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津 軽 藩 藩 政 文 書 の 基 礎 的 研 究

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(1)

T‑ ‑‑‑ ‑ I I LI T官印

津 軽 藩 藩 政 文 書 の 基 礎 的 研 究

(

‑ 拙 稿 ( 一 ) の 補 訂 と 新 文 書 の 研 究 ‑

■ ■ 賢

93

長 谷 川 成 一

は じ め に

本 誌 第 十 五 巻 第 一 号 に 発 表 し た ' 拙 稿 「津 軽 藩 藩 政 文 書 の 基 礎 的 研 究 」 ( 一 ) (以 後 ' 拙 稿 ( 一 ) と 略 記 す る ) は ' (1 ) 幸 い に も 江 湖 に お い て 好 評 を 得 る こ と が で き ' 続 刊 を 期 待 す る 温 か い 励 ま し を 受 け た の は ' 筆 者 に と っ て も 望 外 の 喜

び で あ っ た 。 と こ ろ が ' 右 稿 発 表 後 、 筆 者 の 関 心 が ' 豊 臣 政 権 下 に お い て 北 奥 羽 地 方 ・ 蝦 夷 地 の 歴 史 的 位 置 づ け は 如

何 に し て な さ れ ' と り わ け 津 軽 氏 ・ 松 前 氏 な ど 北 奥 地 域 の 大 名 領 主 権 力 は 統 一 政 権 の 軍 役 体 系 に ど の よ う な 過 程 を 経 (2 ) て 編 成 さ れ て い っ た の か t と い う 問 題 意 識 に 移 行 し た た め ' 長 ら ‑ 続 稿 を 成 し 得 ず に 推 移 し て い た 。 し か し 右 の 問 題

解 決 を 図 る な か で 、 津 軽 近 世 史 研 究 の 前 進 に 大 い に 資 す る で あ ろ う と 考 え ら れ る 新 文 書 の 発 見 が 相 次 い だ 。 併 せ て 続

稿 を 公 に し な い 筆 者 の 怠 慢 を 責 め る 声 を 無 視 し え な ‑ な っ た こ と も あ り ' 拙 稿 ( 一 ) の 補 訂 な ら び に 新 文 書 の 紹 介 と

考 証 を 行 な っ て ' 責 の 一 端 を ふ さ ぐ こ と に し た い 。

拙 稿 ( 一 ) は ' 昭 和 五 五 年 に 発 表 し た こ と も あ っ て 、 長 期 間 の ブ ラ ン ク を 生 じ て し ま っ た 。 こ こ に 若 干 の 概 要 を 申

し 述 べ て 本 稿 に お け る 展 開 の 1 助 と し た い 。 構 成 は ' 津 軽 藩 研 究 史 と 文 書 史 料 ' 津 酔 藩 藩 政 文 書 編 年 目 gk ' 津 軽 家 文

(2)

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書 に 於 け る 文 書 史 料 の 歴 史 的 特 質 t の 三 部 か ら 成 る 。 具 体 的 に は 津 軽 藩 史 研 究 の な か で ' 文 書 史 料 の 欠 如 が 研 究 史 全

体 に 如 何 な る 影 響 を 投 じ た の か を 考 え ' つ い で 公 開 さ れ て い る 史 料 所 蔵 機 関 の 文 書 や 公 刊 さ れ た 書 籍 に 収 録 さ れ た 津

軽 氏 関 係 文 書 に 一 点 毎 に 吟 味 を 加 え ' 編 年 順 に 列 挙 配 列 す る 作 業 を 実 施 し た 。 そ の 過 程 で ' 津 軽 文 書 (国 立 史 料 館

蔵 ・ 東 京 大 学 史 料 編 纂 所 影 写 本 ) ' 津 軽 家 文 書 (市 立 弘 前 図 書 館 蔵 ) ' そ し て 津 軽 古 文 書 (東 京 大 学 史 料 編 纂 所 謄 写

本 ) と の 対 比 校 合 に よ っ て ' 津 軽 藩 藩 政 文 書 の 特 質 を 導 き 出 し た 。 そ の 上 で ' 成 立 期 北 奥 大 名 に 関 す る 文 書 研 究 の 方

法 に つ い て も ' 筆 者 の 考 え を 表 明 し て お い た 。

本 稿 で は ' 前 述 の 通 り 拙 稿 ( 一 ) の 成 果 を 土 台 と し て ' そ の 補 訂 ' 新 発 見 文 書 の 紹 介 と 考 証 を 行 な う こ と に す る 。

対 象 と す る の は ' 津 軽 為 信 ' 信 建 ' 信 枚 及 び 三 人 の 関 係 文 書 で ' 主 と し て 国 立 史 料 館 ' 秋 田 県 立 秋 田 図 書 館 ' 東 北 大

学 付 属 図 書 館 ' 青 森 県 立 図 書 館 な ど の 所 蔵 に か か る も の で あ る 。

一 拙 稿 ( こ の 補 訂

新 文 書 を 検 討 す る に 先 立 ち ' 拙 稿 ( 一 ) の 補 訂 を 行 な い ' 併 せ て 津 軽 藩 藩 政 文 書 編 年 目 録 の 充 実 を 図 る こ と に し た

0

拙 稿 ( 一 ) に 収 め た 「津 軽 藩 藩 政 文 書 編 年 目 録 」 の t

A

年 代 の 確 定 ま た は 推 定 可 能 な 文 書 の 中 で ' 三 号 の (元 亀

二 年 ) 五 月 ' 津 軽 為 信 誓 言 条 々 は ' 既 に 目 錬 註 二 ( 八 九 頁 ) に お い て ' 文 言 ・ 内 容 と も に 疑 う べ き 点 が 多 い こ と を 申

し 述 べ て お い た 。 今 一 度 吟 味 し て み る に ' 右 条 々 は 藩 政 前 期 に 成 立 し た '代 表 的 な 津 軽 氏 の 一 代 記 で あ る 「 東 日 流 記 」 (3 ) (寛 文 四 年 の 成 立 ) や 「 愚 耳 旧 聴 記 」 (延 宝 二 年 の 成 立 ) 等 に 掲 載 さ れ て い な い

加 え て 津 軽 為 信 が ' 当 時 こ の よ う な

誓 言 条 々 を 下 達 し た と す る 記 事 も 見 当 た ら な い 。 内 容 の 面 か ら 言 え ば ' 各 条 々 に み え る 秀 則 (久 慈 秀 則 )' 則 信 (金 沢

(3)

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威 信 ) ' 元 信 ・ 光 信 (と も に 金 沢 姓 ) な ど の 姓 名 は ' 藩 政 後 期 も し ‑ は 維 新 後 ' 幕 府 や 新 政 府 の 求 め に 応 じ て 津 軽 家 (4 ) が 錠 上 し た 家 譜 ・ 家 記 類 に お い て 初 め て 登 場 し た 人 名 で あ る 。 因 み に 、 幕 藩 体 制 下 に お け る 代 表 的 な 官 撰 家 系 譜 で あ

る 「寛 永 諸 家 系 図 伝 」 や 「寛 政 重 修 諸 家 譜 」 に も ' 光 信 の 名 は 記 述 さ れ て は あ っ て も 、 そ れ 以 前 の 時 期 の 人 物 名 は 見

当 た ら ず ' 当 時 に あ っ て も こ れ ら の 人 名 は ' 津 軽 家 の 先 祖 と し て 広 ‑ 認 め ら れ て い な か っ た 可 能 性 が 強 い の で は な い

か と 思 わ れ る 。

当 文 書 の 第 一 条 に ' 「 南 部 ハ 累 代 の 仇 な れ バ ' 千 歳 迄 忘 る べ か ら ざ る 事

と あ り ' あ た か も 一 六 世 紀 中 葉 に 南 部 と 津

軽 の 敵 対 関 係 が 既 に 醸 成 さ れ て い た が 如 き 印 象 を 与 え る 文 言 が 見 受 け ら れ る 。 し か し ' ﹃津 軽 一 統 志 ﹄ (新 編 青 森 県 叢

書 一 ) に 「南 部 様 と 中 も 津 軽 様 と 中 も ' 御 家 は 一 体 也 」 (付 巻 四 〇 四 頁 ) と あ る よ う に ' 藩 政 時 代 の 意 識 と し て は 、

津 軽 藩 も 藩 日 記 等 の 史 料 を 見 る 限 り で は ' 他 の 大 名 間 に み ら れ た よ う に 相 互 に 警 戒 は し つ つ も ' 公 的 に は 家 格 を 基 準

と し た 序 列 を 尊 重 せ ざ る を 得 な か っ た の で あ る 。 ま し て 敵 対 意 識 を 露 骨 に 表 示 す る よ う な 事 態 は ' 当 時 の 幕 藩 関 係 や

藩 間 関 係 を 鑑 み た 場 合 ' 管 見 の 限 り で は あ り え る こ と で は な か っ た と 考 え る 。 筆 者 は ' 巷 間 に お い て よ ‑ 言 わ れ る 南

部 対 津 軽 の 右 の よ う な 意 識 は ' 戊 辰 戦 争 (な か で も 野 辺 地 戦 争 ) を 経 過 す る な か で 形 成 さ れ ' 維 新 後 の 史 書 編 纂 の 中

で 共 通 の 認 識 も し ‑ は 既 成 の 敵 対 関 係 と し て 定 着 化 さ れ た も の と 推 察 す る 。 一 万 ㌧ 南 部 側 で も 同 様 の 債 向 が 看 取 さ れ

た 。 そ れ は 、 菊 池 悟 朗 の 編 纂 に よ る ﹃ 南 部 史 要 ﹄ ( 明 治 四 四 年 の 発 行 ) に よ れ ば ' 津 軽 為 信 の 津 軽 地 方 切 り 取 り ' そ れ

に 続 ‑ 豊 臣 政 権 の 承 認 を 不 服 と し な が ら も ' そ れ を 認 め ざ る を 得 な か っ た 事 情 を 述 べ 、 最 後 に 「 こ れ よ り 以 後 士 民 童

幼 婦 女 と 錐 も 津 軽 を 仇 敵 祝 し 、 維 新 の 時 に 至 る ま で 来 往 を 絶 つ に 至 る 」 ( 同 書 四 七 頁 ) と 記 し て い る 。 当 時 の 民 衆 の 意 (5 ) 識 は 別 に 措 ‑ と し て ' 維 新 に 至 る ま で 来 往 を 絶 つ に 至 る と い う 事 柄 は ' 歴 史 的 事 実 に 明 白 に 反 し て お り 、 こ れ は 編 者

菊 池 の 津 軽 憎 悪 の 個 人 的 な 感 情 を 発 露 し た も の に 外 な ら な い 。

(4)

