4.慢性腎不全の病態と治療
富野康日己
Key words:慢性腎不全,慢性腎臓病(CKD),病態,治療
はじめに
2002 年,アメリカ腎臓財団から慢性腎臓病 (chronic kidney disease:CKD)という腎臓病の 包括的概念と病期分類が報告された. CKDは, 末期腎不全(end stage kidney disease:ESKD)
に進展するばかりでなく,心血管疾患
(cardiovas-cular disease:CVD)の危険因子であることから
国際的にも注目されている.血清クレアチニン 値,年齢,性別から日本人の推算糸球体濾過量 (etimated glomerular filtration rate:eGFR)を 求めることが可能となり,慢性腎不全の診断が より容易になされている.本稿では,透析療法 や腎移植といった腎代替療法に移行する以前の 保存期腎不全の病態と治療について,当講座の 基礎的・臨床的検討結果を中心に概説する.
1.慢性腎不全の定義
慢性腎不全(chronic renal failure:CRF)とは, 数カ月ないし数年以上にわたって持続的に腎の 予備能力が低下し,腎機能不全(老廃物の体内 への蓄積)に至り体液の量的・質的恒常性(ho-meostasis)(体液量,電解質,酸塩基平衡)が, 持続できなくなった状態である.その結果,多 彩な症状を呈する症候群である.臨床経過は一 般に緩やかであるが,経過中に急激に悪化する こともみられる.これは,慢性腎不全の急性増 悪と呼ばれている. 近年,慢性腎臓病(CKD)の早期発見と適切 な対策を効率的に行うことで,1)末期腎不全 (ESKD)患者の減少に努め,2)心血管疾患(CVD) イベント(死亡)を減少させることを基本理念 として,アメリカ腎臓財団にKDIGOが設立され た.非腎臓専門医でも簡単に理解できるように, CKDの定義・分類・評価法が報告された.それ によれば, CKDとは①腎障害の存在が明らか. a.蛋白尿の存在,またはb.蛋白尿以外の異常 (病理,画像診断,検尿・血液等),②推算糸球 体濾過量eGFR 60 ml!分!1.73 m2未満.①,②の いずれか,または両方が 3 カ月以上持続するも のはCKDと定義される1)(表 1).さらに,その重 症度を第 1∼5 病期までに分類され,第 3 病期か ら第 5 病期までが保存期慢性腎不全(CRF)に あたる.最近,第 3 病期をさらに 2 つに分ける 動きもみられている.ちなみに,CKD第 1・2 病期は,腎予備力の減退(diminished renal re-serve)であるが,ネフロンの代償機能が保たれ ているため症状はほとんど認められない.第 3 病期は,腎機能障害(renal insufficiency)とも 呼ばれ,軽度の高窒素血症がみられ,脱水,過 労,感染,手術,食事制限の無視などにより増
招請講演
とみの やすひこ:順天堂大学腎臓内科 本講演は,平成 22 年 4 月 11 日(日)東京都・東京国 際フォーラムにて行われた.表 1. K/DOQI-KDIGOガイドラインによる慢性腎臓病(CKD)の定義と病期(ステージ)分類 GFR (ml/min/1.73m2) 定義 病期 定義:原因疾患を問わず 下記の 1,2のいずれか,または,両方が 3カ月間以上持続するもの 1.腎障害の存在が明らか (1)蛋白尿の存在,または (2)蛋白尿以外の異常 病理,画像診断,検査(検尿 / 血液) 等,で腎障害の存在が明らか 2.GFR< 60 (ml/min/1.73m2) >_ 90 腎症はあるが, 機能は正常以上 T 1 60-89 軽度低下 2 30-59 中等度低下 3 15-29 高度低下 4 < 15 腎不全 D 5 各 ス テ ー ジ に お い て 移 植 患 者 の 場 合 に は Tを,ま た ステージ 5においては透析患者に Dを付す
NKF K/DOQIclinicalpractice guidelines(Am JKidney Dis39(2 suppl1):S1-S266,2002 Definition and Classification ofCKD:A Position Statementfrom KDIGO(文献 1より)
図 1. 慢性腎臓病(CKD)の病期分類 血清クレアチニン値 (mg/dl) 10 5 0 stage 5 stage 5 stage 5:尿毒症症状,高血圧(重症),浮腫,肺水腫 stage 3:夜間尿,高窒素血症(軽度),高血圧(軽度) stage 2:ほとんど無症状 stage 4:多尿,貧血,高窒素血症(中等度),代謝性アシドーシス, 高 P・低 Ca 血症,高血圧(中等度) stage 4 stage 4 stage 3 stage 2 stage 2 15 30 60 糸球体濾過値(ml/min) (富野康日己,編.エッセンシャル腎臓内科学.東京:医歯薬出版;1997 より改変) 90 stage 4 stage 5 stage 2 悪する時期である.通常,尿の濃縮力低下に伴 う多尿(夜間尿)が認められる.治療としては, 過度の運動は,控えるほうがよいとされている. 第 4 病期は,腎不全期(renal failure)であり, さらに一層腎機能が低下し,血清尿素窒素(SUN) や血清クレアチニン値の上昇が認められる.尿 の濃縮力や希釈力は低下し,電解質異常が出現 する.また,貧血や代謝性アシドーシスも認め られる.過剰な労働を避け,食事制限を厳しく する必要がある.第 5 病期は,尿毒症(uremia) としての症状が出現する.すなわち,消化器症 状(悪心,嘔吐,尿毒症性口臭:尿臭,食欲低 下,吐血,下血など),貧血,出血傾向,高血圧, うっ血性心不全,肺水腫,中枢神経症状(記銘 力低下,意識障害,痙攣など)などがみられ, 放置すれば死に至る時期である(図 1,表 1).
