1.新科目「公共」はどういう内容か
次期学習指導要領によって,高等学校社会科 は久しぶりの大改革の時を迎える。地理歴史科 では,必履修科目として「地理総合」(2単位)
と「歴史総合」(2単位)が登場し,選択科目 として「地理探究」(3単位)「日本史探究」(3 単位)「世界史探究」(3単位)が新設される。
公民科では,必履修科目として「公共」(2単位)
が登場し,選択科目として従来と同じ名称の
「倫理」(2単位)「政治・経済」(2単位)が 設置される。科目の名称も中身もほとんど一新 されると言ってよい。
なかでも注目は,公民科唯一の必履修科目と して新設される「公共」である。新科目「公共」
はどういう内容になるのだろうか。
学習指導要領によれば,新科目「公共」は三 部構成となっている。
〔A公共の扉〕が導入,〔B自立した主体とし てよりよい社会の形成に参画する私たち〕が本 編,〔C持続可能な社会づくりの主体となる私 たち〕がまとめという位置づけである。三部の 関係を簡潔に言えば,Aで学んだ考え方や基本 的原理を活用して,B・Cで現実社会の諸課題 を探究し解決する学習をおこなうというもので ある。
この学習を通して三つの資質・能力を育成す ることが,この科目の目標となる。三つの資質・
能力とは,この学習指導要領全体に共通するも ので,①知識・技能,②思考力・判断力・表現
力等,③学びに向かう力,人間性等を指し,具 体的には次のように記述されている。
「①現代の諸課題を捉え考察し,選択・判断 するための手掛かりとなる概念や理論について 理解するとともに,諸資料から,倫理的主体な どとして活動するために必要となる情報を適切 かつ効果的に調べまとめる技術を身に付けるよ うにする。
②現実社会の諸課題の解決に向けて,選択・
判断の手掛かりとなる考え方や公共的な空間に おける基本的原理を活用して,事実を基に多面 的・多角的に考察し公正に判断する力や,合意 形成や社会参画を視野に入れながら構想したこ とを議論する力を養う。
③よりよい社会の実現を視野に,現代の諸課 題を主体的に解決しようとする態度を養うとと もに,多面的・多角的な考察や深い理解を通し て涵養される,現代社会に生きる人間としての 在り方生き方についての自覚や,公共的な空間 に生き国民主権を担う公民として,自国を愛 し,その平和と繁栄を図ることや,各国が相互 に主権を尊重し,各国民が協力し合うことの大 切さについての自覚などを深める。」
さて,新科目「公共」の学びの構造を,私は やや大胆に次のように整理している。
現実社会の諸課題
↓
判断基準
新科目「公共」と「主題」の設定
桑山 俊昭
↓
探究・解決学習
↓
自立した主体としてよりよい社会の形成に参画
〔A公共の扉〕では,現実社会の諸課題を探 究し解決するための判断基準となる考え方や基 本的原理を学習する。どのような考え方や基本 的原理を学ぶのか。私の整理では,次のとおり である。
幸福・正義・公正/行為の結果である個人や 社会全体の幸福を重視する考え方/行為の動 機となる公正などの義務を重視する考え方/
人間の尊厳と平等/個人の尊重/民主主義/
法の支配/自由・権利と責任・義務
〔B自立した主体としてよりよい社会の形成 に参画する私たち〕と〔C持続可能な社会づく りの主体となる私たち〕では,Aで学習した判 断基準を活用して現実社会の諸課題の探究・解 決学習をおこなう。では,どのような現実社会 の諸課題を探究するのか。現実社会の諸課題と 明示されているわけではないが,次の学習事項 が列挙されている。
法や規範の意義及び役割/多様な契約及び消 費者の権利と責任/司法参加の意義/政治参 加と公正な世論の形成/地方自治/国家主権
/領土(領海・領空を含む)/我が国の安全 保障と防衛/国際貢献を含む国際社会におけ る我が国の役割/職業選択/雇用と労働問題
/財政及び租税の役割/少子高齢社会におけ る社会保障の充実・安定化/市場経済の機能 と限界/金融の働き/経済のグローバル化と 相互依存関係の深まり(国際社会における貧 困と格差の問題を含む)
