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アメリカ合衆国における市民性教育の資料紹介 : パブリック・アチーブメントと貧困問題

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【資料解題】

アメリカ合衆国における市民性教育の資料紹介:パブリック・アチーブメントと貧困問題

A review of materials concerning citizenship education in the United States:

Public Achievement”and the strategy against poverty

大津尚志

OTSU, Takashi*

アメリカ合衆国における市民性(citizenship)教育に関 しては日本においても様々な研究蓄積がある1。近年では サービス・ラーニングの研究もさかんである2 パブリック・アチーブメント(Public Achievement, 以 下PA)とは,Augsburug College の民主主義と市民主義 のためのセンター(Center for Democracy and Citizenship) 長,Harry C. Boyte を中心に提唱されている教育方法であ る。本稿は「民主主義と市民主義のためのセンター」で だされているものを中心に PA に関する資料紹介を行う ものである。 PA はミネソタ州や近辺の学校で学校全体あるいはク ラス単位で実践が行われるなどの影響を与えている(教 育委員会によってPA が採用されているわけではない)。 どの程度の影響を与えているかは間接的な影響も含まれ るので正確なところは不明であるが,同センターによる と25000 人以上の若者に触れられたという3。PA は子ど も(8-18 歳)むけの概念であるが,大人向けを含むパブ リック・ワーク(Public Work)という概念を基礎にして いる4。同センターではPA のためのオルガナイザーによ ってさまざまな団体(教員のみならず,看護師など別の 職種も含む)むけにワークショップも開かれている。 PA とはなにか。PA とは「子どもに対しての,経験に 基づいた市民教育(civic education)の構想であり,パブ リック・ワークとしての市民性の概念を基礎にしている。 既存の若者組織,学校,コミュニティ機関(PA の場)が, PA のコーチ,スタッフとともにパブリック・ワークと市 民性教育のテーマについて,パートナーシップをつくる。 ひとたび実施されると,パートナーシップは徐々に発展 し,PA はその場の文化や実践に密接に結びついたものと なる」5と定義されている。 Public な問題をとりあげることをとおして,子どもは 既存の制度や社会に影響を与えることとなる。そして, PA の実践をとおして子どもは自分のことをパブリッ ク・ワークに従事する「市民」ととらえるようになる。 PA は週一回の活動などではない。それは生き方(way of life)である6。子どもはパブリック・アクターとして, 公的な問題の解決を学び,そして新たな歴史をつくって いくことに参画するのである。 PA の実施にあたっては,コーチ(coach)は(教員志 望の)大学生,子どもの組織のリーダー,教師,コミュ ニ テ ィ の ボ ラ ン テ ィ ア な ど が 担 当 す る こ と と な る 。 「Public な問題解決」の仕事にたずさわることとなる。 Public とはなにか。同センターでは公的生活(public life),私的生活(private live)について【表 1】のように 区別している。 【表1】 公的生活と私的生活7 公的生活 私的生活 文脈 仕事場,学校,アソシエーション,会合 家庭,友達とのサークル 目的 問題解決,機関,パワーをつくる 支え,友達関係,親しさ,自分をたかめる 空間の質 開かれた,様々な 閉じられた,排他的な,個人的な 動機 公共の利益 友や家族をささえる,狭い利益,利己心 関係の条件 責任のある,戦略的な,指導された 忠実,親密,独占的 結果 公的な創造,問題解決,市民性,尊重 愛,所属

* 武庫川女子大学(Mukogawa Women's University)

