地方分権改革と文化財保護法第五次改訂 (宮坂廣作 教授退職記念号)
著者名(日) 椎名 慎太郎
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 45
ページ 83‑103
発行年 2000‑05‑25
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000840/
論 説
地方分権改革と文化財保護法第五次改訂
椎 名 慎太郎
83地方分権改革と文化財保護法第五次改訂
二 一 三 四
目 次
はじめに 文化財保護法の構造的問題点
現代行政の展開と行政法の構造
文化財保護法第五次改訂の概要と問題点
実際に役に立つ﹁文化財保護法﹂への課題
む す び
はじめに
文化財保護法は一九五〇年に戦前の史蹟名勝天然紀念物保存法と国寳保存法を統合し︑さらに遺跡保護制度︵学 論
説
地方分権改革と文化財保護法第五次改訂
椎 名
慎太郎
四
目 次
はじめに 文化財保護法の構造的問題点
現代行政の展開と行政法の構造
文化財保護法第五次改訂の概要と問題点
実際に役に立つ﹁文化財保護法﹂への課題
む す び
文化財保護法は一九五 O 年に戦前の史蹟名勝天然紀念物保存法と国賓保存法を統合し︑さらに遺跡保護制度(学
はじめに
法学論集 45〔山梨学院大学〕84
術発掘のみの規制︶と無形文化財の保護制度を加えた形で成立した︒その後︑一九五四年に開発に伴う遺跡の保護
制度等を新設した第一次改訂︑一九六八年には文化財保護委員会廃止に伴う第二次改訂︑一九七五年に遺跡保護制
度の若干の補強と町並保存制度等の新設を内容とする第三次改訂︑そして︑一九九六年に登録文化財制度の新設を
含む第四次改訂が行われた︒
一九九九年七月に成立した地方分権改革法は︑柱となる地方自治法をはじめとして四七五の法律改正を行ったも
ので︑日本の行政制度に広範な影響を与える大改革であり︑文化財保護法の第五次改訂もこのなかに含まれてい
る︒地方分権改革の本来の狙いは︑中央集権体制の下では実現しにくい︑地域住民の真の利益にかなった行政の実
現にあったはずであるが︑財政事情の逼迫と総保守化現象を背景に︑国の負担を地方自治体に転嫁し︑国の地方介
入の余地をかえって強める要素さえみられるお粗末な内容になってしまった︒また︑四七五の法律改正を国会提案
から二ヵ月弱で一挙に成立させるという手法はまことに乱暴で︑文化財保護法改訂案にも後述するように少なから
ず問題がありながら︑ほとんど論議されることなく成立してしまった︒まことに遺憾というしかない︒
文化財保護法には法成立後半世紀を経た現在の状況とは合わない構造的問題がある︒それは︑ある意味では︑法
の理念と実際の法構造のズレともいえる︒本稿ではその問題状況を︑とくに典型的に問題がでている遺跡の保護に
関する規定を中心に明らかにするとともに︑地方分権改革という絶好の機会に中途半端な改訂だけにとどめ︑本質
的問題を先送りした今回の改訂内容を検討し︑地方分権改革の課題の大半が今後に残されていることを確認しよう
とするものである︒
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術発掘のみの規制)と無形文化財の保護制度を加えた形で成立した︒その後︑ 一九五四年に開発に伴う遺跡の保護
45 (山梨学院大学〕
制度等を新設した第一次改訂︑ 一九六八年には文化財保護委員会廃止に伴う第二次改訂︑ 一九七五年に遺跡保護制
度の若干の補強と町並保存制度等の新設を内容とする第三次改訂︑
そ し
て ︑
一九九六年に登録文化財制度の新設を
含む第四次改訂が行われた︒
一九九九年七月に成立した地方分権改革法は︑柱となる地方自治法をはじめとして四七五の法律改正を行ったも
ので︑日本の行政制度に広範な影響を与える大改革であり︑文化財保護法の第五次改訂もこのなかに含まれてい
法学論集
る︒地方分権改革の本来の狙いは︑中央集権体制の下では実現しにくい︑地域住民の真の利益にかなった行政の実
現にあったはずであるが︑財政事情の逼迫と総保守化現象を背景に︑国の負担を地方自治体に転嫁し︑国の地方介
入の余地をかえって強める要素さえみられるお粗末な内容になってしまった︒また︑四七五の法律改正を国会提案
から二ヵ月弱で一挙に成立させるという手法はまことに乱暴で︑文化財保護法改訂案にも後述するように少なから
ず問題がありながら︑ほとんど論議されることなく成立してしまった︒まことに遺憾というしかない︒
文化財保護法には法成立後半世紀を経た現在の状況とは合わない構造的問題がある︒それは︑ある意味では︑法
の理念と実際の法構造のズレともいえる︒本稿ではその問題状況を︑とくに典型的に問題がでている遺跡の保護に
関する規定を中心に明らかにするとともに︑地方分権改革という絶好の機会に中途半端な改訂だけにとどめ︑本質
的問題を先送りした今回の改訂内容を検討し︑地方分権改革の課題の大半が今後に残されていることを確認しよう
と す る も の で あ る ︒
文化財保護法の構造的問題点
85 地方分権改革と文化財保護法第五次改訂
︵一︶ 伊場遺跡訴訟が明らかにした問題点
遺跡の危機が一般の関心を集めるようになってから︑すでに長年月が経過している︒イタスケ古墳の保存運動が
あったのが一九五五年︑全国の注目をよんだ平城宮跡保存運動が一九六二年︑高度成長とその後の国土開発が緊急
調査の数を急速に増やしてきたのは一九六五年あたりを出発点とする︒それなのに︑遺跡の危機は解消するどころ
か︑その深刻の度を加えているようである︒この状況は歴史的建造物やこれを含む歴史的環境についてもいえるこ
とで︑その根源を探ると歴史的要素を環境の一部と考えない国民の価値意識に行き着くのであるが︑これについて ハ ロ は最近の別の論文で明らかにしたので︑それに譲ることとしたい︒
私は一九七五年の文化財保護法改正に関連する国立国会図書館調査局の調査活動に関与して以来︑文化財保護法
を研究課題にしてきたが︑このように遺跡を始めとする文化財の保護が適正に行われない原因のひとつは︑現在の
文化財保護法の構造にあるのではないかと考えている︒一言でいうならば︑文化財の保護は国や地方公共団体が行
うもので︑国民・住民はこれに受身で協力するだけの立場に置かれているのである︒
文化財保護法四条二項は﹁文化財の所有者その他の関係者は︑文化財が貴重な国民的財産であることを自覚し
⁝⁝﹂と文化財の本来の享受主体が国民であることを宣言しているが︑現実はこの格調高い宣言をなんら生かして
いない︒ 文化財保護法の構造的問題点
