• 検索結果がありません。

長 崎 県 の 方 言 分 布 相 に つ い て

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "長 崎 県 の 方 言 分 布 相 に つ い て"

Copied!
6
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

長崎県の方言分布相について 

︱ビードロ・氷柱・頭・肩車︱

西

一・ビードロ

 長崎市の方言でビードロということばがよく使われる︒現在はハ

タ︵四︑五月頃あげる長崎独特の凧の名称︶のヨマ︵凧の糸︶のな かに︑ビードロヨマというのがあって︑これはガラスを叩いて粉状

にしたものを凧の糸のまわりに飯粒で練りつけて︑これで相手の凧

糸を切るものである︒

 長崎県諌早市でもビード俄雨マのことを︑ビードロとか︑略して

ピーと言っている︒また南松浦郡奈良尾町でも誼ってビーロロヨマ

とかビーロロと称している︒

 現在はビードロは主として上述のビ!ドロヨマの略称として使わ

れているほか︑西彼杵郡崎戸町平島で︑氷柱︵つらら︶の方言とし

てビーロロが残っている︒

 古くは長崎市でも︑ビード八二ンザシ︑ビードロ細工︑ビードロ

障子などの言い方もあったことが︑古賀十二郎著﹁長崎方言嚢底﹂

にみえている︒

 ビードロの語源はポルトガル語の≦費︒であるから︑日本に輸

入されたのは随分古い時代といえよう︒十七世紀に天草で切支丹の

宣教師によって出版された辞書に既にビードロの語が見えている

が︑それから約九十年後の貞享二年︵=ハ八四年︶に書かれた井原

長崎県の方言分布相について︵西島︶ 西鶴の﹁好色二代男﹂には﹁呑みかけ引きかけ︑びいどうの与平 次︑下調子の小唄⁝⁝﹂と︑すきとおるほど美しいのっぺりした美 男の意味で使われている︒  また文化十年目一八一〇年︶の滝沢馬琴の﹁夢想兵衛胡蝶物語﹂ では︑﹁どれが貴妃やら小町やら︑玉子の玉むきびいどうを︑さか さに吊した玉簾へ︑隠るるとき月を欺き︑翠の黒髪︑柳の腰元⁝ ⁝﹂と︑一皮剥けたいい女という意味で使っている︒  ﹁ビードロをさかさに吊した﹂あるいは﹁ビードロを桜に吊し た﹂ということばは︑美人の形容としてよく使われたことは江戸小 咄によく見える︒方言としては熊本方言に美人のことを﹁天からビ ードロ﹂という例がある︒  ﹁美人﹂の意味でビードロを使った例として︑江戸後期の川柳に

も︑

 ビイドロを貰って息子だだがやみ︵美人の嫁を貰って息子の放蕩 がおさまった︒︶  ビイドロを買ってぽこんと穴があき  ︵玉の如き遊女に惚れて身代に大穴があく︒︶  ビイドロのようだから母あぶながり  ︵娘が美人なので母の心配もひとしお◎︶  ビイドロとは嘘の見えすく仲人口

(2)

