修 士 論 文
トロピカル曲線上の線形系と有理写像について
首都大学東京 大学院理工学研究科 数理情報科学専攻 学修番号
15878308
片倉 雄輝
1
導入代数曲線
X
上の線形系Λ
に対し,有理写像Φ
Λ: X → P
nが定まり,Λ
の元とP
nの超 平面の引き戻しが対応する.近年,代数曲線のトロピカル幾何での対応物であるトロピカ ル曲線に対しても,同様にRiemann–Roch
の定理が示された.トロピカル曲線に対して も有理写像や標準埋め込みの概念は与えられていたが([1],[2])
,線形系の元と超平面の引 き戻しの対応はなかった.そこで,本論文ではそれらの因子が対応するトロピカル曲線か らの有理写像を構成した.以下,その有理写像の構成について述べる.トロピカル曲線は連結な距離付きグラフである.トロピカル曲線
C
上の因子D
に対し,R(D) := { f : C
上の有理関数| D + div(f ) ≥ 0 }
と定める.
C
上の有理関数とは区分的に線形で,さらにそれぞれの区分での傾きは整数 であるC
上の連続関数である.またx ∈ C
に対し,fのx
における位数をx
での外向き 方向微分の和と定め,f
の主因子div(f)
を古典的な場合と同様に定める.このときR(D)
はトロピカルベクトル空間となる.古典的にはR(D)
の基底を並べて有理写像を作るが,トロピカルベクトル空間は半加群にすぎないので極小生成系をとる.R(D)の極小生成系 は有限集合になる
([1])
.しかし後述の例3
のように,R(D)
の極小生成系の個数はD
の階 数に1
を加えたものとは必ずしも一致しない.R
′をf
0, . . . , f
n∈ R(D)
を極小生成系とす るトロピカル部分空間とし,R′に対応する| D |
の部分線形系をΛ
とする.トロピカル射影空間
T P
nが古典的な場合と同様に商空間として定義できる.トロピカ ルd
次同次多項式f ̸ = −∞
に対し,V (f ) := { x ∈ T P
n| f
がx
で少なくとも2
項が最大値を取る,またはf (x) = −∞}
と定める.また
C
上の因子D
に付随する直線束L(D)
も古典的な場合と同様に定義する.L(D)
の正則切断φ
iであって,div(φ
i) = D + div(f
i)
をみたすものを取る.div(φ
i)
の台 をV (φ
i)
で表しV (φ
i)
cからV (X
i)
cへの写像を次のように定める.V (φ
i)
c→ V (X
i)
c∈ ∈
x 7→ (φ
0(x) : · · · : φ
n(x))
これらは貼り合って
Φ
Λ: C → T P
nとなる.ここで,V (φ
i)
cは{ φ
i̸ = −∞}
と一致するとは 限らないことに注意する.以上で,目的であった線形系Λ
に対する有理写像Φ
Λ: C → T P
n が構成された.この有理写像を用いることで次のような古典的な結果と同様の性質が示される.
例
1.1 C
をS
1と同相なトロピカル曲線とし,C上の2
点P, Q
を円周を2
等分するよう にとる.さらにD = 2P + 2Q
とする.Φ
Dの像は,T P
3 の二つの2
次曲面の交叉に含ま れる.例
1.2
図1
の種数4
のトロピカル曲線をC
とする.ただし辺の長さはすべて等しくとる.このとき
C
は非超楕円曲線である.C
の標準線形系の適切な部分線形系Λ
に対しΦ
Λの 像は,T P
3 の2
次曲面と3
次曲面の交叉に含まれる.図
1
構成した有理写像では,以下のように線形系の元と超平面の引き戻しが対応する.