/'圃旬、
一
、.../
伊場遺跡訴訟が明らかにした問題点
遺跡の危機が一般の関心を集めるようになってから︑すでに長年月が経過している︒イタスケ古墳の保存運動が
あったのが一九五五年︑全国の注目をよんだ平城宮跡保存運動が一九六二年︑高度成長とその後の国土開発が緊急
調査の数を急速に増やしてきたのは一九六五年あたりを出発点とする︒それなのに︑遺跡の危機は解消するどころ
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か︑その深刻の度を加えているようである︒この状況は歴史的建造物やこれを含む歴史的環境についてもいえるこ
とで︑その根源を探ると歴史的要素を環境の一部と考えない国民の価値意識に行き着くのであるが︑これについて
は最近の別の論文で明らかにしたので︑それに譲ることとしたい︒
私は一九七五年の文化財保護法改正に関連する国立国会図書館調査局の調査活動に関与して以来︑文化財保護法
を研究課題にしてきたが︑このように遺跡を始めとする文化財の保護が適正に行われない原因のひとつは︑現在の
文化財保護法の構造にあるのではないかと考えている︒ 一言でいうならば︑文化財の保護は国や地方公共団体が行
うもので︑国民・住民はこれに受身で協力するだけの立場に置かれているのである︒
文化財保護法四条二項は﹁文化財の所有者その他の関係者は︑文化財が貴重な国民的財産であることを自覚し
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法学論集 45〔山梨学院大学〕86
その問題性を如実に示したのが伊場遺跡訴訟判決である︒伊場遺跡は一九四九年に浜松市で発見された弥生時代
から奈良平安時代までにわたる複合遺跡で︑一九五四年に遺跡全体の東寄り︑弥生時代を中心とする一部が静岡県
史跡に指定された︒ところが︑浜松駅前開発と東海道線高架化工事のために旧国鉄の電車基地と貨物ヤードを移転
すべき代替地として浜松市当局が伊場遺跡一帯を候補地に選び︑全国の考古学・歴史学関係者や歴史を愛する市民
たちの反対にもかかわらず︑浜松市は開発推進派市民の声を背景に計画実現に固執し︑当初史跡指定解除に消極的 ︵2︶ であった県教委や文化庁もこれを認める形で︑一九七三年一一月に史跡指定が全面的に解除された︒
この指定解除処分の取消を求めた訴訟で︑被告県教委側は一貫して原告となった地元研究者達には出訴資格がな
いと主張し︑裁判所もこれを支持した︒一九八九年の最高裁判決は次のように述べている︒
﹁これらの規定並びに本件条例及び法︵注・県文化財保護条例及び文化財保護法をさす︶の他の規定中に︑県民
あるいは国民が史跡等の文化財の保存・活用から受ける利益をそれら個々人の個別的利益として保護すべきものと
する趣旨を明記しているものはなく︑また︑右各規定の合理的解釈によっても︑そのような趣旨を導くことはでき
ない︒⁝⁝本件条例及び法において︑文化財の学術研究者の学問研究上の利益の保護について特段の配慮をしてい
ると解しうる規定を見出すことはできないから︑そこに︑学術研究者の右利益について︑一般の県民あるいは国民
が文化財の保存・活用から受ける利益を超えてその保護を図ろうとする趣旨を認めることはできない︒文化財の価
値は学術研究者の調査研究によって明らかにされるものであり︑その保存・活用のためには学術研究者の協力を得 ︵3︶ ることが不可欠であるという実情があるとしても︑そのことによって右の解釈が左右されるものではない︒﹂
原告達は︑遺跡の保護やその価値の解明が原告等のような考古学・歴史学の専門家の助力なしにはできなかった
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その問題性を如実に示したのが伊場遺跡訴訟判決である︒伊場遺跡は一九四九年に浜松市で発見された弥生時代
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から奈良平安時代までにわたる複合遺跡で︑ 一九五四年に遺跡全体の東寄り︑弥生時代を中心とする一部が静岡県
史跡に指定された︒ところが︑浜松駅前開発と東海道線高架化工事のために旧国鉄の電車基地と貨物ヤ l ドを移転
すべき代替地として浜松市当局が伊場遺跡一帯を候補地に選び︑全国の考古学・歴史学関係者や歴史を愛する市民
たちの反対にもかかわらず︑浜松市は開発推進派市民の声を背景に計画実現に固執し︑当初史跡指定解除に消極的
一九七三年一一月に史跡指定が全面的に解除された︒ であった県教委や文化庁もこれを認める形で︑
法学論集
この指定解除処分の取消を求めた訴訟で︑被告県教委側は一貫して原告となった地元研究者達には出訴資格がな
いと主張し︑裁判所もこれを支持した︒ 一九八九年の最高裁判決は次のように述べている︒
﹁これらの規定並びに本件条例及び法(注・県文化財保護条例及び文化財保護法をさす) の他の規定中に︑県民
あるいは国民が史跡等の文化財の保存・活用から受ける利益をそれら個々人の個別的利益として保護すべきものと
する趣旨を明記しているものはなく︑また︑右各規定の合理的解釈によっても︑そのような趣旨を導くことはでき
ない︒:::本件条例及び法において︑文化財の学術研究者の学問研究上の利益の保護について特段の配慮をしてい
ると解しうる規定を見出すことはできないから︑そこに︑学術研究者の右利益について︑ 一般の県民あるいは国民
が文化財の保存・活用から受ける利益を超えてその保護を図ろうとする趣旨を認めることはできない︒文化財の価
値は学術研究者の調査研究によって明らかにされるものであり︑その保存・活用のためには学術研究者の協力を得
ることが不可欠であるという実情があるとしても︑そのことによって右の解釈が左右されるものではない︒﹂
原告達は︑遺跡の保護やその価値の解明が原告等のような考古学・歴史学の専門家の助力なしにはできなかった
87地方分権改革と文化財保護法第五次改訂
こと︑実際にも︑原告等は問題の顕在化する以前から伊場遺跡と深い関連性を有する周辺の遺跡の調査研究にたず
さわってきており︑保存問題が発生してからは︑研究会の他のメンバーと協力して伊場遺跡一帯一一万平方メート
ルを踏査して遺跡の分布状況を調べたり︑数次にわたる発掘調査に︑調査団顧問や調査主任などの主要な役割で参
加してきたこと︑市民に保存を訴えるためにさまざまな活動を展開してきたことなど︑伊場遺跡との深いかかわり
をもってきたことを主張している︒しかしながら判決は︑これらの事実をもってしても︑原告等研究者の伊場遺跡
