合した現代中国音楽文化の活用 ―
Author(s) 岩澤, 孝子; 魏, 然
Citation 北海道教育大学紀要. 教育科学編, 72(2): 325‑339
Issue Date 2022‑02
URL http://s‑ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/12424
Rights
オンライン型教育コンテンツの開発
―ポピュラー音楽と伝統文化を融合した現代中国音楽文化の活用―
岩澤 孝子・魏 然1
北海道教育大学岩見沢校音楽文化研究室 北海道教育大学大学院教育学研究科音楽教育専修
DevelopmentoftheOnlineEducationalContents
―byUsingtheHybridMusicCulture,PopularMusicandTraditionalCulture,inContemporaryChina―
IWASAWATakakoandWEIRan
DepartmentofMusicCulture,IwamizawaCampus,HokkaidoUniversityofEducation DepartmentofMusicEducation,GraduateSchoolofEducation,HokkaidoUniversityofEducation
概 要
本研究では,COVID-19の影響によって急速に普及したオンライン化が大学の地域連携事業 に及ぼした結果,登場したオンライン型教育コンテンツについて分析・考察する。研究の対象 としたのは,「歌とダンスで学ぼう!アジアのことば―中国語編―」である。これは,ポピュラー 音楽に中国の伝統文化要素を融合して創作したオリジナルの音楽とダンスを通して中国語を学 ぶというオンライン型教育コンテンツである。北海道教育大学岩見沢校が地域連携活動の一環 として2014年から継続実施してきた「あそびプロジェクト」のオンライン版のために筆者が開 発・制作した。10分強の短い映像の中では語られなかった作品の内容について,創作者の立場 から音楽・ダンスを分析的に記述することで,現代中国のポピュラー音楽を「ハイブリディ ティ」という観点から特徴づける。同時に,異文化理解教育の一環と位置づけられる外国語学 習にポピュラー音楽とダンスを応用したことの意義,さらに,これからのオンライン型教育コ ンテンツのあり方について論じる。
1.はじめに
1-1.大学の地域連携事業におけるオンライン型教育コンテンツ
近年,大学における地域連携事業が重視される傾向がみられる。都市・地方の別に関わらず,各大学はそ
れぞれの学問分野における特性を活かしながら,所在地域コミュニティへの貢献を社会から求められるよう になってきた。筆者が所属する北海道教育大学岩見沢校は,平成26(2014)年度に全国初となる芸術とスポー ツがともに文化を考えていく学科(芸術・スポーツ文化学科)として再編され,それまで以上に地域文化の 創造と発展に寄与する活動を推進してきた。その活動の一つ,「あそびプロジェクト」は音楽,美術,スポー ツの原点である「遊び」をテーマに様々な大学の活動を解放しようという試みとして企画された(山本 2015,267-268)。2014年度の第1回から,毎年2〜3回の事業を継続実施してきた本プロジェクトの具体的 内容としては,教員や学生を中心に体験型ワークショップやコンサート,フォーラム,レクチャー,展覧会 の他,地域住民の協力を得て飲食および物販の出店プログラムなどが含まれる。プロジェクト当日には,開 放された大学構内に子どもから高齢者まで多世代の来場者が訪れ,地域の文化・教育プラットフォームとし ての役割を担ってきた。
ところが,新型コロナウィルス感染症(COVID-19:以下「コロナ」)の影響により,大学構内での活動(特 に対面型)が大きく制限され,オンライン型教育が急速に押し進められた。そのため,2020年度のあそびプ ロジェクト(12回目)は初のオンライン形式で2021年2月20日〜21日に実施された。音楽,美術,スポーツ,
そしてアート・スポーツビジネスといった実技またはフィールド実践型の教育に比重が置かれる北海道教育 大学岩見沢校では,オンライン(非対面)型の授業実践に対して戸惑いや不安,質の低下への懸念など数々 のネガティブな要素が問題視されながらも,そうした現状に試行錯誤を重ねながら適応していく過程でオル タナティブな教育的アプローチが生み出されてきたのも事実である。2020年度に実施された「あそびプロ ジェクト・オンライン」は,このような背景から生まれたオルタナティブな地域連携事業といえる。
「あそびプロジェクト・オンライン」の主な内容は,専用のウェブサイト2からプロジェクト当日に配信 される映像コンテンツ(非対面・オンデマンド型)「あそびプロジェクトムービー」である。コロナ禍で急 速に普及したweb会議システム「zoom」を活用した双方向型リアルタイムのコンテンツも一部含まれたが,
プロジェクト当日に不測の事態が生じる可能性を考慮すると,事前準備が可能なオンデマンド型コンテンツ が優勢となったのはコロナ禍では自然の成り行きであろう。そこでは,オンライン・コンサート(リモート 合奏を含む)やレクチャー,アート作品のweb展覧会,地域の食文化紹介の他,歌やダンス,絵画,運動の 実践を促す参加型教育のアプローチを持つ映像コンテンツが制作・配信された。「あそびプロジェクト・オ ンライン」の実現は,スマートフォンやSNS(ソーシャルネットワークサービス),DTM(デスクトップ ミュージック),無料の映像編集ソフト・アプリ等の普及によってマルチメディアを駆使した映像コンテン ツ製作者側の経済的・技術的ハードルが下がったこと,そして,コロナの影響でオンラインコンテンツに対 する聴衆の受容も増加したことから,コロナ以前であればオンライン型の映像表現に関与しなかった教員・
学生たちもオルタナティブな活動の場を求め,挑戦し始めたことと密接に関連している。
1-2.研究の対象・方法・目的
本研究では,「あそびプロジェクト・オンライン」で配信した「歌とダンスで学ぼう!アジアのことば」
について言及する。北海道教育大学岩見沢校において音楽文化研究室の担当する教員(本論文の筆頭著者)
