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時祷書の語り : マルグリット・ドルレアンの子宝祈 願をめぐって

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Kyushu University Institutional Repository

時祷書の語り : マルグリット・ドルレアンの子宝祈 願をめぐって

田辺, めぐみ

帝塚山学院大学 : 非常勤講師

https://doi.org/10.15017/1430749

出版情報:Stella. 32, pp.137-152, 2013-12-18. Société de Langue et Littérature Françaises de l’Université du Kyushu

バージョン:

権利関係:

(2)

 

 

 

 

 

*)

──マルグリット・ドルレアンの子宝祈願をめぐって──

田    

 

 

はじめに

 ジャン 5 世の治世来(1399–1442)繁栄を極めることとなったブルターニュ地 方は,多くの写本注文主や蔵書家を擁した 1)。そのため典礼使用式や写本の所 有主に基づいて当地に帰属・集成されている時祷書は,現在百余りにのぼる 2)。 しかしながら,それらの彩飾から地域との関連性を包括的に検討することは従 来不可能,もしくは無意味と考えられてきた。たしかに多くはパリ,トゥール,  アンジェ,フランドル,そしてイタリアの写本画家やアトリエの直接的・間接 的影響を窺わせる。また,複数の画家の介入や制作時期の著しい隔絶性ゆえに 異なる様式が一写本に共存する例も散見する 3)

 いっぽうクリスチャン・ド・メランドルの『ピエール 2 世の時祷書』にかん する研究成果からは,図像や装飾の「様式」ではなく,それらが「意味するも の」を多元的に考察することによって写本をブルターニュ史に関与させうるこ とが示されている 4)。史実の多面性や図像・装飾の慣例など,メランドルの考 察では考慮されていなかった点を踏まえたうえで,筆者自身もすでに『カトリー ヌ・ド・ローアンとフランソワーズ・ド・ディナンの時祷書』を検討し,彩飾 に託された個人的な祈念内容を介して一見関連性のないブルターニュ時祷書が つながりうることを明らかにした 5)。以上の成果に鑑みれば,各写本の彩飾を 複合的なアプローチから捉え直すことによって,ブルターニュ時祷書の大いな る連鎖が浮き彫りとなる可能性がある。

 そこで本稿では,多くのブルターニュ写本に影響を与えたことが指摘されな がらも,地域史との関連性が未だ十分に問われていない『マルグリット・ドル レアンの時祷書』(以下「マルグリット時祷書」と略記)を上記の視座より検討 し,新たな地域研究のありかたを提示したい 6)

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余白装飾の「語り」

 マルグリット時祷書は,オルレアン公シャルルが妹マルグリット(1406– 

1466)のために注文したものである。こうした注文・制作背景は当家の紋章や オルレアン解放の図像(fol. 171),そしてイギリスに捕囚されていたシャルル の解放にたいするマルグリットの祈念表象に窺える 7)。いっぽう,同妃とリ シャール・デタンプ(1395–1438)の紋章やイニシャルの組み合わせ文字から は,彼らの婚姻後に彩飾されたことも確認できる。さらに写本の主要画家であ る通称「マルグリット・ドルレアンの画家」(以下「マルグリットの画家」と略 記)が携った余白装飾には,夫妻の宮廷生活をしのばせる様々な世俗図像も認 められる 8)

 世俗図像や装飾にマルグリットの痕跡が多数指摘されてきたのにたいし,宗 教主題の余白装飾はもっぱら主題挿絵との関連性から捉えられてきた。たしか に後者は,主題挿絵に描かれている聖人に直結する図像やモチーフで構成され ている場合が多い 9)。そうしたなかで「マグダラの聖女マリアへの執りなしの 祈祷」〔図版 1 〕の冒頭を彩る余白装飾は,写本所有主はおろか主題挿絵との連 関も明示していない点で特異である。エバハート・ケーニヒは「キリスト昇天 の後に姉弟とともにマルセイユに辿りついた」というマグダラのマリアの伝説 に典拠を求め,これを「オリエント世界へと連なる地中海の表象」と見なし た 10)。こうして図像プログラムの包括的な解釈への糸口が見出されたものの, 余白装飾を構成する多種多様なモチーフがいかに主題挿絵に関与的であるかは 依然不明なまま残されていた。

 たしかに余白下部には異国情緒漂う港の風景,そして右上部には野人や動物 のいる山岳地帯という構成から一貫した図像プログラムは認めがたい。ただし,  ここで左下部から右上部へと連なるモチーフの巧みな選択・配置から余白装飾 を包括的に捉え直す必要があろう。じっさい,単なる貴族達の散策場面と理解 されていたサンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼風景〔図版 2 〕は 11), 右上部に聖ヤコブの彫像を据えた教会が認められ,聖地へと連なる巡礼風景で あることが明らかになっている 12)

 同様の構図が主題挿絵の「十字架道行」と余白装飾の「エルサレム入城」〔図 版 3 〕の双方に用いられている例は一層示唆的である。両者の対応関係は,ま ず前者の十字架を背負うキリストと後者の驢馬にまたがるキリストの姿に指摘

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図版 1  「マグダラの聖女マリア」

図版 2 マルグリット・ドルレアンの祈祷像 サンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼

図版 3  「十字架道行:エルサレム入城」

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できる。両図像の後方にはそれぞれ福音書記者ヨハネとマグダラのマリアにと もなわれた聖母マリアの姿が認められる。さらに余白下部では固く閉じている 柘榴の実が右上部では大きく割れ,多数の果肉の粒をはじき出している様子は,  主題挿絵と余白装飾との対応関係がモチーフの選択や構図に終始していないこ とを喚起する。