についてもつ利益は一般県民がこれについてもつ利益と質的変わりがあるとは認めなかった︒これほど深い原告等
と遺跡との関わりも︑法律的観点の評価では︑遺跡にまったく関心のない一般住民と質的に変わるものではないと
いうことになる︒
さらに原告側は︑遺跡の保護のような問題については︑これについて専門知識をもち︑保存問題に深く関わって
来た原告等のような研究・保存団体ないしその代表的メンバーが一般国民・住民を代表して出訴する資格をもつと
主張した︒しかし︑裁判所はこれも認めなかった︒最高裁判決は次のように述べている︒
﹁論旨は︑要するに︑文化財の学術研究者には︑県民あるいは国民から文化財の保護を信託された者として︑そ
れらを代表する資格において︑文化財の保存・活用に関する処分の取消しを訴求する出訴資格を認めるべきである
のに︑これを否定した原審の判断は︑法令の解釈を誤ったものである︑というのであるが︑右のような学術研究者
が行政事件訴訟法九条に規定する当該処分の取消しを求めるにつき﹃法律上の利益を有する者﹄に当たるとは解し
難く︑また︑本件条例︑法その他の現行法令において︑所論のような代表出訴資格を認めていると解しうる規定も ハ レ 存しないから︑所論の点に関する原審の判断は︑正当として是認することができ︑原判決に所論の違法はない︒﹂ こと︑実際にも︑原告等は問題の顕在化する以前から伊場遺跡と深い関連性を有する周辺の遺跡の調査研究にたず さわってきており︑保存問題が発生してからは︑研究会の他のメンバーと協力して伊場遺跡一帯一一万平方メ l ト
ルを踏査して遺跡の分布状況を調べたり︑数次にわたる発掘調査に︑調査団顧問や調査主任などの主要な役割で参
加してきたこと︑市民に保存を訴えるためにさまざまな活動を展開してきたことなど︑伊場遺跡との深いかかわり
をもってきたことを主張している︒しかしながら判決は︑これらの事実をもってしても︑原告等研究者の伊場遺跡
についてもつ利益は一般県民がこれについてもつ利益と質的変わりがあるとは認めなかった︒これほど深い原告等
と遺跡との関わりも︑法律的観点の評価では︑遺跡にまったく関心のない一般住民と質的に変わるものではないと
いうことになる︒
さらに原告側は︑遺跡の保護のような問題については︑これについて専門知識をもち︑保存問題に深く関わって
来た原告等のような研究・保存団体ないしその代表的メンバーが一般国民・住民を代表して出訴する資格をもっと
主張した︒しかし︑裁判所はこれも認めなかった︒最高裁判決は次のように述べている︒
﹁論旨は︑要するに︑文化財の学術研究者には︑県民あるいは国民から文化財の保護を信託された者として︑ そ
れらを代表する資格において︑文化財の保存・活用に関する処分の取消しを訴求する出訴資格を認めるべきである
のに︑これを否定した原審の判断は︑法令の解釈を誤ったものである︑ というのであるが︑右のような学術研究者
が行政事件訴訟法九条に規定する当該処分の取消しを求めるにつき﹃法律上の利益を有する者﹄に当たるとは解し
また︑本件条例︑法その他の現行法令において︑所論のような代表出訴資格を認めていると解しうる規定も
存しないから︑所論の点に関する原審の判断は︑正当として是認することができ︑原判決に所論の違法はないよ 難
く ︑
法学論集 45〔山梨学院大学〕88
こうした裁判所の判断が出てくる大きな理由のひとつが︑本稿において問題としている文化財保護法の構造にあ
ると考えられる︒
これに対して︑国民が文化財享有の主体であることを認めた判決として︑一九七三年に東京高裁が出した日光太
郎杉判決がある︒
この事件は日光市内の国道が狭隆で混雑するために栃木県知事が拡幅の事業計画をたて︑用地の収用︵強制取
得︶のため建設大臣に事業認定を申請︑建設大臣は同地が国立公園の特別保護地区にあたるために自然保護審議会
の同意をえて厚生大臣の承認を受けたので︑建設大臣は栃木県知事に事業認定をした︒土地の所有者である東照宮
は︑その境内地にある太郎杉を含む巨杉一五本の伐採と地形変更により文化的景観が損なわれるとし︑この計画は
土地収用法二〇条三号︵事業認定の要件として﹁事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであるこ
と﹂と定めている︶に違反することを理由に建設大臣の事業認定と県収用委員会の収用採決の取消を求めて出訴し
たものである︒
これについて東京地裁︑東京高裁とも原告東照宮の主張を認め︑事業認定が取消されたため︑巨杉を含むこの付
近の景観は破壊されずに済んだ︒裁判所は︑国道の混雑緩和には他の方法もありえたのに︑事業計画が安易に国立
公園の特別保護地区の環境を変える方法を選んだことに裁量判断過程の誤りがあるとしたのだが︑そこでは歴史的
文化的環境に関する次のような高い評価が大きな要素となっている︒
﹁︵この付近の歴史的景観のもつ︶文化的価値は︑長い自然的︑時間的推移を経て初めて作り出されるのであり︑
一たび入為的な作為が加えられれば︑人間の創造力のみによっては︑二度と元に復することは事実上不可能である
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こうした裁判所の判断が出てくる大きな理由のひとつが︑本稿において問題としている文化財保護法の構造にあ
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る と
考 え
ら れ
る ︒
これに対して︑国民が文化財享有の主体であることを認めた判決として︑ 一九七三年に東京高裁が出した日光太
郎 杉
判 決
が あ
る ︒
この事件は日光市内の国道が狭隆で混雑するために栃木県知事が拡幅の事業計画をたて︑用地の収用(強制取
得)のため建設大臣に事業認定を申請︑建設大臣は同地が国立公園の特別保護地区にあたるために自然保護審議会
法学論集
の同意をえて厚生大臣の承認を受けたので︑建設大臣は栃木県知事に事業認定をした︒土地の所有者である東照宮
は︑その境内地にある太郎杉を含む巨杉一五本の伐採と地形変更により文化的景観が損なわれるとし︑この計画は
土地収用法二 O 条三号(事業認定の要件として﹁事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであるこ
と﹂と定めている)に違反することを理由に建設大臣の事業認定と県収用委員会の収用採決の取消を求めて出訴し
た も
の で
あ る
︒
これについて東京地裁︑東京高裁とも原告東照宮の主張を認め︑事業認定が取消されたため︑巨杉を含むこの付
