冠動脈疾患を合併した腹部大動脈瘤手術成績の検討
杉本 努 山本 和男 田中佐登司 斉藤 典彦 菊地千鶴男 春谷 重孝要 旨:【目的】腹部大動脈瘤(AAA)手術の早期および遠隔期成績に及ぼす冠動脈疾患
(CAD)合併の影響について検討した.【対象・方法】1996年 1 月から2001年 6 月までの待機
AAA手術115例を対象とし,CAD合併群(CAD群 n=31),非合併群(non-CAD群 n=84)に分
け,術後早期・遠隔期の成績を比較検討した. CAD群の内訳は,冠状動脈バイパス(CABG)
術後 7 例,経皮的冠状動脈形成術(PCI)後 5 例,内服治療中 8 例,不安定狭心症にて治療
中 3 例,術前検査で判明 8 例であった.CAD群中の 3 例では体外循環非使用心拍動下冠状
動脈バイパス術(OPCAB)とAAAの同時手術を行い,4 例ではCABGを先行し,1 例はPCIを
先行した.【結果】手術成績には有意差を認めなかった.脳梗塞,消化機能障害,腎機能障
害,呼吸不全,不整脈の周術期合併症に差はなく,周術期心筋梗塞及び心虚血症状はいず
れの群にも認めなかった.死亡はCAD群 1 例(3.2%),non-CAD群 1 例(1.2%)であった.
遠隔成績はCAD群死亡 5 例,non-CAD群11例であった.3 年生存率はCAD群:non-CAD群
79.6:87.8%,5 年生存率は68.2:72.2%で,有意差を認めなかった.CAD群において同時 手術もしくは 2 期的に冠血行再建を行った群(n=8)と内服治療群(n=23)とで遠隔成績を比 較すると,3 年・5 年生存率は冠血行再建群:内服治療群,37:95%,37:79%と冠血行再 建群の成績が有意に不良であった.【結語】AAA手術症例においてCAD合併による周術期の 合併症および死亡率,遠隔成績に有意差を認めなかった.しかし冠血行再建症例では遠隔 成績が不良でありこの点については,更なる症例の蓄積と解析が必要と思われる.(日血外 会誌 12:471–475,2003) 索引用語:腹部大動脈瘤,冠動脈疾患,冠血行再建術 立川綜合病院心臓血管外科(Tel: 0258-33-3111) 〒940-8621 新潟県長岡市神田町 3-2-11 受付:2003年 1 月10日 受理:2003年 5 月19日 はじめに 近年,食生活の欧米化,高齢化社会などに伴い動脈 硬化性疾患が増加しており,腹部大動脈瘤(AAA)の手 術数も増加している.また,AAAにおいて同じ動脈硬 化性病変である冠動脈疾患(CAD)の合併症例も増えて いるが,その術前評価,治療戦略にはいまだ一定の見 解を得ていない.そこで今回我々は,CAD合併,非合 併AAAにおける術前危険因子,術中及び周術期成績, 中期遠隔成績につき検討し,CADの術前評価法及び治 療戦略を考察した. 対象と方法 1996年 1 月から2001年 6 月までの当科における待機 AAA手術症例115例を対象に,既往歴,安静時心電図を 基本としCADが疑わしい症例に,心筋シンチグラム,
冠動脈造影検査(CAG)を施行し,CAD合併群(CAD群)
31例・非合併群(non-CAD群)84例の 2 群に分けた.
