細胞へのストレスは万病の元
山
下
孝
之
私たちが現在興味を持っている研究テーマは, 大きく 言うと「細胞のストレス応答とがん化・老化のメカニズ ム」です.細胞にとっては,環境中の化学物質,紫外線,病 原体の感染などの外的要因だけでなく, 細胞自身の産生 する代謝産物など内的要因もストレスになります. 生命 は, その起源の段階から様々なストレスに対処しなけれ ばならず, ストレス応答系の多くは進化的に保存されて います. ストレス応答は, 細胞の老化やがん化を引き起 こすことによって, 様々な病態に関与すると えられま す. 私たちは現在, 特に次の二点に注目して研究を進め ています. ⑴ 前がん病変におけるゲノム不安定性と細胞老化 ⑵ 熱ショック応答系を中心とする蛋白品質管理シス テムによる細胞老化の制御 まず, これまでの研究の流れを簡単に振り返ります. 私はもともと血液内科を専門にしており, 1993年からの 米国留学を契機として, ゲノム不安定性と悪性腫瘍の合 併を特徴とする遺伝性骨髄不全症候群 Fanconi anemia (FA) の研究を始めました. FA の 子病態に関する研究 の進歩は, 拙著 にも記したように, 特に最近 10年間は めざましく, 激しい競争が行われています. 私は, これに 真っ向勝負はせずに, 独自の観点から研究を継続してい ました. 生調研に赴任してからは, より研究所の方針に添った 研究テーマに軌道修正を行ってきました. しかし, FA の 本質は, DNA 損傷ストレス応答の欠陥から組織幹細胞 の複製障害とゲノム不安定化を来たし, 早期老化とがん 化を引き起こすことであり, これは様々な疾患の病態に 通じるものです.そこで,ストレス,DNA 複製障害,ゲノ ム不安定性, 細胞老化, 発がんをキーワードとして, より 広い視野で研究テーマを模索し, 現在に到りました. このような経緯の中で, 私たちは FA 子経路の制御 因子として Hsp90を同定しました. Hsp90は 子シャ ペロンとして, 特に細胞の増殖・生存にかかわる重要な 蛋白の構造・機能の制御に関わることが知られています. しかし, Hsp90の DNA 損傷応答における役割について は, まだ研究が十 行われていません. そこで, 次に FA 経路とも密接な関係にあり, 複製障害に関与する「損傷 乗り越え DNA 合成ポリメラーゼ」に注目し,このポリメ ラーゼのひとつである Pol η (イータ) を Hsp90が制御 することを見出しました. 研究テーマのキーワードのひとつである「細胞老化」 は, 本来, 正常細胞が培養系で 裂を繰り返した時に, 不 可逆的に増殖停止する状態の呼称として作られた言葉で す. これは, テロメアの短縮に伴って起こりますが, 様々 なストレスに対しても細胞は同様の反応を示すことが 判ってきました. また, 細胞老化は培養系だけではなく, 実際に加齢や変性疾患に関連して生体内で見られます. また, 細胞老化の腫抑抑制作用が大きな注目を集めてい ます. がん遺伝子の活性化は細胞増殖を刺激しますが, 同時に様々なストレス応答系の活性化を介して細胞老化 を起こして, 発がんに対するブレーキとなります. 実際, 前がん病変」においては, 老化細胞が増加して います. しかし, 発がんシグナルによるストレスは, 他方 ではゲノム不安定化を介して発がんを促進する側面もあ ります.つまり, 前がん病変」とは,細胞老化とゲノム不 371 Kitakanto Med J 2010;60:371∼372 1 群馬県前橋市昭和町3-39-15 群馬大学生体調節研究所遺伝子情報 野 平成22年8月31日 受付 論文別刷請求先 〒371-8512 群馬県前橋市昭和町3-39-15 群馬大学生体調節研究所遺伝子情報 野 山下孝之安定化が危ういバランスを保つ状態であり (図), これを うまく制御できれば発がんを抑制する方法が開発できる 可能性があります. 一方,Hsp90を含む Heat shock応答系は蛋白変性スト レスに対する主要な応答系です. この系で中心的役割を 果たす転写因子 HSF1の抑制が種々の発がんを抑制す るという報告 に, 私たちは興味を持ちました. そして, この作用が予想通り細胞老化の誘導を介することを見出 しました. この仕組みの解明は, がんの治療開発だけで なく, 種々の変性疾患のメカニズムの解明に貢献すると えられます. もし私たちの研究にご興味をお持ちの方がいらっしゃ れば, 気軽にご連絡くだされば幸いです. 文 献 1. 山下孝之,小田 司,関本隆志 Fanconi 血の 子病態 ―最近の進歩 臨床血液 2009 ; 50: 538-546
2. Oda T,Hayano T,Miyaso H,et al. Hsp90 regulates the Fanconi anemia DNA damage response pathway. Blood. 2007; 109 : 5016-5026.
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細胞へのストレスは万病の元
図1 前がん病変の病態 372