表 2. 慢性腎不全の進展・増悪因子 1.蛋白尿の持続 2.高血圧の持続 3.うっ血性心不全 4.脱水 5.大量出血(失血) 6.脂質異常(高脂質血症) 7.貧血 8.感染症 9.腎毒性物質(造影剤,薬剤) 10.手術 11.高蛋白(リン)食 12.激しい運動・労働(過労) 13.肥満 14.喫煙 など 図 2. 年別透析導入患者の主要 3大原疾患の推移 糖尿病性腎症 43.2 慢性糸球体腎炎 23.0 腎硬化症 10.5 (年) '83 '84 '85 '86 '87 '88 '89 '90 '91 '92 '93 '94 '95 '96 '97 '98 '99 '00 '01 '02 '03 '04 '05'06 '07 '08 日本透析医学会編:わが国の慢性透析療法の現況(2008 年 12 月 31 日現在) 患者比率︵ % ︶ 70 60 50 40 30 20 10 0 血液浄化療法を行っている場合には,第 5D病期 (dialysisのDを付ける)であり,腎移植がなされ ていれば,各病期にtransplantationのTを付ける. 例えば,第 3T病期と表現する.
2.疫学
eGFRを用いて日本人のCKD患者数を分類する と,病 期 1 は 61 万 人(0.6%),病 期 2 は 171 万人(1.7%),病期 3∼5(保存期腎不全)は 1,098 万人(10.6%)である.健康日本人の加齢による GFRの低下速度は,0.36 ml!min!1.73 m2であり 米国人に比べ遅い傾向にあるが,eGFRが 50 ml! min!1.73 m2未満の場合には,低下速度が 2 倍と なる.CKDから末期腎不全透析療法が導入され た患者数は,2008 年末で年間 37,671 例であり, その主な原因疾患の第 1 位は糖尿病(性)腎症 (43.2%),次いで慢性糸球体腎炎(23.0%),腎硬 化症(高血圧性腎障害)(10.5%)であった.最近 の傾向として,糖尿病腎症と腎硬化症の割合が 増加している(図 2).3.病態
原因・増悪因子:慢性維持透析患者の原因疾 患は,前述のように糖尿病腎症が最も多く,つ いで慢性糸球体腎炎,腎硬化症が多い.慢性腎 不全(CKD第 3 病期以上)の原因疾患の頻度を この慢性維持透析患者数から推測すると,やは りこの 3 疾患が高頻度であると思われる.した がって,現状では糖尿病腎症と慢性糸球体腎炎図 3. 糖尿病腎症の発症機序 Hyperglycemia Nephropathy kinins genes AGEs lipids diet PKC BP NO 酸化ストレス 微小炎症
The complexity of multiple factors and variables that interrelate in the pathogenesis of diabetic protein injury. (Friedman EA, Nephrol Dial Transplant 14(Supple 3):1-9, 1999)
(特に,IgA腎症)から腎不全への進行を阻止・ 抑制することが急務である.また,様々な増悪 因子が挙げられる(表 2)が,高血圧は,腎硬化 症の原因になるばかりでなく全ての腎臓病に共 通する重要な増悪因子である. 発症機序:腎疾患の発症・進展には,何らか の遺伝因子と環境因子,性差が関与していると 考えられるが,疾患感受性遺伝因子を同定する ことはなかなか困難である.現在,各施設にお いて動物モデルやヒト検体を用いた研究が盛ん になされており,今後の研究成果が期待される. 1)糖尿病腎症 糖尿病腎症は,網膜症や神経障害と並び糖尿 病の合併症(細小血管症)の一つである.糖尿 病腎症は,1970 年代には高血糖によってのみ発 症するとされていたが,現在は多くの因子が複 雑に関与していると考えられている.つまり, 遺伝因子,血糖(糖化:終末糖化産物advanced glycation endproduct:AGE),血圧(レニン・ アンジオテンシン系RAS),活性酸素種(フリー ラジカル),protein kinase C(PKC)活性,一酸 化窒素(nitric oxide:NO),脂質(特に,酸化
