金沢 大学 十 全 医学 会 雑誌 第9 8巻 第2 号 3 9 卜 41 4 く1 98 9う 3 9 1
マ
ウ
ス喚 糸切 断後
の行 動学 的 な らびに組 織学 的変化
に関 す る 研 究
金沢大 学 医 学部 耳 鼻咽喉 科 学講 座 く主任二梅田良三教 勘
輪 高 書
く平 成1年2 月2 3日受 付1
喚神 経 細 胞は, 常に変 性と再生 を繰り 返 し ている という点で, 他の神 経と異なっている. これ ま で喚 神経 細 胞の変 性 後の再生に関し て は組 織 学 的あ るいは 生化 学 的に多くの研究 者によっ て報 告さ れ て いる. しか し, 喚 糸切 断 後の嘆上皮の変化を定量的にと ら え, そ れ と行 動 学 的な変 化を直接 対 比し た報 告は ない . そこ で, マ ウス嗅 糸切 断後に生 ずる嗅 覚 系の障 害と回復の過 程を, 行 動 学な ら びに組 織 学 的
に, 定 量 的に観 察し, 比 較し た一 行 動学 的観 察は,
マウスが感 知で き る特 殊なニオ イ と嫌な味を有す る シクロ へキシミ ド けラマイシ ン魯I 水 溶液 く0
.01%J を忌 避す る反応を 用いて行っ た. 綻 織 学 的には光 学 顕微 鏡を 用いて鼻 中隔に お け る喚上皮の厚さ を測 定す ることによっ て, 喚上皮の変 性と再 生の過 程を 定量的に分析す る と と もに, 走査型電子顕 微 鏡を 用いて, 嘆上皮表 面の形 態を観 察し た. 喚 刺 激性 行 動 観 察で は, マウスは喚 糸 切 断後1 日 で嘆覚 脱 失の状 態に陥り, 2 8 日 で 正常な喚覚を有す る まで に回復し た. 一方組 織 学 的には, 喚 糸切 断後1 日から喚上皮の変性 所 見が観 察さ れ, 5 日で喚上皮の厚さ は最 低 値を 示 し た. 再 生 所 見は喚 糸切 断後7 日 か ら確 認さ れ, 日 を おっ て喚上皮の厚さ は増 加し, 嘆 糸切 断 後 3 5 日 で対 照と有 意 差を認め ないま でに回復し た一 喚 刺 激性 行 動 観 察によ る喚 覚の回復の経 過は, 再 生 期
に お け る喚上皮の厚さの変 化と強い相 関を認め た. 走 査電子顕 微 鏡によ る観 察でも, 喚 糸切 断 後1 日 で 喚上皮の変性が観 察さ れ た. 再 生は嘆 糸切 断後7 日 か ら始ま り1 0 0 日 で完了 して いた.
Key w o rds olfa cto ry n e r v e s e ctio n, 01fa cto ry m ed iated beh a vior, 1igh t
mic r o s c op y, qu a ntitativ e a n alysis
, S C a n ning ele ctr o n mic r o s. C Op y
喚神経 細 胞は鼻 腔 後上部に位 置す る嘆上皮 内にあ り, 噴 覚路に おけ る末 梢受容 細 胞であ る. 形 態 学 的に はこの喚 神経 細 胞は 双極 細 胞であ り, 樹 状突起 先 端の 喚小 胞を喚上皮表 面に出し,
一 方軸 索は頭 蓋 内まで の び て喚 球でシブ ナスを形 成し ている. 外 界と中枢との
直接の結 合を有す る神 経 細 胞は喚神 経 細 胞の他にない こと か ら, 古くから様々 な障 害 実験が行わ れ て き た.
一般 的に 一度 破壊さ れ た神 経 細 胞は, 二度と再 生す る こと は な く, 成熟し た動 物において は神 経 細 胞は核 分 裂によ って増 殖す ること は ないといわ れ ている. 喚 神 経細 胞に お い ても,1 9世 紀 後 半か ら今世 紀前 半にか け
て は,
一度 変 性す る と再 生し ないという報告が大 勢を 占め ていた.
