繭Ⅱ脛臍研究 環八巻仙界二親︵㌍脚入監︶
田
一
英
作
我々は平和の時代には必ずしも大なる人物が欲しいとも思はないけれども、せが乱れて参りまして、どうした
らいゝかわからないといふやうな時期になりますると、人々は必ず英雄を思ひ出すのであります。英雄が現はれ
て其の聴明な知識と強い力に依って此の時局を救うて呉れ1ばい1といふ要求が常然起るのであります。今日の時代に於て其の英雄に苦るものは何であるか。今は昔のやうに偶人が偉いからといつてそれに依って仕事が出来
る時代ではなくなつたのであります。現代に於ては各個人の力といふものは優に弱いものである。殆んど何番も
と い ふ も の は 全 く 自 的 な 動 き し か し な い の ぜ あ 忍 なし得ないのであります。それで此の緋局を切り抜けてゆくものは何人であるか。敢脅によるかと申すと、配合 に動くことは動きます。景気を欒勤させた少、商品の慣格を決琵したり、或は恐慌を起したり、失発着を出した 日本の囲家と経済田本の、酪家ミ経臍 ︵二︶
昏 はH 的を持たない のであります。其の時其の時どつちか ︵九九︶ないのであります。此の粒紺を切り抜けるに時間家がやらねぼならないといふことが叫般の人々の意識に上るの であります。庭が時に日本に於て見ますると、今日閲読に対する人々の倍額といふものが非常に描くなつて居る のであります。蒋くなつたゞけではなく進んで閑寂を破壊しやうといふ購想が行はれて屠ります。叉其の皆践的 な行勤すら班はれて氷て居るのであります。輯家ならば見でやってゆけるのだと思ふ人々の中に、其の閻家こそ 我々の生活を苛める魔の汲も大きな力である、発づ其の国家を倒さなければならないといふやうな思想なり行動 が二カに於て現はれて衆たのであります。鼓に於て人々は頗る迷ふて来るのです。囲家によるペきであるか否幽 家を倒すべきであるか、金然iE反対なる思想が行はれ、叉それに綬いて驚践の行動が出て粥たのであり鼓す。滋 に於て今日の閃電としては閉家はよるペきものであるか、倒すペきものであるか。此の問題が我々に輿へられた 極めて洗刻なものになつて来るのであります。従って共鹿には閣家と経済との闘怖を明らかにしなけれぼならな い。特に日本の閣家と日本の位酒との関係を正確に摘まなけれぼならない。是が極めて重要なる問題になります。 慶が訝君は麗辞撃を箪ぼれて居られるのでありますが、今道標々の話を開かれ、本を読まれたのでお解りであ少 ませうが、従来の経済革は観衆と総柄の銅係を勉めて粗末に扱って居るのであります。私も十劃年間山口高踏で 経消革の訪韓をヤりましたが、朗が高等商業の畢科の申、国家といふ富美を持ち出すのは私の受持つたものゝ叫 の目的も持たないのであります。 り、麓々のことを批禽はやりますが、然し全く昏滅法に動くのです。計合は二つの自然力の働きでありまして何 麓八巻 第 二 鋭 それが配昏の である。それで残る磨は党づ闊家の力、国家意志の力の外は 二〇〇︶ 〓
部の財政畢だけであつた。財政蓼ではどうしても図家を出さないと財政嬰は話されない。研が外の単科を見ると
図家の出て来る単科は飴りないのであります。是を見ても解るやうに従来の経済単なるものは、国家なるものを
非常に較ぐ見て居りまし宅で諸君が経済原論の﹀本を見たらわかりますが、国家といふのが何虚にあるか、町境
に見ないと殆どわからない。園民経済に於ける囲家の地位といふことに就ては何にも苦いてないのであります。
そして今我々に輿へられた問題は主として檻臍生活の現在及び脾釆に関するものであり戚す。そして此の経済
間趨を諭くに思って図家によるべしといふのと、隣家を倒すべしといふ二つの反動の思想が出て居るっであ・るか
らいやでも應でも経済と固家の関係を判然掴まなけれぼならぬ。従来の経済拳では今日の問題は解けないといふ
こと忙なるのであります〇どうして徒死の経臍啓は珂家を軽く扱かつたかと申すと、多くは従来の経済畢が個人
重義経済螢であつたのであります。個人生活から赦愈準臍を詮明するのである。個人主義の立場から敢愈経臍を
詮明するのである。個人主義の経済蓼は先づスミスに始まつた英蕾利の正統笹沢と喚太利笹沢の経済畢、此の二
つが日本に於て鎗畳されて居る。研がスミスの蓼詮は御承知のやうに隣家を極めて軽く扱って、図家は出来るだ
け動かないやうにして欲しいといふのがスミスの誼であります。それでスミス流に考えると国家を敬遠践斥して
居る詣であります。閲家の働かない経済梓進んだ紅臍であるといふやうに見て居る。それから喚太利蓼派の経済