LDL:low density lipoprotein),肥満,食事(高
蛋白食),キニンなどの多くの因子の関与が知ら
れている(図 3).近年,糖尿病腎症の成因に微
小炎症(microinflammation)が関与しているの
ではないかとの議論がなされている.特に,IL
(interleukin)-1,IL-6,IL-18やMCP-1(monocyte chemotactic protein-1)などの炎症性サイトカイ ンやケモカイン発現と糖尿病腎症の発症・進展 との関連性が注目されており,大変興味深い. 2)IgA腎症 IgA腎症は,わが国で最も多く認められる慢性 糸球体腎炎である.腎糸球体メサンギウム領域 にIgA(IgA1)の顆粒状沈着を示し,血尿,蛋 白尿を呈するメサンギウム増殖性糸球体腎炎で あり,原発性(一次性)慢性糸球体腎炎の一つ である.従来予後良好とされていたが,IgA腎症 患者の約 40% が 20 年の経過で,末期腎不 全 (ESKD)に進展している.IgA腎症では,①血 尿の持続(赤血球 1 視野 5 個以上),②持続性蛋 白尿(1 日 0.3 g以上),③血清IgA 315 mg!dl 以上,④血清IgA!C3 比の上昇(3.01 以上)がみ られる2,3).非腎臓専門医にとっても,この臨床 所見は本症の早期発見にとって重要な所見であ り,3 項目以上を示す患者の約 75% が腎生検に よりIgA腎症と確定診断されている2,3).さらに, IgA腎症では尿中糖鎖異常(不全)IgA1 が他の 腎疾患や健常対照者に比べ有意に高値であり, 本症の早期発見につながる新規マーカーとして
図 4. 良性腎硬化症の組織像(PAS染色,×400) 期待される(Suzuki Hら,投稿中). 発症機序については,上気道( 桃)を中心 とする何らかの感染(細菌,ウイルスなど)や 遺伝因子の関与により形成され,変性・凝集し た糖鎖異常(不全)IgA1(IgAのサブクラス)が 免疫複合物を形成し,それが糸球体に沈着して 炎症を惹起することによって,発症するという 説が主流である.その際,一般に補体の活性化 を伴っている. 3)腎硬化症 腎臓と高血圧は,密接に関連している.高血 圧は,腎臓病を惹起させる重要な因子である(腎 硬化症:高血圧性腎障害).また,腎臓病が発症 するとレニン・アンジオテンシン・アルドステ ロン系が活性化され,ナトリウム(Na)の排泄 障害や体液量の増加を伴って,血圧は上昇する (腎実質性高血圧).さらには,“腎臓病と高血圧” の悪循環をうむことになる. 腎硬化症は,本態性高血圧症により腎血管系 に障害をきたし,糸球体を含めた腎実質に認め られる組織学的な変化を示す診断名である.特 徴的な組織学的所見が,腎血管の細動脈を中心 に認められることから,細動脈性腎硬化症とも 呼ばれている.また,腎硬化症は,本態性高血 圧症の持続によって引き起こされる良性腎硬化 症と悪性高血圧症の経過中に生ずる悪性腎硬化 症に分けられる(図 4).一方,動脈硬化性腎硬 化症(虚血性腎症)は,腎動脈あるいは,腎内 の比較的太い動脈に生じた粥状動脈硬化性病変 による血管内腔の狭窄・閉塞が原因であり,そ の支配領域に虚血が起こる疾患である. 進展機序:糖尿病腎症は,代謝系に異常がみ られる疾患,IgA腎症は炎症性疾患,また腎硬化 症は全身性循環系疾患による腎障害であり,異 なった発症機序を有している.しかし,進展機 序のかなりの部分は,3 疾患に共通しており,共 通経路(common pathway)と称されている.そ れらのなかで,蛋白尿,高蛋白食,高血圧,貧 血,腎毒性物質(造影剤,薬剤),感染などが進 展因子として重要である(表 2).蛋白尿は,糸 球体障害の結果であると同時に尿細管・間質障 害の原因にもなりうる.糸球体障害により原尿 (糸球体からの濾過液)中に,アルブミンのみな らずIL-6,MCP-1,免疫グロブリン,補体といっ た様々な生理活性物質が排泄され,それらが尿 細管の萎縮,尿細管基底膜の肥厚などや間質へ の細胞浸潤・線維化を引き起こすと考えられて いる.