  長崎大学教育学部入文科学研究報告 第一八号

 ︵縁談の相手が美人だという仲人のことばは眉唾ものである︒︶

 ビイドロも割れるとあとは水入らず

 ︵美人と結婚して水入らずの仲というのと︑ピイドロ鉢も割れた

ら水が洩るの意味とかけている︶︒

など類句が多い◎

 さらに同じ外来語のギヤマンまで︑

 ギヤマンをさかさに吊った唐の美女

 ︵唐の玄宗皇帝の妃︑楊貴妃︒︶

の用例があり︑さらにポルトガル語団冨︒︒︒○に由来するフラスコは

﹁不美人・醜女﹂の意味で︑  フラスコを入れたで息子内に居ず

 ︵不美人の嫁なので息子が家に居付かない︒︶のように使われ

た︒

 しかし︑ビイドロの本来の意味である﹁ガラス﹂の意味では︑方

言で三重・和歌山∵広島・島根・山口・愛媛・高知・熊本.鹿児島

の各県にみえている︒ ︵東条操﹁全国方言辞典﹂による︶

 江戸時代天明期の俳人与謝蕪村にも︑

 びいどうの魚驚きぬ今朝の秋︹遺稿︺

 ︵ガラス鉢の中の金魚を詠んだ句︒︶

の句があり︑川柳でも︑  びいどうの中で泳ぐを猫狙い

の句がある︒

 また︑ガラス製の盃もビードロと称し︑

 ビイドロで二杯あおって嫁は弾き

 ガラス製のかんざしを︑

 ビイドロのかんざし村の派手娘

一〇

とも詠んでいるQ

 ガラスでできた眼鏡をビイドロと言って︑

 ビイドロの中から塚のあらを見る

 ︵姑が眼鏡をかけて嫁のあらさがし︒︶

ともある︒  安永四年刊の江戸小咄集﹁豆だらけ︺にも﹁びいどう﹂なる道具

がでている︒

 総じて︑ガラス製の器物をも﹁ビイドロ﹂と言ったようである︒

 方言では︑福島県で﹁覗きめがね﹂のことをビードロといった例

や︑前述の﹁つらら﹂をビードロと言った例が︑静岡︑伊豆大島︑

鹿児島県肝付郡に見える︒なお長崎県内では氷柱の方言として五島

福江ビンドツ︑同久賀ビロド︑同奈良尾ビードロ︑同浜ノ浦ビドロ

同有川ビドロがある︒

     二︑氷  柱

 長崎県下の﹁氷柱︵つらら︶﹂方言の分布相を見ると次のように

なる︒ 対馬  ツララ  出窟岐

 五島 ツララ︵崎山カラカソ︑有川ビランビラン︑青方ジリンカ

 ラン︶  平戸 ッララ・タルメソ

 東彼杵 タルミ 西彼杵 タノミ・タルミ・タロミ・タロメ・北

古同来タラミ・タラメ︒タルミ・タロンベー南山局来タロソ・タロム・

タロメン  以上はおおまかな分布を示したものであるが︑なお細かにみてい

くと

(3)

