博士学位論文審査報告書 Summary of Doctoral Thesis and Report of Examination 研究科長
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(2) 博士論文審査報告書. 学生氏名: 張 碧惠 (CHANG PIHUI) 学籍番号: 4003S313-2 題名 title:「中華民国と文物事業 ―国民国家建設における文物の意味―」 題名: 「Republic of China and cultural relics policy ―Meaning of cultural relics in the nation- state construction―」 一、 概要 本論文は、辛亥革命から 1949 年に中華民国が台湾へ退去するまでの期間を対象として、 中華民国各政府期の文物に対する認識過程を追い、その認識に基づいて行われた文物事業 に注目し、国家建設において文物が如何なる役割を担ってきたのか、またそれが逆に近代 国家形成にどのような意味を有しているのかを考察したものである。 中華民国の文物事業において論点となるのは、文物を近代国家としてどのように処置し、 国家機構に組み込むかということである。そこで、本論文では四つの課題を設定した。第 一に、 「近代化」の試みと並行して主張されるようになった「中華伝統」という価値を投影 した文物事業を近代化との関係でどのように考えるか。第二に、侵略の危機に直面した中 華民国は、幾度か文物の収蔵場所を移動させ文物を疎開させたが、こうした文物移動プロ セスの中で国家建設における文物の位置づけがどのような変化したのか。第三に、国民国 家建設に不可欠な国民創出において不可欠なナショナリズムとの関係で、文物がそれに果 した役割は何か。第四に、辛亥革命後、中華民国の「清王朝文物」に対する処置が、文物 における「中華伝統」の付与とどのように関わり、国家建設と結びついたのか。 本論文では、中華民国樹立後の文物事業をめぐる組織や法令の整備をはじめ、「清王朝文 物」の接収及び博物館の設立、発掘調査における文化主権、戦争からの文物保護、展覧会 による文物の表象、戦後の文物返還要求の諸過程を検証することによって、上で設定した 四つの課題の解明を試みている。 二、論文構成 序章 第一節. 問題の所在. 第二節. 先行研究の検証. 第三節. 本論の構成. 第1章. 北京政府期の文物事業. 第一節. 清末における文物の流出と文物政策.
(3) 第二節. 北京政府の文物保護政策. 第三節. 北京政府期の考古事業. 第四節. 小結. 第2章. 单京国民政府期の文物事業. 第一節. 文物事業(1928 年~1937 年)に関する法令と組織. 第二節. 单京国民政府期の考古事業と国際関係. 第三節. 小結. 第3章. 中華民国北京政府期における「清王朝文物」と「故宮博物院」. 第一節. 中国における近代博物館の受容. 第二節. 「清室優待条件」と「古物陳列所」. 第三節. 故宮文物に対する政治的意味の付与と「故宮博物院」の設立. 第四節. 「故宮博物院」設立から单京国民政府による接収まで. 第五節. 单京国民政府による「故宮博物院」の接収過程. 第六節. 小結. 第4章. 戦争期の文物保護事業. 第一節. 「古物陳列所」文物の单京移転問題. 第二節. 満洲事変後の文物单遷. 第三節. 重慶への移転から終戦までの文物事業. 第四節. 小結. 第5章. 展覧会と文物事業. 第一節. 国内における美術展覧会と文物事業. 第二節. 海外での中国芸術展覧会の開催と中国文物事業. 第三節. 戦後の展覧会. 第四節. 小結. 第6章. 戦後の文物をめぐる動き. 第一節. 戦後の文物返還要求. 第二節. 日本に対する返還要請について. 第三節. 国内における文物の接収と帰還. 第四節. 文物の収集と修復をめぐる動き. 第五節. 小結. 終章. 三、 各章の説明 序論では、問題意識を整理し、先行研究を検証したうえで四つの問題を提起した。 第 1 章「北京政府期の文物事業」では、清末の文物事業を踏まえて、中華民国樹立後発 足した北京政府が取り組んだ文物事業について、清末からの課題であった文物の海外流出.