基礎的な進展因子としては,補体,接着 分子,活性酸素,サイトカイン・ケモカイン・ 成長因子,糸球体足細胞(ポドサイト)障害, ネクローシス・アポトーシス・オートファジー, 細胞外基質(extracellular matrix:ECM)産生, 尿毒症毒素(uremic toxin),腎虚血,エリスロ ポイエチン(EPO)産生低下などがあげられる. それらのなかで,ポドサイト障害は糸球体硬化 の重要な因子であると考えられている.ポドサ イトは高度に分化した細胞であることから,ひ とたび糸球体基底膜から剝離・脱落すると近傍 の細胞が代償性に肥大・伸展し脱落部位を覆う ように作用する.しかし,その代償機構にも限 界があるため糸球体硬化に進展すると考えられ ている4).IgA腎症腎生検組織を用いた検討でも, ポドサイト障害と糸球体障害との関連性が明ら かにされている5,6).尿毒症毒素とは,腎機能の 低下(腎不全)によって体内に蓄積し,生体や 生体防御機構に悪影響を及ぼす物質の総称であ
表 3. 代表的な尿毒症毒素
蛋白結合物質 中分子量物質(500 Da以上)
小分子量物質(500 Da未満)
Carboxy-Methyl-Propyl -Furanpropionic acid Hippuric acid Homocysteine Indole-3-acetic acid Indoxylsulfate N-carboxymethyllysine P-cresol
Pentosidine Phenol Quinolinic acid Spermidine Adrenomedullin
Asymmetric dimethylarginine
Atrialnatriuretic peptide β-Lipotropin
β2-Microglobulin Creatinine
ComplementfactorD Guanidine
Degranulation inhibiting proteinⅠ Hypoxanthine
Endothelin Malondialdehyde
Hyaluronic acid Methylguanidine
Interleukin-1β Myoinositol
Interleukin-6 Oxalate
LepLin Symmetric dimethylarginine
Parathyroid hormone Urea
Retinolbinding protein Uric acid
Tumornecrosis factorα Xanthine 図 5. 慢性腎不全の病態生理―まとめ (富野康日己編著.エキスパートのための腎臓内科学.東京:中外医学社:2009,p374) 機能ネフロン の喪失 糸球体障害 糸球体濾過率 (GFR)↓ 尿毒症物質の 排泄低下 尿毒症 高血圧 うっ血性心不全 肺水腫 低アルブミン血症 浮腫 K↑,P↑ 代謝性アシドーシス 等張尿 腎性貧血 腎性骨異栄養症 内分泌障害 代謝障害 細胞外液の増加 蛋白尿 糸球体基底膜 透過性亢進 電解質排泄障害 酸塩基平衡異常 尿濃縮力・希釈力低下 エリスロポエチン低下 活性型ビタミン D 低下 PTH 上昇 レニンーアンジオテンシン系の異常 インスリン抵抗性 尿細管障害 髄質障害 その他の 実質障害 る(表 3).その一つであるインドキシル硫酸は, 食物中の蛋白質由来のトリプトファンから腸内 細菌により生成されたインドールが,肝臓で硫 酸抱合されたものである.慢性腎不全では,血 中インドキシル硫酸濃度が上昇するが,その変 動は治療効果の判定に用いられている. 保存期腎不全では,図 5 に示すような病態に より尿毒症へ進行し,さまざまな症状を呈する. 機能するネフロンの喪失(糸球体障害,尿細管 障害,腎髄質障害,その他の実質障害)により, 尿毒症毒素の蓄積やtrade off仮説(生体が体液異 常に適応するため分泌した物質が過剰となり, 様々な異常を起こすこと),糖・脂質・内分泌代 謝の異常,水・電解質・酸塩基平衡の異常など を引き起こす.