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右 の 考 証 の 結 果 ' こ れ 以 上 細 部 に わ た る 検 討 は 不 必 要 で あ ろ う 。 ﹃津 軽 歴 代 記 類 ﹄ 所 載 の 津 軽 為 信 誓 言 粂 々 ほ ' 当 時

の 真 正 文 書 と は 到 底 認 め る こ と は で き な い と す る ' 筆 者 の 見 解 は 承 認 さ れ た と 考 え る 。

第 七 号 文 書 の 「 近 衛 前 久 書 状 」 は ' ﹃ 青 森 県 史 ﹄ 第 1 巻 (青 森 県 大 正 1 五 年 ) が 文 禄 二 年 ( 1 五 九 三 ) の 条 に 配 置 カ

(

6 ) し て い る た め ' 便 宜 上 ' 拙 稿 ( 一 ) で は ' 文 禄 二

と し た 。 別 稿 に て 実 証 済 み の こ と で あ る

が'

津 軽 為 信 が 文 禄 二 年

に ' 前 関 白 近 衛 前 久 に 謁 見 を 許 さ れ た 事 態 は ' 当 時 の 近 衛 家 の 置 か れ て い た 状 況 か ら し て ' 到 底 考 え ら れ る こ と で は

な い 。 た だ し ' 文 書 の 体 裁 や 内 容 か ら し て ' 全 ‑ の 偽 文 書 と も 思 わ れ ず ' 本 稿 で は 文 禄 二

と し た 拙 稿 ( 一 ) を 午 代

不 詳 と 改 め 、 後 考 を 待 ち た い 。 (7 ) 一 三 号 文 書 の 慶 長 一 二 年 「 津 軽 為 信 跡 目 相 続 願 書 状 」 は ' 別 稿 に て 偽 文 書 の 疑 い が あ る 旨 を 述 べ て お い た 。 ﹃ 津 軽 歴

代 記 類 ﹄ 上 に よ れ ば 「 江 戸 御 老 中 安 藤 帯 刀 ' 並 本 多 佐 渡 守 正 信 ' 同 上 野 介 正 純 」 に 宛 て た も の で あ る と い う 。 ま た 同

書 は 典 拠 を 「津 軽 記 」 ( = 東 日 流 記 ) に 求 め て い る が ' ﹃津 軽 歴 代 記 類 ﹄ 所 載 の 右 相 続 願 書 状 は 同 書 に は 掲 載 し て い な

い 。 次 に 当 書 状 の 宛 先 で あ る 安 藤 直 次 と 本 多 正 純 は 、 家 康 の 駿 府 政 権 に お け る 家 康 の 側 近

い わ ゆ る 近 習 出 頭 人 ‑ で

あ っ て ' 一 方 本 多 正 信 は 秀 忠 の 江 戸 政 権 に お け る 重 臣 で あ る こ と か ら ' 当 該 期 の 政 治 体 制 を 考 慮 に 入 れ れ ば ' こ の よ (8 ) う な 書 式 の 書 状 は あ り え る こ と で は な い と み る の が 常 識 的 で あ ろ う 。 加 え て ' 近 年 明 ら か に さ れ て い る 成 果 に 依 拠 す (9 ) れ ば ' 駿 府 政 権 は 西 国 を 中 心 と し た 地 域 へ 政 治 支 配 を 及 ぼ し ' 江 戸 政 権 は 関 東 ・ 東 北 地 方 の 諸 大 名 を 権 力 基 盤 と し た

と 結 論 づ け ら れ て い る の で 、 東 国 大 名 の 津 軽 氏 が 駿 府 政 権 の 安 藤 直 次 や 本 多 正 純 に 跡 目 相 続 を 依 頼 す る の は 極 め て 不

自 然 で あ る 。 更 に ' 家 康 ・ 秀 忠 の 慶 長 期 に お け る 家 督 安 堵 ・ 領 知 安 堵 関 係 文 書 の 比 較 か ら 、 家 康 は 西 国 ' 秀 忠 は 東 国 (10 ) と い う 支 配 領 域 の 違 い の あ る 点 を ' 森 晋 一 氏 は 述 べ て お り ' こ の 点 か ら も 安 藤 直 次 や 本 多 正 純 に 跡 目 相 続 を 依 頼 し た

と す る ﹃津 軽 歴 代 記 類 ﹄ 上 ( み ち の ‑ 双 書 第 七 集 ) の 記 事 ' 並 び に 「津 軽 為 信 跡 目 相 続 願 書 状 」 は ' 信 頼 で き な い 。

(5)

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第 三 に 、 書 状 中 の 文 言 の な か で ' 例 え ば

二 男 越 中 守 信 枚

な ど 、 慶 長 期 の 大 名 文 書 に は 凡 そ 見 か け る こ と の

な い 用 語 や 用 例 が 散 見 す る 。 詳 一 つ を と っ て み て も ' 例 え ば 津 軽 年 寄 中 へ 宛 て た 慶 長 一 四 年 ( 一 六 〇 九 ) 正 月 二 五 日 加≠ ) 付 の 幕 府 年 寄 衆 連 署 奉 書 の 如 ‑ ' 「 津 軽 仕 置 ' 越 中 守 心 次 第 可 申 付 侯 旨 」 と 、 大 名 を 記 す に は 受 領 名 も し ‑ は 官 職 名 で

記 名 す る の が 通 例 で あ っ た 。 以 上 、 津 軽 為 信 跡 目 相 続 願 書 状 は ' 典 拠 と し た 史 料 に 当 該 文 書 が 登 載 さ れ て い な い こ と '

次 に 慶 長 期 幕 政 の あ り 方 を 勘 案 し て も 不 自 然 な 事 柄 が 多 い こ と ' 加 え て ' 文 書 中 の 文 言 自 体 に 当 時 の 慣 用 的 な 使 い 方

と 著 し ‑ 相 違 す る 点 が 多 々 見 ら れ る こ と 、 の 三 点 を 以 て 一 三 号 文 書 は 偽 文 書 の 疑 い が 極 め て 濃 い と 言 わ ね は な ら な

..し

偽 文 書 も し ‑ は 真 正 文 書 と は 到 底 見 な す こ と が 不 可 能 な 文 書 に つ い て 考 証 を 加 え て 釆 た が ' 拙 稿 ( 一 ) の 中 で の 誤

植 や 不 備 な 点 を 補 正 し て 本 章 を 終 え た い 。

二 一号 文 書 の 「愛 宕 山 祐 海 書 状 」 は 十 一 日 を 吉 日 に 改 め る 。 即 ち ' 右 書 状 は 慶 長 一 一 年 九 月 吉 日 の 年 記 で あ る 。 四 (12 ) 八 号 文 書 の ' 津 軽 信 義 寄 進 状 写 を 津 軽 信 書 寄 進 状 写 に 訂 正 。 四 九 号 文 書 の ' 津 軽 信 義 黒 印 知 行 宛 行 状 の 宛 名 ' 町 田 村

か ち 善 衛 門 を ' 町 田 村 か ち 右 衛 門 と 訂 正 。 八 九 号 文 書 ' 浅 草 常 福 寺 口 上 書 は 、 所 謂 文 書 で は な ‑ 後 世 の 由 緒 書 で あ る

の で 津 軽 藩 藩 政 文 書 編 年 目 録 か ら 削 除 ' 二 一 三 号 文 書 の 宛 名 ' 大 泉 讃 岐 守 宛 を 大 和 泉 讃 岐 守 宛 に 訂 正 。 目 録 註 二 九 の

津 軽 大 蔵 大 輔 は ' 津 軽 宮 内 大 輔 に 訂 正 。 以 上 で あ る 。 右 の 訂 正 事 項 は 、 筆 者 の 誤 読 や 文 書 の 確 認 が 不 充 分 で あ っ た こ

と に 起 因 し て い る 。 併 せ て 深 ‑ 御 詫 び 申 し 上 げ る 次 第 で あ る 。

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年 不 詳 一 一 月 五 日 の 二 一 四 号 文 書 ' 藤 星 与 右 衛 門 へ 宛 て た 津 軽 為 信 書 状 は 、 宛 所 の 藤 産 業 が 誰 で あ る の か 不 明 で あ る 旨 を ' 拙

稿 ( l ) 目 錠 註 三 〇 に 記 し て お い た 。 最 新 刊 の 海 保 嶺 夫 ﹃近 世 蝦 夷 地 成 立 史 の 研 究 ﹄ ( 三 1 書 房 昭 和 五 九 年 ) 二 三 五 〜 二 三 六

(6)

J

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頁 に 興 味 あ る 文 書 が 紹 介 さ れ て い る 。 慶 長 四 年 l O 月 l日 付 の 松 前 慶 広 書 状 に よ れ ば ' 慶 広 は 上 洛 の た め に 舟 な ら び に 舟 頭 の

下 向 を 「 志 ゐ や 」 (越 後 国 刈 羽 郡 堆 谷 ) の 「藤 星 」 に 依 頼 し て い る 。 一 方 ' 前 記 津 軽 為 信 書 状 も 上 洛 に 際 し て 便 宜 を 図 っ て ‑ れ た .藤 星 与 右 衛 門 へ 感 謝 を 述 べ て い る 。 当 然 ' 津 軽 為 信 と 松 前 慶 広 が 宛 所 と し た 藤 星 が 異 な る 人 物 で あ る 可 能 性 も 強 い 。 し か し ' 松

前 氏 と 津 軽 氏 が 日 本 海 沿 岸 航 路 を 上 洛 経 路 と し た こ と は 広 く 知 ら れ て お り ' そ の 航 路 帯 の 目 安 と な り 拠 点 で も あ っ た 柾 谷 は ' 両

氏 に と っ て 共 通 の 着 目 す る 地 点 で あ っ た は ず で あ る 。 松 前 慶 広 が 宛 所 と し た 藤 星 と 津 軽 為 信 の 藤 星 与 右 衛 門 が 同 一 人 物 で あ っ た

と 断 定 す る 材 料 は ' 今 の と こ ろ 見 当 た ら な い 。 し か し ' 今 後 ' 海 保 氏 が 紹 介 さ れ た 文 書 と 二 一 四 号 文 書 と の 関 連 ' 加 え て 藤 星 と (13 ) 称 す る 恐 ら く 日 本 海 航 路 を 活 躍 の 場 と し た 豪 商 と 推 定 さ れ る 人 物 の 考 察 を ' 深 め て ゆ く 必 要 が あ

ろう。

二 津 軽 為 信 ・ 信 建 ・ 信 枚 文 書 と 関 係 文 書 の 考 証

本 章 で は ' 津 軽 為 信 ・ 信 建 ・ 信 枚 三 名 の 文 書 と 三 名 に 関 わ る 人 物 ‑ 夫 人 や 家 臣 な ど

の 関 係 文 書 を 紹 介 し ' 併 せ て

内 容 の 考 証 を 行 な う こ と に す る 。 各 文 書 に は ' 便 宜 上 ' 一 連 番 号 を 付 し て 利 用 上 の 便 を 図 っ た 。

