが揖摘した と同一理由に基くものである。即ち﹁これ等は若し我々が世界を畠廟rして知らんとすれ.ばゴ1︰ハ第一 原因及究克目的として必然的に紳を想定せねばなら申と云ふ思想を未はすに外ならな∬。然るに論 理的必然は必ゃしもそれに封應する客軌的質在の肯定を許容する串は出水ない。斯楼に成東な恵眈 − では理論理性l︰依って有紳諭豊てることは出水ない。しかも又iれを否定することも出水ない。 ﹁宗敢認識に於いては紳の質在位は開通外であるL、即ち自明である。﹁何となれば宗故に依って世界 ︵n九︶ に射して取る位記により我等は紳の活動を確信するからであるL。 ■ 〇〇〇〇 それ故に紳を知ると云ふ輩は﹁紳が人間に.世にて其障害に勝ち狩る位翫を保証する校な関係に於 00 いて考へられ・〇時宗数的認識として示すことが出水るのであるごーの信仰による償政利敵の外にこ アルアレヒト・サツチエルの紳塑に於ける歴史ご理性ご憫鎗

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‘Ol の内容に侍する紳の認識はない。されば純粋理諭的な勲闘心ぢ紳の訟識をば信仰藍川に必要なむ前 提としや・フとしてはならぬ。成程人々は云ふ.紳や去斬の本貿を先つ第一に知らねばならぬ.而し て後始めて其我々に対する慣位・で定め得ると。併しそれはルタテ〝の考に従へば正しくない。寄ろ

要は若の本管ばそれが和如競即如如幣㌫⋮紆々はそれ姦るので空音となれば

︳ ︵五〇︶ 紳と信仰とは推すことの出奔ぬ拉結ばれて居−からでぁるし﹂。斯践にタッチールは信仰の自立性を保 ●▲ 拝しっ∼も何時しか又それ一で内的籠坂に立脚せしめんとして㌢ら。斯くして彼れは妄思索的合理 ま哉から信仰を解放したが他方それ一ど心理主義.ま税ま叢の偏にしたかの扱が今○。 エナ■ナ†Pfl ・加之・後れは上に見た漂に軸の存在の理論的詮明を拒むだが、しかもカソトの倫理紳単に翫寸る 匹の道徳朋論証を用ひて居る。 ﹁若し一般王、宗教意識が輩に其内容を反省するのでなく、もつと科挙的に安富な納税の証明が可 憐であ︷ごとせばそれは唯、宗数的納税のみが合法的に説明し能ふ虞の経桧の額域を正しく限界する へ五︼︶ 串の外にない。﹂而して新税な種域は即ち我々の宗教損桧の世界であつてこれは自然界に封立するも のでゐ乞而して基底王は特殊㌧法則があつてこの法則をば理論的知識は承認せねばへ与らぬ。而し・ て非法則とほ﹁帯紳はそれ自身を目的とすろ﹂ことで・のる。而してこの法則に関する知識は自然斜 草の知識の如き柁諭的知識で一の一つ。然るに自然界とかゝる精神界との封立を調和する思想は前者を 二七 7′プレヒー・,’チエルの紳塑lこ於け・〇無象JJ理性一−触臓

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50三! ヽ 、 二八 7ルナレヒト●サツチエルり組草に於ける据史ご理性ご欝駄 以て撞着に従属する手段と考へることにある。これが月に両界共迫の収祇としての紳を認めぎるを 行ない。若しこれ一で承認せぎれば科草は茜有を罪一の原理で訣別せんとする自己本来の目的に背く 〇〇〇〇つつ00〇〇〇〇〇〇〇〇つ00000 ことと写○。懲らば﹁韮暦数的納税・で不可鉄泉理として受容れる外ない﹂但しこれ・ど受容れすとも ︵iこ︶ 紳に対する信仰の賓践的蛮骨性に鼻♭はな.い。 0000000000 これで取るとジブチュルは信仰の自立性一で改めると同時に又諭琴冨莞抽してをる。迫培的諭翠で許 容することは他の詮詮と如何に典一Qか。他の論澄でも物理紳塾的論語の如きは多くの道徳的餌践的 興味を合むで居・りが故.に結局同じことではないか。こ∼らがタッチールに於いて爾ほ合理ま鶉の臭味 がぬけ切ちね虞モみる。 デブユ・ルの紳取は更に紳の人格、宇宙の道徳的秩序∵基地わm踏石合むでをるが除り長くな一〇か らこれ一曾省く。又彼れの立替軌に於け・つ合理ま萌収拾の前校も尿史的要素一で眺めた時に多少咽れた と思ふからこれを略して次ぎに心理拳的要真の役割を考察しやう。 囚.. ●.−れまで述べた踵で,ノすユルが如何t蟹殻又は俄敏一で求ん℃たかは大構想像が出水る。野際絞れ に於いては似令シーライネル†ナへ一〝程にないにしてむ心理ま我の香が多分に法ってを・〇。 彼れの﹁哉籠と和解﹂琴.雇の兼論は先きも見たやうに紳串の資料及規範としてま軌的の霹鱒ど