図 6. CKDの診療連携システム案 (日本腎臓学会編,CKD診療ガイド 2009,p52) 健 診 併診 検尿(蛋白尿・血尿) かかりつけ医 腎臓専門医 異常なし 異常あり 異常あり 異常なし >0.5g/gCr, UP(+)&OB(+), eGFR<50mL/min 腎臓専門医:腎生検も含めた精査と治療
4.治療
1)糖尿病腎症 CKD診療ガイドライン(2009)では,1 日 0.5 g以上の蛋白尿,試験紙で潜血反応(血尿)陽性, eGFRが 50 ml!分!1.73 m未満になれば,腎臓専門 医を受診すべきとしている(図 6).しかし,我々 の 7 年間の集計では,CKD第 3 病期に分類され た症例は,高頻度にESKDに進行しており,微量 アルブミン尿の時期から適切な治療を開始すべ きである.わが国の他施設からも同様の報告が なされている. 糖尿病腎症の基本的な治療方針は,①生活習 慣の修正:禁煙と減量,適度の運動を行う.② 血糖:HbA1c 6.5% 未満を目標に,可能な限り血 糖の正常化を図る.③血圧:目標は 130!80 mmHg 未満である.尿蛋白 1.0 g!日以上では,125!75 mmHg未満を目標とする.④レニン・アンジオ テンシン(RA)系の抑制:ACE(アンジオテン シン変換酵素)阻害薬・ARB(アンジオテンシ ン受容体拮抗薬)の投与を行う.⑤食事療法: 蛋白質・塩分(食塩)を制限することである. つまり,治療の目的は,病初期から厳格な血糖・ 血圧コントロールを行い,さらには蛋白制限食 (1.0 g!kg標準体重を基準とし,腎機能の低下に 従いさらに減量する)とし,透析療法への進行 を阻止することである(表 4). 血糖管理としては,強化インスリン療法が注 目され,現在国内でも多施設共同研究が行われ て い る(DNETT-JAPAN).こ れ ま で,AGE 産生を抑制する薬剤が開発され,基礎・臨床研 究がなされてきたが,現在のところ臨床の場で 使用できる薬剤はない.我々はAGE産生抑制効 果をもつとされる薬剤(pyridoxamine:K-163, ARB:カンデサルタン)について,自然発症モ デルマウス(KK-Ay!Taマウス)を用いた実験で 検討した7,8).ビタミンB6 であるpyridoxamine とARBであるカンデサルタンは,共に抗AGE 産生作用と抗酸化作用により,アルブミン尿を 改善させることが明らかにされた.今後,ヒト での臨床応用が期待されている.また,微小炎 症を標的とした糖尿病腎症の薬物療法として, 脂質異常症治療薬であるスタチン,免疫抑制薬 であるミコフェノール酸モフェチル(MMF)や メソトレキサート(MTX),マクロライド系抗生 物質などの有用性が動物モデルを用いた検討で 報告されている.我々は,自然発症 2 型糖尿病 腎症モデルであるKK-Ay !Taマウスにeicosapen-taenoic acid(EPA)を投与し,腎組織中の炎症表 4. 糖尿病性腎症の病期分類 備考(主な治療法) 病理学的特徴 (糸球体病変) 臨床的特徴 病期 GFR(Ccr) 尿蛋白 (アルブミン) 血糖コントロール びまん性病変:なし~軽度 正常時に高値 正常 第 1期 (腎症前期) 厳格な血糖コントロール・ 降圧治療 びまん性病変:軽度~中等度 結節性病変:ときに存在 正常時に高値 微量アルブミン尿 第 2期 (早期腎症) 厳格な血糖コントロール・ 降圧治療・蛋白制限食 びまん性病変:中等度 結節性病変:多くは存在 ほぼ正常 持続性蛋白尿 第 3期 A (顕性腎症前期) 厳格な降圧治療・蛋白制限食 びまん性病変:高度 結節性病変:多くは存在 低下 持続性蛋白尿 第 3期 B (顕性腎症後期) 厳格な降圧治療・低蛋白食・ 透析療法導入 荒廃糸球体 著明低下 (血清 Cr上昇) 持続性蛋白尿 第 4期 (腎不全期) 移植 透析療法中 第 5期 (透析療法期) 第 3期 Aと Bの臨床的特徴の区別は持続性蛋白尿 1 g/ 日以上,GFR(Ccr)約 60 ml/分以下を目安とする (厚生省平成 3年度糖尿病調査研究報告書および平成 13年糖尿病性腎症に関する合同委員会報告.) 図 7. ACE阻害薬 /ARBの糖尿病腎症治療におけるエビデンス Ravid’s Study, EUCLID, BENEDICT MARVAL, JAPAN-IDDM Remission/ Regression 正常アルブミン尿 微量アルブミン尿 顕性蛋白 尿 腎不全・透析 JAPAN-IDDM, Micro-HOPE, MARVAL, IRMA2 Captopril Collaborative Study, RENAAL, IDNT Point of no returnは ないかもしれない Captopril Collaborative Study (日医雑誌 第135巻・第11号/平成19(2007)年2月 TJ-19) 性サイトカインの一つであるMCP-1 やマクロ ファージマーカーであるF4!80 の発現低下と蛋白 尿の改善を報告した9).こうした知見は,抗炎症 作用をもつ薬剤が糖尿病腎症の進展を抑制する 可能性を示しており,ヒトでの効果が期待され る. 血圧管理では,1 型・2 型糖尿病腎症に対する RA系阻害薬を用いた多施設共同臨床研究がなさ れている.微量アルブミンから顕性蛋白尿への 進行,さらには腎不全期への進行を抑制しえた とする研究結果が多数報告されている(図 7). 食 事 療 法 で は,我 が 国 のLow-Protein Diet Study Groupから糖尿病腎症の進展抑制に対する 長期低蛋白食投与の効果について報告されたが,
表 5. IgA腎症の治療指針(案)
従来のエビデンスや最近の診療ガイドラインを踏まえた IgA腎症の治療指針を提示する.
