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可視光にも活性な光触媒の合成に成功
−窒素ドープ型酸化チタン光触媒の合成− 平成16年10月14日 独立行政法人物質・材料研究機構 概要 1.独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:岸 輝雄)物質研究所(所長:渡辺 遵)光学単結晶グループの松本 太輝特別研究員(日本学術振興会特別研究員)と 井伊 伸夫主席研究員らは、可視光でも活性な光触媒の合成に成功した。 2.光触媒は、環境浄化や防汚・防曇・殺菌などの用途、さらには水分解による水素 製造や光−電気エネルギー変換デバイスの材料としても注目されている。現在、光 触媒材料としては酸化チタンが一般的である。しかし、通常の酸化チタンは紫外光 照射によってのみ光触媒として機能するため、紫外光がほとんど含まれない室内光 などでは光触媒機能を発現する事ができなかった。 3.酸化チタンに窒素をドープ(添加)することにより、可視光でも光触媒機能を発 現することが知られていたが、窒素をドープする際に高温加熱処理をするため、光 触媒機能が低下してしまうという問題があった。そのため、高温での処理を必要と しない穏やかな条件で合成でき、しかも可視光でも十分に機能する光触媒の開発が 求められていた。 4.今回開発した手法は、比較的低い温度(350℃程度)から窒素が酸化チタン中に取り 込まれるため、光触媒機能を低下させることなく酸化チタンに窒素をドープするこ とが可能であり、可視光でも機能する光触媒を合成できることを確認した。また、 本手法により、最初に作製した光触媒の形状、サイズを維持したまま窒素をドープ できるという利点もある。 5.高性能な光触媒の開発は世界規模で注目されている分野である。今回の成果は可 視光でも光触媒機能があることから、太陽光でさらに高効率に光触媒機能を発揮す るだけでなく、室内やトンネル内など、紫外光を含まない可視光にさらされている 部分への適用が考えられ、今後の展開が期待される。 6.本成果はすでに特許出願済みであり、日本化学会速報紙 Chemistry Letters(ケミ ストリー・レターズ)に掲載予定である。研究の背景 光触媒1)は、環境浄化や防汚・防曇・殺菌などの用途、さらには水分解によ る水素製造のような「光−電気エネルギー変換デバイスの材料」としても注目 されている。そのなかでも、高い光触媒能や製造コストの面から、酸化チタン が最も知られており、広く一般的に使われている。 通常の酸化チタンは紫外光照射によってのみ光触媒として機能する。しかし 太陽光は、可視光(目に見える光)が主であって、太陽光に含まれる紫外光は、 たかだか全体の約5%程度である。そのため、太陽光の照射で高効率に光触媒 を機能させるには、光触媒の可視光化(可視光でも機能する光触媒の開発)が 求められていた。また、紫外光を含まないような室内光やトンネル内の照明で は、光触媒能を発揮しないため、このような用途には、可視光化が不可欠であ る。 近年、窒素をドープ(添加)した酸化チタンが可視光領域に吸収を示し、可 視光の照射によっても光触媒の機能が発現する事が報告されている。窒素をド ープした酸化チタンは、窒素やアンモニアガス中で酸化チタンを高温加熱処理 することによって合成されている。しかし、このような高温加熱処理のため、 ①酸化チタンの緻密化や、②活性の低いルチル型構造2)の酸化チタンへの転移 を引き起こし、光触媒の活性自体を低下させる原因となっていた。 今回の成果 今回、我々は酸化チタン光触媒の光触媒能を低下させる現象−高温加熱処理 過程による緻密化、組織構造の破壊、ルチル転移−を伴うことなく、穏和な合 成条件で、窒素がドープされた薄片状の酸化チタンを合成する事に成功した。 金属酸化物を合成するための手法の一つに、ゾル-ゲル法3)がある。これは出 発物質である金属アルコキシド4)が水との反応で、加水分解5)し、長く繋がっ て結合する事(重縮合反応)により金属酸化物を得るための手法で、穏和な条 件で合成できることから注目されている。水は、この反応に欠かせないが、金 属アルコキシドは水と反応しやすく、その結果形状やサイズのコントロールが できず、光触媒としての層状構造を構築出来なくなってしまう。 我々は、水をほとんど含まない有機溶媒を使い、大気中から徐々に水分を取 り込み反応させるという独自の手法を用いて、極めて薄い酸化チタンシート(厚 さ約 1nm)とイソステアレート6)(有機物)が積み重なった構造を持つ無機/有 機複合体を合成した。この物質は酸化チタンシートが積み重なった層状構造を 持っており、層と層の間に多量のイソステアレートが並んでいる。これを 60℃ のアンモニア水で処理し、イソステアレートを水酸基およびアンモニアに交換 した(図1)。このアンモニアが後で窒素源となる。得られた物質を従来よりも 低い温度(450℃程度)で加熱処理する事によって、窒素がドープされた薄片状 の形態を有するアナターゼ型2)のままの酸化チタンを得る事ができた(図2)。 また、この物質が可視光の照射下においても高い触媒活性を示す事を確認した (図3)。 この材料は高い光触媒能が発現するアナターゼ型の結晶構造を持っているだ けでなく、ドープされた窒素成分により可視光の照射によっても光触媒機能を