喚上皮が変 性後 再び再生 す る と最初に報告し た の は
Nagaha r al lで あ る. 彼は, 正常なマウス の喚 神 経 細 胞に は くくfu n ctio ning o r a ctiv e c ell,,,
一く
r e sting C ell,, の 二つの塾の細 胞が存 在し, そ れ ら は 形態 学 的
に存 在 部 位およ び形 態が異なっ てお り, ま た機 能 的に も後 者が核 分裂によって増殖し, 喚 神経 細 胞の再 生が お こる と述べた. そ し て, 嗅 糸切 断 後の嘆上皮の再生 は, 切断 後9 0 日で完了 し, その間支 持細 胞や基 底細 胞
には変 性を 認 め なか った, と述べている. その後,
Andr e s2 期 は, 透 過型電子 顕微 鏡を 用いた実 験に おい
て,
iib la ste ma c ell,, と 呼 ば れ る新しい細 胞を, 犬, 猫, ラ ッ トの喚上皮で発見 し た . そ して彼は その bla ste m a c ell は, 喚 神 経細 胞が 分化や再生 を行う際
の r e s e r v oir c ell で あ り, 喚 神 経細 胞は成 熟後も常に 変 性と再 生を繰り返し ているの であ ろ う と述べた. ま
A b br e viatio n s こ 走 査 電 顕, 走 査 型 電 子 顕 微 鏡 こ 光 顕, 光 学 顕 微 鏡 こ 切 断 群, 喚 糸 切 断 群こ 非 切 断 群, 喚 糸 非 切 断群
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た, そ の後 Gr a ziadei ら刃51は電 頭オ ー ト ラ ジ オグラ
フ イ ー を 用いて. 嘆 神経 細 胞は常に変性と再 生を繰り 返 し, その再 生の た めの幹 細 胞は基 底細 胞で あ る と報 告し た. その後も, 喚 糸 切 断旬 刊 桝, 喚 球 除去1 0 刷 1 21, 有 害
ガス の暴 露鋸 3 I, 硫 酸亜鉛 溶 液 点 鼻1 仙 掴 , イン フ ルエ ン
ザ ウ イル ス経 鼻 接 種m 1 81, 抗 生 物 質 投 与珊 瑚な どによっ
て喚上皮の変 性 実 験が行わ れ. い ずれ も程 度の差は あって も喚神 経 細 胞の再 生を証 明す る報 告が大 勢を占 め ている. し か しこれ ら の実験は形 態 学 的な あ るい は 生化 学 的な面からのものばかり で あ り, 実 際にどの程 度 嘆 寛が障 害を受け, どのよ う な過 程で喚 寛が回復し ていくかを哺 乳類で観 察し た報 告は少ない. そこ で著 者は, マ ウス の喚 神経 切 断後の嘆 覚の変 化をシクロ ヘ
キシミ ド け ラマイシ ン命二 以下ナ ラマイシ ンと記 述 す るH 周辺, 東京1 を 用いた喚 刺 激 性 行 動を観 察す る と同 時に. その間の喚上皮の変 性と再 生の過 程を光 学 顕 微 鏡O P T 工P H O T く光 顕1 く日本 光学工業,東 京1 を 用 いて定 量 的 分 析を行い . ま た, 走査型 電子顕 微 鏡 S.錮0 型 く走査 電顕1 く日立, 東 京1 を 用いて観 察し, そ れ ら と行 動 学 的変 化と を 比較 検 討し た.
材 料お よ び方法 工. 実 験 材 料
体 重 約3 0g の成 熟 雄d dy−C O n V e ntio n al マ ウスを使 用 し た. マ ウスは ナ ラマイシ ン には未 経 験の もので あ る. マウス飼 育 室は空調 装 置によ り, 室 温2 30C, 湿 度 5 5%に設 定さ れ, 約12時 間ご と の 昼夜 周期を維 持す る
た め, 照 明は 9 二0 0へ2 0ニ3 0の間 点 灯し た.
工工. 実験 方法 1 . 喚刺 激 性 行 動
木村ら加lが報 告し た ナ ラマイシ ンを 用いた喚 刺 激 性 行 動観 察を応用 し て行った. ナ ラマイシ ンはマ ウス に とって特有のニ オ イ と嫌な味を持ち, マ ウスは 一 度そ の味を経験す る と, ナ ラマイシ ン の持つ ニオ イ を記憶 し, その後は そ のこ オ イ を かいだ だ け で ナ ラマイシ ン を他と区 別し得て近づ か な く な る た め, 駆 鼠 剤と し て 用いら れ ている薬剤で あ る.