A.生活規則
腎機能(eGFR)低下の程度により,通勤・通学時間,勤務内容,家事,運動内容を制限する.eGFR 30~ 59 ml/min
(腎機能軽度および中等度低下例)では,肉体労働は避け,運動は軽いジョギング程度とする.ただし高血圧や 1.0
g/day以上の尿蛋白を呈する症例は,eGFR 30 ml/min未満の場合に準ずる.eGFR 30 ml/min未満(腎機能高 度低下例および腎不全期)では,一般に通勤通学は 1時間程度,深夜,時間外勤務,出張は避け,運動は散歩,自転 車などにとどめる1).
B.食事療法
腎機能(推定 GFR)低下の程度により,蛋白質および食塩の摂取量を制限する.蛋白質摂取に関しては,eGFR 60
ml/min未満の患者においてその病態に応じて制限し,経時的に評価し調整を加える.食塩摂取に関しては,eGFR
60 ml/min未満の症例,また eGFR 60 ml/min以上であっても高血圧や 0.5 g/day以上の蛋白尿を呈する症例で は 1日 6 g未満とする2).上記に該当しない症例においても,過剰な塩分摂取は避ける(1日 10 g未満).エネル ギー摂取量は標準体重あたり 30~ 35 kcal/dayとするが,性別,年齢,栄養状態,身体活動を考慮して決める3). C.薬物療法,その他
1)経口副腎皮質ステロイド:組織学的に急性病変を含む症例(組織学的重症度分類において Aまたは A/Cの症例) を対象とする.尿蛋白 0.5 g/day以上かつ eGFR 60 ml/min以上の症例がよい適応となる.腎機能低下例での 有効性は明らかにはされてない4). 2)ステロイドパルス療法:血清クレアチニン 1.5 mg/dl以下および尿蛋白 1.0~ 3.5 g/dayを呈する症例におい て,尿蛋白を減少させ,腎機能の長期予後を改善させるというエビデンスがある4). 3)扁摘+ステロイドパルス療法:臨床的寛解が期待できる治療法として,現在わが国で広く行われている.ステロ イドパルス単独療法に比して高率に臨床的寛解に導入できるかどうかに関して,現在扁摘+ステロイドパルス療 法の有効性に関する多施設共同ランダム化比較試験が行われている.また再発率,長期腎機能予後における有効 性に関して,さらなる検討が必要である4). 4)降圧薬:高血圧または正常高値血圧を呈する症例を対象とし,130/80 mmHg未満(ただし,尿蛋白が 1 g/day 以上の場合は 125/75 mmHg未満)を降圧目標とする.アンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシン Ⅱ受容体阻害薬が第 1選択薬となる.腎機能低下例においても血清クレアチニン値や K値に注意しながら少量か ら投与し,漸増する5).降圧や抗蛋白尿効果が不十分であれば,少量の降圧利尿薬,Ca拮抗薬を併用,さらに 不十分であれば,他降圧薬を併用する.またアンジオテンシン変換酵素阻害薬とアンジオテンシンⅡ受容体拮抗 薬の併用が,それぞれの単独投与よりも強い抗蛋白尿効果を示すとする報告もある6). 5)免疫抑制薬:第 2版では「通常使用しない」と記されていたが,血清クレアチニン 1.5 mg/dl以上,中等度か ら高度の組織障害を有する進行性 IgA腎症に対して,シクロホスファミドやアザチオプリンが副腎皮質ステロイ ドとの併用において腎機能保持に有効であるとする成績がある.ただし本邦では,IgA腎症に対する免疫抑制薬 の保険適応はない. 6)抗血小板薬:蛋白尿減少効果を有するが,腎機能障害の進展抑制に関する有効性は明らかではない. 7)抗凝固薬:腎生険で半月体形成,糸球体硬化,Bowman嚢との癒着などが目立つ場合はワルファリンを用いるが, 入院患者ではヘパリンを用いることもある. (富野康日己編著.エキスパートのための腎臓内科学.東京:中外医学社:2009,p160) 表 6. 扁摘・ステロイドパルス療法が寛 解に入りやすい IgA腎症患者群(厚生労 働省調査研究班全国アンケート) 1.女性 2.正常血圧 0.8 mg/dl未満 3.血清 Cr 1.1 g/ 日未満 4.尿蛋白量 低蛋白食を長期間続けることは難しく,腎保護 作用を証明し得なかった10). 2)IgA腎症 我々のIgA腎症に関する臨床検討では,無症候 性蛋白尿の発症から腎臓専門医受診までの期間 が長いほど予後は不良であり,早期発見・治療 の重要性が示されている(Okazakiら,投稿中). これまで,止血薬(カルバゾクロム),抗血小板 薬(ジピリダモール,塩酸ジラゼプなど),抗凝 固薬(ヘパリン,ワーファリン),線維素溶解薬 (ウロキナーゼ),魚油(EPA),副腎皮質ステロ イドなどが,用いられてきた.現在,厚生労働 省進行性腎障害に関する調査研究班IgA腎症分科 会では,IgA腎症診療指針を作成中である(表 5).近年我が国で, 桃摘出+ステロイドパル ( 摘パルス)療法の効果について報告されてい