定理
1.3 D
をトロピカル曲線C
上の因子とする.R
′をf
0, . . . , f
n∈ R(D)
を極小生成系 とするトロピカル部分空間とし,R
′に対応する| D |
の部分線形系をΛ
とする.Λ
の固定 部分をF
とする.このときΦ
Λ: C → T P
nに対し次が成り立つ.T Pnの任意の超平面H
に対しΦ
∗ΛH + F ∈ Λ
となる.逆にΛ
の任意の元D
′に対し,あるT P
nの超平面H
′が 存在してD
′= Φ
∗ΛH
′+ F
となる.例
1.4
図2
の種数2
のトロピカル曲線の標準因子をK
とする.このときK
の階数は1
だ が,R(K)
の極小生成系は3
個あり| K |
は面積を持つ.しかし| K |
の元とΦ
Kによる超平 面の引き戻しは一対一に対応する.図
2
謝辞
本研究を進めるにあたり,多大なるご指導ご助言を賜りました小林正典准教授に敬意を 表すとともに,厚く御礼を申し上げます.また,日頃から様々な相談に乗ってくれた同じ 研究室のメンバーに感謝の意を表します.
2
準備2.1
トロピカル演算定義
2.1
実数全体の集合R
に対し,以下のように二つの演算⊕ , ⊙
を定義する.任意の 実数x, y
に対しx ⊕ y := max { x, y }
x ⊙ y := x + y
と定める.
注意
2.2 (R, ⊕ , ⊙ )
は可換半環である.すなわち⊕ , ⊙
は以下を満たす.結合法則
(x ⊕ y) ⊕ z = x ⊕ (y ⊕ z), (x ⊙ y) ⊙ z = x ⊙ (y ⊙ z),
交換法則x ⊕ y = y ⊕ x, x ⊙ y = y ⊙ x,
分配法則
x ⊙ (y ⊕ z) = (x ⊙ y) ⊕ (x ⊙ z).
(R, ⊕ , ⊙ )
をトロピカル半環といいR
tropと表す.このとき⊙
に関する単位元は0
である.また
⊕
に関する単位元はR
には存在しない.注意
2.3 T := R ∪ {−∞}
をトロピカル半体という.ただしx ∈ T
に対する−∞
の演算 は次のように定める.x ⊕ ( −∞ ) = x, ( −∞ ) ⊕ x = x, ( −∞ ) ⊕ ( −∞ ) = −∞ , x ⊙ ( −∞ ) = −∞ , ( −∞ ) ⊙ x = −∞ , ( −∞ ) ⊙ ( −∞ ) = −∞ .
よって
T
では,⊕
に関する単位元は−∞
である.−∞
以外の元に対しては,⊙
に関して 逆元が存在するが,⊕
に関しては逆元は存在しない.以下、簡単のため
“x + y” = x ⊕ y, “xy” = x ⊙ y
と書く.例
2.4 “3 + 4” = 4, “3 × 4” = 7.
2.2
トロピカル超曲面定義
2.5
F (x
1, . . . , x
n) = “ ∑
(i1,...,in)∈I
a
i1···inx
i11· · · x
inn”
= max { a
i1,...,in+ i
1x
1+ · · · + i
nx
n| (i
1, . . . , i
n) ∈ I }
をトロピカル多項式という.ただし,ai1, ..., in∈ R,I
はN
nの有限部分集合である.注意
2.6 Λ
が異なる多項式でも同じ関数を表す場合がある.例えば“1x
3+ 1x + 1” = “1x
3+ 1” = max { 3x + 1, 1 }
である.以下,簡単のため定数項以外の
0
は省略する.例えば“0x
2+ 0x + 0”
を“x
2+ x + 0”
と 書く.定義
2.7
項が一つ以上のn
変数トロピカルd
次多項式F
に対しV (F ) := { x ∈ R
n| F
がx
で少なくとも2項が最大値を取る}
を
F
で定まるd
次トロピカル超曲面という.またn = 2
のとき超曲面を「曲線」という.注意
2.8 F
が単項式である場合,V (F ) = ∅
である.アフィン空間での定義をトロピカル射影空間にも拡張することができる.
