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ソビエト経済の資本係数について (江頭恒治博士還暦記念論文集)

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(1)

九四

ソビエト経済の資本係数について

口 田

は し が き  現在、近代経済学で種々な視角からとりあげられている流行問題の一つとして経済成長の問題があるととは周知の ととであるが、最近、ソビエト経済学界においてもケインズ﹄般理論L以後の成長理論に関心をよせる傾向があら はれつ・ある。との例証として、たとへば、昨年R・ハロツドの︿目。≦餌a。α簿∪団昌£。已圃。団60昌。ヨ8の一㊤日﹀の露 訳が刊行され、最近の論丈においても、分・クヴァシヤ、B・クラソフスキーは、その論文の冒頭でコ社会主義再生産       ① の拡大テンポは蓄積にむけられた国民所得中のとり分、及び生産高の固定フオンド必要度によって決定せられるしと

論じてをり、託はあきらかに、ハ・ッ・の素立奎程式。品︵こxでGは国民所得の現震長率・は薯率・

は限界資本係数︶の関係と同一内容をもつものと考へられ、その影響が看取される。  近代経済学の他の成果、たとへば、産業連関論、線型計画論については現代のソビエト経済学界は急速にこれを習 得し、実際の経済計画にその応用が企図され、かつ現に応用されつ・ある現状であるが、経済成長の問題について も、同一次元で論議しうる地盤は広がりつ・あるようである。

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 近代経済学のトピックスの一つである経済成長の問題が、ソビエト経済学界の関心の対象となったのは.先進資本 主義国に﹁追いつき、追いとす﹂というソビエト経済政策の基本課題から生じたもろくの現実的な要請にソビエト 経済学がいかに答へるかということに源を発している。今や、米ソの経済競争、ことにその成長率の比較といった計 測上の問題から、さらに理論的に経済成長を規定する要因をさぐるといった方向にす、みつ・ある様である。 ソビエ ト経済学界には、早くからマルクスの再生産表式によって成長モデルを描くと・うみがなされそれについてはすぐれ        た先駆的業績も紹介されている。しかし、それが質的な分析をとへ、量的な接近にまです・むためには、近代経済学 の成長理論の成果に学ばねばならないのであろう。おそらく、この方面の研究も、産業連関論、線型計画論と同様、 ソビエト経済学界において、今後次第に開拓されることが予想される。  もっとも、欧米の経済学界では経済成長研究の一端として、 ソビエト経済の成.長モデルをつくると・うみもなされ    ③      ④       一 て来たし、実証的な面でもその盗本形成率、,資本係数測定のこ・うみもいくつかなされて来た。  この小論は、米・ソ及び日本のソビエト経済成長、ことにその盗本係数に関する諸学者の見解を考察し、その動態 を規定する要因を摘浸し、その見解に不一致がある場合、私見によってとれを補足、整理し、将来のソビエト経済研 究の一つの覚書としてまとめたものにすぎない。  ①議●凶白月p出国℃9。8自。自愚㌦霧雪薯舘8罠06亭言自寄。碧鵠国国OΦω8冨霞8畠国境畠竈、.唱言。岩8目鍵畠霞霧国−Q。矯μり$燭   8P。。.  ②腎︾・eo起母国︸国軍Φ8目↓o改口8国岩。嶺。き碧図。誉一拳笛obσ8×8愚。冒PH Lゆ胎。。鴫。弓﹄&1刈P日9。旨謬H卜。L8。。︸自P   μ切同一刈QQ臼の論文は国讐∪噸UO巨麟が餉.国ωの四団のぎけげ①、目7ΦO門鴇O一国OOコO自比OO戦O≦けげ噛.。一×.“へ︸ωO︿げ㎡日O山O一〇hO﹁O毒けず.層に紹⋮   介されている。  ③国’∪幽Uo日曾﹂三POPb。b。ωi図2●     ソビエト経済の資本係数について︵吉田︶      九五−