る(表 6).その効果を明らかにするため,現在 無作為(比較対照)試験(RCT)による多施設 共同研究として検討が進んでいる.我々は,IgA 腎症患者摘出 桃組織のTLR9(toll-like receptor-9)発現亢進症例では, 摘パルス療法が有用で あることを示した.この結果は,本療法の適応 を考えるうえで大変興味深く,更なる検討が必 要である(Sato Dら,投稿中). 3)CKD共通治療 食事療法:多くの施設で,腎臓病に対する教 育入院での食事療法指導がなされている.低蛋 白食は,腎機能障害の進展を抑制すると考えら れているが,適切な摂取量については,議論の あるところである.また,低蛋白食を長期間持 続することは難しいため,いかに継続するかが 大きな課題である.そこで我々は,短期間の教 育入院が患者の食事療法へのモチベーションを 高めることができるか否かを検討した.その結 果,教育入院 7 日目での摂取食塩・蛋白量およ び血圧は,入院前の値に比べ有意に低下してお り,食事療法の有用性が示唆された11).入院 2
日目と 7 日目では,体重・body mass index
(BMI)・血圧に有意な差が認められた.89% の 患者では,降圧薬を変えることなく血圧の改善 がみられた.最近,さらにCKD教育入院患者 110 名(第 1・2 病期:各々 8 名, 第 3 病期:21 名, 第 4 病期:29 名,第 5 病期:44 名)について検 討したところ,退院前の塩分・蛋白質摂取量は, 入院直後のそれらの値に比べ有意に低下してい た(P<0.05).特に,第 5 病期では,その効果が 著明であった.こうした短期間の栄養指導を含 めた教育入院は,末期腎不全透析療法への進行 を抑制するうえで有効であると思われる (Kobay-ashi Tら,投稿準備中). 血圧管理:適切な降圧が,糸球体濾過量の低 下(腎不全への進行)を抑制することが明らか にされている.RAS阻害薬には降圧効果のみな らず,尿蛋白減少効果などの腎保護作用のある ことが,多くの大規模臨床試験で証明されてい る.しかし,RAS阻害薬は降圧薬であり正常血 圧者への投与は,1 型糖尿病腎症患者へのACE 阻害薬イミダプリルを除き,保険診療上認めら れていない.我々が行った多施設共同臨床試験 では,ARBであるオルメサルタンに正常血圧IgA 腎症患者の抗蛋白尿効果のあることが示され た12).しかも,著明な降圧はみられず,この蛋白 尿減少効果は降圧によらないものであった.今 後,RAS阻害薬の適応拡大が期待される. 心機能管理:CKD患者において心肥大は,生 命予後に影響を与える重要な因子である.当科 での,CKD患者約 1,000 症例の心臓超音波検査で は,CKDの進行とともに心筋重量指数(LVMI) は増加し,収縮期高血圧・貧血・エリスロポエ チン製剤の投与量が関連因子であった(Matsu-moto M, Io Hら,投稿中). 貧血管理:一般に貧血は,腎組織の低酸素状 態を悪化させ,腎不全の進行を促進するといわ れている.保存期腎不全でみられる腎性貧血に 対し,erythropoietin(EPO)製剤が貧血の改善 のみならず腎機能の低下や透析療法の導入を抑 制することが知られている.これまでの大規模 臨床試験の結果から,保存期腎不全(CKD 第 3・4 病期)では,EPO製剤等を使用しヘモグロ ビン(Hb)10 g!dl以上にすることが推奨されて いる. 尿毒症毒素の除去:我々は,早期腎不全モデ ル(3!4 腎摘ラット)を用いた基礎研究で,経口 吸着炭素製剤(AST-120)が,腎機能の低下と糸 球体障害を抑制することを示した13).AST-120 投与群では,血清クレアチニン・インドキシル 硫酸の低下,クレアチニンクリアランス(CCr) の上昇および,尿中蛋白・インドキシル硫酸の 有意な低下が認められた.また,AST-120 投与 群では,組織学的に糸球体領域!Bowman囊領域 比(糸球体肥大の程度)と糸球体硬化,間質の 線維化の程度が,有意に低下していた13).臨床的 にも,多くの施設からAST-120 の効果が報告さ れているが,我々もAST-120 の長期投与が腎不