そして,A・B・Cの学習によって到達する べきゴールとして設定されているのが,「自立
した主体としてよりよい社会の形成に参画する こと」である。その意味では,現行の教育基本 法第二条(教育の目標)の三「…公共の精神に 基づき,主体的に社会の形成に参画し,その発 展に寄与する態度を養うこと」に対応する科目 として,文科省はこの「公共」を新設したので はないかと,私は考えている。
2.新科目「公共」をどう評価するか
新科目「公共」をどう評価するかは,難問で ある。高校版道徳教育だと切り捨てるものから,
主権者教育を担う科目として期待するものま で,世の評価は様々である。
私の評価は,次のとおりである。先に,この 新科目の問題点と思われるところを挙げておき たい。
①判断基準を学んでから現実社会の諸課題を 探究するという学習順序にこだわる必要はない のではないか。現実社会の諸課題を実践的に探 究するなかでこそ,各自の判断基準は形成され るものである。Aの学習内容がやや曖昧である こともあり,Aの学習に時間を割きすぎると,
B・Cでの探究学習を窮屈にする恐れがある。
B・Cの探究学習にこそ,この新科目の価値が あると考えるからである。
②Bの学習事項には,残念ながら一定の偏向 があると言わざるをえない。「法や規範の意義 及び役割,司法参加の意義,国家主権,領土(領 海・領空を含む),わが国の安全保障と防衛,
国際貢献を含む国際社会における我が国の役 割,少子高齢社会における社会保障の充実・安 定化」。これらの学習事項には,個人よりも国 家重視の姿勢,時の政権の価値観や基本政策の 反映を見ることができる。一方で,現代日本の 最も重要な二つの課題,すなわち「貧困と格差」
「平和の危機」の問題が学習事項から欠落して いる。
③系統的な憲法学習や経済学習が後退してい ること。特に,立憲主義,権力分立,国民主権,
基本的人権,平和主義の学習の欠落が危惧され る。ただ,この新科目の真骨頂が現実社会の諸 課題の探究学習であることを評価する立場に立 てば,これはないものねだりの批判になるかも しれない。わずか2単位の科目で,系統学習と 問題解決学習の二兎を追うことは困難だからで ある。
以上の問題点にもかかわらず,私は,この新 科目に平和で民主的な社会の主権者を育てる科 目としての可能性を見い出している。それは,
本編のBの探究・解決学習のところを最大限に 活用する道である。現実社会の諸課題を取り上 げ,それを探究し解決するために,みんなで議 論しようという学びの構造は,大きな可能性を 秘めている。
学習指導要領「公共」を読むと,領土問題を 除いて,B・Cの学習内容についての記述が意 外に抑制的であることに気がつく。私は,次の 三点に着目した。①どのような現代認識に立ち,
どのような現実の諸課題を取り上げ,どのよう な視点から探究し,どのような社会の実現をめ ざすのか,これらの点について学習指導要領は 深入りしていないこと。②Bの 16 項目の学習 事項の学習順序は,現場の裁量に任されている こと。③その 16 項目の学習事項のそれぞれで,
どのような主題(具体的な学習テーマ)を設定 して探究学習をおこなうかは,現場の創意工夫 と裁量に委ねられていること。すなわち,「生 徒や学校,地域の実態などに応じて,アの(ア)
から(ウ)までのそれぞれの主題を設定するこ と」とある。
特に重要なのは③である。16 項目の学習事 項は定められているが,そこでの「主題」設定 は現場に委ねられている。「主題」設定は,設 定する者がどのような現代認識に立ち,どのよ うな現実の諸課題を取り上げ,どのような視点 から探究し,どのような社会の実現をめざすか を,厳しく問うことになるだろう。「主題」設 定が多様であればあるほど,新科目「公共」の
実践は多様なものとなるだろう。そして,「主題」
設定のあり方が新科目「公共」の成否を決める ことにもなりそうである。
3.社会科新8科目における探究学習と 「主題」の設定