を中心に,中国人留学生の院生(1名:本論文の共著者)と韓国での交換留学経験を持つ学部生(1名)を 合わせて計3名でプロジェクトチームを結成して制作した「中国語編」と「韓国語編」の2本の映像コンテ ンツのうち,本研究では特に「中国語編」を分析対象とする。
プロジェクトチームでは,2021年2月20〜21日の配信に合わせて,2020年12月初頭から2021年1月中旬の 約1ヶ月半,映像コンテンツの制作を実施した。その作業工程は,①企画(内容と構成,目的,ターゲッ トの設定),②楽曲制作(作詞・作曲・編曲,デジタル音源制作),③ダンス制作,④映像制作(撮影,編
集),からなる3。コロナの影響から,これら制作プロセス全体を通じて,zoomを活用したオンラインミーティ ング,または,個別制作(②および④は魏が,③は岩澤が担当)で対応した。プロジェクトチームのメンバー は皆外国での生活経験があり,同時に,それぞれの国における音楽文化に対する高い関心と専門的知識を有 していることから,音楽文化,特に「伝統文化要素を融合したポピュラー音楽」を活用して,外国語学習を 目的とした教育的な映像コンテンツを制作することとなった。北海道教育大学岩見沢校の公式youtubeで公 開されている過去のあそびプロジェクトを検証し,「中華圏の文化に慣れ親しんでいない,小さな子どもか ら高齢者までを含む多世代の日本人」をターゲットとなる視聴者層として設定した。オンライン上で配信さ れ,誰でも自由に視聴できるコンテンツを制作するために,オリジナルの音楽とダンスの創作をまず目指し た。同時に,著作権フリーの画像,映像を採用することにも留意している。
表1.映像の主な内容と使用時間4
概要 時間
1 オープニング(タイトル) 5秒
2 歌う 1分34秒
3 歌詞の解説 3分24秒
4 ダンスの解説 4分27秒
5 歌って踊る 1分32秒
6 エンディング 8秒
表1は,「歌とダンスで学ぼう!アジアのことば―中国語編―」の主な内容とその使用時間を表したもの である。小さな子どもたちにもわかりやすく楽しい中国語学習のオンライン型コンテンツとして11分程度の 映像を制作したが,映像の中では語られなかった作品の内容について,創作者の立場から音楽・ダンスを分 析的に記述し,現代中国のポピュラー音楽を「ハイブリディティ」という観点から特徴づけることが本論文 の主たる目的である(ただし,紙数制限から,本論文では映像表現については言及しない)。この特徴を明 らかにした上で,異文化理解教育の一環と位置づけられる外国語学習にポピュラー音楽とダンスを応用した ことの意義,そして,オンライン型教育コンテンツの展望についても論じる。
2.創作内容と意図① 音楽
2-1.楽曲構成
映像コンテンツ「歌とダンスで学ぼう!アジアのことば―中国語編―」のために,筆者(魏然)が2020年 に創作した楽曲《中国語!勉強しろ!》は,中国の伝統的な五音音階(ここでは,ラ・ド・レ・ミ・ソ:以 下,音高は「移動ド」で表記する)を応用したイ短調の曲である(基本のテンポはBPM120)。その楽曲構 成は表2に示した通り,①「サビ+戯曲」(戯曲については後述)から②「ラップ」へ展開し,最後に③「コー ダ」でサビに戻る,A-B-Aの「再現二部形式」からなる(表2)。Aメロと戯曲メロは厚みのある音楽で「豊 かさ」を,Bメロはそれと対比させる形での「平坦さ」を表現し,これら対照的な性質を持つ音楽を交互に 配置してメリハリをつけている。
本作品は「中華圏の文化に慣れ親しんでいない,小さな子どもから高齢者までを含む多世代の日本人」に 向けて,中国語やその文化に楽しく触れてもらうことを企図して創作されている。そのため,現代の聴衆の ニーズや好みに寄せてグローバル化された現代のポピュラー音楽を手法とした(一見)シンプルで聞き馴染
みの良いサウンドに仕立てているが,中国の文化要素を重層的に織り込むことで「新鮮さ」や「意外性」を 際立たせている。本作品は,異文化理解教育の学習者に対し,異文化への興味関心を誘発する導入教材とし ての役割を果たしうるコンテンツであると考える。
表2.《中国語!勉強しろ!》の楽曲構成(曲の本体部分のみ。イントロは省略)
構成 ①サビ+戯曲 ②ラップ(平歌5) ③コーダ(サビ)
ブロック Aメロ+戯曲メロ 4句-対比-閉鎖
Bメロ 4句-平行-閉鎖
Aメロ 2句-平行-閉鎖
楽句 a a’ b a c c c’ c’ a a’
詞句 1 2 1 2 3 4 1 2 5 6 7 8 5 6 7 8 1 2 1 2
2-2.歌詞とサウンド
本作品をより詳細に分析するために表3に歌詞の全体像を示した(表3)。歌詞を見ると,日本語と中国 語(ここでは主に標準中国語)が交互に現れる構成であることが明白だが,これらの歌詞にあてて創られた サウンドにも中国伝統音楽の要素が多く組み込まれている。現代のポピュラー音楽をベースとした本作品に おいて,伝統文化の要素はどのように融合されているのだろうか。
表3.《中国語!勉強しろ!》の歌詞(中国語歌詞の部分は簡体字/規範字で表記)
ブロック 楽句 詩句 歌詞 中国語歌詞の邦訳
イントロ x 中国語!勉強しろ!
サビ:Aメロ
a 1 こい!こい!こい!中国語!
2 私と一緒に勉強しよう!
a’ 1 こい!こい!こい!中国語!
2 私と一緒に勉強しよう!
戯曲メロ b
3 汉语汉语中充满满了
中国語は文化と人文に満ちている 4 文化底蕴蕴与人文关怀关怀
(ohhahahahahaha)
サビ:Aメロ a 1 こい!こい!こい!中国語 2 私と一緒に勉強しよう!
ラップ:Bメロ
c 5 早安 午安 晚上好 おはよう,こんにちは,こんばんは 6 起床 吃饭饭 睡个觉觉 起きた,食事する,寝よう
c 7 你好 谢谢谢谢 对对不起 元気? ありがとう,すみません 8 我好 不谢谢 没关关系 元気だぞ!どうしたしまして,大丈夫 c’ 5 早安 午安 晚上好 おはよう,こんにちは,こんばんは
6 起床 吃饭饭 睡个觉觉 起きた,食事する,寝よう c’ 7 你好 谢谢谢谢 对对不起 元気? ありがとう,すみません
8 我好 不谢谢 没关关系 元気だぞ!どうしたしまして,大丈夫
コーダ サビ:Aメロ
a 1 こい!こい!こい!中国語!
2 私と一緒に勉強しよう!
a’
1 こい!こい!こい!中国語!