CAD群のうち,不安定狭心症例,あるいは術前高度の
心筋虚血を認めた症例は,冠血行再建を先行させる段
階的手術もしくはoff pump CABG(OPCAB)との同時手
術の方針とした.2 群間における術後急性期の死亡率・ 術後合併症および遠隔期の生存率を比較検討した.ま たCAD群のうち冠血行再建の有無による遠隔成績も比
較検討した. 結果はmean앐SDで表示し,統計分析はMann-Whitney のU検定にてp<0.05を統計学的有意差ありと判定した. 遠隔成績はKaplan-Meier法を用いた. 結 果 2 群間の年齢,男女比に有意差を認めなかった.術前 危険因子として高血圧が両群に高率に合併していた. 高脂血症の合併率がCAD群に高かったが(p<0.05),糖 尿病,脳血管障害,腎機能障害,低肺機能と他の因子 には有意差を認めなかった(Table 1).CAD群の内訳 は,CABG術後 7 例,PCI後 5 例,CADの既往にて内 服治療中 8 例,不安定狭心症にて治療中 3 例,術前検 査陽性8例であった.入院時心電図異常39%,心筋シン チグラム異常(20 / 31例,64.5%),冠動脈造影での有意 狭窄(75%以上狭窄;20 / 26例,76.9%)であった.内訳 は 1 枝病変 7 例,2 枝病変 7 例,3 枝病変 6 例であっ た.CAD群31例中 8 例に冠血行再建術を行った.その 内訳は,3 例でOPCABとAAAの同時手術を行い,2 期 的手術例は 5 例でありうち 4 例はCABG先行し 1 例は PCIを先行した後AAA手術を行った. 手術時間(CAD群:non-CAD群=238앐76:216앐61 分),大動脈遮 断時間( 5 4앐 1 5 :5 3 앐 1 9 分),瘤径 (62앐12:62앐16mm),輸血量(138앐257:331앐587ml) 食事開始日(3.5앐1.0:4.7앐4.2病日)と,いずれの手術関 連因子にも有意差を認めなかった.周術期合併症は, 心房性不整脈(6.5:0 %),脳梗塞(3.2:3.6%),イレウ ス(3.2:7.1%),急性腎不全(0:3.6%),呼吸不全(0: 3.6%)と有意差はなく,周術期心筋梗塞及び心虚血症状 CAD (n=31) non-CAD (n=84) Age (years) 69.5 앐 5.8 71.3 앐 7.2 Male (%) 90.3 82.1 Hypertension 19 (61.3%) 45 (54.2%) Diabetes 6 (19.4%) 7 (8.4%) Hyperlipidemia* 6 (19.4%) 2 (2.4%) Cerebrovascular disorders 3 (9.7%) 12 (14.5%) Respiratory dysfunction 1 (3.2%) 3 (3.6%) Renal dysfunction 2 (6.5%) 3 (3.6%) *p<0.05
Table 1 Patient characteristics
CAD (n=31) non-CAD (n=84) Angina/PMI 0 0 Atrial fibrillation 2 (6.5%) 0 Cerebrovascular disorders 1 (3.2%) 3 (3.6%) Renal failure 0 3 (3.6%) Respiratory failure 0 3 (3.6%) Ileus 1 (3.2%) 6 (7.1%) Death 1 (3.2%) 1 (1.2%)
*p<0.05, PMI: Perioperative myocardial infarction Table 2 Postoperative complication
はいずれの群にも認めなかった.在院死はCAD群 1 例 (3.2%),non-CAD群 1 例(1.2%)であった(Table 2). 死亡原因はCAD群の 1 例は脳梗塞,non-CAD群の 1 例 は術後出血であった.遠隔死亡は,CAD群 5 例(脳梗塞 2 例,肺炎 1 例,消化管出血 1 例,交通事故 1 例), non-CAD群11例(脳梗塞 2 例,脳出血 1 例,心筋梗塞 2 例,胸部大動脈瘤破裂 3 例,腹部大動脈瘤破裂 1 例, 胃癌 1 例,腸閉塞 1 例)に認めた.3 年生存率はCAD 群:non-CAD群79.6%:87.8%,5 年生存率 68.2%: 72.2%で,有意差を認めなかった(Fig. 1).CAD群にお いて冠血行再建群(n=8)と内服治療群(n=23)とで遠隔成 績を比較すると,冠血行再建群は死亡 3 例(脳梗塞 1 例,肺炎 1 例,消化管出血 1 例),内服治療群では死 亡 2 例(脳梗塞 1 例,交通事故 1 例)であり,いずれの 群にも心事故による死亡はなかったが,3 年生存率と 5 年生存率は冠血行再建群:内服治療群,37%:95%, 37%:79%と冠血行再建群の成績が有意に不良であっ た(Fig. 2). 考 察 AAAにおいて同じ動脈硬化性病変であるCADは50∼60 %と高率に合併し,AAA術後の早期および遠隔期の主な 死亡原因は心筋梗塞に起因すると報告されている1∼6). しかし,術前CADの評価法および両疾患に対する手術 適応,手術時期,術式などについては一定の見解は得 られていない. CADの評価法については,特に侵襲検査であるCAG まで施行するかどうか意見が分かれるところである. AAA手術予定患者全例にCAGを施行し評価している施
Fig. 1 Survival curve for CAD and non-CAD group, using Kaplan-Meier analy-sis.