 長崎タロミ面高タロミ七釜タノミ 崎戸タルミ 松島タラミ 瀬

一 タルミ 三重タラメソ 式事タローメ 伊王島タルミ 深堀タル

ミ 高浜急心ミ 野母タルミ 脇岬タルン 樺島タノミ ︵以上︑

崎および西彼杵郡外目地方︶︑一方︑亀岳タロミ 長浦タロミ 村

松タロメ 時津タロメ 長与タロメ 喜々津タロミ︵以上︑大村湾

西岸いわゆる荒目地方︶崎馬尾タロミ 早岐タロミ 川棚タルミ

彼杵タロミ 大村タロミ︵以上︑大村湾東岸︶と﹁長崎県西彼杵郡

東彼杵郡東彼杵郡両郡方言分布調査﹂ ︵本山桂川著・昭和8年刊︶

にあるが︑これは昭和三十一年の西島調査においても︑ほぼ同様の

結果を得た︒

 なお︑ ﹁玖城﹂三十一号︵昭和十一年︶の調査では︑崎針尾たう み︑折尾瀬たうみ︑江上たうみ︑波佐見たうみ︑西大村たるみ︑大

村たるみとある︒

 諫早︑北高来郡地方は︑小長井寸寸ミ︑湯江タノミ︑深海タロ

ミ︑タルミ︑タラミ︑タラメ︑タランベ︑主旨ンベーで︑諫早に数

語併存している︒

 島原・南高来郡地方は半島頸部の愛野を起点として時計回りに東

・南・西に愛野唐山ム︑山田タロム︑大三束タロミ︑墨黒タロビ︑

湯江タロム︑大三束外画ム︑三会タロム︑島原タ揖ム︑布津タロ

ベ︑有家タロベン︑北有馬タロベ︑口之津タロベ︑千々石タロミ

︵以上︑島原第一小学校﹁島原半島方言の研究﹂昭和七年︶とある

が︑昭和二十八年の山本靖民﹁島原半島方言集﹂によれば前述の町

村のうち島原半島北部の愛野から三会まではタロミ︑また山田︑守

山︑大正︑湯江︑大三束︑三会に催合ムが併存︑島原半島南部の島

原から小浜に至る町村は室屋メンで︑布津︑北有馬︑口之津にタd

べが併存となっている︒西島の調査では北部の愛野︑山田でタロ

長崎県の方言分布相について︵西島︶ ソ︑南部の布津︑北有馬︑南有馬でタロベ︑布津︑口之津でタロン ベがあった以外は︑山本靖民報告と一致している︒  次に佐世保・北松浦郡・平戸地方はほとんどツララで︑なかに佐 世保タラメ︑江迎タロンジョ︑平戸タルメソが併存している︒  福江︑南松浦郡は全島ツララであるが︑なかに福江ビソドッ︑久 賀ビロド︑奈良尾ビードロ︑浜ノ浦ビドロ︑有川ビドロがいずれも ビードロ系であることが注目され︑五島に近い西彼杵郡江島ビイロ ロもその系統である︒  壱岐は全島ツララ︒対馬も全島ツララである︒なお︑壱岐ではふ つうの﹁氷﹂はイタガネと呼んでいる︒  また︑五島︵南松浦郡︶︑壱岐︑対馬とも﹁霜柱が立つことがあ るか﹂との質問に各町村とも﹁ほとんどない︑﹂と答えている︒ ﹁霜柱﹂の方言を聞いてもシモバシラ以外の答がなかったQ  諫早市有喜のターロソビャー︑同小野タロンベ!がある︒チッカ ンカンは﹁島原半島方言の研究﹂では南高来郡千々石に︑ ﹁島原半 島方言の研究﹂では南高来郡千々石に︑ ﹁島原半島方言集﹂では同 郡堂崎にでている︒  五島︵南松浦郡︶崎山カラカンは﹁唐金﹂か︒西彼杵郡平島ゲソ ノウ︑五島有川ビラソビラン︑同三方ジリンカランのうち︑ビラン ビランは有川で﹁装飾用に付けたさがり﹂をいい︑ ﹁この帽子には ビランビランが付いている︒﹂などと言うので︑それからの連想と 考えられる︒  南高来郡小浜にヨーラクがあったが︑ヨーラク︑ヒョーラクは大 分県で普通使われており︑長崎県内では珍しい形である︒  南高来郡有家のドソベンは氷柱の方言として長崎県内では稀な形 だが︑熊本県阿蘇郡にドンベンゴーリがある︒また長崎県内ではド

(4)