(4) の防止を中心に論じた。 北京政府が問題視した文物流出問題はすでに清末に発生しており、清末新政期には文物 の調査研究、関連法規の整備、博物館建設などの文物事業が導入され始めた。これらの事 業は文物保護などの点では不完全であり実効性は乏しかったが、文物保護を中心にした文 物事業の考え方は北京政府に引き継がれる。この過程の考察からうかがわれる北京政府期 の文物事業の特性として3点が指摘できる。第一に、文物保護を中心とした文物事業が構 想された原因は、列強諸国による文物略奪や破壊、海外への文物流出であり、このことが 中華民国の文物事業の基底に存在し続けた。第二に、清末から北京政府期にかけて導入さ れた近代文物事業は、西欧のそれが参照されたが、 「西欧の衝撃」に対して西欧から導入し た制度や装置によって対抗するということであった。第三に、文物事業には「近代化」と ナショナリズムの問題が交錯する。清末期には、ナショナリズムと結び付きながら知識人 たちは文化的な危機意識を強く抱いた。西欧文明の無批判な摂取に対して、 「中華伝統」と いう概念が浮上し、文物に投影された。 第 2 章「单京国民政府期の文物事業」では、1928 年から 1937 年に单京国民政府が西单内 陸へ移転するまでの時期を対象に、单京国民政府の文物事業について論じた。 北京政府の文物事業を受け継いだ单京国民政府は、文物事業の中央集権的な体制を整え、 多くの事業において北京政府期と異なり実効性を上げ始めた。中央集権的体制のもとで文 物事業を推進するためには、関連法例と推進組織の整備が必要であった。そこで、文物事 業基本法として「古物保存法」が 1930 年に制定され、同法のもとで関連法規が公布された。 また専門機関として「中央古物保管委員会」が 34 年に設置され、中国全土の文物事業を中 央から強力に束ねていく。单京国民政権は同委員会の下で発掘事業において対外的に国家 文化主権を示すことになった。国内で一定の成果を見せた中央集権的な文物事業体制は、 国際連盟「知的国際協力委員会」と関係し、国内的に文物事業を権威づけるとともに、対 外的には国際連盟を通じて国家文物主権を主張した。 单京国民政府は中央集権的な文物事業体制を構築することで、文物を国家建設にむけて 最大限に活用した。また国民国家には国民を創出するために民族や歴史、伝統が必要であ る認識し、文物事業を国民国家建設のために明確に方向づけていった。 第 3 章「中華民国北京政府期における『清王朝文物』と『故宮博物院』」では、博物館の 問題を中心に辛亥革命後の「清王朝文物」をめぐる北京政府の文物事業を通じて、「清王朝 文物」が国家建設にどのように組み込まれたか、とくに文物が「中華伝統」を表象し、ナ ショナルな観念や革命観念を再生産していく過程を明らかにした。 辛亥革命後に中華民国の政治空間に出現した「清王朝文物」に対して、北京政府の取っ た措置は「清室優待条件」に基づく「特別な保護」に止まった。1924 年の「北京政変」に よる溥儀追放後、紫禁城内廷に残された文物を処理するために、 「内廷文物」公産化をめぐ って「清室善後委員会」と清朝遺臣、軍閥、北京政府の間で政争が展開された。 「清室善後 委員会」 「内廷文物」を管理下に置き公開するために「故宮博物院」を設立した。「清王朝.
(5) 文物」が博物館に所蔵されることによって、文物が新たな国民国家との関係の中で位置づ けられ、文物にナショナリズムや「革命」といった価値が投影された。 单京国民政府が北伐により北京を掌握すると、 「中国国民党中央執行委員会」において「故 宮博物院」の廃院が論じられたが、最終的には、 「故宮博物院」は中華民国の正式な国家機 関となった。北伐完遂を宣言したものの、国内の完全統一には未だ至っていなかった单京 国民政府にとって、 「故宮文物」は国家における法的な正統性の意味をなした。その後、政 体が文物を保持する構想は文物单遷、西单への疎開、国共内戦末期における台湾への運搬、 1965 年台湾での「国立故宮博物院」の設立などにも引き継がれていく。 第 4 章「戦争期の文物保護事業」では、戦争に直面した中華民国が文物を収蔵場所から 移転させた狙いを明らかにし、文物の移転が国家における文物の位置づけをどのように変 容させたのかについて検証した。 1930 年に発生した「古物陳列所」文物の单京移転問題は、文物事業の中央集権化や博物 館事業の整備の一環として計画されたものである。この計画は北平の地域主義を刺激し、 市民団体に大きな反発を招いた。その後戦争の中で文物移転が余儀なくされるが、重要な のは、文物がそれまで強く持っていた北平との関係、王朝文物のイメージが弱められたこ とである。内陸に移転した後、戦時体制下において文物事業は歴史文物や歴史建造物の調 査へと方向転換した。抗戦の後方本拠地としての西单、西北地域での文物調査に注力され、 内陸の文化資源を保護し、それを利用して国民の抗戦意識を高揚させようと言う議論が盛 んになった。 第 5 章「展覧会と文物事業」では、中華民国が展覧会において文物を展示した狙いとそ れを通じて文物によって表象されるものの意味を探る。国民政府は、1929 年から 42 年まで の期間に 3 回の全国美術展覧会を開催したが、文物事業は国民統合に向けて、展覧会を通 じて文物とナショナリズムの結びつきを一層強調していった。さらに、1935 年ロンドンの 展覧会では文物を利用して中華民国の歴史と文化を表象することの有効性が大いに示され た。第二次大戦終結後に、单京と台北で行われた文物の展示においても、台湾を接収した 中華民国が新たな国家統合を図るために文物を利用した。国内展覧会を通じて、文物を国 民統合のために動員するだけではなく、文物に対して国民が要求したその公共性を政府は もはや無視できなくなったことも国内展覧会開催の背景にあった。展覧会は国家にとって の文物保護から、国民にとっての文物保護への転換を促した。 第 6 章「戦後の文物をめぐる動き」では、戦後中華民国政府によって展開された損失文 物調査、日本などに対する文物返還要求、「逆産」の没収、疎開文物の帰還などについて検 討し、こうした一連の「失われた文物」の復帰を目指す諸措置が、第二次大戦後における 国家の再統合においてどのような意味を持ちえたのかを探る。 中華民国は第二次大戦後、日本に対する文物返還について「GHQ」を通じて要求した。 また 1945 年 8 月に 「義和団事件時ドイツ及びイタリアによって略奪された中国文物一覧表」 を作成している。戦後、国内においても速やかに文化機関の接収を行い、敵国人や敵国に.