2 私と一緒に勉強しよう!
y 神啊 愿你赐赐福中国 神よ,どうか中国を見守ってください
本作品の創作過程において,曲中繰り返し登場する「サビ」を最初に作詞・作曲した。ポピュラー音楽に おける「サビ」は作品の要であり,かつ,オリジナリティを前景化できる部分でもある。まずは作詞から始 め,幾度かの改訂を経て表3に示したようなシンプルでありながらも印象的な歌詞が出来上がった。ただし,
そこには,中国語および中華圏諸民族が織りなす文化が広大かつ深淵で長い歴史を有するものであり,本作 品を通して視聴者の興味関心を惹きつけたいという創作者のメッセージが込められている。サビを中心に形 成されるブロック①は,中盤に戯曲を組み込んだ「起承転合(チッチェンジュアンホー:起承転結とほぼ同 義)」の作曲法に基づくa+a’+b+aの4楽句からなる。文章展開の一類型でもある起承転合は作曲法に も応用され,開始・継承・転換・終止を意味する(陳2007,75)。「こい!こい!こい!」のやや命令的な口 調で始まるサビの冒頭部aは,「ラ・ソ・ラ」の力強く印象的な旋律と連動したリズムで始まる。主旋律を 奏でるピアノ音に琵琶(中国の伝統楽器であるピーパー)の伴奏を電子弦楽音で挿入し,また,琵琶の旋律 に西洋古典音楽の和声法では通常不調和にも聞こえる4度音程をあえて取り込むことで東洋的な音響を演出 している。続くa’はaと主旋律を同じくしつつも伴奏を一部変更し,a+a’という起承的展開かつ平行関 係を形成している(譜例1)。
そして,転換部bにはa/a’とは異質な要素として戯曲を採用した。「戯曲(シーチュイ)」とは漢民族の 声楽ジャンルの一つで,音楽,演劇,舞踊,美術などの諸芸術が有機的に結合した総合芸術として,今日の 中国で317種存在すると言われる伝統的な劇音楽の総称である(藤井他1992,89)。戯曲の一種でありその代 表格とも言える京劇は2010年にユネスコの無形文化遺産にも登録され,中国を代表する伝統芸能として国内 外で高い知名度を誇る。この戯曲を応用したbではaからガラリと印象を変えるために,音階や楽器,奏法,
唱法においてさまざまな工夫を施した。本作品の基本音階である五音音階から七音音階6(ド・レ・ミ・ファ
♯・ソ・ラ・シ)へ移行した戯曲部では,歌の旋律や伴奏楽器とした二胡(アルフー:二弦の擦弦楽器)に
「ファ♯」音を取り入れ,「中国的な」雰囲気を表現した。aでは活力あるピチカートで演奏していた琵琶 の奏法をbでは柔和で長く響くトレモロへと転換し,また,bで登場する二胡はその個性を活かして弦を揉 むように弾き鳴らす。これらの楽器奏法を導入しサビよりも緩やかに演奏することで,aからbへの劇的な 転換を表現するとともに,戯曲が持つしなやかな美しさを際立たせた。また,bの声部では,現代の日常会 話体とは異なる古詩風の歌詞に合わせて花旦7の裏声を用い,ビブラートや下滑音,戯曲的言い回し等を応 用して,視聴者を中国の伝統世界へと一気に誘う効果を狙った。このように,bは戯曲要素を中心として中 国の伝統音楽要素がふんだんに盛り込まれた部分ではあるが,一方で,作品全体の統一感を損なわないため に,ピアノおよびドラムを残し,西洋的な機能和声とグルーヴを維持している。実はこうした選択的な伝統 要素の導入という手法(伝統音楽そのままの形ではない)は,現代の中国ポピュラー音楽界において戯曲唱 法を取り入れた楽曲制作に顕著な傾向である。ブロック①は再びaに戻って終止する。
ブロック②は,喋るように歌うラップを応用して視聴者とともに中国語を学ぶ部分である。小さな子ども
譜例1.「サビ」 譜例2.「ラップ」
たちにも楽しんでもらいたいとの配慮から,歌詞に採用した中国語はごく基本的な挨拶の言葉ばかりであり,
ここでの歌詞がはっきりと聞こえるように作品全体のテンポを設定した。ブロック②の,歌詞と一体化した 旋律とリズムはブロック①と比較するとかなり平易であり,パターン化されている(詩句5〜8の基本リズ ムは全て同じ)。例えば,詩句5は「早安午安」の四文字/四音節からなるリズムで始まり「晚晚上好」の三 文字/三音節のリズムで解決するが,これら歌詞の間に休符があるため,歌いながら次々と発声する緊張感 から解放される構成になっている(譜例2)。平易なリズムパターンと休符を挟む「緊張と緩和」の繰り返 しは,リズムに乗って楽しく語学を身につけるのに適していると言えるだろう。譜例2にもある通り,ブロッ ク②の前半部(c+c)には明確な旋律がなく,リズムとフローが重視される。ラップのフロー8は声調を 有する中国語の発声に合わせているが,ラップの一般的なルールに従い各詩句の最後は下降で設計した(譜 例2の弧線記号)。さらに,ブロック②の後半/反復部(c’+c’)は話し言葉に近いフローを維持できる範 囲で跳躍や下滑音を取り入れ,旋律的な展開をみせている。なお,本作品はデジタル音源を用いているため,
音程を微妙に変えた呼応的な声部を多層的かつランダムに配置し,世界中のさまざまな人々が一緒に学んで いるという錯覚を覚えるような音響上の仮想空間も創出している。また,伴奏音楽と使用楽器は電子弦楽器 からピアノへ変更し,ベースも一部分のみ使用するとして,やや軽めに仕上げている。ただし,戯曲の中心 的な打楽器群(例えば小鑼9)をドラムに合わせて効果的に使い,中国的な要素を保持し続けた。ラップの 最後で「中国語!勉強しろ!」の声が背後から再び響き,サビへと戻る。
コーダでは最初と同じサビが歌われているだけでなく,その背景でラップの歌がブロック②より2倍遅い 速度で鳴り響いている。サビとラップを並行して展開し,作品で登場したモチーフを統合する作曲テクニッ クの一つである。コーダの最後で「神呐呐,愿你赐赐福中国」という古詩が背景で聞こえるが,これは中国への 祝福と平和への願いを込めたメッセージにもなっている。
最後に,本作品のコード進行について,サビとラップで「aとc:Ⅰ−Ⅵ−Ⅳ−Ⅴ−Ⅰ」,「a’とc’:Ⅵ
−Ⅲ−Ⅳ−Ⅴ−Ⅰ」,戯曲で「b:Ⅱ−Ⅲ−Ⅶ−Ⅰ」を使用した。創作過程においてより難解なコード進行 を選択することは可能であったが,「わかりやすさ」も本作品の重要な要素であり,旋律に適したコード進 行としてこれらを選択した。全てのコード進行がⅠで終止するというパターンによって視聴者に安心感をも たらすとともに,戯曲での大胆なコードの展開にも見られるように,メロディーに合わせたオリジナルのコー ド進行となっている。
