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【学位論文審査の要旨】

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【学位論文審査の要旨】

Ⅰ.本論文の目的

本論文は、現代インドネシアの地方都市とその近郊の村落で展開するイスラーム回帰と 見られる事例を取り上げ、イスラーム回帰とされる現象の解明に当たり、「イスラーム主義」

とは区別される「イスラーム復興」という視点の有効性を提唱することを目的としている。

この「イスラーム主義」と「イスラーム復興」という対概念は、社会人類学者の大塚和夫 が提示したもので、「イスラーム主義」と区別される「イスラーム復興」という概念は、女 性のヴェール着用など、イスラーム回帰の具体的な日常的実践において、宗教性と世俗性 とが混成されていることに注目して提唱されたものである。本論文では、大塚の「イスラ ーム復興」における宗教性と世俗性の混成性という視点を、社会学者のアンソニー・ギデ ンズや樫村愛子が論じている現代社会(再帰的近代化)における「再帰性」(個人化による 流動性)と「恒常性」(存在論的安心)の相克と両立という議論に重ね合わせて、再帰的近 代化での人びとの日常生活にともに必要とされる「流動性」と「恒常性」の混成性として 再構築することによって、現代世界で広く見られる宗教復興あるいはイスラーム回帰と呼 ばれる現象を、エリート知識人の視点や「イスラーム主義」というイデオロギーからでは なく、事例研究に基づく具体的な日常性から把握することを試みている。

「イスラーム復興」における「流動性」と「恒常性」の相克と両立からくる混成性とい う分析枠組みの有効性は、本論文では、都市部と都市近郊の村落のイスラーム回帰現象の 顕著な相違にもかかわらず、その基底にある構造的共通性を把握できるという形で示され る。本論文で扱われる都市部での事例は、メディアでの世俗的イスラーム説教師の人気、

メッカへの小巡礼(ウムラ)のパック旅行の流行、ファッション性のあるヴェールやイス ラーム服のムスリマたちへの普及といった現象である。これらは、消費文化における「宗 教的商品」と捉えられるものであり、大塚のいう宗教性と世俗性が混成した「イスラーム 復興」にそのまま当てはまるものである。これらの現象に対して、「正しい」イスラームを 純粋化しようとする「イスラーム主義」からの批判的言説があるが、本論文では、具体的 な人々の語りを取り上げ、人びとの日常的実践の中に「イスラーム主義」の浸透とは異な る「イスラーム復興」の混成性があることを示そうと試みる。そのうえで、村落での事例 として、「正しい」イスラームからは非難される「憑依儀礼」の活発化とそれに対するイス ラーム式の除霊の実践という事例を取り上げ、そこでは都市部の生活様式やイスラーム主 義的な思想の浸透こそが「恒常性」に反する「流動性」として現れているという一種の逆 転が見られると分析し、そのような逆転現象は「イスラーム復興」における「流動性」と