 無論こうした形態表象の非現実性は,一見画家の技量や知識の不足に起因す るようではある。古来,薬用・食用として重用されてはいたものの,アルプス 以北には未だ順化されずにいたこの果樹を画家が未見であった可能性は十分あ る 13)。しかし形態と内容の不可分な関係性が随所に認められるこの時祷書にお いて「多汁性の果肉に覆われた種子」であるはずの多数の粒が,「雫」として描 かれている点に意味を推測することは断じて不自然ではない。たしかにラバヌ ス・マウルスが柘榴の果汁を「贖罪のために流されたキリストの血」と解釈し ていることを踏まえれば 14),余白下部のエルサレム入城から右上部の磔刑の地 へとつらなるキリストの贖罪への道が看取しうる。同様の見解は,主題挿絵に 描かれている十字架への道との構図上・意味上の整合性からも導かれよう。

 余白装飾の「語り」の機能が主題挿絵との照応にとどまらず,モチーフの形 態と意味の共鳴関係によっても生成されているとあれば,「マグダラの聖女マリ アへの執りなしの祈祷」の主題挿絵に描かれている巡礼者の道程と,余白装飾 の海路から陸路へと続くそれとの関連性や構成要素の多元的考察から図像プロ グラムの深層理解を図る意義は否めない。そのためにはまず,他に類例のない 図像の着想源を検討すべきだろう。

「マグダラの聖女マリアへのとりなしの祈祷」から読む『黄金伝説』

 時祷書の「諸聖人へのとりなしの祈祷」には,写本注文主や所有主の信仰の かたちが表明されている場合が少なくない 15)。しかしマルグリット時祷書には 極めて伝統的な聖人の選択や序列が見られるうえ,図像についても多少の異同 にとどまる。そうしたなかで「マグダラの聖女マリア」の図像・装飾の特異性 は看過できまい。

 とりなしの祈祷には通常,「マグダラのマリアはイエスの足に香油を塗り,自 分の髪で拭った」という祈祷文冒頭のテクストに従い 16),香油壺を手にした聖 女の図像が挿入される場合が多い。それに対しマルグリット時祷書では,香油

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壺に手をかけて横たわる姿が下部に,そして上部には天使たちに支えられなが ら昇天する姿が描かれている。その間には,巡礼地に向かう人々の姿も認めら れる。一貫性を欠くかに見える図像ではあるが,全ての典拠はヤコブス・デ・

ウォラギネの『黄金伝説』に求めうる 17)。まず留意すべきは,荒野に隠遁した 件の聖女が「毎日 7 回の祈りの時間に天使たちに導かれて天空にあげられ,生 身の身で天の軍勢がうたう讃歌を聞いた」という記述である 18)。いっぽうの図 像は,ヴェズレーの修道院にマグダラのマリアの聖遺骨が納められた伝説,ひ いては修道院を重要な巡礼地とした伝説との関連性を喚起する 19)

 『黄金伝説』のテキストの見事な図像化は,余白装飾からも指摘すべきだろ う。伝説によれば,キリストの昇天後にマルセイユに漂着したマグダラのマリ アは,異教の神に子宝祈願をささげる当地の領主夫妻にキリストの教えを説い た。その後,夫妻は巡礼の旅に出るものの夫人が産褥で亡くなったため,領主 は彼女の亡骸を産児と共に岩礁に残してローマへと向かう。そして当地で謁見 したパウロに連れられてエルサレムの聖跡を訪れた後,帰途についた彼は蘇っ た妻と元気に育った子供に再会することとなるのである。以上の経緯で改宗し た領主夫妻は多くの人々をキリストの信仰に導いた,とある 20)

 上記の伝説を踏まえれば,余白左下部に描かれた船上で城を指差す男性,そ して同船する女性と幼子を,マルセイユの領主夫妻とその子息と同定しうる。

同様の観点からは余白装飾を構成する他の諸要素も,もはや単なる「地中海世 界の表象」にとどまってはいない。まず余白右半ばの陸路の起点と,余白上部 へと蛇行しながら続く道の果てに立てられた十字架は,それぞれマルセイユの 領主が訪れたローマとエルサレムの表象と見なしえよう。さらに後者を構成す る多様なモチーフの象徴性からは,図像の深層理解が促される 21)

 まず山岳地帯の入口にそびえたつ棕櫚の木はパレスチナ地方に群生していた 樹木であり,エルサレムの表象に常用されたモチーフである 22)。いっぽう稜線 を彩る月桂樹は聖書にいかなる言及もなく,聖地には一見そぐわないようでは ある。ただし古代に競技や戦闘の「勝利」や「不滅」を意味していたこの常緑 樹が,キリスト教の文脈では「死」や「悪」にたいする勝利の象徴となってい たことから 23),その存在理由を窺い知れよう。「贖罪の地」 を生成する以上の モチーフを考慮すれば,十字架の傍に描かれている農具をかついだ野人とそれ を見送る野女を,「原罪」 の象徴である楽園追放後のアダムとエヴァと見なせな