3.創作内容と意図② ダンス
視聴者が映像を見ながら一緒に踊れるように,「リズムと動きが合致した,わかりやすくてノリの良い,
中国の伝統要素とポップス要素がバランスよく融合されたダンス」という条件を満たすために,「日本語の 歌詞と連動した動き」,「中国的な動き」,「ヒップホップのグルーヴ感を伴う動き」の3点を中心にダンス創 作を行なった(図1〜図5.5。図は全て鏡像)。
第一の「日本語の歌詞と連動したダンス」には,詩句番号1,2を一つのフレーズとしたシークエンス(図 2.1〜2.6)が相当する。ここでは,片手指を繰り返し手前に引き寄せる「来い」のジェスチャーや人 差し指を前後動かす「私と一緒に」を表現するジェスチャーを用いたのに加え,両手の上下運動や自転で躍 動感を加え,曲中何度も登場する歌詞が遊び的な身体感覚と合致するよう努めた。
第二の「中国風の動き」としては,創作過程において曲中フューチャリングされていた戯曲の動作を振付 に取り入れようと試みたが,パッと見ただけでそれとわかる単純なポーズや動きのモチーフが決まらず,試 行錯誤の結果「中国武術」を応用することとした。これは配信映像の中で演者がいわゆる「カンフースーツ」
を着用していたこととも関係している。中国武術を応用した動きには,図1,図5.5の「抱拳礼10」,図3.1
〜図3.4で一つのシークエンスを形成する太極拳の型「野馬分鬃11」,その他,図4.1〜図4.4,図5.1,
図5.2に見られる拳を使った「突き」のバリエーションが含まれる。太極拳の型は,しなやかで気の流れ が途切れないゆったりとした一連の動きからなるため,音響的に柔和な雰囲気を醸し出す戯曲の場面に相応 しいと考えた。図3.5〜図3.6はそれまでの一連の動きの中で両手が集めた気のエネルギーを体の中心 に引き戻し,屈伸のリズムと共に力強く押し出し開放するという動きである。太極拳の型ではないが気の流 れに沿って創作したバリエーションの一つとも言える。
第三の「ヒップホップのグルーヴ感を伴う動き」では,特別に名付けられたステップを使用していないが,
ラップの平板なリズムに合わせて用いた中国武術の「突き」に呼応するつなぎの動きとして,足踏み(図4.6,
図4.7,図5.3,図5.4)や胸部の前後運動(図4.5)から生まれるシンコペーションのリズムを 使い,ヒップホップ的なグルーヴを創出している。ブロック②で作曲者が「4拍+3拍」で一つのまとまり としていた基本的なリズムパターンを,ダンスでは二つ繋げ「4拍+3拍+8拍」として中国武術からヒッ 図1.基本ポーズ 図2.1-2.6 サビ(詩句番号1,2)のダンス
図4.1-4.7 ラップ(詩句番号5,6)のダンス 図3.1-3.6 戯曲(詩句番号3,4)のダンス
図5.1-5.5 ラップ(詩句番号7,8)のダンス
プホップ的なグルーヴへとグラデーション的に展開していく構造とした。8拍部分のステップを同じにする ことで,詩句5,6で現れた基本シークエンスのバリエーションとして詩句7,8の動きが現れ,それが動 作として自然な流れと感じられることを意図している。
最後に,表4中に記した「分類」は次の二つの観点からダンスを分析した結果である。まず大分類として 歌詞を伴う音楽に振り付けられたダンスに特有の二分法「(歌詞の意味と直接的な関連がある)当て振り①」
と「(歌詞の意味とは関わりのない)純粋舞踊②」,さらにジャンル区分に従った下位分類として「中国武術
(ア)」,「ヒップホップ(イ)」,「その他(ウ)」の三分法を用いた。表4から,当て振りが少なく,歌詞の 意味と関係のない振付がほとんどを占めているとわかる。創作過程において,中国語学習を意図したラップ のパートは当て振りにするべきか迷ったが,歌いながら踊るという視聴者の状況を考慮し,グルーヴやリズ ムを表現するだけで十分としてダンスで意味を負荷しない方が良いと判断した。また,下位分類を見ると,
中国武術の要素が最も多く含まれていることがわかる。太極拳の型が複数の動きで構成されていることもそ
表4.《中国語!勉強しろ!》のダンス:動きの説明と分類
詩句 歌詞 図 動きの説明 分類
x 中国語!勉強しろ! 1 抱拳礼:指を立てた片手にもう片方の手の拳を合わせて立つ ② ア 1 こい!こい!こい! 2.1 右手・右足を前方に出し,右手で3回「こいこいこい」と誘う ① ウ 中国語! 2.2 右足を引き戻して,両肘を曲げ左右交互に上下する ② ウ
2
私と 2.3 左手の親指で自分を指す ① ウ
一緒に 2.4 右手の人差し指を顔の前に置いてから,前方へ出し戻す ① ウ 勉強しよう! 2.5 右手で反動をつけ,時計回りに一周自転する ② ウ
2.6 正面向きになり両腕を組む ② ウ
3
汉语汉语中 3.1 ゆっくり両手で輪を作りながら,膝を曲げて重心を少し下げる ② ア 充 3.2 左足を曲げ上げると同時に右足の膝を伸ばす。 ② ア 满
满了 3.3 左足を斜め前方に出し,踵をつける ② ア
4
文化底蕴蕴与 3.4 左足に重心を移し,両手を開く ② ア 人 3.5 左足を右に引き戻しながら,両手をお腹の前に引き寄せる ② ウ 文关怀关怀 3.6 両足を少し開き3回屈伸してから両手を前方に押し出す ② ウ
5
早 4.1 右手を拳に握って前方に出す ② ア
安 4.2 左手を拳に握って前方に出す ② ア
午 4.3 両手の拳を同時に外側に回して手の甲を下に向ける ② ア
安 4.4 両手を腰に引き寄せる ② ア
晚上好 4.5 胸を前後に動かす(3回) ② イ
6 起床 吃饭饭 4.6 両足を左右交互に蹴り上げるように足踏みする ② イ 睡个觉觉 4.7 両手を横に広げて4.6と同じように足踏みする。 ② イ
7
你好 5.1 右方向に向き,右足を前に踏み出しながら右手拳を前に出す ② ア 谢谢
谢谢 5.2 左方向に向き,左足を前に踏み出しながら左手拳を前に出す ② ア 对
对不起 5.3 踵を上げ下げする(3回) ② イ
8 我好 不谢谢 5.4 左向きになった体を正面に向けながら,両手を左右に広げるよう
にゆっくり上にあげる。4.6のように両足で足踏みする ② イ
没关关系 5.5 1と同じポーズ ② ア
の一因だが,特に突きの動きが一音節ないしは二音節で完結するにもかかわらず複数のバリエーションがあ り,ラップの力強くも単調なリズムに適していたことが二つ目の要因と考えられる。