A

︹津 軽 為 信 及 び 関 係 文 書 ︺

1 津 軽 為 信 書 状 (秋 田 県 立 秋 田 図 書 館 蔵 秋 田 藩 家 蔵 文 書 大 野 文 書 )

雄 未 申 通 侯 令 啓 侯 ' 下 国 巳 来 以 書 状 可 中 人 之 処 ニ ' 令 無 音 ' 非 本 意 侯 ' 就 中 其 許 為 御 仕 置 御 越 之 由 承 侯 ' 隣 国 之

儀 侯 間 ' 先 代 不 相 替 於 向 後 者 相 当 之 御 用 等 侯 者 可 承 侯 ' 柳 以 不 可 有 疎 意 侯 ' 為 御 祝 儀 御 得 肴 両 種 井 惟 子 一 重 令 進

入 侯 ' 猶 平 河 与 三 郎 口 上 二 可 申 達 侯 ' 恐 々 謹 言 '

津 軽 右 京 亮

為 信 (花 押 )

(7)

‑ 1

六 月 十 日

大 野 蔵 人 殿

御 宿 所

右 書 状 は ' 秋 田 藩 家 臣 大 野 氏 へ 宛 て た も の で あ り ' 今 ま で の と こ ろ 紹 介 さ れ た 文 書 で な い た め 年 代 考 証 が 全 ‑ な さ

れ て こ な か っ た 。 佐 竹 氏 の 秋 田 転 封 は ' 佐 竹 義 畳 へ 宛 て た ' 慶 長 七 年 七 月 二 七 日 の 徳 川 家 康 朱 印 状 の 下 付 に 基 づ い て (14 ) 実 行 に 移 さ れ た 。 ﹃ 秋 田 県 史 ﹄ 第 二 巻 近 世 編 上 (秋 田 県 昭 和 五 二 年 復 刻 ) 六 五 頁 に よ れ ば ' 佐 竹 義 宝 は 同 年 九 月 一

七 日 に 秋 田 湊 城 に 入 っ た が ' 既 に 家 臣 の 先 遣 隊 は 七 月 下 旬 に 秋 田 へ 到 着 し た と い う 。 右 文 書 の 内 容 に も あ る と お り '

津 軽 氏 と し て は 隣 国 の 「 先 代 」 ‑ 恐 ら ‑ 常 陸 宍 戸 へ 転 封 を 命 ぜ ら れ た 秋 田 氏 を 指 す と み ら れ る ‑ と 替 る こ と な ‑ 対 応

し て い き た い と の 希 望 を 披 露 し て い る の で ' 佐 竹 氏 の 秋 田 入 部 に 遠 ‑ な い 時 期 と 考 え て 差 し 支 え な い で あ ろ う 。 年 代

を 詰 め る た め の も う 一 つ の 材 料 と し て 検 討 に 値 す る の は ' 「 下 国 己 釆 以 書 状 可 中 人 之 処 」 の 文 言 で あ る 。 為 信 の 下 国 が

具 体 的 に 如 何 な る 事 柄 を 示 唆 し て い る の か 詳 ら か に し え な い が ' 「 時 慶 卿 記 」 慶 長 七 年 二 月 九 日 の 条 な ど を 勘 案 す れ ば ' (15 ) 下 国 と は 恐 ら ‑ 京 都 か ら 津 軽 へ の 下 国 と 見 な し た い 。 こ の 後 の 為 信 の 動 静 を み て み る と ' 慶 長 八 年 一 〇 月 に は 再 度 上

京 し て お り 翌 九 年 三 月 に 再 び 下 国 し て い る 。 佐 竹 氏 の 秋 田 移 封 の 時 期 と 為 信 の 移 動 の 状 況 と を 鑑 み た 場 合 ' 右 文 書 は

慶 長 八 年 六 月 一 〇 日 と 考 え て 支 障 が な い よ う に 思 わ れ る 。 た だ し ' 不 確 定 な 要 素 も あ る こ と 故 ' 断 定 は 差 し 控 え た い 。

2

津 軽 為 信 夫 人 仙 桃 院 消 息 (国 立 史 料 館 蔵 津 軽 家 文 書 )

99

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100

此 ほ と 御 た よ り と お ‑ し ‑ 御 さ 候 て ' そ こ も と の 御 や う す 御 き ゝ ま は し ‑ 思 ひ ま い ら セ 候 二 ㌧ 御 ふ 、,、 こ ま ‑

と た ま ハ り 侯 ' こ と に そ も し さ ま 御 そ ‑ さ い さ ま に て ' こ の た ひ 上 様 ‑ わ ん き と な さ せ ら れ 候 に ' 御 と も に て 御 (マ 、) ‑ た り 侯 ハ ん と よ ろ こ ひ ま い ら せ 候 ' 何 と そ 御 御 い と ま ま か り い て 候 て ' は や i と 御 ‑ た り 侯 へ か し と あ さ ゆ

ふ ま ち 中 へ ‑ 侯 ' さ て 又 我 御 身 い ち た ん と そ ‑ さ い に て お り 申 候 間 ' 御 こ 1 ろ や す か る へ ‑ 候 ' こ ゝ も と い つ れ

も 御 ぶ ぢ ' 又 御 さ な さ れ 候 間 ' こ れ ま た 御 ゆ か し ‑ お ほ し め し 侯 ま し ‑ 候 ' 御 め て た ‑ 御 ‑ た り ま ち 侯 へ ‑ 候 '

め て た ‑ 侯 ' か し ‑ '

た か を か に て

つ か る

え っ ち う の か ,、、 さ ま へ

御 中 事

尚 々 申 ま い ら セ 侯 ' ‑ れ ‑ 御 ‑ た り は か り を ま ち 候 へ ‑ 侯 ' ゆ き あ い 申 候 て ' つ も る 御 物 か た り 申 さ は や と 思

ひ 侯 へ ‑ 侯 ' 返 ‑ 当 年 中 御 ‑ た り 之 義 侯 や う ま ち 中 へ ‑ 侯 ' 御 め て た ‑ か さ ね て 御 た よ り 可 申 候 ' め て L t

本 消 息 は ﹃史 料 館 所 蔵 目 録 ﹄ 第 十 二 集 (国 立 史 料 館 昭 和 四 一 年 ) の 二 一 頁 に よ れ ば ' 「 仙 桃 院 (為 信 室 ) 書 状 津

軽 越 中 守 宛 享 保 一 二 」 と 登 録 さ れ た と こ ろ か ら ' 全 ‑ 注 目 さ れ な い で き て し ま っ た 。 目 録 作 成 者 が ' 享 保 一 二 年 の

消 息 で あ る と 錯 誤 し た の は ' 同 文 書 の 包 紙 の 表 書 に 原 因 が あ っ た と 考 え ら れ る 。 し か し そ れ は こ の 際 別 に 措 き ' 本 文

書 は 恐 ら ‑ 津 軽 校 尉 政 方 に よ っ て 享 保 一 六 年 に 成 立 し た ' 津 軽 藩 の 官 撰 史 書 で あ る 「 津 軽 一 統 志 」 の 編 纂 過 程 で 発 見

I :

(9)

101

さ れ た も の の よ う で あ る 。

右 の 事 情 か ら ' 全 く 検 討 を 加 え ら れ て こ な か っ た の は 勿 論 ' 仙 桃 院 の 筆 跡 す ら 確 認 さ れ た こ と が な か っ た 現 状 に あ

っ て は ' 実 に 貴 重 な 文 書 で あ る と 言 え よ う 。 年 代 に 関 し て は 、 決 め 手 と な る も の は 現 時 点 に お い て ' 残 念 な が ら 発 見

し え な か っ た 。 仙 桃 院 の 没 年 は ' 寛 永 五 年 ( 一 六 二 八 ) 四 月 二 九 日 ' 宛 名 の 津 軽 信 枚 の そ れ は 同 八 年 ( 一 六 三 一 ) 正 (16 ) 月 一 四 日 で あ る こ と か ら ' 遅 く と も 同 五 年 に 至 る 文 書 で あ る 。 ま た ' 仙 桃 院 は 信 枚 の 帰 国 を 待 ち 俺 び て い る が ' 信 枚

は 上 様 す な わ ち 将 軍 に 供 奉 し て 下 向 を 予 定 し て い る 様 子 か ら ' 将 軍 の 上 洛 に 供 奉 し た 時 点 に 関 わ る こ と と 考 え た 方 が

よ さ そ う で あ る 。 津 軽 信 枚 が 将 軍 の 上 洛 に 供 奉 し た の は ' 元 和 三 年 ( 一 六 一 七 ) 六 月 ' 同 九 年 七 月 の 二 回 が 現 在 確 認 (17 ) さ れ て お り ' 同 消 息 の 日 付 と 呪 み あ わ せ た 場 合 ' い ず れ も 前 後 関 係 に 著 し い 厳 酷 を 生 じ る よ う な こ と は な い 。 以 上 掲

げ た 諸 点 を 勘 案 し て も ' 年 代 の 決 め 手 と な る 材 料 は 浮 上 し て こ な か っ た 。 し か し 上 洛 の 記 事 内 容 か ら み れ ば ' 少 ‑ と

も 元 和 期 頃 の 消 息 と 考 え て よ さ そ う で ' 本 稿 で の 検 討 は こ こ で 留 め 後 考 を 待 つ こ と に し た い 。

さ て 本 消 息 に お い て 知 り え た 事 柄 の な か で ' 最 も 我 々 の 興 味 を 引 ‑ の は ' 発 給 者 の 仙 桃 院 が 自 署 の 箇 所 に 「 た か を

か に て い ん き ょ

」 と し た た め た こ と で あ る 。 当 時 ' 弘 前 を 「 た か を か 」 と 称 し て い た こ と が ' 史 料 の 上 か ら 確 か (18 ) め ら れ た の で あ る 。 後 世 の 編 纂 史 料 で は ' 弘 前 の 古 地 名 が ニ ッ 石 ・ 高 岡 ・ 鷹 ケ 岡 で あ る と ' 色 々 と 記 述 さ れ て き た 。

た だ し ' い ず れ も 当 時 の 文 書 史 料 に よ っ て 確 認 さ れ て 来 た わ け で は な ‑ ' 漠 然 と 呼 び な ら わ さ れ て い た と い う の が 実

情 に 近 い 。 就 中 ' 最 も 信 悪 性 の 高 い 高 岡 に 絞 っ て み た 場 合 ' 確 か に 寛 永 三 年 四 月 六 日 付 の ' 服 部 康 成 外 二 名 青 森 派 並 (19 ) 商 売 市 立 中 付 状 に '