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いだろうか。

 同様の見地から,山岳地帯のほぼ中央に見える熊の親子の姿の解読も可能と なる。大プリニウスの『博物誌』をはじめとする古代説話によれば,「出生時に 白い肉魂でしかない熊は母熊になめられることによって漸く形姿を与えられる」

とされ,その行為は中世末期においてキリストの教えに導く者にたとえられて いる 24)。さらに右端に描かれた「種をまく野人」については,マタイ,マルコ, ルカによる福音書に言及されているたとえ話を想起すべきだろう 25)。そこには

「神の御言葉を聞いて悟らなければ,悪いものが来て蒔かれた種は奪われるが,  それを聞いて悟る人は何倍もの実を結ぶ」と記されている。「種をまく野人」の 傍らに描かれた猪が,アウグスティヌス以来一貫して「悪」の象徴とみなされ ていたことを踏まえれば 26),図像が意味するものは明白である。

 多種多様な象徴モチーフによって形象化されたエルサレムは,マルセイユの 領主の巡礼の道を辿らしめると共に,彼の改宗過程までをも見事に描出してい る。また,かかる道程が主題挿絵のヴェズレーの修道院へと続く巡礼の道と照 応していることから,自らの罪を悔いて回心したマグダラのマリアの表象とし て機能していることも窺える。ただし『黄金伝説』に着想を得た図像が 15 世紀 に広く流布していたとはいえ,これほど独創的な図像プログラムが生成された 経緯は依然として不明である。

 マルグリット・ドルレアンが『黄金伝説』を所持していたことは,シャルル の蔵書目録にかんする調査から明らかにされているものの,現在フランス国立 図書館フランス語 243 番と同定されるその写本に図像プログラムのモデルは見 あたらない 27)。いっぽう,当時のフランスでは稀覯だった「マルセイユの領主 の巡礼」が 14 世紀のイタリア美術に散見することと,マルグリットの母がミラ ノのヴィスコンティ家出身であることを考え合わせれば,後者の蔵書を介した 図像の伝承を推察できなくもない 28)。しかしいくつかのモチーフがマルグリッ トの画家の図像レパートリーに含まれていることから 29),余白装飾が既存の図 像プログラムの複写でないことは明らかである。果たして特異な図像が生成さ れた経緯はいかなるものだったのか。

「語り」から「祈り」へ 30)

 マグダラのマリアの稀有な図像プログラムの着想源と,その意図を解明する

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上で留意すべきであるのは,主題挿絵の「ヴェズレーの修道院」と余白装飾の

「マルセイユの領主の巡礼」が共に子宝祈願にかんする点である。『黄金伝説』

には,ヴェズレーの修道院は男児に恵まれない当地の公爵夫妻が建立したと記 されている 31)。いっぽう異教徒であったマルセイユの領主夫妻は,キリストの 教えを布教するマグダラのマリアに「あなたが信じよと説いておいでの神さま に御願いして男の子をさずけてくださいましたら,なにごともあなたのお言葉 にしたがうことにいたしましょう」といい,その願いは叶えられている 32)。  マルグリット・ドルレアンは,1423 年に結婚してから夫リシャールが 1438 年に逝去するまでに 7 人の子女をもうけている 33)。マルグリットの画家が彼女 の時祷書を彩飾した年代については諸説あるものの,夫妻の肖像〔図版 4 〕に 2 人の幼女が伴われていることに着目したケーニヒは,後のブルターニュ公フラ ンソワ 2 世が誕生する 1435 年以前だった可能性を指摘している 34)。こうした 見解を踏まえれば,写本に男児誕生にたいする祈念が託されていた蓋然性はき わめて高い 35)

 以上の見地から検討すべきは,「聖母の時祷六時課」の冒頭を飾る「マギの礼 拝」〔図版 5 〕である。ジャン・ポルシェはこのモデルを『ベリー公の美しき時 祷書』に求めている 36)。たしかに両図像の近似性は全体の構図をはじめ多数確 認できる。しかしながら幾つかの相違点にも気付くべきだろう。まず『ベリー 公の美しき時祷書』では 2 人のマギが王冠を取って聖母子に挨拶をしているの にたいし,マルグリット時祷書ではマギのひとりが幼子キリストに王冠を被せ んとしているのである。さらに後者のマギの衣装には,ブルターニュ公家のアー ミン紋様も認めうる。彼らの姿形に見る時代錯誤性は 15 世紀に慣例化していた とはいえ 37),王冠のゆくえとともに考え合わせれば看過できまい。幼子キリス トに待望の男児を重ねあわせる当時の図像慣習に根拠を求めつつ,ここにブル ターニュ公家の世継ぎにたいする祈念を窺えまいか 38)

 無論マルグリットの夫リシャールはブルターニュ公ジャン 4 世の末息子にす ぎず,公位継承問題とは無関係であったはずである。また,写本の制作時に公 国を司っていたジャン 5 世は,すでにフランソワ 1 世(1414–1450)とピエール 2 世(1418–1457)という 2 人の子息に恵まれていた。このような状況からは, 世継ぎにたいする懸念が当時のブルターニュ公家に無縁であったと解するほか あるまい。ただし当時の妃を取巻く状況を仔細に検討すれば,図像を解明する

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図版 4  マルグリット・ドルレアンとその家族(?)