4.分析と考察:ポピュラー音楽のハイブリディティ
4-1.現代中国におけるポピュラー音楽
「ポピュラー音楽」はその音楽が置かれている歴史・社会・文化的状況によって様々な視点が存在し,一 般的な理解のみならず学説においても,明確に定義づけることが困難な用語,現象である。中国ではこの種 の音楽実践を「通俗音楽」または「流行音楽」と呼ぶ。かつてこれらの用語は同じ現象を指したが,後に両 者の意味内容が分化し,現代的な意味でのポピュラー音楽(ポップミュージック)に対しては後者の呼称「流 行音楽」が適用されるようになった(王2013,19)。前者の「通俗音楽」は日本語の「大衆音楽」に相当す る語で「一般的に理解しやすく,活気があり,流通しやすく,聴衆が多い音楽の一種」とされる。しかし,
そこに含まれる音楽ジャンルに対する見方は多様である。例えば,『中国大百科全書』では「西洋の芸術音 楽または古典音楽,伝統音楽,民族音楽とは区別」(中国大百科全書編集部編1989,644)し,ある種の権威 づけられた音楽実践とは一線を画す現象とみなしている一方,『オックスフォード音楽辞典(中国語版)』で は,「古代から現代の中国や外国におけるすべての音楽作品で単純な形式と滑らかに聞こえるという特徴を 持つ音楽であれば,民謡や芸術音楽・古典音楽も含まれる」(Kennedy2002,908)とある。また,より現 代的な意味におけるポピュラー音楽としては,20世紀以降の商業主義的な音楽産業と密接に結びつく娯楽/
流行音楽の他,それとは全く逆の(初期のヒップホップのように)カウンターカルチャー的な音楽実践も含 まれうる。
このようにポピュラー音楽は多様な形で人々の生活世界に浸透し,発展を遂げてきた。それと同時に,あ の有名なアドルノの言説―「構造的規格化Standardization」と「似非個性尊重Pseudo-individualization」(ア ドルノ2002,145-156)―のような,芸術音楽との比較からポピュラー音楽を「取るに足らないもの」として 批判する傾向も見られる。「取るに足らないもの」といっても,アドルノはポピュラー音楽への批判として よく使われてきた「低級と高級」「単純と複雑」「幼稚と洗練」という観点から単純に批判していたわけでは ない。実際,彼は,これら3つの観点から見た時,シリアス(芸術)音楽より優れたポピュラー音楽が存在 することを認めているが,ポピュラー音楽に「構造的規格化」という性質を割り当て,音楽的に訓練を受け ていない聴衆が「自然に」思える範疇で生産・消費される音楽実践というネガティブなレッテルを貼った(た とえ,そこに聴衆の注意を喚起するような刺激(エセ個性)が新たに生まれていたとしても,それもまた「自 然なるもの(規格化された生産)」の範疇におさまりうる)(同書,145-151)。このアドルノのポピュラー音 楽批判についてはその是非をめぐって様々な議論が展開されている。
これらの多様な立場を俯瞰した上で,本研究では,中国のポピュラー音楽に見られる「多元収容性(ハイ ブリディティ)」という性質に着目し,その領域を「現代の多様なメディアと音楽産業の結びつきによって 生産・消費される,西洋クラシック音楽以外の音楽実践」と広く位置づけたい。中国におけるポピュラー音 楽は,海外から国内に導入されるポピュラー音楽の影響を色濃く受けてきた。ラップやジャズ,ブルース,
ヒップホップなど多様な音楽ジャンルやスタイルも取り込み,その創作・制作規則に習熟する過程で自国の 音楽的好みに合わせて再構築して「中国化された」ポピュラー音楽を生み出してきた。ここでの音楽はポピュ ラー音楽の「大衆性」と合致する主流派,すなわち,メインストリームでの音楽実践のみを指すのではなく,
アンダーグランドやインディーズといった非主流派的音楽実践や中国の伝統音楽(古典音楽や民俗/民族音 楽)をも内包しており,それらの相互作用によって芸術性と独自性に富んだ作品の土壌が育まれてきたと言
える。さらに,現在では,「中国好声音12」や「中国有嘻嘻哈13」などの歌唱コンクール/バトル形式の音楽番 組が放送され,そこで繰り広げられる成熟した音楽を目の当たりにした大衆にも現代中国のポピュラー音楽 が広く認知されるようになった。
現代中国ポピュラー音楽のハイブリディティという性質をよりよく理解する音楽実践として筆者が特に注 目するのが,中国の伝統文化要素との融合である。中華圏のポピュラー音楽を牽引し,広くアジアで人気を 誇るシンガーソングライターの一人,周杰倫(ジェイ・チョウ)は中国の伝統文化要素を融合させたハイブ リッドな作品を多く手掛けている。2006年に上映された映画「霍元甲(邦題はSPIRIT)」のエンディング曲 は,ヒップホップカルチャーと中国武術,戯曲を見事に融合し独自性と芸術性に富んだ「中国ポピュラー音 楽」におけるハイブリディティを具現化した作品例である14。このような融合はポピュラー音楽と伝統文化 要素を単純につなぎ合わせて出来上がるのではなく,一つの新しい文化として再構築される現象と言える。
4-2.《中国語!勉強しろ!》にみるハイブリディティ 4-2-1.音 楽
前述の通り筆者は《中国語!勉強しろ!》がポピュラー音楽をベースとしながら如何に中国の伝統文化要 素を融合した作品であるかについて,音階・音程・コード進行・楽器・歌詞・唱法の観点から明らかにした。
この融合は4−1で主張したような現代中国ポピュラー音楽のハイブリディティという性質を手がかりに実 践したものである。本項では,まだ詳述していない作品の「声部」に焦点を当て,そのハイブリディティを 中国語の発話表現・自然な歌声・戯曲唱法・ラップ唱法の4つの観点から分析する。
第一の「中国語の発話表現」はいわゆる歌唱ではない声部を意味する。ポピュラー音楽において,「発話」
や「語り」など歌唱以外の声部を組み込むことがあり,時にそれが歌とは異なるダイレクトな印象を与える 効果を持つことから,本作品でも多様な発話表現を声部に取り入れた。これに相当するものとして,冒頭の
「中国語!勉強しろ!」,戯曲メロの背後に鳴り響く笑い声「ohhahahahahaha」,ラップパートでのレ スポンス,そして,最後の戯曲風の詩「神呐呐,愿你赐赐福中国」がある。
本作品のタイトルであり,イントロに当たる「中国語!勉強しろ!」で創作者は特別な意味を込めている。