2.3
トロピカル射影空間定義
2.9 T
nの演算を次のように定めることでT
nはトロピカル線形空間となる.(x
1, . . . , x
n), (y
1, . . . , y
n) ∈ T
n, λ ∈ T
に対し,“(x
1, . . . , x
n) + (y
1, . . . , y
n)” := (“x
1+ y
1”, . . . , “x
n+ y
n”)
“λ(x
1, . . . , x
n)” := (“λx
1”, . . . , “λx
n”)
定義
2.10 x, y ∈ T
n+1\ { ( −∞ , . . . , −∞ ) }
に対し,同値関係∼
を次のように定める.x ∼ y ⇔
あるλ ∈ R
が存在して,x = “λy”
補題
2.11
上の∼
は同値関係を定める.証明
x, y, z ∈ T
n+1とする.x= “0x”
よりx ∼ x
である.したがって,反射律が成り立つ.x ∼ y ⇔
あるλ ∈ R
が存在して,x = “λy” ⇒ y = “
λ1x” ⇒ y ∼ x
.したがって,対 称律も成り立つ.x ∼ y
かつy ∼ z ⇔
あるλ
1, λ
2∈ R
が存在して,x= “λ
1y”, y = “λ
2z” ⇒ x =
“λ
1λ
2z” ⇒ x ∼ z
.したがって,推移律が成り立つ. 以上より,∼
は同値関係である.2
定義2.12
T P
n:= T
n+1/ ∼
をn
次元トロピカル射影空間という.F (x
0, . . . , x
n) = “ ∑
(i0, ..., in)∈I
a
i0···inx
i00· · · x
inn”
をトロピカル同次d
次多項式とし,[X
0:
· · · : X
n] = [Y
0: · · · : Y
n] ∈ T P
nとする.このとき,あるλ ∈ R
が存在してY
i= λ + X
i となる.F (Y
0, . . . , Y
n) = max { a
i0, ..., in+ i
0Y
0+ · · · + i
nY
n| (i
0, . . . , i
n) ∈ I }
= max { a
i0, ..., in+ i
0(λ + X
0) + · · · + i
n(λ + X
n) | (i
0, . . . , i
n) ∈ I }
= max { a
i0, ..., in+ (i
0+ · · · + i
n)λ + i
0X
0+ · · · + i
nX
n| (i
0, . . . , i
n) ∈ I }
= dλ + max { a
i0, ..., in+ i
0X
0+ · · · + i
nX
n| (i
0, . . . , i
n) ∈ I }
= “d
λF (X
0, . . . , X
n)”
より
F (X
0, . . . , X
n)
が最大値を取る項とF (Y
0, . . . , Y
n)
が最大値を取る項は同じである.したがって,
F
が(X
0, . . . , X
n)
で二項以上で最大値をとることと,(Y
0, . . . , Y
n)
で二項以上 で最大値をとることは同値である.またF (X
0, . . . , X
n) = −∞ ⇔ F (Y
0, . . . , Y
n) = −∞
である.したがって,次を定義できる.
定義
2.13 F ̸ = −∞
をトロピカル同次d
次多項式とする.V (F ) := { x ∈ T P
n| F
がx
で少なくとも二項が最大値を取る,またはF (x) = −∞}
を
d
次トロピカル超曲面という.注意
2.14
定義2.7
と異なる定義だが,T Pnでも同じ記号で拡張することに注意する.2.4
トロピカル曲線定義
2.15
本論文では,トロピカル曲線を有限で連結な距離付きグラフで定義する.距離 付きグラフとは,グラフの各辺に正の長さが与えられているものである.ただし価数1
の 点を含む辺の長さが無限となることを許す.定義
2.16
トロピカル曲線C
上の因子D
とは,C上の点で生成される自由加群の元と定 める.すなわちD = a
1x
1+ · · · + a
nx
n(a
1, . . . , a
n∈ Z, x
1, . . . , x
n∈ C, n ≥ 0, x
1, . . . x
nは相異なる)
である.C
上の因子全体のなす加群をDiv(C)
と表す.またD
の点x
の係数をord
x(D)
と 表す.さらに,
D
の次数deg(D)
をdeg(D) := a
1+ · · · + a
nで定める.