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餌3 排し新約聖無︰一で以てこれに粋⋮て∼一で一匂。従ってこ∼に心理草的因子の意味は唯椚毎加工の・〃‖揖と なつてをるのでろろ。 然るに﹁義認と和郎﹂第三谷の鋪急には可ならそれが精撞的の意味を宥つに至って一でる。リッチェ っっ・︵至ニ︶〇〇 ろ数愈の頂始的認識のそれに封庶する表現にこれを求む可きで一のるL。こ∼に数倍の板始的意識と云 ルに依れば﹁毅郎.哉認.和郎等に闘イる紳率の資料は正接基幹の言語にこれを求む可きでなく挙

つつ

ふは原索致留llの宥瞼に外ならへ甘い。元凍﹁紳邸は自然物を取扱⊥ものでなく入関の粍紳挫折の放 つ〇つ 堤と在勤と・で祝揖′㌦もので一のるが故にそれ等に附する諾机念の整頓には心埋撃の使用を必要とする ︵五M︶ のであるL。勿軍︼ゝに云ふ心理寧は総ての賓憶を不発不動とするスコラ的へ仏心埋串ではへuい。我々 の宗教意識を分析し説明す一三芸心理寧と考へられる。か∼る心理邸的な見地からリッチールが韮智 数信仰を取察し損定tて屠ると思へ・る節は決して少くない。ルァ7ルは草し云った、﹁丑高としての 0つ 紳に我々が阻勒的に信叙する﹂ことの内に痢が居給ふと。これはリブチーユルによれば正しい見解で ぁる。紳が入関と交通し給ふのは決して神秘的な不可忠誠な仕方に於てゞはない。﹁それは成惜知 ︵蒐も︶ 軍意欲等が理解出挙り故序で結合する虞の人間開紳の活動に依って記明されるLのでぁる。かく してり,チールは人間精細が構勒的た∼ウニとを論述し科塾的紳埋は其基礎の上に紳が人間に働きかけ ・ヱ#甲ざ叩えて行く可きものと論じて居る。併し乍ら、彼れは誓簑如何にして我々に作用するか アルナレtト;ツチエルの縛撃に於け・ヱ甲虫一義任ミ俄瞼

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占Oi 次ぎに﹁紳費と形而上箪Lに於ける心理塾的田子真相ね・らとこ∼にも彼れの詫毘光学で示寸もの が皆無ではない○彼れは1更にシュティエル†プヘルは凡てこれ等の闇係−1前人交通の関係−−を 0 0000 000 〇〇〇〇〇〇,−ノン ばま取的生活の田内に於いて分析した。故に彼れは方法に関しては金の先行者でゃら﹂と述べてを ︵も七︶. る。,プチュルの貫献はシュライエル†ッヘルの主税的方法を核つた鮎にあろと考へる人もぁるが︵カ ノ7ソブタシュ︶一概に斯く断定し難い黙がある。何となればり,チュル自ら丑葺税的方法・ざ罵承した 去って居るのみならす絞れの憤銃刑断説は兎卜すればま取ま我に陥り易いからである。我々ゼJれ を彼れの納税に於いて一府鮮かに見ることが出水る。 タ,チエルに碇へば先きにも見た如く侶位判断と嬰箪列紺とは基如象に依って併別することは出水 ない。何となれば薯邸の如き理論判断も基督数倍仰の如き慌放列師も共に世界を対象とすろからで ▲︳ 汀1スト 00 ぁる。されば両者の区別はこれを其ま軌の方面にこれを求めねばならぬ。努つ精和が其内に起こさ