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④︾.国︹冨邑胃腔℃●Og旨帥暮”  に噛Hり9 O貧O答巴9Ω只見Ooε繋ぎ9ΦQoo乱警d巳︷㌧PH8QQ一もQメ    九六 ..菊。くδ≦o膳国oo旨。日ぎω卿ω紆江ω二〇ω、ド 二 戦皿剛の資太丁係⋮数  兄・クヴァシヤ、B・クラソフスキーは先の賢愚でコ生産の固定ブオンド必要度の低下は蓄積率の上昇とまったく          ロ 同じ結果をあたえるしとのべてをり、また、M・ボールも再生産の成長テンポを規定する要因として㈲社会的生産に 対する国民所得の比率、働国民所得に対する蓄積フオンドの比率、㈲蓄積フオンドに対する生産フオンドの比率、働        生産物のフオンド必要度をあげているが、とれらはいつれも、さきにあげたハロッドの基本方程式における国民所得 の成長率Gを規定する要因、貯蓄率s、限界11資本係数C間の関係を、ソビエト経済の所得、蓄積概念の若干の相違 を除いて、別の表現でのべたにすぎないので最近の近代経済学の成長理論にふれているものには耳新しいととではな いのであるが、ソビエト経済学界で資本係数に概念内容のひとしいフオンド必要度乃至固定フオンド必要度を使うよ         うになったのはこれらの論丈を嗜矢とするもの・ようである。  さて、形式的に成長率を規定する要因の﹁つである貯蓄率sに相当する国民所得に関する蓄積率の動態は戦前の数        ⑧ 字によれば一九二八年曽﹂①、三二年卜。①.c。、三七年卜。①駆の各百分比を示してをり、戦後の数学はM・フランケルの椎計        によると一九四九1一九五六年間引。㎝.○。の比率を示し、戦前、戦後共に資本主義諸国に対してはるかにたかい。このた         かい蓄積率が、ソビエト経済の成長率をおし上げる要因であることはさきにものべたのでこ・ではくりかえさない。  さて、当面の問題であるソゼエト経済の資本係数については、戦前期間︵一九二八i一九三七年︶その限界盗本係数の        測定がA・エックシュタインとP・ダートマン両者によってこ・うみられた。測定にあたって彼らは次の二つの相対

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する理論仮設1一ω、後進国経済はその発展にあって、最初、資本は比較的労働にくらべて稀小であるから限界資本 係数は小である。ω経済発展の初期段階において、その生産性の低い社会的間接資本に資本の大部分が配分せられね ばならぬから、限界資本係数は大である。1一これらのいつれの仮設が、 ソビエト経済の場合に妥当するかの吟味を こ・うみる。かくして、幾人かの・学者によって推計せられた国民所得、資本の資料をえらび取引税及び補助金による 価格のゆがみを是正した後、えられた結果は、国民経済全体と工業生産について各々三・○、二・九という限界資本 係数の数値がえられた。この数値は米国の限界盗本係数についてS・クズネッツ、R・ゴールドスミス、E・へーゲ ン、D・クリーマ等の学者かあたへた推計一1すなわち、 ﹃八七九一﹁九二九年の全経済について三・○一三・ 二、一八八○一﹂九一九年の工業について二・八fとくらべて両者の数値は近似である。この結果から︵さきの仮設 の中ωの仮設が妥当するかにみえる。ところで、五ケ年計画発足︵︷九二八年︶以来、ソビエトの生産財工業、軍需工 業発展への異常な努力にも拘らす、限界資本係数が意外に低いことは、誰しも疑問を抱かざるをないであろう。A・ エックシュタイン、P・ダートマンは次の三つの要因によって、この理由を説明する。以下、 彼等の見解を敷古しと の見解に対する異論をあげ、さらに私見を補足する。  ソビエト経済における限界資本係数がなぜびくいか。これを説明ナる第∼の要因は、非農業労働力の異常な成長で ある。戦前の第一次、第二次、五ヶ年計画において、その重工業、軍需工業優先政策に要する工業労働力はF・シi         トンの表現によればコ乳牛から乳を搾るごとく﹂農業から搾りとられたのである。 この闇の総労働力の増加は平均○ ・五パーセントであったにも拘らす、非農業労働力は年平均九・四パーセントで上昇したといわれている。ところで 発展段階の上から、ほ.・との時期に相当する米国の一八八○年の非農業労働力は四・一パーセント、 一八九〇年は 三・○パーセント、今世紀の最初の十年は三・五パーセントの上昇を示している。そしてその後ははるかに低かった     ソビエト経済の資本係数について︵吉田︶       九七