畢は、個人の主観的慣値から出費してゆくのであります。憤倍論としては飴程精密なるものを以て展開されて居
るけれども、要するに閲民経済といふものは、個人経済の開聯忙過ぎない。個人紅臍が唯銅僻して連なつて居る
日本の国家と経済 ︵叫○こ 三罪人巻 葦二渋
︵山〇二︶ 四 だけで図民経済其のものは決して統叫された﹂麓性のものでない。斯ういふように見て居りますから、填太利拳 沢では囲家なるものは問題にしないのであります。其虚で従郊の経済畢は国家といふものを鮭臍生活の方から除 名して居る澤である。是は今でもそういふ見解をとつて居る人が少なくない。経済に図表を出すのはいかない、ノ 経済は経臍で、国家は経済外の概念であるといつて居る人がある。それは唯経臍といつたら国家は申に入って居 りません。けれども唯の経済といふものは硯賓には何もない経済である。それは家庭経済であるか企業紅顔であ \ るか、国民経済であるか、世界掛臍であるか、現賓に魯るものは是でありまして唯の経済といふものはない。国 家が出て梨ないでも紐解だけの概念は成立つのであります?然L我々はそういふ全然貰在しない魔の経済を持っ て釆た慶で、それは蛋虚な思想である。貧想約な経臍を扱つた磨で何にもならない。経済は必ず家庭経臍である か企業経済であるか、園民鑑溶か、世界経済か、茸蚕なるものを持って釆なければならない。其の申にて今我々 は輯民経済を問題にして居る℃国民経済といふ以上は囲家といふものが⋮つの質素として考へねぼ、固民経済と いふものはあり得ないのであります、如何なる作用をするかは時代に依って異なり団に依って逮ふ。又見る人の 見解に依って岐れますけれ共、園家が侮かない国民置番といふものはあり得ない繹であります。研が偶人主義の 方からは決して国家が無税されたことではないが、唯観衆を成るべく斥けて見るといふ鮎が個人主義である。個 人重義の紅痢塾からは図家を倒せとはいはないが、どうも国家を態よく除名して居る。朗が是に劉立して起つた 牽臍蓼は敢食卓義の紅臍畢、科挙的統合主菜、マルクス、ヱンゲルスの経臍輿忽である。此の方からは閑寂は極すといふことは同時に国家を倒すことである、斯ういふことになります。観衆を敵とするといふ思想になる。其 彪で初めの間は国家は有産階級の横綱であるから、そういふものは倒せといふだけであつたが、段々と革命的束 運の高まるに従って、兜づ何を思いても即刻に観衆を倒せといふことが、革略の最も重要なものになつて衆たの であり資す。有虞階級を倒すには先づ図家を先に倒せ。有放−階級はこの強刀に依って搾取して居るのであるか ら、其の力を倒して㌔へば後は有産階級はバう︿になる。重く力の披けたものになつて了ふ。現に今年のモス コーの共産纂大倉に於ては、日本の北ハ疏賞に勤し何を指令してあるか。日本に於ける共産先の任務は日本の歴史 的閑寂を破壊することが最も急務である。日本の共産罪は粒々運動するけれ共、日東の図家といふものにぶ▼つか ・ると暦に繊壁にあたるが如く如何ともすべからざる状勢にある。日本で共産叢主義を嘗現するには何を置いても 鹿づ腋史的国家を破壊せよ、といふことが日本に封する指令として出て居る。そういふゃっに赦愈主義の方から は、閉豪を全く放として見て居るのであります。其虎で我々は綻釆輿へられた経済畢は、国家は依頼するもので ない瀾家といふものを我にはソツトして置け、成可く働かないやうにこちらの方から牽制して置くといふ詮と、 囲家は無産者の放であるからして眞先に是を倒せといふ訟、此の二つが輿へられて眉るのであります。 有産階級が搾敬するために用ひる遮の強力細線で である、と斯う見てゐるであります。其鹿で図表は無産労働階級にとつては正面の敵となるのであります。即ち めて竃カなものと認めてあります。併し園家といふものは有産階級が無産階級料搾取するため忙働く強力な組織 日本の国家と経済 ふ。 北ハ臆で無産階級の立場からいえぼ、有産階級を倒 ︵仙○≡︶ 五