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Public な問題テーマの一つとして,「貧困・ホームレス」 がある8。同センターは「エンパワーメント・ギャップ」 なる冊子9を発行している。PA は貧困層の多い学校にも 採用されている10。PA は貧困層の子どもにとっては自分 自身の問題でもある「貧困」について考えることを通し て,貧困層の子どもをエンパワーする役目をはたしても いる。 貧困層の子どもの学習への動機づけとしては,「人民と はだれか(Who people are ?)」からはじめることがいわ れる。小学1 年生であっても「自分はなにをやってきた のか」「家族はどこからきたのか」というような自分の生 活に密着した「語り」からはじめることによって,自分 たちの文化,物語,関心へとすすめていくこととなる。 このような「生きた核」は子どもの学習として定着しや すいことから,子どもへの動機づけへとつなげることが できる。子どもの日常生活とのレリバンスの高さが重要 視され,それは子どものコミュニティに対する所属意識 を高めることにもつながると考えられる。 PA の学習活動の順序であるが,おおよそ次のようで ある11 1 オリエンテーション,グループの設定 2 テーマ(issue)の設定 3 問題(problem)の調査(調査,インタビュー, 電話,手紙をかく…) 4 プロジェクトをつくる 5 パブリックな行動の実行 6 学習のふりかえり,評価 「貧困」がテーマであれば,例えばホームレスにインタ ビューにいくことが調査でもあり,毛布を配布すること がプロジェクト,パブリックな行動となる。 なお,同センターはアメリカにおける市民教育につい て3 つのアプローチに分類し,「貧困の縮小」というトピ ックと関連させたうえで,それらを【表 2】のように整 理している。 【表2】 「民主主義,市民性,貧困の縮小」に関してのモデル12 国家中心のアプローチ (リベラル) コミュニティ中心のアプ ローチ (コミュニタリアン) ワーク中心のアプローチ (市民機関) 民主主義の規定する未 来は? 国家中心 市民社会 市民の働きをとおした生 活様式 市民とは? 投票者,消費者 ボランティア 共に創造する人 政治とは? 配分をめぐる闘い 誰が何をえるか? 通常,回避される 差異をこえて何かをなす ために人民が参加するパ ブリック・ワーク 政府の役割は? 財の配分 モラルリーダーとしてサ ービング 委員長,きっかけをつく る,共同者 プロフェッショナルと は? 専門家 進行役 「プロフェッショナルの 市民」長(top)でなく, 切り出す(tap)役割 反貧困の戦略とは? より多くの資源を確保す るように唱える,抗議する サービス・プロジェクト, 食糧供給 市民機関をつくる*

*「市民機関(civic agency)」をつくるとは,「世界を形成するために力を集結(collection power to shape the world)」 すること。

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それぞれのアプローチは「市民参加」についてどのよ うにとらえているのであろうか。 政府(国家)中心のアプローチは「政府に関する知識」 に焦点をあてる。法案がどのように法律になるのか,権 力分立,選挙,どのように政府に影響をあたえるか,な どについてである。それは「知識をもった投票者」を育 てることにつながる。人民は,実際の問題解決の外にい る,という問題が指摘される。 コミュニタリアン・アプローチは市民のモデルをボラ ンティアにおく。市民はコミュニティの構成員であるこ とに責任をもつことを学び,自主的にかかわる習慣をつ ける。コミュニティー・サービスのような実践13は,市 民に貢献,共感,参加といった感覚をそだてる。そして 共通の価値観を教えることとなる。それは,排他的で狭 い範囲に限定的であり,公的生活におけるより大きな問 題を見落としてしまう,という問題が指摘される。 それに対して,ワーク中心のアプローチでは,市民が public な問題について自ら意識し,行動し,解決するこ とを目標とする。子どもが自ら政治の過程にはいる14こ ととなる。コミュニティ・社会への結びつき,所属感に も重要度をおく。あくまでモラルリーダーとしてではな く,個人の多様性(diversity)を前提としたうえで “public” な問題を解決していくことを目標とする。Boyte らは同 じ「参加」であっても,ボランティア活動と「若者の市 民参加」の間に一線をひく15 本稿で取り上げた PA の特徴として,以下の点があげ られよう。 第一には,子どものエンパワーに重要性をおくところ である。ある子どもは「PA をとおして,よく話せるよう になったし,学校内外においてよき人になることができ た。」16という感想をのべているが,子どもに達成感をも たせるという点にも重要性をおいているといえる。それ は,コミュニティの一員であるという感覚をもたせるこ とも含む。 第二には,“Public”, “Private”の観念についてである。 フランスにおいては“publique”とは政府に関係すること をさし(公教育も当然そのなかに含まれる),ほかは私的 領域,とくに宗教は私的領域とされるが,すでに述べて きたようにここではそれとは異なるpublic のとらえかた がされている。“public”とは「共通善(“common good”)」 という観念も重要視されることも,フランスとは差異が あるところである。 第三には,大人にとっての“Free Space” 17をモデルに考 えているところである。“Free Space”とは,アメリカの 19 世紀からの歴史的伝統を背景としているが,コミュニ ティにおける public space18 として市民が社会変革のた めに自由に発言できる場(具体的には教会など19)とし て,1960 年代の公民権運動の時代などで一定の役割を果 たした。学校を子どもの“Free Space”と同じ役割にしよう としているところがある。なお,コミュニティになんら かの変化(change)をもたらすことを目標とすることは, イギリス(England)の citizenship 教育とも共通性がある20。 日本においても貧困層の子どもの学習意欲低下やその ような子どもをエンパワーするという問題,「『しんどい』 タイプの学校」,「『しんどい』状況にある子ども」の問題 が意識されてきている21。その方面でもPA は示唆を与え るものと考える。 (謝辞) 本稿作成にあたっては,Dennis Donovan 氏, Harry C, Boyte22氏(いずれもCenter for Democracy and