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       九八           ことをつたえている。との平なソビエト労働力の農業部内から非農業部内への単なる移動は、農業部内が一般に低い 労働生産性と低雇傭乃至失業の存する部門であることと、雇傭及び工業生産能力がフルに利用されるソビエト体制で は工業発展の初期の段階において、資本の限界生産力の増大、すなわち、その逆教である限界資本係数が低下したと とは想像にかたくない。  次に、限界資本係数を低下せしめた要因として考へられる第二の要因は、 この期間におけるソビエトの投資政策の 型である。第︸次、第二次五ケ年計画の間ソビエト投資政策の型は、工業投資に重点がおかれ、しかも巨大な社会的 間接資本のoo冨一〇<①﹃び①簿αo鋤℃謬錯δ一を要する鉄道、住宅への投資は極度に抑へられた。しかも他方、重工業の基礎 部門である金属’機械工業部門へは重点的に投資配分がなされたのである。米国の工業投資が総投資にしめる率は戦 時中を除いて、ソビエトの工業投資が総投資に占める率の⊥2乃至2﹁3であった。このととから皮相的に解すると資 本係数は平なるものと想像されるが、この間、過去の資本を食いつぶすことによって大なる間接資本を必要とする鉄 道、運輸、住宅部門への投資はびかへられ比々的資本係数の低い金属機械工業に投資の重点がおかれた、め、 工業全        体としては比較的資本係数は小であったと考えられる。たとへば、鉄道戸数の密度につき、 エックシュタン、グード マンは、一八八○年代の米国の鉄道哩数密度は︸九二八年のロシヤの三倍であったことを指摘している。住宅投資に ついて言へば、大不況、及ば第二次大戦中を除いて、 米国では一八八○年以来約投資の二十五パーセントがこの部門 に投資されたが、ソビエトでは二九パーセントしか投資されす、したがって[入当り[九二八年の五・九平方米から 一九三七年には四・一七平方米に低下したことを報じている。  エックシユタイン、ダートマンがのべるように、ソビエトの投資の型が社会的間接資本斜なる部門への投資がひか えられ、重工業しかもその基礎部門である金属・機械工業に重点的にむけられたことはたしかであるが、さらに金属

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機械工業において、どの様な生産形式がとられたかについてはなんらふれておらない。ところでD・グラニックのソ        ビエト金属工業の資本集約性についての実証的研究によるとこの部門でも資本係数を小ならしめるような生産形式が とられた。グラ轟ックは、その実証的研究から次の様に推論している。 ﹁少くとも、金属工業においては、生産は一 般に、とれが労働の代替によってなされうるかぎり資本⊥庫出量率︵U資本係数︶を最小ならしめる様な形式に実際的に 組織される。⋮⋮︵ソビエトの︶計画者は主として、産出量を極大にすることが関心事であって、彼らはこの結果を達       ⑯ 成するために全力をつくして、稀小資源を使用する﹂。 かくして、金属工業を実証した結果、彼は通説と反対に︿資 本節約的>o動腎欝同の簿く貯伽qがソビエトの技術変化の誘導的な原則であると主張するのである。したがって、グラニ ックの実証が妥当でありとすれば、投資配分の型からだけでなく、 ソビエトに揉用された生産様式からも、限界資本 係数低下に働く要因があったことが考へられる。  次に、エックシュタイン、ダートマンは第三の限界書本係数を低めた要因として、資本の急速な近代化をあげてい る。后進国が先進国のもっともす・んだ産業技術と設備を導入するととによって、急速な経済成長の可能性をつかむ ことが出来ると言われている。いはゆるく后進国の利益﹀騨点く玉壷蝉αqoのohσ餌。閃≦p同ユ⇒①ωωとよばれるものがこれで ある。ソビエト経済がその後進国の思恵を享受し、欧米先進国の最新の設備、機械を導入すれぱ、産出物﹂単位を増 加するに要する資本は低下するものと老へられるのである。との見解は、后進国の経済発展を説明するのに広く採用 される考へ方であるが、ソビエトの場合、この通説が適用されるであらうか。 さきのグラニックの見解はむしろ、と れに反する有力な根拠をあたへる。すなはち、彼によればソビエト経済では、全く古曲門派的な形式に蕊いて、その発 展がとげられたのである。グラ﹃ックはそれを次の様にのべる。 ﹁金属工業におけるソビエト政策はもっともす、ん だ技術及びもっともだかい労働生産性を達成するととに向けられないで、資本に対する労働の代替によって代替しう     ソビエト経済の資本係数について︵吉田︶      九九