図版 5  「マギの礼拝」

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新たな視座が見出せる。

 ケーニヒがマルグリット夫妻の傍らに座を占める 2 人の幼女を彼らの娘と同 定していることは先に述べた〔図版 4 〕。もっとも 1429 年のオルレアン解放の場 面(fol. 171)が時祷書に描かれている以上,彼らはすでにマリー(1424–1477),  イザベル(1426–1438),カトリーヌ(1428–1476)という 3 人の娘をもうけてい たと考えるべきだろう。ここでリュ家の紋章をつけた者が,余白最下部に描か れていることの意義は小さくない。ケーニヒは,当家がブルターニュ史上重要 な役割を担っていたこととの関連性を指摘するにとどめているが 39),マルグ リットとリシャールの背後に控える男女を夫妻の長女マリーと婚約者ピエー ル・ド・リュと同定すれば,図像の文脈は一層明瞭となる。さらに注目したい のは,彼らが婚約した 1431 年にフランソワ 1 世がヨランド・ダンジューと結婚 し,ピエール 2 世とフランソワーズ・ダンボワーズとの結婚が公約されたこと である 40)。このことからは子宝祈願がマルグリット個人のものにとどまらず, ブルターニュ公家の繁栄に及んでいたことが窺えるのではあるまいか 41)

結論にかえて――子宝祈願表象に見る地域研究の新たな地平――

 本論ではマルグリット時祷書の彩飾からつむがれる「語り」の構造を解読し,  ブルターニュ公家の公位継承問題にもかかわる男児誕生祈願を明らかにした。

かような結論から指摘できるのは,伝統的キリスト教図像の意図的な改変や装 飾の特異性を画家の独創性に還元するのではなく,写本所有主を取巻く状況か ら検討する重要性であろう。むろん史料が十分に残されていない時代にあって,  上記の方法で図像プログラムを解読することは必ずしも容易ではない。しかし ながらブルターニュ時祷書に散見する聖人崇敬の表象と,他の図像・装飾プロ グラムに潜む作意との結節点を探求するなかで,写本注文主・所有主の立場や,  それに基づく祈念の内実が浮き彫りとなる可能性はきわめて高い 42)。また,複 数の時祷書を所有する者が少なくなかった事実に鑑みれば,各写本の使用状態 にも所有主の心性を解き明かす手がかりを求めうるだろう。

 15 世紀におけるブルターニュ公家の状況に照らして考えると,子宝祈願の表 象が時祷書と地域との連関を知るよすがとなることも期待できる。1365 年のゲ ランドの条約でブルターニュ公位継承者が男性に限られていたにもかかわらず,  フランソワ 1 世の治世(1442–1450)以降,公家が男児に恵まれなかった史実

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は 43),子宝祈願が公国の安泰や繁栄にたいする祈念と密接につながっていたこ との傍証となりうる。じっさいピエール 2 世の執政期間中(1450–1457)に制作 された時祷書には,男児の誕生と公国の存続にたいする公の祈念が確認されて いる 44)

 公国の繁栄へとつながる子宝祈願が時祷書に託されていたとあらば,その伝 承経路にも留意すべきだろう。マルグリット時祷書は,フランソワ 2 世の初婚 相手であるマルグリット・ド・ブルターニュ(1443–1469)に贈られ,彼女の死 後は公の姉マリー・ド・ブルターニュへと継承されている 45)。いっぽうフラン ソワ 1 世の妻ヨランド・ダンジュー(1412–1440)の時祷書は,公の後妻となる イザベル・スチュワート(1427–1494 / 99)に贈られている 46)。両写本間の伝承 経路に見られる相違は,前者マルグリット時祷書がフランソワ 2 世の後妻とな るマルグリット・ド ・ フォアにではなく,彼の姉に受け継がれている点に明ら かである。ここに公が寵愛する愛人アントワネット・ド・メーニュレとの間に,  すでに男児を授かっていた史実との関連性を問えないだろうか 47)

 不妊の要因がもっぱら女性に帰せられていた時代にあって 48),子宝祈願が託 された時祷書はブルターニュ公家の蔵書に限られるものではなかろう。同様の 見解は多くの女性が時祷書を所有していたことと,それらが母や義母,そして 夫から婚礼の際に贈られていることからも導かれる。かかる観点から時祷書の 図像プログラムを捉え直すなかで,注文主・所有主が未だ特定していない写本 からも子宝祈願の表象を明らかにすることが期待できる。以上の成果が地域研 究の新たな可能性を示し,さらに大きな展望の下での論考に導くことは疑え まい。

*) 本稿は,2013 年度国際叙事詩学会日本支部総会( 5 月 31 日,成城大学)での研究 報告「15 世紀ブルターニュ時祷書に辿る子宝祈願の痕跡」と,同年の日本フランス 語フランス文学会春期大会( 6 月 1 日,国際基督教大学)での研究発表「文学と装 飾の力学──『マルグリット・ドルレアンの時祷書』をめぐって──」のそれぞれ 一部を抜粋し,加筆・修正をおこなったものである。後者の要旨は『フランス語フ ランス文学研究』第 104 号に掲載予定。以上は 2012 年度に鹿島美術財団の助成をう けた海外派遣期間中の成果(報告書は『鹿島美術研究』年報第 30 号別冊,2013 年

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11 月,579–587 頁を参照)に基づくものであることをここに記し,同財団に厚くお 礼申し上げる。なお本稿では主要所蔵機関を以下の略号で記す── BnF :  Biblio- thèque  nationale  de  France ;  BRM :  Bibliothèque  de  Rennes  Métropole.