冊馳に私は日本の経済興が今迄どうなつて居るかを簡単に申Lます。徳川朋の終り頃になりまして、立沢な単著 が出釆ました。佐藤信淵、三.浦梅園等といふ単著が出て経済論も飴程優れたものがありますが、然し徳川期と明 治以後とは、闘民経済が苗代的から近代的に欒つたのであります。苗代のものと近代のものとは其の面目を殆ん ど異にして居ります”どんな優れた経済螢詮であつても、徳川時代のものは明治時代には通用しないのでありま す。共の優待って来ることは出来ないのであります。舞塞が殆んど全く違って居るのであります。其庭で明治の 時代に入りますと、基礎といふものは其の綿にもあつたけれども、明治時代に相應する経済論といふものは何も ない。共應は眞碁になつて居るのであります。それで外囲の経臍塾が其の眞基に入つて釆たのであ▼ります。で.山 番兜に入つて釆たのが英舌利の自由主義の経済塾、スミス・、リカルド、ミルの経折蓼である。此の躍臍蓼を大い にひろめた人は、最初には慶應義塾の両津諭告毅であり、経済塾者としては田口鼎軒天野焉之氏などの先輩であ ります。田口鼎軒の方は東京経済難誌に掠り、天野焉之氏は東洋経済廟報に煉り、有力なる磯閃を用ひて経済論 を畿表したのであります。是は大腰に於て英音劇の自由主義の繹臍蓼、偶人主義の経済畢を簸の使持って釆たの であります。虚が英曹利で自由主義の経済興が起りましたのは、スミス以前に於て開家の統∵重義政策が功を奏 し、そして図表の力に依って英膏利の国民経済が大腰成熟して釆た後であります。党づ輪廓は出来て了つたので ぁります。此の後は図家の干渉を須たないで、個人の自由行動に委せる方が造かに富の増殖に於て有利である、 図表が劃々指圃するよりも、個人の自由に依って全世界に靡がって居る英普利の経済力を働かせることがい1と 第八 巻 第 二 渋 ︵山〇四︶ 六
いふ時代になつた。それでスミスの自申王養は正しく英膏利の囲民経済の嬰求する鹿であつたのであります。ス
ミス豊ハの代榊人として出たのであります。それからで、スの自由主義の詮が磯表せられるといふと多くの人々
から、共鳴されて、それから綬々と政府の政策の申に織り込まれて来たのであります。ビットが試合に於て関税
引下の詮明をする時も、ドクトル・スミスの壌詮を引用して自分達の政策を罫附けて居るのであります。スミス
の自由主養は時代の要求であつた。虚が日本では維新の改革に於て、政治であれ、経済であれ、教育、図防、あ
らゆるものlこ向つて観象が新しい施設を始めて釆た。民間の方は殆んど無能力である。菟刻の例のやうに株式合 致の如く、いつて聞かせ.てもわからない。電信級を張れぼあの針金は何か血を吸ひ取るものと考え、汽車を経営するため塑見様浅間に線路を敷いても妨害を加へる。あの電信線を全図に引くことすら容易ならぬ苦心をした位
ですC凡てをよく知ってゐる世界の大勢に精々通じて居るものは政府首局だけ位のものである。其磨で一切のことが殆んど政府の計宣に依って貰現されて行った。是は丁度英青利の方でいえぼ、スミスが出る前にあつたあの
時代にあたるものである。それで時代からいひますと、マルクスが故初に著はした魔の臍檻興批判が一八茄九年
でありましたが、其の常時は日本では安政六年で告別松陰が斬られた年であります。其の時英音利では、マルク
スが資本主義は遠からす崩壊するといふ祝さへ唱へた時です。日本では開国の先達である菅田松陰が斬られて居
る此の安政六年から初めて世界経済の中に入らうとする。資本主義は共の後十飴年を経て明治の初めになり、
明治十年頃から漸く株式倉敢が起った。資本主事は株式合計に依って蟄達してゆくのであります。だから英曹利
日本の国家と感潜 〓〇五︶ 七︵一〇六︶ 八 第八懸 第二 威 と日本と比較する上非常な年代の隔たりがあります。でマル久スが資本主義はいかないといふ頃は、日本では資 本主義の何たるかはわからない時代である。従つて英曹利の自由主義の畢詮は明治初年の日本にとつては全然時 代錯挟であります。如何に田口、天野桐氏が英曹利流の経済論を紛いても仙向た世間では共鳴しない。時代が要 求しないのである。時代は反封に国家の統制た依って固民経済妄痘代的に建設する時代であります。それで最初 に入りました英曹利経済畢詮は、図民の血と在り肉となることは出水なかった、唯徒らにジャアーナリズムの思 想として経って了つたのであります。其の次に是に代ったものが、鳩逸の耗臍畢であります。猫逸では御承知の やうに歴史笹沢と境地利率派が起りました。歴史啓派の方は別に理論を立てないから、最初我閑では栄えなかつ た。歴史の立場でゆくには日本ではまだ早い。正に歴史を作ってゆく時である。日本でも経済勝星の研究が始まつ たのはずつと後であります。それで猫逸から米たが、喚地利箪派の経済拳でありましね?朗が此の猫逸流の経済 拳はどうして入れられたかといふと、是は主として大挙の方から出た留墜盆が向ふで研究して、そして戻って大 螢の謹啓から、畢生に放迭した経済畢であつた。彼の稲田徳二面士の経済蓼講義といふ書物の序文に次のやうな ことが書いてある。自分が猫逸留嗟から締って垂ぶの高等商業革校で経由鹿蒸の講義をしたが、畢珪は如何にも新 しい螢改として耳を傾けて聞いて呉れるが、資は是は弼逸のブレンダノー先生の講義其の偉を話して居るので、 自分の腋の下には冷汗が耽れたと書いてありますが、其のやうに礪逸の経済拳は、猫逸に留聾したものが蹄つて 向ふの通りやるのである。であるから喝逸鮭臍螢は輿校の教壇から畢生に改造された鮭臍単に過ぎない。そして