新学習指導要領は三本の矢から成り立ってい るというのが,私の見立てである。第一が,「脱 ゆとり教育」の流れを堅持して,学習内容を削 減しないこと。知識・技能重視路線の維持であ る。第二は,探究学習への挑戦。あらゆる教科・
科目において,知識・技能だけでなく思考力・
判断力・表現力等の育成を意図して,本格的な 探究学習に取り組むことになる。第三は,道徳 教育強化である。小中学校では道徳を教科化し,
高等学校では「公共」「倫理」「特別活動」を道 徳教育の場面として指定するとともに,初めて 道徳教育推進教師を置くよう求めた。詰め込み 教育を維持し,探究学習に挑戦し,道徳教育を 強化する。いわば〝三兎を追う〟のが,新学習 指導要領の路線である。教育条件整備が進まな いなかでの〝三本の矢〟〝三兎を追う〟路線の 推進が,現場の生徒と教師に過重な負担をもた らすのではないか危惧されるところであるが,
これには深入りしない。
ここでの関心は,第二の探究学習への挑戦で ある。社会科の新しい8つの科目でも,当然の ことながら探究学習は重視されている。「地理 探究」「日本史探究」「世界史探究」のように,「探 究」を付した新科目も登場した。実は今回,新 学習指導要領とその解説を読み込むなかで気づ いたことがある。社会科各科目の探究学習(思 考力・判断力・表現力等の育成の項)の記述の ところで,「主題の設定」という言葉が頻繁に 出てくることである。「主題の設定」が社会科 各科目における探究学習のキーワードになって いるのである。
そこで,以下,新学習指導要領に基づく社会 科新8科目について,探究学習と「主題」設定
の関係を簡潔に整理しておくことにした。資料 は,新学習指導要領本文およびその解説によっ ている。
①地理総合
学習内容を,大項目-中項目-小項目-学習 事項の配列で整理する仕方は,各科目に共通し ている。「地理総合」では,大項目が「A地図 や地理情報システムで捉える現代世界」「B国 際理解と国際協力」「C持続可能な地域づくり と私たち」の3項目からなり,Aは1つ,Bは 2つ,Cは2つの合計5つの中項目から構成さ れている。その5つの中項目ごとに,「イ次の ような思考力,判断力,表現力等を身に付ける こと」の(ア)の欄で「主題」の設定を求めて いる。
たとえば,大項目Bの中項目(2)「地球的 課題と国際協力」では,次のように記述される。
「世界各地で見られる地球環境問題,資源・エ ネルギー問題,人口・食料問題及び居住・都市 問題などの地球的課題について,地域の結び付 きや持続可能な社会づくりなどに着目して,主 題を設定し,現状や要因・解決の方向性などを 多面的・多角的に考察し,表現すること」。ま さに,「主題」を設定しての学習が,思考力・
判断力・表現力等を育成する探究学習の要とさ れていることがわかる。
では,具体的にどのような「主題」の設定を 想定しているのか。これについて学習指導要領 本文は述べていないから,基本的に現場の裁量 に任されていると読むことができる。学習指導 要領解説は「主題」を例示しているが,「これ らはあくまで参考事例で」「各校においては生 徒や学校などの実態を踏まえて適切な「主題」
とそれに応じた「問い」を立て,それらを中心 に構成した学習活動の実施が求められる」と繰 り返し述べている。(地理歴史編P 17 など)
学習指導要領解説の提示する事例を見てみよ う。先の中項目「地球的課題と国際協力」のと ころでは,「主題」を「食料問題とその解決の
方向性」と設定し,次のような「問い」を立て ている。「世界の人々の食生活の変化により,
世界の農業はどのように変化しているのだろう か」,「世界各国の食料生産と食料消費にはどの ような傾向性があるのだろうか」,「世界には飽 食に悩む人々がいる一方で,なぜ飢餓や栄養不 足に悩む人々がいるのだろうか」,「食料問題の 解決のために各国あるいは国際的にどのような 取組がなされているのだろうか」。「主題」は学 習事項の復唱に近く,実質的にはいくつかの
「問い」を重ねながら探究学習を進める方式を 想定しているようである。
