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シャープ「液晶の事業化」

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Academic year: 2021

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シャープ「液晶の事業化」

著者

小高 久仁子

雑誌名

関学IBAジャーナル

2008

ページ

42-43

発行年

2008-04-01

URL

http://hdl.handle.net/10236/6137

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シャープ「液晶の事業化」

 シャープがTFT液晶事業に注力するという方向性が打ち出されたのは、1986年、辻晴雄 氏が社長に就任したときであった。辻氏の前任である佐伯社長のときに、シャープは半導体 事業に進出した。また、電卓用などの小型液晶の事業化にも着手している。会社は、組み立 て型からキーデバイスを内製する垂直統合型にシフトさせるという転換期にあった。辻氏は、 液晶をデバイス事業の柱として育成することを決意する。なぜ辻氏は液晶を選択したのだろ うか。シャープはいかにして液晶事業を育成したのだろうか。

デバイス事業の柱がほしい

 辻氏が社長に就任する直前の1985年、プラザ合意のため急激な円高となり、輸出比率の高 かったシャープは構造改革を迫られる。超円高時代を踏まえた会社の構造改革のグランドデ ザインにおいて、一番力が注がれたのは、デバイスを中心とした非家電比率の向上であった。 辻氏は、社内に蓄積されている技術シーズを徹底的に洗い出す。その結果、事業の柱になり うる候補として出てきたのが、液晶、太陽電池、オプトデバイス(半導体レーザー、LED、 フォトカプラ等)であった。その中で、辻氏が「これだ」と思ったものが液晶、特に映像用 にも適用可能なTFT液晶だった。

なぜTFT液晶だったのか

 辻氏は、「栃木工場にいたころ(電子機器事業本部長時代)から、分厚く、不恰好なブラウ ン管に替わる平面ディスプレイがあったら、いままでにない映像商品がつくれるのにとずっ と思っていた。同時に、キーデバイスのブラウン管を自社でつくっておらず、他社から調達 せざるを得ないという足かせにも悔しい思いをしていた。こういう思いもあり、液晶が本当 に一人前の映像用ディスプレイになれるかどうか、可能性を徹底的に掘り下げてみたかっ た」と語っている。ブラウン管に替わるディスプレイがほしい。TFT液晶はそれを実現で きるかもしれない萌芽的な技術であった。  辻氏がTFT液晶に注目した理由のひとつは、その応用範囲の広さであった。辻氏が社長 に就任当時、液晶の応用商品としては、車載テレビ、プロジェクションテレビ、各種のイン ディケーター用パネル、OA用ディスプレイなど、多彩なアイディアが出ていた。ブラウン 管の場合、その形状から、商品への応用がかなり限定されてしまう。しかし、薄型・平面で あれば、様々な商品への応用が可能になる。ブラウン管に替わるディスプレイの開発は、技 術陣の悲願でもあり、辻氏が社長に就任する以前から、液晶の他に無機ELなどの開発が積 極的に行われていた。最終的に最も注力されたのは、TFT液晶であった。その大きな理由 は、将来TVに応用できる可能性であった。辻氏は、20世紀も21世紀のエレクトロニクスで も主役はやはりビジュアルではないかと思ったという。無機ELは、当時カラー化が難しい という点が克服されていなかった。TFT液晶は,画素のひとつひとつにスイッチ素子とし てのトランジスタを取り付けるものだが、それまでの単純マトリクス液晶(シャープでは デューティー液晶と呼ばれている)と比較して、動画としての性能が高かった。 経営戦略研究科准教授(経営戦略専攻)

小 高 久仁子

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43  不確実性の下で選択されるオプションは、汎用性のあるものが望ましい。プラハラッドと ハメルは,コア・コンピタンスの条件として、様々な市場へのアクセスが可能であるという 点を挙げている。薄型・平面のディスプレイのための技術やスキルは、様々な商品へ応用で きるという点で、コアといえる競争力になる可能性を持っていたといえる。

液晶を育てた応用商品

 ディスプレイは、マーケティングの面では大きな需要が見込めるものだった。しかし、 ディスプレイの画素を無欠陥で製造する高度な生産技術を要求されるTFT液晶は、技術的 な面から見れば、事業化が非常に困難であると考えられていた。また、TVへの可能性があ るといっても、辻氏が就任当時の画質レベルはブラウン管には程遠かった。実際、シャープ が液晶TVを本格的に事業化できたのは、2000年を過ぎてからだった。もし、TVのみの応 用しか考えていなかったら、TFT液晶の事業化は初期の段階で頓挫していた可能性もある。 そのTFT液晶がここまで育ってきたのは、その時どきの技術レベルや市場環境に応じてふ さわしい応用商品を生み出すことができた、その結果であると考えられる。TFT液晶が本 格的に事業として軌道に乗ったのは、1990年を過ぎて、カラーノートパソコン用のパネルと して外販したときであった。当時のパソコン用パネルの場合、動画としての画質はそれほど 求められない。また、当時のパネルの価格は、TVでは事業にならないレベルだったが、 ノートパソコンの主たるユーザーは企業であったため、相対的に高い価格でも売ることがで きた。1992年には、液晶ビューカムが生み出された。液晶ビューカムのモニターのための液 晶パネルは動画映像用であり、その画質の向上のための技術は、同社のTV用パネルにおけ る画質の向上に寄与することになる。インターネットで動画を見るようになると、パソコ ン・ディスプレイでも動画としての画質が求められるようになる。そこでの技術の向上が、 後のTVへの応用につながっていく。  辻氏は、需要は創造するものだという。自らの創意工夫によって様々な応用商品を生み出 して液晶事業を育成するとともに、次への技術を蓄積する。要素技術の開発,製造技術の開 発,そして応用商品の開発の3つを関連させて進め,相乗効果を上げることを同社では「ス パイラル戦略」と呼んでいる。ひとつの応用商品の成功が、次の応用商品の可能性を広げる。 その長い年月の積み重ねの上に、今日の液晶のシャープがあるといえるのではないだろうか。 液晶ビューカム (1992年) 14型カラー TFT液晶 ディスプレイ試作品 (1988年)

参照

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