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       一〇〇         るかぎり、資本投資の附加的な産出量に対する率を出来るかぎり最低ちかくにすることであった。しまた﹁要因の相対 的稀小謡が制止的な力でなくとも、ソビエトの金属工業はもっとも近代的な西欧技術と生産組織を模倣することが出 来なかった。これは技術と生産組織がきりはなしえない様にリンクされ、成熟した、複雑な組織方法は採用されえな        いからである。﹂ すなわち、ソビエトの限界資本係数の低さは、最新の技術、最良の資本設備を導入した結果もたら されたのでなく、稀小な生産要因に代って、多量に存す生産要因を代替するという方法、すなわちソゼエトの場合、 労働をもって資本に代へるという古典的な生産理論にしたがって発展がおしす・められたととを実証するのである。 ともあれ︿后⋮進国の利一益﹀あるいは、グラユックの︿古典派生産理論﹀のいつれの仮設をとるにぜよ限田町資本]係咽数の 低さをもたらすのである。  さて第四に、エックシュタイン、ダートマンは言及していないが、 ソビエト経済において減価償却したがって再投 資がきはめて過少に評価されている事実がまた限界資本係数を低からしめている要因であると考えられる。いま、次        3   r  .       ⑲ 第1表    粗国民生産物に対する 減価償却費の比率(%) i1928i1934h937i19401194411948 米国i−1〔}・1Z61 7・35・15・6 ・連1・魎・{・・i 3・・P・1…  (出所)Campbell:Accounting foI Depreciation in the Soviet Economy の第︸表によってとれをみよう。とのように減価償却費率の上で大きなぴらきがあるのは 税法上の影響も考へられるが、比率の上でソビエトは米国の約⊥2しか減価償却がなさ れていない。.これが資本係数が低い一つの原因となったと考えることは合理的であろう。  さて、以上戦前のソビエトの限界資本係数の意外な低さを説明する四つの要因をあたえ た。ところで、戦後も、これの要因によって依然、低い限界資本係数が維持されるのであ ろうか、エックシュタイン、ダートマンは、むしろ、その数値が上昇する可能性が大であ ると論ずる。その理由は第一の非農業労働力の異常な成長は今後は期待出来ないことであ る。けだし、 ︸九二八年i三七年間における急激な非農業労働力の成長の供給源は戦後農

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業経営組織の変革、コルホーズ、ソホーズ化によるととろ大であった。しかし現在では、農村に説ける熟練労働力の        の 不足が逆に都市より農村への労働力移動を必要ならしめているのであって、おそらく、今後は年率九・四パーセント       ⑳ にも及ぶ非農業労働力の成長は、フルシチョフの農業都市の構想、農業における急速な労働生産性の向上がスムース に実現しないかぎり期待出来ない。したがって、それが期待出来ない現在では、今後のソビエト工業は労働節約・資 本集約的方向に向かわざるをえないであろう。そうなれば一般に、労働生産性の急激な上昇がないかぎり、限界俗ハ本 係数の上昇傾向が表われるものと考えられる。  第二の投資政策の型についても、今後は過去から継承した社会的間接⋮資本の食いつぶしによって工業生産の発展テ ンポの上昇をもたらすととがもはや不可能であることが次の実証によって理解出来る。すなわち、エックシュタイン、 ダートマンは一九二八年一三七年に総資本の九パーセントであった住宅投資は一九四五年に十一パーセント、 一九五 一年には十八パーセントと漸次上昇しつ・あるにも拘らす、 一人当.りの住宅敷地は一九三八一五〇年間に悪化しつ・ あることを示している。  第三の︿後進国の利益﹀の上に、ソビエト経済の発展がもたらされこれによって低い限界資本係数も維持されたと するエックシュタイン、ダートマンの仮設は、 グラニックの金属工業の実証研究による八古典派生産理論﹀の仮設 によって批判された。両者のいつれの仮設をとるにせよ、限界資本係数は低下するであろうというととである。問題 は両者のいつれの仮設をとるにせよ、これによる低下傾向が第﹁、二、四の仮設を圧する程大であるかという事であ る。       二 第四の減価償却の点では、一九五七年のゴスプラン布告によって、減価償却の不十分なとと、固定資本設備が現行価 格とかなりくいちがいが指摘され、陳腐化を考慮して固定資産の再調達と大修繕を保障するように作成される予定と     ソビエト経済の資本係数について︵吉田︶       ︷〇一