いずれにしても,「地理総合」では,中項目 ごとに「主題」と「問い」を設定して探究学習 が進められること,どのような「主題」と「問 い」を立てるかが探究学習の中身を決めること を,確認しておきたい。
②地理探究
「地理探究」は,大項目が「A現代世界の系 統地理的考察」「B現代世界の地誌的考察」「C 現代世界におけるこれからの日本の国土像」の 3項目からなり,Aが5つ,Bが2つ,Cが1 つの中項目から構成されている。合計8つの中 項目ごとに,「イ次のような思考力,判断力,
表現力等を身に付けること」の(ア)の欄で,「主 題」の設定を求めるのは,「地理総合」と同じ である。「主題」と「問い」を設定し,実質的 には「問い」によって探究学習を進める方式も 同様である。学習指導要領解説で示す「主題」
や「問い」があくまで参考事例であることを明 言する点も変わらない。(地理歴史編P20など)
③歴史総合
「歴史総合」は,「A歴史の扉」「B近代化と 私たち」「C国際秩序の変化や大衆化と私たち」
「Dグローバル化と私たち」の4つの大項目か らなり,Aは2つ,Bは4つ,Cは4つ,Dは 4つの中項目から構成されている。B・C・D それぞれの中項目(1)で「問いを表現するこ
と」とあるが,これは大項目の導入として,生 徒に興味・関心のあることや疑問に思うこと,
追究したいことを表現させるものである。教師 の側で「主題」を設定するのは,B・C・Dそ れぞれの中項目(2)(3)(4)においてであ る。このうち,中項目(2)(3)では小項目 ごとに「主題」を設定し,中項目(4)では大 項目の学習のまとめとして「主題」を設定する ことになっている。いずれも「イ次のような思 考力,判断力,表現力等を身に付けること」の 欄である。ここでも,「主題」を設定しての学 習が,思考力・判断力・表現力等を育成する探 究学習の要とされていることがわかる。
学習指導要領解説は「主題」の例を提示して いる。たとえば,大項目C「国際秩序の変化や 大衆化と私たち」の中項目(3)「経済危機と 第二次世界大戦」では,小項目が2つあるので,
次の2つの「主題」を例示している。「第一次 世界大戦後に国際協調体制が成立したにもかか わらず,なぜ第二次世界大戦が勃発したのだろ うか」,「二度の大戦を経た人類はどのような社 会を目指したのだろうか」。このような「主題」
に基づいて小項目の学習を進めるのであるが,
学習指導要領解説は小項目に属する学習事項に 関わる「問い」も例示しているから,「主題」
と「問い」による探究学習を想定しているよう である。「主題」や「問い」の設定が現場の裁 量に委ねられていることは,他の科目と同様で ある。(学習指導要領解説地理歴史編P22など)
④日本史探究
「日本史探究」は,「A原始・古代の日本と東 アジア」「B中世の日本と世界」「C近世の日本 と世界」「D近現代の地域・日本と世界」の4 つの大項目からなり,Aが3項目,Bが3項目,
Cが3項目,Dが4項目の中項目から構成され ている。A・B・C・Dそれぞれの中項目(1)
では生徒に「問い」を表現させ,中項目(2)
では生徒に「仮説」を表現させるという高度な 要求をしている。教師の側で「主題」を設定す
るのは,A・B・C・Dそれぞれの中項目(3)
とDの中項目(4)においてである。このうち,
A・B・C・Dそれぞれの中項目(3)では小 項目ごとに「主題」を設定し,Dの中項目(4)
ではこれまでの学習のまとめの「主題」を設定 する。いずれも「イ次のような思考力,判断力,
表現力等を身に付けること」の欄である。学習 指導要領解説が「主題」と「問い」による探究 学習を想定しているのは,「歴史総合」と同様 である。
⑤世界史探究
「世界史探究」は,「A世界史へのまなざし」「B 諸地域の歴史的特質の形成」「C諸地域の交流・
再編」「D諸地域の結合・変容」「E地球世界の 課題」の5つの大項目からなり,Aが2項目,