一 町 人 之 義 者 ' 高 岡 之 町 並 た る へ き 事 ' 付 月 々 六 度 市 相 立 可 申 事 ' ィ.Tp lq l

(10)

102

と あ る の で ' 寛 永 初 期 に 高 岡 と 称 さ れ て い た こ と が わ か る 。 ま た ' 宣 教 師 デ ィ オ ゴ ・ カ ル ワ ‑ リ ユ が 一 六 二 〇 年 (元

(

2

0 J 和 六 ) 一 〇 月 二 一 日 に 発 信 し た 書 簡 に も 、 「 そ の 港 か ら 陸 路 津 軽 の 首

向 い ま

と あ り ' 元 和 ・ 寛 永 初 期 に

高 岡 の 地 名 は 通 用 し て い た と 考 え ら れ て き た 。 し か し 右 の 二 通 を 子 細 に 検 討 す る と ' 手 放 し で は 信 用 し か ね る 要 素 が

な い わ け で は な い 。 前 者 の 青 森 派 立 を 命 じ る 文 書 は 現 在 の と こ ろ 現 存 が 確 認 さ れ て お ら ず ' 本 文 書 を 登 載 し て い る 史

料 は ' 文 政 期 に 成 立 し た 「対 内 事 実 秘 苑 」 な ど で あ っ て ' 藩 政 成 立 期 の 文 書 と し て 全 幅 の 信 頼 を お ‑ に は 物 足 り な さ

を 感 じ さ せ ら れ る 。 一 方 の デ ィ オ ゴ ・ カ ル ワ ‑ リ ユ の 書 簡 も ' 普 通 ' 宣 教 師 の 報 告 書 は 布 教 成 果 を 本 国 に 知 ら せ る 目

的 で 作 ら れ ' 右 の 観 点 か ら 事 実 の 取 捨 選 択 が 行 な わ れ ' さ ら に 上 長 が 意 図 的 に 書 き 改 め る か ら ' 厳 密 な 史 料 批 判 が 必

要 な の は 常 識 と な っ て い る 。 こ の 点 か ら す れ ば ' 全 面 的 な 信 頼 を 寄 せ る の に は 些 か 蹟 蹟 せ ざ る を え な い 。

以 上 の 事 象 を 検 討 し た 場 合 ' 元 和 期 と 推 定 さ れ る 津 軽 為 信 夫 人 仙 桃 院 消 息 に お い て 初 め て 弘 前 の 古 地 名 「高 岡 ‑ た

か を か 」 が 我 々 の 認 め る と こ ろ と な っ た t と み て 差 し 支 え な い で あ ろ う 。

B

︹津 軽 信 建 文 書 ︺

3

津 軽 信 建 書 状 写 (東 北 大 学 付 属 図 書 館 蔵 秋 田 家 文 書 )

以 上 '

預 御 書 状 、 如 仰 無 音 失 本 意 存 侯 ' 然 ほ 浅 利 殿 身 上 二 付 て 我 等 別 而 引 廻 仕 候 様 二 蒙 仰 侯 義 不 承 届 侯 ' 如 御 意 御 家 中

之 事 に 侯 間 、 如 何 様 こ も 御 存 分 次 第 た る へ ‑ 侯 ' 随 而 塩 之 儀 承 侯 ' 不 限 比 内 何 方 へ も 商 買 之 儀 侯 条 ' 相 通 侯 儀 も

在 之 事 侯 処 ' 浅 利 殿 助 誠 二 は 有 間 数 侯 ' 別 而 如 仰 事 不 承 届 侯 ' 於 向 後 も 此 段 相 替 間 敷 候 ' 可 被 聞 召 分 侯 ' 恐 々 謹

(11)

103

慶 三

八 月 廿 六 日

秋 田 藤 太 郎 殿

御 報 つ か る 宮 内 大 輔

‑ 在

'

湊 城 主 秋 田 実 李 に 宛 て た ' 津 軽 信 建 の 右 の 書 状 写 は ' 年 記 が 登 載 さ れ て い る も の と し て ' 当 時 の 文 書 と し て は ' 極

め て 珍 し い も の で あ る 。 右 文 書 は ' 既 に 抄 録 な が ら ﹃ 秋 田 県 史 ﹄ 資 料 古 代 中 世 編 (秋 田 県 昭 和 三 六 年 ) 四 八 九 頁

に 紹 介 さ れ て い る 。 し か し ' 右 書 の 該 当 箇 所 は 抄 録 で あ る の に 加 え て 余 り に も 誤 読 の 箇 所 が 目 に つ ‑ た め ' 敢 え て 本

稿 に 掲 げ て 正 確 な 内 容 を 周 知 せ し め る こ と に し た 。 ま た 右 ﹃ 秋 田 県 史 ﹄ 同 貢 の 校 訂 者 註 に ' 「 按 ズ ル 二 、 東 北 大 学 所 蔵

目 録 ニ ヨ レ ..'1 ㌧ 慶 長 三 年 ト ナ ス モ ' 浅 利 軒 平 / 横 死 ノ 三 年 一 月 八 日 ナ ル コ ト ト ' 書 状 ノ 文 意 ヨ リ ス レ バ ' ム シ ロ 軒 平

生 前 卜 考 エ ラ レ 二 年 カ ト 思 ワ ル 、 今 シ バ ラ ク コ コ ニ カ 、 ゲ テ 後 考 ヲ マ ツ 、」 と あ り 、 本 文 書 を 態 々 慶 長 二 年 八 月 二 六 日

の 綱 文 に 配 当 し て あ る 。 し か し 記 事 内 容 を 子 細 に 検 討 す れ ば ' 右 の 校 訂 者 註 は 当 を 得 た も の で は な い 。 本 文 書 は ' 津

軽 氏 が か つ て 浅 利 氏 を 後 援 し た の で は な い か と い う 嫌 疑 を ' 秋 田 氏 か ら 懸 け ら れ た の に 対 し ' 浅 利 氏 を 後 援 し た 事 実

も な ‑ ' む し ろ 浅 利 氏 の 処 分 と は 無 関 係 で あ る 点 を 強 調 し た も の と 解 釈 す る の が 常 識 的 で あ ろ う 。 (21 ) な お ' 津 軽 氏 の 比 内 地 方 に お け る 塩 商 売 の 件 ' 浅 利 氏 へ の 援 助 な ど に つ い て の 事 情 に 関 し て は ' 別 稿 に て 詳 細 に 述

べ た の で 参 照 さ れ た い 。 、.I .pZ↓ d

(12)

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104

4

津 軽 信 建 書 状 (秋 田 県 立 秋 田 図 書 館 蔵 秋 田 藩 家 蔵 文 書 十 二 所 忍 文 書 )

以 上 '

錐 未 申 通 侯 令 啓 達 侯 ' 然 老 走 者 之 儀 二 付 而 ' 服 部 太 左 衛 門 方 へ 之 御 書 状 怯 二 令 拝 見 侯 ' 殊 更 於 干 其 許 御 押 留 被

成 ' 即 御 返 可 給 之 旨 被 仰 越 侯 事 恭 奉 存 事 ' 成 敗 之 儀 老 毛 頭 仕 間 数 侯 ' 委 細 之 段 老 服 部 太 左 衛 門 方 才 可 中 人 候 条 '

令 省 略 侯 ' 恐 々 謹 言 '

五 月 三 日 津 軽 宮 内 大 輔

信 建 (花 押 )

川 井 若 狭 守 殿

大 隅 守 殿

金 藤 六 郎 兵 衛 殿

同 四 郎 右 衛 門 尉 殿

参 御 宿 所

本 文 書 の 年 代 は ' 残 念 な が ら 詳 ら か に し え な い 。 津 軽 信 建 の 死 去 が 慶 長 一 二 年 ( 一 六 〇 七 ) の こ と で あ る 外 に ' 秋

田 藩 佐 竹 氏 の 家 臣 川 井 若 狭 守 外 三 名 の 任 免 ・ 死 去 年 等 の 記 事 に ' 年 代 推 定 を 促 す 材 料 を 見 出 し 得 な か っ た 。 例 え ば '

佐 竹 氏 の 家 臣 由 緒 書 で あ る 「諸 士 系 図 」 (秋 田 県 立 秋 田 図 書 館 蔵 ) に あ る ' 忍 大 隅 守 は 、

清 宗 太 郎 左 衛 門 大 隅

(13)

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105

(中 略 ) 慶 長 七 年 ' 天 英 公 羽 州 迂 封 ノ 時 ' 常 州 ヨ リ 来 子 孫 ' 世 々 秋 田 十 二 所 二 住 ス ' 寛 永 八 年 二 死 ス ' 九 十 六 歳 '

と あ っ て ' 右 文 書 の 年 代 の 決 め 手 と な る も の は 存 在 し な い 。 他 の 三 名 に 関 し て は ' 「 諸 士 系 図 」 の 該 当 家 譜 を 検 索 し て

も 本 人 す ら 確 認 し え な か っ た 。 以 上 の 点 を 勘 案 し て ' 本 稿 で は 右 文 書 の 年 代 を 取 り 敢 え ず 、 佐 竹 氏 の 秋 田 入 部 の 慶 長

七 年 ( 一 六 〇 七 ) か ら 信 建 死 去 の 同 二 一年 の 間 と し て お き た い 。

次 に 内 容 に 関 し て は ' 右 文 書 が 我 々 に 非 常 に 興 味 深 い 問 題 を 投 じ て い る 。 浪 川 健 治 氏 は ' 慶 長 ‑ 寛 永 期 に お い て 秋

田 ・ 津 軽 両 津 問 に 百 姓 「 人 返 し 」 は 協 定 ・ 個 別 交 渉 と も に 存 在 せ ず ' し か も 津 軽 藩 に お い て は 農 民 の 土 地 緊 縛 強 化 が

未 だ 着 手 さ れ な い 状 態 で あ っ た と し ' ひ い て は 寛 永 前 期 に 至 る 期 間 に ' 同 藩 の 農 政 の 起 点 を 求 め る こ と は 不 可 能 で あ (22 ) る と 述 べ て い る 。 秋 田 藩 重 臣 の 日 記 ﹃梅 津 政 景 日 記 ﹄ (大 日 本 古 記 録 ) を 駆 使 し て の 論 述 で あ り ' 他 大 名 の 動 向 を 踏 ま

え て の 所 説 で あ る だ け に ' 同 氏 の 所 説 は 説 得 力 に 富 む も の で あ る 。 た だ し ' ﹃ 梅 津 政 景 日 記 ﹄ は ' 慶 長 一 七 年 ( 一 六 一

