奈良県には残念ながら《海》がありません。
そのかわり《山》はたっぷり!
山の環境は地球の健康度を示すバロメーターでもあります。
《十津川村》には豊かな山々と個性的な滝、そして清らかな水が
あふれています。
熊野古道そして山岳宗教の、伝説や不思議に魅了されます。
出かけて見ましょう!
想像を超える驚きを発見するために。
息を呑む美しさに出会うために。
*水も空気もとびっきり
澄んでいる!ニホンカワ
トンボが岩にくっきり*
十
十
十
津
津
津
川
川
川
村
村へ
村
へ
へ
、
、
、
あ
あり
あ
り
りの
の
の
ま
まま
ま
ま
まの
の
の大
大
大自
自
自然
然
然と
と
と歴
歴
歴史
史
史の
の
の旅
旅
旅
トンネル
うこそ」の案
国で一番広い村」で
、大自然に抱
1:十津川村にようこそ! 山々が連なっていると当然ながら草木は生い茂り、それが豊かな
水とさわやかな空気につながります。さっそく街道わきにある「三
里山の水」を飲んでみました。冷た~い、美味しい、気持ちいい!
山からの恵み、自然の贈り物に感激して思わず「ありがとう」と声
に出しました。
世界的に水資源不足が懸念されるこの頃、街で暮らすものにとっ
ては、良い環境や清らかな水が守られているのが本当にありがたい
です。旅の主な目的は、実は「源泉かけ流し温泉」でした。でも実
際に巡ってみると、いたるところで流れ落ちる多彩な表情の滝や、
水と渓谷と樹々が織り成す景観の美しさに圧倒される旅となりま
した。
村に神話の時代からの「ものがたり」が残っているのは、山深
2:山も水も深い緑色 い地形にもかかわらず古来より人の往来が盛んなためでしょう。
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の 2 道が村内を通っています。県境から南に半時間ほどのところに和歌山県の熊野本
宮大社があり、そこから玉置神社を経て吉野山金剛峰寺に至る「大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)」と、果無峠(はて
なしとうげ)を経て高野山に至る「小辺路(こへち)」です。たくさんの人々が祈りを込めて歩いた道には、たくさんの時
間と不思議な霊力が積み重なっているようです。
3:趣がある果無峠の「小辺路」 4:美味しい水でちょっと一息 5:珍しい花のあじさいが満開
五條市から R168 を南下すると、山々は次第にその高さと深さを
増し、ふもとにはおだやかな緑色の川が広がってきます。
を抜けると一気に見晴らしが開けて、「十津川村によ
内看板がありました。山型が周囲にマッチング~ぅ!
村の面積は県全体の約 5 分の 1 を占め、「全
あることは有名です。しかもその 96%が山林という
かれた村なのです。1000~2000mクラスの山々が連なる紀伊山地の
屋根です。
揺
揺
揺
れ
れ
れ
る
る
る
つ
つり
つ
り
り
橋
橋
橋
の
の上
の
上
上で
で
で
・
・・
・
・
・・
・
・谷
谷
谷瀬
瀬
瀬の
の
のつ
つ
つり
り
り橋
橋
橋
谷瀬のつり橋は、十津川村に入ってすぐにある有名な観光地。長
さ 297m・高さ 54mは、鉄製つり橋として日本最長を誇ります。近
年、各地で大きなつり橋の建設ブームがおきていますが゙、ここが作
られたのは 1954 年なので年季の長さでは負けません。つり橋を観光
ポイントとしたさきがけともいえます。
現在歩くつり橋の高さ日本一は、2006 年大分県に完成した「九重・
夢(ここのえ・ゆめ)大つり橋」で長さ 390m・高さ 173m。二番目
は宮崎県の「照葉(てるは)大つり橋」の長さ 250m・高さ 142mで
す。それに比べると低くなりましたが、ここは観光だけでなく日常
生活に使用される重要なつり橋です。この狭い橋をバイクに乗って
渡る人もいるらしい!