図 8. AST-120の透析導入抑制効果 ・長期使用の成績を明らかにするために,AST-120 6g/日の経口投与が開始され,最低1年間継続された100 例(平均投与期間:29.3±12.6ヵ月)をもとにS-Cr逆数傾斜の投与前後の比較を行うと,AST-120投与後は投 与前に比較して有意に改善した(p<0.001). ・血清Crが8mg/dlまで上昇した時を透析導入時期と仮定すると,対照群に比較し21.2ヵ月導入が遅延すると推 定された. ・投与期間別ではいずれの群(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ群)でも投与前に比較して有意に改善した(p<0.05∼0.01). ・推定透析導入遅延期間は,投与30ヵ月以上の群が最も長く30.8ヵ月であった. (文献14より) 0.000 0.250 0.500 1/sCr slo p e 21.2 M (18.8) (40.0) AST-120 Ⅰ:20ヵ月未満( =32) Ⅱ:20-30ヵ月( =32) Ⅲ:30ヵ月以上( =36) Control ( =67) AST-120 ( =100) Control ( =67) 42 −6 0 6 12 18 24 30 36 経過(月) <0.001 0.000 0.250 0.500 1/sCr slo p e sCr=8mg/dl 30.8 M 30.8 M (18.8) (35.5) (37.4) (49.6) 42 48 −6 0 6 12 18 24 30 36 経過(月) 30ヵ月以上服用 P<0.05 Ⅰ P<0.05 Ⅰ P <0.001 Ⅲ P<0.005 Ⅱ P<0.005 Ⅱ P<0.005 Ⅱ sCr=8mg/dl 全の進行抑制と透析導入までの期間の延長に有 効であったことを報告している14)(図 8).軽度な 腎機能障害からの長期投与が,より効果的であ る.しかし,一方で末期腎不全への進行を完全 に抑制しているとは言い切れず,RCTを行うな ど検討すべき点も多い. オウギ(黄耆)は,血圧低下・利尿・肝保護・ 免疫力増強・抗菌・強壮・鎮静作用などをもつ ことから,種々の漢方薬に調合されている生薬 である.オウギ(黄耆)を主成分とする漢方薬 が,腎不全の進行抑制効果を示したことが報告 されている15).オウギに含まれるフラボノイド, γ―アミノ酪酸,サポニンなどの成分が,これらの 作用をもつことが動物実験で報告されているが, オウギとして投与したときの効果は個々の成分 単独の投与と比較して明らかに高いとされてい る.漢方によるヒトの治療においては,他の生 薬と調合されることがほとんどであるため,ヒ トにおけるオウギの効果発現の機序については, 依然不明である.動物実験では,オウギはUUO (一側尿管閉塞)モデルにおいてTGFβ(tumor growth factor-β)活性を抑制することで線維化を 抑えることや,ストレプトゾトシン(STZ)誘発 糖尿病モデルにおいてNFκBを抑制し腎障害の進 行を遅らせたとの報告がみられている.我々は, 既に集学的治療が行われているが,血清クレア チニン値が上昇傾向にある保存期慢性腎不全患 者 41 名に他の含有漢方成分を除いたオウギのみ を投与し,腎機能の推移を検討した16).24 カ月 間継続投与された 14 名の解析では,投与前 3 カ月間で上昇傾向にあった血清クレアチニンは, 投与 3 カ月で有意に低下し,12 カ月後も効果は 持続していた.しかし,24 カ月後では,再び腎 機能の悪化傾向を示した.副作用による投与の 中止は,10 名(皮疹・搔痒感 4 名,消化器症状 2 名,貧血 2 名,口内炎 2 名)にみられた.現在, 5!6 腎摘ラットを用いた基礎的検討やオウギ投与 前後の尿毒症毒素濃度等の推移を検討中である. 謝辞 これまで,慢性腎不全の病態と治療に関する基礎な
らびに臨床研究にご協力いただいている順天堂大学腎臓内科 学講座の仲間達に深謝する.
文 献
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