それは大鰐矢張り、個人主義的経済畢であつた。其鹿で兜づ日本に於きましては、国民経済が統一されて十分な る基礎が出来て、是からは個人の自由に委した方がい1といふスミスが出た時代は、日本には今までない。是 は前に申しましたやうに日本の生産力の特殊事情から来るのであります。個人主義の経済畢は日本の嘗際の経済 問題を解決する長のカとはなり得なかったのであります。であるから折角畢校で経済畢は拳びますが、蓼校を出 て、食酢銀行に行く、官厳に行くと、拳校のノートは打ち造られて用ひられない。此の鮎で経済挙が非常に軽く 見られたのは止むを得ない。外の蓼科でありますと畢校で習ったものは、卒業後に役立つ。そして疑問が起れば 先づノートを見る。即ちノートは箪校だけで沸すのではない。朗が今迄のやうな経済螢であれぼ、試験さえ済 めぼ何時打迫つ.てもい∼、もう御用はない。そういふ意味に於ては日本では是迄、ある時代まで、英膏利の経済 革も猫逸の経預革も観民経済の菅生朽の申に血となり肉となつて入り込んだ思想といふものはないのでありま す。言ひ携えれば長い間、殆ど闘五十年近く鮭臍蓼といふものによつて我々の行動は動さかれてなかつた。そ れが倣界饗寧の経りになりまして﹂ 州般の状勢が欒化いたしまして、どの固に於ても無産階級の運動が次第に進 出して釆て、途には露頭由の如きは触⋮産階級に依る革命さへ茸現されて釆たのであります。此の時に於てマルク スゐ経臍思想が日本に於て次第に多くの人々を捉えて釆たのであります。今迄粍開塾として一般の人が深く頭に 刻みつけて居るものはなにもない。其廃にマルクスの祀禽主義経済蓼を持つて釆た。そして恰かもマルクスの思 想の凍まる頃はマルクスが述べて居るやうな配合現象が清々起って居る。セルクスがいつて居るやうなそういふ 白木の国家と経済 ︵州〇七︶ 九
スの詮は拳究的・に考えると面白いかも知れない。然し醇蘭西人が俳蘭酉の計昏を改造するに於てはマルクスを賢 しない。どの囲でも自分の団居生活に即してそれから生み出した終臍畢を持って居ります。何も外から入った思 想でずつと常山撫でに撫でられることはあり得ない。魔が日本では経臍単なるものは℃菅際の生活に入り込んだ もの、菅生活に即したものを持って居らなかつた。いはゞ矢張り尿量状態であつた。そして入って来るマルクス の経臍蓼は恰かも硯蜜の状勢を詮明するに極めて適切なる理論を輿えて居る。そしてマルクスの研究は飴桂以前 からあつたのであるが、一向せ間ではマルクスを省みなかつた。是が多くの人に依って蓼ぼれるといふやうに慮 ったことは、マルクスの立てた理論が硯蜜に硯はれるといふ此の最近の時代に於て初めて贋く歓迎されるやう咋 なつたのであります。そしてマルクスの理論は経済生活の理論を説明すると同時に、進んで飼家の批判に入り囲 力強く感じない。若し資本主弦を改めるならば英曹利はマルクスに依らないでも、それはオーウヱンに依っても 罪人巻 弟二渋 ︵叫〇八︶ 仙○ 現象が起るから、それでマルクスの経済忠想が深まつたといふ諭も立ち奏す。成程マルクスのいふ通り資本主義 は行き詰って来る。失業者は出て来る。次第々々に恐慌といふものが周期的でなくて、何時迄も探刻になるとい ふマルクスのいつて居ることが、硯賛に於て貰許されるやうになつて米た。是がマルクス経済啓が贋く世の中 に挑まつて釆た詩であります。然し外囲では必しも然うでない。英書利等でいひ生すとー英普利は自分の閥民経 折から生まれ身軽臍畢を持って周ります。であるからマルクスの経済挙が這入つた研が別に驚かない。それだけ よろしい、或は英普利特有のギルドソシアリズムをとつてもい1。叉俳蘭酉はブルード ンを持って居る。マルク