「恒常性」の相克と両立からくる混成性の構造によってはじめて捉えられることを論じ、

それらの事例分析によって、「イスラーム復興」における宗教性と世俗性の混成性という視 点の有効性を明らかにしようと試みている。

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Ⅱ.本論文の構成

本論文の構成は次の通りである。

序論 「イスラーム復興」をめぐって

1.今日のインドネシアの諸相とイスラームの位相 2.インドネシアにおけるイスラームの展開 3.必ずしも「原理主義化」しないイスラーム回帰

4. 分析概念としての「イスラーム復興」とそこでの「混成性」

5. 「再帰的近代化」において異なるものを両立させるということ 6.本論文の問い

7.本論文の構成

第一部 混成性という視点からみるイスラーム回帰の諸相 第Ⅰ章 インドネシアの近代化と説教師の人気現象にみる混成性

はじめに

第1節 問いの背景:インドネシアのイスラーム回帰と近代化の諸相 1.インドネシアにおけるイスラーム回帰の様相

2.イスラーム的知の新たな展開とダッワ・カンプスの活動 3.メディアの普及と都市中間層の「欧米指向」

第2節 アア・ギム現象の概要 1.アア・ギムの人気現象の概要

2.先行研究からみるアア・ギム現象とアア・ギムの説教 3.アア・ギムの「落日」と複婚の語り

第3節 説教師アア・ギムに対する人々の語り

第4節 アア・ギムにみる混成性と再帰的近代化としてのイスラーム回帰 1.アア・ギム現象からみる異なる価値観の狭間に生きること

2.近現代社会の「脱埋め込み化」と「再埋め込み化」

3.アア・ギムの「落日」から逆説的にみる「イスラーム的なるもの」の位相 おわりに

第Ⅱ章 小巡礼(ウムラ)にみる敬虔さと威信の両義性 はじめに

第1節 問いの背景:イスラーム回帰としての小巡礼(ウムラ)とその多義性 第2節 巡礼に纏わる歴史と今日の状況

1.巡礼とイスラーム化に纏わる歴史 2.統計からみる大巡礼(ハッジ)の推移 第3節 聖地とウムラをめぐる巷の雰囲気

1.フィールドでの断片的な経験

2.旅行会社からみるウムラ:三社の比較

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第4節 ウムラの参加方法と渡航者の想い 1.ウムラの参加方法について

2.アンケートからみる今日のウムラの参加者 3.旅行会社からみるウムラの動向

4.まとめ

第5節 渡航経験者によるウムラの語り 第6節 敬虔と威信をめぐる信仰と日常

1.語りの分析からみる敬虔さの所在 2.インドネシア社会における信仰の位相 おわりに

第Ⅲ章 ヴェール化とそのファッション性の相克 はじめに

第1節 問いの背景:ジルブッブ言説にみるイスラームのオブジェクト化 第2節 インドネシアにおけるジルブッブ言説の流布

1.インドネシアにおけるヴェール(ジルバッブ)とイスラーム服の普及 2.メディアによるジルブッブ言説の流布

第3節 ジルバッブとジルブッブに纏わる人々の語り 第4節 混成化する日常的な生活実践

1.語りの分析

2.日常的な生活実践における思考のあり方と「自分らしさ」

3.人々の思考にみる「イスラーム主義」と「イスラーム復興」

おわりに

小結 イスラーム復興の混成性における流動性と恒常性の両立

第二部 村落社会/ローカルな視点から考える混成性とイスラーム回帰の実相 第Ⅳ章 憑依儀礼の語りにみるムスリムの信仰とイスラームの多相性

はじめに

第1節 問いの背景:インドネシアにおけるイスラームの「多相性」

第2節 本章の舞台:調査地・K 村の概要とその変化の様相 1. K 村の概要

2. 開発による村落の変化と都市への接近〈?〉

3. 小結:今日の K 村の様子

第3節 クダ・ルンピンの概要と K 村での状況

1. クダ・ルンピンについての一般的な理解とK村でのあり方 2. K村で執り行われるクダ・ルンピン

3. 盛り上がるクダ・ルンピン

第4節 語りの紹介:多声性へのアプローチ

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1. 村人の語り【Ⅰ】

2.多元的な語り【Ⅱ】

第5節 語りの分析:幾つかの視点からみるクダ・ルンピンと憑依儀礼の意味 1. インドネシアの近代化と「正しい」イスラームのあり方

2. ポスト・スハルト期における地域・民族の創られた伝統〈?〉

3. 都市と村落、あるいは、周辺から考えるインドネシアのイスラーム回帰 おわりに

第Ⅴ章 憑依現象と除霊(ルキヤ)にみるイスラームという救い はじめに

第1節 問いの背景:ルキヤという施術の場面から

第2節 施術者の語りにみる除霊(ルキヤ)の方法とその意義 1. ルキヤを求める人々の症状

2. じっさいの施術と施術者の役割 第3節 患者の語り

第4節 語りの整理と読み解き

1. 霊を呼び寄せる場所や慣習的行為の意義の変化〈?〉

2. 霊に憑依されるということ、その煩わしさや困難、苦しみ 3.ルキヤの施術にみるイスラームという方法、あるいは、救い おわりに

結論 ムスリムの生活世界と混成性からみるイスラーム回帰 はじめに

1.混成性という視点からみるイスラーム回帰(第Ⅰ章~第Ⅲ章の要約と整理)