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●        一〇二          ⑳ のべられているので、との面からは減価償却率の増大が予想され、したがって、限界資本係数は増大することが考へ られる。さて、以上第三を除く第一、二、四仮設のいつれもが限界資本係数をおし上げる傾向をもつととであり、問 題は、さきにものべた様に、第三の仮設がこれを相殺しさらに限界資本係数をおし下げる近大であるかという事であ る。事実はどの様な動態をたどったか、とれを次節によって襯察しょう。 ⑤ぬ.国じσ餌月Pしd・国冨8ロロ。霞罫↓窪墓ち召囑ω. ⑥竃.げε噌,δ詔函。ぎ嶺自営宥8誤唱。后。器蜜6据白目雲口内国議呂8員匿8零墨§↓譲。窪。り。閾。。弓。国器。碧冨2、、ゆ。唇。霞  鶏。員O呂旨図學刈−HりαP ⑦フオンド必要度臼O長O①属宍O畠ぴ固定フオソド必要度量冨目零O窪貯Oo凄が資本係数と類似概念であることは野々村一雄﹁杜会  主義の成長理論﹂経済評論昭和三十五年五月号なほ、フオンド、固定フオンドは正確には生産フオンド、固定生産フオンドである。  両者の関係㎝については、野々村一雄﹁国民所得と再山土産﹂一三八一貝。 ⑧野々村一雄﹁国民所得と再生産﹂一一八頁。 ⑨︾旨。ユ6普ω9紆辞ざ巴房。。o。同巴oP津08aぎσQω曽H。。黄竃.淳きぎ㌍.、oり。讐oH日電。蟄8ωo︷宣け9屋昏op巴喝。の薯二。︻  ℃8創ロ6自忌蔓霞①昌αω..℃勺●卜◎①9 ⑩﹁戦後ソビエトの工業における労働生産性の趨勢について﹂彦根論叢第六十五・六十六・六+七合併号、 ⑪鋭国。医け①二三℃.O時日曽℃、、09。且邑餌巳Oqε舞貯夢。Qり。︿醇d巳oPH露。。一等.目白菊。乱。≦o︷同8旨巨。ω卿oD鐙け凶ω江8  =噂HOα◎ ⑫ F・シートン﹁ソビエトの経済発展と政策﹂二〇四頁。

⑬︸国。厨9ぎ卿”○旨ヨき翼σ罫即濠ド       

⑭∪幽国㊤日σ①お℃.、国080aogo竃§卿冒。。Bび注¢..・勺﹂りも。. ⑮∪齢9e。巳。貫、.野§o巨oUo︿巴8旨。糞帥昌α即。臼。謹言︾自身琶。・”目冨Bωoohooo︿費目08一毛。鱒ぎ瞬.、”肩冨O口費8巨矯  冒賃ロ巴。剛国oo昌。邑ぎωL≦㊤ざHO巽.

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@@@ ajij @@@ d.O鑓巳oF尋ご”℃・NHO. ∪.O量巳oFぽ猷℃頃・卜⊃もQN. ∪.O量巳。ぎ ぽ匡”即NしQbσ・ 加藤寛著﹁ソ連の経済成長と経済計圃﹂七十五頁。 F・シートン前掲書、二〇五頁。 F・シートン前掲書、一九八頁。 加藤寛著前掲書、 一一三頁。 第2表 ソビエト 工業のフオンド必要度の動態 生産物のブオン. ド必要度(%) 工業総生産    (%) 主業の生産フ オンド (%) α−一 195 19501 1932 [ 1940 193211940 194011950 1932 100 94.9 94.7 94.5 92.7 92.5  100 106.5 135.1 121.5 105.9 99.9 89.1 84.7 84.4 83.8 82.8 82.5 100 100 100.8 99.9 100.6 107.5 136.8 121.8 10了.2 98.4 89.4 85.3 84.9 84.4 83.2 82.7

旧田撒蘭隈隈

㎜927793旧糊冊蹴泌鯉獅枷

雪男脇鰯鵬㎜矯鵬論圃舳側舶脇脚肥

100 111 124 137 153 171

m98鵬三等旧馴m㎜刎㎜脳

19321 19371 100 221 IJ,Zgi 1941 1937 1938 1939 1940 1945 19481 1949 19501 19511 221 248 282 321 315 335 363 403 446 494 549