とはいえ、スリルはなかなかどうして! ゆらゆらゆれる橋の下
を覗くと、川遊びをしている子どもたちが米粒のように見えます。
身体全体にジ~ンと鳥肌が立つような感覚を覚えながら、なるべく 6:なにげに「がに股歩き」になってしまう
ゆれないようにまっすぐ歩こうとして力が入り、足がふわふわとぎご
ちなくなってしまいます。
前を行く男女の二人連れは、男性のほうが鉄製ワイヤーの手すりを
持ったままかたまっているようです。「そこを持つとかえって怖いの
では?」と、もちろん声には出さないで追い越しました。「ほら、な
んにも持たないで歩いてはるやんか」と女性の言う声が聞こえました
が、結局二人ともあきらめて引きかえしたようです。実は最初の数歩
がめっぽう怖いので、そこをクリアすると後は楽勝なのですが・・・。
橋を渡った対岸に
はつり橋茶屋があり、 7:高所恐怖症の人、下を見るのは厳禁
ゆうべし・あゆ等の特産みやげや新鮮野菜の販売をしています。またうどん
などの軽食・喫茶も行っているので一息入れましょう。
近くの「黒木の御所跡」は護良親王(もりながしんのう:後醍醐親王の皇
子)が身を隠した仮住まい跡です。鎌倉幕府の倒幕を図り、高野山・吉野山
なども転々としたらしいです。ここは敵から逃れるには、あるいは最適の場
所だったかもしれません。最悪の場合つり橋を切り捨てることもできそうで
す。こうした都落ち伝説などが、県南部各地に数多く残されています。
周辺の街道に「揺れ太鼓」の旗がたくさん並べてあるので、「なんだか知
らないけど、景観的には悪いなあ」と思っていました。なあ~んと、来る
2008/8/4(はしの日)午後 4:30 から、「つり橋まつり 2008」が開催され、
このつり橋の上に和太鼓が一列に並び、勇壮な演奏が行われるのだとか。
看板に偽りなく、まさに「揺れ太鼓」そのもの! きっと見ているほうも
スリル満点。でもうまく叩くのも、調子を合わせるのも難しくないのかな?
酔って気分が悪くならないのかな? 一度ぜひ見たいものです。
8:はるか下に米粒ほどの子どもたち
清
清
清
流
流
流
と
と渓
と
渓
渓谷
谷
谷
が
が織
が
織
織り
り
り成
成
成す
す
す光
光
光景
景
景*
*
*笹
笹
笹の
の
の滝
滝
滝
「笹の滝に行くのは、今回はパス」と地図を見ながら決めていまし
た。なぜなら往復 1 時間以上かかるうえに、そのほかにもたくさん滝
があるみたいだから。なのに「笹の滝ここを左折」の道路標識を見た
とたん、とっさの気まぐれで左折していました。ま、これが勝手気ま
まな一人旅の良いところ。意外とインスピレーションって大事なこと
です。この場合も大正解でした。
細く延々と続く山道ですが、「笹の滝 あと○Km」という小さな案
内が 1km 毎にあるのは親切です。近づくにつれて川底には白くて大き
い岩石が多くなり、流れる水が青く透き通ってとってもきれい。
入り口を入ると、おどろおどろしい岩の壁と苔むした木々が立ち
9:笹の滝は大峯山系から流れ来る 並び、ちょっぴり屋久島の「もののけの森」をほうふつとさせます。
川の中にある大岩の、狭いトンネルを抜ける所では「こんなところを
通るのかな?」と不安を感じながらこわごわと進みます。
おおっ!突然目の前に現れたのは、清流と渓谷が織り成す素晴らし
い光景でした。さすが「日本の滝百選」。笹の滝は落差 32mの白く流
れ落ちる本流の滝と、滝つぼから川の中を緩やかに、岩肌を洗うよう
に流れる小さな滝のコラボレーションです。床石の白さが水の美しさ
をひときわ引きたてています。
周囲はなんともいえないさわやかな空気が満ちているようです。滝
にはマイナスイオンが多いと聞きますが、ほんとうに良い気分を実感
できるのです。大きく深呼吸しました。
10:ちょっぴりもののけムード
11:(上)目に飛び込んでくる景観に呆然!