0つ000

れた成兜を如何にして統取するかを見るに其虞には二按の仕方がある。一方は快著の成備に依って n我が成果の有効性を決定する。然るに他方には取念に依って∈I我は成党を北ハ振田に闘係せしめ北ハ 頂因を又他の脱臼に圃係せ七めて考へる。.この精神の爾作用は同時に働き或る程孝一モ相互に祁闘 〇〇〇〇〇〇つつ00 併してをる。而して郡物の迂籍的認識は成情を件ふのみならす威備l︰依って導かれる。されば如何 アルアレヒト・−プチユルの科学に於ける歴史ミ理性ご増給 ︵五山ハ︶ の問題は放棄す可しと断じて一ざQ。

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6握

なろ客知的知誠にも梢仏列抑がい笑って一言。故に覇立的郁仇判断としての崇敬信仰が倍音的問心

に依って築かれると見るは雷管雪。従って﹁要は若の本管ばそれ㌫卵㌫紗那蒜如

〇〇〇〇 に於いて我々はそれを知るのであるL。この肇法で行けば茶督歓の信仰はそれが我々に債位ぁる取ゎ に於いて異でなければなら囲。このま軌ま義に彼れの基督諭に於いて一屈明色にへuつてをろ。 後れは基督の紳性を諭するに留り〝ツー7ルの考を引き去街の神性一でば主税的に解す可きことを言 れしてをる?元来ルナテ〝が若の紳性を認切るは信警依ってゞある。而し震郁㍍依って若 の紳佐一竺認め.・⋮とは某督碑性諭の薪解帝でぁつてその見解は正常でぁる。提言すれば若し茶寮に 就いての信條が1純粋に客観的に解せらる可きものぢらば韮督は我等の信戯の茹象とは号b縛ない﹂ .ので雪。﹁紳及前約望ものが何で雪かはそれが我等の慧に封すろ仰鱒蒜卸謎賀如時に 0 0 0 ︵夫九︺ のみ基本貿に従ってこれを知り得る﹂。こゝに至って我々のま軌的な櫓瞼が信仰内容を定める規準と 隠つで居る様に思へる。除り冗長になるから我々はヅ,チエル紳塾に於けるま取的心理翠的因子の頂

出を已めやう¢

さてリブチ1〝神学に於ける歴史と理性と倍瞼との諸因子は叙上の如く夫々重要定役割を病じて居 ・〇が就中捏史‘ま鮎も肝要な位置を占め醗駿がこれに次ぎ理性が最後に蘇るかと思へる。巳に見たや. アルツレヒト.一.ヅチエルの紳撃に於ける慢史一し現任ミ椙翰

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亭06 アルナレヒト・サツチエルの綽塑lニ於けろ朗史ご埋tt一−開披 三二 iに彼れは時々啓示又は信仰が理性き超え無血一曾超え又佃l人的櫓段・で超えたものであ・Qこと一ではつ きりと言ひ切って屠るがしかも全くこれ一で舵れ切ることが出水なかったの一ケならす寧ろこれ■で抱き 込むで以て信仰の乾酪性一ざ論じやうとして居る。これは果して役れの矛椚として非狂す可きで今Q か或は又非軒数信仰の串的表現に於いて遅く可らぎる運命でぁらうか。惟ふに、信仰の塾約束現は 勿論信仰白駿が著しくこの三着に根底してをる。固より信仰は其根本に於いて自立的でぁるが、し. かも歴史と理性と僑瞼とを依れては存し行ない。信仰がこ聖二者を決定し支配すると同時にこの三 者も亦信仰を改訂し鼻化せしめる。されば信仰とこの三者とのmには循環的闘係が存す.るのでぁる。 この準は近世に.於ける斐審の批評研究や科挙.事理の影矩に依って如何に基軒数畠仰の幼稚にして 井本栗的な部分が改訂されたか一で配れば自ら明かとなる。故に井懲致紳畢に於いては理性至上光義. 庇虫垂上ま義、櫓瞼至上ま鶉を排斥せねばならねがしかも理性、毘虹及醗箇・で排斥することは出水 ぬ。従ってメルトやブルソネル等はこれ等三者を温度に排斥して超自然的琴ポを高調七て居るが梨 ︵六C︶ して首肯するに足る紳埋を立て得るや疑問でJのる。そこで我々はこれ等を糾合する長の綜合的方法 を取らねばならぬと思ふ。箪一にLて一意鶉な方法で粗描画挙を立てることは出水ない。㌻れば允 機紳邸の如き超自然的啓示・ピ力説する耕運動が招節して寒たに不拘今後の某行数組織潮串が向ふ可 き泣はこの筋合的方向へであると思ふ。然らば如何なる意味及限界に於いて理性や蛙史や俄桧を信