二 ) か ら 寛 永 一 〇 年 ( 一 六 三 三 ) に 至 る 記 事 内 容 で あ る た め ' そ れ 以 前 の 時 期 に つ い て は 新 た な 史 料 の 発 見 が な く て

は 推 測 す ら も 成 り 立 た な い 現 状 で あ っ た 。

本 文 書 に 表 記 さ れ て い る 「走 者 」 が ' 百 姓 で あ る の か 武 家 奉 公 人 で あ る の か 判 然 と し な い が ' 津 軽 領 か ら の 走 者 を

秋 田 藩 か ら 送 還 し た い と い う も の で あ る 。 文 言 の 内 容 か ら 憶 測 す る に ' 当 該 の 返 還 交 渉 は ' か な り 偶 然 的 な 要 素 が 強

い 状 況 下 ' 換 言 す れ ば 佐 竹 氏 が 入 部 当 初 に あ っ て 偶 々 隣 領 か ら の 走 者 が あ っ た た め ' 旧 領 常 陸 時 代 の 慣 例 に 従 っ て '

送 還 を 実 施 し た に 過 ぎ な い よ う に も 見 か け ら れ る .。 津 軽 氏 に お い て は ' 成 敗 ‑ 処 罰 I を 行 な わ な い 旨 を 断 言 し て お

り ' 態 々 こ の よ う な 文 言 を 挿 入 し て い る の を み れ ば ' 両 津 間 に 走 者 返 還 に 関 す る 体 系 的 な 規 定 が ' 未 だ 取 り 決 め ら れ

て い な か っ た こ と を 想 像 さ せ よ う 。 従 っ て そ の 意 味 で は 浪 州 民 の 所 説 の 如 く 慶 長 ‑ 寛 永 期 に お い て 秋 田 ・ 津 軽 両 津

間 に 百 姓 「 人 返 し 」 は 協 定 ・ 個 別 交 渉 と も に 存 在 せ ず ' し か も 津 軽 藩 に お い て は 農 民 の 土 地 緊 縛 強 化 が 未 だ 着 手 さ れ

(14)

106

な い 状 態 で あ っ た と い う 見 解 は ' 支 持 で き る わ け で ' 少 ‑ と も 慶 長 七

同 一 〇 年 代 に あ っ て ほ ' 体 系 的 な 規 定 を 両 津

間 で は 持 ち 得 て い な か っ た と 考 え ら れ る 。 し か し ' 右 期 間 に あ っ て ' こ の よ う な 走 者 の 送 還 が 実 施 さ れ た 実 績 を 持 ち 3哲 i な が ら ' 何 故 そ れ が 他 藩 の 如 ‑ 体 制 的 な 規

' 寛 文 期 に 至 る 迄 成 り 得 な か っ た の か ' 新 た な 疑 問 が 生 じ て き た 。 本

稿 で の 疑 問 を 受 け て 浪 州 民 が 今 後 出 さ れ る 向 答 を 待 つ 外 は な い が ' 筆 者 の 見 通 し と し て ほ ' 津 軽 ・ 秋 田 両 津 間 の 量 界

交 渉 が 長 期 間 に わ た っ て 行 な わ れ た こ と も ‑ 寛 文 期 に 至 っ て 一 応 の 決 着 を み た ‑ 影 響 を 与 え て い る の で は な い か と 推

察 す る 。

C

︹津 軽 信 枚 及 び 関 係 文 書 ︺

5

津 軽 信 枚 書 状 (青 森 県 岩 木 町 高 原 神 社 蔵 「 旧 藩 主 代 々 御 筆 蹟 」 所 収 )

一 書 申 達 侯 ' 仇 而 香 春 之 者 差 上 侯 間 ' 何 も か わ ら せ 可 申 侯 ' 将 又 歳 暮 努 々 二 使 者 上 侯 間 ' 書 状 共 見 分 ' 小 袖 そ れ

‑ 二 相 添 遣 可 申 侯 ' 次 二 此 方 へ 下 侯 小 知 行 之 者 共 二 耗 か い 下 可 申 侯 ' 別 注 文 豊 中 侯 ' ∩

其 心 得 侯 内 々

[= ∪ 登 侯 へ と ち 走 せ し め 侯 へ と も '

1 様 子 具 : 聞 届 候 て ' 各 へ も 右 之 通 「 目

上 二 可 申 候 ' 恐 々 謹 言 ' 越 後 御 普 請 仕 侯 へ と 被 仰 付 侯 故 ' 先 令 延 引 候 ' 其 儀 二 穿 々 使 者 上 侯 ま カ ∪ 中 二 侯 へ

' 其 元 口 敷 侯 内 ' 火 用 心 心 得 是 油 断 有 間 数 侯 ' 委 細 口

十 一 月 十 八 日 津 軽 越 中 守 ゝヽ ゝヽ ゝヽ \く \く

信 枚 ゝヽ ゝヽ (花 押 ) \\ \\ 吉 岡 十 兵 衛 殿

(15)

‑ T L t q l + ‑ 7 t ! " I

107

本 書 状 は ' 昭 和 五 九 年 三 月 に 刊 行 さ れ た ' ﹃ 本 荘 市 史 ﹄ 史 料 編 Ⅰ 上 六 五 三

六 五 四 頁 に ' 同 市 史 の 編 者 の 一 人 で あ

る 筆 者 が ' 綱 文 五 二 四 の 箇 所 に 収 載 し た 。 右 書 は 発 刊 さ れ て 未 だ 日 が 浅 ‑ ' 加 え て 他 県 に お い て 刊 行 さ れ た た め 入 手

し に ‑ い の で は な い か と 考 え ' 敢 え て 本 稿 に 掲 載 す る こ と と し た 。

一 読 し て 気 付 か れ る と 思 う が ' 本 文 書 に は 虫 損 ・ 破 損 部 分 が 著 し ‑ ' 読 解 に 困 難 を 極 め た 個 所 も あ っ た 。 ま た 「 津

軽 越 中 守 信 枚 (花 押 )」 の 部 分 に ' 抹 消 を 意 味 す る 墨 線 が 引 か れ て あ る 。 抹 消 墨 線 を 引 い た 人 物 を 特 定 す る こ と は 現 在

の と こ ろ 不 可 能 で あ る が ' 信 枚 自 身 が 当 事 者 で あ る と す れ ば ' 文 書 名 を 変 更 し な ‑ て は な ら な い 。 即 ち ' 吉 岡 十 兵 衛

へ 当 て て 作 成 は し た も の の ' 実 際 に は 何 ら か の 事 情 が あ っ て 発 給 さ れ な か っ た か ' も し ‑ は 別 に 同 様 の 内 容 の 文 書 を

発 給 し て 本 書 状 を 控 も し ‑ は 案 文 と L t 混 乱 を 回 避 す る た め に 本 書 状 の 自 署 に 抹 消 墨 線 を 記 し た と も 考 え ら れ る 。 更

に 藩 政 時 代 は 言 う に 及 ば ず ' 近 代 に 入 っ て も こ の よ う な 藩 主 書 状 は 当 然 の こ と な が ら 骨 董 的 価 値 も 加 わ っ て 珍 重 さ れ

た は ず で あ っ て ' 後 世 の 人 々 が 信 枚 の 自 署 に 墨 線 を 引 い て ' 本 文 書 の 値 を 低 か ら し め よ う と し た と は 到 底 考 え ら れ な

い 。 従 っ て ' 案 文 と し て 残 そ う と し た 信 枚 本 人 の 意 図 に よ っ て 該 当 部 分 に 手 が 入 れ ら れ た 可 能 性 が 強 い と す れ ば ' 本

書 状 の 正 し い 文 書 名 は 「 津 軽 信 枚 書 状 案 」 と い う こ と に な ろ う 。 た だ し 案 文 で あ る こ と を 立 証 す る 確 実 な 材 料 が ' 今

の と こ ろ 見 当 ら な い 事 情 も あ る の で ' 右 に 述 べ た 推 測 に 留 め て お き た い 。

筆 者 は ' 本 書 状 を 慶 長 一 八 年 ( 一 六 一 三 ) 一 一 月 一 八 日 と 見 徹 し た い 。 理 由 は 以 下 に 述 べ る 通 り で あ る 。 書 状 に 見

え る 「越 後 御 普 請 仕 侯 へ と 被 仰 付 侯 」 の 文 言 は ' 慶 長 一 九 年 ' 江 戸 幕 府 が 東 北 諸 大 名 に 御 手 伝 普 請 を 命 じ た 越 後 高 田

城 の 築 城 工 事 で あ る と 考 え る 。 岡 城 は ' 徳 川 家 康 の 六 男 松 平 忠 輝 の 居 城 と す る 目 的 を 帯 し て 普 請 を 命 じ た も の で ' 「 慶 (

) 長 年 録 」 に よ れ ば ' 金 沢 城 主 前 田 利 光 や 上 杉 景 勝 な ど 二 大 名 に 役 賦 課 さ れ た 模 様 で あ

同 書 に 津 軽 氏 の 名 は な い

・・ 一'・・, LL

(16)

' ' 書 ' M I L 習

108

が ' そ れ は 後 述 す る 理 由 が あ っ た か ら で ' 東 北 地 方 に お け る 殆 ど の 大 名 が 動 員 さ れ た と 思 わ れ る 。 普 請 役 の 下 命 は '

最 も 早 い の で は な い か と 推 定 さ れ る ' 上 杉 氏 に 対 す る 伝 達 の 場 合 ' 同 氏 の 重 臣 直 江 重 光 書 状 に よ れ ば ' 慶 長 一 八 年 一 (お ) 〇 月 二 四 日 に ' 「来 春 ' 於 越 後 御 普 請 故 ' 当 年 御 参 府 御 無 用 之 段 ' 御 触 状 下

着'」

と 報 じ て い る の で ' 既 に 慶 長 一 八 年

一 〇 月 段 階 で ' 各 大 名 へ の 内 示 は 実 施 さ れ て い た と 理 解 し た い 。 因 み に 高 田 城 の 着 工 は 慶 長 一 九 年 三 月 ' 完 成 は 「伊 (26 ) 達 政 宗 記 録 事 蹟 考 記 」 に よ れ ば 同 年 七 月 頃 と あ り ' 本 文 書 の 日 付 が 一 一 月 一 八 日 で あ る の を 想 え ば ' 慶 長 一 八 年 の 文

書 と 見 徹 し て 大 き な 支 障 が あ る と は 考 え ら れ な い 。

と こ ろ で 津 軽 信 枚 は 理 由 は 不 明 な る も ' 慶 長 一 九 年 四 月 一 九 日 の ' 最 上 氏 の 重 臣 本 城 満 茂 へ 宛 て た 同 人 書 状 に よ れ (27 ) は ' 「如 仰 越 国 御 普 請 被 成 御 赦 免 」 と ' 右 普 請 役 を 免 除 さ れ た 。 信 枚 は 普 請 の た め の 準 備 に 精 力 を 傾 注 し て い た よ う で