Bが3項目,Cが3項目,Dが4項目,Eが4 項目の中項目から構成されている。B・C・D それぞれの中項目(1)では生徒に「問い」を 表現させるが,それ以外の中項目では小項目ご とに「主題」を設定して学習を進める。いずれ も「イ次のような思考力,判断力,表現力等を 身に付けること」の欄である。学習指導要領解 説が「主題」と「問い」による探究学習を想定 しているのは,「歴史総合」と同様である。
⑥倫理
「倫理」は,「A現代における自己の課題と人 間としての在り方生き方」「B現代の諸課題と 倫理」の2つの大項目からなり,A・Bともそ れぞれ2つの中項目から構成されている。探究 学習はもちろん重視されているが,「主題」を 設定するとの文言は見当たらない。しかし,「3 内容の取扱い」のところで,大項目Bについて
「生徒や学校,生徒の実態などに応じて課題を 選択し,主体的に探究する学習を行うことがで きるように工夫すること」として,生命,自然,
科学技術などと人間との関わりや福祉,文化と 宗教,平和などについて倫理的課題を設定して 探究学習をおこなうことを求めている。ここで
の「課題」は,他の科目での「主題」と同趣旨 ととらえてよいだろう。どのような「課題」を 選択するかが現場の裁量次第であることは,「生 徒や学校,生徒の実態などに応じて」の文言か ら明らかである。
なお,学習指導要領解説の「公民科改訂の要 点」では,現代の倫理的課題についての「問い」
の例を示すと予告している(公民編P18)が,「倫 理」の解説本文のなかではそのような「問い」
の例示を見ることができなかった。
⑦政治・経済
「政治・経済」は,「A現代日本における政治・
経済の諸課題」「Bグローバル化する国際社会 の諸課題」の2つの大項目からなり,A・Bと もそれぞれ2つの中項目から構成されている。
Aの中項目(2)が「現代日本における政治・
経済の諸課題の探究」,Bの中項目(2)が「グ ローバル化する国際社会の諸課題の探究」であ るように,探究学習は重視されている。「倫理」
と同じように,「主題」という用語は使ってい ないが,A・Bの中項目(2)では,生徒や学 校,地域の実態などに応じて探究する課題を選 択することを求めている。ここでの「課題」は,
他の科目での「主題」と同趣旨と見ることがで きる。
なお,学習指導要領解説の「公民科改訂の要 点」では,現実社会の複雑な諸課題についての
「問い」の例を示すと予告している(公民編P 19)が,「政治・経済」の解説本文のなかでは そのような「問い」の例示を見ることができな かった。
以上のように,新学習指導要領に基づく社会 科各科目では探究学習を重視しており,その探 究学習においては「主題」(「課題」の場合もあ り)や「問い」の設定が重要な意味をもつこと が確認できる。どのような「主題」や「問い」
を設定するかは,現場の裁量と創意工夫に委ね られている点は,各科目に共通している。
それでは,本稿の主題である新科目「公共」
では,具体的にどのような「主題」を設定して 探究学習をおこなうことになるのか,節をあら ためて見ていきたい。
4.学習指導要領解説はどんな「主題」
を設定しているか
新科目「公共」の本編は,B「自立した主体 としてよりよい社会の形成に参画する私たち」
である。学習指導要領は次のように述べる。「自 立した主体としてよりよい社会の形成に参画す ることに向けて,現実社会の諸課題に関わる具 体的な主題を設定し,幸福,正義,公正などに 着目して,他者と協働して主題を追究したり解 決したりする活動を通して,次の事項を身に付 けることができるよう指導する」。そして,こ の大項目Bで扱う 16 項目の学習事項を挙げた のち,「イ次のような思考力,判断力,表現力 等を身に付けること」として,次のように記述 する。「アの(ア)から(ウ)までの事項〔筆 者注:16 項目の学習事項のこと〕について,法,
政治及び経済などの側面を関連させ,自立した 主体として解決が求められる具体的な主題を設 定し,合意形成や社会参画を視野に入れなが ら,その主題の解決に向けて事実を基に協働し て考察したり構想したりしたことを,論拠を もって表現すること」。その「具体的な主題」