示す。そのため可視光照射下で高い光触媒活性を示し、太陽光下で高効率に機 能する光触媒や、太陽エネルギーを電気エネルギーに変換するデバイスとして の応用が期待される。 また、本手法の最大の特徴は、サイズ、形状、組織構造といった酸化チタン 光触媒の形態をつくる過程と、可視光吸収を発現させるための窒素ドープの過 程が完全に独立しており、最初に構築した酸化チタン光触媒の形態を維持した まま、可視光にも反応するようにできる事にある。今後、酸化チタンの形態を より最適化したうえで、窒素ドープによって可視光にも活性になるように今回 の処理を行えば、その光触媒能をさらに向上できるものと期待される。 社会への波及効果と今後の展望 酸化チタン光触媒は、環境問題やエネルギー問題などに対応するための重要 な物質であり、特に高性能な光触媒の開発は全世界規模で注目されている分野 である。今回の研究成果は、太陽光の可視光部分も利用する、高効率な可視光 機能タイプの酸化チタン光触媒を得るための新たな合成法を開発したものであ る。本研究成果を用いれば、太陽光による環境浄化やエネルギー変換を高い効 率で行えるばかりか、通常太陽光が届かない室内やトンネル内といった可視光 のみにしかさらされていない環境においても、防汚・防曇・殺菌などの効果が 期待できる。また、特殊な装置を必要とせず大規模生産への展開も容易である 事から、その社会的意義は大きい。 な お 、 こ の 研 究 成 果 は す で に 特 許 出 願 済 み で あ り 、 日 本 化 学 会 速 報 紙 Chemistry Letters(ケミストリー・レターズ)に掲載予定である。 (問い合わせ先) 〒305-0047 茨城県つくば市千現1−2−1 独立行政法人 物質・材料研究機構 広報室 TEL: 029-859-2026 FAX: 029-859-2017 (研究内容に関すること) 独立行政法人 物質・材料研究機構 物質研究所 光学単結晶グループ JSPS 特別研究員 松本 太輝(まつもと たき) TEL: 029-851-3354 (ext.8501) 物質研究所 光学単結晶グループ 主席研究員 井伊 伸夫(いい のぶお) TEL: 029-860-4357
用語説明 1)光触媒 光の照射によって電子がエネルギーを受け取って励起され、電子と電子が抜 けた部分すなわちホール(正孔)を生じる物質で、この電子とホールが生じる ことにより、①光照射下で水が分解して水素と酸素が発生したり、②環境汚染 物質を分解する、といった光触媒反応を引き起こす。 2)アナターゼ構造、ルチル構造 共に酸化チタンであるが、異なる原子の並び(結晶構造)を持っている。ル チル型がより安定な構造で、通常はアナターゼ型の酸化チタンを高温で加熱す るとルチル型に変化する。このような変化を特に「転移」という。アナターゼ 型の方がより高い光触媒能を有すると考えられている。 3) ゾル−ゲル法 金属の有機および無機化合物の溶液から出発し、溶液中での化合物の加水分解・ 重合によって、溶液をゾルとし、さらに反応を進ませてゲル化し、金属酸化物を合成す る手法。できた多孔質のゲルを加熱して非晶質、ガラス、多結晶体をつくることができ る。 4) 金属アルコキシド 金属原子に4つのアルコキシル基(OR; R はメチル、エチル基など)がついた化合 物。水に反応しやすいものが多く、水の存在下、酸あるいはアルカリ触媒によって、ア ルコキシル基がはずれて、水酸基に変化し(加水分解)、さらにその水酸基同士が水 を放出して結合してつながっていき(重縮合反応)、反応は進行する。これにより、金 属−酸素の結合が長く繋がった物質ができる。 5) 加水分解 金属アルコキシドが、水の存在下、酸あるいはアルカリ触媒によって、アルコキシル 基(OR; R はメチル、エチル基など)がはずれて、水酸基(OH)に変化すること。 6) イソステアレート 有機酸の一種であるイソステアリン酸の解離によって生じたマイナスイオン。
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チタニアシート イソステアレート アンモニア水処理 H H-N-H OH H-N-H H O H H H-N-H OH H H-N-H OH H-N-H H O H H-N-H H O H 水酸基 アンモニア 図1 アンモニア水処理によるアンモニア導入の概念図。層と層の間に並んで いるイソステアレートが水酸基に置換し、同時にアンモニアが導入され る。 図2 薄片状窒素ドープ型酸化チタンの電子顕微鏡像。図3 可視光照射下で、青色の有機色素(メチレンブルー)の分解速度を測定 し光触媒能を評価した。標準的な酸化チタン光触媒(市販品)ではほと んど分解が進まないが、今回合成した薄片状窒素ドープタイプの酸化チ タンは効率よく分解が進行する。