Fig. 2 Survival curve for medication cases and coronary artery revascularization cases in CAD group, using Kaplan-Meier analysis.
設もあるが4,7),当施設では既往歴,心電図所見から CADの存在が疑われる症例に対し,まずジピリダモー ル負荷タリウム心筋シンチグラムなどの非侵襲検査を 行い,虚血が疑われる症例に対してCAGを施行する方 針としている.CAGは侵襲検査であるが,画像として より詳細に冠動脈の病変部位,程度を診断することが でき,治療戦略を綿密に立案できる利点がある.ジピ リダモールタリウム負荷心筋シンチグラムは運動負荷 をかけることなく心精査ができ,運動負荷に伴うAAA 破裂を回避することができるが,偽陽性率が27∼47 %,偽陰性率が61∼82%と比較的高く正診率に問題が あるとの報告がある8,9).今回の症例においてもジピリ ダモールタリウム負荷心筋シンチグラムとCAGでは, 検出率に差があり,冠動脈疾患を疑う場合の質的な診 断にはやはりCAGが確実で不可欠であると考える. CADを合併したAAA症例では,その治療戦略につい ては議論の分かれるところである.AAAが破裂もしく は切迫破裂の症状がある場合にはAAA手術を先行し, 重症 3 枝病変や左主幹部病変を有する場合あるいは不 安定狭心症の状態では,冠血行再建術を先行させるの が一般的である.Blackbourneら10)は,2 期的手術として CABGを先行させたAAA根治手術の待機中に,AAA破 裂 が 高 率 に 発 生 し た こ と 報 告 し て い る . そ の た め CABGを先行させた場合は 2 週間以内にAAA根治術を すべきとしている.CABG後のAAA破裂のメカニズム は明確に解明されていないが,collagenが瘤壁の主要な 構成物とされており,CPB施行による炎症反応や大手 術後の栄養不良が,collagenの生成低下・collagenase活
性上昇11)を引き起こし,瘤の破裂を引き起こすのでは と考えられている12∼14).冠血行再建術を先行させた場 合,急性のAAA破裂が危惧されることから最近では積 極的にCABGとAAAの同時手術を行っている報告がみ られる12,15∼17).同時手術は,他に入院期間の短縮,医 療費の削減,全身麻酔のリスク軽減,合併症発生の機 会軽減などのメリットもあり,OPCABの導入と伴に今 後増えていく事が予想される.本報告でのCAD合併31 例では,conventional CABG(c-CABG)を先行させた 2 期 的AAA手術の 4 例は幸いにも待機中の破裂例はなかっ た.しかし現在では待機中の瘤破裂を回避するため OPCABとAAAに対する同時手術の方針としている. 今回の検討では,CAD合併は急性期の死亡・術後合 併症の危険因子とはならなかった.術前にCADを正確 に把握し,治療計画を立てることが,周術期心筋梗塞 の予防に重要である.CADがAAA術後の長期予後に与 える影響を検討してみると,非合併例の術後生存率は 3 年87%,5 年72%であり,CAD合併例では 3 年79%, 5 年68%と有意差を認めなった.このことはCAD合併 AAAに対する我々の方針が概ね良かったことを反映し ていると考える.ここでCAD群を術前冠血行再建群と 内服治療群で比較すると,急性期には死亡率,術後合 併症に有意差を認めなかったが,冠血行再建群では遠 隔期の予後が不良であった.その原因として 1 つは冠 血行再建群では,AAA術前に冠血行再建を要する病状 であることから,全身の動脈硬化性病変の進行がより 高度であることが考えられる.また,冠血行再建群の 遠隔期死亡の 3 例のうち 2 例はc-CABGを先行させた 2 期的手術例であり,術後 1 ∼ 2 年での早期死亡であっ た.このことより短期間にc-CABGとAAAの根治手術を 行い多大な侵襲が加わったことも原因の 1 つであると 推測される. OPCABの導入により,体外循環の影響を排除したよ り低侵襲な手術が可能となり,OPCABとAAAの同時手 術の成績も報告されてきている16,17).CADとAAAの同
