日本小児循環器学会雑誌 14巻4号 547〜548頁(1998年)
<Editorial Commeent>
左室低形成はreversibleか?
左室低形成の成因と予後に関する再検討
神奈川県立こども医療センター周産期医療部新生児未熟児科 川滝 元良
1.はじめに
本論文は,著明な左室低形成と大動脈狭部低形成を認めながら,自然軽快し長期生存が得られている,希な 2症例の報告である.著者らが考察しているように,外科的治療をおこなうことなく自然軽快した左心低形成 症候群の報告はこれまでになく,いわゆる 左室の低形成 について成因及び出生後の予後について再検討を 迫る貴重な報告と思われる.
2.HLHSとの類似点
上行大動脈,大動脈弁,左室,僧帽弁の低形成により特徴付けられる一連の先天性心疾患をNOONAN,
NADASがhypoplastic left heart syndrome(以下HLHS)と報告した1).低形成の明確な定義はないが,上 行大動脈径が5mm以下,左室拡張末期容積が正常の60%以下が一つの基準と考えられている2).
症例1では,左室拡張末期径が37週の胎児エコーで正常の40%,満期産での出生直後で正常の57%であり,
また日齢0のとう骨動脈造影での上行大動脈径は4.5mmであった.また,日齢0の大動脈弁輪径は3.5mm,
僧帽弁輪径は5mmであった.症例2では,満期産で出生後日齢6で左室拡張末期径は正常の56%であり,大動 脈弁輪径は5.5mm,僧帽弁輪径は7mmであった.とう骨動脈造影での上行大動脈径は5.7mmであった.これ
らの数値はいずれも左室低形成として十分高度な低形成を示すものであった.
3.HLHSと異なる点
通常のHLHSは,卵円孔,僧帽弁,左室流出路,大動脈弁などの左心系のどこかに解剖学的な狭窄病変を有 している.血行動態的には冠動脈〜上行大動脈〜大動脈弓が動脈管からの逆行性血流に依存していることが特 徴とされている.
2症例では,左心系のどこにも解剖学的な狭窄性病変を有していなかった.また,とう骨動脈では,上行大 動脈は一部のみが造影されており,HLHSで見られるような冠動脈まで造影される所見はみとめられなかっ た.これらの点は,HLHSと明確に異なる点である.
また,HLHSではたとえ比較的長期生存が得られた症例でも,いったん形成された左心室系の低形成は二度 と発育することはないと信じられている.
2症例で経過とともに左心系が発育した事実からも,本症例は従来のHLHSとはまったく異なる疾患と考 えるべきであろう.
4.本報告の意義
本報告は,以下の2点でわれわれに,これまでの定説の再検討を迫っていると考える.
まず第一に,左心系の低形成の成因についてである.心血管系の発育は胎生期の血流量に依存していると考 えられている.すなわち,HLHSでは卵円孔,僧帽弁,左室流出路,大動脈弁などの狭窄による血流の低下が 左心系の低形成を引き起こすと考えられている3).
本症例では,左心系の解剖学的狭窄はないにもかかわらず,左心系全体が低形成であった.この事実をどの ように説明すればよいか?.
本症例においても,flow theoryに従えば,卵円孔よりもproximalの狭窄すなわちEustachian valveの異 常の可能性が考えられる.胎生期に胎盤からの血流を優先的に左房へ流す役割を持つEustachian valveがう まく機能しないと左心系の血流が減少し,左心低形成になる可能性がある.出生後に左心系が自然に発育した こともこれで説明がつく.アランチウス管(静脈管)の狭窄などEustachian valveよりさらにproximalの狭
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548−(56) 日小循誌 14 (4), 1998
窄では胎盤血流自体が減少し左心低形成を起こす以前に胎児仮死や胎児死亡にいたると思われる.あくまでも 仮説に過ぎないが,今後原因不明の左心低形成を胎児エコーで観察した場合にはEustachian valveに注目し てみたい.
また,flow theory以外にも何らかの左心系の発育を制御している機構があるかもしれない.今回の報告で は胎盤の検索はされていない.同様の症例を観察した場合には,胎盤循環についても検索すべきではないか.
次に,出生時に認められる左心系の低形成は,いわば完成されたものであり,左心系の生後の発育は望めな いと考えられてきた.ところが,本症例では出生後左心系が着実に発育しはじめ,2カ月の時点で正常範囲内 まで発育した.本症例はHLHSではなく,したがって,心筋の不可逆的な変性がないことが発育しえた一つの 原因と考えられるが,いずれにしても,低形成の左室は育たないとの従来の固定観念を変更する必要がある.
われわれも,胎児エコーで左室が低形成であり,出生後数日以内に正常化した症例を経験した4).左室の低形 成は,HLHSだけでなく,出生後に発育する症例を含めてもう少し広いスペクトラムで考えた方がよいのでは
ないか.
5.今後の展望
小児循環器病学は従来,出生時を出発点としてきた.しかし,胎児診断の普及に伴い,心奇形にも受精から 出生までの長い時間の経過があることを再認識させられている.完成された病気として認識されてきた左心低 形成に対しても,より早期の胎児期から継続的に観察していくことで新しい知見を集積できる可能性がある.
そのためには,産科医と協力し胎児診断をよりいっそう進めていくとともに,心奇形だけでなく,胎盤,膀帯 血など幅広い検索を行う必要がある.
文 献
/)Noonan TA, Nadas AS: The hypoplastic left heart syndrome. An analysis of 101 cases. Pediatr Clin North Am 1958;5:1029 1056
2)Zeev B: Neonatal critical valvular aortic stenosis. Circulation 1089;80:831
3)Gustafson RA, Neal WA:Ilypoplastic Left Heart:Moller JII, Neal(eds)WA:Fetal, Neonatal, and lnfant Cardiac Disease. Norwalk, Connecticut、 Appleton and Lance,1990, pp723−743
4)豊島勝昭,川滝元良,他:胎児診断できた/できなかったCOAの5例.第4回日本胎児心臓病研究会抄録集,1998
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