罵1

610678 757 846 (出所)M.Sop:OHekoTopNxΦakTopax, onpe一  双enA「oll Hx TeMn瓦Hnponop真HH co耳HaJmcTH耳e−  cKoro BocnpovaBBo,lccTBa. Bollcpoli[ 3kouoMvakH,  7, 1959. cmp. 48. ソビエト経済の資本係数について︵吉田︶ 三 戦後の資本係伽数  さて、戦後のソビエトの資本係数の動態 は前節予想した様に増大傾向をたどるであ ろうか、 これを観察することはソビエトの 経済成長テンポを予想する上にきはめて興 味あるととである。戦後の限界盗本係数の 資料をえることは困難なので、 ソビエトの 公表統計からえられた平均資本係数によっ てこれをみょう。  ソ門司ト側の公表数.字が全幅的な信頼を よせうるとは限らないが、 暫定的にこれに        一〇三

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一〇四 よって観察しょう。  限界、,平均の資本係数の両者は、 一般に、その数値は全じでないが、変動の方向は全じと老えてよい。したがっ て、大体の傾向はこれによって察知出来る。  そのため、きわめて、大ざっぱな数字であるが、さきに引用した。ボールおよび、クヴァシア、クラアソフスキー 第3表 ソビエト国民経済の固定フオ  ンド必要度 (1928一一100) 固定フオンド 必要度 O.87 0.70 0.68 0.67 0.68

欝撫

445 51 3ン一 九四五、 510 845 1280 1440 1610 592 875 970 1090 1940 1950 1954 1955 1956 (出所) fl.KBa皿a, B. K:pacoBcK曲 “ KallHanoeMKocvb IlpoH3BoncTBa H pe3epBH ee cHHaseHEH, Bo”pOcH gKo HoMmKfi, 8, 1959. 第4表ソビエトエ業固定フオド必要  度の動態(1925/26−1956年) 年 1ルーフルに,麦1928・一        100% 「年額畢刎 [出された固定1 前年l  IC 前年度=   100%

㎜8968㎜㎜㎜贋8392姻

鵬陥㎜伽㎜㎜鵬鵬9898

年額生産物1 ルーブルに麦 出された固定 フオンド 0.83 0.74 0.50 0.60 0.60 0.60 0.64 0.52 0.49 0.49 1 925/26 1926/27   1928   1932   1937 1940 1945 1950 1955 1656

﹂︵

出所):呂.KBa凪a, B. KpacoBcK曲, TaM me, c叩.8.     六年を頂点として漸減しつ・あるととである。したがって、前節の限界資本係数増大の予想は、 六年頃までは妥当するが、それ以後は、さきにあげた限界資本係数の増大傾向を可能にする要因を相殺して、 さらにおし下げるような要因があらねばならない。との問題をもう少しほり下げて考察しょう。  A・ノートキンはコ最近十年間のフオンド必要度の下降傾向は追加生産物獲得にさいして運転企業の技術的再建と 拡大の役割の上昇により、また生産の特殊化とマスプロ化によって、新旧企業がより低い生産性の機械技術をより生 の国民経済及び工職莱の フオンド必要度及び固 定フオンド必要度の動 態を示す数字がある。 これをいま、第2,3、 4表に示す。あきらか に、とれらの表で、 フ オンド必要度、固定フ ォンド必要度は戦後一      一九四五、        それを

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       産的な機械技術に代替するととと、関連するのがもっとも普通であるしとのべてをり、技術進歩による生産性向上が 最近の鼠講係数低下に大きな役割を演じたことをあきらかにしている。ところでいま限界資本係数を分解してく限界