Citizenship)にそれぞれ 2014 年 9 月 12 日,13 日にイン タビューに応じていただいた。ここに記して感謝いたし ます。いうまでもなく,本稿のすべての責任は大津にあ ります。 (付記) 本研究は,平成 24~26 年度科学研究費補助金・ 基盤研究(C)「労働と家族の問題をリンクさせたアクテ ィブ・ラーニングの授業実践構想と教育方法」(研究代表 者,白石陽一,研究課題番号24530962)の成果の一部で ある。 -注- 1 なお,本研究は筆者の市民性教育の国際比較研究の一 環である。たとえば参照,大津尚志「イギリス・フラ ンスの前期中等教育公民科における教育目標と評価」 (『公民教育研究』第12 号,2005 年,pp. 113-125.), 同「イギリスの公民科教科書に関する一考察」(科研 費報告書,研究代表者佐々木毅『イギリスの中等教育 改革に関する調査研究-総合制学校と多様化政策- 中間報告書(2)』,2005 年,pp. 42-53.),同「道徳・ 公民教育」(フランス教育学会編『フランス教育の伝 統と革新』大学教育出版,2009 年,pp. 140-148),同 「フランスに おける生徒・ 父母参加の制 度と実態」 (『教育学研究論集』第7 号,2012 年,pp. 21-26.), 同「フランスにおける憲法教育と生徒参加」(『民主主 義教育21』第 7 号,2013 年,pp. 67-78.),Takashi OTSU, Moral and Global Citizenship Education in Japan, England, and France, (『教育学研究論集』第 5 号,2010 年,pp. 55-60) 2 唐木清志『アメリカ公民教育におけるサービス・ラー ニング』東信堂,2010 年,山田千明「アメリカ合衆 国 -『民主主義尊重』による『統一』と人格教育」 (嶺井明子編『世界のシティズンシップ教育』東信堂, 2007 年,pp. 121-132.),中野真志「アメリカ合衆国に おけるサービス・ラーニングの動向」(『大阪教育大学 社会科教育学研究』第6 号,2008 年,pp. 1-10.),田

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アメリカ合衆国における市民性教育の資料紹介 : パブリック ・ アチーブメントと貧困問題

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中宏明・竹野茂・川瀬隆千・辻利則「シティズンシッ プ教育とサービス・ラーニング」(『宮崎公立大学人文 学部紀要』第13 巻第 1 号,2006 年,pp. 149-169.), 米良重徳「『個の確立』教育とサービスラーニング」 (『吉備国際大学研究紀要(人文・社会科学系)』第 23 号,2013 年,pp. 1-10.)などがある。