について,「3内容の取扱い」では「生徒や学校,
地域の実態などに応じて,アの(ア)から(ウ)
までのそれぞれの主題を設定すること」とある。
簡潔に表現すれば,Bでは現実社会の諸課題 に関わる具体的なテーマを現場の裁量と創意工 夫で設定して探究学習をおこないなさいという ことである。社会科の他の新科目と比較しても,
寛容さが際立つ。これを歓迎しない者はいない だろう。
問題は,どのような「主題」や「問い」を設 定するかである。学習指導要領はもちろん,「主 題」や「問い」の中身には触れていない。「主題」
や「問い」を例示するのは,学習指導要領解説 である。学習指導要領解説が各学習事項につい て,どのような「具体的な主題」「問い」を設 定しているかを見ていきたい。
◎法や規範の意義及び役割
「法やルールを定める時には,どのようなこ とを考慮する必要があるか」「どのような基準 で法を評価すればよいか」「法によって解決す ることが適切なのは,どのような問題か」
◎多様な契約及び消費者の権利と責任
「どのような場合に,契約が当事者の自由な 合意とはいえないか」「なぜ契約自由の原則に は例外が存在するのか」「どのような点に気を 付けて消費活動を行えばよいのか」
◎司法参加の意義
「何のために刑罰が科されるのか」「なぜ予め 犯罪と刑罰を法律で定めておく必要があるの か」「なぜ検察審査会制度があるのか」「裁判に 国民が参加することにどのような意義があるの か」
◎政治参加と公正な世論の形成,地方自治 「議会制民主主義を通して私たちの意思を反 映させるにはどうしたらいいか」「なぜ議会を 通して意思決定を行う必要があるのか」「情報 化やグローバル化が進む中で公正な世論はどの ように形成され得るか」「なぜ人々は不正確な 情報を信じたり発信したりしてしまうのか」「な ぜ政治に参加するのか」
◎国家主権,領土(領海,領空を含む)
「国家主権とは何か」「国際法とはどのような ものか」「なぜ領土問題は解決が困難なのか」「国 境を越えて人権を保障するにはどうすればよい か」
◎我が国の安全保障と防衛
「国際連合憲章や日米安全保障条約などの条 約や平和主義を掲げる日本国憲法の下,変化す る国際情勢の中で,我が国の安全と平和を維持 するための取組としてどのようなことが有効 か」
◎国際貢献を含む国際社会における我が国の役割 「我が国が軍縮に向けて不断に努力するため には,どのようなことが大切か」「国際平和を 推進し人類の福祉の向上を目指すにはどのよう な国際貢献が考えられるか」「持続可能な国際 社会を形成するために私たちは何ができるか」
◎職業選択
「人工知能(AI)の進化によって,労働市 場にはどのような影響があるか」「技術革新や 産業構造の変化によって,働き手に求められる 能力はどのように変わるか」
◎雇用と労働問題
「使用者と労働者との間で結ぶ労働契約では,
契約自由の原則に制約が加えられているのはな ぜか」「いわゆる日本的雇用慣行が崩れてきた のはなぜか」
◎財政および租税の役割,少子高齢社会におけ る社会保障の充実・安定化
「民間企業でも供給できる財やサービスを政 府が提供することがあるのはなぜか」「消費税 と所得税はどちらがより公平な税か」「充実し た社会保障制度を維持するために欧州諸国では どのくらいの租税負担をしているか」「高齢化 する社会において国民負担率の上昇を抑えるに はどのような方策があるか」
◎市場経済の機能と限界
「価格の変化は,消費者と企業の行動にどの ような影響を及ぼしているか」「消費者と企業 との間にある情報の非対称性を軽減するため
に,どのような措置がとられているか」
◎金融の働き
「起業のための資金はどのようにすれば確保 できるか」「中央銀行はデフレーションに対処 するためにどのような政策をとれるか」
◎経済のグローバル化と相互依存関係の深まり
(国際社会における貧困や格差の問題を含む)
