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アメリカ合衆国における政治教育とその意義

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社会科学部創設40周年記念学生論文集

アメリカ合衆国における政治教育とその意義

田 中  覚

わが国において「政治教育」という言葉を使用する際には、細心の注意が必要とされる ように思われる。戦前の記憶からか、「政治教育」という言葉には国家が国民を思い通り に動かすための洗脳教育のようなニュアンスが付きまとう。しかし、この言葉自体に罪は 無い。「政治教育」という言葉は、教育基本法第8条1)にも見受けられる。政治的教養を 身につけさせるための手段、それが政治教育なのである。だが、その一方で教育における 政治的中立性が問われるために、この政治教育の扱いは、デリケートなものにならざるを 得ない。これがわが国における政治教育の実情と言って差し支えは無かろう。

しかし、海外に目を向けてみると、盛んに政治教育を行っている国もある。アメリカ合 衆国がそれである。アメリカでは歴史的に政治教育を重要視してきたし、それは現在でも 同様である。本稿ではアメリカにおいて政治教育が盛んに行われる動機を検証し、それが 持つ意義を明らかにすることを目的とする。その際、まずはアメリカで行われてきた政治 教育について、いくつかの時代におけるその実践を考察し(1.)、その動機・影響力を政 治的社会化の概念を用いて検証する(2.)。そして最後にそこから明らかになったアメリ カの政治教育の特徴を考察する(3.)。

1.アメリカ合衆国における政治教育の変遷

(1)アメリカ合衆国建国前後

「アメリカ合衆国」がまだ存在しなかった1683年、ウイリアム・ペンによって創設され たペンシルヴェニア植民地において、その植民地行政府は学校設立を決議している2)。そ の後、1700年までにその数は25校まで増えたが、初等教育のための教育機関であったこ とから、そのほとんどが読み・書き・算が学習の中心であった3)。

しかし、ペンの自らの政治理念を実現させるための教育理念は、次のようなものであっ

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た。

政治は人がねじを巻くことによって動く時計のようなものである。だから政治は人 によって作られ動かされる。しかしまた人によって壊されもする。それ故、政治は 人々に依存するのであって、人々が政治に依存するのではない。(中略)法を作り政治

を正すには叡智と徳を備えた人々を得なければならない。この資質は世俗的に相続す る財産と共に受け継がれるものではない。その叡智は子どもを道徳的に高める教育に よって慎重に滴養されなければならないものである。この地の創設者たちおよびそれ を引き継ぐ行政府が、このような若者たちの教育のために払った慎重なる配慮に対 し、後世の人々は莫大な財産を譲渡されたよりもはるかに深く感謝するであろう4)。

また、ジェファーソンは、1779年の「知識の一般的普及に関する法案」で次のように 述べている。

−ある政治形態が、個人の自然権の自由な行使を保護するのに、他の政治形態に比べ て、どのように良く計画され、同時に政治形態自身が堕落に対してどのように良く防 禦されていても、これまでの経験では、(中略)時日が経つにつれてしだいに手心を加 えて、その政治形態を暴政へと変えてしまう、ということが示されている。そこで、

これを予防する最も効果的な手段は、民衆一般の知性をできるだけ実際的に啓蒙する ことである5)。

この2人の主張に共通するのは、現在の政体を維持していかなければならないというこ とであり、そのためには人々を教育する必要がある、ということである。

(2)19世紀末から20世紀初頭

19世紀未になると南東ヨーロッパからの移民が急増し、教育者たちは、この移民たち をいかにしてアメリカの政治制度に同化させられるかを考える必要に迫られることとなっ た。彼らは、急増する移民を教育によってアメリカ化し、無党派的にすること、遵法的な 市民性を教え込むことを目的としていた6)。ここには権威に従うおとなしい市民が、その 理想像として措かれる7)。ここではアメリカ誕生の理念などの知識と、法律の遵守、とい う程度め座学が中心やあ ̄った。そしそ、この時期の政治教育が魂代のアメリカで実践され ている政治教育の直接の源流であると考えられている8)。