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50丁 仰の基礎.っけに任用†可きか。我々はリッチュ〝紳草に於ける該三要素の解剖に依ってこの間揖工射 する多くの暗示を得ることが出非たとm心ふが、しかもこの問粒の考察は本文の目的でないが故に唯 結合的立場の必婁を指摘するに止めて撃を掴くことゝする。 駐︵ニー寧已二冒彗喜・︰ヨ一ebnぎヨガ⋮n1−一iJ章一GぎbO−呂−・ . ∫ ; ⋮り訂ソ︻3一ik⋮d乙羞ノ一、つrt−︼呂▲・ ゝコl︼rh J〓コd〓どこ室三三チ≡言古茸一−○まdO〓l訂lOi−・〇ニ雲㌻dO雪一之ぎ喜二フつ一旦p三〇ソl。d宅コ♪;〇.笛dO ︼汚P ヲr㌻. ︵ニ︶ ≧;已−︻巨万≡い雲=一一・≡iユーe︼・りぎe∋=︼e・斉cl・l訂−・ニ写一れ一−コ︷lくq象ぎ亡コ平戸コー〓・︼∽さ芦く・ 〇tlOヨざ≡︰≧hr幸一一t︼〃it邑二仏−bb雪、ゴ§︵一丁●l霊詣●p⊥ご● ︵ゴ︶ ≧b一己一tRぎc≡︰買わさユ茎⋮コg倉一己l訂t一一〇︼訂ぎこハi−与e−冒=n−∽芦 ︵l︶ 9一コ一戸︼ハー墓室こH芽−b1−rわ毒1derくe象−一一⋮内亡コd R只ht訂ユ山官=れd星雲⋮邑−昌−00芦 Cl一r●声ちけi訂r︰宅gt邑巳一一e邑ic一一〇ど訂○■○コd宅∽旨dOund Erl釘∈コ的︼父声 9旨∴空t諷≡:ワをⅠ・P雷参照。・ ︵エ︶ ibid●P︼0−R ︵〇 句●夢↓●Pur二訂一−rbuchl︼e−C︼一ri皇chgDOれヨ苫笥C己c,l夕空三官rニ望可● −− ⋮︰HどC訂i巴⋮t亡≡亡コdd訂cざi邑訂訂只i−已岩二才rき○⋮q告コJphr一三妻−零す丁字㌻巾3︼監戸 ︵こ 以†パケルミリプチュルミの論争に就いてにl可掲ジーントの苓に揖る。 ︵〇 ≧勇乏空各ご望:r︼・g訂訂訂hr:蔓≡ぎこ冒多言rt官コg亡ndゴ邑亡きn中冒一d−●冨ゝu戸冒nコ●−富戸巧−仇. ︵九︶ i〓↑S●Nr アルアレヒー●,’チエルの紳やに於けろ厘史ミ鱒往一ヽ棺瞼

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50$ アルナレヒト・リッチェルり粕川辛に於けろ艮史ミ坪性ご椚放 ︵lO︶ Ju−1dt︰ヱ一・Citこ︶・芦 ︵〓︶ ゝ−︼∈已−−こぎl二百lす≡n≡乙ノ、つ邑︼⋮一⋮申出Pnd l︻・望わゝ睾P︼ざ萱一・︼S芦P︼︼●ゝコ夢 ● ︵;︶ 蒙︻一●芦︼り−u声 ︵一ヱ︶ ゝ.昌一已ll︰旨c≡ぎl肯亡コg亡コ︵lく⋮字⋮コ中野コ︵=〓ざゝuP冒2一・︼∽芦∽・P ︵一H︶ 旨こ●笹伽−P ︵−古 人︼br完h一己一旦−1︰T−一計−つg訂亡ndケーユ名一一y賢・︼笛︼・卯⊥ご・ ︵︼〇 ≧lき︵・−−t l≡已−−こざり︼一lぎl肯u目的一−n︷−くぎ字n宇内lどnd ll︻●空々ゝ亡戸︼S竃−四日SP ︵一七︶ ぎ〓●卯嵩P ︵一∧︶ ibi︵︼.S.臼りP ︵一九︶ il︼声S.入りい−P ︵ニ0︶ ib〓●∽■た∝ ︵三︶ i㌻︼●㌢:崇岩● ︵ニニ︶ ≡t︼●笹・岩戸 ︵ニ己 ≡d●p▲望● ︵ニ豊 ibi㌢S・缶P ︵云︶ 蒙d●S●l彗● ( ( ( ( 完 フヾ 二壱;ヾ ) ) ) ) ibこ.r ︼浣. ibid.野望り. ⋮b己.笹 l¢iJ i一一己.Pり○ド わp豆乳邑 臼