「経済のグローバル化は日本経済にどのよう な影響を及ぼしているか」「経済成長を実現し た発展途上国はどのような成長政策をとったの か」
学習指導要領解説は,学習事項ごとにポイン トをおさえた「問い」を例示しようとはしてい る。ただ,率直に言って私は,次のような点で 物足りなさを禁じ得ない。①学習事項の理解を 進めるための「発問」の域にとどまり,いわば 正解の事実確認をするような「問い」が少なく ないこと。②現実社会で真に解決を迫られてい る喫緊の課題,国民の間で意見が分かれ政治的 争点となるような課題には,切り込んでいない こと。③そのため,このような探究学習だけで は,主権者として必要な政治選択・政治参加の 力を育てることは難しいこと。総じて言えば,
学習指導要領解説は,学習指導要領の求める
「自立した主体として解決を求められる具体的 な主題」を設定するには至っていないのではな いか,ということである。
5.私ならどういう「主題」を設定するか
前節で学習指導要領解説の例示する「主題」
「問い」への不満を述べたが,批判は易く,対 案は難しい。私ならどのような「主題」を設定 するかという難問に答えなければならない。学 習事項ごとに,一定の基礎的な知識の理解をは かったあとでおこなう探究学習の「主題」とい う位置づけである。
◎法や規範の意義及び役割
「法律にはどのような共通点と違いがあるの だろうか。法律によって性格や機能がどのよう に異なるのか,具体的な法律に即して考察して みよう(内閣法,刑法,民法,労働基準法,労 働者派遣法,駐留軍用地特別措置法)。」
◎多様な契約及び消費者の権利と責任
「消費者の権利は,どんな法律によってどの ように保護されているのだろうか。賢い消費者 になるためにはどんな努力が必要だろうか。」
◎司法参加の意義
「冤罪はなぜ起こるのだろうか。冤罪を防ぐ ためには,刑事司法の手続きの過程でどのよう な改革が必要だろうか。」
◎政治参加と公正な世論の形成
「日本の現行の選挙制度にはどんな問題があ り,どのように改正するべきだろうか。」
◎地方自治
「市町村合併は何を目的に推進され,住民生 活に何をもたらすのだろうか。合併の進め方に 問題はないだろうか。地元の事例を基に考察し てみよう。」
◎国家主権
「わが国の国家主権のために日米地位協定を 改正するべきだろうか。」
◎領土(領海,領空を含む)
「尖閣諸島の領有権をめぐる日本政府と中国 政府の対立をどのように解決したらよいだろう か。」
◎我が国の安全保障と防衛
「わが国の平和と安全のためには日米同盟の 維持と強化が必要だろうか,それとも憲法の平 和主義の道が可能だろうか。」
◎国際貢献を含む国際社会における我が国の役割 「日本の国際貢献は非軍事的分野に限るべき だろうか,それとも軍事的分野も含めて対応す るべきだろうか。」
◎職業選択
「人工知能(AI)の進化は人間の仕事を奪 うのだろうか,新しい仕事をつくるのだろう か。」
◎雇用と労働問題
「働く人々を幸せにするためには,次の問題 についてどのような改革が必要だろうか(最低 賃金,非正規雇用の増大,長時間労働の蔓延)。」
◎財政および租税の役割
「わが国の貧困と格差はどこまで広がってい るのか。貧困と格差の克服のため,財政政策に は何ができるだろうか。増税の優先順位はどう あるべきだろうか(消費税,所得税の累進性強 化,株式所得への課税強化,法人税減税の中止,
大企業優遇税制の廃止など)。」
◎少子高齢社会における社会保障の充実・安定化 「消費税の増税は社会保障制度の充実をもた らしたのだろうか。社会保障制度のための財源 をどのように確保するべきだろうか。」
◎市場経済の機能と限界
「企業の自由競争がもたらしたよい事例とよ くない事例を出して考察してみよう。」
◎金融の働き
「アベノミクスによる異次元の金融緩和は何 をもたらしたのだろうか。この金融緩和を続け るべきだろうか。」
◎経済のグローバル化と相互依存関係の深まり
(国際社会における貧困や格差の問題を含む)
「多国籍企業による課税逃れを防ぐために,
国際社会はどのような対策をとるべきだろう か。」