押し寄せる移民の中には自国において自治の伝統を持たない者もいた。そのような移民 が増加したならば、それは、アメリカの政治体制の崩壊につながるものであると考えられ るようにもなった。教育の対象はこのような移民の、子どもも大人も両方であった。1919 年のニューヘヴン市の教育長の年次報告書では次のように語られている。

公立学校は、あらゆるアメリカ化の機関のなかで最も大きく、最も効率的な機関で ある。公立学校は、1つの地域社会ないし学区のすべての子供たちが、国籍、宗教、

(3)

アメリカ合衆国における政治教育とその意義 I3I

政治、社会的地位を問わず、協力的で、調和的な精神のもとで集い、ともに学習する 場である。……子供たちは、ともに学び、ともに遊び、校風を身につけ、民主的生活 を送る。アメリカの英雄は彼らの英雄となり、彼らはアメリカの歴史を学んで、忠誠 心をもつにいたる。教室内でつねに子供たちの目に入る星条旗にたいし、子供たちは 毎日敬礼する。公立学校によってアメリカ化されるのは、これら移民の子供たちだけ でなく、今度は子供たちが学校で学んだ多くの民主主義にかんする教訓を家庭にもち 返ることで、彼らの親もアメリカ化されるのである9)。

(3)1960年代から現在

1957年のソ連のスプートニク打ち上げ成功により、自国の教育の見直しを迫られたア メリカは、政治教育の主たる担い手だった社会科教育の見直しを図った10)。また、1962年 にはデトロイト市で全米黒人地位向上協会による大規模な歴史教科書キャンペーンが行わ れた。この運動はデトロイトブラザーズ社の歴史教科書が奴隷制度を肯定的に記述して いることを指摘し、デトロイト市内の学校からその教科書を回収することを市教育委員会 に要求したものである。市教育委員会はこれに応じ、同教科書に限らず、すべての教科書 に同種の人種的偏見が存在しないかを点検し始めた11)。

このような動きの中で、アメリカの社会科教育は、価値観の多様化が顕著になった社会 状況に適応するため、価値や意思決定が重視されるようになったのである12)。そのような 教育の担い手として、非営利団体が設立されるようになった。各種団体が政治教育に関わ るようになったのである。この試みの目的は、「良い有権者」13)の育成にある。では、「良 い有権者」とは、どのような有権者なのであろうか。アメリカの教育省は、その基準を示 すために「有権者と政府のための国家的基準」というレポートを作成している14)。

有権者教育の中心となるフィールドは学校の教室の中であるが、義務教育ではない。そ のため、全米標準の教科書は存在しない。そのため、議会や政府が予算をつけて、有権者 教育を行う非営利団体をサポートするのである。1964年に設立された市民教育センター

(CenterbrCivicEducation)は、そのような支援を受け、小学校、中学校、高校向けの教 科書を製作し、要望のある学校に配布している。その教育実践はこれまでの座学中心とは 違い、模擬議会・模擬裁判・模擬選挙15)などを通して、情報収集能力・論理構成能力・

説得の技術・判断力を身につけることを意図している。その一方で、義務教育としての社 会科も存在している。たとえば、ベトナム戦争は、歴史の時間でも、有権者教育の時間で も扱われることがあるのだが、前者では、その歴史的事実だけを学び、後者ではベトナム 戦争の長所や短所、賛成の立場や反対の立場について議論を行うなどして学ぶのであ る16)。

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2.政治的社会化の概念と政治教育

(1)政治的社会化

人間の持つ様々な能力の大部分は、後天的に獲得されるものである。文明が進むことに よってその割合は、さらに大きくなる。また、これには、人々がその所属する集団なり社 会の成員として行動できる能力も含まれる。この能力を学習して、さらに身につけていく 過程は、社会化(socialization)と呼ばれる。したがって社会の成員として行動する前に なされるのが普通である。この社会化は人間生活の全ての側面で観察されるが、政治生活 におけるそれを特に政治的社会化(politicalsocialization)という17)。