12:(右)さらに進むと滝の本流がせまる
滝
滝
滝
は
は十
は
十
十人
人
人
十
十色
十
色
色で
で
で魅
魅
魅力
力
力的
的
的
十津川村に滝が多いのは、山に囲まれているのであたりまえですが、地図に載
っている主な滝だけでも 6 ヶ所あります。「奈良県の滝」というサイトには県内
398 滝の所在地・名前・簡単な特徴が掲載されています。(2008/2/6 現在)それに
よると十津川村の滝は 90 ヶ所と最多で、次
に川上村
38 滝と
滝が存在
るところ
つかない
村役場を
道は芦廼瀬(
だけど
うえに、
13:細くて超長い不動滝 連なって爆
い合うとパニックに陥ります。ご注意。 「不
そんな道路脇にはりつくようにあるので駐車す
お 14:大泰の滝は横に広い
で一番多いのではないでしょうか?不動明王と滝はそれほどつながりが深いよ
うです。そのふたつをつなぐのが「修験道」なのだとか。そういえば滝に打たれ
る修行といい、命の源である水がたゆまず流れ落ちる滝は、修験道において特別
な力を持つとされたのでしょう。
この不動滝の案内板には、別名「高滝」として「落差 46m」と書いています。
でも一目見て「もっとあるやろ~?」という感じです。「奈良県の滝」サイトで
は「落差 70m」としていますが・・・。
その先に「大泰(おおたい)の滝展望台」がありましたが、見渡しても肝心の
滝が見えません。え、どこ?と展望台に立って下を覗きました。おおっ、かなり
下にあり
幅 5mの
さら
です。滝
15:ネコマタの滝は神秘的 ここが「
いわれが書いてありました。昭和 24~25
のお告げはかなり最近です。
ネコマタの滝にはなぜか神秘的な雰囲気
った岩の、その奥まったところに滝と滝つ
にとまった小さなイトトンボ(ニホンカワ
て飛び立ちました。なんと白い岩に羽のう
写真からも水と空気が澄んでいることが伝
「滝」といってもそれぞれ個性的です。
あるところに違いありません。 16:十二滝には 12 の小さな流れ
69 滝、天川村 53 滝、上北山村
いう順です。県内のほぼ四分の 1 の
しているのは驚きです。実際にいた
で水が流れ落ちているので、名前も
小さな滝(流れ)も多いはずです。
過ぎて県道 425 号に左折すると、
あしのせ)川に沿ってきます。
この道はダンブカーの往来が激しい
道が狭いのです。たいてい 2 台が
走!しているので、ばったり向か
動滝」と「大泰の滝」の展望台は、
るのもハラハラもの。
よそ滝の名前として「不動滝」は、全国
ました!川の中にある落差 15m・
短くて横に長い滝です。
に上流にあるのが「ネコマタの滝」
の前には立派な石碑と拝所があり
八大龍王姫松明神」の聖地である
年のことで、意外や意外、この神さま
が満ちています。それは扉のようにな
ぼがあるためでしょうか。滝の前の岩
トンボ)にレンズを向けると、あわて
すオレンジがくっきり!(表祇の写真)
わります。
滝の愛好者にとって、十津川村は魅力
ト
トト
ト
ト
トロ
ロ
ロが
が
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ピ
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ョ
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17:上湯の露天風呂は川の中 18:同じロケーションに満足! 19:向こう岸はちと遠い
やっと温泉に入れるよ~! ゆるりと温泉につかって土地の旬のものをいただく、というのはなんといっても旅のお楽し
み。村には「湯泉地(とうせんじ)温泉」「十津川温泉」「上湯(かみゆ)温泉」の3ヵ所があり、まとめて「十津川温泉郷
(ごう)」と呼んでいます。ちょっとややこしいです。いずれも 16 世紀や江戸時代に発見されたと伝わり、参詣や修行の旅
人にとっては、まさに桃源郷だったことでしょう。