2.生活世界における混成性とイスラーム回帰(第Ⅳ章~第Ⅴ章の要約と整理)

3. 結論:混成性と恒常性からみるムスリムの生活世界とイスラーム復興 おわりに

Ⅲ.本論文の概要

以下に本論文の内容を要約する。

インドネシアでも、世界的なイスラーム回帰の影響が 1980 年頃以降に顕在化してきたこ とから、近年のインドネシア・イスラーム研究は「真正さ」や「原点回帰」に着目して現 地社会の「さらなるイスラーム化」の動向を論じてきた。こうした研究では、ヴェールを 着用するムスリマの増加といった日常的な出来事、選挙活動においてイスラームが掲げら れるようになったという政治をめぐる現状、「正しい」イスラームの名のもとに飲酒施設や 売春宿への暴力が増加しているという社会的状況などについての分析がされてきた。しか し、イスラーム回帰を、ムスリムの人びとが「正しい」イスラームを希求するということ

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と前提してしまうと、インドネシアに暮らすムスリムの日常性を「教義としてのイスラー ム」に還元して捉えてしまう惧れもある。それによって見えなくなるのは、今日のインド ネシアにおいて、都市部を中心として近代化やグローバリゼーションの進展により欧米近 代的なライフ・スタイルや大衆消費文化が人々の日常に浸透していること、他方で地方都 市や村落社会では、ともすればイスラームの教義とは相いれない伝統文化や慣習が地方分 権化の流れのなかで再興されつつあるといった状況である。したがって、こうした社会/

個人双方のレベルでのイスラーム化と近代化による価値観や生活様式の多様化、伝統を復 興する運動の活発化といった現象を同時に捉えうる視点が必要とされる。

こうした問題意識に立って、本論文では、まず、第一部にて、都市部を中心に現代イン ドネシアでみられる大衆消費文化としての「宗教的な商品」の事例、すなわち、イスラー ムの説教師であるアア・ギムの人気現象と彼の説教を支持するムスリムの増加(第Ⅰ章)、

ウムラと呼ばれるメッカへの巡礼の流行(第Ⅱ章)、ムスリマのあいだでみられるヴェール やイスラーム服の普及(第Ⅲ章)を取り上げ、それらの「宗教的な商品」には、「宗教化」

と「世俗化」という異なる二つの価値を媒介・両立させる混成性がみられる、ということ を明らかにした。すなわち、「宗教的な商品」の消費は、個々人に「正しい」イスラームへ の志向や敬虔さの深化をもたらす「宗教化」と、個人主義や消費文化といった欧米近代的 な価値観の浸透に基づく新しいライフ・スタイルへの適応(第Ⅰ章)、不特定の他者に対す る自己の社会的な威信の顕示(第Ⅱ章)、「お洒落」といった個人化された自己表現(第Ⅲ 章)という「世俗化」とを同時に果たすものである、と論じた。そのうえで、「混成性」と いう視点を、樫村愛子による「再帰的近代化」における「恒常性」と「再帰性」(=流動性)

の相克と両立という視点に重ね合わせることで、次のような第一部の結論を導き出した。

すなわち、都市を生きる人々(ムスリム)は、大衆消費文化における個人化された消費行 為の選択とそれによる自己の誇示の必要性から「流動性」を受容していくと同時に、「流動 性」の高まりによる「(存在論的)不安」から逃れるために、「正しい」イスラームに「恒 常性」を求めることになる。つまり、「宗教的な商品」の消費にみられる「イスラーム復興」

の「混成性」とは、「流動性=世俗性」を人々が求めることを可能にしつつ、「流動性」に よる不安定化から逃れるための「恒常性=宗教性」を同時に人々に与えるという、「恒常性」