政治的社会化という言葉は2つの研究の系譜の中で使われるようになった。それは一方 で個人の政治的見解の多様なパターンについて、その見解の基盤を理解したいという欲求 に動機付けられてきたのであり、もう一方では、政治システムの過程と特徴を分析するの に用いられてきた。

では政治的社会化はいかにして達成されるのであろうか18)。政治的社会化の学習の方法 の理解については2つの立場がある。1つの見方は、政治的社会化を様々な社会化の担い 手が、社会化される個人に政治的志向性を伝達することと考える立場である。もう1つの 立場は個人の意識の発達、および政治や政治的関係についての個々の見解の形成に注目す

るものである。

また、政治的社会化は、その形態において、間接的形態と直接的形態に分類される。前 者は、それ自体は政治的なものではないのだが、その後に特定の政治的見解が形成される のに影響を及ぼすような先有傾向を最初に獲得することである。一方、後者は、特に政治 的な内容をもつ志向性が伝達される過程であり、最初から明らかに政治的な見解を伝達す

るものである。

では一体、政治教育はどのように分類されるものなのであろうか。これは、形態による 分類では直接的形態の作用であると分類できる。また、さらに政治的学習の方法による分 類では、政治的社会化の担い手から個人へと伝達されるものであると分類される。

(2)政治システムと政治教育

政治的社会化は、全体として、国民の政治生活にどのような点で重要な影響をもつので あろうか19)。デーヴイド・イーストンとジャック・デニスはシステム理論で、重要な事実 に注目した。それは、政治システムが時間をこえて存続する傾向があるということであ る。政治システムが社会の諸集団に対して、価値を付与したり、剥奪したりしても、なん

とか存続しているのは何故なのだろうか。イーストンとデニスによると、それは、人々が その政治システムに支持を与えているからである。

(5)

アメリカ合衆国における政治教育とその意義 I33

さて、ではここでいう支持とはいかなるものであろうか。システム理論では、支持には いくつかの重要な異なる種類のものがあるとされている。それは、まず、特定的支持であ る。人が、何かを見返りとして得る場合、特定的支持をするという。もう1つは、一般的 支持であり、これは無条件の支持である。この場合、市民が政治的な対象や、権力機構に 与える一般的な信頼、信任がそれである。政治システムの存続には、一般的支持を得られ ることが必要となる。

それでは、一般的支持はいったいどこから生じるのであろうか。イーストンとデニスは 政治的社会化の研究に、この問いの解答を見出したのである。彼らは次のような仮説を設 定した。「政治的権力機関に対して肯定的感情を持つ子どもは、早くから否定的感情や敵 意を持った子どもに比べ、大人になっても政治システムにさほど簡単に幻滅するようにな らない傾向がある」。

イーストンとデニスの研究は、アメリカの小学生が、政治的権力について何を学び、ど んな感情を抱いているかを分析している。まず、幼児にとっての権威とは親の権威のこと を意味している。そして、中学2年生のころまでに、平均的なアメリカの子どもは、完全 に政治化され、家族以外により強力な、大統領や警察などの権威の存在を知るようにな り、そのような政治的自覚を持つようになる。この政治的自覚が習得されるのは、特に大 統領と警官という、2つの政治的権力機関が子どもにとって目立つ存在だからである。子 どもが最初に政府をおぼろげながらにも感じるのは、大統領という姿においてなのであ る。ここでは政府=大統領という人格化がなされている。そして大統領は、子どもの目に は、保護者のようであり、救いの手を差し伸べてくれ、信頼でき、知的で、勤勉で、辛抱 強く、的確な判断を下し、指導者としての資質に恵まれた人と映る。ここでは大統領は理 想化され、子どもにとって、大統領との最初の結びつきは圧倒的に肯定的なのである。こ の政治的権威の理想化が、政治システムへの一般的支持に転換されるときのイーストンと デニスの理論の鍵になる用語は制度化である。つまり、子どもは成長するにつれて、大統 領についての肯定的感情を連邦議会、最高裁判所、行政府などの統治機構の方に移し始め るのである。このようにして、子どものころの感情が一般的支持の源泉になることを彼ら は論じている。