「源泉かけ流し」はご存知、十津川温泉郷のブランド。2004 年に全国に先駆けて「源泉かけ流し宣言」をしました。つま
り機械による循環ろ過はしないで使用した温泉はすべて川に流しており、それだけ泉質に優れた高温のお湯が豊富に出てい
る証拠です。
上湯温泉には元祖露天風呂ともいえる、川の中の露天風呂があります。入
り口に管理人らしき男性がいるだけで、だ~れも入っていません。更衣室は
男女別だけど、もちろん混浴で「着衣厳禁」と書いてあります。ううむ、入
ってみたい、けど、明るすぎ。暗くなると怖そう。結局無理ってことなんだ
けど・・・。
宿泊した老舗ホテルは、この上湯温泉の下流にあります。宿の主人の誇り
は「十津川温泉の源泉に最も近い」ことで、数百m上流にある地中の源泉か
らパイプを伸ばしているのだそうです。なんといっても露天風呂が上湯のロ
ケーションと同様だったので満足、満足! 目の前には絶え間なく流れる川
のせせらぎ、その背景には屏風のように屹立する高い山。杉の木立が規則正し 20:中の湯も野趣に満ちて・・・
い模様のように見えます。
日差しはまだ明るいのですが山に遮られて薄暗く、今にもトトロが飛んで
きそうです。あっ!ねこバスもっ!お願い、乗せて~~! 貸切り状態で幻
想から妄想状態を堪能しました。しばらくすると、★☆星たち★☆がたくさ
ん降りそそいでくるに違いありません。
「野猿」も十津川観光名物のひとつ。新しくてりっぱな木製のゴンドラは、
勝手にイメージしていた、植物のつるを編んだようなものと違っていました。
しかし向こう岸までかなり遠い。途中で自力運搬不能になったらどうする?
試してみる? 21:夕食にはアユやアマゴ料理が
小
小辺
小
辺
辺路
路
路*
*
*熊
熊
熊野
野
野本
本
本宮
宮
宮大
大
大社
社
社か
か
から
ら
ら果
果
果無
無
無峠
峠
峠に
に
に
熊野三山は十津川村南方にある「熊野本宮大社」と、新宮市「熊
野速玉大社」、那智勝浦市「熊野那智大社」の三社、および「青岸渡
寺」(せいがんとじ:熊野那智大社に隣接する西国 33 ヶ所巡り一番
札所)・「補陀洛山寺」(ふだらくさんじ:那智駅近く)の二寺からな
ります。最初は上皇や女院などから始まった「熊野御幸(ごこう)」
が、次第に「熊野詣(もう)で」として庶民全体に広まったといい
ます。中心的存在といえる本宮大社は、大和国に通じる小辺路(こ
へち)と大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)の起・終点ともなっ
ています。 22:参詣の人々の祈りを集める
びっくりすることに熊野神社と呼ばれるお社が、北は青森県から
南は沖縄県まで、全国になんと 3831 社もあるのです! いかに熊野
詣でが人々に大切なことであったのか、が想像できます。幾多の熊野
神社の、ここが総本山です。御鎮座以来 2000 年以上の歴史を誇る格
式の高いお社は、さてどんな雰囲気なのでしょう?
参道に立つと JAPAN サッカーのシンボルで有名なやたがらすの大き
なのぼりが。この鳥は「神武東征の際にタカムスビによって神武天皇
の元に遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされる三本足
の鳥」(ウィキペディア)です。十津川村の玉置神社には、神武天皇
がやたがらすに導かれこの地で兵を休めたという伝説が残っています。 23:個性的で威厳に満ちた紳門
杉が左右対称に並ぶ参道の階段を上がり神門をくぐると、桧皮葺の社殿が3棟並び立っています。なのに「・・・ううむ、
意外と普通だなあ」と思ってしまいました。それほど長い歴史が肌で感じられないのです。なんだかちょっとがっかり。
物足りなさを感じながら「宝物殿」に寄って理由がわかりました。もともと熊野川の中洲にあった社殿は何度も火災や災
害に会いました。しかし明治 22 年の大洪水でほとんど流失し、現在の地に遷座(移転)したということです。災害を逃れ