1 ) Voir  Diane  E.  BOOTON,  Manuscripts, Market and the Transition to Print in Late Medieval Brittany, Surrey :  Ashgate,  2010,  pp. 135-191.  ブルターニュの繁栄ぶり は教会や聖堂の相次ぐ修復や増築からも実証されている。Voir  Jean-Pierre  LEGUAY,  Un réseau urbain au Moyen Âge : les villes du Duché de Bretagne aux XIV e siècle et XV e siècles,  Paris :  Librairie  Maloine,  1981 ;  Jean-Pierre  LEGUAY  et  HervéMARTIN,  Fastes et malheurs de la Bretagne ducale : 1213-1532,  Rennes :  Ouest-France,  1982,  pp. 230-261 ;  Maurice  DILASSER, « L’Église  de  Locronan  et  le  mécenat  des  ducs  de  Bretagne »,  in  Artistes, artisans et production artistique en Bretagne au Moyen Âge,  Rennes :  Université  de  Haute-Bretagne,  1983,  pp. 111- 119 ;  Jean-Marie  GUILLOUËT,  Les portails de la cathédrale de Nantes. Un grand programme sculpté du XV e siècle et son public,  Rennes :  Presses  Universitaires  de  Rennnes,  2003,  pp. 147-165.

2 ) 世界各地の図書館・美術館に所蔵されているブルターニュ時祷書のリストについて は次の拙論を参照されたい── La signification et la fonction symbolique de l’ornement végétal dans les livres d’heures bretons au XV e siècle,  thèse  de  doc- torat  nouveau  régime,  Université  Paris  X,  2008,  t.  I,  pp. 11-14.

3 ) 拙論 « Une  nouvelle  réflexion  sur  le  style  de  l’ornement  végétal  dans  les  livres  d’heures  bretons  au  XVe  siècle »,  in  Effets de style au Moyen Âge,  Aix-en- Provence :  Presses  Universitaires  de  Provence,  coll. « Senefiance »,  pp. 255-257.

4 ) Heures de Pierre II (BnF  ms.  lat.  1159).  Voir  Christian  de  MÉRINDOL, « Nouvelles  réflexions  sur  le  rôle  de  l’image  dans  les  manuscrits (XIVe-XVe  siècle) »,  in  Gaston  DUCHET-SUCHAUX (éd.),  L’Iconographie : études sur les rapports entre textes et images dans l’Occident médiéval,  Paris :  le  Léopard  d’or,  2001,  pp. 277- 307 (Les Cahiers du Léopard d’or,  10).  筆者が 2012 年度日本フランス語フラン ス文学会秋季大会(10 月 20 日,神戸大学)において報告したこの写本の研究成果 は次の要旨を参照されたい──「『ピエール 2 世の時祷書』に読む祈りの表象」,『フ ランス語フランス文学研究』第 103 号,2013 年 8 月,255 頁。なお彩飾フォリオの 多くは,次のウェブサイトで参照可能── http://images.bnf.fr/jsp/index.jsp/.

5 ) Les Heures de Catherine de Rohan et Françoise de Dinan (BRM  mss.  34,  34 bis,  34 ter). これらのフォリオはすべて次のウェブサイトで参照可能── http://www. 

bibliotheque-rennesmetropole.fr/.  この写本の祈念表象については次の拙論を参照 されたい──「祈りの文脈──『カトリーヌ・ド・ローアンとフランソワーズ・ド・

ディナンの時祷書』──」,『ステラ』第 31 号,九州大学フランス語フランス文学研 究会,2012 年 12 月,147–161 頁。

6 ) Les Heures de Marguerite d’Orléans (BnF  ms.  lat.  1156B).  この先行研究につい

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ては次の拙論を参照──「写本装飾の位相──『マルグリット・ドルレアンの時祷 書』の余白装飾──」,『ステラ』第 30 号,九州大学フランス語フランス文学研究会,  2011 年 12 月,99 頁,註 6 。なお,全てのミニアチュールは現在次のウェブサイトで 参照可能── http://images.bnf.fr/jsp/index.jsp/.

7 ) マルグリット時祷書にはオルレアン家の「節くれだった枝」(fols. 13 et 25〔図版 2 〕)や「ヤマアラシ」(fol. 176)が余白装飾に挿入されているうえ,フランス王家 の血族であることを示す「ユリ」が「受胎告知」(fol. 31)や「神」(fol. 158 v)の図 像・装飾に認められる。筆者はまた,「ピラトの審問」(fol. 135)やイギリス軍から のオルレアン奪回場面(fol. 171)の図像プログラムを多角的に考察し,イギリスに 捕囚されていた兄シャルルの解放にたいするマルグリット・ドルレアンの祈念を浮 き彫りにしている。同上,87–102 頁。

8 )マルグリットとリシャールの姿は紋章をあしらった旅行風景(fol. 158 v)や諸侯た ちが剣を交える場面〔図版 4 〕にとどまらず,後述の「青い着衣の女性」を含んだ 諸図像(fols. 25〔図版 2 〕,31,58,163,168)にも認められる。マルグリット時祷 書を彩飾した画家については前掲拙論「写本装飾の位相」90 頁を参照。

9 ) マルグリットの画家が携った余白装飾には,次の宗教図像やモチーフが確認でき る──「キリストのエルサレム入城」(fol. 137)〔図版 3 〕;「サロメのダンス」「洗礼 者ヨハネの殉教」(fol. 166);「教皇行列」「ペトロの磔刑」(fol. 167);アレクサンドリ アの聖女カタリナの殉教具である剣のついた車輪(fol. 175);羊の番をするアンティ オキアのマルガレタと聖女を飲み込んだとされる竜(fol. 176)。

10) Voir  Eberhard  KÖNIG,  Les Heures de Marguerite d’Orléans,  Paris :  Éd.  du  Cerf,  1991,  p. 23.