この理論によれば、政治教育は、子どもにとって政治的権威への肯定的感情を芽生えさ せるために極めて重要なものであると位置づけることができる。また、理想化の過程で は、大統領は理想的な人物であると感じさせなければならない。ノア・ウェブスターは戦 争中のジョージ・ワシントンの指導力を賛美してはいなかったけれども、大統領を神格化 させた英雄として、子どもたちに賞賛させようとしていた20)。このことは制度化の前提と なる理想化の過程に影響を及ぼすものと考えられる。

(6)

3.政治教育の分類とアメリカの政治教育

(1)公民教育と政治的教化

政治教育は、公民教育と政治的教化という2つのタイプに区別することができる21)。ジ ェームス・コールマンによれば、良き市民がその国の政治に参加していく方法を強調する 政治教育は、公民訓練と呼ばれる。他方で、政治的教化は特定の政体を合理化し、正当化 することを目的とする政治的イデオロギーの学習である。公民訓練は生徒に、忠誠の対象 となる国家について理解させ、政治的教化は国家に対する忠誠を教え込むのである。何を 公民教育と呼び、何を政治的教化と呼ぶかは、微妙であり、分類する人の政治的な価値観

にも依存する。

学校の公民科の授業などは、公民教育と分類して良さそうだが、使用される教科書は、

概して現在の政治を正当化している。つまり学校教育の中にも程度の差はあれども、政治 的教化の側面は存在しているのである。

(2)アメリカ政治教育の特色

アメリカの政治教育を、上記のような公民教育と政治的教化の分類で見るならば、その 時代によって違いがあるように思われる。建国期前後に行われていた政治教育は、どちら かといえば公民教育と位置づけて良さそうである。しかし、19世紀末ごろからの移民が 増加した時以降のそれは、「アメリカ化」という言葉からもわかるように、政治的教化の 色合いが濃くなってきたようである。移民の増加により、アメリカの政治体制は、その存 続が脅かされていたのである。政治教育の変化は、このような政治的背景と無関係では無 かろう。現在のアメリカの政治教育は、政治的教化の色は薄れ、公民教育の色合いが濃く なっている。

だが、それ以上に現在のアメリカの政治教育で特徴的なものは有権者教育である。これ まで、国が行っていた政治教育の一部を民間団体が担うようになったのである。政治教育 とは、政治的教養を身につけた公民を育成し、政治システムを存続させるための手段であ り、また、ナショナリ交 ̄ムを喚起させ、国民を統合する手段でもあった。それを民間団体 が行うようになるということは、すでに、その市民教育センターなどの民間団体にとっ て、現在のアメリカの政治体制は認められており、その存続を願うことを意味している。

その意味で、このような団体が存在していること自体が、現在のアメリカ政治教育の特色 と言えるのでは無かろうか。

(7)

アメリカ合衆国における政治教育とその意義 工3〜

むすび

アメリカのような移民国家にとって、政治教育は欠かせないものであった。そしてそれ は現在でも多民族国家の統合のために必要なものであるかもしれない。

わが国は一般に単一民族の国家であると言われる。では、アメリカが移民の急増という 事態から政治体制を守るために行ってきたような政治教育は必要無いのであろうか。確か に、アメリカが行ってきたほどのそれは必要無いと思われる。しかし、有権者教育には日 本にとっても有用であると思われるものがある。たとえば、模擬選挙を行うキッズ投票の 試みなどがそれである。選挙の投票日には、親と一緒に投票所へ行き、子ども用の投票箱 へ票を入れる。親は子どもの手前選挙に行かなければならなくなるし22)、子どもは将来に 選挙権を得たときの予行演習にもなる。選挙における投票率の低下はわが国でも選挙が行 われるたびに叫ばれている。アメリカにおいて投票率向上に一役買っているこの試みは、

わが国においても、その導入が検討されてしかるべきである。そしてそれはすでに有権者 である親を投票所へ連れて行き、候補者を比較考量して投票させるという、親の世代の

「政治再教育」ともなろう。

1)良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。法律に定める 学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはなら

ない。

2)村田邦子『アメリカ教育理念の形成−植民期ペンシルヴェニア・クエーカー研究−』亜紀書 房、1993年、pp.220−221.