a
1, . . . , a
n≥ 0
のときD
を有効因子といいD ≥ 0
と表す.また因子D
に対し,Supp(D) = { x
i∈ C | a
i̸ = 0 }
をD
の台という.また
C
上の標準因子K
をK := ∑
x∈C
(val(x) − 2)x (val(x) := x
の価数)と定める.
定義
2.17 C
上のトロピカル有理関数f : C → T
とは連続で,区分的に線形でそれぞれ の区分での傾きは整数である関数をいう.ただしf (x) = −∞
となるのは長さが無限の辺 の端点のみであるか,f(x)≡ −∞
である.さらにx ∈ C
に対しord
x(f) := x
での外向き方向微分の和 としdiv(f) := ∑
x∈C
ord
x(f) x
を
f
のC
における主因子という.さらにトロピカル有理関数f
は各x
に対しord
x(f) ≥ 0
であるときトロピカル正則関数であるという.以後トロピカル有理関数,トロピカル正則 関数を単に有理関数,正則関数と呼ぶ.定義
2.18 D
をトロピカル曲線C
上の因子とする.R(D) := { f : C
上の有理関数| D + div(f) ≥ 0 }
と定める.定理
2.19 ([1]) R(D)
は有限生成半加群である.定義
2.20 D, D
′をトロピカル曲線C
上の因子とする.D, D
′が線形同値であるとは,C
上のある有理関数f
が存在してD − D
′= div(f )
を満たすときをいう.この時D ∼ D
′と表す.また| D | := { D
′∈ Div(C) | D
′≥ 0, D ∼ D
′}
をD
に付随する完備線形系という.定義
2.21 f
0, . . . , f
n∈ R(D)
とする.⟨ f
0, . . . , f
n⟩ := { “
∑
ni=0
a
if
i” ∈ R(D) | a
i∈ T }
と定める.定義
2.22 D
をC
上の因子とする.f
0, . . . , f
n∈ R(D)
に対し,⟨ f
0, . . . , f
n⟩ ) ⟨ f
0, . . . , f ˇ
i, . . . , f
n⟩ ( ∀ i)
をみたすとする.トロピカル部分空間R
′:= ⟨ f
0, . . . , f
n⟩ ⊂ R(D)
に対応する部分線形系Λ
を
Λ := { D + div(f) ∈ | D | | f ∈ R
′}
で定義する.定義
2.23 D
をC
上の因子とする.部分線形系Λ ⊂ | D |
の固定点集合をBs Λ = ∩
D′∈Λ
Supp(D
′)
と定める.定義
2.24
部分線形系Λ ⊂ | D |
の固定部分F
をF := ∑
x∈C
min
D′∈Λord
x(D
′)x
と定める.定義
2.25 D
をトロピカル曲線C
上の因子とする.D
の階数r(D)
をr(D) := max { k ∈ Z
≥0| deg(E) = k
の任意の有効因子E
に対し| D − E | ̸ = ∅}
で定める.