家といふものは無産者を搾取する強制磯開であると見る。現に日本の政治を見ると、近頃の政治は無産者には常 に不利であり、有産着には常に利益であるやうな政策が少くない。斯うなつては闘家を放して了えといふやうな マルクスの思想を其の優に取る思想が可成り焼く行はれて、嘗行違勤さへ起って釆た。其魔で私の考を申上げま すが、国家といふものは果してマルクスがいふやうな強盗閲家であるか。 マルクスの思想を兜づ頭に入れないで、我々が白魔にょつて見る場合には劇腰国家といふものはどういふもの と考えて居つたか。日本人の思想としては図家は共同鯉である、共同生活の組織であると思ふ。もつと形容して いえぼ、閑寂は民衆的共同牒である・。是が日本人の囲家思想である。朗でそういふのは封建思想だといふ人もあ るが、封建時代は約六百年間のことである。民族的共同慣といふ囲家親念は封盛時代以前のもの建闘以来の古い ものである。而かも封建細粒を打破して明治に更新されたものである。 太古忙於て大和民族披多くの異民族の中に於て最も優秀な民族であつた。是は歴史の上忙記録されない時に巳 に水田を作って居るといふことから見ても、除程進んだ文化を持つて居たといふことが想像される。大和民族は 最も優秀であれ、他の民族は造かに劣って居たと見られる。その大利民族は大東鹿的な共同組織を持って居た。 それが外の民族を征服した。そして新しく是を大和民族の中に同化して了つたのであります。血路に於て一つに 入り交り、文化の上把於て一つになつた。どういふ繹で特に一民族が優秀であつたか。私にはよくわからないが 唯事嘗として多くの民族があつたが、大和民族だけが特別に優秀であつたといふ事案はあるのであります。共虚 日本の国家と座済 ︵山〇九︶ 仙一
第八巻 第二兢
︵血剛○︶ 三で外の民族は是と敵封関係が揖けられないで、負けて了ふと大和民族の中に同化されて了つた。今日アイ蒜が
少し北海道に凍ってゐるが、他は其の跡形もない。それら空つの溶鋸嘘の中佐とけて了つたのであります。そ
れで故初に大家族的な血繚を基礎とし共同の文化を内容とする魔の民族共同鰭といふものが始めからあかます。
それが漸次に沸大して釆たのであります。それから日本民族になり、日本民族の国家になつたのであります。で
ぁるから時の政府が搾敬するといふことは如何なる時代にもあり草したけれども、日本人としては政府以上に常
に民族共同照の嘗在することを意識する次第であります。是は決して研究された知識ではなくて、人々が何かの
苺件に遭遇すれば必ずや目醒まされる朗の団民約意識であり、図民的感情であります。共同鰻詭をとる人も西洋に
は樺山ありますけれども、西洋のは尋問であつて日本のはいはゞ照験であつたのであります。であるから何も螢閲
しないやうな人乳二向其の鮎に於ては直別しない。此の民族的共同濃の意識感情といふものが洗く刻み込まれて
居ります。此の鮎に於て私憺酎白い一別に酎白い澤ではありませぬがー剛つのかはつた思想む由すと、東大のあ
る教授の詮でありますが、此の人は個人主義を探ると公言して居ります。そして其の筈いた中に、日本人といふも
のはどしても民族的共同的の思想で長い間叩き込まれて居るからそれが容易に扱けない。斯ういふ閉家思想から
股し得る者は、唯少数の意まれた思索に俄る人のみが出来縛る、と書いてあかます。啓衛生括に意まれた人が頻り
に思索に欣るといふは何をして居るのか或は英蕾利その他の観象攣或は哲拳の書を読んだといふことでありま
せう。然し盛ら謹んでみた虚でそれは英音別の闘士忙於て、猫逸の囲土に於て夫々の鷹取の生んだ研の思想であ
りますから、それを如何に勉強した朗が、個人的にはそのやうな思想になつたといつても、それは唯啓頚に於て 自己の思索慾を満足させたに過ぎないのであつて、決して菅生活に於て指導力となつて働く朋の児想ではあるま いと思ふのであります。我々の常に抱く朗の国民感情、問民意識といふものは、無論教養の廉くないものでもよ くわかる。叉其の通りに働くといふことを幾多の嘗験瞥例に依って知り得るのであります。然らば専嘗今のある 人が思索に依ってのみ救はれたといつて富んで居る、其の思索された思想とは何か。英書利流の閲家詮でありま すといふと、国家といふものは唯個人の生活を保澄する検閲に過ぎない。いはゆる夜警図豪詭である。それから 一 ものを表現するだけであります。固家とは民族的共同腰である。それだけの意識が出たゞけであります。其の胡 念が英管制にも猫逸にもアメづヵにも果して貰って居るか否かはわからない。然し自分達の閻衆生清だけはそれ に相違ないといふ、此の圃民的感情、国民的意識の外には何もないものであります。詭の偉い詭を畢んだもので もなく、自分の書籍に於て考へ出したものでもない。唯図民意識、園民感情を自分のものとLて知り感じたゞけ 味したら小ゝか。私の国家思想は、何にも種々のものを読んで革んだのではなく、唯日本民族としての自覚其の いふ秤々の閣家詮が入つて居りますが、今日我々の問題とすべき朔は、果してどれが貰って居るか否やをどう吟 する、それで国家の構力は初めて出来る、国家は征服に由つて出来ると見るぐそれが征服国家詮であります。そう て居りますが・其は笥司調﹂である。二民族が他民族を征服してこれを奴隷にして使ふ、強制力を持って歴抑 マルクスのやうな坂合に於きましては強盗図家詮になります。それから叉ダンプnウィッチの詮が日本に行はれ 日本の観衆と経済 ︵⋮山−︶ 二ニ