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古¢9 ︵き︶ ︵彗︶ ︵至︶ ︵呈︶ ︵芸︶ ︵孟︶ ︵蓑︶ ︵彗︶ 仝∧︶ ︵莞︶ ︵冒︶ ︵1−︶ ︵三︶ ︵望︶ ︵−︻︶ アルナ∨−こi,ツナユル¢紳邸lこ於ける歴史ご理性ミ観せ 夢監﹁p∴繁多 一ぎbぎさぎ⋮の落h訂,官‘已Hど01訂㌻d宅穿一M的ぎ言⋮男n数,∋−ヨb㌻雪nこ○〓● I h晋⋮・t訂訂ヨ邑○昔︼lI訂甘舟こ箆中・匹は宗詩命ほ惑せ軟研究五春立奴拙稿各州. ㌢︼望乳已⋮撃邑ぎすtす写の雲乙一ざ気苧言点こ旨已−1︻望OAuP IS買P P 旨㌫.卯︼il︼P 山bid.P−P ミの考ほ先きに述べれ﹁衣籠↓−和解﹂二令の緒論に於ける聖碁主我三見窮−容れな、.綬lニ几・乙るが惟ふにープチュル ー の愈味−ェかうでわちう。彼丘は信仰の標準む諷智に定く意味でぁり、此尾ほ挙亨して御製む立てるに立つて信仰の自 立性み明かに†る−こI‡訟鼓笛な必雪子るの食味でわらう。即ち前者は内容t封†る機中でわり、後者ほ拳ミLて¢ 外形な整へるわカーこ必牢死のでわる。併・しタブチュルの官給lニ拘沢†るご打者の調和ほ凶雛でぁる。 詳己﹁p ︼P i已d.P−や貝 ib己.P−ヾ−1P 苫監﹁p∴巴. ㌢ヨgOミヨ●Riざ要吉tぎ−Og、雷dtrO約言望洋3買cFどnlOPl蓋−pp・ひ⋮・ 筈芦9−︼●・ _ ゝぎ各こ穿邑こぎ亘ぎ官長きーゴ急ぎ■貞・ll撃℡〓芦. ≡戸口二芦 ≧す哀ぎ2言rごTb邑○各号一字言す鼻も○芦l宏弓二P▲戸 / ib芦P−P

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51¢ ︵︻〇 i亭一●訳■︼芸− ︵︻古 ib芦切●︼芸● ︵M∧︶ ibi︵−●P︼岩戸 ︵冤︶−巳年二戸“岩戸 ︵告︶ ib己●四日琶再 ︵竺︶ i︼−id・Ⅵ●拍〓・ ︵至︶ ibid・坪山巴少 ︵豊︶ ibid●卯︰鮮 .7ルナレ・ヒニト・け′ツチエルの紳単に於けろ歴史ご理性ミ饅鹸 ︵望︶ ゝ︼br已一ニ〟i宮≡ニど1−t冒t訂uコ内亡ndく○邑l一コun内−1−J罰・−芦 ︵芸︶ ︵皇︶ ︵宗︶ ︵宅︶ ︵天︶ ︵莞︶ ︵告︶ 夢乙.P柏〇. 芋id.∽.は︼. ib⋮d.匹uド ≧b善言R計量⋮T︼一邑&〇一≡d詳言すき穿きー監至二戸かナ とざ邑一昌き邑乙∴冒各≒旦厨uコ机亡コdく巾邑ぎ弓叫l:−−P彗r 夢il.P日当声 真髄敬研究第五怨㍊一波乱水氏精及拙稲参肘. 一 一 − ● ■

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