定義
2.26
トロピカル曲線C
の種数g
をg := dim H
1(C, R)
と定める.注意
2.27
トロピカル曲線C
の辺の集合,頂点の集合をそれぞれE, V
とする.C
の種数g
はg = #E − #V + 1
と表せる.3
直線束以下,
C
をトロピカル曲線とする.定義
3.1 { U
i}
i∈IをC
の開被覆とする.Ui∩ U
j̸ = ∅
のときU
i∩ U
j上で零点を持たない正 則関数g
ij が与えられているとする.g
ij が(i) g
ii= 0
(ii) U
i∩ U
j∩ U
k上g
ik= “g
ijg
jk”
を満たすとき
{ g
ij}
を開被覆{ U
i}
i∈Iに属する変換関数系という.注意
3.2
上の定義より0 = g
ii= “g
ijg
ji” = g
ij+ g
ji.したがって,g
ij= − g
jiを得る.定義
3.3 { g
ij}
を開被覆{ U
i}
i∈Iに属する変換関数系とする.∪
i∈I
(U
i× T )
に同値関係∼
を 次のように定める.(z
i, t
i) ∈ U
i× T , (z
j, t
j) ∈ U
j× T
に対し(z
i, t
i) ∼ (z
j, t
j) ⇔ z
i= z
j かつt
i= “g
ij(z
j)t
j”
とする.補題
3.4
上の∼
は同値関係を定める.証明
t
i= g
ii(z
i) + t
i= 0 + t
i= t
iより(z
i, t
i) ∼ (z
i, t
i)
である.よって反射律が成り立つ.(z
i, t
i) ∼ (z
j, t
j)
とするとz
i= z
jかつt
i= g
ij(z
j)+t
jとなる.したがってt
j= − g
ij(z
i)+t
i である.よってt
j= g
ji(z
i) + t
iなので(z
j, t
j) ∼ (z
i, t
i)
となる.したがって対称律も成り 立つ.(z
i, t
i) ∼ (z
j, t
j)
かつ(z
j, t
j) ∼ (z
k, t
k)
とするとz
i= z
j= z
kかつt
i= g
ij(z
j) + t
jか つt
j= g
jk(z
k) + t
kである.したがってt
i= g
ij(z
k) + g
jk(z
k) + t
k= g
ik(z
k) + t
kである.よって
(z
i, t
i) ∼ (z
k, t
k)
である.したがって推移律も成り立つ.以上より,∼
は同値関係 である.2
定義
3.5 { U
i}
i∈IをC
の開被覆とし,{ g
ij}
を{ U
i}
i∈Iに属する変換関数系とする.∼
を{ g
ij}
が定める同値関係とする.このときL = ∪
i∈I
(U
i× T )/ ∼
と写像π : L → C
の組をC
上の直線束という.注意
3.6
直線束の同型も古典的な場合と同様に定義する.定義
3.7 π : L → C
をC
上の直線束とする.正則写像s : C → L
であって,任意のx ∈ C
に対しπ ◦ s(x) = x
をみたすとき,s
をL
の正則切断という.注意
3.8 s
は各U
i上では正則関数s
iを用いてU
i∋ x → (x, s
i(x)) ∈ U
i× T
と表される.貼り合わせ条件から,
x ∈ U
i∩ U
jに対しs
i(x) = “g
ij(x)s
j(x)” = g
ij(x) + s
j(x)
が成り立つ.逆に
U
i上の正則関数s
iの組{ s
i}
が与えられていて上の式をみたすとき{ s
i}
はL
の正則切断を定める.定義
3.9 s = { s
i}
をL
の正則切断とする.ただしs
iはU
i上の正則関数である.s
の定め る因子div(s)
をdiv(s) |
Ui:= div(s
i)
で定める. またV (s) := Supp(div(s))
とする.定義
3.10 D
をC
上の因子とし,D
はC
の開被覆{ U
i}
と各U
i上の有理関数ψ
iが存在し てD |
Ui= div(ψ
i)