音源サンプル制作時に想定していた「中国語,勉強しよう!」という言い回しはあまりに普通すぎ,思案し ていた時,毎日のように「勉強しろ!」と命令されて育った自身の経験を思い出した。「中国語!勉強しろ!」
という命令形を用いる方がインパクトも強く,現代中国の教育事情を作品に反映できると考えた。また,そ の発声にも中国的な要素を取り入れている。日本語ではあるが音源では中国語特有の児化(アル化:巻舌音 化)を用い,「ちゅうErごくご,べんきょうしろEr」と発音している。これは日本語の中国語式発声であり,
日本語と中国語の発声上のズレがもたらすグロテスクさは異文化への入り口となった。このフレーズのすぐ 後に戯曲特有の打楽器音を入れ,本作品で主に使用した伝統音楽要素「戯曲」との関連を暗示している。戯 曲メロではその女方である「花旦」の裏声が優美に聞こえるが,その直後に戯曲で「净净」と呼ばれる役柄特 有の高笑い「ohhahahahahaha」を挿入した。花旦の柔美な歌声と対照的な英雄の威風堂々とした笑い 声は作品に活力を与えるとともに,役柄ごとに異なる歌唱法を持つ戯曲の奥深さを表現している。また,ラッ プパートにはコール・アンド・レスポンス形式で歌と発話が交互に(一部重なりながら)聞こえるように制 作した。「早安午安晚晚上好」とラップ唱法でフローを聴かせて歌うメインの声部に呼応するように「晚晚上好」
の発話を挿入し,まるで大勢で一緒に歌い話しているかのような活気に満ちた音響効果を演出している。コー ダの最後に聞こえる古詩「神呐呐,愿你赐赐福中国」では,戯曲風の発話を取り入れることで戯曲要素との融合 を特徴とする本作品に統一感をもたらした。
第二の「自然な歌声」とはサビの唱法を意味している。大衆音楽/流行音楽としてのポピュラー音楽に一
般的な,自然な歌声であり,多くの視聴者が歌いやすいように高すぎないキーに設定している。第三の「戯 曲唱法」は,厳密には伝統的な戯曲唱法とは異なる。ポピュラー音楽で流用される戯曲唱法とは,先に述べ た周杰倫の《霍元甲》や刀郎(ダオラン)の《画船記》(2020)のように,戯曲唱法の特徴を模倣して流用 した戯曲的唱法と呼ぶべきものである。作品に大きな転換をもたらし,中国風の世界観を表現できる手法で あることから,現代中国のポピュラー音楽制作・歌唱法の一つのテクニックとして定着しつつある。そのよ うな背景から,本作品でも本格的な戯曲唱法ではなく,裏声やビブラート,下滑音,戯曲的な言い回しを模 倣・応用することで「ポピュラー音楽における戯曲唱法」を作中にとりいれている。第四の「ラップ唱法」
については,3−2ですでに述べたように,特に明確な旋律のない前半部にその顕著な特徴が表れており,
リズムとフローを重視する歌唱法と言える。他の歌唱部と比較すると,ラップ唱法は歌詞に現れる言葉本来 の発音や抑揚(イントネーション)をより忠実に再現できること,そして,シンプルで楽しいリズムの繰り 返しが相乗効果をなし,外国語学習に最適な音楽形式とみなされる。
4-2-2.ダンス
前述の通り筆者は,本作品のダンスが「日本語の歌詞と連動した動き」,「中国的な動き」,「ヒップホップ のグルーヴ感を伴う動き」の3つの異なる要素を融合したものであることを明らかにし,その配置とバラン スについて言及した。現代中国ポピュラー音楽のハイブリディティという性質を手がかりに制作された楽曲 に調和する形でダンスを創作したが,「日本語の歌詞と連動した動き」のように音楽とダンスは直接的/直 線的関係を常に結んでいるわけではない。戯曲と中国武術の関係やラップパートに見られるリズムのまとま りへの捉え方にあるように,音楽とダンスは時にずれながら発展していく関係を形成している。本項では,
中国武術とヒップホップにみられる「ハイブリディティ」について,「グローバライゼーション」と「ロー カライゼーション」との関連からさらなる分析と考察を加えたい。
中国の伝統的な武術には様々な名称と実践があり,本論文では混乱を避けるために「中国武術」という語 をその総称として用いている。中華民国時代の1928年,多様で混乱していた中国武術の名称を「国術(クー シュー)」として統一したが,1949年中華人民共和国(中国)と中華民国(台湾)の分離以降,中国は「武 術(ウーシュー)」と改称して,それぞれ別々の発展をし,現在ではその内容や解釈に差異が生まれている(朴 2005,29-31)。また,台湾では「国術(クーシュー)」を「攻夫(日本ではカンフーとして知られる」と呼 ぶこともあるが,それは1970年代の映画俳優ブルース・リーらの活躍で攻夫が一躍有名になったこととも起 因する(同書2005,33)。中国における「武術(ウーシュー)」とは,中国の伝統文化理論を基礎とした徒手 あるいは器具を用いた攻防動作を主要な内容とする鍛錬であり,攻法運動,套路運動,格闘運動の三種の形 式に分けられ,さらにまた,「伝統武術」と「競技武術」に大別される(同書2005,31)。本作品で採用した 太極拳は北挙や南挙などとともに「伝統武術」の「套路(型)」に分類されている。
このように,中国武術は高度に体系化され,細分化・専門化されている。本作品のダンスに現れる中国武 術の表現は,音楽における中国的要素の融合と同様に,伝統文化理論や高度な身体技法に裏打ちされた本格 的な武術そのものとは言い難く,型と気の流れの「イメージ」を模倣的に流用し,融合したものである。こ のような流用/融合がポピュラー音楽の振付として受容されるうのは,中国武術界での細分化によって生じ た名称の煩雑さや簡易化された健康体操として国際的に広がった太極拳の存在,映画やアニメ等のマスメ ディアを通じて変形したマーシャルアーツの表象によって,中国武術の全体像が曖昧なままグローバル化さ れたイメージとして定着してしまったことに起因する。専門家集団を超えて世間に広がるグローバル・イ メージはハイブリッドな創造性を後押ししている,とも考えられる。
一方,ヒップホップは,ラップを含む音楽要素のみならず,ダンス,グラフィティアートといった多ジャ
ンルのアート表現が渾然一体となって1970年代のニューヨークから生まれた総合的なカルチャーとして知ら れている。
ヒップホップ文化は,1970年代を通して,ニューヨークの,主として黒人あるいはラティノのダンサーや,