長崎大学教育学部人文科学研究報告 第一八号

ンベンは一般には氷柱以外の意味として広く使用されている︒

 例えば︑島原の民謡﹁いっちく節﹂に﹃たかんばっちょちきりの

どんべんぴんとびんとはねやれそこで一こんつきましょう﹂のよう

に﹁秤のおもり﹂の意味で使うもの︑また南高来郡千々石では﹁時

計の振子﹂をドンベンといい︑諌早では﹁しもぶくれの顔﹂をドソ

ベソヅラ︑ ﹁男陰﹂をドンベソという︒長崎市ではこどもの遊びこ

とばに﹁坊主坊主︑山の中に昼寝せろ一︑蜂かろドソベソ刺され

ろ︒﹂と同じく﹁男陰﹂の意味に使っている︒五島有川では﹁秤の

おもり・分銅﹂や﹁魚釣り用のおもり﹂をドンブリといっているし ︑ ﹁釣り用のおもり﹂を北松浦郡でもドソブリといっているので︑

ドソベン・ドンブリが同系の語であることが知られる︒

 ﹁全国方言辞典﹂によれば︑広島県因島でつららをドンビソゴー

リ︑福島県で癌気がドソビン︑石川県でおもりをドンベ︑熊本県で つわぶき草をドンベソツツミ︑香川県木田郡で釣り用のおもりをド

ソブリ︑さらにダンベを男陰の意味で古く加賀︑越前新潟︑富山︑

岐阜県︑新潟県にみえ︑柱時計がダンベドケーと岐阜にみえるの

は︑ダソベ・ドソベン・ドソビソ・ドソブリが同系の語であること

を示しているといえよう︒

 なお︑鎖に分銅がついてねじを巻く形式の時計の分銅を男憎に見

立てた例は︑江戸時代後期の川柳句集﹁柳の葉末﹂に絶句見えてい

るQ

三︑頭

 長崎県下で﹁頭﹂の方言として︑対馬にビンタ︑カバチ︑壱岐で

オツモリ︵石田︶︑カッポ︵鯨伏・渡良・箱崎︶といい︑ ﹁頭痛が

する﹂ことをカッポーンウツ︵箱崎︶とかアタマソウッ︵志原︶タ

一二

カガシラモツ︵勝本︶といっている︒

 五島ではカッポ︵魚目・野方・有川・奈良尾︶カラタマ︵崎山︶

カシラ︵富江︶という︒なお三井楽ではカップは顎のことであり︑

奈良尾でカシラは頭髪のことである︒

 北松浦郡はふつうアタマ︒佐世保で﹁頭﹂の卑称としてズクニュ

ー︑同大野では﹁膝頭しをピザカッポという︒平戸で﹁頭﹂をカッ

プ︑︒小値賀でカッパという︑佐世保市崎針尾で膝頭をピザンカップ

という︒  大村市福重で頭をカッポといい︑同市の池田︑岩松で膝頭をピザ

ソカッポという︒

 諌早ではオッム︑北高来郡小長井に﹁頭﹂の卑称としてズクニュ

ーがある︒また諌早で﹁膝頭﹂をピザコッポ︒北高来郡湯江では大

頭をカブラといっている︒

 南高来郡では山田にツベ︑守山︑多比良︑大三束︑三会にカップ

がある︒なお守山では﹁山の頂﹂をヤマンカジプ︑また多比良では

人の頭はアタマ︑魚などの頭はカップと使い分けもしている︒頭を

カップという地方は北部に限られている︒

 これらの方言の分布相からして︑長崎県下には古くは︑相当広い

範囲にわたってカッポ・カップ系の﹁頭﹂の方言があったと考えら

れる︒さらには﹁膝頭﹂をピザのカップ︑ピザのカッポという言い

方も︑現在一般に広く存在したと思われる︒とくに大村地方は圧倒

的に全地域に亘ってビザソカッポがあった︒

 ﹁膝頭﹂をビザカブということは︑ ﹁物類称呼﹂に奥州南部の方

言としているほか︑ ﹁全国方言辞典﹂に青森・岩手・宮城・会津な ど東北地方の方言として記しているが︑このピザカブのカブは︑室

町時代の狂言﹁惣八﹂に﹁頭﹂の意味で﹁この薄刃でカブを放そ

(5)