第入谷 第二渋
︵二二︶ ∵四 であります。そして此の国家の性質といふものも粒々の事例を持って釆ますとそれで詮明が出来る。然らばどう して先刻に畢げたやうな征服観衆、或は強盗団家、或は夜警困豪といふやうなものと、如何にそれは封立し、何 れが虞坤であると考えるかといふ問題が起ります。 私は二つ以上の詮が、並んで居る場合に於て何れが眞理であるか、或は何れがより高い眞理であるかを決める標 準は何であるか、唯自分は斯う信するといつてそれだけでは仕方がない。節々の軍記を持って来ることもよい。併 ︳ し嘗際の詔明となると、それを肯定する寄寓もあるが叉反謹も由て葬る。二つの諷はお互ひに自分に有利な賞辞を 容げることも出来ます。驚謹といふものは悉く寄嘗を拳げさえすれぼい1のであるが、唯自己に都合のいゝ嘗例を 奉げて釆るに過ぎないことが多い。其磨でu混んで居る多くの詮で何れが正しく何れが上であるかといふことを決 めるにはどうしたらい1か、此の場合甲乙の二つの詭があつて甲の方は乙の詑を容れる。乙の方だけでは不十分で あるが、ともかく乙の詮を容れる、朗が乙の詮は自分の詮だけが唯血の眞埋であつて甲の詮は間違って居ると否定 する。此の場合には私は甲の方の詮が一段高い。と斯ういふのです。例へぼ二人賞に居って甲は乙のやることに封 して常に大日に見て、そしてあ1いふことをやるのも尤だ、乙のやることは全く患いとはいはない、然し叉あれだ けやって居れぼいゝといふことは決していはない。かういふ意味で兎も角乙を了解して乙を包容するだけの好意 はある。朗が乙は全然甲を香淀して甲といふ奴は迎もいかない人間であるといつて甲を重く排斥する。此の場合 に甲と乙とぞちらの人が大きいか、人格が優れて居るかといふと、無論甲の方が伐れて居るといはなけれぽならない。二つの詮に於て一万は他方を容れるが他方は⋮方薮入れ得ないといふ場合は、容れる方の詮がより高い虞理 であると考える。其の意味から申すとヽ国家は共同髄であると考える場合に於て、兜づ征服問家詮等は共同鰐を 全く否定するが、共同慣はそれらを容れることが出氷る。一腰征服するといふことはどうして出来るか。決して 人数が多いから勝つ詳ではない。例へばギリシャでは二人の自由民が十三人の妖艶を使ふ割合であつた。人数が 多いからといふことで、抑へ得るものではない。又征服者は智能が優れ文化の高いといふことでも決して征服は 出来ない。ローマ人は文化の進んだギリシャ人を征服して居る。−ローマ人披奴隷である敦蕃の高いギリシャ人を 子供の家庭教師に周ひた。支那でも女化の低い民族がその高い民族を征服してゐる。然ら軋二つの民族の勝敗を 決定する朗は主として何塵にあるか。それは共同⋮致の力の強い民族の方が勝つ。人数も飴りに多くては比較に なりませんが、︼帝大事な鮎は防つ方は何時も共同仙致して居る。多くのものが一つのもの1如く動くものが膠 つ。是は如何なる事例に敬しても間違ひはない。其慶で例へぼ多くの人々を持って居りましても、人々の共同意 識が弛んで個々勝手に動く場合には、どんな多くの人数でも小数を以て押さえつけることが出来ます。支部の歴 史は幾多の嘗例を輿えて居ります。支那漢民族を征服Lた蒙古民族は僅かの人数で非常に多数な漢民族を征服し て屈ります。叉浦洲から起った清朝も僅かの人数を以て何倍といふ漢民族を抑へて居た。最近の浦洲事件に於て 庵二世禦四百人の日本兵が、i宇常人の箕郷兵を数日の中に迫つ沸って了つた。其の原因は何虚にあるかといふ と、軽々の鮎がありますが、鵬帝大事な鮎は共同⋮致して居るものが勝つといふことは疑ひない。であるからし 日本の囲家と経折 ︵脚 〓ニ︶ 劇五
級は出発ない。児づ始めに私有財産制度が揖釆ても、
第八巻 第二験
○¶四︶ 〓ハて一民族が他民族を征服した、征服し得るといふ椴嬢は、征服し勝つた民族が共同餞の強いものであつた、共同
腰が強かったから勝つたのである。其の共同饅そのものは開象の本質であります。であるから征服国家詮は全く