近の景観は破壊されずに済んだ︒裁判所は︑国道の混雑緩和には他の方法もありえたのに︑事業計画が安易に国立
公園の特別保護地区の環境を変える方法を選んだことに裁量判断過程の誤りがあるとしたのだが︑そこでは歴史的
文化的環境に関する次のような高い評価が大きな要素となっている︒
﹁(この付近の歴史的景観のもつ)文化的価値は︑長い自然的︑時間的推移を経て初めて作り出されるのであり︑
一たび人為的な作為が加えられれば︑人間の創造力のみによっては︑二度と元に復することは事実上不可能である
89地方分権改革と文化財保護法第五次改訂
ことにかんがみれば︑本件土地の所有権こそ東照宮の私有に属するとはいえ︑その景観的・風致的・宗教的・歴史
的諸価値は︑国民が等しく共有すべき文化的財産として︑将来にわたり長くその維持︑保存が図られるべきものと
解するのが相当である︒﹂
この事件では土地の所有者である東照宮が出訴したので︑伊場訴訟のような出訴資格論は問題にならなかった
が︑文化財を﹁国民共有の財産﹂として︑その保存に大きな価値を認めている判決として注目される︒法的コンテ
クストは別であるが︑伊場訴訟の論理と比較するとき︑日光太郎杉判決の方が文化財保護法のあるべき解釈を示し ︵5︶ ていることは明らかである︒
︵二︶ 文化財保護法の法構造
前に述べたように︑文化財保護法は一九五〇年の立法当時から﹁文化財が貴重な国民的財産である⁝⁝﹂と規定
している︒しかし︑この法律では文化財保護は文部大臣や文化庁長官︵立法当時は文化財保護委員会︶が地方公共
団体の協力をえながら行うものであって︑国民は﹁政府及び地方公共団体がこの法律の目的を達するために行う措
置に誠実に協力しなければならない﹂︵法四条一項︶という立場である︒
地権者や地権者に依頼されて開発事業を行う関係者以外の国民・住民の具体的な法的位置づけを現行法の遺跡に
関する規定についてみておきたい︒
法五七条は遺跡の学術発掘に関する規定であるが︑学術的調査の目的で遺跡を﹁発掘しようとする者﹂は三〇日
前までに文化庁長官に届出を行う義務がある︒これは伊場判決に関連してふれたように︑遺跡の地権者等以外の一 ことにかんがみれば︑本件土地の所有権こそ東照宮の私有に属するとはいえ︑その景観的・風致的・宗教的・歴史 的諸価値は︑国民が等しく共有すべき文化的財産として︑将来にわたり長くその維持︑保存が図られるべきものと 解
す る
の が
相 当
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る ︒
﹂
この事件では土地の所有者である東照宮が出訴したので︑伊場訴訟のような出訴資格論は問題にならなかった
が︑文化財を﹁国民共有の財産﹂として︑その保存に大きな価値を認めている判決として注目される︒法的コンテ
クストは別であるが︑伊場訴訟の論理と比較するとき︑日光太郎杉判決の方が文化財保護法のあるべき解釈を示し
ていることは明らかである︒
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〆F
、 旬
一
、一
、"文化財保護法の法構造
前に述べたように︑文化財保護法は一九五 O 年の立法当時から﹁文化財が貴重な国民的財産である:::﹂と規定
している︒しかし︑この法律では文化財保護は文部大臣や文化庁長官(立法当時は文化財保護委員会)が地方公共
団体の協力をえながら行うものであって︑国民は﹁政府及び地方公共団体がこの法律の目的を達するために行う措
置に誠実に協力しなければならない﹂(法四条一項)という立場である︒
地権者や地権者に依頼されて開発事業を行う関係者以外の国民・住民の具体的な法的位置づけを現行法の遺跡に
関する規定についてみておきたい︒
法五七条は遺跡の学術発掘に関する規定であるが︑学術的調査の目的で遺跡を﹁発掘しようとする者﹂は三 O 日
前までに文化庁長官に届出を行う義務がある︒これは伊場判決に関連してふれたように︑遺跡の地権者等以外の一
法学論集 45〔山梨学院大学〕90
般国民である研究者が積極的に文化財に関わる数少ない法的局面である︒ここで﹁発掘しようとする者﹂とは︑遺
跡の学術的価値を明らかにする目的をもった研究者以外は考えられない︒埋蔵文化財が包蔵されている遺跡につい
て文化財保護法は﹁貝づか︑古墳︑都城跡︑城跡︑旧宅その他の遺跡でわが国にとって学術上価値の高いもの﹂
︵二条一項五号︶と定義しており︑学術目的であっても遺跡の発掘は一種の遺跡破壊︵現状変更︶にほかならな
い︒したがって︑この発掘が許容されるのは︑遺跡の学術的解明の利益が発掘の結果としての破壊というマイナス
を上回る場合だけである︒実務では県教委段階で届出られた発掘担当者の氏名と経歴︵埋蔵文化財の発掘又は遺跡
の発見の届出等に関する規則一条一項六号︶により専門的能力を判断している︒これまで権限を発動した例はない
が︑法五七条二項には発掘の禁止又は中止の権限が文化庁長官に与えられており︵地方分権改革法で︑この権限行
使は都道府県又は市の教委に委譲できることとなった︶︑処分が行われる場合には︑事前に聴聞が行われる︵八五
条一項四号︶︒
つぎに法五七条の四は遺跡︵埋蔵文化財包蔵地︶の周知について定めているが︑ここでは国や地方公共団体が主
体で︑国民・住民は﹁周知の徹底を図る﹂べき対象としてしか位置づけられていない︒また︑法六〇条は埋蔵文化
財︵遺物︶の発見の届出に関する規定であるが︑学術発掘の出土品や耕作や工事で偶然に発見された遺物は﹁埋蔵
物﹂として遺失物法により警察に差し出さねばならない︒ここでも法的には差し出すまでが一般国民の義務で︑あ
とは金銭的価値があるものであった場合に報償金が与えられるか︑文化財の譲与が行われるだけである︒ここでも
国民は文化財保護の措置の単なる協力者以外の位置づけを与えられていない︒
法八○条は史跡の現状変更に関する規定である︒これは地権者等が史跡の指定地でなんらかの工事を行う場合も
90
般国民である研究者が積極的に文化財に関わる数少ない法的局面である︒ここで﹁発掘しようとする者﹂とは︑遺
45 (山梨学院大学〕
跡の学術的価値を明らかにする目的をもった研究者以外は考えられない︒埋蔵文化財が包蔵されている遺跡につい
て文化財保護法は﹁貝づか︑古墳︑都城跡︑城跡︑旧宅その他の遺跡でわが国にとって学術上価値の高いもの﹂
(二条一項五号)と定義しており︑学術目的であっても遺跡の発掘は一種の遺跡破壊(現状変更) にほかならな
い︒したがって︑この発掘が許容されるのは︑遺跡の学術的解明の利益が発掘の結果としての破壊というマイナス