と表されるとする.gij= “ψ
i/ψ
j”
によって定まる変換関数系{ g
ij}
の定 める直線束をL(D)
と書き,D
に付随する直線束と呼ぶ.命題
3.11 D
をC
上の因子としf ∈ R(D)
とする.C
上の直線束L(D)
の正則切断φ
でdiv(φ) = D + div(f)
をみたすものが存在する.証明
D
はC
の開被覆{ U
i}
と各U
i上の有理関数ψ
iが存在してD |
Ui= div(ψ
i)
と表せ る.このとき“ψ
if”
はU
i上の正則関数でありx ∈ U
i∩ U
jに対し,“ψ
i(x)f (x)” = “ ψ
i(x)
ψ
j(x) ψ
j(x)f(x)”
を満たす.したがって,φ
:= { “ψ
if ” }
はL(D)
の正則切断を定める.このときdiv(φ) |
Ui= div(“ψ
if”) |
Ui= D |
Ui+ div(f ) |
Uiである.したがって,div(φ) = D + div(f )
である.2
4
主結果 超平面の引き戻し補題
4.1 D
をトロピカル曲線C
上の因子とする.いまR(D)
はある有理関数f
0, · · · , f
nで 生成されているとする.トロピカル部分空間R
′= ⟨ f
0, . . . , f
n⟩ ⊂ R(D)
に対応する| D |
の 部分線形系をΛ
とする.またφ
iをC
上の直線束L(D)
の正則切断でdiv(φ
i) = D + div(f
i)
をみたすものとする. このとき,次が成り立つ.Bs Λ =
∩
ni=0
V (φ
i)
証明
⊂
は明らか.逆を示す.x∈
∩
ni=0
V (φ
i) ⇐⇒ ord
x(div(φ
i)) = ord
x(D) + ord
x(f
i) >
0 ( ∀ i)
である.ここで任意のD
′∈ Λ
に対しある“
∑
ni=0
a
if
i” ∈ R
′が存在してD
′= D + div(“
∑
ni=0
a
if
i”)
となる.l := min
i(ord
x(f
i))
とするとord
x(D
′)
= ord
x(D) + ord
x(“
∑
ni=0
a
if
i”)
≥ ord
x(D) + l > 0
となる.したがってx ∈ Bs Λ
よりBs Λ ⊃
∩
ni=0
V (φ
i)
.2
定義
4.2 D
をトロピカル曲線C
上の因子とする.f
0, . . . , f
n∈ R(D)
に対し,⟨ f
0, . . . , f
n⟩ )
⟨ f
0, . . . , f ˇ
i, . . . , f
n⟩ ( ∀ i)
をみたすとする.トロピカル部分空間R
′= ⟨ f
0, . . . , f
n⟩ ⊂ R(D)
に対応する部分線形系をΛ ⊂ | D |
とする.またφ
iをL(D)
の正則切断であって,div(φ
i) = D + div(f
i)
をみたすものとする.V(φ
i)
cからV (X
i)
cへの写像を次のように定める.V (φ
i)
c→ V (X
i)
c∈ ∈
x 7→ (φ
0(x) : · · · : φ
n(x))
これを貼り合わせたものを
Φ
Λ: C \ Bs Λ → T P
nとする.さらにx ∈ Bs Λ
に対し,xの 十分小さい開近傍U
xを取る.ord
x(div φ
i) (i = 0, . . . , n)
のうち最小となるものをφ
jとす る.このときU
x∋ x 7→ (“ φ
0(x)
φ
j(x) ”, . . . , “ φ
n(x)
φ
j(x) ”) ∈ T
n∼ = V (X
j)
c としてΦ
Λ: C → T P
nを定める.さらに
F
をΛ
の固定部分としΦ
Λ−F: C → T P
nを次のように定める.F≥ 0
よりC
の 開被覆{ V
λ}
と各V
λ上の正則関数h
λが存在して,F |
Vλ= div(h
λ)
と表せる.正則関数の組
η := { h
λ}
はL(F )
の正則切断となり,div(η) = F
となる.この ときに対し,∩
V (“
φηi”) = ∅