11) 同様の構図が認められる fol. 171 roについては,前掲拙論「写本装飾の位相」,94–97 頁を参照。

12) Voir  KÖNIG,  op. cit.,  pp. 15-16.  なお,この図像プログラムの包括的な解釈は前掲拙 論を参照されたい── « Une  nouvelle  réflextion  sur  le  style  de  l’ornement  végé- tal  dans  les  livres  d’heures  bretons  au  XVe  siècle »,  pp. 260-262.

13) Voir  Martine  PAUL-SEHL,  Recherches en vue d’une reconstitution matérielle du jardin médiéval à l’aide de documents historiques, iconographiques et littéraires,  thèse  de  3e  cycle  en  histoire,  EHESS,  1980,  t.  I,  p. 238.  同様の推論は,イタリア 写本に頻出する柘榴の表象がアルプス以北では極めて稀有であったことからも導か れよう。いっぽう中世末期にフランスでも制作されるようになった『薬草図譜(Livre des simples médecines)』に柘榴は含まれているものの,その形象にはモデルを単 に複写した形跡が明瞭に認められる。

14) Voir  Mirella  LEVI  D’ANCONA,  The Garden of the Renaissance : botanical symbo- lism in Italian painting,  Florence :  L.  S.  Olschki,  1977,  p. 316.  同様の柘榴の表象 が「十字架設置」(fol. 139)の周囲に描かれていることからも,こうした解釈の妥当 性が確認できる。以上の見解は,フランス国立アンジェ大学で開催された国際シン

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ポジウム Traces du végétal(2012 年 6 月 13–15 日)の研究発表論集に掲載される 拙論で詳説している(voir « Les  sources  d’ornement  végétal  dans  les  Heures de Marguerite d’Orléans »,  à  paraître)。なお中世末期に著しく多様化したキリストの 傷口や血の表象については次を参照── Danièle  ALEXANDRE-BIDON (dir.),  Le Pres- soir mystique,  Paris :  Éd.  du  Cerf,  1990 ;  Le Sang au Moyen Âge,  Montpellier :  Université  Paul-Valéry,  1999.

15) 15 世紀ブルターニュ時祷書における「とりなしの祈祷」の図像・装飾の地域的特質  については前掲拙論 La signifitaion et la fonction symbolique de l’ornement végé- tal dans les livres d’heures bretons au XV e siècle,  t.  I,  pp. 261–275 を参照。

16) Jn  12,  3.「マグダラのマリアへの執りなしの祈祷」のラテン語テキストの全文とそ の英訳は次のウェブサイトで参照可能── http://www.medievalist.net/hourstxt/

suffrage.htm/.

17) Voir  KÖNIG,  op. cit.,  p. 23.

18) ヤコブス・デ・ウォラギネ『黄金伝説』(前田敬作,山口裕訳),人文書院,1984 年,  第 2 巻,445 頁参照。

19) 同上,448 頁参照。この伝説の創成経緯については次を参照──ジョルジュ・デュ ビー『12 世紀の女性たち』(新倉俊一・松村剛訳),白水社,2003 年,42–46 頁。

20) ヤコブス・デ・ウォラギネ前掲書,第 2 巻,437–444 頁。

21) エルサレムの表象については,農事図像にかんする筆者の研究発表ですでに言及し ている。要旨は次を参照されたい──「『マルグリット・ドルレアンの時祷書』にお ける余白装飾の両義性」,『美術史』第 170 号,美術史学会,2011 年,342 頁。

22) たしかに棕櫚の木は前述の「エルサレム入城」〔図版 3 〕にも描かれている。ここで はヨハネによる福音書(Jn 12, 12-13)に従い,町の入口でキリストを迎える人々 の手にその枝が認められるほか,樹木も風景表現の重要な一環をなしている。聖書 に記された棕櫚の木については次を参照── Christophe  BOUREAUX,  Les Plantes de la Bible et leur symbolisme,  Paris :  Éd.  du  Cerf,  2001,  pp. 78-79.

23) Voir  LEVI  D’ANCONA,  op. cit.,  p. 202.

24) PLINE  L’ANCIEN,  Histoire naturelle,  Livre  VIII,  chap.  LIV,  établi,  traduit  et  com- menté  par  Alfred  ERNOUT,  Paris :  les  Belles  Lettres,  1952,  p. 67.  この伝承の生成 と展開については次を参照──伊藤博明「熊が舐める──成形と育成の伝承をめ ぐって──」,『ユリイカ』第 45 巻 12 号,青土社,2013 年 9 月,130–141 頁。

25) Mt  13,  18-23 ;  Mc  4,  14-20 ;  Lc  8,  11-15.  それぞれの記述内容には多少の異同が認 められるため,本稿では全てのテクストに共通する大筋のみを記した。

26) Voir  Michel  PASTOUREAU,  Une histoire symbolique du Moyen Âge occidental,  Paris :  Éd.  du  Seuil,  2004,  pp. 72-74.  邦訳は次を参照──ミシェル・パストゥロー

『ヨーロッパ中世象徴史』(篠田勝英訳),白水社,2008 年。

27) Voir  Gibert  OUY,  La librairie des frères captifs : les manuscrits de Charles d’Orléans et Jean d’Angoulême,  Tournhout :  Brepols,  2007,  p. 45,  no 53.