固形 飼 料は任 意に与え た が, マ ウスを渇の状 態にす る た めに, 48時 間飲 水さ せ なか っ た後, マ ウス飼 料 ケ ー ジに0.0 1%ナ ラマイ シ ン水 溶 液の 入っ た給 水 瓶 と, 蒸留 水の入った給 水 瓶を備え たく木 村ら の報 告で は ナ ラマイシ ン水 溶液の濃 度は0.1%で あっ た1. この 飼 育ケ ー ジにマ ウスを 1 匹ずつ いれt マ ウスが ど ち ら の給 水瓶から飲 水す る か を, 1 0分 間以内の観 察 時 間
で, 各マウス最 高1 0試行 ずつ調べ たく図 い. 実 験 中も 渇の状態を維 持す る た め, 給 水 瓶の先端に口 をつけ る
と す ぐに給 水瓶を取り外し て, マ ウス には 1 回にご く 少 量の水し か飲め ない よ うに し た . 1 回 ご とに
G elle r ma n n 系 列に従って, 右, 左, 左, 右, 左, 左,
右, 右, 右, 左の順序でナ ラマイシ ン水 溶 液の 入った 給 水 瓶の位 置を替え た. 蒸 留 水を飲ん だ場 合を 正解と し, ナ ラマイシ ン水 溶 液を飲ん だ場 合をエ ラー と し た. 正解 数を全 試 行 数で除し た ものを 正解 率と し た. 1 0 回の試 行に要し た時 間も計 測し, その際, 10分 間に 10 回試 行し な かったマ ウスは6 0 0秒 く1 0分1 と し た. 以 上 を第1 回目の学 習と し た. 第1 回目の学 習 終了後マ
ウス に十 分な飲 水を さ せ た後, 給 水 瓶を はずし, 水分 を与え ないように し て, 48時 間 後に同 様の実験を行
い, 第2 回目の学 習と し た. 喚 刺 激 性 行 動の観 察は条 件を 一 定にす る た め, すべ て1 9ニ0 0 句2 1ニ0 0の間に,
脱 臭 装 置の中で行った. 2 . 両側 喚 糸切 断
第2 回 目の学 習終了2 4時 間後に両 側 喚 糸切 断を行っ
た.
ベ ン トパ ル ビ タ ー ルナ ト リ ウム くネ ン ブ タ ー ルI
lO Om gノK g をマウス腹 腔 内に注 射し た後,補 助 麻 酔と して頭 部 皮 下に1 % 塩 酸リ ド カ イ ンくキシロ カ インI を約0 .2ml 注射し た.頭 部に正中皮 膚 切 開を 入 れ,顕 微 鏡 下にマイ クロ ド リルを 用いて前 頭 骨の最 前 方で関 頭し, 両 側 喚 球の上面 全 体を露 出さ せ, その前 方, 側 方, 下 方に沿っ て耳 手 術用 の ピンを用いて, 節 板か ら 頭 蓋 内に入 る喚 糸を切 断し た. 切 断 後は皮 膚を絹 糸に て縫 合し術 創を閉鎖し た.
ま た, 喚 球露 出ま で同様の操 作を行っ た後, 喚 糸を 切 断せずに頭皮を縫 合し たマウスを1 0 匹作 製し たく喚 糸 非切 断 群, 非 切 断群1.
F ig.1. V ie w of the e xpe rim e ntal equ lpm e ntJ T he o n e bot tle c o ntain s Na r a mycin s olutio n,
a nd the othe r c o ntain s d istilled w ate r. Half
of the c o v e r w a s c ut off in o rde r to illu str ate the in si de.
マウス喚 糸切 断後の喚 覚 系の変 化に関す る研 究
3 . 喚 糸切断 後の喚刺 激性 行 動
嘆 糸切 断 後, マ ウスを 1 0 匹ずつ, 1 日群, 3 日群,
5 日群, 7 日群, 1 4 日群, 2 1 日群, 2 8 日群, 3 5 日群,
4 2 日群,5 6 日群,1 0 0 日群の1 1 の 亜群に分け, そ れ ぞ れ の日 ま で喚 刺 激 性 行 動を前 述し た方 法で観 察し た. 観 察は例え ば1 0 0 日群で は 1 , 3 , 5 , 7 , 1 0, 1 4, 21,
2 8,3 5,4 2, 5 6,7 0,8 4, 10 0 日目に行い .他の群も そ れ に準じ て行っ た. ま た非 切 断群に お いて は 1 0 0 日群 と同様に 10 0 日 まで行 動を観 察し た. 7 日 ま で は, 観 察後1 旬 2 時 間自 由に飲 水さ せ た後, 約4 8時 間 水を 断った.
4 . 組 織 学 的観 察
各群と も所 定の 日数に達し次 第, 喚刺 激性 行動を観 察し た後に組 織 標 本を作 製し た. 各亜群の う ち1 へ 2 匹は走査電頗 標 本, 残り を光 顕 標 本と し, 以下に述べ
る方法で標 本を作 製し た. なお, 所 定の日数ま で 生存 し な かったマウス に関し て は喚 刺 激 性 行 動を観 察し た 日 ま での記録のみ結 果に加え た.