V (
φηi)
c→ V (X
i)
c∈ ∈
x 7→ (“
φη(x)0(x)” : · · · : “
φη(x)n(x)”)
と定め,これらを貼り合わせたものを
Φ
Λ−F: C → T P
nとする.定義よりΦ
Λ= Φ
Λ−Fで ある.定義
4.3 f : X → Y
をトロピカル多様体の間の正則写像,D
をY
上の因子とする.D
は 局所方程式系{ (V
j, ψ
j) }
で定義されているものとする.f (X)
がD
の台に含まれていない とする.Xの開被覆{ U
α}
で,f(Uα) ⊂ V
j かつ,f|
Uα: U
α→ V
j が正則となるものとす る.このとき,{ (U
α, ψ
j◦ f |
Uα) }
により定まるX
の因子をf
によるD
の引き戻しといい,f
∗D
と書く.定理
4.4 D
をトロピカル曲線C
上の因子とする.f
0, . . . , f
n∈ R(D)
を極小生成系にも つトロピカル部分空間をR
′とし,R′に対応する| D |
の部分線形系をΛ
とする.F をΛ
の 固定部分とする.このときΦ
Λ: C → T P
nに対し次が成り立つ.T P
nの任意の超平面H = “
∑
ni=0
a
iX
i”
に対しΦ
∗ΛH + F ∈ Λ
となる.また逆にΛ
の任意の元D
′に対し,あるT P
nの超平面H
′が存在してD
′= Φ
∗ΛH
′+ F
となる.証明
Φ
Λ−F の定義より,Φ−Λ−1F(V (X
j))
c⊃ V (“
φηj”)
cである.また,Cの開被覆{ U
α}
と各U
α 上の有理関数g
αが存在してD |
U α= div(g
α)
と表せる.また正則切断
φ
i: C → L(D)
はφ
i= { “g
αf
i” }
よりdiv(φ
i) |
Uα= div(“g
αf
i”) |
Uα= D |
Uα+ div(f
i) |
Uαである.同様に,
C
の開被覆{ V
λ}
と各V
λ上の正則関数h
λが存在してF |
Vλ= div(h
λ)
と表せる.また正則切断
η : C → L(F )
はη = { h
λ}
よりdiv(η) |
Vλ= div(h
λ) |
Vλである.ここで,
C
の開被覆を{ V (“
φηj”)
c∩ U
α∩ V
λ}
で取りなおし,各V (“
φηj”)
c∩ U
α∩ V
λで制限することに注意する.したがって,
Φ
∗Λ−FH |
V(“φjη”)c∩Uα∩Vλ
= div (
“ 1
φj
η
∑
ni=0
a
iφ
iη ” )
|
V(“φjη”)c∩Uα∩Vλ
= div (
“
∑
ni=0
a
iφ
i” )
|
V(“φjη”)c∩Uα∩Vλ
− div(η) |
V(“φjη ”)c∩Uα∩Vλ
= div (
“
∑
ni=0
a
ig
αf
i” )
|
V(“φjη ”)c∩Uα∩Vλ
− div(h
λ) |
V(“φjη”)c∩Uα∩Vλ
= (D + div(“
∑
ni=0
a
if
i”) − F ) |
V(“φjη ”)c∩Uα∩Vλ
である.よって,
Φ
∗Λ−FH = D+div(“ ∑
ni=0
a
if
i”) − F
である.したがってΦ
∗ΛH = Φ
∗Λ−FH = D + div(“ ∑
ni=0
a
if
i”) − F ∈ Λ − F
.逆を示す.任意のD
′∈ Λ
に対し,ある有理関 数“
∑
ni=0
a
if
i” ∈ R
′ が存在してD
′= D + div(“
∑
ni=0
a
if
i”)
となる.T P
nの超平面H
′をH
′= V (“
∑
ni=0
a
iX
i”)
とおけば,同様にΦ
∗Λ−FH
′= D + div(“ ∑
ni=0
a
if
i”) − F
である.D
′= D + div(“
∑
ni=0
a
if
i”)
よりΦ
∗Λ−FH
′= D
′− F
である.したがってΦ
∗ΛH
′= Φ
∗Λ−FH
′= D
′− F
.2
この有理写像の応用例として次のような性質が示される.