(6) 協力した人物の所有文物を「敵偽逆産」と指定し、それを接収対象と決めた。その中、国 家の歴史文化に関係するものや、国家が永久保持すべきものは、博物館、図書館に保管す る方針が定められた。この一連の動きには戦後の国家体制に文物を組み込み直し、中央集 権的な文物事業を再構築しようとする意図があった。 終章ではこれらの考察結果に基づいて、序章で設定した四つの課題について要約し筆者 なりの見解を論じた。 四、 評価と問題点 本論文の評価すべき点は、主に以下3点にあると考えられる。第1は、清末から民国期 への移行過程を対象とし、 「中華伝統」を象徴する文物の保護事業に焦点を当てて、中国が 王朝体制から近代国家体制へ変貌していく実態を描き出そうとしたもので、政治思想史の レベルではこのような試み自体が、学問的にきわめて意義深いものであるにもかかわらず、 従来ほとんどなされてこなかったもので、独創的でチャレンジングなテーマ設定であり、 基本的にこのテーマの解明に成功しているといえよう。 第 2 は、研究方法として、第一次文献資料の発掘、活用に多大な精力を注ぎ、徹底した 実証主義的な手法をとっている。同時に研究アプローチとしての基本的な枠組みもしっか りしていた。膨大な資料を整理・分析することによって、時代によって文物保護事業の取 り組みの異なった特徴が見られることを発見し、それを手がかりとして逆に、清朝末期か ら北京政権期、国家統合までの单京政権期、以後抗日戦期にかけての单京政府期といった 時期区分を行い、それぞれの政権期における近代国家としての到達点と限界の内容を明ら かにしていることは、新鮮な成果である。 第 3 に、論文全体の中心的な問題意識に関わることであるが、キー概念としての「近代 化」「ナショナリズム」「中華伝統」の関係をどのように理論的に説明するかに関して、斬 新な分析と解釈が見られる。 「北京政変」(1924 年)までの北京政府期の文物事業には、文物に「国粋」を見出して西 欧文明に対抗する意識が顕著に見られた。しかし近代国家が樹立されるためには、独自の 文化や歴史が必要であり、それは单京政府以降になってはじめて試みられるようになった。 すなわち、文物に「中華伝統」という「近代的」価値を付与し、ナショナリズムを鼓舞し、 国家建設や国民創出を担う、つまり国民統合に向けて文物と「中華伝統」を結びつけ、民 衆を国民に変換することができたと結論づける筆者の指摘は卓見である。 問題点としては、説明不足のまま理解しにくい用語が多用されていたこと、同一事象に 対して異なった表現が用いられて読者に若干混乱を与えたいたこと、文物事業と国民国家 形成で他国のとの比較の視点は必要なかったかといった疑問も出され、今後の課題として 残された。.
(7) 結論. 以上のような評価と問題点を踏まえ、本人の切磋琢磨した研究姿勢など含めて総合的 に判断するならば、これまでの中国政治史研究ではあまり注目されてこなかった文物保 護事業を主要な対象として、中国における近代国家の形成をめぐる実態の主要な一端を 解明し、また歴史の連続と不連続とのダイナミックな交錯を「近代化」「ナショナリズ ム」「中華伝統」のダイナミックな関係から描き出し、一定の成功を収めたといえる。 そのことは、中国近現代史研究における重要な学術的な貢献をはたしたといって過言で はないだろう。 以上のようにその問題設定、分析アプローチ、実証的な考察のプロセス、結論などに おいて博士学位論文の基準を十分に満たしている。論文審査委員会は博士学位に値する と判断し、博士の学位授与を提案する。. 2012 年 12 月 20 日 博士学位申請論文審査委員会 主査. 副査. 副査. 副査. 早稲田大学大学院. 教授・社会学博士(一橋大学). アジア太平洋研究科. 天児 慧. 早稲田大学. 教授・文学博士(東京大学). 社会科学総合術院. 劉 傑. 早稲田大学. 教授・文学博士(東京都立大学). アジア太平洋研究科. 小林. 宇都宮大学. 教授. 国際学部. 松金 公正. 英夫.
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