資糞約度と・一遍け・憂け・;・①・、同.団と限界労働謹力の芋な零賑”窒ゆ下∴護れば

限界送本係数の低下は労働の限界生産力の上昇率が限界資本集約度の上昇率を上まわれば、起ることが解る。        ⑳  さいわい、G・グロスマンの資本集約度に関する研究があるので、これによってその動態を観察しょう。グロスマ ンは︿限界資本集約度﹀を測定するために、統計資料の欠除のためこれを工業全体にわたって測定するのは困難であ るから、それを代表するものとして、セメントと電力について︿限界資本集約度﹀を測定し、その動態を観察した ︵第五表︶。その結果、 ︸九五五年には、ソビエトの平均労働者はかってその国が経験したことのない程の大なる資本集 約度をもつことを明にした。ところで,ソビエト経済が﹁九五〇年代にそのような大なる資本集約度をもつに到った理 由はω投資の急速な成長と、②非農業労働力、ことに工業雇傭⋮の成長の鈍化に、その原因があるとする。そして、 さ らに非農業労働力成長の緩慢化をもたらした説明仮設として㈲拘束要因︵α。8三写。甘9葭︶働阻止要因︵留8ほ①艮冨。6C をあげている。前者は非農業労働以外の使用、主として農業部門に労働力をひきとめておく要因であり、後者は非農        農業部門に労働力を吸収することを阻止する要因である。  さて、以上は電力とセメント両部門の限界資本集約度の推計であっが、グロスマンはさらに第五次五ケ年計画の非 農業部門のへ限界資本集約度>i粗固定投資量を労働量の増加分で除した﹀国\﹀ピーは第四次五ケ年計画のそれの       ⑱ 約四倍であると推定している。いまとの事情を、左図の︿等量曲線>H。。oρロ簿穿け2署①を×。Mき猿9・狛で示せば、O︾ の勾配︿じq︾の勾配﹀じdOの勾配なる如く、経済が成長することである。 ソビエト経済の資本係数について︵吉田︶ 一〇五

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第5表 ソビエトの投資の資本集約度の指標(1928−1955) 55 T︶ 19 汢 ︸5計 50

哿N

19iケ [1948−1951 1946−1950 (ng 4次5 ケ年計画) (85. 9)    72.2    60.0     5.7 解 協 刎 謝 謝 馴

枷 嘱購 ao 憩 鵯 軒 珊

330 欠除 33.1 408 欠除 11.0 12.9 除 欠

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29謔T︶ 19 i次画 33.65 31.4 21.7 15.4 15.4 6.23 6.23  100 鵬 ㎜ 1,セメント消費量(叉は産  出量)百万米屯 2.総電力産出量の増加(十  億キロワット時) 3.工業の電力消費量増加  (十億キ・ロワット時) 4.労働者及び被傭者総数の  増加(百万人) 5.1940年の労働週軽減によ  つて修正された4.の増加 6.工業における労働者、被  傭者の増加 7.5.と同様修正された6.の  増加 8.追加労働者被傭者1人当  りセメント消費量(産出 量)1÷5 6.労働者叉被傭者1人当り  電力産出量の増加2÷5 10.労働者、被傭者1人当  り電力消費の増加3÷6    (出所)Capital Formation and Economic gr owth, N.B.E.R.1955. G。 Gross− man, “Some Current Trends in Soviet Capital Formation”. pp. 178−179. , 一〇六 X3

……

  町     一 .一    一   一  一    H    一 ’ Xl Xo 資本  邸 塩 % 労切 Lo LiL2 0  ところで、この様に限界資本集約度が上 昇するにも拘らす、第2、3、4表にみる 如く、平均俗ハ本係数︵この場A口は限界資太甲係数 も︶が逓減するのは、限界資本集約度の上 昇を相殺してなを余りある様な労働の限界 生産力の上昇があるものと考えられる、た .£との労働の限界生産力の上昇が、 エック スタイン、 ダートマン、またグロスマンハが

(14)

’ 主張するように︿後進国の利益﹀の仮設にたつものであるか、あるいは、グラニックの強調する︿古典的な生産理       ⑳ 論﹀の仮設にたつかは、こ、で詳にしえない、後日の研究課題として追究したいと考えている。 ⑳・喪、Y、・をそれぞれ栗所得窩・k、・Yを時間に関す・K、Y・笙善導函数・すれば非︵嘲︶﹄団噛b・磯国        ● .  坤