と「再帰性/流動性」の両立を可能にするものであると結論づけた。

次に、第二部においては、都市部に比べると「宗教的な商品」の流通と消費が浸透して いない都市近郊の村落社会における村人たちの相反する日常的な営み、すなわち、「正しい」

イスラームに反するような「憑依儀礼」の活発化(第Ⅳ章)と、それに対する、「憑依現象」

を「正しい」イスラームに基づいて統制しようとするイスラーム式の除霊(ルキヤ)の実 践(第Ⅴ章)との「鬩ぎ合い」を事例として取り上げた。そして、村落における憑依をめ ぐる問題の顕在化そのものがイスラーム回帰という状況下で生じた現象であると指摘し、

「イスラーム復興」における「流動性」と「恒常性」の相克と両立による混成性の視点を、

都市近郊に位置する村落での事例に適用することを試みた。すなわち、都市近郊の村落に

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おいても、一方では、「正しい」イスラームからすれば排除されるべき「憑依儀礼」を「村 の伝統」として客体化してそこに「恒常性」を求めると同時に、都市からくる「消費文化 や『正しい』イスラームに代表される都市的なライフ・スタイルや価値観」による「流動 性」をも受容していく「混成的」な空間――「ジモト」――を創出するという思考がみら れた(第Ⅳ章)。他方、「憑依に煩わされている」村人たちは、非イスラーム的な憑霊に起 因する不安定な状態に対処するために、「正しい」イスラーム(イスラーム式除霊)に「恒 常性」を求めると同時に、完全に除霊することをせずに「憑依」状態とともに生きていく ことで、「流動性」を完全には排除しない「混成的」な日常生活を(ある者は再帰的に、ま た、ある者は不可避的に)営んでいる、ということを示した(第Ⅴ章)。

結論では、以上のような都市と村落との事例分析に基づき、「イスラーム復興」における

「恒常性」と「流動性」の「混成性」という構造は、都市部と村落とでは「恒常性」や「流 動性」を示す「要素」には置換や逆転がみられながらも、都市民と村人との双方が生きる 日常に共通して見出せると結論づけた。すなわち、第一部で論じた都市における「宗教的 な商品」の消費にみられる混成性においては、「恒常性」を担う要素は(「正しい」イスラ ームを志向する)「宗教化」であり、「流動性」を担う要素は、大衆消費文化における個々 人の意識的な選択による世俗的価値の志向という「世俗化」であった。しかし、第二部で 論じた都市近郊の村落では、それらの対応関係は、次のように異なっていた。まず、憑依 儀礼を肯定する多数派の村人たちにみられる「混成性」においては、「村の伝統としての憑 依儀礼」という要素がかれらに「恒常性」をもたらすとともに、「都市的なライフ・スタイ ルや価値観」という要素が、かれらの「恒常性」や固有のローカル性を脅かす「流動性」

であった(第Ⅳ章)。他方で、憑依現象に悩まされる村人たちにみられる「混成性」におい ては、「『正しい』イスラームの実践によってもたらされる安定」が「恒常性」をもたらす 要素であり、潜在的な憑依状態を生きる(イスラーム的に「正しくない」)」状態が「再帰 性/流動性」をもたらす要素となっていた(第Ⅴ章)。このように、「『正しい』イスラーム」

という要素が、「恒常性」をもたらすだけではなく、「流動性」をもたらすものとしても現 象するということ、さらには、「憑依」の捉え方と「恒常性」の求め方をめぐる逆転が同じ 村に住むムスリムの日常性において見出すことができるということを示した。

以上のことを踏まえて、結論として、本論文で提示した「イスラーム復興」の「混成性」

による(相克する)「恒常性」と「流動性」との両立という構造は、「宗教化」と「世俗化」

という固定化された二つの「要素」の「混成」として限定されるものではなく、現代社会 を生きるムスリムたちの日常性に見られるさまざまな実践に見られるものであること、そ して、そのような構造的視点によって、「混成」する「要素」同士がときに相克性を孕みな がらも、日常性に根ざした「もののやりかた」を駆使することで、相克する「恒常性」と