を上回る場合だけである︒実務では県教委段階で届出られた発掘担当者の氏名と経歴(埋蔵文化財の発掘又は遺跡
法学論集
の発見の届出等に関する規則一条一項六号) により専門的能力を判断している︒これまで権限を発動した例はない
が︑法五七条二項には発掘の禁止又は中止の権限が文化庁長官に与えられており(地方分権改革法で︑この権限行
使は都道府県又は市の教委に委譲できることとなった)︑処分が行われる場合には︑事前に聴聞が行われる(八五
条 一
項 四
号 )
︒
つぎに法五七条の四は遺跡(埋蔵文化財包蔵地) の周知について定めているが︑ここでは国や地方公共団体が主
体で︑国民・住民は﹁周知の徹底を図る﹂べき対象としてしか位置づけられていない︒また︑法六 O 条は埋蔵文化
財(遺物) の発見の届出に関する規定であるが︑学術発掘の出土品や耕作や工事で偶然に発見された遺物は﹁埋蔵
物﹂として遺失物法により警察に差し出さねばならない︒ここでも法的には差し出すまでが一般国民の義務で︑あ
とは金銭的価値があるものであった場合に報償金が与えられるか︑文化財の譲与が行われるだけである︒ここでも
国民は文化財保護の措置の単なる協力者以外の位置づけを与えられていない︒
法 八
O 条は史跡の現状変更に関する規定である︒これは地権者等が史跡の指定地でなんらかの工事を行う場合も
91地方分権改革と文化財保護法第五次改訂
含むが︑研究者が指定史跡について学術調査を行う場合も想定されている︵特別史跡名勝天然記念物又は史跡名勝
天然記念物の現状変更等の許可申請に関する規則一条二項︶︒これも法五七条とならんで︑遺跡の地権者等以外の
一般国民である研究者が積極的に文化財に関わる法的局面である︒しかし︑ここでも文化庁が許可権を有してお
り︑いわば行政の監督を受けながら研究を行うだけで︑これと保存措置等については︑実際上は深い関係をもつの
であるが︵例えば︑史跡整備のための基礎調査としての学術発掘︶︑法的には全く関連づけられていない︒許可申
請を行って不許可の処分を受けた時は異議申し立ての手続が定められており︑ここには不許可を受けた者だけでな
く︑参加人やその他の利害関係者がこれに手続参加することができる︒
法八四条以下には文化財保護審議会の規定がある︒これも地権者以外の者が遺跡等について関与する場面である
が︑この委員は﹁文化に関し広くか2局い識見を有する﹂ことが条件であって︑一般国民の代表としての関与では
ない︒都道府県及び市町村の教育委員会にも地方文化財保護審議会を置くことができる︵一〇五条︶︒
都道府県教委には文化財保護指導委員を置くことができる︒指導委員は文化財について随時巡視を行い︑所有者
等に文化財保護に関する指導助言を行い︑地域住民に対して文化財保護思想の普及活動を行うことになっている︒
この文化財保護指導委員の規定は活用の仕方によれば地域の考古学研究者等が遺跡の保護活動に積極的に関与する
手段になりうると考えられる︒しかし︑私が山梨県の文化財保護指導委員を二年問務めた経験の範囲では︑指導委
員に期待されているのはときおりのパトロールとその報告だけであり︑それ以上に積極的意味における住民参加的
役割は予定されていない︒
こうして文化財保護法を概観してみると︑その基本的構造は行政が遺跡保護の主体であり︑土地所有者その他の 含むが︑研究者が指定史跡について学術調査を行う場合も想定されている(特別史跡名勝天然記念物又は史跡名勝 天然記念物の現状変更等の許可申請に関する規則一条二項)︒これも法五七条とならんで︑遺跡の地権者等以外の 一般国民である研究者が積極的に文化財に関わる法的局面である︒しかし︑ここでも文化庁が許可権を有してお り︑いわば行政の監督を受けながら研究を行うだけで︑これと保存措置等については︑実際上は深い関係をもつの であるが(例えば︑史跡整備のための基礎調査としての学術発掘)︑法的には全く関連づけられていない︒許可申 請を行って不許可の処分を受けた時は異議申し立ての手続が定められており︑ここには不許可を受けた者だけでな く︑参加人やその他の利害関係者がこれに手続参加することができる︒
法八四条以下には文化財保護審議会の規定がある︒これも地権者以外の者が遺跡等について関与する場面である
が︑この委員は﹁文化に関し広くかっ高い識見を有する﹂ことが条件であって︑ 一般国民の代表としての関与では
ない︒都道府県及び市町村の教育委員会にも地方文化財保護審議会を置くことができるこ O
五 条
) ︒
都道府県教委には文化財保護指導委員を置くことができる︒指導委員は文化財について随時巡視を行い︑所有者
等に文化財保護に関する指導助言を行い︑地域住民に対して文化財保護思想の普及活動を行うことになっている︒
この文化財保護指導委員の規定は活用の仕方によれば地域の考古学研究者等が遺跡の保護活動に積極的に関与する
手段になりうると考えられる︒しかし︑私が山梨県の文化財保護指導委員を二年間務めた経験の範囲では︑指導委
員に期待されているのはときおりのパトロールとその報告だけであり︑それ以上に積極的意味における住民参加的
役割は予定されていない︒
こうして文化財保護法を概観してみると︑その基本的構造は行政が遺跡保護の主体であり︑土地所有者その他の
法学論集 45〔山梨学院大学〕92
地権者が行政の相手方として︑保護措置としての法的規制の対象とされるという二面構造であることが分かる︒し
かし︑行政の現実においては︑とくに重要な遺跡の保存が間題化している場面では︑伊場遺跡保存問題について遠
江考古学研究会が行政の保護措置の協力者であると同時に交渉相手であったように︑行政と相手方地権者︵開発事 パ レ 業者︶そして研究・保護運動団体という三面関係である︒筆者が冒頭で述べた文化財保護法の理念と実際の法構造
のズレとはこの点をいうのであり︑ここに本稿の検討課題がある︒
二 現代行政の展開と行政法の構造
フランス及びドイツで発展し︑明治憲法下のわが国に導入された大陸法型の行政法理論は一九世紀末のヨーロッ
パの社会状況を背景として成立したもので︑そこでは行政の基本的任務は経済社会の自由な進展を前提に︑この動
きを阻害する要素を法治主義原理に依拠しつつ規制することにあった︒したがって︑その構造は行政側と規制の相
手方の二面構造であり︑行政に必要な権限を保障するとともに︑その権限が濫用されない法的枠組みが重要であっ
た︒ しかし︑行政の任務が拡大し︑行政自ら経済活動の主体となったり︑複雑にもつれた利害関係の調整をしなけれ
ばならなくなった現代社会では︑この二面構造を基本とする法理論や法構造では十分に目的を達しえないことにな