あ る が ' 役 免 除 と な っ た た め 不 要 と な っ た 材 木 や 渡 舟 ・ 帆 柱 等 の 資 材 を 本 城 氏 へ 譲 渡 す る 旨 を 伝 達 し て い る 。 信 枚 の

両 通 の 文 書 を 対 校 し た 場 合 ' 更 に 他 の 東 北 大 名 衆 の 高 田 城 築 城 に 関 わ る 動 き を も 勘 案 し て み て も ' 事 実 関 係 に 著 し い

狂 い を 生 じ な い の で ' 本 文 書 を 慶 長 一 八 年 ( 一 六 一 三 ) 一 一 月 一 八 日 と し て 差 し 支 え な い で あ ろ う 。

最 後 に ' 本 文 書 が 収 め ら れ て い る 「 旧 藩 主 代 々 御 筆 蹟 」 に つ い て 若 干 言 及 し て お き た い 。 右 史 料 は ' 外 崎 覚 氏 の 奥

書 に よ れ ば ' 大 正 九 年 ( 一 九 二 〇 ) 一 月 ' 「 藩 祖 為 信 公 三 百 年 条 越 中 守 信 政 公 二 百 年 祭 」 を 記 念 し て ' 一 巻 の 巻 物 に

仕 立 て 高 照 神 社 に 奉 納 し た も の で あ る と い う 。 所 収 の 史 料 は ' 津 軽 為 信 を 除 い た ' 信 枚 か ら 大 正 六 年 一 一 月 四 日 の 津

軽 英 麿 書 簡 に 至 る ま で ' 書 状 ・ 消 息 ・ 詠 歌 短 冊 ・ 扇 面 絵 な ど 各 藩 主 の 手 に な る も の 一 三 点 を 収 め る 。 本 史 料 の 閲 覧 に

あ た っ て は ' 弘 前 市 立 博 物 館 の 御 世 話 に な っ た 。 厚 ‑ 御 礼 申 し 上 げ る 次 第 で あ る 。

6

津 軽 信 枚 判 形 覚 書 (国 立 史 料 館 蔵 津 軽 家 文 書 )

(17)

元 和 九 年 九 月 七 日 よ り す え 候 判 形 ' し か と 無 之 二 付 て ' 又 本 之 判 形 に す え 替 侯 者 也 '

寛 永 元 年 三 月 八 日 辰 刻

藤 原 信 枚 (花 押 )

109

本 文 書 は ' 従 来 全 ‑ 取 り あ げ ら れ る こ と な く し か も 所 在 す ら 記 述 さ れ る こ と の な か っ た も の で あ る 。 添 紙 に は ' 「信 枚 公 様 御 判 之 御 書 古 キ 書 付 之 内 二 人 ' 手 前 二 御 座 候 ' 昨 日 見 出 し 申 侯 付 ' 奉 指 上 侯 ' 以 上 '」 と ' 九 月 二 一 日 付 で

津 軽 主 水 が 藩 庁 に 献 上 し た こ と が 知 ら れ る 。 こ の 津 軽 主 水 が 明 和 七 年 ( 一 七 七 〇 ) に 死 去 し た 津 軽 寧 都 か ' 文 化 三 年

( 一 八 〇 六 ) に 死 去 し た 同 尚 徳 で あ る の か ' 皆 目 見 当 が つ か な い 。 た だ し ' 津 軽 藩 重 臣 の 家 に 格 納 さ れ て い た 「 古 キ

書 付 」 の 中 に 存 在 し て い た の は 確 か で あ る 。 従 っ て 津 軽 藩 と し て も ' 恐 ら ‑ 幕 藩 体 制 後 期 に 至 る 迄 ' さ ら に は 「津 軽

一 統 志 」 に も 関 係 記 事 が 登 載 さ れ て い な い の で ' そ の 編 纂 過 程 に お い て も 本 文 書 の 存 在 は 知 ら れ て い な か っ た に 違 い

な い 。

内 容 は ' 元 和 九 年 ( 一 六 二 三 ) 九 月 七 日 か ら 押 捺 し て い た 判 形 (花 押 ) を 止 め て ' 寛 永 元 年 三 月 八 日 辰 刻 か ら ' 従

来 使 用 し て い た も の に 復 活 す る と い う も の で あ る 。 信 枚 の い う 元 和 九 年 九 月 七 日 か ら 捺 押 し て い た 判 形 ( 花 押 ) と は '

一 体 如 何 な る も の を 示 唆 し て い る の か 不 明 で あ る 。 当 該 期 間 (約 六 カ 月 ) に ' 信 枚 が 発 給 し た 文 書 は ' 現 在 の と こ ろ

市 立 弘 前 図 書 館 の 所 蔵 に か か る ' 元 和 一 〇 年 正 月 の 「 津 軽 信 枚 熊 野 山 代 参 願 文 写 」 一 通 が 残 存 し て い る の み で t L か (怨

)

も 残 念 な こ と に 右 文 書 は 写 で あ る た め ' 信 枚 自 身 の 花 押 は 省 略 さ れ ' 如 何 な る 花 押 で あ っ た の か 判 然 と し な

新 し

い 文 書 の 発 見 が 待 た れ る と こ ろ で あ る 。 加 え て ' 信 枚 が こ の 時 期 に 何 故 ' 自 己 の 判 形 を 改 め ' し か も 半 年 間 で 元 に 戻 31現 内 す よ う な 行 動 を 採 っ た の か ' そ れ に つ い て も 従 来 の 編 纂 物 を 通 覧 し た 限 り で は 手 掛 り す ら 得 る こ と が で き な か っ

rphi

(18)

110

た だ し 憶 測 を 許 し て も ら え る な ら ば ' 本 文 書 の 自 署 が 「藤 原 信 枚 」 と 記 載 さ れ て い る と こ ろ か ら み て ' 元 和 九 年 七 月

か ら 閏 八 月 に か け て 実 施 し た ' 徳 川 家 光 の 将 軍 宣 下 の た め の 上 洛 に 信 枚 は 供 奉 し て お り ' 下 向 直 後 に 花 押 の 変 更 を し

た 様 子 な の で ' 或 い は 上 洛 と 関 係 が あ っ た の か と も 思 わ れ る 。 な お ' 本 文 書 に 押 捺 し た 判 形 は ' 従 来 我 々 が 周 知 の も

の で あ り か つ 信 枚 が 用 い て い た も の に 間 違 い は な い 。

7

津 軽 信 枚 書 状 (東 京 大 学 史 料 編 纂 所 影 写 本 佐 竹 文 書 六 )

一 書 致 啓 上 候 、 仇 来 ル 十 二 日 之 昼 ' 私 宅 へ 御 光 儀 可 被 成 之 旨 道 庵 方 迄 被 仰 下 侯 ' 誠 被 為 寄 思 召 、 御 懇 意 侯 段 恭 次

第 不 浅 奉 存 侯 、 無 御 失 念 奉 存 侯 ' 尤 遂 砥 侯 ' 即 御 礼 可 中 上 侯 得 共 ' 先 棒 愚 札 侯 ' 猶 拝 顔 之 刻 可 得 尊 意 侯 条 ' 不 能

詳 侯 ' 恐 憧 謹 言 '

卯 月 五 日 信 枚 (花 押 )

津 軽 越 中 守

〆 佐 竹 右 京 大 夫 様 人 々 御 中 信 枚

本 文 書 の 宛 名 の 佐 竹 右 京 大 夫 は ' 秋 田 藩 主 佐 竹 義 宣 で あ る が ' 文 中 の 道 庵 は 不 明 。 内 容 は ' 恐 ら ‑ 津 軽 藩 の 江 戸 屋

敷 か そ れ と 同 じ よ う な 場 所 に 佐 竹 義 宝 を 招 請 す る と い う も の で あ り ' と り た て て 重 大 な も の で は な い 。 手 掛 り に な る

キ ー ワ ー ド が な い た め ' か え っ て 時 代 推 定 が で き な い 恨 み が あ る の も 事 実 で あ る 。 一 応 本 稿 で は 掲 載 し て ' 年 代 や 人

(19)

f

t I . :

物 ・ 史 料 的 価 値 に つ い て は 後 考 を 待 つ こ と に し た い 。

8

津 軽 信 枚 家 臣 乾 四 郎 兵 衛 尉 ・ 自 取 瀬 兵 衛 尉 ・ 服 部 長 門 守 連 印 定 書 状 (弘 前 市 八 木 橋 文 庫 蔵 )

一 ' 御 鉄 抱 之 衆 ' 毎 月 朔 日 ・ 五 日 ・ 十 日 ・ 十 五 日 ・ 廿 日 ・ 廿 五 日 六 度 宛 星 打 可 申 侯 ' 但 一 日 : 三 は な し 宛 之 事 '

一 ' 御 鉄 抱 之 薬 ' 毎 月 三 日 宛 罷 出 ' こ し ら へ 可 中 之 事 '

一 ㌧ 御 普 請 井 御 用 被 仰 付 侯 時 は ' 毎 月 朔 日 ・ 十 日 ・ 廿 日 右 三 日 星 打 可 申 事 '

右 之 旨 与 頭 と し て 堅 可 申 付 侯 ' 若 僻 怠 之 者 於 有 之 者 ' 過 怠 可 被 仰 付 着 也 '

元 和 九 年 正 月 八 日

乾 四 郎 兵 衛 尉 (印 )

自 取 瀬 兵 衛 尉 (印 )

服 部 長 門 守 (印 )

与 頭 町 田 村 勝 右 衛 門 殿 へ

111

周 知 の 如 ‑ 乾 四 郎 兵 衛 ら 三 名 は ' 成 立 期 津 軽 藩 の 重 臣 で あ る 。 宛 名 の 与 頭 町 田 村 勝 右 衛 門 は ' 慶 長 一 四 年 ( 一 六 〇

九 ) 八 月 六 日 の 津 軽 信 枚 黒 印 知 行 宛 行 状 (拙 稿 一 の 二 一 号 文 書 ) に よ れ ば '

知 行 之 日 録

(20)

L̀,'JIこ

1 '

F ■ i F J l T 滞 L t ,

112

高 合 三 捨 石 者 但 町 田 村

ミ の わ た 村 有

右 令 扶 助 託 '

慶 長 拾 四 年 八 月 六 日 (信 枚 黒 印 )

町 田 勝 右 衛 門 方 へ

と あ る ' 小 知 行 士 の 身 分 に あ っ た 人 物 と 同 人 で は な い か と 推 定 さ れ る 。 因 み に 勝 右 衛 門 は ' 寛 永 1 1 年 ( 1 六 三 四 )