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28) マルグリット時祷書におけるイタリア写本の影響については,筆者の研究報告書を 参照──「『マルグリット・ドルレアンの時祷書』における植物装飾の創意源泉考 察」,『鹿島美術研究』年報第 28 号別冊,2011 年 11 月,481–489 頁。

29) ケーニヒは余白右上部の駱駝を伴った旅人,左下部の近東諸国人,そして右下部  の積荷を船から降ろす人々のモデルを Secrets de l’histoire naturelle (BnF  mss.  fr. 

1377-1379)に認めている(voir  KÖNIG,  op. cit.,  p. 85,  f ig. 22-24)。マルグリットの 画家が 1428 年ごろ彩飾したこの写本は,次のウェブサイトで参照可能── http://

www.mandragore.bnf.fr/. なお,この画家が『黄金伝説』の写本彩飾に携った形跡 は確認されていない。

30) 仏教説話画における「語り」「祈り」「飾り」の機能については次を参照──加須屋誠

『仏教説話画の構造と機能──此岸と彼岸のイコノロジー──』,中央公論,2003 年。

31) ヤコブス・デ・ウォラギネ前掲書,第 2 巻,448 頁参照。

32) 同上,440 頁参照。

33) Voir  ANSELME  DE SAINTE-MARIE,  Histoire généalogique et chronologique de la maison royale de France : grands officiers de la couronne et de la maison du Roy,  Paris :  Compagnie  des  libraires,  1726-1733,  t.  I,  pp. 462-463.

34) Voir  KÖNIG,  op. cit.,  p. 19.

35) 筆者は同様の見解を「受胎告知」(fol. 31),「エリザベト訪問」(fol. 58),「アンティオ キアの聖女マルガレタ」(fol. 176)の図像・装飾からも指摘している。拙論« La  fonction  signifiante  de  l’ornement  marginal  des  livres  d’heures  bretons  du  XVe  siècle »,  in  En Marge,  Magali  COUMERT  et  Hélène  BOUGET (dir.),  Brest :  Centre  de  recherche  bretonne  et  celtique,  Université  de  Bretagne  Occidentale,  coll. 

« Histoires  des  Bretagnes »,  à  paraître を参照。

36) ジャン ・ ポルシェは「マギの礼拝」〔図版 5 〕の他,「ユダの接吻」(fol. 133),「ピラ トの審問」(fol. 135),「アレクサンドリアの聖女カタリナ」(fol. 175)の図像モデル も,『ベリー公の美しき時祷書』(New  York,  The  Metropolitan  Museum  of  Art,  The  Cloister  Collection,  1954)に求めている(voir  Les Manuscrits à peintures en France du XIII e au XVI e siècle,  Paris :  Impr.  A.  Tournon,  1955,  p. 113)。なお,

『ベリー公の美しき時祷書』が他の写本に与えた影響については次を参照── Eber-  hard  KÖNIG, « La  question  des  emprunts  aux  Belles Heures »,  in  Les Belles Heures du duc de Berry,  Hélène  GROLLEMUND  et  Pascal  TORRES (dir.),  Paris :  Louvre  éd.,  2012,  pp. 407-420.

37) Les Heures d’Étienne Chevalier(Chantilly,  Musée  Condé,  Santuario  8)では,幼 子キリストの前に跪くのはフランス王シャルル 7 世であり,その背後には彼の部隊 が控えている。Voir  Les Heures d’Étienne Chevalier par Jean Fouquet : les qua- rante enluminures du Musée Condé,  Paris :  Somogy / Chantilly :  Musée  Condé,  2003,  pp. 10-11.

38) 筆者の推測では,余白装飾に描かれた 7 つの巨大な花束や「豊穣」の象徴である野

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うさぎは,「聖母の七つの歓び」の主題のひとつである「マギの礼拝」をマルグリッ トの「世継ぎ誕生の歓び」にたいする祈念表象とする意図に基づく。このような見 解の妥当性を実証するためには,余白装飾を構成する他の諸要素を仔細に検討する 必要があろう。

39) Voir  KÖNIG,  Les Heures de Marguerite d’Orléans, op. cit.,  p. 19.

40) わずか 13 歳のピエールと 4 歳のフランソワーズ・ダンボワーズとの結婚が,かかる 形で取り決められた経緯については次を参照── Arthur  de  LA  BORDERIE,  Histoire de Bretagne,  Rennes :  J.  Plihon  et  L.  Hommay,  1972,  t.  IV,  p. 378.