例
4.5
種数2のトロピカル曲線における標準因子K
に対しΦ
Kを考える.ここでl
iは各 辺の長さである.l
1P
1l
2P
2l
3C
1l
1l
2l
3P
1P
2C
2C
1, C
2の標準因子はK = P
1+ P
2である.(i) C
1の場合S P
1Q
P
2R
このとき
r(K) = 1
だが| K |
は面積をもつ.| K |
の図は次のようになる.この例は([3])
にもある.C
1上の有理関数f
0, f
1, f
2∈ R(K)
を次のように定める.まずそれぞれの傾きを次のよ うに定める0
− 1
− 1
− 1 f
0− 1
− 1
− 1
0 f
1f
2 定数関数また
f
0(P
1) = 0, f
1(P
1) = − l
2, f
2(P
1) = 0
とする.このとき,f
0, f
1, f
2はR(K )
の極小生 成系である.このときΦ
K: C
1→ T P
2の像は図の太線になる.Φ
K(R) Φ
K(P
1) Φ
K(P
2)
Φ
K(S)
ここで
Φ
K(S) = (0 : − l
2−
l21: 0), Φ
K(P
1) = (0 : − l
2: 0), Φ
K(P
2) = ( − l
2: 0 : 0), Φ
K(R) = ( − l
2−
l23: 0 : 0)
である.| K |
の元と超平面切断には次の図のような対応がある.T
1T
2im Φ
KΦ
K(T
2)
Φ
K(T
1)
超平面
H
C
1T P
2このとき,
Φ
∗KH = T
1+ T
2となる.C
1T
1′T
2′im Φ
KT P
2Φ
K(T
1′) = Φ
K(T
2′)
超平面H
′このときは,Φ∗K
H
′= T
1′+ T
2′ となる.最後に超平面切断全体を図示する.
T P
2の直線は分岐点でパラメトライズすることが 出来る.同じ超平面切断を与える直線の代表元を取り,その分岐点を図示することで超平 面切断全体のパラメータ空間は次のような図になる.(ii) C
2の場合P
1P
2S Q R
このとき,
R(K ) = 1
である.C
2上の有理関数f
0, f
1, f
2∈ R(K)
を次のように定める.まずそれぞれの傾きを次のように定める
0
0
− 1
− 1
− 1
− 1
0
0
0 − 1 0
− 1
f
0f
1f
2このとき
Φ
K: C
1→ T P
2の像は図の太線になる.Φ(S)
Φ(Q)
Φ(R)
ここで
Φ
K(S) = (0 : −
l21: 0), Φ
K(P
1) = (0 : 0 : 0), Φ
K(Q) = (0 : 0 : −
l22) = (
l22:
l22: 0), Φ
K(P
2) = (0 : 0 : 0), Φ
K(R) = ( −
l23: 0 : 0)
である.例
4.6 C
を次のような種数1のトロピカル曲線とする.ただし辺の長さはすべてl
とす る.P
Q
D = 2P + 2Q
とする.f
0, f
1, f
2, f
3∈ R(D)
の傾きを次のように定める.− 1 − 1
− 1 − 1
0 − 2
− 2
− 2 0
− 2
P P P P
Q Q
Q Q
R S
また,
f
0(P ) = −
4l, f
1(P ) =
4l, f
2(P ) = 0, f
3(P ) = 0
とする.このとき,f
0, f
1, f
2, f
3はR(D)
の極小生成系である.またD+ div(f
0) = 4P
,D+ div(f
1) = 4Q
,D+ div(f
2) = 4R
,D + div(f
3) = 4S
となる.また,“f
0f
1” = “f
22+ f
32”
“f
02+ f
12” = “ l 2 f
2f
3”
をみたす.したがってF := “X
0X
1+ X
22+ X
32” G := “X
02+ X
12+ l
2 X
2X
3”
とすると,