っている︒例えば︑産業廃棄物処分場の建設計画が進められようとしている地域では︑ほぼ必然的に予定地周辺住
民はこの安全性に不安をいだき︑場合によっては反対運動が起こることになる︒そこでの紛争状態は︑許可権をも
92
地権者が行政の相手方として︑保護措置としての法的規制の対象とされるというこ面構造であることが分かる︒し
45 (山梨学院大学〕
かし︑行政の現実においては︑とくに重要な遺跡の保存が問題化している場面では︑伊場遺跡保存問題について遠
江考古学研究会が行政の保護措置の協力者であると同時に交渉相手であったように︑行政と相手方地権者(開発事
業者)そして研究・保護運動団体という三面関係である︒筆者が回目頭で述べた文化財保護法の理念と実際の法構造
のズレとはこの点をいうのであり︑ここに本稿の検討課題がある︒
法学論集
現代行政の展開と行政法の構造
フランス及びドイツで発展し︑明治憲法下のわが国に導入された大陸法型の行政法理論は一九世紀末のヨ l
パの社会状況を背景として成立したもので︑そこでは行政の基本的任務は経済社会の自由な進展を前提に︑この動
きを阻害する要素を法治主義原理に依拠しつつ規制することにあった︒したがって︑その構造は行政側と規制の相
手方の二面構造であり︑行政に必要な権限を保障するとともに︑その権限が濫用されない法的枠組みが重要であっ
しかし︑行政の任務が拡大し︑行政自ら経済活動の主体となったり︑複雑にもつれた利害関係の調整をしなけれ た ︒
ばならなくなった現代社会では︑この二面構造を基本とする法理論や法構造では十分に目的を達しえないことにな
っている︒例えば︑産業廃棄物処分場の建設計画が進められようとしている地域では︑ほぽ必然的に予定地周辺住
民はこの安全性に不安をいだき︑場合によっては反対運動が起こることになる︒そこでの紛争状態は︑許可権をも
93地方分権改革と文化財保護法第五次改訂
っている行政と相手方たる業者︑そして付近住民という典型的な三面構造である︒しかし︑現行廃棄物処理法は処
分場の許可申請について予定地近隣住民等利害関係者に﹁生活環境の保全上からの意見書﹂の提出を認めているだ
けである︵同法一五条四項︶︒この規定も全国で紛争が頻発したためにようやく一九九七年の改正で設けられたも
のである︒実務では︑事務取扱要領等で申請にあたって周辺土地所有者や地域の自治会の同意書添付を求めてい
る︒ 廃棄物処理行政以外の法分野でも多く用いられているこの同意書方式は︑ある場合には隣地の所有者に実質的拒
否権をもたせることになったり︑同意書取得をめぐって金銭がからんだり︑山梨県田富町の紛争事例のように予定
地がたまたま飛地であったため事業で影響を受けない釜無川対岸の若草町の自治会の同意書が提出されて紛争を複 ︵7︶ 雑化する等︑さまざまな問題を起こしている︒この方式は︑実際には三面関係なのに法構造が二面関係に構成され
ている矛盾を当事者間の交渉に任せて解決する便法として用いられてきている︒
行政におけるこのような三面構造は︑環境問題以外にも消費者問題や都市問題等多くの行政分野にみられるもの
で︑まさに現代行政の特色ともいえるものである︒実際に︑まちづくりに関連して︑住民説明会︑インターネット
による情報提供︑住民アンケート調査︑モニター方式の意見募集︑公聴会開催︑審議会への諮問︑シンポジウム開
催︑住民を加えたワークショップ︑学習会・研究会組織︑まちづくり会議︑協議会の設置等︑さまざまな住民参加 パ レ 方式が模索されている︒
しかしながら︑わが国の行政法はなお二面構造を基本に構成されており︑一九九三年に成立した行政手続法も二
面的行政法関係の透明化を基調に体系がつくられている︒この弱点の改善措置が今後の法運用の課題とされて っている行政と相手方たる業者︑そして付近住民という典型的な三面構造である︒しかし︑現行廃棄物処理法は処 分場の許可申請について予定地近隣住民等利害関係者に﹁生活環境の保全上からの意見書﹂の提出を認めているだ けである(同法一五条四項)︒この規定も全国で紛争が頻発したためにようやく一九九七年の改正で設けられたも のである︒実務では︑事務取扱要領等で申請にあたって周辺土地所有者や地域の自治会の同意書添付を求めてい る ︒
廃棄物処理行政以外の法分野でも多く用いられているこの同意書方式は︑ある場合には隣地の所有者に実質的拒
否権をもたせることになったり︑同意書取得をめぐって金銭がからんだり︑山梨県田富町の紛争事例のように予定
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地がたまたま飛地であったため事業で影響を受けない釜無川対岸の若草町の自治会の同意書が提出されて紛争を複
雑化する等︑さまざまな問題を起こしている︒この方式は︑実際には三面関係なのに法構造が二面関係に構成され
ている矛盾を当事者間の交渉に任せて解決する便法として用いられてきている︒
行政におげるこのような三面構造は︑環境問題以外にも消費者問題や都市問題等多くの行政分野にみられるもの
で︑まさに現代行政の特色ともいえるものである︒実際に︑まちづくりに関連して︑住民説明会︑インターネット
による情報提供︑住民アンケート調査︑ モニター方式の意見募集︑公聴会開催︑審議会への諮問︑ シンポジウム開
催︑住民を加えたワークショップ︑学習会・研究会組織︑
方式が模索されている︒ まちづくり会議︑協議会の設置等︑ さまざまな住民参加
しかしながら︑わが国の行政法はなお二面構造を基本に構成されており︑ 一九九三年に成立した行政手続法も二
面的行政法関係の透明化を基調に体系がつくられている︒この弱点の改善措置が今後の法運用の課題とされて
法学論集 45〔山梨学院大学〕94
︵9﹀
いる︒しかし︑このなかでも手続法一〇条の申請に対する処分について申請者以外の者の利害を考慮すべき場合の
公聴会等の開催の規定のなかに﹁行政手続法を二面関係という近代的なものから少しづつでも現代的なものへ発展 パリロ させるという手がかりが相当程度隠されている﹂という立法に関与した学者の発言がある︒実際に福岡県行政手続
条例はこの規定を充実させ︑公聴会の開催や意見書の受取り︑協議会における協議などについて規定をおいて
︵11︶
いる︒
このように︑行政法の現代化の課題︑つまり︑国民・住民をどのように法過程に取り込んだらいいかは文化財保
護だけでなく︑あらゆる行政分野にとって大きな懸案ということができる︒
三 文化財保護法第五次改訂の概要と問題点
以上のような問題状況のなかで地方分権改革法案が用意され︑文化財保護法の第五次改訂も行われた︒四七五本