時手術をoff pumpとon pump症例で比較したAscioneら16) は,術後 1,3 年の成績ではoff pump群に心血管事故が 少ないと報告している.その要因として,OPCABでは 心停止による心筋虚血時間や体外循環による全身炎症 反応がない点が有利であり,またc- CABGとAAAの同 時手術では腹部大動脈遮断による急激な後負荷の上昇 がCABG後の心筋虚血の回復期に避けられない点が不利 であると述べている.AAA患者は高齢者で術前合併症 も多く,臓器予備能も低下しており,いかに低侵襲に 治療できるかが,生命予後を左右するであろう. AAA手術において重症CAD合併例では,PCIやCABG 先行もしくは同時手術により冠血行再建を行うことに より,術後急性期の心事故を回避し良好な成績が得ら れ,CAD自体はリスクファクターとならなかった.今 回冠血行再建群で内服治療群に比して長期予後が不良 であり,その点に関して今後更なる症例の蓄積と解析 が必要である.CAD合併AAA症例において良好な長期 成績を得るためには,生体により低侵襲で病変に対し て効果的な治療法の選択が肝要であり,重症CAD合併 例にはOPCABとAAAの同時手術が考慮されるべきであ ると考える. 文 献
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Surgical Treatment of Abdominal Aortic Aneurysm
with Coronary Artery Disease
Tsutomu Sugimoto, Kazuo Yamamoto, Satoshi Tanaka, Norihiko Saitou,
Chizuo Kikuchi and Shigetaka Kasuya
Department of Thoracic and Cardiovascular Surgery, Tachikawa General Hospital
Key words: Abdominal aortic aneurysm, Coronary artery disease, Coronary artery revascularization
This report describes the early and mid-term results of the surgical management for abdominal aortic aneurysm (AAA) associated or not with coronary artery disease (CAD). Methods: A total of 115 consecutive patients underwent AAA repair at our institution between January 1996 and June 2001. The patients were divided into two groups to observe the influence of coexisting CAD. Early and late follow-up data were obtained for all cases, and mid-term cumulative survival rates were calculated. Results: There was 1 (3.2%) in-hospital death in the CAD group and 1(1.2%) in the non-CAD group (NS). The overall 3 and 5-year survivals were 79.6% and 68.2% in the CAD group and 87.8% and 72.2% in the non-CAD group, respectively. There was no statistically significant difference between the two groups. However, in the CAD group, actuarial survival for coronary artery revascularization cases was significantlylower compared with medication cases (37% vs. 95% at 3-year, p<0.05).
Conclusions: There was no significant difference in post-operative mortality and mid-term survival between the CAD group and the non-CAD group. We obtained good early results in the repair of AAA associated with CAD, although the prognosis of patients with severe CAD required coronary artery revascularization may be unfavorable
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