う﹂と見えるカブ︑

語であろう︒

四︑肩 さらに動詞のかぶす︑かぶる・かぶくと同系の

 長崎県下の﹁肩車﹂の方言としては︑対馬の北部にテソクマ︑チ ングルマ︑対馬の南部にクビンマ︑チングルマ︑があり︑チングル

マは﹁チングルマにのせる﹂という言い方もあることからすると

﹁手車﹂の意味であろう︒またグビソマは﹁首邑﹂であろう︒チン

グルマについては柳田国男氏も﹁方言覚書﹂に記している︒

 平戸市の中野・紐差にカタウマ︑五島福江にカタウマがある︒

 五島の魚目でウマキンキン︑同奈良尾でウマギー芋茎というの

は︑いずれも馬に乗った様子からの発想であろう︒

 このほか五島の岐宿でビビソ︑同三井楽でチロロ︑同玉之浦でベ

ンベ︑福江でピンヒョロという︒

 一方︑西彼杵郡では面高サンメンダ︑同雪浦サイモソド︑同三重

サラメンダチは同一発想のことばと思われるが語源はわからない︒

 西彼杵郡瀬川のナマイダは﹁南無阿弥仏﹂に由来すると思われ︑

南高来郡千々石のカタボンサンや︑ ﹁全国方言辞典﹂にみられるセ

ンノソカンノン︵福井︶︑ダイブツ︵島根︶︑ダルマ︵長野︶︑ビ

クニ︵大分︶など仏菩薩に関係づけた命名と同じ発想であろう︒

 長崎市のズッキャンキャンは︑諏訪神社の祭礼の難子の音の物ま

ねであるが︑祭礼に幼い子を肩車して参加する風習と関連があると

考えられ︑同じく諫早のトッカソガソ︑西彼杵郡長与のチンチンギ

ャソギャン︑同式見のチンチンカンボーに近い︒

 南高来郡では山田のカタ.ノセ・白上ンゴは﹁肩のせ﹂であろう が︑堂崎のヘソダイラッコ︑南有馬のヘソダラクは由来がわからな

長崎県の方言分布相について︵西島︶

いα

 関西系のことばとして︑古くカタクマということばのあったこと は︑近松門左衛門の浄瑠璃にいくつか例がみえる︒ ﹁子供設けて二 人が連れて︑お乳がかたくまおててが日傘﹂ ︵寿門松︵﹁負うたも いとし抱いたもいとし︑かたくまの小女郎がなほなほいとし﹂ ︵今 山了俊︶ ﹁久方の天つ乙女のかたくま枝や﹂ ︵西王母︶このうち

﹁かたくまの小女郎﹂は﹁増補松の落葉﹂宝永七年︶にも巻四ぞん

ぞりこ踊に同一文句が見えていて当時の流行の歌であったことがわ

かる︒また﹁私可美咄﹂ ︵万治二年︶に﹁あとよりかぷろは肩くま

にて来る︒﹂とあり︑江戸でも肩くまと称していたことが知られ

る︒明和七年春の京都の俳人望月武然の歳旦帖﹁春慶引﹂にも︑し

かたくまの子か手をのべて神酒の口しとあり︑祭事に子供を肩車に

のせる風習のあったこと︑また肩車をカタクマと称していたことが

わかる︒  以上の記述において︑町村名は近時の町村合併前の町村名に従っ

た︒一つには昭和初期・大正期の方言集にみえる方言と対比しやす

いことを考慮し︑次に現時の町村名によると旧東彼杵郡折尾瀬村︑

三川内村︑崎針尾村が佐世保に編入されるとか︑旧平戸町・中野

村・紐贈号以下が一括して平戸市になるなど方言分布相の記述に不

便なため︑あえて旧町名を使用した︒

参 考書目

全国方言辞典東条操︵昭26︶

 長崎方言集覧 古賀十二郎︵大一4︶

 多比良町郷土誌 松尾貞明︵大7︶

 全長崎県民謡集 園田陽一︵昭6︶

一一

(6)

長崎大学教育学部入文科学研究報告 第一八号

長崎県西彼杵東彼杵両郡方言分布調査本山桂川

諌早地方方言の研究 山崎 諭︵8︶

玖城 第三十一号 大村中学校︵昭12︶

島原半島方言の研究 島原第一尋常高等小学校

島原半島方言集 山本靖民︵昭28︶

︵昭8︶︵昭7︶ 一四

参照

関連したドキュメント

 入学時の選抜の多様性から、さまざまな基礎学歴の学生が入学してきています。文系では、数学

 図4には,核家族の割合との関係を示した。この図では,南九州に注目したい。核家族

ション形が5種類も掲載されており、これらはタから派生した語であることが 窺える (注2)

Fig.1の分布と比較

しか し,約 ‑柱頭距離 ( As°) と花器官重量は かな り変異の幅があった. 5%) と変異が大 きく,これは訪花昆虫によっ て他家受粉が成功 した もの とそ

とした方がわかりやすいかもしれず、本稿のティ形を西岡敏・仲原譲 2006

①千の位までのがい数の説明が不十分であった

いるほか、茨城県北部と栃木県北部にも分布がある。このことからアシコ