た品々が貴重な資料として保存されていますが、数は少ないです。「あのう、ここだけですか?」と(暇そうな)係の人に
聞くと、「たくさんあった宝物が全部水害で流れてしまったので・・・」と残念そうです。 元の場所「大斎原(おおゆのはら)」
は現在地の南方にあり、大鳥居と小さな祠が建っているそう。こちらも見たかったです。
24:静寂ただよう杉並木と参道 25:おなじみサッカーマーク 26:亀と石は相性が良いみたい
お
お
お
地
地蔵
地
蔵
蔵さ
さ
さ
ん
ん
ん
が
が見
が
見
見
守
守
守
る
る
る
、
、
、
果
果
果
無
無
無
の
の
の
「いいなあこの雰囲気、この語感!」世
目が引きつけられました。細い段々の田畑
な空の写真に「果無(はてなし)」
くてわくわくしてきました。
「赤い橋を渡ってすぐ右折だよ。果無の
辺路とはところどころ交わっているので、果
と宿の主人が教えてくれました。すがすが
山道を車で登っていきます。昔から人々がそうしたように「本来は歩くべ
峠
峠
峠
超
超
超
え
え
え
界遺産のでっかいポスターに、
と古い石畳、そして抜けるよう
という地名が入っています。行ってみた
峠まで村道が通っているし、小
無集落の付近を散歩してみて」
しい朝日を浴びながら細く急な
27:峠への道は細く険しく高~い きだよなあ」、とちょっぴり後ろめたく感じながら・・・。
名前の通り果てしなく続く山々と道のりです。熊野本宮を出て八木尾か
らこのあたりまで、急勾配が連続する初めての難所なのだそう。この大変
な道中を見守ってくれるのが道端の石仏たち。八木尾バス停の1番から始
まり、十津川温泉柳本橋の 33 番まで「西国 33 ヶ所観音霊場」となってい
ます。お地蔵さんのある場所にはたいてい大きな樹木の木陰があり、ここ
で身体を休めほっと一息ついたことでしょう。
村道のガードレールとして苔むした古い石が所々にあるだけなので、天
に向かっているような急勾配を登っていくと、谷側である身体の右がじん
28:集落の庭先には花が満開 じんしてきます。見渡すと温泉街や川がはるか下にあり、遠くの山々は幾
重にも重なっています。春・秋などの時期にはすばらしい雲海も見られるのだとか。
ポスターで見たたんぼと石畳の場所を探しましたが、とにかく人っ子一人いないので聞くこともできません。民宿の主人
に「その付近に野菜の直売所などがありますか?」と聞いたとき、困惑の表情を浮かべたのも当然です。かなり北よりにあ
る、十津川村役場近くの「道の駅:十津川郷」では土・日曜朝市を行っています。果無のお野菜もここで買えるそうです。
「世界遺産のある家」サイトでは、自分の家の庭を世界遺産の石畳が通っている民家と名物おばあちゃんを紹介していま
す。そんな出合いや雰囲気を満喫するには、歩くほうが絶対良いですね。
29:村道からはるかなる古道へ 30:石畳の先には木かげと石仏 31:世界遺産石碑は大自然の中に
奇
奇
奇岩
岩
岩と
と
と水
水
水、
、
、う
う
うわ
わ
わさ
さ
さに
に
にた
た
たが
が
がわ
わ
わぬ
ぬ
ぬ瀞
瀞
瀞峡
峡
峡
両岸の渓谷の間を流れる深く静かな川、水面を走る白い観
光船。写真やパンフレットを見るたびに思っていました。「い
つかぜひ行って見たい」
瀞峡(どろきょう)は別名「瀞八丁」とも呼ばれ、奈良・
三重・和歌山3県の県境を流れる熊野川、そして上流の北山
川にまたがる渓谷です。下流から上流に向かって下瀞(しも
とろ)→上瀞(かみとろ)→奥瀞(おくとろ)と呼ばれます
が、なんだかマグロのお寿司みたいで美味しそう。
昔から水路を利用した交通は盛んですが、特に参詣道とし
ての文化・宗教的価値が認められ、世界初の「川の熊野古道」
として世界遺産に登録されました。
県境を過ぎ、R168 を 1 時間ほど行くと瀞峡観光ウォーター
ジェット船乗り場志古(しこ)に到着です。さあ往復2時間
32:両岸の奇岩に両眼を見開いて の船旅に出かけましょう。両岸には今が旬のアユ釣りの人た