41) マルグリット時祷書における子宝祈願表象の考察から,筆者は「受胎告知」(fol. 31)

と「エリザベト訪問」(fol. 58)の余白部分に描かれた青い着衣の女性をマルグリッ トと同定している(前掲拙論 « La  fonction  signifiante  de  l’ornement  marginal  des  livres  d’heures  bretons  du  XVe  siècle »  を参照)。同様の視座からは,サンティア ゴ・デ・コンポステラへの巡礼(fol. 25)〔図版 2 〕,狩猟(fol. 163),散策場面

(fol. 168)  にもマルグリットの姿を認めうる。この写本がブルターニュ公家の繁栄 にたいする祈念を内包していたとすれば,今後は他の人物像の同定も試みながら,   子宝祈願表象への関与を検討すべきだろう。

42) Voir  Elizabeth  L’ESTRANGE, « Images  de  maternité  dans  deux  livres  d’heures  appartenant  aux  duchesses  de  Bretagne »,  in  Anne-Marie  LEGARÉ (éd.),  Livres et lectures de femmes en Europe entre Moyen Âge et Renaissance,  Turnhout :  Brepols,  2007,  pp. 35-47.  この論文では,『フィッツウィリアムの時祷書』(Cam- bridge,  Fitzwilliam  Museum,  ms.  62)と『マルグリット・ド・フォアの時祷書』

(Londres,  Victoria  &  Albert  Museum,  ms.  Salting.  1222)の図像プログラムにお ける子宝祈願の例が多数指摘されている。いっぽう筆者は『ジャン・ド・モントー バンとアンヌ・ド・ケランレイの時祷書』(BnF  ms.  lat.  18026)と『ジャン・ド・

モントーバンの時祷書』(BRM  ms.  1834)の比較考察から,前者が夫から妻に贈ら れた写本であることを確認したうえで,そこに散見する幼子キリストの図像や,「聖 アンナへの祈祷文」冒頭の図像を夫妻の子宝表象と捉えるに至っている。各写本の 構成内容については次を参照── Victor  LEROQUAIS,  Les Livres d’Heures. Manus- crits de la Bibliothèque nationale,  Paris :  Bibliothèque  Nationale,  1927,  t.  II,  pp. 206-213 ;  Livres de Chasse et d’Histoire Naturelle : Bibliothèque Marcel Jeanson,  Neuilly-sur-Seine :  Claude  Aguttes,  10  octobre  2001,  lot  2.

43) フランソワ 1 世とヨランド・ダンジュー,そしてフランソワ 2 世とマルグリット・

ド・ブルターニュ夫妻が授かった男児は,いずれも夭逝している。Voir  L’ESTRANGE,  art. cité,  pp. 42-43.

44) すでに筆者は,『ピエール 2 世の時祷書』中の「神殿への奉献」(fol. 65 v)にアーミ ン紋様が施されていること,また結婚間もないフランソワ 2 世夫妻と次期ブルター ニュ公アルチュール 3 世(在位 1457–1458)の姿がともに余白装飾に認められるこ と,この 2 点の史実照応に注目し,公国の安泰祈念と子宝祈願との密接な連関を指

(17)

摘した。前掲拙論« La  fonction  signifiante  de  l’ornement  marginal  des  livres  d’heures  bretons  du  XVe  siècle »  を参照。

45) マリー・ド・ブルターニュには,前述の『ピエール 2 世の時祷書』も贈られたこと が推察されている (voir  Marie-Françoise  DAMONGEOT-BOURDAT, « Le  Coffre  aux  livres  de  Marie  de  Bretagne (1424-1477),  abbesse  de  Fontevraud »,  in  LEGARÉ

(éd.),  Livres et lectures de femmes en Europe entre Moyen Âge et Renaissance, op. cit.,  pp. 85-86)。なおマルグリット・ド・ブルターニュの蔵書については次を参 照── Jean-Luc  DEUFFIC,  Notes de bibliologie : Livres d’heures et manuscrits du Moyen Âge identifiés (XIV e-XVI e siècles),  Turnhout :  Brepols,  2009,  pp. 167-170.

46) こうした写本の伝承経路は,ヨランド・ダラゴンが娘のヨランド・ダンジューに贈っ た『フィッツウィリアムの時祷書』に,フランソワ 1 世の後妻イザベル・スチュアー トと夫妻の娘マルグリット・ド・ブルターニュの紋章や祈念像が挿入されているこ とから辿ることができる。Voir  L’ESTRANGE,  art. cité,  pp. 37  et  42.

47) フランソワ 2 世の愛人問題は建築装飾からも指摘されている。Voir  Laurent  GUITTON, « Le  mystère  du  pécheur  de  Batz-sur-Mer :  enquête  sur  une  sculp- ture  de  la  fin  du  Moyen  Âge »,  Les Cahiers du Pays de Guérande,  no 47,  2008,  pp. 70-72.

48) Voir  Sylvie  LAURENT,  Naître au Moyen Âge : de la conception à la naissance, la grossesse et l’accouchement, XII e-XV e siècle,  Paris :  le  Léopard  d’or,  1989.

CREDITS  PHOTOGRAPHIQUES (Bibliothèque  nationale  de  France)

Fig. 1 :  Sainte Marie-Madeleine.    Ms. lat. 1156B. fol. 174.

Fig. 2 :  Marguerite  d’Orléans  en  prière :  Pèlerinage  à  Saint-Jacques-de-Compostelle.

Ms. lat. 1156B. fol. 25.

Fig. 3 :  Portement de Croix : Entrée à Jérusalem.    Ms. lat. 1156B. fol. 137.

Fig. 4 :  Marguerite  d’Orléans  et  sa  famille (?).    Ms. lat. 1156B. fol. 160.

Fig. 5 :  L’Adoration des Mages.    Ms. lat. 1156B. fol. 89.

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