3)村田、前掲書、pp.223−224.

4)同上、pp.214−215.

5)青木嘉『アメリカの教育思想と教育行政』ぎょうせい、1981年、p.24.

6)デイヴイッド・タイヤック『共通の土台を求めて−多元化社会の公教育』黒崎勲・清田夏代訳、

日日教育文庫、2005年、p.20.

7)横江公美『判断力はどうすれば身につくのか アメリカの有権者教育レポート』PHP新書、2004 年、p.51.

8)同上、pp.50−51.

9)ロバート・A・ダール『統治するのはだれか』河村望・高橋和宏監訳、行入社、1988年、p.397.

____10)____教科書研究センタ一編_丑教科書からみた教育課程の国際比較3 社会科編』ぎょうせい、1984年、

p.45.

11)渡辺雅子編『叙述のスタイルと歴史教育−教授法と教科書の国際比較』三元社、2003年、pp.

221−223.

12)教科書研究センター、前掲書、p.46.

13)以下の「有権者教育」については横江、前掲書によるところが大きい。「有権者教育」とは、

CivicEducationの横江による訳である。

14)横江、前掲書、p.34によると、これは以下の7つの条件を満たすものと要約することができる。

1投票や政治的活動に積極的に参加する。傍観者ではなく、当事者として積極的に参加する。

2 建国について関心が高く、政治過程や公的機関の活動に対する関心も高い。具体的には、議会、

政府、司法についての理解が深い。また、他国の政治問題にも関心を持つ。

3 多様性を認め、人として享受すべき自由についての関心が高い。お互いの意見を尊重し合い、協

(8)

力できる。多数決の決定に従うが、少数意見にも耳を傾ける。

4 上記の三つを基本原則として、現在の問題を分析し、争点を判断できる。さらに、問題解決に は、特別な努力が必要であることを認識する。民主主義はコストをともなうことを理解している。

5 陪審員などの義務も積極的に遂行する。議論を重ね意見を調整し合意に至らしめる「技術」を身 に付けている。

6 公共分野にかかわる仕事に携わる場合、自らの判断で計画から実現、ひいては事後評価に至るま で、実務的な分野で能力を発揮することができる。

7 連邦政府、地方政府やコミュニティの争点を発掘する能力が高い。社会の問題を把握し、解決に 向けて問題の背景を考える。

15)学校の枠を越えて全米規模で行われる「キッズ投票(KidsVoting)」と呼ばれるものの存在もあ る。これは子供を持つ親は、投票所に子供を連れて行くことが義務付けられていたコスタリカに倣 ったものであり、1980年代にコスタリカを訪れた3人のビジネスマンがアメリカに帰ってきて始め たもので、2004年現在では、500万人以上の子供たちが参加する大規模なものとなっている。この試 みにより、大人の投票率まで上がったとの報告もされている。

16)横江、前掲書、pp.37−47.

17)岡村忠夫「青年層の政治意識−社会変動と政治的社会化−」『現代アメリカ論』本間長世・井 出義光・有賀貞編、東京大学出版会、1971年、p.280.

18)以下の文章は、R・ ̄ドーソン/K・プルウイット/K・ドーソン『政治的社会化 市民形成と政 治教育』加藤秀治郎他訳、芦書房、1989年、pp.144−170を参照。

19)以下の文章は同上、pp.40−50を参照。

20)タイヤック、前掲書、pp.24−25.

21)以下の文章は、ドーソン、前掲書、pp.209−215から要約。

22)横江、前掲書、p.80.

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