逆倒の詮となるQ次に夜警固家詮に勤しても共同照詭は寛容であり得る。共同慣であるとき警察も充賢され得る。もう叫つはマ
ルクスのいふ強盗閲家詮であります。是は有産階級と無産階級といふものが相封宜して居る、そして有産階級が
搾取するには力が要る、其の力とLて囲家が出て来たと斯うみるっ其庭で是に依ると、階級が蒐忙出て来る。階級が根本的でありまして、囲家は後に出て来た。そして国家は第二次の意義を持つに過ぎない。其虚で階級が兜
か、観家が先かといふ問題であります、是に就きましては、次のやうな詮明が出釆ます、叫鰻階級は、有産階級
とか無産階級とかいふその階級は苗代共産の時代にはない。是を詮明するには次のやうにいふ。叫鰐私有財産と
いふものは、個人の占有して居っては決して長綬きはしない。所有が保護されて所有橙となり財産として成立つ
に竺定の強力なる樵力がなければ出来ないのであります。張力な樺力を待たないで朗有制度、財産制度は成立
し得ないのであります。であるからして、有産階級と無葎階級といふものが成り立つとしても・蒐づ国家が先に
なけれぼならない。樺力が兜になければならない。少なくとも同時になけれぼならぬといふことになる。それ
から今度は進んで、例へば有産階級、無産階級が出釆るとしても、私有財産制度が起ったからといつて直ぐに階
閉看には相雷朗有と超過朗有とがあります。相箇所有とは所有者が自分で運用し得るだけのものを所有して居る場合である。超過所有といふのは、自分だけのカモ運用し 切風ない財琵を持つて居る場合で、そして無産努働者を封立させるのである。相常所有の例は、例へぼ普に於て も土地均分の歩合、或は中世の手工巣窟のエ作造具を持って居る場合、或は今日に於ては自作農で自分が排すだ けの土地を持って居る場合、或は英曹利の消費組合の如く、自分の桝で持ち得るだけの生産手段を消費糾合が桝 た∬ 有して居る等は、相等所有である。相雷朗有である限り人に血⋮料で働かせて其の結果を搾取するといふことはな い。故にそれでは搾取は起らない。搾取が起るのは超過朗有であるっ超過所有になつて初めて搾取が観る。搾取 したものは叫部分は滑費いたLませうが、或る部分は更に自己の所有の中に加ってゆくのである。其鹿で有産者 は次第々々に用布の豊を増すのであるが、労働者は堪えす働くだけのことで、別に飴裕も持ち得ないから何時進 も労働してゆく。此の搾取紺係が、或る時迄すつと椋いてゆくと、初めて〓カに於ては所有すれども努働せす、 他方では労働すれども用看せずといふ赦愈的地位が判然別れて来る。其の地位の出来た時が階級のは来た時であ る。であるから階級の封立を生するに就てすつと遡ってゆきますと、成程初めには図表の力で私有財産制度が出 来たのであります。それから階級の封意を生じたことになれます。其磨で閑寂が兜づあつて階級を作った、斯う いふこと.になる。国家が階級より菟である。所が闘家が階級を作ったといふ言葉は困家に担って関家から直接に 階級が出て解るのではない。閣家が私有財産制度を梯てたといふことに依存して、階級が出て乗るのである。国 家に依頼して階級が出釆るが閲家が階級を作り出す原凶になつたのではない。だから国家が存在すると、是に依 日本の嗣家と経済 ︵脚 山嵐︶ 山七
第八巻 第二輩
へ則 〓ハ︶ 仙八 存して階級の封立が出て来る。だからして今度は閑寂の方から階級の封立抗寧が飴り激しくなつて是では関民生 紡が破壊されると思ふ時は、固家の方から順次に今迄米た過程を直してゆくことが出水る。相雷所有と超過所有 を兜づ鑑別して、超過所有を制止して行く。例へば今日でいふならぼ、地主であつても耕作しない土地は閑家が 全部固有にして了ふ。そして自分で耕作するものにだけ土地を射えてゆく。是が超過所有を排して相常例有に虜 してゆくといふことになる。斯うなれば地主と小作人との間の搾取関係はなくなる。資本主轟も又其のやうに日本 の近代資本主義は日本の近代囲豪が養成したものである。資本主義は決してそれ自身患い者と見るに及ぼない。 資本主義生産が図民の富を進め得た時代もあるのである。或は生産力を縛って動かないやうにして富の生産を妨 奪するといふこともある。其庭で資本主義が生産上是でいゝといふ時は国家が蕃成したのである。叉生産上是を 改造するといふことも閲家の安住ごある。叉商家のみがなし得る磨である。それで閑寂は先づ階級よりも兜に存 廃する。従つて朗有階級が労働階級を搾取するといふ、夢蟹は何威から出て釆たかと申すと、それはやはり閑寂 共同濃詮で理解され得る。