(

) 正 月 一 一 日 に も ' 慶 長 一 四 年 と 同 じ 村 に 半 分 の 一 五 石 を 宛 行 わ れ て お

'

町 田 ・ 蓑 輪 田 両 村 に 在 村 す る 小 知 行 士 で あ

っ た こ と が 知 ら れ る 。 な お 町 田 村 は ' 現 弘 前 市 町 田 で あ る が ' 蓑 輪 田 村 は 該 当 す る 地 名 が 見 当 た ら ず t L か し い ず れ

に し て も 小 知 行 士 の 役 務 上 か ら み て 弘 前 城 下 に 近 接 し た 村 々 で あ っ た と 思 わ れ る 。 当 定 書 状 に よ れ ば ' 勝 右 衛 門 は 元

和 九 年 当 時 ' 鉄 抱 衆 の 組 頭 の 任 に あ っ た よ う で ' 星 打 (星 に は '

ま と

と い う 意 味 が あ り 、 具 体 的 に は 据 え つ け た 的

を 狙 う 射 撃 を 指 し て い る よ う で あ る ) と 称 す る 射 撃 訓 練 と 火 薬 の 製 造 ' 普 請 な ら び に 諸 役 に 従 事 す る 者 達 ' 換 言 す れ

ば 小 知 行 士 達 の 責 任 者 と し て 任 務 を 果 た し て い た と 考 え ら れ る 。 し か も 成 立 期 岡 津 に あ っ て は う 小 知 行 士 が 鉄 抱 衆 を

形 成 し て い た よ う で ' 所 謂 足 軽 鉄 抱 衆 と い う よ う な ' 城 下 に 集 任 し て 鉄 抱 組 を 編 成 す る に は 至 っ て い な か っ た よ う で

あ る 。

星 打 に 関 し て は 前 述 の 通 り で あ る が ' 文 言 か ら す る と ' 岡 津 で は 鉄 抱 与 頭 へ 弘 前 城 下 に お い て 射 撃 訓 練 を 命 じ て い (31 ) る 。 そ の 場 所 は ' 当 時 に あ っ て は 恐 ら ‑ 城 内 (現 弘 前 市 馬 屋 町 に ' 星 場 ・ 的 場 が 設 け ら れ て い た と い う ) に 設 置 さ れ

た と 考 え ら れ る 。 時 期 的 に は 降 る が ' 「 藩 庁 日 記 御 国 日 記 」 (以 下 ' 「 国 日 記 」 と 略 記 す る ) 元 禄 1 0 年 六 月 二 四 日 の

条 に よ れ ば '

(21)

113

東 長 町 瓦 ケ 丁 大 円 寺 之 下

右 三 ヶ 所 惣 足 軽 鉄 胞 稽 古 星 場 二 先 年 被 仰 付 侯 二 付 ' 只 今 迄 折 々 参 侯 て 鉄 胞 稽 古 為 仕 侯 ' 併 只 今 ハ 何 之 組 中 二 も 足

軽 手 明 無 御 座 候 二 付 所 々 番 人 之 老 共 御 食 代 り 之 内 よ り 五 人 三 人 ツ ツ 召 連 梧 古 罷 出 侯 ' 右 三 ヶ 所 星 場 遠 方 二 御 座 候

二 付 番 人 食 代 り 之 者 共 召 連 候 て 参 侯 へ ハ 番 人 へ 遅 成 り 申 侯 故 ' 左 侯 様 二 稽 古 致 兼 申 侯 ' 依 之 新 町 之 後 古 川 之 跡 星

場 二 被 仰 付 被 下 置 侯 様 二 奉 願 侯 (下 略 )

と あ り ' 東 長 町 な ど 三 ケ 町 は 足 軽 の 射 撃 訓 練 の 場 所 と し て は 城 内 か ら 距 離 が あ る た め ' 番 所 話 に 支 障 を 生 じ ' 新 町 (現 弘 前 市 新 町 ) の 後 方 ' 掘 り 替 え 後 の 岩 木 川 々 原 を 星 場 と 認 め て 欲 し い と い う も の で あ る 。 右 の 内 容 に よ れ ば ' 本

文 書 と 比 較 す る と ' 鉄 抱 訓 練 は 城 下 足 軽 組 の 担 当 す べ き 任 務 と さ れ て い る こ と ' 次 に 星 場 は ' 当 初 の 城 内 の 隅 か ら '

城 下 の 辺 域 へ 移 り そ し て 元 禄 期 に 至 っ て 掘 り 替 え 後 の 岩 木 川 々 原 ' 即 ち 城 下 住 民 の 居 住 が 恐 ら ‑ 考 え ら れ な い よ う な

居 住 不 適 地 で し か も 城 に 近 接 し た 地 が 選 択 さ れ た 。

以 上 の 各 点 を ま と め る と ' 成 立 期 津 軽 藩 に あ っ て は 城 下 近 在 の 小 知 行 士 が 鉄 胞 衆 を 形 成 し て ' 射 撃 訓 練 は 毎 月 決 め

ら れ た 日 に 六 回 と 定 め ら れ た 。 ま た 火 薬 製 造 も 彼 ら の 任 務 と さ れ ' そ の 外 ' 普 請 ・ 諸 役 も 受 け 持 っ た 。 し か し ' 藩 政

確 立 期 に 入 る と 、 鉄 抱 衆 は 城 下 足 軽 組 に 編 成 替 さ れ ' 射 撃 訓 練 場 で あ る 星 場 も 、 城 内 か ら 城 下 の 辺 隅 へ ' 更 に 城 付 近

の 居 住 不 適 地 へ と 移 動 し た 。

本 文 書 は ' 弘 前 市 立 博 物 館 に 展 示 し て あ る も の を 所 蔵 者 の 了 解 を 得 て 本 稿 に 掲 載 し た 。 所 蔵 者 の 八 木 橋 文 庫 に 厚 ‑

御 礼 申 し 上 げ る 次 第 で あ る 。

9

津 軽 信 枚 家 臣 乾 四 郎 兵 衛 ・ 小 足 三 左 衛 門 ・ 吉 岡 十 兵 衛 借 銀 証 文 写 津 軽 信 枚 裏 判 (青 森 県 立 図 書 館 蔵 津 軽 史 、・f: :.T ;j

(22)

114

列 伝

二 添

付 文

書 )

借 用 申 銀 子 之 事

合 五 拾 貫 目 也 ' 但 丁 銀 也 '

右 之 銀 子 怯 二 請 取 申 侯 ' 但 壱 ヶ 月 二 壱 貫 目 二 付 銀 弐 拾 匁 宛 加 ' 利 足 釆 年 子 之 七 月 中 二 急 度 返 還 可 申 候 、 走 者 津 軽

越 中 守 用 所 二 借 用 可 申 侯 ' 則 此 手 形 二 越 中 守 裏 判 可 仕 侯 ' 猶 此 銀 子 二 少 も 無 沙 汰 仕 間 数 侯 ' 若 無 沙 汰 い た し 侯 ハ

・ ' 何 程 こ も 御 催 促 可 有 之 侯 ' 為 其 如 此 侯 ' 依 如 件 、

元 和 九 年

亥 閏 八 月 廿 六 日 乾 四 郎 兵 衛 (花 押 )

小 足 三 左 衛 門 (花 押 )

吉 岡 十 兵 衛 (花 押 )

矢 嶋 藤 五 郎 殿 江

裏 書 之 事

如 表 書 之 銀 子 怯 二 着 取 申 侯 ' 返 弁 之 所 少 も 相 違 有 間 数 候 老 也 '

津 軽 越 中 守

元 和 九 年 (閏 脱 )

廿

六 日 信 枚 御 印

(23)

1 1 5

(花 押 影 ) (傍 註 筆 者 )

● (32 ) 右 文 書 は ' 近 代 に 入 っ て 永 沢 得 右 衛 門 が 編 纂 し た ' 「 津 軽 史 」 に 添 付 し て あ っ た も の で 偶 然 的 に 残 っ た 可 能 性 が 強 い 。

同 書 の 該 当 部 分 の 前 書 に は ' 「 平 井 左 馬 上 方 之 親 類 よ り 到 来 之 由 二 而 、 享 保 十 乙 巳 年 九 月 十 日 差 上 侯 古 越 中 守 信 枚 様 御

判 物 之 写 」 と あ り ' 当 時 に あ っ て も 津 軽 藩 に 元 来 収 蔵 さ れ て い た 文 書 で は な か っ た の で あ る 。 た だ し 本 文 書 写 の 最 後

尾 に 「 大 石 尚 一 郎 氏 所 蔵 」 と 記 さ れ ' 永 沢 が 編 纂 し て い た 最 中 に 発 見 し た か ' 或 い は 大 石 氏 か ら 持 ち 込 ま れ た か し た

も の の よ う で あ る 。 右 書 に 如 何 な る 経 緯 で 収 載 さ れ る よ う に な っ た か ' 詳 細 は 不 明 で あ る 。 し か し ' 本 来 津 軽 藩 に 伝

来 し て い た も の で な か っ た こ と は 疑 う べ ‑ も な い 事 実 で あ っ て ' そ れ も 上 方 に 所 在 し て い た と い う 。 津 軽 藩 の 重 臣 ら

が 借 用 証 文 の 宛 先 と し た 矢 嶋 藤 五 郎 は ' 講 書 を 閲 覧 し て も 正 確 に 該 当 す る 人 物 を 残 念 な が ら 発 見 で き な か っ た 。 た だ

し 手 掛 り ら し き も の と い え ば ' 森 泰 博 ﹃ 大 名 金 融 史 論 ﹄ (新 生 社 昭 和 四 五 年 ) 二 三 六 頁 の 記 事 に ' 福 井 藩 に お け る 寛

延 年 中 頃 の 「 真 部 大 輔 宗 矩 公 御 代 給 帳 」 に ' 大 津 御 蔵 本 と し て 矢 島 藤 五 郎 が み え る 、 と あ り ' 江 戸 時 代 の 豪 商 の 多 ‑

の 例 が 示 唆 す る 如 く 屋 号 や 名 前 は そ の ま ま 代 々 受 け 継 が れ る ケ ー ス を よ く 見 か け る の で ' 或 い は 大 津 の 蔵 元 で あ る l

矢 島 氏 か ら ' 銀 五 〇 貫 を 借 用 し た の か も し れ な い 。 本 文 書 の 出 所 が 上 方 で あ る と い う の も ' 少 し は 補 強 の 材 料 と な る

の か も し れ な い 。

信 枚 が 元 和 九 年 閏 八 月 二 六 日 に こ の よ う な 大 量 の 借 銀 を 実 施 し な ‑ て は な ら な か っ た 理 由 と し て は ' 本 稿