「流動性」との両立を果たす営みを実践していることがより深く把握できるとした。そし て、この構造こそが、大塚が示そうとした、イスラーム回帰における(「イスラーム主義」

とは異なる)「イスラーム復興」の「混成性」なのである、と結論づけた。

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Ⅳ.審査結果

本論文について、審査委員が高く評価したのは以下の3点である。

第1に、評価できる優れた点として、論文の目的が明確であるということが挙げられる。

本論で取り上げられた民族誌的事例も、「イスラーム主義」と区別された「イスラーム復興」

という概念の有効性を立証するためのものである。

第2点目として、「イスラーム復興」の混成性という視点に関して、従来の宗教性と世俗 性の混成という議論に、「再帰性」と「恒常性」の相克と両立という視点を付け加えたうえ で、従来はもっぱら「恒常性」の希求と解されてきたイスラーム回帰現象の日常的実践に おいては「流動性」という面もあり、両者の混成性として理解すべきであるという視点を 提示したことは、従来の議論を深化させかつ明確にしたという点で高く評価できる。それ に関連して、都市近郊の村落における非イスラーム的な「憑依儀礼」の活発化という、一 見「イスラーム復興」とは異なる現象を取り上げ、そこにも「イスラーム復興」の混成性 が見られると論じたことは、ムスリムが「正しい」イスラームを希求する、ということを 前提に「イスラーム回帰」を論じてきた従来の研究の平坦な捉え方を相対化する新たな汎 用性の高い視点を提示しようとする試みとして評価できる。

また3点目として、第一部の都市部の消費文化やメディア文化における「宗教的な商品」

としてのイスラーム復興の分析について、これまでの類似した研究と比べても、イスラー ム説教師のメディアでの役割とその人気の失墜の分析や小巡礼についての旅行会社の役割 や都市部での体面(ゲンジ)の分析など、従来の分析を押し進めており、優れた分析であ ると言うことができる。

審査の過程において審査委員からはいくつかの疑問点も指摘された。まず、取り上げら れた事例が些か断片的で、民族誌的な「厚い記述」に欠けているという指摘があった。そ れに関連して、都市部と村落の対比という視座は高く評価できるものの、特定の地域での 調査だけで都市と村落の違いというように一般化できるのか、村落部での事例が「憑依」

ということののみに特化しており、それだけで村落のイスラームの全体的なあり方を論じ られるのかという疑義も投げかけられた。さらに、「流動性」と「恒常性」が相克するとさ れながら、日常的実践の分析においては、その両者の両立ということがともすれば予定調 和的に前提とされているのではないかという疑問点も出された。

ただし、本論文は民族誌的な論文として構想されたものではなく、これまでのイスラー ム回帰現象を捉える視点とは異なる新たな視点を提示し、その有効性をいくつかの独立し た事例の分析から示すものであること、それらの各事例の背景についても言及されており、

一般化を妨げるものではないという議論も出され、再帰的近代での「宗教のオブジェクト

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化=客体化」について新たな視点を提示するという目的は十分に達成されており、他の地 域の事例についても応用可能な汎用性があると判断された。

以上の点から、本論文は、博士論文としての十分な水準に達していると評価できる。

本論文の公開審査は、2019 年2月 22 日(金)午後3時~5時の間、5号館 131 室で行わ れた。審査委員からは上に示した疑問点も挙げられたが、論文提出者は現時点での資料の 不備を認めながらも、論文の目的はある特定の地域の宗教的実践を総体的に描く民族誌的 研究ではなく、それは今後の課題としているという応答がなされた。また、審査員の様々 な質問やコメントに対して、論理的にかつ真摯に応答し、論文提出者の研究者としての能 力を十分に示したと言える。よって、審査委員は全員一致で荒木亮氏に博士(社会人類学)

の学位を授与することが適当であると判断した。

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