の法律の一括改訂法案という異例の扱いであったことと︑冒頭に述べたように分権改革の目的が変化したこと等に
より︑多くの課題が先送りされ︑問題のある改訂内容になってしまった︒
︵一︶ 第五次改訂の概要
①所有者不明の出土文化財の所有権を国から都道府県に委譲︒現在︑所有権は国にあるが︑実際は地方公共団
体で管理している大量の出土品の所有権を一括して無償で地方公共団体へ移転するというものである︒このこ
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いる︒しかし︑このなかでも手続法一 O 条の申請に対する処分について申請者以外の者の利害を考慮すべき場合の
45 (山梨学院大学〕
公聴会等の開催の規定のなかに﹁行政手続法を二面関係という近代的なものから少しづつでも現代的なものへ発展
させるという手がかりが相当程度隠されている﹂という立法に関与した学者の発言がある︒実際に福岡県行政手続
条例はこの規定を充実させ︑公聴会の開催や意見書の受取り︑協議会における協議などについて規定をおいて
い る
このように︑行政法の現代化の課題︑ つまり︑国民・住民をどのように法過程に取り込んだらいいかは文化財保 ︒
法学論集
護だけでなく︑あらゆる行政分野にとって大きな懸案ということができる︒
文化財保護法第五次改訂の概要と問題点
以上のような問題状況のなかで地方分権改革法案が用意され︑文化財保護法の第五次改訂も行われた︒四七五本
の法律の一括改訂法案という異例の扱いであったことと︑回目頭に述べたように分権改革の目的が変化したこと等に
より︑多くの課題が先送りされ︑問題のある改訂内容になってしまった︒
/"園、、
一 、 ‑ 〆
第五次改訂の概要
①
所有者不明の出土文化財の所有権を固から都道府県に委譲︒現在︑所有権は国にあるが︑実際は地方公共団
体で管理している大量の出土品の所有権を一括して無償で地方公共団体へ移転するというものである︒このこ
95地方分権改革と文化財保護法第五次改訂
と自体は現状を追認したに過ぎないが︑これに先立って︑出土品の取り扱いについて文化庁は一九九七年八月
に各都道府県教育委員会あてに指針をしめす通知を行っている︒この内容には︑﹁選択的保存﹂という基本方 ︵12︶ 針が示されており︑解釈次第では安易な出土品の廃棄につながりかねない可能性をもっている︒
②埋蔵文化財に関する指示権限について﹁必要な事項﹂として﹁埋蔵文化財の記録作成のための発掘調査の指
示﹂を明記し︑この指示は原則として都道府県教委で行うこととする︒なお︑指定都市の場合︑民間工事に関
する指示は︑当該指定都市の教委で行う︒この改訂の問題点は後述する︒
③現在︑都道府県又は指定都市・中核市の教委に委任している史跡名勝天然記念物の軽微な現状変更の許可等
は都道府県又はすべての市の教委が行う︒
︵二︶ 第五次改訂内容の問題点
A 法五七条の二第二項の改訂について
周知の遺跡での発掘︵開発行為︶の届出に関する行政指導について︑従来は﹁必要な事項を指示することができ
る﹂とのみ規定されていたのに対して︑改訂法は﹁当該発掘前における埋蔵文化財の記録作成のための発掘調査の
実施その他の﹂と︑指導内容の例示を行っている︒これまで︑開発行為と遺跡の保存との調整については︑まず︑
開発事業計画を早期に把握し︑そのうえでつぎの三段階で対応を指示することを原則としてきた︒①開発計画を変
更してその遺跡を事業対象地にふくめないようにする︒②事業対象地にはふくめるが︑可能なかぎり遺跡の保護が
されるように事業内容の変更を行う︒③現状変更が不可能なものは発掘調査のうえ︑記録を遺す措置をとる︒ と自体は現状を追認したに過ぎないが︑これに先立って︑出土品の取り扱いについて文化庁は一九九七年八月 に各都道府県教育委員会あてに指針をしめす通知を行っている︒この内容には︑﹁選択的保存﹂という基本方 針が示されており︑解釈次第では安易な出土品の廃棄につながりかねない可能性をもってい必
o②
埋蔵文化財に関する指示権限について﹁必要な事項﹂として﹁埋蔵文化財の記録作成のための発掘調査の指
示﹂を明記し︑この指示は原則として都道府県教委で行うこととする︒なお︑指定都市の場合︑民間工事に関
する指示は︑当該指定都市の教委で行う︒この改訂の問題点は後述する︒
③
現在︑都道府県又は指定都市・中核市の教委に委任している史跡名勝天然記念物の軽微な現状変更の許可等
95
は都道府県又はすべての市の教委が行う︒
〆'旬、
一 一
、 旬d〆
第五次改訂内容の問題点
A
法五七条の二第二項の改訂について
周知の遺跡での発掘(開発行為) の届出に関する行政指導について︑従来は﹁必要な事項を指示することができ
る﹂とのみ規定されていたのに対して︑改訂法は﹁当該発掘前における埋蔵文化財の記録作成のための発掘調査の
実施その他の﹂と︑指導内容の例示を行っている︒これまで︑開発行為と遺跡の保存との調整については︑まず︑
開発事業計画を早期に把握し︑そのうえでつぎの三段階で対応を指示することを原則としてきた︒①開発計画を変
更してその遺跡を事業対象地にふくめないようにする︒②事業対象地にはふくめるが︑可能なかぎり遺跡の保護が
されるように事業内容の変更を行う︒③現状変更が不可能なものは発掘調査のうえ︑記録を遺す措置をとる︒
法学論集 45〔山梨学院大学〕 96
実際には①︑②で保護される遺跡は少数派で︑多くの遺跡は事業施行前に﹁記録保存﹂という名目で緊急の調査
を行った後︑破壊されてきたことは事実である︒しかしながら︑上記の三段階の順序には文化財を国民的財産とし
て後世に伝えるという文化財保護法の理念が反映しており︑①︑②にふれずに︑いきなり③を法文上に例示すると
いう改訂内容には大きな疑問がある︒文化庁当局者も︑発掘調査といえども遺跡破壊であり︑できるだけ発掘しな パるレ いで現状保存することが望ましいことを認めてきた︒この改訂で︑事前調査が遺跡の﹁処理﹂であることがいよい
よ明確になったというしかない︒
B 地方分権で自治体に委譲される事務の費用負担
上述したように︑この法改訂によりこれまでの国の事務のいくつかが自治体に委譲されるが︑その一方で従来の
一〇四条︵指揮監督及び費用負担︶が廃止された︒このままだと関連経費がそのまま地方の負担になることになる
が︑国としては十分な財政的措置を講ずることにより︑自治体側に一方的に負担がしわよせされないようにすべき
である︒この点については︑二〇〇〇年四月の改訂法施行までにどのような対応策が打ち出されるか不分明である