︿O磯鱒﹀。爵慧.艮く−罠く。ン剛︿団︵但昌v。︶       ,   ・

      国      国   戦後。ピエ,の資料より匠。。共浜﹀。、鴫﹀。したがって、團芯、眞。に対し時間の単調減少姦、すれば嘱すなわち限界   資本係数も単調減少である。  ⑳自国。夷鵠噂、.O謬竃口畏g月思。臣。弓。切。島山。国ω。コ。要垣四。・置8国£霊。。。・8亀88。芒。腎。醤。畠鎖否寓塁冒。。ヨp.、鳩   切。自Ooo口契。国。竃国宍βμおα⑩℃o芒.Hも。.  ⑳ A・ノートキンは前掲論文で﹁労働のブオンド装備率よりも、労働の生産性がよりすみやかであるならば、本質的に、生産物のブ   オンド必要度は下降する﹂とのべているが、、こ﹂で彼のいうく労働のフオソド装備率魯。長。⇔ヨoO醤①雷oo亭Vは資本集約度をあらわ   し、本文の式を平均概念で表したのである。  ㊧Oβ。o一霞聞自書薮g二言国。80巳。90葺FZ﹄W.国.閑.H㊤切帆も餌昌♂ρ彗90ωω目斡P、.QDo︿剛卑2旨①葺g。巳ω冒ooo︿聾   6餌且酷巴喝。同日9。自。昌冒  ⑳ グロスマンはこの短篇要因、阻止要因について詳細に分析するが、こ瓦ではそれについてはふ.れない。PO﹃oω。。属国P綜罷もO,   Hoσ㎝一H㊤9  ⑱ρ90のω日国p同び昼℃●ミ①.  ⑳U噸O冨三。置凶ぴ昼opb。8i曽O.       四 む す び 今まで、戦後の資本係数の趨勢とそれを規定する要因をみて来た、     ソビエト経済の資本係数について︵吉田︶ そとで我々が発見したことは、       一〇七 戦前の限界資本

(15)

      一〇八 係数が意外にびくいということ、したがって、それの低いことが、高い蓄積率と共に、国民経済、 工業生産の異常に たかい成長テンポを維持しつ、∫けたこと、しかも、その数値に全幅的な信頼をよせるととを保留するにせよ、戦後の 資本係数は一九五六年頃まで漸減傾向にあるととを発見した。ととろでとの資本係数の低下が今後もなをつfくであ ろうか。このために、我々は、限界資本集約度と労働の限界生産力の動態について知らねばならない。限界資本集約 度については現在、その推計は困難であるが、労働の限界生産力については工業労働生産性の対前年増加率を示す第 三6表 ソ連の工業労働生産の年  平均成長率(対馬年増+)    年平均 年次    成長率

年次礒惣

鎚憩aβ葡55釧餉

++十+十十十

953 954 955 956 957 958 959 十11.o 十16.7 十13.〇 十15.1 十13.1 十12.2 十9.5 十7.3 1938 1939 1947 1948 1949 1950 1951 1952 (資料)1938∼1955までH.KGΦΦe 編〈数字からみた「社会主義諸国」 と資本主義諸国との比較>P.52. 1955∼1959はH.且。ΦΦe,‘‘Ypo BeHb npom3BonErenbHocTb Tpy−

AaBCCCPmC皿Ac叩.48,

finoHoBoe xo3aticwBo, 3, 1960. 五〇、も。c。刈、 一九五一1一九五五、N㎝㊤、 一九五六一↓九六〇、    ⑪ している。したがって電力部門に関するかぎり、その部門の労働の限界生産力がそれを上まわる程上昇したとは考え られないから、おそらく限界資本係数の上昇があったと推定してよいであろう。この小論では紙幅の制限で、部門別 資本係数にはほとんど言及しえないが、それについては他日稿を改めて論ずるつもりである。 お表によってその大体の動態の傾向を知るととが出来る。と の表にみるごとく工業の労働生産性の対前年比は一九四〇代 とくらべ﹁九五〇年代は上昇率は衰えたが、ほゴ6%から7 %の対前年上昇率を示しているととである。この数値は米国 の戦後のそれとくらべきわめてたかい数値といわねばならな   い。他方、限界資本集約度がいかなる動態を示すかは、現在 のところその詳細は知るよしもないが、加藤寛氏の電力のみ に関する資本集約度の推計によると、戦後、 一九四六i一九     N卜○勺、と漸増傾向にあり、 ととに最後の年間は急増

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ソビエト経済の資本係数について︵吉田︶ 第7表米国の工業労働生産性の年  平均成長率(対前年増+)

轍筏難轍腰鞍

1938 1939 1947 1948 1949 1950 1951 1952 [953 一6.2 十12.4 十4.8 十8.8 −3.3   0 十a.4 十3.4 十3.3 1954 1955 1956 1957 1958 1959

IQり08Q﹂ρ0

∩乙﹃V2224、

++++++

(資料)第6表に同V ⑳ 加藤寛著﹁ソ連の経済成長と経済計画﹂六十一頁。

⑳註

〇九

参照

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