ミュージシャンや,グラフィティアーティストが生み出したものである。音楽形態としてのラップは1970 年代末期からレコードとしても発表されるようになったが,それはジャマイカのサウンドシステムと結び ついたカリブ海の発声法,アフリカのリズムパターン,リズム&ブルースやソウルのスタイルを吸収した ものであった。これらはまた,ユーロディスコ音楽の一部,そして特にクラフトワークの合成された電子 音とも結びついていた。(中略)ラップは「黒人音楽」として出現したわけだが,黒人ミュージシャンによっ て作り出されたわけではないし,これを聴いたり,踊ったりしていた聴衆が,全く黒人だったわけではな い。その音楽にはラテンアメリカ人や白人ミュージシャンも参加していたし,多様な聴衆層に幅広く受け 入れられたのだ。(ニーガス2004,166)
ニーガスが述べているように,ヒップホップはその発生において黒人の音楽文化と同一視されがちだが,
実際は,人種・民族,サウンド,リズム,スタイル,聴衆等,あらゆる次元でハイブリディティを内包して きた音楽文化実践である。その後,アメリカのカルチャーとして海外へ輸出されるようになったヒップホッ プは土着化し(ローカライゼーション),さらなるハイブリディティの様相を呈していく。
ヒップホップに関しては,(中略)音楽産業がこうした文化形態を,アメリカの最新流行スタイルとして 地元マーケットに持ち込みます。それと並行して,産業によって押し付けられたおしゃれなヒップホップ の定義に,異議を唱える人たちも出てきます。(中略)このようにして,二者のあいだで地元レベルでの 対立が発生し,この対立ゆえ,抑圧的な政府に対立するという際立って政治的な活動をせずとも,結局は 後者が何らかの形でヒップホップとしての正統性を主張し始めるわけです。そのプロセスの中で,ヒップ ホップはローカライズしていきます。(同書2004,341)15
ニーガスとの対談の中で,安田が指摘している「ヒップホップのローカライゼーション」は,現代のアジ ア圏で絶大な人気を誇るヒップホップがそれぞれの国で融合,土着化し,発展を遂げた経緯を如実に表して いるといえるだろう。特にラップは,その土地の言語を歌詞に組み込むことでライム(押韻)やフローに独 自性が生じやすい。ニューヨークのカウンターカルチャーをルーツにしながら,土地土地の歌詞から生まれ るリズムが音楽や身体技法へと波及し,さらにハイブリッドな音楽実践が形成されるのである。ヒップホッ プのハイブリディティは,グローバル化とローカル化の両義性によって支えられてる。
5.おわりに:ハイブリッドなポピュラー音楽を活用したオンライン型教育コンテンツの有用性
「歌とダンスで学ぼう!アジアのことば―中国語編―」は,北海道教育大学岩見沢校の地域連携事業「あ そびプロジェクト・オンライン」で配信されたオンライン型教育コンテンツである。映像の核となる《中国 語!勉強しろ!》は1分半程度の短い作品だが,その中には中国語の基本的な会話だけでなく,音楽・ダン ス・映像を総合したマルチメディアを介して中国の文化要素が重層的に織り込まれており,視聴覚のみなら ず全身体感覚にアピールする新しい教育コンテンツであるといえる。このような形を実現に導く手法として 現代中国のポピュラー音楽,特に伝統文化要素との融合が見られるハイブリッドな音楽文化実践を応用した
点もこの研究の特徴と言える。この実践に関わったプロジェクトチームのメンバーは,大学で世界諸民族の 音楽文化を研究しており,外国語学習をより総合的な異文化理解教育の枠組みで捉えようとする傾向を持っ ている。作品に含まれる中国語の歌詞(特にラップパート)だけを見ると学習者に提供するその語彙量は非 常に少なく感じるかもしれないが,創作者がコンテンツに込めた意図を読み解いていくと,中国文化に関す る実に様々な情報を含んでいることがわかる。
長らく続くコロナの影響でオンライン型の教育活動はますます定着し,発展することが予想される。オリ ジナルの楽曲を用いているため,オンデマンド型のコンテンツとして耐久性が高いだけではなく,本コンテ ンツは近い将来,対面型ワークショップでの利用も念頭に置いている。その際,本論文で述べたような伝統 文化要素に関する説明や中国のポピュラーカルチャーに関する考えを取り入れることでより豊かな教育コン テンツに発展していく可能性を秘めている。
現代中国のポピュラー音楽が日本の異文化理解教育の文脈で提示される事例はまだまだ珍しいと考える が,このアプローチは,現代の中国文化を理解するという意味でも非常に意義深い。最後に,「中国ミレニ アル(《中国語!勉強しろ!》の創作者はまさにこの世代!)」が「中国ヒップホップ」に抱くアイデンティ カルなイメージに関するエッセイの一節を本論文のまとめとして引用したい。
アイドルとヒップホップは,今や中国ミレニアル(1980年から2000年までに生まれたミレニアル世代)に とっての二大ブームだ。豪華な舞台,派手な演出に現在の中国の勢いを感じるけれど,音楽バトルの根っ こには「中国を世界に」といった意欲や親世代から続く「努力・友情・家族愛」といったメッセージ性も 持ち合わせている。実際,ヒップホップ番組で流れる曲の歌詞や出演者のメッセージの中では「中国ヒッ プホップと中国カルチャーを世界に」という熱い思いが何度も繰り返される(小山 2018,138)
【付 記】
本研究は,北海道教育大学岩見沢校による地域連携プロジェクト「あそびプロジェクト」のための運営費 交付金から助成を受けた。また,本研究の核となる映像コンテンツ「歌とダンスで学ぼう!アジアのことば」
は,二人の学生,魏然(中国語編担当者・本論文の共著者)と成田紫苑(韓国語編担当者)の両名なくして は実現し得なかった。残念ながら本論文では韓国語編について詳細に言及できなかったが,この場を借りて 二人の類い稀なる才能と努力に対して敬意を表するとともに,心からの感謝を伝えたい。
【参考文献】
アドルノ,テオドール・T(渡辺裕編)2002「ポピュラー音楽について―ジョージ・シンプソンの支援を得て〔1941年〕」『ア ドルノ音楽・メディア論集』(村田公一他訳)平凡社,pp.137-207
小山ひとみ2018「中国オンライン音楽バトル番組の熱」『STUDIOVOICE(いまアジアから生まれる音楽)』vol.413,p.138 INFASパブリケーションズ