が︑今回の分権改革の主眼のひとつが国の財政負担を地方に転嫁することにあるとすれば︑あまり期待できそうに
ない︒
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実際には①︑②で保護される遺跡は少数派で︑多くの遺跡は事業施行前に﹁記録保存﹂という名目で緊急の調査
45 (山梨学院大学〕
を行った後︑破壊されてきたことは事実である︒しかしながら︑上記の三段階の順序には文化財を国民的財産とし
て後世に伝えるという文化財保護法の理念が反映しており︑①︑②にふれずに︑ いきなり③を法文上に例示すると
いう改訂内容には大きな疑問がある︒文化庁当局者も︑発掘調査といえども遺跡破壊であり︑できるだけ発掘しな
いで現状保存することが望ましいことを認めてき(問︒この改訂で︑事前調査が遺跡の﹁処理﹂であることがいよい
よ明確になったというしかない︒
法学論集
B
地方分権で自治体に委譲される事務の費用負担
上述したように︑この法改訂によりこれまでの国の事務のいくつかが自治体に委譲されるが︑ その一方で従来の
一 O 四条(指揮監督及び費用負担)が廃止された︒このままだと関連経費がそのまま地方の負担になることになる
が︑固としては十分な財政的措置を講ずることにより︑自治体側に一方的に負担がしわよせされないようにすべき
である︒この点については︑二
OOO
年四月の改訂法施行までにどのような対応策が打ち出されるか不分明である
が︑今回の分権改革の主眼のひとつが国の財政負担を地方に転嫁することにあるとすれば︑あまり期待できそうに
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四 実際に役に立つ﹁文化財保護法﹂への課題
︵14﹀ 一九七五年以来二一年ぶりの改訂となった第四次改訂も︑また︑今回の第五次改訂も︑遺跡保護の抜本対策や法
構造の問題点には一切ふれることなく︑課題を先送りしてしまった︒以下︑三点について改善の方向性を指摘して
みたい︒ ︵一︶ 協議会方式の提案
文化財保護法が実際に文化財︑とくに土地と結びついた遺跡や歴史的建造物を有効に保護していくためには︑文
化財の享有主体である国民・住民がこれについて関与できる仕組みが必要である︒
それでは具体的に文化財保護︑とくに紛争事例の多い遺跡保護について国民・住民参加制度をどのように設計し
たらよいのだろうか︒
その参考になる手続が前述した福岡県行政手続条例︸○条の規定である︒以下にその規定の主要内容を紹介す
る︒ ①行政庁が申請に対する処分であって︑申請者以外の者の利害を考慮すべきことが求められているものを行う場
合に︑必要と認めるときは︑公聴会の開催︑意見書の受取り︑協議会における協議等の方法によってその申請に関
する意見を聴く機会を設けることができること︒②行政庁は公聴会を行った場合はその議事録を︑協議会における
四
実際に役に立つ
﹁ 文
化 財
保 護
法 ﹂
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課 題
一九七五年以来二一年ぶりの改訂となった第四次改(引いも︑また︑今回の第五次改訂も︑遺跡保護の抜本対策や法
構造の問題点には一切ふれることなく︑課題を先送りしてしまった︒以下︑三点について改善の方向性を指摘して
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一
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協議会方式の提案
文化財保護法が実際に文化財︑ とくに土地と結びついた遺跡や歴史的建造物を有効に保護していくためには︑文
化財の享有主体である国民・住民がこれについて関与できる仕組みが必要である︒
それでは具体的に文化財保護︑とくに紛争事例の多い遺跡保護について国民・住民参加制度をどのように設計し
たらよいのだろうか︒
その参考になる手続が前述した福岡県行政手続条例一 O 条の規定である︒以下にその規定の主要内容を紹介す
①行政庁が申請に対する処分であって︑申請者以外の者の利害を考慮すべきことが求められているものを行う場 る
合に︑必要と認めるときは︑公聴会の開催︑意見書の受取り︑協議会における協議等の方法によってその申請に関
する意見を聴く機会を設けることができること︒②行政庁は公聴会を行った場合はその議事録を︑協議会における
法学論集 45〔山梨学院大学〕98
協議を行った場合は議事録及び協議書を作成すること︒③行政庁は公聴会や協議会の記録︑提出された意見書を公
表するとともに︑これに対する行政庁の意見及び申請に対する処分の内容を公表すること︒
このうち︑﹁協議会﹂というのはアメリカの法制度を参考に導入したものであって︑注目される制度である︒こ パめレ れはアメリカでは行政立法制定の際の利害調整の手続であるが︑この協議会方式を申請について答えを出す審査の
段階に導入したものである︒これは行政庁︵例えば︑文化庁や教育委員会︶が申請を認めるかどうかの判断のため
の情報収集の手段として申請者以外に前述した三面関係にあたる利害関係者の参加を得て協議を行い︑利害調整や
行政指導を行って妥当な結論を導きだそうという仕組みである︒従って協議会の法的意義は︑ときには協議の過程
である種の決着がつく場合もあるが︵この場合に福岡県条例では﹁協議書﹂が作成される︶︑そこに決定権がある
ことを意味しない︒協議会の意義は①関係人が互いの見解を学びあい︑②何が社会的争点なのかを互いに整理し︑
③行政庁も処分の審査にあたって配慮すべき多くの情報を得ることができ︑その結果として関係人の間でも︑④争
点に関する新たな視点の発見︑⑤申請人が目的を達成するための手段・方法の修正や新たな選択肢の開拓が可能と
︵16︶ なるとされる︒
これを文化財保護法や保護条例に導入するとすれば︑開発工事のための史跡の指定解除の申請や現状変更の許可
申請について協議会設置ができるようにする制度がまず考えられる︒文化庁長官に処分権がある場合︑申請人以外
に︑遺跡が所在する県や市町村の教委関係者︑市町村長︑工事関係者︑そして日本考古学協会等全国的研究団体代
表︑地元研究団体等の代表が協議メンバーとして考えられる︒協議会方式では事前にメンバーを固定的に定めるの
ではなく︑事案に応じて行政がメンバーを決定したり︑参加を募集する方式がとられる︒このように関係者が一同
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