共同の名に於て非共同的な行動が許されることがあります。それは赦倉に於ての自由 競争の結果、二カに於て有力者が他の無力者に封Lて搾取することが行はれる場合に、園家は是を捉達するとい ふことになる。然も其の保護は有産階級の横踊としての陳経ではないが、国家が叫般の財産制度の保護といふこ とから塘て其の内部に於ての搾取が許されるといふことが是認される。それであるから共同鰭であるといふこと は、何虞進も共同主義を執るのではなくて、其の下に於ては非共同的なものが起り得るといふことがいへる。和税の如きもそうであります。それは蜘民会鰭の利益を固るものとして租税を取る、即ち昔から何時もあるやにう 和税だとすれば人は止むなくでも出すが、然し其の租税をして政府新種の中に居る著が自己の利益に用ひること は嘗際あるのであります。此の時に購読は何も搾取する機関として出たのでなく、国家に封し其の名義に依って 潤したものを賛は非囲豪的に用ひるといふことになる。であるから図表は常に強盗であるといふ見方からいひま すと、日本人の抱いて居るやうな図豪思想叉それは賓際行はれた例が幾らもあるが、此の日本的な共同重義の思 想行動は詮明出釆ない。然るに若し観象は共同組織であるとすれぼ、そこには共同の名に於て行はれる非共同的 な隆々なる現象の存在は詮明出来るのであります。即ち共同の名に於て非共同が行はれ、固家の名に於て非国家 的なことが行はれ得る。即ちそれが出来得るといふことは、もと′1共同鱈甜家といふものが苦茶して居るとい ふことで初めて可能になるのであります。共同髄が資姦しないとしたならば、それは嘗際搾取といふことも永 摂しない。若し強盗閲豪詮が正しいといふ見解であるならば、我々は何千年の問常に強盗をなすものと、される ものとの歴史に過ぎないことになる、そういふ生前が何千年来、比較的無事にどの民族でも鳩概して釆たといふ ことは理解出来ないことになる。共魔で私の結論は極めて筒箪であり愛す。我々日本人が反省して見れぼ、閑寂 とは民族的共同鯉であると考へられる。然し現晋に於ては非共同的な現象が非常に多い。其の現象が多いからと いつて直ち笹本質的に国家を強盗であると見たならば、それは表面の形に碓はれて内所の本質を見失ったもので あると、斯様忙考へられます。それで共同主菜である観家が、働きHLまLたならば、いひ換へれぼ、我々の歴 日本の国家と摩臍 二二七︶ 劇九
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ニー八︶ 二〇 史的固家が共同主義的に働いたならば、韮に初めて非共同的な種々なる不合理の事蜜が矯正され得る。共同主義暦表索引 ゼ義軍春虐Lカ宅寝.肇出超必に應いふ
ノ′ かわからない、迷うて居る。財産を持って居る者は如何にしてこれを保持するかを考へる。今インフレーション が爽て金の値段が二分の一、ニ奔の叫になるやうなことになつたら、何か物藍貝って泣かうかと考へる。それは まだ結構な時分である。財産のない人々は今明日の生活を憾んでゐる。何人も愛と恐を抱いてゐる。今の世間は 暗闘である、国家さへも其の光を覆はれて、民族的共同鰭の力といふものが果して嘗姦して居るか、どうかすら もよく見ないとわからない。往々にして青年螢徒がそれは賓在しないと認定し、そして閻家破壊の運動に入る者 も出て来る。斯くの如く混乱した曙闘の時代に於ては、何か赤い光が出る必要軋ありませう。然もそれは四角な 赤旗か赤丸の旗か、此の二つが出てゐる。どつちかへ味方しなけれぼならない。どちらでもないといふことは個 人主我、自由主義であつて、そういふものは唯人のすることについ七ゆくだけである。著し自分が鬼頭に起って 働きかけるものは、角か丸かの旗印を立て1動いてゆくのである。しかし諸君が夢窓に居る問は、嘗行違勤は問 題にならない。諸君が世間に出たときは、今日の国民経済は如何なる燐の下に動きつ1あるか、といふ嘗際をし つかりと認識して居らないと、自分がどう動いてい1か見常がつかなくなると思ひます。私のいふことは少しラ ディカルになつたかと思ひますが。今日では生ぬるいことではいかなくなつた。我々の経治療さへが巳に旗印を 立てゝゐる。其の旗印を選樺することが、今日の脛臍畢に輿へられた例の重要な使命であるといふ鮎だけを申上 げて置きます。しかし決して諸君が何れかの麒を一つ持たれるやうに勧める意味ではない。在車中は其等の旗印 の眞の憩殊に就て畢間的研究を怠らないことが必嬰であらうと思ふのであります。︵了︶ 日本の囲家と座済 ︵一一九︶ 二岬