Kennedy,Michael2002『牛津簡明音楽辞典(オックスフォード音楽辞典)』第4版(中国語版)(唐其竞竞訳),人民音楽出版社 中国大百科全書編集部編1989『中国大百科全書音楽舞踊巻(中国大百科事典・音楽舞踊巻)』第1版,中国大百科事典出版社 陳国泉2007『歌曲写作教程(歌曲創作教材)』第2版,人民音楽出版社(中国語)
ニーガス,キース2004『ポピュラー音楽理論入門』(安田昌弘訳)水声社
朴貴順2005「1949年以後の中国武術の名称について―『国術』(Kuo-shu)と『武術』(Wu-shu)を中心に」『スポーツ史研究』
(スポーツ史学会)18:29-36
藤井知昭,水野信男,山口修,櫻井哲男,塚田健一編1992『民族音楽概論』東京書籍
山本理人2015「芸術・スポーツ文化と『まちづくり』―大学の資源を生かした『複合型地域アート&スポーツクラブ』設立の 取り組み」―」『芸術・スポーツ文化学研究』(北海道教育大学岩見沢校 芸術・スポーツ文化学研究編集部会編集)大学教 育出版,pp.260-271
魯大鳴2002『京劇への招待』小学館
王思琦2013『流行唱法的理論与実践(ポピュラー音楽唱法の理論と実践)』第1版,河南大学出版社(中国語)
【インターネット資料】
歌とダンスで学ぼうアジアのことば(中国語編)
https://www.youtube.com/watch?v=9zp1rvjF4Vg&list=PLcAJ2y-KHd3ta__rQInM6hjzr000oGuye&index=13(2021年9 月10日閲覧)
周杰倫JayChou【霍元甲Fearless】-OfficialMusicVideo(2013/06/11)
https://www.youtube.com/watch?v=wr-6wwt8RXk&t=77s(2021年9月10日閲覧)
入門太極拳5.左右野馬分鬃【ズオヨウイェマーフェンゾン】詳細解説(日本語字幕付き)(2017/12/13)
https://www.youtube.com/watch?v=pfX-BeKAyPA(2021年9月20日閲覧)
北海道教育大学岩見沢校あそびプロジェクトオンライン特設ページ https://www3.hokkyodai.ac.jp/iwa_regional/(2021年9月20日閲覧)
1 本論文は,岩澤が1・3・4(4−2−2のみ)・5を,魏が2・4(4−1・4−2−1のみ)を分担執筆している。
2 https://www3.hokkyodai.ac.jp/iwa_regional/
3 コンテンツの配信については,プロジェクトチームの担当業務ではなく,北海道教育大学岩見沢校の事務グループの一つ,
広報・地域連携グループが担当した。あそびプロジェクトの広報活動の一環として,中国語編,韓国語編ともに1分程度の 短い紹介映像を作成し,プロジェクト前の広報映像として配信したのも同グループである。
4 表1で示したタイムラインは,魏が作成したオリジナルの映像から算出した。「あそびプロジェクト・オンライン」の専用ウェ ブサイトで実際に配信された映像には,他の映像コンテンツとの統一感を持たせるために,広報・地域連携グループの担当 職員が「あそびプロジェクト」のロゴを挿入するなどして再編集しており,オリジナル版と実際の配信映像との間には15秒 程度の差異がある。
5 平歌:ここでは,ヒップホップ音楽におけるいわゆる「ラップ」の部分をさす用語で「バース」とも呼ぶ。一般にヒップホッ プ音楽ではフック(ラップ以外のサビの歌唱部)」とバースが交互に現れる。
6 七音音階は中国古楽や戯曲等で伝統的に用いられてきた音階である。戯曲の中核をなす声楽は,高腔・崑腔・梆梆子腔・皮黄 腔(西皮腔+二黄腔)の4つの声腔系統に分類されるが,それらはまた地理的環境から北方系と南方系に二分される。北方 系は七音音階,南方系は穏やかな五音音階を好むという特徴が指摘される。(藤井他1992,89-91)
7 花旦(ホアダン)は,京劇の女方「旦」の一種で娘役を指す。京劇には,「生(ション)」,「旦」,「浄(ジョウ)」,「丑(チョ ウ)」といった4つの主要なキャラクター(行当:ハンダン)がある。(魯2002,42-43)
8 映像中の「歌詞の解説部」で筆者はフローを「かっこよく歌うこと」と簡単に説明している。このラップにおける「かっこ よさ」の源とも言えるフロー(歌いまわし)には,正確なリズムやイントネーション,言い回し,呼吸等,ラップ唱法全体 にかかる技の総体という含意がある。
9 小鑼(シャオルオ)は銅製の打楽器で,「鑼板」と呼ばれる約20センチの木片で打ち鳴らす。大鑼(ダールオ),鐃(ナオボー)
とともに京劇で用いられる金属製の打楽器。(魯2002,79)
10抱拳礼(ボウチェンリィ)は中国武術の挨拶に用いられる型。本作品でも曲の最初と最後,ラップパートの最後に挨拶的に 使用している。
11野馬分鬃(イェマフェンゾン)は太極拳の型の一つ。まず,両手で抱球(パオチュー)を作る。下側の手を徐々に上げ輪に 近い形にする。この時右足を重心に,左足を右足に寄せてから左斜め前方向に出し踵をつけて弓足(ゴンブー)を歩型にす る。この時,左手は前後に開く(馬のたてがみを分け開く動作)。https://www.youtube.com/watch?v=pfX-BeKAyPA
12中国好声音(TheVoiceofChina)は中国浙江テレビが2012年に放送を開始した音楽オーディション番組で,2010年にオラ ンダで放送されたザ・ヴォイス・オブ・ホーランドに倣って作った番組である。
13中国有嘻嘻哈(TheRapofChina)は2017年iQIYIというネット局で配信された番組である。この番組を契機にチャイニーズヒッ
プホップへの注目が高まり,ここから多くのスターラッパーが登場した。
14清朝末期の実在の武闘家,霍元甲(フォ・ユエンチア)の生涯を描いた映画のエンディング曲《霍元甲》のオフィシャルミュー ジックビデオを見ると,音楽だけではなくダンス,ファッション,映像表現などマルチメディアを多元的に収容(ハイブリッ ド化)していることがわかる。https://www.youtube.com/watch?v=wr-6wwt8RXk&t=77s
15ニーガスの『ポピュラー音楽理論入門』の日本語版には,原著者のニーガスと邦訳者の安田の対話が補章として収録されて いる。引用は,安田がヒップホップのローカライゼーションについて語っている箇所。
岩澤 孝子(岩見沢校准教授)
魏 然(教育学研究科音楽教育専修2年)