ちがいっぱいです。伝統的な菅笠(すげがさ)に黒っぽいかみしも様の服装の人も見え、アユ釣りも服装にまで凝る人はい
るのですね。でも残念ながら船のスピードが速すぎて撮影できません。
観光船は録音音声での案内です。観光スポットが近くなるころ、おーっと、観光船の屋根がスライドして開き始めました。
いっせいに太陽光線が降り注ぎ、空が大きく広がり、そして高くそびえる巨岩群がくっきりと見えてきました。嬉しい反面、
強い日射しが心配です。
下瀞に入ると川幅が急に広くなり流れがほとんどなくなってきました。水の色は透明度の低いエメラルド色で、まるで湖
のように水面に風景が映っています。最初は急な流れがなぜゆったりしてくるのかが不思議でしたが、上流にダムがあるか
らとわかりました。このあたりから両岸には「獅子岩」「とさか岩」などと名前のついた、さまざまな形の奇岩、断崖が続
きます。なかには「ちょっとこじつけちゃう?」と思うものもありますが、それもまたユーモア。そして最も名石だと高い
評判なのが、コースの最後に登場する「松茸岩」。岸辺ににょっきりと立つ姿に、観光客は歓声をあげるのだそうです。
35:高速船は左側がおすすめ
33:獅子岩のたてがみがぐぅ~ 34:一番人気の松茸岩。どう? 36:山彦橋は奈良と三重をつなぐ
荘
荘厳
荘
厳
厳で
で
で幻
幻
幻想
想
想的
的
的な
な
な玉
玉
玉置
置
置神
神
神社
社
社
37:「神代杉」には霊気ただよう 38:自然の傑作「夫婦杉」 39:古事記伝説「玉石社」
大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)は 2000m近い山々の尾根を伝って吉野山に至る、厳しい修験道の根本道場となって
います。その昔は谷伝いより、尾根伝いの方が道路も作りやすかったのでしょう。特に紀伊山地に数多くの霊場が作られた
のは、都に近かったためなのでしょうか?いずれにしても人間は、古来より身体を極限まで酷使して精神を鍛えていたので
すね。健全な肉体に健全な精神宿る。
奥駈道にある 75 の靡(なびき:行場)のうち、10 番目が玉置山と玉置神社です。村の人々から篤く信仰され、聖域とし
て守られている霊力に満ちた場所です。駐車場から一歩進むと、あたりはスクッと伸びた杉が林立し、空気がすがすがしい。
県指定天然記念物「杉の巨樹群」の、中でも樹齢 3000 年といわれる「神代杉」の根っこは威風堂々としています。途中か
ら二股になった「夫婦杉」はこぶの形が面白く、自然の傑作といえるでしょう。そしてスラリと長身で幹周り最大の「大杉」
は、見たところ最もイケメンです。標高 1000mでの杉の巨樹群は珍しいそうで、環境や保存が良い証しでもあります。
総けやき・入母屋造りの本殿は荘厳で風格がある一方、幻想的なイメージや素朴さも感じられます。本殿の右横にある急
な階段を登っていくと「玉石社」に至ります。神社の中で最も神聖な場所はたいてい高く険しいところにあります。玉石社
は木の柵に囲まれてひっそりとしていました。三本の杉の真ん中には白い玉砂利が敷き詰められて、真ん中に丸い石が見え、
これが玉置神社の名前の由来ともなった玉石です。
古事記では「神武天皇が東征の際、この石の上に十種の神
宝(とくさのしんぽう)を置いて勝利を願った」のだそうで
す。そして「土に埋まっている部分があまりにも大きすぎて
掘り出すことができなかった」と伝説は言います。でもぐる
りと見回して「それほどの大石とは思えないぞ」などとひと
りつぶやく・・・。
さらに奥には一見普通の石や割れた岩石が三つあり、樹と
くっついている石もあります。これも古事記に由来する「霊
石」で、それぞれが神さまの石なのです。あっ!なにかがす
るするっと出てきました。茶色の 30cmくらい、少し大きめ
のカナヘビのようです。ギクッ!ドキドキ、たらーり(汗)。
霊石だけに神さまのお使いにも思えてきました。 40:玉置神社は熊野三山の奥の院