11 光 顕によ る観 察
マウスを ネンブ タ ー ルを 用いて麻 酔し, 脱血, 断 頭
後,7 0%エタノー ル 7 5ml, ホル ムアルデヒド 2 0ml,
氷 酢酸 5ml の混合 液で2 日間 浸 潰 固 定 し, P la nk− Rycblo 液で脱灰, 5 % 硫 酸ナ ト リ ウム で中和, 上昇
エタノー ル系 列で脱 水後, セロイ ジン に包埋, 水平断
で1 5JL m の薄 切 片を1 0 0FE m 毎に切り出し, H E 染 色 を施した.
光顕 標 本では喚 部の粘 膜, 粘 膜 固有 層およ び頭 蓋 内 で の喚神 経 線 維の状 態を観 察す る と と もに, 喚上皮の 厚さ を測 定し, 各亜群で の平 均値を算 出し, 非 切 断群 と比 較し た. 喚上皮の厚さ は鼻腔の部 位によっ て異な る た め, 同 一部 位で測 定し た. す な わ ち, 鼻 中隔上端 か ら 1 m m 腹 側よ りの高さで, 鼻 中 隔 後 端, す な わ ち 静板から約2 m m 吻側の鼻 中 隔 粘 膜を測 定 部 位と し た.
なお, マウス鼻 腔の構 造は, 人 と 比べて複 雑であ る た め, 各 部位の名 称は 上出叫の報 告に従っ て記 載し た. す な わ ち, マウス鼻 腔 後 方の節骨鼻 介を内鼻 介と 外鼻介に分け, 更に前 者を第工へ1 V内 鼻 介に, そ して
後者を第1 , 2 外鼻 介に分け た く図21. 2ン 走 査電 顕によ る観 察
各亜群か ら任 意に抽 出し たマ ウスを 用いて走査 電顕 標本を作 製し た. ネンブ タ ー ルを 用いて麻 酔し た後,
開胸, 心 腱 内か らヘパリン加生 理食 塩 水にて湾 流し,
その後2%グルタ ー ルアルデヒド溶 液にて 3 0分か ら 1 時間かけて清 流 固 定を行った. 断頭 後, 直ちに鼻 中 隔 粘膜を軟 骨と と もに摘 出し, 生 理食 塩 水にて ジェット
3 93
水 洗を行っ た後, 2% グルター ルアルデヒド溶 液で1
時 間 固定, さ らに2%オス ミウム酸にて後 固 定を行っ
た. 次い でエタノー ル上昇 系 列で脱 水を行った後,
エ
タノ ー ルを酢 酸イソアミ ルで置 換し, 臨界 点 乾 燥を行
い, 白金−パラ ジ ウム蒸 着を施し, 走 査電 顕S−9 0 0く日 立, 東 京 いこて観 察し た.
5 . 統 計学 的 検 討
得ら れ た計量値は すべ て平 均 値と標 準 偏 差で示 し た.
両 群の各 観 察日に おけ る各マウス の正解 率, 試 行に 要し た時 間, 試 行 数のそ れ ぞ れの和をマ ウス数で除し て, そ れ ぞ れ平 均正解 率. 平 均 試 行 時間, 平均 試 行回 数と し た. し た がって, 理論 的には喚寛が 正常なマウ ス の平 均正解 率は1 0 0%に近づ き, 喚 覚 脱 失の状 態の
マウス の平 均正解 率は5 0%に近づ くことにな る.
各群の平 均正解 率, 平 均試 行 時 間, 平均 試 行回数お よ び各亜群の嗅上皮の厚さの平均 値にも と づいて, 統 計学 的検 討を行った.
い 平 均正解 率
まず, 処 置 前の 2 回の学 習に お い て, 喚 糸 切 断 群 く切 断群1 と非 切 断群との間で差が ない か を確か め る た めに, 両 群の平均正解 率の間で 一元配 置 分散 分 析の 後, Scheffe の多 重比較 法によって 比較し,p く0.0 5 を 有 意 差あ り と し た.
次いで, 切 断 群の喚 糸 切 断 後の平 均正解 率の変 化 は, 嘆 糸切 断前の第2 回 目の学 習の正解率を対照 と し て統 計学 的検 討を行った. す な わ ち, 切 断群の第2 回 目の学 習に おけ る平 均正解 率と, 喚 糸切 断後の各日数
に お いて行 動を観察し たマ ウスの平均正解 率との間で
一元配 置 分 散 分 析の後, Scheffe の多 重比較 法によ っ
て 比較し, p く0.0 5 を有 意差あ り と し た. 2う 平 均 試行 時 間
処置 前の 2 回の学 習およ び処 置後の各日数に おけ る
F ig.2. M ed ialvie w of the left n a s al c a vit y of
a m o u s e. Ante rio r is to the right. N T ,
n a s otu rb in al. M T , m a Xillotu rbin al. I NI V,
e ndotu rb in al I 句I V. 1,2,e CtOtu rb in al l,2.