6

号 文 書

で も 若 干 言 及 し た ' 同 年 の 徳 川 家 光 将 軍 宣 下 の た め の 上 洛 供 奉 が 挙 げ ら れ る で あ ろ う 。 「津 軽 編 覧 日 記 」 (八 木 橋 文 庫

読 ) 二 の 元 和 九 年 七 月 二 七 日 条 に よ れ ば ' 「御 当 家 御 供 の 面 々 御 家 老 初 め 騎 馬 五 十 騎 (中 略 ) 雑 兵 千 五 百 人 余 御 供 に て

上 京 被 成 侯 」 t と あ っ て ' 供 奉 の た め の 費 用 は 莫 大 で あ っ た と 考 え ら れ ' そ の た め 上 方 の 豪 商 か ら 借 銀 を し な ‑ て は な

(24)

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116

ら な か っ た の で あ る 。 借 銀 証 文 の 様 式 は ' 当 時 の も の と し て は 他 大 名 の そ れ と 比 較 し て 格 別 に 相 違 す る と こ ろ は な

‑ ' 典 型 的 な も の で あ る 。 ま た 利 率 を み た 場 合 ' 「 壱 ヶ 月 三 唱 貫 目 二 付 銀 弐 拾 匁 」 と ' 月 利 が 二 % と 蓑 記 さ れ 利 子 の み

元 和 一 〇 年 七 月 に 返 却 す る こ と を 義 務 づ け ら れ て い る 七 森 氏 前 掲 書 三 三

三 五 頁 に よ れ ば ' 慶 長

寛 永 初 年 に か け て

三 都 の 大 名 貸 利 率 は ' 月 利 一 ・ 〇 八

二 ・ 〇 % と な っ て お り ' 津 軽 藩 に 対 す る 月 利 は 著 し ‑ 高 い 方 の 部 類 に 所 属 し た

こ と が 判 明 す る 。 こ れ は ' 同 藩 が 恒 常 的 な 貸 借 関 係 を 矢 嶋 家 と 締 結 し て お ら ず ' 一 時 的 な 借 銀 と み な さ れ た こ と ' 加

え て 返 済 能 力 に 著 し い 疑 問 を 持 た れ た 結 果 で は な い か と 考 え ら れ る 。 津 軽 藩 が 上 洛 費 用 の 捻 出 に 苦 慮 し た の は 今 回 ば

か り で は な ‑ ' 実 現 に は 至 ら な か っ た が ' 元 和 五 年 の 和 子 入 内 の 際 の 上 洛 下 命 に お い て も ' 秋 田 藩 に 判 金 百 枚 の 借 用 (33 ) を 求 め て い る こ と か ら も 窺 い 知 る こ と が で き る 。 し か し 上 洛 供 奉 は ' 津 軽 藩 の み の 公 役 で あ っ た わ け で は な ‑ ' 成 立

期 幕 藩 体 制 下 に あ っ て ' 各 大 名 に 均 し ‑ 賦 課 さ れ た も の で あ っ た 。 津 軽 藩 と 同 様 に 他 大 名 も そ の 出 費 に 悩 ま さ れ 当 時

期 の 藩 財 政 に 深 刻 な 影 響 を 与 え る も の で あ っ た こ と は ' 多 ‑ の 成 立 期 に お け る 藩 政 史 料 が 我 々 に 物 語 っ て い る と こ ろ

で あ り ' こ れ 以 上 つ け 加 え る こ ど は な か ろ う 。 な お ' 寛 永 一 六 年 ( 一 六 三 九 ) 三 月 二 七 日 付 の ' 津 軽 信 書 (義 ) の 判

物 借 用 証 文 を 既 に 発 見 し て あ る が ' 紙 幅 の 関 係 も あ っ て 本 稿 で の 比 較 検 討 は 割 愛 L t 次 稿 以 降 に そ れ を 譲 る こ と に し

い 。

津 軽 信 枚 家 臣 中 村 蔵 丞 書 状 (秋 田 県 立 秋 田 図 書 館 蔵 秋 田 藩 家 蔵 文 書 安 食 文 書 )

御 尊 札 趣 井 漆 三 橋 為 御 音 信 越 中 所 江 被 進 候 ' 則 乾 四 郎 兵 衛 万 上 被 申 候 ' 殊 二 我 等 式 迄 漆 一 桶 被 御 意 二 懸 候 ' 弥 々

恐 悦 至 極 奉 存 候 ' 舟 材 木 之 儀 ハ 春 中

相 調 置 申 候 ' 様 子 儀 者 委 細 東 海 林 勘 助 殿 へ 可 申 被 上 候 ' 以 来 之 儀 ハ 此 地 へ

溝領 .. . .

(25)

E ; へ 、

∵ ∵ ∵ rI̲

御 用 等 御 意 次 第 相 調 可 申 侯 ' 猶 期 貴 意 時 候 ' 恐 憧 敬 白 '

中 村 蔵 丞

卯 月 十 九 日

佐 藤 土 佐 守 様

御 披 露 建 従 (花 押 )

本 文 書 の 差 し 出 し 人 の 中 村 蔵 丞 建 従 は ' 従 来 全 ‑ 知 ら れ て い な い 人 物 で あ る 。 建 の 一 字 を 辞 に 付 し て い る こ と か

ら ' 或 い は 津 軽 信 建 に 付 属 し て い た 家 臣 か と も 思 わ れ る が 他 に 史 料 が 見 当 た ら な い の で 判 ら な い 。 宛 名 の 佐 藤 土 佐 守

は 秋 田 藩 の 家 臣 で あ る 。 内 容 の 点 で 目 に つ ‑ の は 、 津 軽 藩 で は ' 春 中 よ り 「 舟 材 木 」 を 準 備 し て い る と い う こ と で '

或 い は 普 請 役 を 命 ぜ ら れ た こ と に 関 係 す る の か も し れ な い 。 年 代 推 定 の 手 掛 り と な る も の が 見 当 た ら な い の で ' こ れ

以 上 の 推 論 は 差 し 控 え る こ と に す る 。

117

以 上 ' 一 〇 点 の 文 書 の 紹 介 と 内 容 ・ 年 代 の 考 証 を 積 み 重 ね て き た 。 こ れ ら の 文 書 は ' 概 ね 公 開 さ れ て い る 機 関 か '

若 し ‑ は 文 庫 に 収 蔵 さ れ た も の で あ る 。 拙 稿 ( 一 ) に あ っ て は ' 藩 政 前 期 に お け る 史 料 の 総 体 を 掌 握 す る こ と に 主 限

を お い た こ と か ら ' 誠 に 遺 憾 な が ら 色 々 な 点 で 遺 漏 を 生 じ て し ま っ た 0

む す び

本 稿 で は ' 二 幸 に わ た っ て 拙 稿 ( 1 ) の 補 訂 と 新 文 書 の 解 介 と 考 証 を お こ な っ て き た 。 こ こ で l 応 の 締 め ‑ ‑ り を

(26)

118

行 な っ て ' む す び と し た い 。

第 一 章 で 吟 味 し た よ う に ' 藩 政 時 代 は 言 う に 及 ば ず 近 ・ 現 代 に 至 っ て も 真 正 文 書 か 否 か を 問 う こ と な ‑ ' 若 し ‑ は

差 し た る 疑 問 も 提 示 さ れ ず に 論 文 等 に 引 用 さ れ て き た 文 書 が 如 何 に 多 い こ と か ' 驚 か さ れ た の は 筆 者 一 人 で は な い で

あ ろ う と 思 わ れ る 。 各 文 書 一 点 毎 に つ い て は 当 該 箇 所 を 見 て も ら う と し て ' 明 治 維 新 を 経 過 し て 近 代 に 至 る 過 程 で 徐

々 に 形 成 さ れ た 様 々 な 歴 史 意 識 や 史 観 ' ま た 当 時 の 歴 史 教 育 な ど か ら も 受 け た 色 々 な 影 響 が 作 用 し て ' こ れ ら の 史 料

に 対 す る 検 討 が 著 し ‑ 立 ち 遅 れ た の で は な い か と 推 察 す る 。

第 二 章 で 紹 介 し た 文 書 類 は ' 概 ね 従 来 の 研 究 論 文 等 で ほ と り 挙 げ ら れ る こ と の な か っ た も の で あ る 。 個 々 の 内 容 に

つ い て は 該 当 文 書 を 見 て も ら う と し て ' 若 干 の 気 付 い た 点 を 申 し 述 べ て み た い 。 第 2 号 文 書 の 津 軽 為 信 夫 人 仙 桃 院 消

息 と 第

9

号 文 書 の 津 軽 信 杖 家 臣 乾 四 郎 兵 衛 ・ 小 足 三 左 衛 門 ・ 吉 岡 十 兵 衛 借 銀 証 文 写 は ' 両 通 と も に 津 軽 藩 の 官 撰 史 書

「 津 軽 一 統 志 」 の 編 纂 過 程 に あ っ て 蒐 集 さ れ た 文 書 で は な い か と 考 え ら れ る の で あ る 。 「 津 軽 一 統 志 」 の 編 纂 は ' 享 保 (朗 ) 一 二 年 一 〇 月 の ' 家 老 津 軽 校 尉 政 方 の 資 料 蒐 集 を 命 じ る 布

よ っ 七 開 始 し た 。 そ れ は ' 瑞 祥 院 ‑ 津 軽 為 信 ‑ 関 係 文

書 ' 寛 文 蝦 夷 蜂 起 関 係 の 覚 書 ・ 伝 聞 書 類 の 蒐 集 と い う ' 二 方 針 を 基 軸 と し て 全 領 内 的 な 蒐 集 に 乗 り 出 す も の で あ っ

た 。 次 い で ' 同 年 一 一 月 に は ' 領 内 寺 院 の 元 和 以 前 の 年 号 の あ る 石 塔 の 文 言 写 を ' 更 に 捨 て 石 等 で も 文 字 が 刻 ん で あ (35 ) る 場 合 は そ の 写 を 藩 庁 へ 提 出 す る よ う に 布 達 し た 。 二 通 の 布 達 か ら し て ' 津 軽 藩 と し て は 藩 祖 為 信 ' 信 杖 の 両 時 斯 即

ち 慶 長 ・ 元 和 期 頃 の 資 史 料 の 重 点 的 蒐 集 を 企 図 し て い た と み て 大 過 な い で あ ろ う 。 本 稿 2 ・

9

号 両 文 書 も 恐 ら く 右 に

述 べ た 背 景 も し ‑ は 気 運 の な か で 見 出 だ さ れ た も の で あ ろ う 。 例 え ば 2 号 文 書 の 場 合 ' 包 紙 に '

仙 桃 院 様 御 自 筆 哉 之 由

御 書 壱 通

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