3 A work in progress, center for Democracy and Citizenship, (brochure)

4 Ibid.,

5 Roudy Hidreth(et als,), Building Worlds, Transforming Lives, Making History: A Guide to Public Achievement, second edition, 1998, Center for Democracy and Citizenship, p. 4. 6 Ibid., 7 Ibid., p. 102. 8 なお,フランスの高校にも貧困にかかわるアソシアシ オン(association),例えば「心のレストラン(Restaurant du Coeur)」とリセが提携して,課外活動を行うとい うこともある。Lycée Tuggot では,高校生活委員会 (conseil pour la vie lycéenne)が中心となって学校で 食料(パスタ,野菜,魚,コーヒーなど)や衛生用品 (石鹸,歯磨き粉,防臭剤など)をあつめ,アソシア シオンに寄付をしている。それは,市民として,社会 生活にかかわる活動を通して,日常の学習に対する動 機づけとなることも意味している。(2015 年 3 月 9 日, 4 月 7 日に筆者が Barraand 校長に行ったインタビュー による。)他に,Lycée professionnel Armand Carrel につ いては以下のサイトを参照のこと。

https://www.ac-paris.fr/serail/jcms/s1_768490/restaurants-du-coeur (2015 年 3 月 16 日最終確認)

9 Harry C. Boyte, The Empowerment gap, rethinking strategies for poverty reduction, 2014, Center for Democracy and Citizenship.

10 Ibid., p.22. なお参照,古田雄一「米国パブリックアチ ーブメントを支える教育経営」日本経営学会第54 回 大会自由研究発表レジュメ,2014 年。

11 See, Building Worlds, Transforming lives, Making History, a guide to public Achievement, 1998, Center for Democracy and Citizenship.

12 Harry C. Boyte, The Empowerment Gap, Center for

Democracy and Citizenship, 2014, p. 14,なお参照,小 玉重夫「政治的シティズンシップを育てる教育:パブ リックアチーブメント」(『ボランティア白書 2005』 2005 年,pp. 89-97)。 13 なお唐木は,自由主義と共和主義の市民像について述 べた後に,本研究でとりあげるサービス・ラーニング は「自由主義の観点を採用せず,…共和主義の観点を 採用して成立する」と述べている。唐木,前掲書,pp. 33-34.

14 Jim Lewis with Dennis Donovans, Public Achievement at St.Bernand’s Elementary School, (Harry C.Boyte et al, Creating the Commonwealth, 1999, Ketting Foundation, pp. 12-23.) なお,本稿では同小学校の子どもの努力 を通して,セントポール市内につくられた遊び場,と いう例が紹介されている(p.16)。

15 Nan Skelton, Harry C.Boyte, Lynn Sordelet Leonard, Youth Civic Engagement, 2002, Center for Democracy and Citizenship.

16 Ibid., p. 16.

17 See, Sara M.Evans, and Harry C.Boyte, Free spaces, 1986, Perennial library, Harrc C. Boyte, Creating public cultures in the information age, (Harry C. Boyte et al, Ibid., pp. 1-11.) 18 なお,三宅正弘はフランス(パリ)においてブラン ジェリー(製パン店・カフェ)がパブリックスペース の役割を果たしていることを指摘している。三宅正弘 「参与観察法によるパリの移民と社会的混合に関す る研究」(『生活環境学研究』第2 号,2014 年,pp. 22-25.) 19 なお,フランスでは宗教は「私的領域」である。仏米 の宗教観を比較する文献として,伊達聖伸「ライシテ は市民宗教か」(『宗教研究』第81 巻第 3 号,pp. 531-554,) 20 参照,大津尚志「イギリス・フランスの前期中等教育 公民科における教育目標と評価」(『公民教育研究』第 12 号,2005 年,pp. 113-125.) 21 例えば,志水宏吉『「力のある学校」の探究』大阪大 学出版会,2009 年など。 22 ボイトの著作は翻訳されているものもある。ハリー・ C・ボイト,ヘザー・ブース,スティーブ・マックス (野村かつ子・水口哲監訳)『アメリカン・ポピュリ ズム』亜紀書房,1993 年。

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大津 尚志

参照

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